架空原作TS闇深勘違い学園モノ   作:キヨ@ハーメルン

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第10話 序盤の山場 急

 意識が落ちる瞬間が唐突なら、覚醒する瞬間もまた唐突だった。

 飛来した瓦礫。それを避ける事も出来ず身体に受けた私は、間違いなく押し潰されて死んだと、そう思ったのだが……キメラと化している私の身体は、私が思う以上に頑丈だったらしい。

 大小様々な瓦礫が飛散した現場で、私はまだ生きていた。

 

「ぁ、ぁあ……!? 痛い、痛い……っ!?」

 

 とはいえ、その優秀な身体は全身を苛む苦痛を和らげてはくれず。燃えるような熱と、刃物で裂かれる様な痛みが、目覚めた私を苦しめる。

 何より、困った事に。

 

「足、足が……! 私の、足……!」

 

 私に飛来した瓦礫。城壁の一部だったのだろう石のブロック……いや、大きな岩が、私の両足を圧し潰していた。

 確認するまでもなく、ぐちゃぐちゃに潰れている私の足。血も肉も、骨すらも砕かれたそれは、しかし、それでもまだ皮と神経は繋がっているのか……酷い痛みを叫びながら、私をその場に釘付けにしていた。足が挟まって、動けないのだ。

 

「この、このぉ……! 動け、動けぇ……!」

 

 ぐいっ、ぐいっ、と。力を入れる度に走る激痛に、思わず涙をにじませながら身体を動かして。それでも、足はどうにもならなかった。

 完全に取れていたなら這って移動出来たのかも知れないが、こうも中途半端に繋がっていると動くに動けない。そう頭の隅っこで冷静な思考が流れ……しかし、直ぐに霧散する。

 ドスン、と。足音が響いたのだ。

 

「っ……」

 

 思わず息を飲む私の視界に、腐敗した小巨人が映り込む。破壊した城門を乗り越え、不遠慮にも学園の敷地を踏むくそったれ。腐り果てた血筋は今や醜悪に歪み、見るに堪えない面構えを晒しているが……その力だけは、正しく継承されているのも確か。捕まれば、一捻りで全身をぐちゃぐちゃされるだろう。

 そう危機的状況だと分かっては居るのだが、私はその場から動くに動けない。痛みを必死に我慢して、声を押し殺して……けれど、打つ手はなく。それどころか愛用の杖はどこかに吹き飛んでしまったらしく、私の手元には何も無い始末。それならそれでと咄嗟に動かせる戦力を探して見るが……どうやら生ける武器共もスケルトンも全滅したらしく、残存戦力はゼロだった。

 かといって新しく戦力を出すのは、少し、難しい。痛みと恐怖で思考が途切れて、上手く式を構築出来ないのだ。

 

 ──今度こそ、駄目かな……? 

 

 バリスタで撃たれた時も死を覚悟したが、まさかまた死を覚悟しないといけないとは。

 そう自嘲する様に笑みを浮かべる私は、もう意識が持ちそうにない事を自覚していた。腹と足の出血に加えて、両足がこの有り様。今度こそどうにもならないだろう。

 

「レナ……あぁ、そうだね。せめて、最後に一花……!」

 

 咲かせてみせろ、私。レナが、惚れた女が戦っているのに、男がみっともなく無様を晒して何とする? レナに情けない死に様を見せたいのか? 違うだろう! 最後までレナに誇れる私であらねばならない……! 

 さぁ、腐り果てた偉大な者達の末裔に。その後に続く森の獣共に。私の死に様を見せてやれ! 

 刮目せよ、これが、これが……! 

 

「男は、追い込まれてから本番だ……! 来い! グリフォン!」

 

 今この瞬間だけ持てば良い! そう気炎を吐いた私は、頼みの王の名を呼ぶ。

 当然、その叫びは入城を果たした巨人や獣共の耳に入り、私がまだ生きている事を知らせてしまうが……この場合、それでも良かった。

 ほら、聞こえてくる。偉大なる王の羽ばたきが。

 

「クルルゥア!」

 

 見上げた空。無数の悪魔モドキや鳥に追われながら、全身に槍を突き刺されたグリフォンが舞い降りてくる。闇色の輝きは既に無く、間もなく送還されてしまうだろう王は、それでも力強く。

 瞬間、鋭い爪が巨人の脳天に振り下ろされる。

 

「────!!」

 

 声、いや、凄まじい音が響く。それが巨人の悲鳴なのだと気づけたのは、グリフォンが引き裂いた傷が大きかったからだ。脳天から右目に掛けて走るその傷は、確かに巨人を引き裂いた証。

 いける、勝てる。

 そう確信した思いのまま、私は後先考えず死霊術を行使する。アドレナリンの分泌によって全身の痛みが遠退いた、今がチャンスだと。

 

「来いっ! リヴィング! アァァマァァァ!」

 

 ズタズタに引き裂かれる様な痛みを誤魔化す様に、私は今呼び出せる死霊の中で最も格の高い死霊の名を叫ぶ。

 現れるのは二体の鎧。その全長は約二メートル。中身は空洞。何故かレナと仲良くなってから呼び出せる様になったこの生ける鎧は、全身に緻密な装飾が施され、胸にはどこかの国の紋章を掲げていて……そのせいか、異様に頼もしく感じられた。

