架空原作TS闇深勘違い学園モノ   作:キヨ@ハーメルン

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第9話 序盤の山場 破

 状況は悪化の一途を辿っていた。

 悪魔モドキによる航空攻撃と空挺降下。その完全なる奇襲によって切って落とされた戦闘は、今のところあちら側の意のままに進んでいるのだ。敵地上主力軍はスケルトン隊──元が民兵だけに複雑な動きも装備も使えない──を蹴散らして塹壕線を突破しつつあり、残るはスケルトンソルジャーが守る最終防衛線のみ。レッサーデーモンモドキを隊長格としたインプモドキの軍勢は対空砲火の一つも浴びる事なく学園の各地へと降り立ち、破壊と殺戮を謳歌している。エマやユウの庇護下にあるモブ生徒はともかく、ボンクラ共は今頃全滅している頃合いだろう。

 斯く言う私も、余裕というものは既に無くなっていた。

 

「グッ、この、しつこい!」

 

 カンッと刃金と刃金をぶつけ合ってお互い後退したところに紫電を、次いでリヴィングソードをブチ込んで黙らせ。背後から襲って来たインプモドキの顔面に石突きを叩き込んでやり、怯んだところをリヴィングランスに討ち取らせる。

 我ながら獅子奮迅の働きだと自画自賛しつつ、それでも物量に押し切られてジリジリと後退させられ……今や、私の足は地面の上にあった。

 

 ──城壁から引きずり下ろされるとはね……! 

 

 城壁の裏側。門にほど近い場所で戦わざるを得ない私は、思わずギリッと歯噛みする。狭い城壁の上での戦闘に耐え兼ねて降りてしまったのは、やはり失態でしかないと。

 不幸中の幸いは連中に城壁を利用する気配が無い事。そして上空にはまだグリフォンが居るという事か。少なくとも航空優勢は渡してはおらず、空中戦はまだ終わってはいない。負けてはいないのだ。負けては。

 

「けど、逆にいえばグリフォンという切り札を切ったにも関わらず、私は航空優勢を取れていないという事でも……えぇい、数が多過ぎる! 貴様らは夏の羽虫か!? なら焼身自殺でもしたまえよ! 邪魔だ!」

 

 レナの掩護に行けないだろう! そう吠えては見るものの……これで退くぐらいならそもそも攻めてくるはずもなく。連中はむしろ喜々として突撃してくる。

 猪突猛進。人間より遥かに強靭な肉体を活かして、真っ直ぐに。

 

「単細胞!」

 

 そろそろ罵倒するのも面倒になってきた。そう極めて短い単語で罵倒しつつ、私は飛び出してきた槍を杖で打ち払い、スキを晒したインプモドキを横から死霊剣に襲わせる。

 今まで何度も繰り返したやられ方でやられてチリとなる悪魔モドキと、その仲間共に学習能力は薄い様に見えるが……ガンッ、と。背後から響く金属音に、思わずミミが跳ねてしまう。そうだ、油断は出来ないと。

 

「驚いたよ……けれど、君らと違って私は学ぶのでね。盾だって出してるとも!」

 

 くたばれ! そう無手になっていたインプモドキに槍先を突き込んで討ち取り。私は背をリヴィングシールドに守らせながら空を見上げる。敵の数は後どれくらいだろう? と。

 そして、すぐに後悔した。見るんじゃなかったと。

 

「うへぇ……全く、見るだけで疲れてくる光景だね。忌々しいったらありゃしない。あれはもう雲霞のごとくってやつじゃあないか。それともイナゴの群れかな? あぁ、イギリス人の気持ちが良く分かったよ。私も対空用の火炎放射器が欲しくなってきた」

 

 つまりクソくらえだ。そうギッと睨み付ける先で、バサバサと空を飛び交う敵影は未だ多く。開戦時から全く減っていない様にすら見えた。いや、それどころか後続の鳥共が到着してしまった今、その数は増えているまであるだろう。何とも忌々しい事に。

 特に空中で暴れ回っているグリフォンの周りは……まるで蜂の巣だ。中で何かが大暴れしているのはボトボトと落ちていく悪魔モドキと鳥の死骸のおかげで分かるのだが、肝心のグリフォンの姿は全く見えない始末。世の中には虫にたかられるという言葉があるが……

 

「あれはもう蜂球だね。熱殺蜂球だ」

 

 個体の性能差で勝てないならと、悪魔モドキどもは寄ってたかってタコ殴りにする事にしたのだろう。その有り様はスズメバチに襲われたミツバチが繰り出すという熱殺蜂球によく似ていた。

 ただ、それでもまだ落ちてないグリフォンは……流石は幻獣王というべきか。頼りになる。おかけで私のところに降りてくる悪魔モドキや鳥は十、二十、三十……

 

「多いよ!」

 

 ヤケクソ気味に紫電を放って牽制し、戻って来たばかりの死霊剣を突撃させて。私は思わずうめき声を上げてしまう。ゲームのレナはこれを一人で捌いていたのか? と。

 

 ──血の補給無しにこんな大軍と戦えば、そりゃ中盤で弱体化もするだろうさ……! 

