森の真実を記した記録   作:SOD

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フロッピー.2

速水 レオ(24)FILE

1993年12月27日 10:50

年末の裏番組の収録のためにカメラマンとアシスタント数名。

そして、当時の人気アイドルグループメンバーの一人

速水(はやみ)レオは日本のとある秘境の森に訪れていた。

 

「すみませんねえレオくん。裏番組の仕事なんか頼んじゃって」

 

収録前に内容を憶えていたレオに話しかけたのは収録現場の責任者の大貫 隆。

本来レオはグループメンバーと一緒に某有名番組に出演することが決定していた。

しかし、レポーター役が急病で出演出来ないことになって、自ら代わりを買って出たのだった。

「いいんですよ大貫さん。困ってる時はお互いさまさ。

それに…こういった大自然に呑み込まれてなお、オレのカッコよさは色褪せない」 

とびっきりの笑顔でナルシシスト発言をするレオ。

多少キザにも見えるが自分の損得を別にして仕事をする彼に、好感や都合の良さを感じるスタッフは少なくない。

先日雑誌で掲載された『ファンの子が語るレオの一番好きなところランキング』でも『カッコつけた自信満々の発言と、困っている人を放っておかない行動の絶妙なバランス』

という発言が多く乗せられているほどだ。

「今日の収録は森の中の熊と集落の人達の戦いのドキュリー用の映像撮影でしたよね。

実際クマが出てきたら慌てず騒がず…っと」

ニコニコ笑いながら森の方へ歩き出したレオ

「レオ君どこ行くの?収録はまだだよ?」

「すみません、ちょっとそこの森で森林浴でもしてきたいんです。自然な空気を身体に取り込んでおきたいので。

15分くらいで戻りますから、アハハ」

「そっか、分かったよ。クマは集落の人に狩られたハズだけど、他にも動物とかはいると思うから

気を付けてね」

「はい、わかりましたー!」

スタッフに手を振りながら森の奥に入っていくレオを見送る。これが、アイドル速水レオと最後の対面だと言うことも知らずに……

 

 

 

刈野 真(32)FILE

2010年12月27日10:34

 

正社員ならば誰しも一度は体験する上司からのお叱り。

これを平社員の刈野(かりや) 真《まこと》は入社以来一度も欠かしたことは無い。

刈野はとにかく要領が悪い。業績も悪い。

何度もクビになりかけている。

しかし今回は絶望的だ。

取引先の会社の社長に暴言を吐いたのだ。

「刈野、貴様は自分の立場を理解しているのだろうな?先鋒にあのような暴言を吐くとは何事だ?」

部長の額には青筋が幾つも浮かんでいる。それは今にもプッツリ切れてしまいそうな程に。

しかし刈野はそんな部長の怒りなどどこ吹く風であった。

「クビにするなら、とっととして下さい」

「……何だと!?」

たび重なる失敗や上司からの叱責に刈野の我慢は限界に来ていたのだ。

護るべき家族もいる、様々な借金もある。

しかし刈野にはもうどうでもいいことだった。

「私はもう働くこと…いえ、生きることに疲れました。

今までお世話になりました。もう仕事なんてまっぴらだ」

そう言い残すと、刈野はオフィスを出て行った。

「妻も娘ももうどうでもいいや。

とりあえず静かなところで日光浴でもしながら眠りたいな……」

さっきよりもすこしだけ晴れやかな目をしながら、刈野はフラフラと街を出て行った。

 

 

 

 

 

 

響 愛美(11)FILE

 

12月27日 08:45

 

