その瞬間は、思ったよりも早く来た。
私はレナの側に居てはならないのではないか? そんな考えが消えなくなった日から、一夜明けたその日の深夜。私は敵の第二梯団……いや、敵侵攻軍本隊の捕捉に成功したのだ。
偵察の為に散開させていたゴースト隊の殆どを送還し、最低限の監視の目だけを残しつつ。私は夜の保養地で車椅子を転がしながら、思う。これは最後のチャンスだと。
それはこの敵軍団に奇襲を仕掛けれる最後のタイミングの事であり。
そして……死ぬには、あるいはレナの側を離れるには、絶好の機会だとも。
「……レナ」
最推しだったキャラの、今では一番大好きな少女の名を呼んで。私はそっと首を振る。
駄目なのだ。その名を呼んでは。その名を、あの子の名前を呼ぶだけで、私の心はふわふわと浮き上がってしまい、尻尾がゆらゆらと揺れて……そう、言わば、幸せになってしまう。
駄目なのに。私が幸せになってはいけないのに。
「人殺しが、嘘吐きが、こんな私が……幸せになんぞ」
なっていいはずがない。そう吐き捨てて、車椅子を転がしていた私は目的の場所……というか、行き着くところまで行き着いてしまう。
ドーントレス家保有の保養地。その最大の目玉である綺麗な湖……それがよく見下ろせる、小高い丘。昼間なら観光客が必ず一人は居るこの場所も、深夜ならば誰一人居ない。
綺麗な月が映り込んだ湖を見下ろした後、私は車椅子から手近なベンチへと、そっと腰を移す。ぐるぐると同じ場所を駆け巡る脳ミソを、少しでも落ち着けようと。
──レナの側から消える。それ以外に手は無い……!
両手で顔を覆いながら、私は改めてそうするしかないのだと自分を言い聞かせる。レナの側から消える事で、レナはもっと綺麗になれるはずだと。
だが、それに対する反論が、次々と浮き上がってくる。
レナの安全は? 死亡フラグは全て折れたと言えるのか?
生徒達や同僚はどうする? 彼らを置いて逃げ出す気か?
世界の命運は? ちょっかいを出したなら最後まで見届けるのが筋じゃないのか?
仮に戦死するとして、どうやって戦死する? 死に際になれば無駄に足掻くに決まってるのに?
そもそも、本当にレナの側から消えたいのか……?
少し考え込んだだけで次々と湧き上がって来たそれらを、私は問題ないの一言だけで斬り伏せていく。問題ない。大丈夫だ。私なんて要らない。……本当に?
いや、大丈夫だ。問題ない。レナの死亡フラグは折れている。レナさえ居るなら本編のハッピーエンド到達は難しくないはずだ。……本当に?
