架空原作TS闇深勘違い学園モノ   作:キヨ@ハーメルン

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第19話 中盤の難所 急

 真っ白な霧の中、私は身体から血が抜け落ちていく寒さ……そして胸を貫通しているらしい刺し傷の痛みに耐えながら、その時を待っていた。

 レナに首を落とされる、その瞬間を。

 けれど、ギロチンは……まだ落ちないらしい。レナは手に持ったサーベルを振るう事なく、その足で、私の頭を踏み付けて来たのだ。ガッ、と。半ば蹴り飛ばす様に、私のミミを踏み付けて。

 

「ぁがっ……ぅ、ッ……」

 

 はしたないよ、なんて。言葉にする暇は無く。レナは何度も、何度も、私の頭を踏み付ける。ミミを踏み締めて、私の頭をグリグリと踏みにじるのだ。

 その顔に似合わない、醜悪な笑みを浮かべながら。

 

 ──違う。

 

 ひとしきり頭を踏みにじって……飽きたのだろうか? レナは、今度は私の腹部を蹴り飛ばしに掛かる。容赦なく、ボールを蹴る様に。

 呆然としている私に、受け身を取るなんて事は出来ず。私は蹴りの威力をそのまま受け取ってしまう。ドゴッ、と。鈍い衝撃音のまま、身体が浮き上がり、吹き飛んで、ゴロゴロと草原を転がる。血をまき散らしながら、みっともなく。

 それを、レナは笑うのだ。ケラケラと、心底楽しそうに。

 

 ──違う。

 

 足が無い私は、立ち上がる事も出来ず。レナになぶられるだけのオモチャだった。頼りの杖も、先程の蹴りで手放してしまい……今やレナが拾って、その手に持っている。

 返す為に、ではない。私に、突き刺す為に。

 

「や、やめ……っ」

 

 レナに反撃なんて、出来なくて。私はやむなく制止の声を上げ……案の定、笑われる。やめる訳がないだろうと。

 そして、愛用の杖が、私のふともも目掛けて振り下ろされる。避ける事は、出来ない。鋭利な刃は容易く私の肌を裂き、貫き、血肉を吹き出させる。

 

「ぁがっ、ぁぁあああ!? 痛い、痛いぃ……!」

 

 片方をやったのだから、もう片方も。そう言わんばかりに両方のふとももを刺された私は、のたうち回るしかなくて。

 そんな無様な姿をレナに笑われるのは、当たり前の事でしかなかった。それがたとえケラケラと、心底楽しそうな物だったとしても。

 

 ──違う! 

 

 衣服を、そして草葉すら血に染めた私に、立ち上がる気力は残ってなくて。なのに、あちらはまだ私をいたぶり足りないのか? 今度はミミを、レナが褒めてくれたミミを、サーベルで斬りつけてくる。

 大振りな一撃。見え透いたそれを、私は咄嗟に首を傾けてなんとか避けようとして……けれど、完全に避ける事は叶わず。ミミの半ば程に、熱い痛みが走る。どうやら、斬り裂かれたらしい。

 

「ぃぐっ、ぃ、いや、ぃやぁぁぁああ……!」

 

 耐え難い喪失感から、思わず涙声を上げてしまう私をケラケラと笑いながら、レナはその手に持った私の杖を、その刃を改めて私に向ける。

 醜悪な笑みを浮かべる彼女の狙いは……下腹部。

 

「ま、待って、くれ。そこ、は……!」

 

 咄嗟に足を閉じようとして、動かしたふとももを……傷口を抉るように踏み付けられ。

 避けようのない一撃が、振り下ろされる。

 

「ぁ、ぁあああああ━━!!?」

 

 激痛。絶叫。思い出すのは、足を千切られた瞬間。

 鍛えようのない場所を貫かれて、最悪のやり方で地面に縫い付けられた私は……もう、身動きすら出来なかった。少しでも動けば、刃が身を斬り裂くから。いや、あるいは、言いようのない恐ろしい喪失感に耐えきれず。

 そんな私は、されるがままに、嗤われる。レナに、おぞましい弧を浮かべる彼女に、見下されながら。レナがそうしたいなら、受け入れるしかないと。レナに殺されるなら、本望だろう? と。

 

 ──違うッ! 