地震の影響で起きた地割れの亀裂の中に落ちた愛美と翔護の二人。

生還は絶望的かと思われた奈落の底で、響 愛美は無事でいた。

大した怪我は無く、歩くことも出来る。

落ちた場所の高さを考えると、自分が無事なのが腑に落ちなかったが、今ソレを深く気にすることは出来ない状態にいる。

「ここはどこだ…!?何で山の亀裂に落ちたのにわたしはこんなところにいるんだ??」

落下した際少しだけ痛めた左腕を庇いながら、愛美は自分の置かれた状況の異常さに圧倒されている。

「マグマとかが流れているならまだ分かるけど、何で地面の下が大木に覆われた森になってるんだよ……」

辺りを見回してみるが、自分がいる場所がどういう場所なのかを調べられるものは無かった。

「翔護は無事なのかな……一緒に落ちたはずなのに何でどこにもいないんだ?」

辺りのどこを見ても木々に覆われている森の中に、自分が待っていた男の子の姿を見付けられない愛美は

次第に山で一人ぼっちでまっていたさびしさが蘇る。

「しょ…翔護……?どこかにいないのか?翔護」

瞳がうっすらと涙で濡れる。

一人ぼっちのさみしさと、自分がどこにいるのかも分からない

恐怖に怯えながら、とうとう膝を抱え俯きだした。

「助けて……翔護」

もう愛美は、顔を上げることも出来ない

「そうやって助けを請うのは簡単だ…だがお前は『翔護』を護るんだろう?

顔を上げて探さなくていいのか、うずくまっていていいのか?響 愛美。お前は、何を誓った?」

「え?」

絶望に押しつぶされて意識も手放そうとした時、自分に語りかける声に気付いて、愛美は再び顔を上げた。

さっきまで誰もいなかったはずの場所に、自分より少し年下っぽい帽子を深く被った男の子が立っていた。

鍔で半分くらい隠れている顔の中で、見た目に不釣り合いなくらい鋭く美しい瞳が愛美を見下ろしている。

「顔を上げたな。だったら立て。お前はまだ何一つ成し遂げていないはずだ」

少年の持つ独特の雰囲気に押されながらも、愛美はなんとか立ち上がると、少年に語りかけた

「キミは誰?ここはどこなんだ?何でわたしの名前や翔護のことを知ってるんだ?」

少年の登場で湯水のように湧き出た疑問を矢継にぶつける愛美に、冷静に対応する。

「質問が多すぎるな。悪いが俺もどうしてここにいるのか何て知らない。むしろ聞きたいくらいだ。

さっきまで『マークのごきげんカフェ』なんてダサい名前の店で、ゴキゲンなモーニングコーヒーを飲んでいたんだがね」

圧倒される雰囲気と打って変わって、少年はアメリカ人のような友好的な口調で愛美の質問に答えていく。

「……小学生がコーヒー?砂糖の取り過ぎは身体に悪いぞ?」

「ああ、そのリアクションは翔護と全く同じだぜ愛美。コーヒーにmilkやsugarなんて入れるくらいなら、始めからココアか麦茶でも飲んでおけばいいんだ。」

「もしかしてブラックで飲めるの!?子どもが!?」

「さっきから小学生だの子どもだの。俺は翔護と同い年だぜ?」

「そうなの?でも中学生にしては小さいぞ」

「ワッツ?翔護が中学生?何を言ってるんだ奴は……」

少年は愛美の言葉に反論しようとして口を閉ざした。

「なんだ?」

「何も無いさ。ところで愛美、今は何月何日だ?ついでに西暦も頼む」

付き返すように言うと、突拍子の無い質問を返した。

「今は2022年12月26日だろ?」

「残念。キミが彷徨っている間に日付が変わっている」

言いながら少年は、懐から懐中時計を取り出した。

「これっておじいちゃんとかが持ってる時計だな。でも新品みたいに新しい」

「オーケーオーケー、そこはいいから時間は見たな?とにかく今の日付をだいたい理解したところで

先に進もうぜ!翔護がこの森に来ているんなら丁度いい。

あいつがいてくれれば頼もしいしな」

愛美は、少年のあまりにも予想だにしなかった言葉に驚いた。

「頼もしい!?あのヘタレた翔護がか!!?」

「翔護がチキンねえ……まあいいさ、とにかく行くぞ」

愛美の発言に逆に意外そうな顔をした少年は、それでも行動が先決と断じて歩き始める。

「あ、おいちょっと待てよ!!」

「ふう…愛美、仮にもレディーなら言葉づかいは多少直した方がいいぞ。で、何だ?」

「おまえがわたしや翔護のことを知ってるのは分かったけど、まだお前の名前を聞いていない」

「ああ、失念していたな。行動ばかり優先させ過ぎた……反省が必要だ。

初めまして愛美、俺の名前は青葉(あおば)風音(しおん)

翔護のフレンド。ついでに、同じチーム【有罪夜行】のメンバーだ。」

 

 

 

1999年12月27日 森の近くの農村。『預言を語る者達の村』

 

安藤総司の一行が森を訪れる前にいた村で、住民たちが集まり話し合いをしていた。

住民たちは森に無断で人が入らぬように管理することを一番の使命としている。

その村の村長である男が、よそ者の立ち入りを許可したことを村人達は納得がいかなかったのだ。

「村長、何故あの東洋人を止めなかったのです?