「……レナが死んだ理由は、過労だ。精神的なストレスが重なって、かといってそれらを解消する事も出来ず、ある種の破滅願望……死ねば楽になるという考えが離れなくなってしまったからこその、破滅。だから、過労さえ防げば、レナは足元をすくわれないし……一歩間違えれば謀殺されるような危険な橋を、無意識のうちに渡る事もない」
そもそも、レナを謀殺する奴は既に消した。問題はない。
そう考えを打ち切って……けれど、直ぐに心の底から疑問が湧き上がる。本当に? と。
「…………レナを殺す連中は、まだ居る。レナは戦争では死なない。強いから。けれど謀殺なら、死を受け入れてしまうかも知れない。そしてそれを出来る連中は、まだ残っている。レナは、レナは……まだ、安全ではない」
風に揺られて波を立てる湖を横目で見ながら、私は問題を見つけてしまう。
けれど、その小さな波紋はより大きな波紋によって直ぐに見えなくなる。だがそれを解決する策はないだろう? と。叩き潰す様な一言によって。
「レナが殺されるのは、彼女が帝国の皇族、その最後の生き残りだからだ。今や彼女を妻とした者が帝国を統べる正当な後継者であり、彼女から帝国を任された者が帝国の全てを握る事を許される。……逆を言えば、レナが、レナ・グレース・シャーロット・フューリアスが居なければ、死んでしまえば、帝国はその正当な後継者を失い、空白地帯と化す。僅かに残ったレジスタンスや、ゲリラ。他国に落ち延びた者や、嫁いだ者が掲げる旗も御輿も正当性も無くなり、他国は帝国の領土を好きなように蹂躙出来る。誰に後ろ指を指される事もなく」
王国貴族の狙いは、そこだ。ゲームでもそうだったし、連中の生態を知った今となっては更に強い確信を持てる。それこそが、レナが濡れ衣を着せられて処刑される理由なのだと。
最初は冷遇し、追い詰め、王国側にすがらせようとイジメ抜き。それが通用しないと見るや更に強い脅迫や謀を仕掛け。それすら効かないが故に……謀殺した。全ては帝国の領土を全て、正当に、誰に文句を言われる事なく手に入れる為。それが出来れば王国は大陸一の超大国となれるが為に。
全ては薄汚い領土欲。そんなものの為に、レナは殺されるのだ。
「だから……対処は出来ても、根本的な解決は不可能だ。王国の要求を突っぱねるだけのモノ……国家や軍事力は魔王軍によって滅ぼされ、僅かに残る戦力も散り散り。とても抑止力にはならない。連中の思惑は、絶対に止まらない」
現下の大問題の解決は演説や多数決によってではなく、鉄と血によってなされる。かの有名な鉄血演説の一部であり、ドイツ栄光の時代の礎となった男、鉄血宰相ビスマルクの言葉だが……この場合、正しく彼の言葉通りとしか言い様がない。
そう、鉄と血。それは即ち軍事力や経済力であり、それを作り出す人の力や数、あるいはその死の事であり、その大小だけが物事を決定的に解決出来るのだ。それは某超大国が持つ複数の空母打撃群であり、核ミサイルを搭載した戦略原子力潜水艦であり、それらを支える世界第一位の経済システム……あぁ、例を上げだせばキリが無いが、しかし、それを思えばなぜレナが助からないのかがよく分かる。
──レナには、抑止力が無い。
結局のところ、話はそこに帰結する。
空母打撃群や核ミサイル搭載型の戦略原潜があれば、とは言わない。だが、せめて、完全無欠の近衛騎士団が生き残っていれば。無敵を誇った大陸一の騎兵戦力が少しでも温存されていれば。そうでなくとも旧帝国領に隠れ潜む生き残り達と連絡が取れていれば。……それさえ出来ていれば、レナはああも粗雑にあつかわれなかっただろう。
殴れば殴り返される。そんな抑止力さえ、伴っていれば。
「レナは強い。間違いなく強い。ゲームの中でも最強格だった。けれど、同時に。レナは政治的に極めて弱い。抑止力が無いせいで有象無象にまとわりつかれ、そうやって愚かな連中に足を引っ張られれば、それを全て振り払う事は出来ない。誰かが手伝わない限りは…………違うな。もう一度帝国を再建し、軍事力で身を守り。新たな皇帝を、レナの配偶者を決めてしまわなければ……」
レナの身は、常に誰かに狙われる。
