架空原作TS闇深勘違い学園モノ   作:キヨ@ハーメルン

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第一章 幕開けの春
第1話 登用試験


 

 私、実験体番号217番。改め、ニーナ(217)、ニーナ・サイサリス──前世の名前は既に忘れた為、番号の音と花の名前を組み合わせただけの突貫工事偽名──が晴れて新たな自由を手にし、この『スカーレット・ダイアリー』の世界でどう生きていくかを決めたあの日。

 そう、手紙という名の不審物を送ってから……五日後。

 

 意外にも、というべきか? 私は物語中盤までの舞台である王立魔法学園。その正門の前に立っていた。

 理由は言うまでもない。あの手紙と呼ぶのもおこがましい迷惑メールが、あろうことか書類審査を通ってしまったのだ。郵送時間を考えれば、雇って欲しいという──色々と悩んだ結果そういう事を書いた──私の手紙が来た翌日の朝には返信したのだろう。曰く、雇っても良いと。

 全く、段階を踏みつつ三顧の礼を決め込んでやろうと思っていた私からすれば、なんとも拍子抜けな話だ。

 

 ──あるいは、それだけ人員が不足しているという事か。

 

 チラリ、と。本来守衛がつめているはずの小屋を見やりながら、私は鍵すら掛かっていない門を押し開けていく。

 止める者は居ない。見張りすら居ないのだから、当たり前といえば当たり前だが。

 

「幾らIFF……さながら敵味方識別装置の様に魔法で識別しているとはいえ、守衛すら配置できんとは。ここは王国最後の守りのはずなのだが……人員は枯渇して久しく、子供や農民を逐次投入するしかない。聞いてはいたが、末期だな。これは」

 

 この学園の周辺に敷かれた結界。そこに許可なく踏み入る者があれば警報が鳴る様な仕組みがあったと記憶しているが、それはそれとして守衛は必要だと思うのだが、最早王国……というより、人類にそんな余力は無いらしい。

 仮にもここは最前線だというのに、しかもここを抜かれると後は王都まで一直線にも関わらず。

 

 ──人類に兵なし、か。

 

 訳の分からない連中が跋扈し、後方の村が攻撃を受けて全滅している様な状態だ。警戒網も何もあったものじゃないし、組織立った抵抗が出来ているかすら怪しい……まぁ、未来ある子供の為のアカデミーを、要塞として転用している時点で今更ではあるが。

 そう嘆息しながら門をくぐり、返信にあった場所まで歩を進める私の前に、ふと、黒い蝶が飛んだ。真っ黒な蝶が、黒いのにキラキラ光る不思議なリンプンを散らしながら。

 

「これは……?」

 

 見た事の無い種だ。この世界特有の魔法的な蝶だろうか? そう──まだ面接まで時間もあるしと──好奇心からふらふらと後を追いかけて、暫く。人っ子一人いない遊歩道を歩いた果てに辿り着いたのは、運動場……だろうか? 何故か穴ぼこが目立つグラウンドに、蝶は私を導いていたらしい。

 なんとも不思議な蝶だ。そうグラウンドに降りながら改めて蝶をよく見ようとして……気づく。いや、思い出した。フレーバーテキストの一節。そうだ。これは、この蝶は! 

 

「闇精霊……まさか、貴女が直々にお出迎えとは。光栄です、と言った方が良いのかな? レナ・グレース・シャーロット・フューリアス皇女殿下?」

「別に、気にしなくていいよ。ニーナ・サイサリス」

 

 蝶の様な無数の闇精霊を従え、大きな日傘で日光を遮りながら。いつの間にか、その少女は私の前に立っていた。

 背丈が私と殆ど変わらない、中学生程に見える彼女の第一印象は……やはり月、だろうか。

 肩口を過ぎてなお長く伸びる白髪は月の光にも似た輝きを持ち。しかしその瞳は血の様に、まるで赤月の様に紅く輝いている。幼さの残る整った顔立ちは美しくも愛らしく。“夜ふかし”の途中の為か? くぁ、と可愛らしいあくびをした瞬間にチラリと見える鋭い八重歯は……吸血鬼の証拠と言わんばかりで。

 レナ・グレース・シャーロット・フューリアス。通称レナ。緋色の世界で、私が最も……好きだったキャラクターが、今、私の目の前に居た。

 

 ──レナ……可愛いな。それに、綺麗だ。

 

 当たり前、というべきか。私の語彙力は早々に仕事を放棄していた。

 そりゃそうだろう。前世であれだけ愛した少女が、現実として眼の前に居るのだ。気絶もせずに正気を保っているのは偶然でしかなく、こうして差し障りなく対応出来ているのは奇跡でしかない。