『神の威光』も『金色の雨』も知らぬ男が、ただあの森を訪ねてくるなどありえません。

あの男も、他のよそ者同様欲望に汚れた野望を叶えようとしているのではありませんか?」

「私もそう思います。あの神聖な神の森を犯そうとする輩に立ち入りを認めてよかったのですか?」

村民の苦言に涼しい顔で諭すように村長が語り出す。

「キミ達の気持は分かります。我らは神の預言を受け取った偉大なる預言者の末裔です。

その誇りをキミ達は傷つけられた気持ちなのだろう。しかし、それは違うのだ。

ついに時が満ちたのだ。世界を創造する新たなる神の生誕の時が」

村長の言葉に村民が驚きながら耳を傾け始める。

「神の森に煌めく『神の威光』は、どのような願いすら叶える『奇跡』を与えるのだ。

 

『金色の雨』は人の身に浴びることにより神の恩恵を受け、神と同じく強き身体とマナを宿す。

神に選ばれし者だけが、時代を超えて次元を移ろい森の儀式に召喚されるのだよ。

『奇跡』に値する者を選定するために。

さあ、選定されし者達よ!!『神の威光』に辿りつけ!!新たなる神を決めるために………そこが汝らのゴールだ!!!」

その言葉を聞き、村民たちは一斉に感嘆の声を上げる

「では村長!かの東洋人は選ばれし者なのですね!!」

「その通りだ同志達よ!!我らはこの瞬間の為に偉大なる預言者から預言を継承し続けてきたのだ。

そう!かつて神と人が共に生きた、人の歴史に語られることの無い時代……『神代の時代』から!!!」

自分達の先祖から受け継いだ使命を全うした達成感から、村民たちはなお歓喜する。

「さあ諸君!あとは祈ろうではないか…新たなる神の誕生を!!

預言者の悲願の達成を!!!『神の威光』に永遠の希望あれ!!!!」

「「「「希望あれ!!奇跡あれ!!この世界に祝福を!!!」」」」

「「「「選定されし者達よ辿りつけ!!『神の威光』へ!!そこが汝らのゴールだ!!!」」」」

「さあ、奇跡を得るために進め!!!」

この歓喜の声は日が暮れても止むことは無い。彼らの使命の達成までの日々の長さを表すかのように。

新たな神が現れるまで、彼らの声が止むことは無い。

彼らの命が尽きない限りは

 

 

 

 

青葉 風音(11)FILE

 

2020年12月27日 07:35

 

全体が薄暗いデザインで構築されているカフェ『マークのごきげんカフェ』

通常このカフェには顔なじみの客しか来ない。

どの時間に誰が来るかも決まっている。こんな朝早くから顔を出すのはとある少年だ。

カランコロン――!

来客を知らせるドアの音を聞くと同時に、マスターのマークが事前に温めておいたコーヒーカップにコーヒーを注ぐ。

「ほらシオン。マーク様特製のごきげんなモーニングコーヒーだ」

「………(コク)」

少年はいつも通りの真ん中の席に座ると無言でコーヒーに口を付ける。

その姿はとても小学生のものには見えない。しかし彼の落ち着いた雰囲気と店のイメージは調和する。

「キリマンジェロの深煎り……子どもが好んで飲むモノじゃないぜ、まったく」

「そう言うなマーク。世間のイメージで好物が変わるほど楽な性格をしてないんだよ」

好みの飲み物と重なって子どものモノとは思えない落ち着いた発言。

大人ぶったような可愛げのあるものとも違う、一種の貫録を放つ。

「ホストファミリーに甘ったるいストロベリーパフェを勧められたが、一口食べたところでギブアップした。

結局そいつはホストシスターが食ったわけだが。

何で女ってやつはあんなものを満面の笑みで頬張れるんだろうな……?見るだけで胸焼けを起こすかと思ったもんだ」

「いやシオンよお、普通お前さんくらいの歳のガキならそいつはご褒美だぜ?