鉄と血を、正しく手元に置かない限り、レナに安寧の日々は訪れない。
分かりきっていた事を改めて確認し、私は思わずため息を吐く。ベンチの背もたれに背中を預け、だらんと腕と尻尾を垂らしながら。考えたくもない事に、気づいてしまったと。
「……配偶者、か」
軍事力や経済力なら、五年……いや、一年もあれば最低限揃えてみせる。それだけのプランは、直ぐに思いつく。息をするように、いくらでも。
けれど、配偶者は……未来のクイーンと共に立つキング。その男の事を考えると、私は、私は何も考えたくなくなってしまう。ズキリと痛む胸に手を当てて、ただ呆然と。
分かっている。分かってはいるんだ。仕方のない事だと。レナはお姫様。将来はどこかの王子様と結婚し、次代の王を産まねばならない。それに比べて、私は……
──女の身ではな……
女と女では子供は産めない。そもそも私はレナの相手として、スタートラインにすら立てていないのだ。
いや、仮に私が男だとしても、やはりスタートラインには立てなかっただろう。生まれも定かではなく、身体は死体を継ぎ接ぎした人工のキメラ。幸いにも血は腐敗していないものの、いつ正気を失ってもおかしくないバケモノ。そんなものが、レナの側に居て良いはずがない。
その上、私は人殺しだ。この手は血に汚れ、自身の正気を証明出来ず、クイーンの側に立つキングには相応しくない。レナに嘘を吐いた数は十や二十では足りないし、そもそもレナが私の血を求めてくれるのも、原作知識を利用した薄汚い策謀の結果だ。
「やっぱり、私はレナに相応しくない。けど、どう、した……ものかなぁ」
身体は死体を継ぎ接ぎしたおぞましき人工キメラ。経歴には詐欺に人殺し。そんな元男の異世界人が、あの美しい吸血鬼の少女の側に居て良いはずがない。
だが、レナの身は未だ危険にさらされており……バケモノの手も借りたい状況なのもまた事実。
──どうする? どうするのが正解だ……?
……レナを守る為に必要な鉄と血、軍事力や経済力はなんとしよう。それなら私にも出来る。
だが、しかし、配偶者はどうする? そこを決めない限り、レナにはスキが生まれてしまう。手頃で、優秀で、経歴や思想に問題の無い男…………ユウを、レナの夫に?
「それは、嫌だな……」
名案だ。そう口にしたはずなのに、出てきた言葉は全く違う物だった。
レナに他の男をあてがうなんて、考えたくもない。
レナの側には私が居たい。他ならぬ、この私が。
湧き上がってくる女々しい考えを、男らしくない考えを必死に斬って、斬って、斬り捨てて……それでも、その思いは消えてくれなかった。レナの側に居たい。そんな思いが、消えてくれない。
「だが……私はレナに、相応しくない」
相応しくないんだ。私は。
レナは私に、騙されているとも知らず、懐いてくれている。血を求めてくれる。けど、こんな事はもう終わりにしなきゃいけない。
綺麗なあの子を、これ以上汚したくない。私が側に居るだけで、あの子を汚してしまうと思えば、そこは……譲れない。
ならば、死ね。
斬り殺されろ。
貴様もこちらに来い。
「…………河川や森林地帯を考慮すれば、この辺りで大軍が結集出来る場所は限られる。まして今の魔王軍は元の魔王軍と違って、その八割がニセモノやモドキで構成された木偶人形の集まり。複雑な作戦や行軍が出来ない以上、場所は更に絞られる。そして奴らの狙いが人の命にある以上、既に展開しているドーントレス家の主力軍はオヤツでしかない。決戦の地は、分かっている」
取るべき作戦も、既に数パターンを立案済みだ。安全に、誰一人欠けず、勝てる戦いをする事が出来る。
だが、逆を言えば、それに反する事で戦死する事が出来るのも確かだ。自殺する程の決意も勇気もわかない以上。私がレナの側から離れるには……次の戦闘で、死ぬ以外に無い。
「私、は……」
レナの身はまだまだ危険だ。ゲームでの死は七割回避済みとはいえ、まだ三割残っているし……何より、ゲームでの死を全て避けても、まだレナは狙われるのだ。安全ではない。全く安全ではない。
だが、私はレナに相応しくない。直ぐに側を離れるべきだ。
