蝶に焦ぐ   作:赤穂あに

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繍蔵帆暮(ぬいくらほぐれ)
特技裁縫、趣味刺繍、仕事針子の草食系男子。
最高記録は184cm78kg。
わりかしゴリラだったが、この度オルタナティブダイエットに成功し体重を38kgまで落とした。



一切皆苦ことごとく

 パカリと目が開く。少し懐かしい天井の木目を眺めながら、毎朝つくのはため息だ。

 生きていることに感謝はするけど、有終の美とやらの意味を問いたくなる。現実から目を逸らしたくて額に手を当てたいと思うけれど、俺にはもう、そんなジェスチャーをする腕もない。鬼に食わせてやってしまったから。

 腕を二本と足を一本。根元の微かな部分しか残っていない大半の四肢と、肉が削げた足一本。あとは頭と胴体。

 思い返すと、さっさと頭を潰すか心臓を壊すかしてしまえば俺はおっ死んでしまっていたわけだから、なるほど、あいつは随分と性格が悪い。嬲り殺しが趣味ってことか。全然俺のこと可哀想だと思ってない。

 それとも、女の子にだけ優しいのだろうか。うわぁ、ありえる。テキトーに立てた仮説なのに、説得力がとんでもない。だって間違いなくサイコパスだもんなあの鬼。女の子は柔らかくて美味しいとか言ってそう。

 偏見がひどい上に、それはあの鬼じゃなくて全然関係ないほかの暴食さんだったわ、風評被害さーせん。

「ちょっと帆暮さん、聞いていますか?」

「聞こえてないです。いっそ殺してください、絶対やだ」

「尿瓶くらい我慢してください」

「嫌に決まってるでしょ! 俺より年下の女の子しかいないのに!! 男の人いないんですか!!」

「まあ……。男の子の方がいいんですか?」

「語弊!!」

 心底気の毒そうな顔をしたしのぶさんは、五体満足で俺が横たわる布団のすぐそばに座っている。この人のために捨てようとした命だったけど、またもや拾ってもらってしまった。とても感慨深い。その手に尿瓶がなければ完璧だった。いっそ殺して。

 繰り返すが、俺にはもう腕がなくて足もない。足は一本だけ残っちゃいるが、ほとんど役に立ってなかったお飾りみたいな一本だ。ほんとに、絶望的なまでに生活能力がない。布団を退かすこともできないし、着物をちょいとめくることもできないし、ましてや、下の履物を、どうにかすることだって無理なのだ。

「帆暮さん? いいから腹をくくりなさい。死ぬ覚悟よりはましでしょう?」

「ぜっっっっっっっっっっっったい死ぬ覚悟の方が易いよ。賭けてもいい」

 傍目から見れば天使か女神か天女のような女性が微笑んでいる。感動のシーンに見えることだろう。俺には般若の面が見えるけどな。どう考えても笑ってなくて、逃れようがないほど怒っている。

「賭博は駄目です。さ、諦めてくださいね」

「ま、って、待って、待って!!!」

 全然待ってくれなかった。俺は泣いた。

 

✳︎✳︎✳︎

 

 とてもつらいと泣き言を零した俺の背中を、ぞわりとよろしくないものが駆け上った。

 

 なんとか腹筋と気合いで体を起こすことができるようになった俺は、調子はどうだろうと見舞いに来てくれた炭治郎くんに話したのだ。下の世話をされる情けなさを。羞恥心を。

 そんなことを年下の男の子にめそめそとしみったれて話すなよと、理性の俺は呆れているが、感情の俺は誰かに共感してほしくて堪らないのだと震えている。とにかく、精神的にきつい。しのぶさんが笑ってるところが一番きつい。

 そんな話をベソかきながらしていると、地を這うような声が耳に届いたのである。

 フザケルナヨ……。善逸くんの声だった。

 普段の甲高い声がどこへ行ってしまったのかと心配になるほどに低音。こわっ。布団に寝そべる俺の視線の高さに合わせ、四足歩行の如く畳を這ってにじり寄ってきた姿は夢に出そうである。

