架空原作TS闇深勘違い学園モノ   作:キヨ@ハーメルン

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第二章 陰謀の夏
第12話 保養地へ


 夏。

 穴開きが多すぎてメモ用紙以下と化した前世の記憶が確かなら、それは地獄の季節だ。

 

 建物の間を吹き抜ける温風。アスファルトから昇る熱と光の照り返し。昼間は鋭い日光が肌を刺し、夜はヒートアイランド現象で寝苦しい。その上、高湿度でじっとりまとわりつく様な暑さは他には無い不快感を伴い。にも関わらず毎年お決まりの如く最高気温を更新し続ける。

 一説には砂漠よりも不快な暑さを持ち、現代日本より暑いのはマグマの中だけとすら揶揄される……控え目に言ってクソッタレで、エアコンが無ければ皆暑さに殺されてるだろう季節。それが夏だ。

 

 しかし、知識が確かなら00年代より前なら、余裕を持って楽しみようがあった季節でもあったらしい。エアコンが無くとも死ぬことは無く、熱中症になるのは虚弱かマヌケの証とすら言われた時代があったのだ。

 知らない人からすれば神話の話にしか聞こえないだろうが……夏といえば? そう聞かれて海! 花火! 女ァ! と威勢のいい声が──インドア派からすらも──上がる程度には、楽しい季節だったらしい。

 

 ──海、花火、女……女ね。

 

 海はともかく、花火なら毎週二回は汚ねぇ花火がポンポン上がるし、女なら他ならぬ私自身が女だ。中身はともかく、見た目だけならそれなりに見れる身体だし……ん? そういう話じゃないって? まぁ、そうだろうな。ここでいう女とは自分の事ではなく、彼女の事。なんか甘酸っぱい感じにイチャイチャして、最終的にヤれる相手の事を言うのだろう。

 ただ、なんというか……その場合でも、私は困らないのだ。

 彼女、というには少し違うが、しかし、前世では間違いなく無縁だっただろう存在。それが今の私には居る。居るのだが……

 

 ──それで夏を満喫できるかと言われれば……そうじゃあないからねぇ。

 

 今や完全にそういう相手と化した少女に文句はない。ある奴が居たら私が殺す。しかし、それで夏を楽しめるかと言われれば、答えはノーだ。

 暑いから……という訳でもない。学園がある辺りの地域は気候が極めて安定化しており、日本のそれよりかなり過ごしやすいのだ。昼間でも三十の大台に乗らない気温、そして気持ちよく吹き抜ける風を思えば、暑いというよりはむしろ涼しいと言えるだろう。

 ならば、何が問題なのか? それは……

 

「ニーナ、大丈夫? やっぱり、空を飛んだ方が……」

「大丈夫、大丈夫だよ。レナ。そう心配しないでくれ。確かに馬車の乗り心地は最悪だが、それで死ぬ様な虚弱体質じゃないからね。私は大丈夫だとも。それよりも、ほら、景色でも眺めるのはどうだい? 澄み渡る夏空に、どこまでも広がる草原。いい景色だとは思わないかい?」

「……いつもと同じ景色だよ? ニーナ。本当に大丈夫?」

 

 ガタゴトと酷く揺れる馬車の中。私は隣に座ったレナ……綺麗な白髪が特徴的な吸血鬼のお姫様、レナ・グレース・シャーロット・フューリアス元皇女殿下に、かなり心配されていた。大丈夫? 痛くない? 気分は? と。学園から出発してからというもの、ずっと。

 正直なところ、サスペンションの偉大さを身を以て実感している身としては、レナの心遣いは有り難いし、実際彼女の心配は事実だ。些細な段差に当たる度にガタゴトと揺れる馬車の中は……控え目に言って劣悪で、ただでさえ少ない私の体力をゴリゴリと削っているのだから。

 だが、だからといってピッタリと寄り添って、まるで事故で動けなくなった重症患者を介護をするかの様なレナの気遣いは過剰に過ぎており……しかし、それを払い除ける事も出来ない私は、それを甘んじて受けるしかなかった。明らかに問題だと、そう自覚しながら。

 

 ──確かに足が無くなってるとはいえ……このぐらい、大した事はないんだけどねぇ。

 

 全く、心配性が過ぎる。そう内心で嘆息しつつも、私はレナを少しでも安心させようとふとももを軽く叩く。確かにそこから先は無くなっているが、痛みもさほど無いし、今すぐ死ぬ程じゃないと。