しかし、今離れて良いのかと言われれば、判断が難しいところであるのも事実で…………あぁ、どうしたものだろう? まさか全部を解決するなんて出来ないのだし、と。そう頭を抱え込んでしまった私のミミに、バサリ、と。力強い羽音が響く。この羽音……あぁ、聞き間違えるはずもない。
「レナ……夜のお散歩かい?」
「うん。少し、胸騒ぎがして。それに……誰かが、呼んでいる気がしたから」
来て正解だった。そう微笑みながら、レナはするりと私の左横に……一人分のスペースしか残っていないベンチに、ゆっくりと腰を下ろす。
艷やかなコウモリ羽が鼻先を通り過ぎ、ぽふっとお尻を下ろしたレナの横顔を、私はまじまじと見つめてしまう。新雪の様な白髪。透き通る様な白い肌。愛らしくも美しい顔立ちに、幼いながらに蠱惑的な唇。そして毎夜私の肌に突き立てられていた、鋭い犬歯。
ん? と。小首を傾げながら、こちらをジッと見つめ返してくる赤月の様な瞳から視線をそらし。私は当たり前の事を思う。レナは恐ろしい吸血鬼でありながら、同時に──
──綺麗な、女の子だ。
やっぱりレナは綺麗で、可愛くて、非の打ち所がない女の子だと。そんな当たり前の事を噛み締めながら、私はレナの顔は見ずに、その向こうにある湖へと視線を向ける。
風に揺れる白髪の向こう。それを見つめていれば、レナも私が見ている物に気がついたのだろう。ふいっと湖の方に顔を向けてくれた。
水面に月を映す、美しい湖に。
「湖、見てたの?」
「……そんなところ、かな」
「そうなんだ」
「あぁ、そうなんだよ」
湖を見つめるレナの、その後ろ髪。ストレートに流される、艷やかで真っ白な髪に、私は思わず手を伸ばそうとして……寸前で、引き戻す。
私にレナの髪を触る資格は、ないだろうと。
けれど、けれど。純白の髪をこちらに見せながら、私の直ぐ隣で、ボンヤリと湖を眺めるレナの後ろ姿に……私は、思わず、口を開いてしまう。
綺麗だと。
「んゅ?」
「…………月が、綺麗だと。そう思ってね?」
「うん。綺麗」
私がこれ以上、レナと一緒に居てはいけない事。こんな私が幸せになって、良いはずがないのだから。
けれど、それを覆してしまいたくなるほど、レナと一緒に居たい気持ちもあるのだ。もっと一緒に、ずっと一緒に。私の全てを捧げるから、ホンの少しだけ一緒に居て欲しい……と。
──あるいは、これが、この胸の内を焼くような、この感覚が……
愛なのか?
……分からない。私には愛なんて物は分からない。けれど、断言出来る事はある。これは、正しい愛の形ではないのだろうと。
元々、彼女の事は好きだった。時間が経てば立つ程、好きになっていた。もっと、もっと、思いは強く。けれど、今理解したこの感覚は今までのそれよりずっと強烈で……そして、どこまでも破滅的なモノ。言葉にするとするなら、きっと。
「死んでもいい」
「ぇ……? にー、な?」
どこか呆然とした調子のレナの声を聞きながら、私はそっと目をつむる。
そう、そうなのだ。レナとの事も、最初は気安い道楽混じりだった。身体をぐちゃぐちゃにされた現実で、少しでも気楽になりたくて立てた目標。
けれど、今は違う。今はもう、死んでもいい。レナの為なら死んでもいい。自暴自棄からじゃない。レナの為なら、私は喜んで死ねるだろう。
──レナの元を去るのか、それとも共にいるのか。どちらが正解なのかは、まだ分からない。けど……
もう迷う事はないだろう。どの道、私は死ぬのだから。次の戦いで、あるいはその先で。可能なら、レナの敵になるもの全てを消し去って、レナを守れるだけの鉄と血を用意して、配偶者も見付けて、それで死のう。
それなら、レナは死なないし、幸せになれる。
私もレナを汚さないまま、消える事が出来る。
完璧だ。完璧な計画だ。
──なんだ。冴えてるじゃないか。私。
既に何度も死に掛けている様な男が、これから先生き残れるとも思えない。だが、あと少しなら、もう少しだけなら、走れるだろう。
ならば、この考えはむしろ丁度良いというものだ。やってみせよう。私は、必ず。レナと離れ離れになろうと、根こそぎに、容赦なく、断固として。
──だが、そうなると……レナとゆっくり話が出来るのは、今日が最後なのか?