 

 私の愛用の杖で下腹部を貫き、地面に縫い付けて、それをひとしきり嗤って……ようやく、レナはゆっくりとサーベルを振り上げる。満足したから、今から首を落としてやろうと。

 高々と掲げられたそれは、まるでギロチンの様で……それを目で追っていた私は、ふと、レナと目が合う。

 淀んだ瞳。薄汚い色に塗り潰された、汚い目。

 光を拒絶するその目に、あの夜に見た綺麗な月は、どこにも無くて。

 あぁ……なぜ、そんな目をしているんだい? なぜ、そんな汚い色を。誰が、誰が? レナが。レナが? …………本当に? 

 

「……違う」

 

 口が、すべる。

 思考よりも早く、感情が、感覚が、直感的な何かが、口からこぼれ落ちた。違う、と。

 そう一度口にしてしまえば、後はもう、脊髄反射だった。止まったままの思考を置き去りにして、直感的な感情が、私を突き動かす。違う! と。

 

「違う。お前は、違う!」

 

 ビシリ、と。私はまだ無傷の腕を動かし、人差し指をレナに……いや、レナの姿をしたナニカに突き付ける。お前じゃないと。

 それに対する返答は、醜悪な笑みだけで。けれど、それで充分だった。

 

「レナは、レナはそんな風に嗤ったりしない。あの子はもっと綺麗に笑うんだ。やわらかに、静かに、ひっそりと。……あぁ、その目もやめたまえ。その誰かを見下す様な目だ! 今すぐやめろ! レナは! レナはそんな風に誰かを見下したりしないッ! あの子は多くを尊重するんだ。たとえ自分を害する相手であっても、クソみたいなお喋り野郎相手でも、常に最低限の敬意は忘れないんだよッ! どうだ? えぇ? 凄いだろう!? 凄いよなぁ! 私には出来ないよ! お前らも出来ないだろう!? スライムのアイスマン! あぁ思い出した、思い出したとも! この陰険端末野郎! 凍結保存されていた原始的な魔法生物、その変異体ごときが、あの子の真似なんぞ……出来る訳が無いだろうッ!」

 

 不愉快だ! そう思いのままを口から吐き出し、振り払った手から紫電を放とうとして──しかし、魔力が、霧散する。

 霧だ。魔法の霧が、私の魔法を妨害した。

 そう思考が追い付いた時には、既に遅く。サーベルが、レナに化けたクソッタレの手によって振り下ろされる。避ける方法は、無い。……本当に? 

 

「ッ──甘いんだよ! お前らは!」

 

 首に振り下ろされるサーベル。その移動線上に、私は自分の左腕を差し出す。一か八か、盾にする為に。

 結果は……私の左腕から響く、鈍い骨折音が示していた。

 

「止まっ、たァ……!」

 

 振り下ろされたサーベルは私のやわらかい肉を引き裂き、骨を叩き折った。そう、折ったのだ。断ち切る事が出来ず、止められて。

 走る激痛。燃える様な熱と鈍痛。血を吹き出すばかりで、ロクに動かない左腕。それらをまとめて意識の外に置き、私は無理矢理笑みを浮かべる。今度はこっちの番だと、まだ無傷の右腕を前に突き出しながら。

 乾坤一擲。私の鬼気迫る気配に、気圧されたのだろう。レナモドキは大きく後ろに後退し、場を仕切り直そうとする。それこそが狙いだとは、考えもせずに。

 

「かかったな、このマヌケがァァァ!」

 

 これでも私は元日本男児。お前達とは根性が違う! そう内心で吐き捨てながら、私は私の下腹部に突き刺された愛用の杖に手を掛ける。先ずは武器を取り戻そうと、そう引き抜こうとして……しかし、その瞬間。指先によって微かに動いた槍先が、鋭利過ぎる刃が身体の中を斬り裂いてしまう。ズプ、と。あまりにも容易く。

 

「グゥ──ッ!?」

 

 痛い、と。悲鳴を上げたのはホンの一瞬。けれどそれを即座に噛み殺した私は、レナモドキがこちらへ跳躍してくる前に、グッと柄を手に取る。

 自然、更に動いた槍先によって雷に打たれたかの様な、耐え難い痛みが下腹部に走り──押し殺せない悲鳴と共に、ためらいが生まれる。このまま引き抜いていいのか? 引き抜けば激痛が走るぞ? と。

 だが、しかし、今更痛み程度で止まれる神経はしておらず。私は一瞬でそれらをまとめて捨て去りながら、杖を地面から引き抜く。下腹部の柔肉をバッサリと斬り裂きながら。

 

「ァァァアア!!」

 