男女限らずにな。逆に珍しいのはお前さんだよ」

マークの言葉を聞いて若干うんざりしたような表情をしながらコーヒーを口に含む。

「……そういえばマーク、アンタ宛に手紙を預かってる。陽香からだ。」

話をそらすように上着の内ポケットから封筒を取り出し手渡すと、またコーヒーに口を付ける。

「なんだいこりゃ?ラブレターってことは…ねえよな、お前さんにお熱だろうし」

「何言ってんだマーク、女と子犬の区別もつかねえのか?」

「へ?どういう意味だ??」

「誰かれ構わずじゃれ付く犬と、特定の男に付きまとう女は別モンだって言ってるんだよ」

「お前、それはヒデえと思うぞ……」

「知るか」

素っ気ない態度をとってコーヒーを飲み干すと、丁度来客を迎える鈴の音が聴こえる。

「この時間に客か?いらっしゃい――って、おやまあ噂をすりゃあ何とやらってのはお前さん達の言葉だったよな?ヨウカ」

「グッモーニング!マスター!!ゴキゲンいかが?」

少年以外に来ることの無い時間に入ってきた少女は、マークに明るく挨拶するとすぐに風音の隣に腰かけると彼にもあいさつをした。

「おはよう風音くん!探したんだよ~もう三日ぶりだね!!」

その挨拶にマークが拭いきれない違和感を感じた。

「三日ぶり!?おいおいシオン!!お前家帰ってないのか!?」

「そうだが何か?」

風音のあまりに少年らしからぬ行動に、マークが頭を抱え出した。

「家には帰れよシオン」

「誤解するなマーク。家主には説明して理解をもらった上でのことだ」

「何をやってるんだ?家にも帰らないなんて……」

「いや、ちょっと未来人や異世界人、超能力者と会ってたんだ。

あ、コーヒーおかわり」

「ねえねえマスター!わたしにもちょーだい!!」

「テメーは学校行けよ」

「風音くんといっしょに行くからだいじょーブイ!!」

ピースサインをしながら笑顔で答える陽香

「よしよし、そんじゃ何にする陽香?イチゴオレか?ミックスジュースもあるぞ」

「風音くんと同じの!」

「寝言は寝てほざけ。

ピーマン苦くてヤーなんて言ってるガキがコーヒーなんざ飲めるわけねえだろ!」

後頭部を思いっきり引っ叩いて陽香を黙らせる風音。

そのツッコミに涙目になりながら抗議する陽香。

「いったーい!!?何するの風音くん!!」

「マーク、ココア出してやってくれ」

「あーはいはい…」

陽香をしり目に勝手に注文を決めた風音は、苦笑いを浮かべながらコーヒーとココアの準備を始めたマークにさりげなく二人から離れて話しやすい環境にしてもらってから話始める。

「何しに来やがったバカ女」

「もちろん風音くんに会いに来たんだよ?だって風音くん三日もお家に帰ってこないし」

「俺が帰ろうと帰るまいとお前に迷惑はかからないだろうが」

「夜一人でトイレ行けないの!」

「寝ろ、朝まで。万事解決だ」

「朝一人で起きれないよ!」

「寝るな、朝まで。万時解決だ」

陽香の言葉に段々イライラしながら風音は答えを返す。

「どっちにすればいいの?」

「夜は寝ろ、朝は起きろ。単純明快だ」

「でも夜は眼が覚めちゃうし朝は起きれない!!」

えへんと胸を張って言う陽香にイライラを隠さずにシオンは言う。

「そろそろもう一発殴っていいか?」

また風音の手が陽香の後頭部を捉えようとした時

「どっちもどっちだろうそれは」

あきれ顔でマークが割って入った。

「陽香、確かに朝は起きて夜は寝た方がいい。

シオン、お前の言い方は極論過ぎる。もう少し気遣った言い方をしてやれよ。

でないとガールフレンドに愛想尽かされちまうぞ」

「え、えっ!?が、ガールフレンド!!?わたしが!?」

「ハァ…無駄に歳食うとガキをからかうしかやること無くなるのかね……」

顔を真っ赤にしてびっくりする陽香に対してやはり可愛げのないうんざりしたような反応をする風音。

それがつまらないマークは更にからかおうとする。

「ハイハイ、トモダチトモダチ。カノジョハトモダチ」

「……………俺は静かな時間が好きなんだ。なあ、マーク」

「な、何だ?突然」

「怖い時に吠えまくるケダモノより、どんな時でも落ち着いた対処の出来る人間に好感が持てるわけだな」

「ああ、なるほど。だから元気な陽香ちゃんは違うんだって言いわけがしたかったんだな!