だとすると、それはとても寂しい……いや、仕方のない事だ。新生する帝国、その頂点に立つ吸血皇女の側に、私の様なバケモノは必要ないのだから。
そう自分の感情を斬り捨て、踏み潰そうとした……その瞬間。コウモリ羽が、私を覆う。レナだ。
「レナ……?」
「ニーナ。レナを、見て」
いつの間にか、レナが目の前に居た。吐息の掛かる距離で、そのコウモリ羽で私を覆い隠しながら。
思い浮かぶのは、狂おしいまでの夜の情事。二人っきりになりたいからと、カーテンの様に羽を操る彼女の姿。
思い出してはいけない事を思い出してしまって、私は咄嗟に視線をそらす。頬に血を上らせながら、こんな状態でレナの顔を見れないと。だが……
「レナを、見るの。ニーナ」
「っ、レナ……」
私の頬に添えられたレナの手によって、私はレナと向き合わされる。ほてった頬にヒンヤリと冷たいレナの手が重ねられて、それでぐいっと視線を合わせさせられたのだ。
どこか怒っている様子の赤い瞳に見つめられて、なお、私はレナの手を振り払う事が出来ない。私はレナを傷つけたくないから。
だから、だから、私はそれを……かわせなかった。
「んっ……」
「──ッ!?」
ちゅっ、と。まるで甘噛みするかの様に、レナの唇が私の唇に触れる。
やわらかな感覚。突然の事で止まる思考。鼻をくすぐる、微かな甘い花の香り。一秒、二秒……五秒。ようやく思考が再起動しだした頃、レナの唇が湿った音を立てながら私の唇から離れていく。
満足げな赤い瞳を見て……そこに映っている、呆然とした表情のケモミミ少女を見て、私は気づく。
今のは、キスではないか? と。
「なっ、なっ、なぁ……っ!」
何を、と。ただそれだけの言葉すら口に出せないまま、私は自分の唇に手を……いや、指先を当てる。
隠す為に。何より、今の感覚が本当に現実に起こった事だったのか? 念入りに確認する為に。
だが、どうやら私にはそんな時間すらないようで。
「レナは、ニーナに死んで欲しくない」
「……っ」
「死んでもいいなんて、言わないで。ニーナが何を考えているかは、レナには分からないし、ここ最近様子がおかしい理由も、レナには分からない。分からないよ。……けど、ニーナが苦しいのは、分かる。分かってる」
「……そんな、事は」
「ニーナ。……レナは、そんなに頼りない?」
吐息の掛かる距離。私の直ぐ目の前でレナが口にしたお願いと疑問に、私は返す言葉が無かった。
頬に添えられていたレナの手が、力を失って私の肩へ……そのまま胸へと落ちていき。トン、と。レナが額を押し付けて、なお、私は何も返せない。いつもならスラスラと出てくる言葉が、何一つ形にならないせいで。
そうこうしているうちに、レナはレナで考えを進めてしまったらしく。ぐすっ、と。泣き声が上がる。嫌な事を思い出してしまった、子供の様な声が。
「やだ、やだよ。死なないで。ニーナ……死んじゃやだ。ニーナしか、もうニーナしか居ないの。レナ、嫌だよ。ニーナが居なくなるの、やだ……!」
「レナ……けど、私は」
「お願いニーナ。もう無茶しないで。レナも、レナも頑張るから、もっと頑張るから。だから、だから……!」
私が前に死にかけた時の事でも思い出しているのだろうか? 私のローブにシワを作りながら、死なないでと。そう必死に泣き叫ぶ彼女の背に腕を回そうとして……出来ない。出来なかった。出来るはずない。
