どうも。ニーナ・サイサリスだ。エマ先生じゃなくて残念だったな? あぁ、ユウ。座ってなさい。私は仮にも魔法使いだよ? 段差程度でいちいち人を呼んだりしないとも。
よっ、と……さて、今回は魔王軍も採用していると思わしきドクトリン、縦深攻撃について軽く解説していく。授業というよりは雑談の様な物だ。客観性のない私の主観のみで話すから、間違っているところもあるだろう。気楽に聞き流してくれ。
……あぁ、既に寝ている者は起こさなくていい。死ぬほど疲れているんだろう。そのまま寝かしてやれ。
さて、縦深攻撃とは戦闘における戦闘教義、ドクトリンの一種……つまり、戦い方の一つだ。一般では電撃戦が有名だが、縦深攻撃はその電撃戦と同じドクトリンという括りの中にあって、しかしそれとは全く違う戦い方の事を指している。
電撃戦、ブリッツクリークと呼ばれるこれが機甲部隊の素早い機動と空軍を含む各部隊の綿密な連携によって前線の一点突破を狙い、その後敵の司令部や補給線の寸断等、ピンポイントに敵のウィークポイントを破壊するのに対し、縦深攻撃は敵の前線部隊のみでなく、その後方に位置する部隊までを連続的、かつ同時に攻撃することで敵軍の防御を破壊、突破。最終的に包囲殲滅する事を目的とした理論だ。
必要とされるものは幾つもあるが……そうだな。例えば、敵軍よりも更に圧倒的な戦力。
縦長の隊形での徹底的かつ連続的な攻撃。
長距離火砲や空軍戦力による敵後方に対する容赦のない攻撃。
そして空挺部隊や特殊部隊による司令部の制圧や重要拠点への奇襲、そして退路遮断。
これらを複雑に組み合わせて実施されるのが、縦深戦術理論という訳だな。
敵より多くの兵力で、敵の全てをブン殴れば勝てる。
口にすれば簡単な理論ではあるが、それを実際の戦争で成し遂げるには多くの事前準備が必要となるだろう。
もし失敗すれば縦深攻撃はただの平面平押しと化し、各部隊は各個撃破される。攻め手は多くの戦力を失い、たとえ小国相手でも戦争は泥沼化してしまうだろう。そうなれば潜在的な敵国の干渉や、相手国の反撃を許す事になり……多大な損害を被ってしまうだろうね。
では、どうすれば良いのか?
絶対に押さえておかないといけないのは……情報と流通だ。
戦力だと思ったかい? 甘い。甘いよ。いつの時代も、どんな戦争も、押さえるべきは情報。そして流通だ。
情報があれば相手の考えている事なんて全部お見通しだし、流通があれば第三国に応援を頼み、増援や最新鋭の武器弾薬を続々と送り込んで貰う事も出来る。
戦う上で大事なのは、情報と流通だよ。流通は補給と言い換える事も出来るね。この二つを怠った軍隊の末路は悲惨さ。世界最強レベルの不屈の兵士達を揃えても、その二つを怠ったせいでロクに敵軍と戦う事もなく、飢えと羽虫にやられる羽目になるんだからね。
……千年経っても変わらない、現場軽視の甘えた楽観主義さ。反吐が出る。
さて、話がそれたね。戻そうか。
戦う上で手に入れるべきは一にも二にも情報だ。そしてそれを末端にまで周知徹底させるシステム構築やプロパガンダの徹底……そして逆を言えば、相手にそれをさせない事も重要になってくる。
何をするのかって? 欺瞞作戦さ。
作戦の成功率を少しでも高める為には、こちらがいつ、どこに、どうやって攻勢に出るかを相手に悟らせない事がベストだ。
情報封鎖や部隊移動の隠蔽。攻撃に出る戦線であえて防御陣地を築いたり、手薄に見せ掛けたりして敵を欺いたりだね。陽動作戦や牽制攻撃も有効だろう。それと、まだ戦線が開かれていないのなら、外交ルートで偽情報をバラまくのも効果的だし、侵攻予定地域に潜入させた工作員やスパイを使って反戦運動や民族運動を起こすのも撹乱能力が極めて高い。現地の市民や警察能力を混乱させられれば、その後の占領や統治がスムーズに行くのでね。場合によっては反乱を起こして前線を崩壊させる事すら可能だ。
ん? 歴史の中で何度と繰り返された手だよ? 効果はお墨付きさ。
そうして敵を散々に翻弄しつつ、敵の戦力……いつ、どこに、何が居るのか? そういう事を的確に探り出し、自軍戦力とその攻撃目標を的確に配置、設定。