アハハハハ!!照れなくてもいいだろうに!」

「だから押入れの中にネコ耳のアニメキャラのフィギュアやポスターを隠しているカフェのマスターを知っていたとしても、新婚ホヤホヤな新妻にそれをばらさない俺は好感の持てる人間だと思わないか……マーク?」

「はい、あなた様は大層素晴らしい人間です。神様です。ですからどうかその情報はあなた様の胸中にどうか未来永劫封印しておいて下さい。私も未来永劫沈黙を美徳とすることを神に誓います」

マークは長台詞を饒舌に演説しながらシオンの足元に滑りこんだ。

「スライディング土下座!?どうしたのマークさん、何でそんなに急に下手に出ちゃったの!!?」

大人の世界の汚れを知らない無垢な少女が、大人の階段の一段目を頭上に仰ぎ見た瞬間だ。

少女の眼前には床に顔面をこすりつけて意中の少年に全力で許しを請うキタナイ姿。

しかし無垢な少女の見た大人の階段は少年の一言で更に高くなる。

「だったらそうだな『私はケモノ耳萌えです!!』と叫びながら全裸で逆上がり1000回しろ」

「まって風音くん!!そんなことしたらマークさんポリスに捕まっちゃう!!」

「分かりましたシオン様!!!!直ちに任務執行させていただきます!!」

「わかっちゃだめええええーー!!!!」

その後、風音は陽香の必死の説得で『全裸』の部分を『ケモノ耳の美少女Tシャツを着て』に妥協した。

陽香はそれで少し安心していたが、大切なことを忘れたままだった。

マークの奥さんに『私はケモノ耳萌えです!!と叫びながらケモノ耳の美少女T姿の状態で逆上がりをしているマーク』の姿を見られたら間違いなく破局するであろうということ。

公園に奥さんが任務執行中に通らないことを祈るばかりである。

「さて…そろそろ行かないと遅刻するぞバカ女」

「え?あ、ホントだ!この時間じゃ走らないと間に合わないかもしれない!」

時計を見ると8時10分だった。

「じゃあさっさと行け」

「うん!行こう風音くん!!」

遅刻など意にも介さず涼しい顔でコーヒーを飲む風音の腕を引っ張って急かす陽香を嫌そうに引きはがす。

「俺は学校なんかに用は無い。今日は全員で集まりがある」

「じゃあ風音くんが行かないならわたしも行くの止めるよ!」

笑顔で陽香がそう言うと、風音は一瞬だけ表情が硬くなった。しかしすぐに元に戻ると

「頭がヤバいなら勉強しろ」

とあしらって、店の奥に消えて行った。

「風音くん!!」

「MA☆TTE!!!ここはシオンの言うことを聞いてくれ!!でないと、オレの幸せな新婚生活が雨に濡れた犬が舐めたクッキーみたいになっちまう!!」

「えう!?し、しおんくん~~!!」

 

風音が常連になっている『マークのごきげんカフェ』は昔、黒魔術に没頭していた先代の使っていた小屋をそのまま店に改装したもので、地下には曰くつきの魔道具がいくつも放置されている。

「………」

風音は地下に入るとまっすぐに布のかけられている物の前に立った。

その表情は、それまでコーヒーを楽しんでいた大人びた表情では無く、陽香と年相応に話をしていた物でも無かった。

神妙な表情で掛かっている布をはぎ取りその中にあった物を見つめると、誰かに話しかけるように言葉を紡ぐ。

「この俺を呼びだしたのはお前か?」

それは本当に返事が返ってくるかのような語り方だ。

布の中にあった物の正体は姿見。大人の身体全体を映す鏡だ。

「……俺にまた、戦えと言うのか?笑わせるな、そんな必要がどこにある……」

その部屋には間違いなく誰もおらず、盗聴器を仕掛けても風音が独り言を言っているように聴こえる。

「あの時の戦争でも分からなかった、俺の『呪い』の秘密が分かるってのか……?」

だが、その部屋には一つだけ決定的におかしいことがある。

鏡に映っている物。そこには、けっしてその部屋には映っていないはずの光景が映り込んでいた。

それは、溢れかえる植物。日の差さない森。その中に『姿の変わり果てた風音』本人が立っていた。

「……………」

(陽香……)