 そんな私の内心に応える様に、鎧はガシャンと音を立てながら前進。私が追加で呼び出した生ける武器共をその手にし、一度だけ私を見た後、勇敢にも巨人と獣共に立ち向かっていく。

 間もなく送還されてしまうのを、分かっているかの様に。

 

 ──ッ……マズいね。意識が、持たない。

 

 私が気絶すれば……いや、死んでしまえば死霊達も現世に留まっては居られない。

 全身に更なる槍を刺されながら、そんな事はお構いなしと言わんばかりに巨人を翻弄するグリフォン。

 まるでどこかの国の将軍であるかの様な、武術に長けた腕前を披露しながら獣共を討ち倒し、スキあらばグリフォンを援護する鎧達。

 力強い彼らも、私が死ねばそこまで。だから私は最後まで生きていないといけないのに。意識は、殆ど落ちかけていた。ようやく敵の戦力を削りきって、大将首を上げられそうだというのに。ようやくレナに誇らしい報告が出来るのに。後ホンの一歩だというのに。その一歩が、持たない。

 

「レナ、レナ……!」

 

 何とか、後ホンの少しだけ。

 そんなギリギリの状況で名を呼ぶのは、愛しい少女の名だった。全てはあの子の為に。あの子の為に、こんな危険な最前線で敵を削り、大将首を引きずり出した。なら、最後まで。あの子の為に。このまま大将首を、例え刺し違えてでも。

 そう歯を食いしばって。それでも駄目なら、グズグズになった腹に指を突っ込み、あるいは足を叱咤して。私は無理矢理意識を覚醒させる。痛みで身体を蹴り飛ばし、眠ってしまわない様に。

 けれど、物理的に黙らさせられれば、そこまでなのは変わらず。鎧達の脇を、獣が抜けて来る。

 

「ッ、フォレストウルフ……!」

 

 序盤の雑魚キャラ。足が速いだけで、それ以外は大した事のない狼達。

 私のミミと尻尾と同じ物をもつ彼らが、私目掛けて走ってくる。狙いは、言うまでもない。

 

「この……!」

 

 近接戦闘に使える杖は手元に無い。なら紫電で迎撃を。

 そう伸ばした手から紫電が……放たれなかった。式が途切れた訳じゃない。これは、魔力不足。ガス欠だ。使うつもりの無かったリヴィングアーマーを呼び出したツケが、回ってきてしまった。

 

「──ッ」

 

 声に出そうになったのは、悲鳴。

 それを押し殺したのは、男の意地。グリフォンが、鎧達が、そして何よりもレナがまだ戦っているのに、悲鳴なんて上げれるかと。

 けれど、それも、長くは持たず。腕を振り回すしかなかった私の、その腕に、狼が噛み付いてくる。

 

「ぁ、ぎっ、いぃぃぃっ!?」

 

 右腕に、続いて左腕に噛み付かれ。食い込む鋭い牙に、私はみっともなく悲鳴を上げてしまう。

 痛い、と。そう涙を溢しながら上げたそれが、お気に召したのか。狼達が私に群がってくる。両の腕に噛みつけるだけ噛み付いて、リーダー格だろう狼は瓦礫の上に飛び乗って私を見下ろし、その手下どもがぐいぐいと私を引っ張る。食べやすい位置に移動させる為に、あるいは、もっと悲鳴を出させる為に。

 

「ぁがっ、ぁぁあああ!? 痛い、痛いぃ……! この、離せ、離せよぉ!」

 

 魔力が枯渇した私に、出来る事はない。ジタバタするだけの私は、狼共の良いオモチャだった。

 ぐい、ぐい、と。何度も引っ張られ、そのたびに情けない悲鳴を上げて。涙を溢して……ついに、その時が訪れる。私の足。千切れかけていたそれが、ついに、完全に引き千切られたのだ。

 

「いっ、ぁ、ぁぁぁああ━━!!」

 

 悲鳴。痛み。苦痛。

 襲ってきたそれに頭がぐちゃぐちゃになって、何も考えられない私を……狼達が取り囲む。

 黄ばんだ牙。垂れるヨダレ。血走った目。

 仰向けに横たわるしかない私に向けられるソレを見れば、今から何をされるかは、あまりにも明白で。

 

「ぃ、いやだ……!」

 

 私の口が、勝手にすべる。

 

「死にたくない……死にたくない……!」

 

 痛みでぐちゃぐちゃの頭は、何も考えれなくて。私はただ、思った事を口にしてしまう。

 

「食べないで。食べないで……! 私の血は、レナの、レナだけの……!」

 

 それが命乞いだと。男して最も恥ずべき事だと気づいた時には既に遅く。私はボロボロと涙を溢してしまっていた。両足を失って、狼共に取り囲まれながら、これから食われるだけの哀れなエサに成り果てて。

 

「ぁ、ぁ、あはっ、はははっ…………レナ。私は、私は……!」

 