それら全てが終わって、ようやく全縦深同時攻撃が開始される。大量の砲兵や空軍によって敵の防衛線のみならず、後方の予備兵力や補給部隊。可能なら司令部や都市部すらも攻撃し、その機能を麻痺させていく。
こうして機能不全に陥った敵軍に対し、第一梯団が進発、蹂躙し、無停止に進撃。
このとき重要となるのが、第一梯団はとにかく予定地点まで前進し突破口を広げる事。損害に構わず前進せよ、とは、縦深攻撃を完遂するために必要な行動なんだ。とはいえ、その前進が確実に出来るようにちゃんと事前準備するのが普通なのだが……ん? 準備出来てないのに前進させたら? 言う必要があるかね? あぁ、想像の通りだ。そんな事をした国は兵士が畑から取れると皮肉を言われるだろうよ。人が腐る程居る。人の命の値段が野菜並みとね。
また話がそれたな。
さて、話を戻すと、第一梯団をひたすらに前進させた後、それでも生き残ってる敵というのは居るだろう。そうした取りこぼしは第二梯団や予備兵力によって叩き、一帯を制圧。橋頭堡を確保する。
またこれに前後して空挺部隊が敵の後方に降りたち、敵の後方を遮断。主力部隊と連携して包囲殲滅、各個撃破を行い、戦線を次々と突破していく訳だ。
こうして突破する戦線、攻撃する戦線は数十キロから数百キロにも及ぶんだが、これも縦深攻撃の特徴だな。十キロ程度ならまだしも、数百キロともなれば文字通り国境線を塗り替える程の距離になる。少し頭の良いエリート程度では対応出来ないレベルの話だ。もしこれに対応出来る指揮官が居たとすれば……正しく稀代の天才と言えるだろうね。戦争芸術の歴史に名を残せるのは間違いあるまい。英雄だよ。
さて、ここまで話してなお、君らはこう思う。
いつかは止まるはず、とね。
なるほど、確かにいつかは止まるだろう。……倒すべき敵が居なくなれば、止まるとも。
冗談ではないよ? 縦深攻撃というのはそういうものだ。仮に前進し続けていた第一梯団が補給切れを起こしたり、全滅したり、あるいは堅牢に過ぎる防衛線を築いている敵部隊に直面し、侵攻が止まってしまったとしよう。
だが、問題は無い。
そうなれば後方に控えていた第二梯団が第一梯団を追い越し、任務を引き継げば良いだけだからね。これにより敵に兵力再編成の隙を与えず、一気に駆け抜ける事が出来る訳だ。
逃げてくる味方を撃ってでも、前進し続けるのさ。そうすればやがて敵軍は攻撃に耐えきれなくなり、総崩れを起こす。そうなれば勝ちは決まった様なもの。まとめて包囲し、殲滅すれば良い。
……こうして、その地域の敵軍は消滅。縦深攻撃の勝利という訳だ。
孫子曰く、戦いとは始まる前に決着がついているのが最上。
この縦深攻撃は入念な事前準備によって戦う前から勝ちが決まっているドクトリンの一つで、勝てる戦術の一つだ。これを使って負けたとするなら、それは攻撃側の不手際でしかないだろう。
情報局が腐敗していて正しい情報を入手、伝達出来ていなかった。
上層部の意思決定プロセスに問題が発生しており、的確な判断が出来なかった。
現場の末端まで目的や情報の周知徹底が行われておらず、何の為に戦うのかの意思統一が行われていなかった。
予備戦力や物資の備蓄が不十分で、充分な攻撃が出来なかった。
理由は幾らでも考えられるが、こういう事が起きる原因は唯一つ。政治の不手際を軍に押し付けて、戦争で楽をしようとした結果だ。政治の最終決着の形の一つとして戦争があるのであって、戦争を前提手段として振り回してはいけないんだよ。孫子やマキャ、マキャ……キャベツがそういうようにね? いや、キャベツは違ったな。だがキャベツっぽい名前だった事しか……んんっ。なんでもない。最近物忘れが酷くてね。後でメモでも見返しておくさ。
…………ん? 対応策は無いのか? という顔だね。
それぐらい自分で考えろ、と言いたいところだが……今の私は君達の先生だ。良いだろう。少しヒントを出そう。
大きな盾を持って突っ込んでくる大男。これを素早く討ち取るにはどうすれば良いか? 考えてみてくれ。
サーシャは……察したか。だがその答えはまだ留めてくれると嬉しいね。
アリシアは、搦め手を思いついたな? 全く。それも答えといえば答えなんだが、戦術というより政治の話になってくるからね。今回は脇に置かせて貰うよ?