 怖すぎて俺の喉から女の子のような悲鳴がもれた。

「ひぁあっ」

「あんな美人に世話されて!! いったい何が不満なんだよ!!?」

「善逸、静かにしないと怒られるぞ」

「じゃかしゃあ!! 文字通りの手取り足取り! 文句あるなら俺が代わってやりてえよ!!」

「代わってもらえるなら代わってほしいよ……」

「しのぶさんに頼んで、誰か男の人を呼んでもらいましょうか?」

「蝶屋敷に男が在住とか俺がコロスゾ」

「何言ってるんだ、善逸。帆暮さんは昔ここに住んでたんだぞ?」

「…………は?」

「あっ、これ俺死ぬのかな?」

 流石にこの流れで死ぬのは不本意だなと思いつつも、現状を脱却できるのであればやむなし。諦めて目をつぶったところでしのぶさんが乱入して、善逸くんは幸せそうな声を漏らしながらどこかへ連れ去られた。

 以降、彼が俺の病室を訪れることは二度となかった。こわい。

 

✳︎✳︎✳︎

 

 伊之助くんの独自理論を信じるなら、俺は短足の獣になったようなもんであって、むしろ一本長いものが生えてる分有利であるはず、らしい。

 少しだけ残った付け根の部分と、まるまる残った一本分の足。這うように歩くのでも構わないというのなら、なるほど。確かに移動はできるし、足の指で物を掴んだりということも試してみれば可能だった。そういえば大昔、両足だけで車の運転をしている人をテレビで見たなぁ。

「お前、嫌なら自分でどうにかしろよな。そんな甘ったれ、山じゃ一番最初に死ぬぞ」

「ごもっともです……」

 元気よく俺のメンタルをベコベコにしていった伊之助くんは、炭治郎くんに怒られて連れて行かれた。炭治郎くんは伊之助くんに代わって俺に謝罪をしたのだが、謝ることではない。伊之助くんの言葉は非常に残酷ではあったものの、正しい。確かに、俺は、甘ったれだったのだ。

 歩けなくなって、色々諦めてしまってる内に俺は少しだけ昔のことを思い出した。命の恩人が命を捨てる未来を知ってしまった。その時の、奮起した俺はいったいどこにいってしまったのだろう。

 このままではいけない。と、一念発起した俺のガッツを侮ることなかれ。俺はやる時はやる男である。

 這って移動する術を身につけて、帯を結ぶのは無理であっても、歯と片足で腰紐を縛るくらいのことはできるようになった。根性である。褌から脱却するためにパンツを作った俺の英断に、今、猛烈に感謝している。そしてありがとう水洗式トイレ。和式だったら無理だった。

 まあでかい方は結局ダメなんだけど。そういうのは追々ね、やってけばいいからね。なのでね、俺はさ、とりあえず。

「なあなあ、かあくんよ。俺を養ってくれる奇特な人とか、この世のどこかにいないかな」

「探シテクルネ」

「あとは、自由に動く義手なんてないかなぁ。さすがに無理かなぁ。令和でも完璧に完成してないもんなぁ」

「帆暮ノ言ウレイワッテナンナノ?」

「超文明だよ」

「エスエフ?」

「難しい言葉知ってるなぁ」

「帆暮ガ前言ッテタンダヨ」

「逃避も結構ですけどそろそろ限界では?」

「まだ俺の肛門括約筋は頑張れる!」

「はいはい」

「ああああかあくん助けて」

「イッテキマス!」

 お付きの鴉に見捨てられ、しのぶさんにはアオイ達よりはマシでしょうと脅され。いや、うん、マシだよ、まだね。嫌だけどね。本当の本当に嫌だけどね、アオイちゃんやカナヲちゃんや、もっと小さい子達にされるよりは! 遥かに! マシだけども!!

 出て行きたいなぁと切実に思う。出て行けないなぁと現実が突きつけられる。せめて両足があったらなぁ。もっとまともになるんだろうけどなぁ。うまくいかないなぁ。ぐすん。

 

✳︎✳︎✳︎

 

 奇跡が起きた。

「繍蔵さまには命を助けていただいた恩義もありますし、なにより、私どもとしても義肢の作成のご協力をいただけるのでしたら願っても無いお話です」

「ほ、本当にいいんですか……?!」

「ええ、是非とも」

 俺が以前に助けた人が、病院の院長先生で、なんなら手足の不自由な人のために義肢の開発なんかもしてる人で、なんとなんと! 俺は仕事を見つけつつ養い口をも得るという大快挙を成し遂げた! すごい! 奇跡! 連れてきたかあくん万歳!

