傷ついた巨人
お母さんを追いかけてアビスに挑んで、色々なことを経験した。
美味しい料理を作ったり、“星の羅針盤”を落としちゃったり、ゴコウゲに追いかけられたり……
ナキカバネに襲われたり。
正直言って、死ぬかと思った。ナキカバネが私の義足を掴んでなかったらどうなっていたか。着脱機能を利用してなんとか拘束を逃れて、レグに受け止めてもらったけど、上昇負荷を受けて吐瀉物まみれになるし、意識は朦朧として、ふわふわする。そこに、ナキカバネの群れが押し寄せてくる。
そんな絶望的状況下から逃れることができたのはレグのおかげ。
光だ。レグの掌から放たれたそれは、射線上にいた二、三匹のナキカバネと後ろの巣ごと、まるで“解いて”いくように、跡形もなく吹き飛ばした。
私はその光を“
ともかく、私は色々なことを経験して、
ゴンドラで昇って、監視基地の入り口から漏れる光の前。
吐き気がひどい。上昇負荷なんだろう。頭いたい、気分が悪い。
「へー、よく昇ってこられたねぇ」
人の、声。前から。
「この辺は負荷が緩くなってるとはいえ、子供にはキツかったろーに」
脚がおぼつかない。付け直した義足がふるえる。
ああ、多分間違いない。目の前のこの人が。
「あ、あのぅ私!」
「ん……」
「リコと言います……」
視界がぐるぐるする、よだれがいくらでもでてくる。
あ、むり。
「ん゛っ……!」
せめてよごさないように……!
「リコ……!」
「うぉええっえっ……うえっ」
レグにからだささえられてる、あぁすっぱ。
奈落に落ちてく黄土色なつぶて。ちょっと水っぽい。頭いたい……
「しってるよ、ライザの子だねえ?……はは、汚いねー」
嘲笑するような声……ハボさんの言ってたのはこういうことなのかな。
「おや……少年は平気なのかね?」
レグも圧倒されてる。それはそうだ。
目測で2メートルは越していそうな体躯。
どうなでつけているのかわからない、二対のツノが生えているような髪型。
そして、左目を隠すように巻き付けられた黒い布から覗ける、抉られたような傷跡に、肘下が無い左腕。
そして、胸元の白笛。
この人は、“動かざるオーゼン”その人なんだから。
「マルルク、この子たちの話聞いといて」
無性に腹が立つ。
廊下を歩く音がやけに大きく聞こえる。イラついたりした時は風に当たるに限る。
右手には持ち慣れたくない感覚。バカ弟子の笛。
封書が上に届いてそう経ってないはずなのに、もう来てしまうなんて。12か、マルルクと同じぐらいじゃないか。
「……」
下層から吹く風が私をさます。いつもと何も変わりのない、薄暗い逆さ森の風景。
バカ弟子の声が、姿が、ガキを見てから脳裏にちらつく。
なんで、記憶の中の瞳とおんなじ光を灯しているんだか。
それに、バカ弟子のことだけで無く、私の長い人生史上最も思い出したくないことも、妙に鮮明に浮かび上がってくる。
骨野郎、オストガロアのこと。
目を瞑りたくなる光景というのは、これを言うのだと思った。
平和を謳歌していたんだろう。たまに舞い込んでくる探窟家の武勇伝や情報、貴重な遺物の発見に沸き立つ陽気な街並みは、戦乱の惨禍に巻き込まれたかのように変貌している。
上昇負荷なんて気にする間も無く、息つく暇すら無く、オストガロアの後を追って地上にたどり着いた私は、この頃数えるほどしか感じたことのない、総毛立つ感覚を覚えた。
一時間程度。千人楔を30本は刺していた私が、二層から本気で地上へ向かった間。たったそれだけだ。
崩落した家屋に沈んだ街並み。
そこら中から聞こえる呻き声。
それを焦がし尽くすように燃え盛る炎。
そして、破壊と進撃、人々を喰らい続ける双頭の骸。
オースは地上の地獄と化していた。
とにかく、奴をオースから遠ざけることだけに注力した。
30人乗ったゴンドラを軽々持ち上げられる私の拳を、奴の骨は容易く防ぐ。柔らかそうな、骨を纏っていないむきだしの部位を狙おうにも、青いガス状の物質に保護されていて、それに触れれば皮膚が焼け爛れたようになる。
比較的攻撃の通る触手を殴り、蹴り続け、奴の触手の片方を引き裂いてやって、怯んだのか青いガスを出さなくなった隙を狙って、奴の右目に拳を差し込んでやった。
怯んで力が緩んだところで、アビスに向かって渾身の力を振り絞って押した。その時だ、私が左腕を失ったのは。口元に近すぎたせいだ。
ともあれ、私は奴と一緒にアビスに落下することはできた。
そのあとは、記憶が曖昧になっている。多分その時に顔面の左半分を削られたりしたんだろうが、私も奴に何か喰らわせてやったんだろうか。
私が倒れていたのは、深界五層だったらしい。
外した義足はレグに回収してもらって、しっかり付け直した。火葬砲には巻き込まれなかった模様。
二層から一時間で地上に行ける(ゴンドラ無し)オーゼンさん。強くね?
それよりも早く地上に襲来したオストガロア、見た目にそぐわず割と機敏。