 愛する少女の名を呼ぶ私に、リーダー格らしい狼がにじり寄って来る。

 獲物を最初に食べるのは一番偉い奴から、という事なのか。そうボンヤリと思考出来たのは、ただの偶然で。思考力に欠けた私の思考は、何も解決策を出してはくれなかった。

 

 ──これが、私の末路か。

 

 あぁ、相応しい最期だな。そう自嘲する頃には、狼の黄ばんだ牙が、私の顔へと迫っていて──その、次の瞬間。黒い蝶が飛ぶ。

 あれは、あの蝶は。

 

「れ、な……?」

 

 どこからか現れ、パタパタと私の周りを飛び出した蝶に、狼達も気づいたらしい。

 何だこれはと顔を上げた、その瞬間。蝶達が一斉に炸裂する! 

 

「ッ──!」

 

 思わずビクリとミミを立ててしまった私は、しかし、いつの間にか魔力障壁で守られていて。何の害も無かった。

 だが、そうではない狼共は……あぁ、全滅していた。至近距離で複数の爆発を身に受けた奴らは、尽く身体を破壊されて地に伏せていたのだ。もはや物言わぬ骸と化して。

 そんな彼らを、今や支配下に置く事すら可能になった獣達を見ていた私の直ぐ側に、パサリと控え目な羽音が響く。聞き慣れたそれは、間違いない。間違いない! 

 

「れな……? あぁ、れなだ……」

「ぇ、ぁ、ニーナ? なん、で……?」

 

 私の真上。倒れた私を見下ろしていたのは、レナだ。吸血鬼のお姫様。私の、大好きな少女。

 そんな彼女に、私はいつもの様に笑みを送ろうとして。けれど、全身の痛みと倦怠感に負けてしまった私には、ふにゃりとした曖昧な物しか送れなかった。みっともなく嬉し涙を溢しながら、ゆるりとした物を。

 そんな情けない私を、レナは、レナは直ぐ横に膝をついて、私を抱き起こしてくれる。肩に手を回して、ゆっくりと。その腕の中で、抱きしめる様に。

 

「ニーナ、ニーナ……!? うそ、何で、こんな、こんな! 足、足が、無くなって……血も、こんなに……!?」

「あぁ……れな。ひさしぶり、だねぇ」

「ニーナ? ニーナ! 確りして。喋っちゃ駄目。直ぐに、直ぐに治療を……! 大丈夫、大丈夫だから。絶対助けるから。そうだ、ポーション。ポーションが……!」

「れな……? どうしたん、だい? なんで、ないて……?」

 

 あぁ、おかしいな。レナが泣いてるのに、何で私の身体は動かないんだろう? 彼女に抱きしめられたまま、腕の一つも、動かないのは、なんで。

 

「ニーナ、目を閉じちゃ駄目。お願い、お願いだから……! ニーナ、後少し頑張って。直ぐにポーションを取って来て……ニーナ?」

「ごめん、ね……」

「なに、言って……? やめて、いや、嫌! 言わないで! ニーナ、言わないで。お願い……! 聞きたくない。聞きたくないよぉ……」

「れな……ごめん、ね……」

「ニーナ、ニーナ! やだ、やだぁ……!」

 

 好きなあの子の声がする。泣きながら、私の名前を呼んでくれる。抱きしめて、私の名前を、何回も。

 こんな役立たずの私の名前を……あぁ、でも。

 

「れな……れな……? わたし、わたしね……」

「お願い、やめて……死んじゃう。ニーナが死んじゃうよ……!」

「やくに、たてたよ……? れなの、やくに……」

「……ぇ。ぁ、ぁ、レナ、の? レナの為……? レナの、せい……?」

 

 あぁ、あの子の姿がもう見えない。暗闇に浮かぶ赤月も、遠くなってしまった。

 けど、大丈夫。

 だってレナは、もう大丈夫だから。

 

「れな……いきて」

「ニーナ……?」

「いきて、いき、て……しあわ、せに……」

「む、無理だよ。出来ないよ……! レナ、出来ない。出来ない! ニーナが、ニーナが居たから、レナは、レナは……!」

 

 レナはこの先も生きていける。死亡フラグはもう折れたから……きっと幸せになれる。

 目的は果たせた。これで、一安心。

 そう息を吐いて、私は目を閉じていく。レナは大丈夫だから、私も、眠っても良いはずだと。眠気に負けて、ゆっくりと。

 …………あぁ、でも。

 

「みたかった、なぁ。れな……いっしょ、に…………」

「ニーナ? ニーナ! ニーナ! いや、嫌! 目を開けて! 閉じちゃ駄目! しっかり、しっかりして! ニーナ、ニーナァ!」

 

 レナと、好きな少女との日々を、もっと過ごして居たかった。一緒に色んな物を、この緋色の世界の結末を、一番のハッピーエンドを、レナと一緒に見たかった。

 そんな無念を胸に抱えて、私はゆるりと眠りに落ちていく。大好きな少女の腕の中で、ゆっくり、ゆっくりと。深いところへ。真っ暗な、海の底へと──






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