 だが、そんなジェスチャーも功を奏さず。レナの表情は曇ったままで……

 

 ──困ったな。本当に大した事はないんだが……

 

 レナがここまで親身になって心配し、世話を焼いているのは、一にも二にも私の足が無くなったからこそ……というのは分かっている。一ヶ月以上前にあった大規模侵攻。そこでミスにミスを重ねた私は両足をガレキに押し潰されて失っており、以降は何をするにも面倒極まりない状態に陥っているのも確かだ。

 そんな有り様を見て足が無くては困るだろうと、そう考えて気遣ってくれるのは有り難いし、現に何も間違ってはいないのだが……

 

「レナ、何もそこまで心配しなくても大丈夫だよ? 不便は不便だが、そこまでじゃない。それに……私はこれでも魔法使いでね? 多少なら誤魔化しも効くんだ。大丈夫。私は大丈夫だよ。レナ」

「でも、ニーナ……」

「ん、まぁ、言いたい事は分かるよ。分かってる。けど、これに関しては治療の当てもあるんだ。一時の辛抱。心配は要らないさ。……何度も言っている様にね?」

「そう、だけど……」

 

 でも、と。そう言葉を濁しながらしゅんと肩を落とすレナに掛ける言葉を探しながら、私が思うのはその治療の当てについてだ。

 今レナに言った様に、足を生やす当てはある……というか、私の大元が死体を継ぎ接ぎしたキメラである事を考えれば、足の二本や三本、今すぐにでも生やせない事はないのだ。

 それさえ出来ればレナに心配されずに済むだろう、究極の一手。だが、しかし……

 

「うん、分かってる。分かってるよ。けど、ニーナは、レナにそのやり方、教えてくれない……」

 

 それじゃ信じたくても信じられない。不安と心配が止まらない。そう言いたげなレナの瞳から、私は逃げる様に視線をそらしてそっぽを向くしかなかった。教えたくても、教える訳にはいかない為に。

 足なんていつでも生やせる、というバケモノじみた身体の事もそうなのだが……万全を期す為に入手しようと思っている幾つかのマジックアイテム。その入手方法がいささかダーティーなものになるだろうからだ。

 当然、そんな話をレナにする気がない私は、説明不足を解消できないまま曖昧な言葉を発するしかなかった。なんとかなるさと、傍から聞けば諦めているようにも聞こえるそれを。

 

「ニーナ……」

「大丈夫。大丈夫だよ。上手くやってみせるから。……あぁ、尻尾でも触るかい?」

「ん……」

 

 ふわり、と。落ち込むレナを誘うように尻尾を動かし、彼女の気を引きながら。私は再び逃げる様に視線を揺らし、そのまま何の気無しに他の馬車の様子をうかがう。

 荷馬車を含む十を上回る馬車列。中央の騎士と入れ違いになる形で交代、学園を明け渡し、ドーントレス家の保有する保養地へと向かう事になった生徒達の一団……ゲームとは全く異なるものになったそれを、ボンヤリと。

 

 ──メンバーもそうだけど、そもそも目的地が違うんだよねぇ。ゲームの面影は……本当に面影しか残ってない。

 

 この夏の始め。ゲームでは基本的に王都へ向かい、そこから幾つかのルートに突入するか……あるいは一定の条件を達成してドーントレス家の本拠地へと向かい、そこで初めてアリシアやサーシャと出会ってアリシアルートに入るかの二択を迫られるのだが、既にアリシアとサーシャが居る為か? 我々は王都でもドーントレス家の本拠地でもなく、ドーントレス領内にある保養地──要するにリゾート地──へと向かう事になったのだ。

 綺麗な湖の側に作られた保養地で、別荘や商店街……他にはビーチもあるという、アリシア自慢の保養地へと。

 

「もふもふ……」

「っ……!」

 

 さわり、と。私の尻尾を撫でるように、やわらかに触れてくるレナの指先にピクリと反応してしまいつつ。私はくすぐったさを我慢しながら、考えを打ち切る事なく流し続ける。今尻尾に意識を向ければ、余計な事を考えてしまうと。

 

 ──ビーチ、そう、ビーチだ。うん。

 

 間もなく到着するはずの保養地は──元日本人の私としては馴染みがないが──欧州等では一般的とも言えるレイクサイドビーチを備え、湖水浴が楽しめる場所らしい。幾つかの別荘と高級店がある事を考えれば、避暑地、という奴でもあるのだろう。風光明媚で過ごしやすく、暇つぶしにも事欠かない……デートにはうってつけの場所だ。