 支度があるだろうからまた一週間後に迎えに来ると言って、院長先生は帰って行った。かあくんはヨカッタネと満足気である。いや、もうこれは俺の手柄ではなくかあくんの手柄では? 天才。俺の鎹鴉は宇宙一優秀。

「かあく〜ん! ありがとなぁ〜!!」

「病院ニ鴉ハ住メルカナ」

「俺が院長先生に頼むね!!」

「帆暮さん! 静かにしてください! お客様が帰った途端、なんですか!」

「アオイちゃん! 俺ね、お世話になる病院決まったよ!」

「はい?」

 かくかくしかじか。とてもシンプルに近い内に出て行く旨を伝えると、アオイちゃんはそれはもう怒った。烈火のごとく、激おこムカ着火的なそれ。勝手に決めてよいことではないのだと、見たこともないほどにご立腹だ。

 そんなに怒られると思ってなかったので、俺の心はちょっとだけしぼんだ。悲しい。

 喜んでくれるのでは、と思ったのだ。俺はこんな体でも役に立てるわけだし、俺が助けた人が俺を助けてくれるなんて、運命というか美談というか。文字通りのいいお話だ。みんな好きでしょ、そういうの。俺は好きなんだけど。大団円みたいなの。

「だいたい! しのぶさまに相談はしたんですか!」

「相談はしてないけど、お世話になる先を探していたことは知ってたはずだよ」

「え……本当に?」

「止められなかったし、ここでいつまでも迷惑をかけるわけにもいかないし、了承してるもんだと思ってた」

「迷惑だなんて誰も思ってません!!」

「ごめんな、言葉を間違えた。俺が、世話になるのがしんどいんだ。昔と違って返せるものもないし」

 いけないいけない。俺の不甲斐なさをアオイちゃん達のせいにしてしまうところだった。山の王曰く、一番最初に死んでしまうような俺がのんびりと生きていられるのは、他ならぬ蝶屋敷の人たちのおかげであって、俺はそれに感謝している。みんなも、いやいや助けてくれている感じはない。

 だからこそ、俺は思うわけだ。なんでこんな体なんだろうと。できることが少しくらいはあるんじゃないかと。

「俺はね、俺で役に立つって言ってくれる人がいるなら、そこに行きたいんだ」

「それこそ、もっと早く言ってください……」

 準備だって大変なんですからね! 鼻声で叫んだアオイちゃんに、手間ばかりかけてしまって悪いなぁと言えば、悪いことなんて言ってないです! とまた怒られてしまった。存外惜しまれているようで、俺も隠れてちょっぴり泣いた。

 

✳︎✳︎✳︎

 

 病院での生活が二ヶ月目を迎えた頃、新しい先生と看護師さんたちが増えた。

「帆暮さん、こちら、新しくうちで働いてもらうことになった先生です」

「お久しぶりです」

「こちらは看護師さんたち」

「帆暮さんこんにちは!」

「すごく知ってる」

 ここが蝶屋敷なのではと錯覚するほどの見馴れた顔ぶれ。どうやら名実ともに鬼殺隊は解体することになったようで、せっかくなので心得のある道を行くことにしたらしい。

 院長先生も、医術も剣術も腕が立つ人がうちに来てくれるなんて願ってもないとご満悦だ。その辺の人事にまであれこれ言える立場ではないので、よかったですねと返事をする。カナヲちゃんが居ないことを問いかけるのはおそらく無粋なので、触れないでおくとしよう。

 しのぶさんたちが俺の世話になっている病院の一員になったからといって、俺の生活に変化はない。定期的に義肢を装着した訓練をして、噛み合わない部分は何度も微調整をして、また訓練。全ては再び自分の足で立つためと、俺以外の同じような境遇の人の手本になるためだ。

「今日も頑張ってますね」

「こんにちは、しのぶさん」

「はい、こんにちは」

「ほら見て、結構立てるようになったんだよ」

「素晴らしいですね、努力の賜物です」

 俺が試している歩行補佐の器具は二種類。足に着ける義足と、腕に着ける支柱だ。

 前者は俺にとっては一般的な義肢にあたる。足が欠けた分に木材などで作った足をつけて歩く。簡単そうだが、足の作りを一人一人合わせないといけないので製作コストが高い。贅沢な一品だ。