 そう内心でよくやっていると頷いて……いたのが良くなかったのか。日傘をちょいと少しだけ持ち上げたレナが、どこか機嫌悪そうに口を開く。一つ良い? と。

 

「レナは、もう皇女じゃないよ? 帝国は、滅びたから」

「これは、失礼を」

 

 差し障りなく対応出来ていると言ったな? あれは嘘だ。

 貴様何一つマトモに出来んのか! そう内心で自身を叱責しつつ、私は思わず──あるいはガラにもなく──ペコリと素直に頭を下げる。本当に申し訳ないと。

 そんな私にレナはゆるりと首を振り、気にしないでと声を掛けてくれる。謝って欲しいのではないと言わんばかりに。

 

「けど、かしこまられるのは、ニガテだから……出来れば、普通に接して欲しい」

「ふ、む。あぁ、そんな目で見ないでくれ。了解したよ。なるべく、気楽に接してみよう。……それで、良いかね?」

「ん、良い」

 

 コクリ、と。そう小さく頷いたレナはコウモリ羽をパサリと少しだけ身じろぎさせて、こちらの様子をうかがってくる。

 子供っぽい、しかし、値踏みする様な目を。ホンの一瞬だけ。

 

 ──魔王軍の攻撃を最初に受けて滅亡した亡国の皇女殿下。当時としても珍しい吸血鬼の先祖返り。知識としては知っていたが……

 

 なるほど、そういう目も出来るのか。そう好きなキャラの……いや、好きな少女の新たな一面を見て内心で満足しつつ。頭では別の事を考えていた。

 即ち、ゲームでもそんな事を言っていたな、と。

 

 ──本当に、そのまんまなんだな。

 

 ゲームと同じだ。そう安易な思考をまたもや垂れ流した自分を脳内でボコボコにしながら、私はここは現実なんだぞと改めて自戒する。

 だってそうだろう? ゲームでは分からなかった事、出来なかった事が多すぎるのだ。それは立ち絵やスチルだけでは分からなかった生の彼女の可愛らしさであったり、美しさであったり……そして何より、ゲームではありえなかった、生の会話。選択肢を選んでいればそれで済む訳ではない以上、先程の様に幾らでも失言出来てしまうのだ。これ以上のヘマは出来ないというのに。

 ケジメとしてハラキリしたくなければ、二度と失言しない様にしなければならない。その為にレナに関する情報、その全てを思い出さねば……と、そう思いはするものの。南無三。残念ながらタイムアップらしく。レナが、ゆるりと口を開いた。準備は良い? と。

 

「今から登用試験を始めるけど……まだ駄目なら、待つよ?」

「登用試験? 審査は通ったのでは……あぁ、いや、実技試験。場所から察するに模擬戦という事かな? レナ?」

「そう。模擬戦。私は本気でいかないし、ニーナ・サイサリスが手紙通りの実力なら問題ないぐらいにはする。……どう? 準備出来てる?」

 

 手紙には書かなかったけど、と。そうこちらの臨機応変さを試す様な流し目を一度だけ送ってくるレナ。

 そんな彼女にマジかと、そう情けない言葉が出てこなかったのは……私が喉元で止めたから、ではない。

 彼女からの圧が、強まっていたからだ。

 言わば戦闘モード。背中を見せれば撃つと言わんばかりの雰囲気に当てられて、私は言葉を失って生つばを飲み込む。これはマズいと。だが、不思議と……いや、あるいは自然と。逃げる気にはなれなかった。

 

「私より弱い人を、これ以上抱える事は……出来ないから」

 

 負けたら、帰って? そう門の方を指差した彼女から、ぶわっと魔力の風が放たれる。

 それはただの風。風圧。だが、気負されていた私を正気付けるには充分で。

 

「上等!」

 

 好きな少女に男を見せろと言われて逃げれるか! そう内心で啖呵を切った私はバサリとローブをひるがえし、天文台から盗……頂いた魔法の杖を手元に召喚する。

 先端に刃物を、その根元に金色に輝く魔法石を、柄は異様に黒く硬い木材で、そして反対側の石づきは頑丈に。そんな槍にも似た魔法杖をスッとレナに向けて構える。戦う準備は出来ていると。

 

 ──レナに武器を向けるのは心苦しいが……! 