誰か、他に……ふむ。そう難しく考えなくて良いんだよ?
…………駄目そうだね。答えは案外単純なんだが、仕方ない。察したサーシャ、答えを。
……その通りだ。寮で競い合っているなら十点をあげたところだよ。
そう、今サーシャが言った様に、縦深攻撃に対する反撃策は、背後に回り込んで急所を一撃、だ。これにつきる。
つまり、機動防御だよ。
自軍の正面部隊が敵主力を相手にしている間に、高い機動力を持った精鋭部隊が戦線を迂回。敵の要所を電撃的かつ、秘密裏に奇襲、襲撃し、指揮能力や補給線の破壊を狙うんだ。
可能ならある程度の数を機動させて、敵軍の横腹を蹴り飛ばしたり、あるいは敵軍団そのものを逆包囲するのが一番なんだが……まぁ、余程相手が油断して突っ込んで来てくれない限りはそうはいかないからね。基本的には精鋭部隊を使った迂回攻撃や機動防御が反撃策になる。まさしく周り込んで急所を一撃、という訳だ。
……さて、ここまで言えば君達がどうあるべきかは、もう分かるだろう?
確かに魔王軍の連続的かつ圧倒的な数でのゴリ押しは脅威だ。軍事大国だった帝国ですら、奮戦虚しくその圧力に屈してしまった……だが、奴らも無敵ではない。しかも魔王軍の連中は油断のあまりこちらに踏み込み過ぎており、指揮能力と補給線に大きな問題を抱えている。今こそ、報復のきらめく剣を振り抜く時だ。
とはいえ、王国に敵軍の背後を殴れる様な精鋭部隊は居ないし、今から電撃戦に対応可能な長距離戦略打撃群を編成出来る余力は……まぁ、あるにはあるのだが、脳ミソが無い。
よって、我が学園が独自に長距離戦略打撃群を編成し、敵陣地奥深くへと迂回しながら侵入。敵のウィークポイントを徹底的に破壊する事が求められる。この電撃戦の最終目標は……言うまでもないな? そうだ。魔王だ。我々が魔王の首を取る!
諸君らには魔王の首を狙う長距離戦略打撃群の一員として、より大きく成長する事が求められる訳だ。……ふむ? 全員起きているな? 良かろう。次の授業は模擬戦だ! 全員準備をして運動場に集合! 私が相手をしてやろう。なに、遠慮するな。車椅子生活を続けていると腕がなまってしまってな……まさか、そんな奴に負けたりはせんだろう? うん?
ん? ふむ、丁度鐘も鳴ったな。よし、今回の授業はここまで。私より足の遅い奴が居るとは思わないが……次の授業に遅れないようにな。
あぁ、ユウ、心配しなくていい。というか、君はアリシアとクラスをまとめなさい。まさか、作戦も無しに私に勝つつもりかね? ……よろしい。少しは成長しているところを見せてくれよ? 他の諸君らもね。
それでは、失礼するよ。
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この物語はフィクションです。登場する人物・団体・土地・出来事・名称等は全て架空であり、実在のものとは関係ありません。いかなる類似、あるいは一致も、全くの偶然であり意図しないものであり、実在のものとは全く関係ありません。
◇次回更新について◇
これから二章の執筆に入りますので、暫くお待ち頂ければ幸いです。
まぁ、作者が出版してる本でも読んでリラックスしな。
https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/author?ref=dbs_G_A_C&asin=B08546VCTL
表紙絵だけでも見ていってね……