贖い   作:赤穂あに

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ジョディ・スターリングが信頼する同僚

 シュウがFBIを辞めていた。その上消息不明。国外に出た記録以外、さっぱり足取りが掴めない辺りさすがという他ない。ジェイムズに問い詰めても何処に行ったか聞かされていないと言う。シュウが本気を出せば、FBI総出でも逃げられそうだとゾッとしない話が頭に浮かぶ。

 ありえないとは思うけど、ありえそうなのがなんとも。

 何とか行き先を掴めないかと、FBIのメンバーに片っ端から話を聞いて回る。生まれ育ったイギリスではないかという者、家族が住む日本ではないかという者、放浪の旅に出ているのではないかという者。見事に全く一致しないし、そもそも根拠もない。

 そう、根拠がない。彼がこうするだろうという明確な根っこがない。彼はそういうところがあった。

 物事に執着がなく、目的以外は全部オマケ。私と付き合い始めたのもなんとなくの延長で、愛情はある人だったけど甲斐甲斐しさはあまりなかった。職業柄、お互いが私生活そっちのけだったというものもちろんあるけれど。

 とにかく彼は、己の目的以外への興味はとても薄かった。その代わり、目的への執念は常人の比ではない。理想の捜査官だったと断言できる。彼ほどの逸材は一体あと何年待てばやって来るのか、想像もつかない。

 だからこそ、衝撃的だったのだ。シュウがFBIを辞める未来を私は全く想像していなかった。

 

 可能性は勿論あった。彼は背筋が凍るほどの執念と熱情を持って、組織の壊滅に取り組んでいた。時に内部に潜入し、時にその身を殺したように見せかけて。彼がFBIに入った動機がそもそも組織へ近付く為だったことを思えば、それが成された後にFBIを去ることは考えうる未来だった。

 しかし、それを否定してしまえるほどにシュウはFBIに相応しい人間で、他の生き方など似合わないと思い込める人物だった。

 頭脳明晰、腕っ節も射撃の腕も申し分ない。言葉は少ないが語る以上に悟らせるだけの実力を持っており、判断力にも長けている。上の言うことを聞かないのは玉に瑕だが、それを黙らせるだけの結果を常にもたらしてきた。

 最高の捜査官。歴代で見ても最高峰の捜査官がシュウだった。

 だから、FBIが天職だと誰もが信じていた。シュウですらそう思っていたのだと、少なくとも私はそう思っていた。それが思い違いだったと知った今、私は、彼のことを何も知らないのだと思い知らされるばかりだ。

「ねえ、キャメル。シュウってばどこ行っちゃったのかしらね」

「さあ……。長年組ませてもらってましたが、あの人は、自分のことをあまり話さない人でしたので」

 薄いコーヒーをあおりながら、キャメルは目を伏せた。やはり彼も何も知らないと言う。ただ、私と違うのは、自らが彼を理解していないということをはっきりと自覚している点だろうか。

 私は、赤井さんのことを何も知りませんので。後悔するような声ではなく、キャメルは、とても落ち着いたまま続けた。

「赤井秀一という人間は、きっと、ああいうふうにしか生きられなかったんでしょうね」

 憐れんでいるわけでもなく、悔やんでいるわけでもなく。キャメルはそれだけ言ってコーヒーを飲み干した。

 

 

 

彼の面影すらここにはない




俺は、俺という亡霊を作った。
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