 

 そうも言ってられないのが現実だ。

 何せ、レナはやる気満々。手紙にそれなりに戦えると書いたのが悪かったのか? 本当に手加減してくれるのか怪しいレベルで目に力が入っている。

 赤い瞳はらんらんと輝き、契約者の心理状態を受けてか周囲の闇精霊は少しだけとはいえ肥大化しており、何が飛んで来てもおかしくない状況だ。

 とはいえ、どうやら先手は譲ってくれる様子なので……先ずは、手札を揃えるとしよう。

 

「来いッ! スケルトンソルジャー!」

 

 死霊術。

 私が最も得意とするそれは、地球世界で存在したイタコや占い師としてのそれではない。死した者を呼び出し、操る。忌まわしき禁忌の術。実にファンタジーな、そして悪趣味な、おぞましい闇の魔術なのだ。まぁ、我ながらこれはどうなのかと思わないではないのだが……我が身の特性上──マッド共に造られた死体を継ぎ接ぎしたホムンクルスとしては──死霊術が最も適性が高かったのだから仕方がない。

 まして、世界に死と呪いが満ち始めているこのご時世なら……死霊術は恐ろしい出力を叩き出す。成したい事があるのなら、その為に手段を選んでいられないなら、これしかないのだ。

 そんな思考を一瞬だけ垂れ流し、私は私が呼び出した数体のスケルトンソルジャー……骨の戦士へと目を向ける。私の手札の中でも下から数えた方が早い下級戦士。突如として現れた闇の中から這い出た彼らに肉は無く。ただの骨となった身体と、それを繋ぎ合わせる僅かな魔力と、生前使っていたのだろう雑多な武器を手に持っていた。安らかに眠っていたのを、叩き起こされて。

 

 ──禁忌とされただけはある……

 

 死してなお、見知らぬ小娘に使役され、戦わされる彼らには哀悼の意を表したいところだが……それは今ではない。

 そう胸に湧き出た感情を叩き切り、模擬戦相手であるレナを見れば……意外、というべきか? 彼女の表情は驚きに満ちていた。私に整列させられたスケルトンを見る目に、そしてその術者である私を見る目に、嫌悪は無かったのだ。

 

「意外だね。もう少し、嫌悪感が出ると思ったんだが……おぞましき死霊術師に何か言いたい事はないのかい?」

「ん、驚き。とても珍しいと思う。……死霊術を使うんだね? でも、媒体は?」

「ほう? 媒体、媒体か。それを知っているとは中々に博識だね。レナ。確かに死霊術には媒体が必要だ。遺体の一部や遺品等がね。しかしまぁ、驚いたのはこちらの方だ。一般にはあやふやな物しか伝わっていないと天文台の書物にはあったのだが……そんな目で見ても教えないよ? レナ。媒体は、秘密だ」

「む。……秘密主義者?」

「そうとも言うね。だが、魔法を使う者は大抵秘密主義ではないかい? そも魔法とは魔であり、欲でもある。それは通常秘される物であって、実際秘される事によって効力を増す物もあるんだ。であれば、秘密をペラペラ喋る者が優れた者であれるはずがないのは明白。心配する事はない。ここで秘密にされるというのは、それ自体が一つの証明でもあるんだ。違うかい?」

「……確かに」

 

 そうコクリと頷くレナに、私は曖昧な笑みを返しておく。これから戦う相手に、秘密を教える訳にはいかないと。

 いや、例えレナと戦わなくても……私はこの秘密は口にしないだろう。

 死霊術の媒体。それは死した者達を呼び出す際に用意しなければならないモノで、それはその者の遺品であったり、骨であったり、灰であったりするのだが……私が用意した媒体は、それは、私自身だからだ。

 

 ──私の身体は、事実上のキメラであり、アンデッドだ。

 

 マッドサイエンティストの夢の果て。ホムンクルスといえばまだ聞こえが良いが、その実、私の身体は様々な人間やモンスターの死体を継ぎ接ぎした物でしかないのだ。

 それはこの身体がいつ滅びてもおかしくないバケモノである証拠であり……同時に、死霊術に対して天性の才を示す物でもある。何せ、いかなるモノを呼び出そうとも、その際にいちいち媒体を用意せずともよいのだから。

 

 ──そう、どんな格の高い死霊であれ、私は媒体に困らない! 

 

 驚くレナに気を良くした私は、更に格の高い死霊を呼び出さんと杖の石突きを地に打ち付ける。

 呼び出すのは我が身の中で、今もっともやる気に満ちている幻獣。彼の者を呼び出すのは私でも消耗を避けられないのだが、しかし、見よ、あのレナの楽しげな瞳を! あの目を裏切れる訳がない……やらいでか! 