 

 今の今まで学園で盾となり続けたレナが、この世界ではあんなに生き生きとしているレナが、ゲームでは必ず死亡してしまう事に疑問を持った事は前世の頃から何度もあるが……なるほど、今の状況を見れば道理でしかなかった。コカトリス装甲車こと自走対空火炎放射器──発射時の迫力はもの凄いのだが、対空用のクセに射程が六十メートル程しかなく、虚仮威しにしかならなかった──が活躍出来てしまいそうな状況は勿論だが、蜂球が出来上がっているグリフォンを見れば一目瞭然。あの中にレナが居たのなら……私は正気を保っていられなかっただろう。そう思えばゲームの結果は納得しかない。

 そう、そして。それを考えると、私の当初の目的は達成出来たと言えた。

 グリフォンと死霊軍、そして私。ゲームには無い戦力が引き付け、削った敵軍の数を思えば、間違いなくレナの負担は激減しているからだ。これなら、レナは中盤で惨殺されたりはしない。そう確信出来るだけの働きを、私は既にしてみせていた。

 

「やってやった……か」

 

 なんとでもなったな。そう杖を振るい、紫電を走らせ。今回は私の勝ちだと笑みを浮かべたのが……よろしくなかったのか。悪魔モドキ共が隊列を形成し、全方向から一斉に突撃してくる。逃げ場は、無い。

 

「ッ──こういう時は!」

 

 前に出る! そう叫びながら紫電を放って牽制しつつ、動かせるだけの死霊の武器共をまとめて突っ込ませて血路を開き、私は迷うことなく駆け出していく。背後を盾に任せて、武器共の後に続いて前へと。

 だが、武器共は全ての悪魔モドキを撃破出来ず、進路上に一匹残ってしまって……いや、更に二匹、進路上に突っ込んでくる! 

 

 ──全てを避けるのは無理か……? 

 

 足を止めれば更に別の奴が現れ、私に槍を突き刺そうとしてくるだろう。ならば道は前にしかなく、かといって無傷で通過出来ないなら……仕方ないと、私は刺される事を覚悟で更に前へと足を踏み出す。

 瞬間、正面の悪魔モドキと刃金をぶつけ合い、えいやと横に押し切って死霊にトドメを任せた私の脇腹に、ズブリと刺さる物があった。続いてザシュッと左のふとももを斬り裂いていく何か……あぁ、言うまでもない。やられた。

 

「こふっ……まだ、だァ!」

 

 上ってきた血を口から吐き出し、それでも私は足を止めたりはしなかった。腹に槍を突き刺して来た奴の顔面を鷲掴みにし、ゼロ距離から紫電を撃ち込んでチリと消し飛ばして。足を斬ってきた奴は死霊剣に斬り伏せさせ、私は敵の包囲網を一息に駆け抜ける。

 呼吸出来ないまま、それでも。

 

「ぅ……この、くそったれめ。来い、リヴィングシールド!」

 

 私が真っ当な少女なら今ので死んでた。死体を混ぜくり合わせたキメラで無ければ、確実に。

 そんな悪寒を蹴り飛ばし、私は集団から抜け出すなり追加の盾を呼び出して周囲を固める。ボロボロになりすぎて役目を果たせない武器を送還し、血が止まらない脇腹を押さえながら、代わりに使える死霊は居ないだろうかと脳を走らせて……

 けれど、私がゾンビかゴーストかを選ぶより先に、あちらが次の攻撃を選ぶ方が早かった。鳥だ。戦力が目減りしてきた悪魔モドキに代わって、鳥共が前に出てきたのだ。私をついばんでやると、そう言わんばかりに。

 

「鳥葬という訳だ。今どき、洒落てるね? しかし、ちょっと腹が裂けたぐらいで、ずいぶんとナメられたものだ。私はまだ……待て、どこへ行く!」

 

 怪我をした私程度、バケモノ鳥で充分という事なのか? 悪魔モドキ共が次々と私から視線をそらし、学園のどこかへと飛び去って行く。

 半数は今だ蜂球の中で暴れ回っているグリフォンの元へと。そして半数は別のどこかへ……恐らく、レナの元へ。

 

「このっ……クソッ!」

 

 待てと、そう声を上げる暇もない。腹と足を裂かれて手負いと化した私へと、鳥共が我先にと襲い掛かって来たのだ。

 血の匂いに酔った者共。だがレナ以外の輩に血肉をくれてやる気のない私は、バチリと手に紫電を溜め込む。お前らについばまれてやる気は、一欠片としてないと。

 

「落ちろォ!」

 