眼をつぶると浮かび上がる、自分の傍にいてくれた少女の姿。

そして今までの人生が走馬灯のように浮かび上がる。

その後すぐ、その記憶を振り払い、風音は未来を決める。

(たとえこの先の未来がロクなモノじゃ無かったとしても、ここで逃げたら俺は一生後悔するよな……)

「分かった。俺は俺が俺であることの証の為に、参加してやる。その異世界の儀式に。

さあ、世界を反転させろ『神の威光』。」

その言葉に呼応して、鏡に置いていた手からズブズブと呑み込まれていく風音。

彼が誰と話していて、何故イギリスの『神の威光』をアメリカの風音が知ったのか。

ソレを知るのは、仲間達に『未来視の軍師』と呼ばれる風音本人だけだった。

だが、それを本人に確かめることすら許されない。

なぜならその後彼を『彼の居た次元』で見たものはおらず、自分の意志で言ったはずの場所に着いた時には、自分が何故こんなところにいるのかの記憶が消えており、分からないままに彷徨うことになったからだ。

『神の威光』の煌めくあの森の中を………

 

 

 

月宮 夢観(5)FILE

 

12月27日 11:47

 

そこは『神の威光』が煌めく場所。白衣の科学者達が先取りして研究をしていた場所だ。

しかし、科学者が気付かなかった雨がとうとう止んだ頃に、彼らは一人もここにいなかった。

そこいたのはたった一人の幼女だけだ。彼女もまた、森の儀式に呼ばれた選ばれし者。

幼女はその場所に何一つ苦労無く辿りついた。

そう、彼女は召喚と同時に『神の威光』の目の前にいたのだ。

その時点で儀式の勝者は彼女ということになるのだろうか?しかし『神の威光』は幼女に何一つ反応せず、幼女自身も『神の威光』に何の興味も示さない。

ただ、透き通る鈴の音のような声で彼女は唄っている。

 

「先後濡れる 血潮の涙 人々は屍に帰る

金色の雨 まだまだ濡れる その命還ることも無く ♪」

 

彼女の歌声が森に響く、耳ではなく心に。

この唄を聞いた時、そこにいた全ての選定されし者達はそれぞれの反応を示した。

この唄の意味を読み取る者、歌の美しさに惹かれた者。

そして、地に伏せる『愚者』たち。

 

「咲き誇れ 生命を燃やし求める希望 朽ち枯れるだけ

常闇に堕ちるは 絶望の『愚者』であり 知りゆけば

また 屍に泣いて…… ♪」

 

彼女の唄には様々な意味が含まれた。

選定されし者達へのヒントと答えが。

 

「無知なれば 屍鬼の声が また一つ増えていく

絶望はどこまでも お前達に付きまとう 希望は闇に呑み込まれん

さあ 歩み進め 時に止まり伏せろ 前に進め這ってでも

お前の『奇跡』を 望むなら~ ♪」

 

そして最大の意味。儀式開始の合図。

この唄が終わった時、総ての準備は整った。

時は11:47の時。

 

夢観の唄が終わった瞬間に

あらゆる時代、あらゆる次元から召びだされた選定されし者の運命が狂わされた。

儀式が終わった時、選定されし者はどうなるのか。

『神の威光』に辿りつくのは誰なのか………

研究者達はどこへ行ったのか?

青葉 風音が会話したものは何なのか?何故彼は響 愛美を知っているのか?

響 愛美と共に落ちたはずの鳴海 翔護はどこへ行ったのか?

選定者の中で一番最初に森に現れた安堂 総司が来て行こう4時間の間に何が起こるのか?

まだ森に入っていなかった刈野 真や速水 レオはどのように森に召喚されるのか?

彼らのほかに選定者はいるのか?

月宮 夢観が唄った唄の中にあるヒントと儀式の真実とは?

なにより選ばれた選定者の基準とは?

 

答えは絶望の中にある。

 

 

 

 

 


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