 

「汝、山稜の支配者にして、古き黄金の守護者。偉大なる獅子と翼の王! 我が呼び声に応え、来るがいい。幻獣、グリフォン!」

 

 レナの手前、そして寝ているところを呼び出されるグリフォンに気を遣い、私は精一杯の詠唱……もとい、ヨイショを敢行する。きゃーカッコイイ! 抱いて! と、そう言わんばかりのそれは…………グリフォンの心を満たした様で。

 一拍、杖の魔法石が金色に輝き、石突きを中心に闇色の魔法陣が広がる。気のせいか、レナがキラキラとした視線を向ける中、彼の王は悠然とその姿を現した。私の頭上。闇色の光に包まれながら、その暗闇をまとって。

 

 ──呼び出したのはこれで二回目だが……相変わらずのイケメン振りだな。

 

 ワシの鳴き声にも似た、しかしそれより遥かに力強い咆哮を上げて王が降り立つ。空の王たるワシの上半身と地上の王たる獅子の下半身を持つ両雄の王。グリフォン。眼光鋭く力強い彼の者は、死霊……というより、闇精霊といった出で立ちで。

 その圧倒的な威圧感とイケメン振りに、彼の王の一片が私にもある事に違和感を覚えずにはいられない──マッド共がこのグリフォンを狩れたとは思えない──が……何にせよ、これで私の盤面は整った。

 前衛にスケルトンの隊列を敷き、脇に黒きグリフォンを置いて。私は視線をレナに向ける。ダンスの準備は良いかい? と。

 

「天文台の死霊術師。ニーナ・サイサリス! ……吸血鬼の姫君に、実力を示させて貰う!」

「レナ・グレース・シャーロット・フューリアス。受けて立つ」

 

 吸血鬼の姫君が小さく頷き。お誂え向きな事に太陽が雲で覆い隠された……その瞬間。私は先手必勝とばかりにグリフォンを突っ込ませる。

 先ずは小手調べ。されど小手調べ。

 正直、グリフォンを召喚した時点で実技試験は合格で良いと思うのだが……当のレナの目が、ああも輝いていてはどうしようもなかった。現に、彼女は嬉々としてグリフォンを迎撃しに掛かっている。振るわれるのは、闇精霊の絶技。

 

 ──蝶が……! 

 

 ふらふらと飛び回るだけだった蝶。それが突如として群れを成し、次々とグリフォンの進路上に割り込んで来る! 

 退けと、そう口にする暇も無くグリフォンが蝶へと接触し……瞬間、炸裂。まるで花火の様に蝶が破裂し、四方八方からグリフォンを打ちのめしていく。

 あれはゲームでも見た彼女の得意技の一つ。設置型の置き地雷だ。比較的使いやすい上にクールタイムが早く、その上充分な打撃力と驚異的なデバフを合わせ持っていたが……あれは、あくまでジャブでしかない。

 

「グリフォン、飛べ! スケルトン隊、前進!」

「──!」

 

 このままでは追撃を受けるぞと、そんな思いを指示にのせてグリフォンを上空へ退避させ、援護の為にスケルトン隊と共に私も前進する……と同時、最前列のスケルトンが弾き飛ぶ。

 レナの魔法弾だ。

 紫とも黒とも取れる魔法弾が二発、三発と飛来し、その度にスケルトン隊が削れていく。ならばと上空のグリフォンを突撃させようにも、そちらはそちらで蝶に追い回されており、とてもではないが降下できる状態にない。レナを守っている闇精霊を引き付けていると言えば聞こえは良いが……! 

 

「このままではこちらが詰められるのも事実……なれば!」

 

 最後のスケルトンが弾け飛んだ瞬間。私は杖を片手に一気に駆け出す。

 死霊術師と侮ることなかれ。私はマッド共の夢の果て、強化されたホムンクルス。素の身体能力とてオリンピック選手並なのだ。現に、数歩地を蹴り飛ばし、眼前に飛来した魔法弾を杖の刃先で打ち払えば、レナまであと三歩の距離。

 レナが腰に下げていた儀礼用らしい細身のサーベルを抜いたのを見た私は、遠慮無用とばかりに杖を振り上げる。大上段。斬り下ろしの構え。

 

「チェス、トォォォ!」

「んゅぅ!」

 