 しかし、残念ながら観光する暇も、レナとデートをする暇も無いだろう。何せその保養地の近く……正確にはドーントレス家の本拠地近くで魔王軍らしき集団が見つかっているのだから。アリシアはハッキリ明言しなかったものの、我々の行動スケジュールや仕事はもう決まっているとみて間違いないだろう。

 魔王軍相手の殲滅戦、その掩護。それが我々に課されるだろう目的だ。保養地でゆっくり出来る日は、恐らく殆どあるまい。

 

 ──まぁ、位置的に見つかった集団はゲームと同じヤツらだろうから、対策が幾らでも立てれるのは不幸中の幸いかな……? 

 

 レナに尻尾をさわさわとモフられつつ、それでも思考を流す私の脳裏に浮かぶのは、ゲームでの敵の編成だ。

 インプモドキを含む面倒極まりない敵の大群。考えるだけで眉間にシワがよってしまう話だが……ここで注意すべきは、次の戦いはゲームと同じものになるとは考え難く、むしろ全く異なるものになるだろうという事か。

 何せ呼ばれた場所が違うし──娘がいる集団に危ない真似はさせたくなかったのだろうが──それを考えれば与えられる作戦も、恐らくは戦端が開かれた後の後方からの奇襲になるはず。これ自体は安全な仕事だと、そう言っていいが……

 

 ──ゲーム知識が参考にしかならんのは、良い事なのか悪い事なのか……

 

 レナの運命を変えるという意味ではそう悪くはないが、安全なルートが見えにくいというのは決して良い事とは言えない。まして、レナが惨殺されるこの中盤で突如として舞台が変わった事が吉と出るか凶と出るか……

 原作という運命のレールを外れ出しているこの状況。どう捉えたものだろうか? そう頭を悩ませる私の尻尾を触っていたレナの手が、不意にスッと離れていく。一体どうしたのかと視線をやってみれば……レナの赤い瞳が、不安げに私を見つめていた。大丈夫? と。

 

「ニーナ、何か悩み事……?」

「ん……いや、なに。大した事じゃないよ。学園を離れている間の授業計画をエマ先生と調整しなければと思っただけさ」

 

 今や学園の先生は私と彼女だけだからね。そう笑みを返す私にレナが不満げながらコクリと頷いてくれたのを見て、私は内心でホッと息を吐く。咄嗟のでまかせにしては、それらしい事を言えたじゃないかと。

 

 ──こればっかりは、レナに気取られる訳にはいかないからな。

 

 貴方はこれから処刑されます……なんて、口が裂けてもレナには言いたくないし、悟られたくないのだ。

 当然、現実にそうならないように最善を尽くさなければならない。ギロチンも、火炙りも、首吊りも、原因となる物は全て排除されなければならないのだ。根こそぎに、容赦なく、断固として。

 

 ──ゲームでのレナの死因は、大抵が陰謀の果ての処刑。対処は、困難を極めるが……手が無い訳でもない。

 

 そもそも、原作レナが陰謀に対抗出来なかったのは、当のレナが過労によって疲弊していたからであり、政治力の高い人間が陣営に居なかったからでもある。

 しかし、今は違う。ドーントレスの一人娘であるアリシアは既に合流しているし、他ならぬ私も……まぁ、身代わりぐらいにはなるだろう。そうだ。いざという時はそれぐらいはやってみせろよ、私。

 

「……なんとでもなるはず、か」

「? ニーナ?」

「なんでもないよ。あぁ、そうだ。レナ、良ければ保養地に付いた後、少し見て回らないかい? 地形を把握して置きたくてね」

「……ニーナと、二人で?」

「そのつもりだ。生徒の取りまとめはエマ先生、そしてアリシアやユウに任せて、抑えるべき要所を軽く確認しておこうと思うんだ。最終的にはアリシアの話を聞くことになるとは思うが、その前に軽く……そう、予習をしておくのは悪くないだろう?」

 

 どうだい? と、そう聞く前にウンウン頷いてくれたレナの頭をそっと撫でながら、私は決意を新たにする。

 どんな手を使ってでも、彼女を守らなければならないと。

 

 ……暑い夏が、始まる。




燃え尽き症候群に入ってちょっとスランプってました。少しずつ立て直します……

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