 後者は腕の付け根に、身長に合わせて削り出した棒をベルトで固定して使う。ざっくり言えば、腕から直接松葉杖が生えてるようなものだ。慣れれば割と安定する。

 どちらも、器具自体は自分で装着できないのであれなんだが。ともかく。立って静止するのができるようになってきたのだ。超絶な進歩。やればできる。ありがとう院長先生。

「記念に今日の介助は私とアオイが担当してあげましょうか?」

 パチパチと静かに手を叩くしのぶさんは、とても楽しそうにとんでもないことを言う。俺はちょっと固まった。なぜそうなるのか。不思議そうな顔で嫌でしたか? って聞くのもおかしくない? 俺、さんざん蝶屋敷でも女の人の介助は勘弁してほしいって言ってきたよね?

「絶対やめて」

「何故でしょう?」

「嫌なんだってば……。看護士さんいるでしょう……?」

「アオイも看護師です」

「揚げ足取りぃ……」

「ふふっ。冗談ですよ」

 少しも残念そうじゃない顔で、残念ですと折れてくれたしのぶさんに感謝すればいいのだろうか。若い女の子にセクハラをかますという事態を回避できたと考えて、喜んでおくことにする。

「私は帆暮さんのお世話をするの、好きなんですけどね」

「そう……。優しいね……」

 何割かは優しさではなく、怒りややり返しの精神なんだろうなと思いつつも、全体的に嘘ではないと知っているので少し返事に詰まった。いやまあね、俺がもう少し上手くやれたら一番良かったんだけどね。俺じゃあれが限界だからね。生きてるだけでも儲けもんだよ、ほんとに。

 もっとも、俺は生きていくつもりなんて全くこれっぽっちも僅かばかりもなかったわけなんだが。俺ごときが来たるべき未来を捻じ曲げるというのだから、そのくらいでやって確率五分五分くらいで思っていた。こんなこと、生涯誰にも言わないが。

「うふふ、いやですね。本当に全然伝わってない」

「?」

「いいんです。時間はたっぷりありますので」

「そう? まあ、しのぶさんがいいなら、なんでもいいけど」

 そういうと、今度はなぜか少し不満げにそういうところはよくないですと言われてしまった。しのぶさんの琴線全然わかんないな、難しすぎる。

 

✳︎✳︎✳︎

 

 如何にもこうにも鈍いのは、自己評価が低いせいだろうか。言外で常に、自分なんか、という言葉が見え隠れしている。

 思い返せば、蝶屋敷にいた頃からそうだった。手間をかけるから、迷惑をかけるから、役には立てないだろうから。そう言って、あれこれ遠慮してしまうのだ。言葉と態度で否定を示すので、ある意味では昔のカナヲよりもタチが悪い。

 そんなことないのにと、幾度となく言ってきた。手間だと思ったことなどないし──元はと言えば私が彼を天涯孤独にしたのだから、迷惑だと思ったことなどないし──彼は問題を起こしたことなどない、役に立たないなんてとんでもない。人手が増えて、目に見えて仕事は減ったのだ。主にアオイたちの。

 けれどもきっと、そういう事実があったとしても、彼はいつも一歩引いてしまうのだろう。そういう人なのだ。それを悲しいと思いはすれど、憤ることはない。

 私がそういう人を大切にする分には、当人の評価など関係ない。

「全然気付いてくださりそうにもないので、言っておきますね」

「なにを?」

「私、あなたの事が好きなんですよ」

「え? ありがとう。俺もしのぶさんのこと」

「好きなんて言ったら、今日夜這いに来ますからね」

「………………へっ?!」

「そういう意味です」

 短い奇声を繰り返す帆暮さんに、すっと顔を寄せて本当ですよと囁けば、真っ赤な顔でお手柔らかにお願いしますと尻すぼみに宣ったので、にっこり笑って断った。

 別にね、あなたがどう思ってたって関係ないんですよ。私は私のしたいようにする。思わぬ形で姉の願いを叶えそうな幸運に感謝して、あなたの献身を憎んで、あなたの命に酔いしれる。それが私の幸福で、あなたの意思は知らなくて、そんなもの、後からいくらでもついてくればいい。

「さあ、訓練頑張りましょうね! 体力は必要ですよ」

「わーわーわー!!」

 私が勝手にあなたを大切にするの。それだけだ。




生存if。
胡蝶しのぶにものすごい強さ(圧)で迫られたい。あくまでifなのでこういうことは起きません。悲しいね。
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