 袈裟斬り一閃。ナギナタを振り下ろす様に斬りつけた杖先は、レナの振り上げたサーベルによって迎撃される。

 片や気の抜ける叫びではあったが、しかし、状況は拮抗。鍔迫り合い。

 ギリギリと刃金を押し合い、意地と視線がぶつかり合う中。突如として均衡を破ったのは、グリフォンだ。どうやら私の指示が無い間に上空でのドッグファイトに打ち勝ち……というよりは闇精霊をスピード勝負でまいてきたらしい彼の王が、レナの背後にスルリと降り立ったのだ。いつでも、何なら今先程にでも、その鋭い爪でレナの華奢な背中を抉れる位置に。

 

「クルルゥ」

「チェックメイト。これで私の勝ち……いや、引き分けかな?」

「ん、それで良い」

 

 グリフォンと挟み撃ちにして勝利宣言……と行こうと思ったのだが、レナの指先がぷすりと私のお腹を刺して来た為に前言を撤回する。私だっていつでも勝てたと言わんばかりのそれに、確かに、相討ちですねと。

 いや、むしろ私が負けているまであるだろう。何せレナはグリフォンに強襲されるより先に、私を魔法で撃ち抜けたのだから。

 

 ──右手で押し込み、意識を鍔迫り合いに向かせて……無防備になった腹部を左手で撃ち抜く。ゲームではなかった搦め手だな。

 

 そういう搦め手を、レナはどちらかと言えば得意とする方ではある。だがゲームの中で描写された事もない手を披露されると……驚いてしまうのは、私がまだまだゲームの常識に囚われているからなのか。

 そう何度目かの自戒を自身に叩き付けてバチボコにしつつ、私は手早く杖とグリフォンを送還する。戦いは終わった。ならば、後は結果だけだと。そうレナを見てみれば、彼女は、彼女は……? 

 

 ──どこを見てるんだ……? 私のひたい、いや頭? ……違うな、もう少し上だ。

 

 私の頭の上を、帽子も何も無いのになぜか物欲しそうに見つめるレナに思わず困惑してしまう。何が見えてるんだと。

 まさかフェレンゲルシュターデン現象……? 

 そう首を傾げて、ミミをピクリとひくつかせた私は……今更になって気づく。そういえば、あったなと。レナの興味を引くモノが、私の頭の上に。

 

「……触るかい? 私のケモミミ」

「ん、良いの?」

「別に、構わないが」

「ん……」

 

 どうしようかな? そう言わんばかりに手をさまよわせるレナに思わず微笑んで、私は意識してミミを動かす。黒いオオカミのミミをピクリ、ピクリと誘うように。

 何なら尻尾も振ってやろう。ローブで見えないだろうけど。そう普段使わない筋肉を酷使する事、タップリ十秒。レナは……どうやら欲望に打ち勝ってしまったようで。小さく咳払いしてしまう。試験の結果だけど、と。

 

「ニーナ・サイサリスの実力は充分だと判断する。よって、合格。王立魔法学園は本日付けで貴女を戦闘員兼司書として雇い入れます。……おめでとう?」

「ありがとう。精一杯、頑張らせて貰うよ」

 

 これからよろしく。そうお互いに軽く握手──レナの手はひんやりと冷たく、しかし小さくて艷やかだった──した後、学園を案内してくれるというレナの言葉に甘えて、私はゆるりと彼女の後をついて行く。

 明日から直ぐにでも仕事を始める為に。

 何より……レナを、小さな吸血鬼の姫君を救う為に。私の戦いは、これからが本番なのだ──





 ニーナの魔法杖

 先端部と石突きは槍。刃の根元に金の宝玉。柄は黒く硬い木材で出来ている正体不明の魔法杖。
 持ち主の身の丈とほぼ同じかそれ以上に長いこの杖は、持ち主曰く何らかの祭具であり、金の宝玉は満月を模した物であるという。

 その証拠と言うべきか。杖のそこかしこに金の装飾が施されており、また極めて強い月の魔力を帯びているのが特徴。
 その魔力は死霊術のみならず、ありとあらゆる闇や月に連なる魔法を強化する。その力に底は無く、吸血鬼に月の加護を与え、昼間の太陽の下を活動させる事すら可能だろう。

 奇妙な点は、その材質を持ち主すら知らない点である。
 刃や宝玉は勿論、柄に使われている木材……いや、木材らしきものすらその材質が何なのか? それすらようとして知れない珍品なのだ。柄や槍の根元など強度的に怪しい部分ですら並の鋼鉄よりも硬く、近接戦闘に耐える強度を持ち。時には部位が浮遊すらしてみせるというそれは、噂によると月より飛来した品であるとも言われるが……持ち主が曖昧な笑みしか返さない以上、その真実は謎に包まれている。

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