レナを泣かせたのは、私だ。
レナを苦しませているのは、私だ。
レナを汚したのは、私なのだ。それを、そんな奴が。今更、何を。
「……私、は、私は、役立たずだ」
「──ぇ?」
「違う。違うんだよ。レナ。私はそんな、レナに当てにされるような、そんな凄い人間じゃないんだ! そんな奴が、役立たずが、レナと一緒になんて……!」
居れるはずがない。
人間ですらなく、隠してる事も、嘘を吐いた事も、騙した事も、沢山ある。
こんな純白の少女に、相応しい奴じゃない。
どこぞで野垂れ死ぬのが運命の、つまらない奴なんだ。そう、口にしようとして……違う! と。鋭い声が上がる。戦闘中ですら声を荒らげないレナの、力強い声。それに気圧されて、私は思わず黙り込み、レナを見上げる。私の前で、涙目のまま、それでも毅然と立って見せる……一人の少女を。
「レナは! レナは、ニーナが役に立つから、凄いから、一緒に居るんじゃないよ? ニーナがニーナだから、ニーナと一緒に居たいから、一緒に居るの」
「レナ……」
「レナを恐がらないからとか、血を吸わせてくれるからとか、一緒に戦ってくれるとか、それは……嬉しいし、最初はそうだったけど、けど! 今は、ニーナだから良いの。ニーナがニーナなら、ニーナと一緒に居れるなら、レナはそれで良い」
「レナ……けど、私は」
「うん。……何か不安があるなら、話して? レナは、ニーナみたいに上手く話せないし、上手く言葉に出来ないけど、でも、頑張るから。もっと頑張るから」
潤んだ赤い瞳に見つめられながら、心地よいレナの声を聞いて……いや、思いを叩き付けられて。私は、なに一つ言葉を返せなかった。
全く予想もしてなかったが為に。
レナに求められて、どう返せばいいか分からずに。
もしこの声に答えたら、幸せになってしまいそうで……
そんな私を、どう見たのか? レナはその顔をくしゃりと歪ませ、涙を溢す。もしかして、と。
「レナの事、嫌いになったの……? それ、なら、レナは……」
「っ、そんな事! ある訳、ないだろう……!?」
私がレナの事を嫌いになる訳がない! たとえレナに八つ裂きにされて、野ざらしにされても、それでも私はレナの事を嫌いになれないだろう。
そんな確信と共に否定の言葉を吐き出せば、どうやら、レナはそれで安心してくれた様で……潤んだ瞳を一度閉じ、やがて、闇色にくすんだ瞳を向けてくる。ニーナ、と。私の名前を呼んで。
「一緒に、居て? レナと、ずっと一緒に」
「…………分かった。レナが、そう……望むなら」
自分の思いや考えよりも、レナの言葉が最優先。私はそんな思いから思考を放棄し、再び落ちてきたレナの唇を受け入れる。
甘い感触と、水音を聞きながら。胸の奥から溢れてくる幸福感に、私は溺れてしまう。
駄目なのに。いけないのに。
だから、キスが終わって。ベンチに二人で座って、ゆっくりと会話を交わしてなお……その考えが消えないのは、当たり前の事だった。
このまま幸せで良いのか? と。
そして、レナと一緒に居ても……いや、もう違う。けれど、それでも、もし、本当にレナが一緒に居たいと、そう思ってくれているとしても。私は、いったい、どうすれば良いのだろう──?
破滅願望持ちの幸福恐怖症患者VS乙女の特権を使いこなす好感度振り切れ皇女殿下。ファイッ!
なお結果。