帰省した姉と妹の、穏やかな日常を綴った1ページです。

※小説家になろうで硬梨菜氏が連載中の小説「シャングリラ・フロンティア〜クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす〜」の二次創作作品です。

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某ソシャゲのキャラ個別ストーリーに触発されました。


カップ麺道 #とは

 帰省した姉がキッチンに立っている。字面だけならば何らおかしいことはない。だが、玲の脳内は疑問で埋め尽くされていた。

 

「姉さん?」

「どうした玲。…玲も食べるか?」

「いえ、ええと、その――」

 

 その原因は、全て目の前の光景にある。

 

「なぜ、立山玉殿の湧水を…?」

 

 姉がスーパーでも売っているカップ麺の隣に、何を思ってか名水百選にも選ばれた由緒正しき高級天然水を並べていたのだから。

 

 

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「玲、カップ麺道を知っているか?」

 

 真剣な顔で、姉の口から出たとはとても思えない単語が飛び出した。

 

「い、いえ…知らない、です……」

「そうか、まあ無理もない。ここでカップ麺を食べることなど不可能に近いからな…今みたいに他の家族が出払っているタイミングでもなければ」

「えっと……」

 

 そもそも斎賀家に於いて、カップ麺を食べる事自体がありえないことである。非常用の備蓄として形式的に多少置いてあるものの、それを口にすることはまずない。

 

「? ……まさか玲、カップ麺を食べたことがないのか?」

「あ、えと、その…確かに食べたことはないのですが、それとは別の疑問として……」

「そうか、なら玲も食べると良い。始めての経験は人生を豊かにすると言うぞ」

 

 『カップ麺から人生経験を得られる』。まさかあの斎賀百の口から聞くことになるなどとは、玲は夢想だにし得なかった。

 とはいえ、断る理由も無いので戴くことにする。

 

「で、では、せっかくですので…あの、それで…」

「ああそう、カップ麺道についてだったな。私もこれを知ったのはSNSからなのだが――」

 

 曰く、カップ麺道とは『如何にしてカップ麺をより美しく、より丁寧に調理し食すか』という概念らしい。あたかも茶道のように、道具に拘り、作法に則り、心遣いに気を配る。そのすべてがよりカップ麺を美味しくするのだとか。

 

 不思議なことに玲は頭痛を感じ始めた。己の視界と聴覚が実際は別々の場所で別々の情景を脳に送り込んでいる可能性が浮上し始めた。

 

「それでその……天然水を?」

「ああ。これが他の食べ物であったならば気にしなかっただろうが、ことカップ麺となるとな。それに、幸い私には上質な材料を用意する経済力と、それを扱い切るだけの教養がある。試してみない手はないだろう?」

 

 玲はだんだん自分の方がおかしいのではないかと思い始めた。

 

「そしてここで敢えて普通のカップ麺を使うのは、食べ慣れたカップ麺がカップ麺道によってどれほど味が異なるのかを検証するためだ。ここでカップ麺も高級なものを使用していては効果を実感しにくいだろう?」

 

 玲は理解を放棄する事にした。あの、淑やかで、しかし凛々しく、確かな自負を以て玲の前を歩いていた姉が、なにか別のものになってしまったような気がしたから。

 

「さあ、調理を続けよう」

 

 おそらくは過去の自分のように、幼い頃から叩き込まれたであろう見事という他ない所作で、最高級の天然水を最上の器に注ぎ、上等な資材で温め始める姉を、玲はただ心ここにあらずな心地で眺めていた。

 その隣にカップ麺さえなければと、思わずにはいられなかった。

 

 

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「三分、経ったな。では戴こう」

「い、いただきます」

 

 ほかほかと湯気を立てる二つのカップ麺の前で静かに手を合わせ、食前の挨拶を済ませる。玲は、当然のようにこのためだけに買ってきたであろう新品の高級な箸を手にカップ麺を食べ始める姉が、本当に自分の記憶にある斎賀百と同一人物なのか疑わしくなってきた。

 

 それはそれとして始めて食べるカップ麺は、美味であることに間違いは無いが、少々味が濃いように感じた。好みの範疇だから言葉にはしないけれども。

 

「……ふむ、確かに普段とは違うな。だがしかしこれは…単純に使った材料の違いがそのまま味に現れているだけなのではなかろうか…? いや、もう少し食べてみればまた違う発見が……」

 

 姉の目と口ぶりは食事風景に不釣り合いな程に探究家のそれであったが、玲はもう気にしないことにした。姉は姉、自分は自分なのだと。

 

 そうして、特段会話も無く時間の経過と共にカップ麺は無くなっていき。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 食後の挨拶を済ませる。姉の言った通り初めてのカップ麺は異文化を経験した気分になれて悪くなかった。なんだか少し釈然としない、心に支えるものを感じつつ。

 

「ああ玲。カップ麺の容器は洗って私にくれ。実家に残すと姉さんが怒りそうだ」

「は、はい…それで、その……」

「ん?」

 

 玲は聞かずにはいられなかった。これを聞かなければ、この奇妙な時間がなんのためにあったのかわからなくなってしまいそうで。

 

「カップ麺道、の意味はあったのでしょうか…?」

 

 百は口元に手を当てて少し考え込み、それから口を開く。

 

「単純な材料の違い以上の意味はあった、と思う。プラシーボ効果かもしれないから複数回試したい所だが、だとしても費用対効果が少々気になる。数日置きくらいにやってみるとしよう。いわゆるプチ贅沢というやつだな」

「………」

 

 最早何も言うまい。

 ただ同時に、こうして一つのものに情熱を注ぐ姿を見ると、在りし日の姉の姿、あの世界の姉の姿と重なるようで―――玲は、非常に複雑な感慨を乗り越えて、小さく口元を緩めた。




「そんなにカップ麺が気に入ったか? 玲」
「違います」


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