 紫電一閃! 放たれた紫電は先頭の鳥へ命中し、そのまま後方の鳥へと感電。またたく間にバタバタと鳥共が落ちていく。

 今ので十は落とした。そうほくそ笑む暇こそあれ、次から次へと鳥共が降りてくる。あそこにやわらかい肉が転がっているぞと、そう言わんばかりに。

 

「ナメるな……! この程度の怪我で、私は……ッ」

 

 紫電を食らわせてやる。そう鳥共へ向けた手が、ボヤける。

 紫電は不発に終わり、その代わりとばかりにグジュリ、と。酷く不快で、しかし痛烈な痛みが身体に走る。アドレナリンが切れたのか? そう顔をしかめた、次の瞬間。カクン、と。左足の力が抜ける。咄嗟に杖にすがって、コケる事だけはふせいだが……しかし、これは。

 

「ぐぅ……っ、まだだ。まだ……!」

 

 召喚した武器共が一つ、また一つと破壊され、あるいは魔力供給を絶たれて消えていくのを見ながら。

 それでも、まだ私は戦える! そう吠えようとして……出来なかった。私の尻尾が、ピクリと。何かの違和感を捉えたのだ。ついに残りの死霊剣が数えられる程度になる中、それでもその感覚を無視できなかった私は、牽制の紫電を放ちながらミミをすませて……聞こえる。何かの地響き。

 

 ──何だ……? 

 

 ドスドスと遠くから、しかし聞いている間にもズンズンと迫ってくるそれは、ドンドンと大きくなり……はっと空を見上げれば、いつの間にか鳥共は上空へと引き上げていた。巻き添えはごめんだと言いたげに。

 思い出すのは、ゲームでのマップ。

 気づくのは、それとの差異。

 

「……城門? まさか。だが民兵スケルトンが……全滅してる? スケルトンソルジャーも!?」

 

 怪我に気を取られて気づかなかったのか? 今更ながらにラインを辿ってみてみれば、いつの間にかスケルトン隊は全滅していた。まだ数体のスケルトンソルジャーが奮戦しているようだが、しかし、前線は崩壊している。

 つまり、今、城門はフリーだ。誰も守っていない。そんな城門にやる事なんて、たった一つで……

 

「マズッ……」

 

 退避を! そう叫ぶ思考に蹴り飛ばされ、私は慌ててその場を離れようとして……出来なかった。

 足に、力が入らないのだ。

 ドスドスと凄まじい足音が響く中、思わず見下ろした私の腹と左ふとももは……あぁ、既に真っ赤に染まっていた。どうやら、血を流し過ぎたらしい。

 これは、動けない。

 そう立ち眩みすら感じる中、自嘲する様に笑った……その瞬間。城門に凄まじい打撃音が響く。まるで大型トラックが正面衝突してきたかの様な、とんでもない音と衝撃。視線を向けてみれば、あぁ、参ったな。

 

「持たない、ね」

 

 大きな大きな城門は、今や粉砕寸前だった。金具は吹き飛び、扉は歪み、その向こうにある恐ろしきバケモノが顔を見せてしまっている。

 げに恐ろしき、古の者共。その勇敢なる血は今や腐り果て、しかし今なおその力だけは末裔に色濃く残る。……あれは、あの怪物は。

 

「巨人族……!? あれは、腐敗した小巨人か。序列最下位とはいえ、こんなところに来るとは……ッ、マズいね。これはマズい」

 

 腐敗した小巨人。巨人族の中でも最も下等で矮小なソイツは、それでも確かに巨人だった。全長にして三、いや、四メートルか? 圧倒的なパワーと耐久性を持ち、ゲームでは章ボスとして序盤の最後に出てきた強敵だ。ジャグリングを駆使する等、対策が必要な相手で……あぁ、ハッキリ言おう。こんな山場の始まりで出てきていい奴じゃないぞ! コイツは! 

 そう頭の中で叫んでいる間にも、巨人はその手に持った巨大なこん棒を振り下ろしにかかる。私が思わずビクリと尻尾を震わせている間に、一撃。次いで、二撃目。ゆっくりとした、あるいは重々しい動作で振り下ろされたそれは酷くのろまで。しかし、その破壊力は言うまでもなかった。

 更に木片が飛び散る中、私の脳ミソだけは正常に動いていた。城門との、巨人との距離は十メートルもなく、このままここに居ては危険だと。そう、思いはするものの……もう私に立っているだけの力は無く。

 

「間に合わない、な……」

 

 どうやらここまでらしい。そう諦めにも似た感情を許したのは、ひとえに、立ち眩みに負けて膝をついてしまったからだ。血を流し過ぎた私に、立ち上がる力は既に無く。けれど、それでも、最後まで巨人を睨み付ける私の前で……城門が、粉砕される。

 弾け飛ぶ金具、木片、城壁の一部。それらが宙を舞い、その一部が私に向かって来ているのを、どこか他人事の様に見つめながら。私は、私は──


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