 悲鳴か、雄叫びか。

 どちらともつかない声を上げながら、私は転がったままの姿勢で引き抜いた杖を構えて……瞬間、眼前まで迫っていたレナモドキのサーベルに、血に濡れた槍を躊躇なくぶつける。

 ガキンッ、と。刃金と刃金がぶつかり合う音が響き。ふと、レナモドキと目が合う。どこも見てはいない、薄汚い色に塗り潰された目と。

 

「その目で、その目で私を見るなッ! 不愉快なんだよ! お前らは! いつもいつも!」

 

 不愉快だった。ただただ不愉快だった。何もかも、この場に存在する全てのモノが私の神経を苛立たせてくる。

 レナの姿をしたクソッタレは勿論だが……それを抹殺するどころか、押されている私も。

 

「その致命的なまでに似合ってない目玉。今すぐ抉り取ってやりたいよ。イライラする。……あぁ、不愉快だ。不愉快だ! どこから盗ってきた表情か知らないがね。不愉快なんだよ! そんなモノを、よくもレナに!」

 

 ギリギリと刃金を削り合いながら、少しずつ、少しずつ押し込まれる中。私は内心の苛立ちをそのまま口から吐き出してしまう。レナではない。ただそれだけの事が、ひたすらに不愉快だと。

 だが、しかし。一番腹立たしいのは……他ならぬ、私自身だった。

 

 ──クソッ! 不甲斐ないとはこの事だ……! 

 

 たかがコピーだけが取り柄の、しかも何千といるただの一端末に苦戦しているこの状況そのものが。ひいてはそれを打開出来ないまま、レナに捧げるはずの血を無意味に消費している自分自身が、一番許せない。

 レナに化けたクソッタレに身の程を叩き込んでやりたいのに。今すぐレナを探しに行きたいのに。なぜ私は、こうも役立たずなのだろう? たとえゲームより早い登場だとしても。いや、だからこそ、このぐらい予想出来ただろうに。対策出来たはずなのに! 

 そんな思考が、後悔と共に駆け抜けて。思わず力が緩んだ一瞬のスキを突かれた私は、いよいよのところまで押し込まれてしまう。眼前。後少し押し込まれれば、自分の刃で自分を斬り裂いてしまう至近距離。

 

「くっ、催眠野郎しか居ないと侮った私のミスか……だが、だとしても!」

 

 このまま斬り殺されてやる気はない! そう負けてやるものかと気炎を上げ、私は一瞬押し返した後、直ぐに杖から手を離す。

 自然、押し返された槍先とサーベルが私の顔目掛けて迫って来るが──それを、首をひねる事で頬をザックリ斬り裂かれるに止めて。私は痛みに構わず、お返しとばかりにレナモドキの腕をグッと掴み取る。取った、と笑みを深めながら。

 

「ゼロ距離なら……霧は関係ないだろう!?」

 

 バチリッ、と。紫電が走る。

 私の手のひらから、そして感電する様にレナモドキへと走った電撃は……枯渇寸前まで魔力を使いきったおかげか? 私が思っている以上の威力が出た様で。レナモドキは苦悶の声すら上げずに、ドサリと崩れ落ちる。しぶといことにまだ意識があるようだが……

 

「ふん。とはいえ、流石に反撃するだけの力は、消し飛んだらしいね? 所詮は原始生物か。……今、トドメをくれてやる」

 

 サーベルを落とし、魔法を使う余力も無いらしいレナモドキ。

 そんなスキだらけの敵を見逃してやる理由もなく。私は血だらけの身体に檄を入れ、魔法で補助しながら……なんとかマウントを取り、槍先をレナモドキに突き付ける。後はこれを突き込んで引き裂けば、それで終わりだと。

 

 ──死に晒せ……! 

 

 不愉快なコピー野郎が! そう内心で侮蔑の言葉を吐き捨てながら、杖を振り下ろそうと力を込めた……その瞬間。

 ふと、レナモドキが笑みを浮かべる。まるでレナの様な、よく似た、やわらかな微笑みを──レナ? 

 

「──ッ!」

 

 脊髄反射。深く考えるより先に身体が反射的に動き、振り下ろし始めた槍先をグイッと明後日の方向にそらしてしまう。当然、そんな事をすれば鋭利な刃はレナモドキの首には落ちず、その横にあった地面へと突き刺さってしまう。

 外した。殺せなかった。殺さなきゃいけないのに。

 そう後悔にも似た感情が脳裏をよぎり──瞬間、お腹に鋭い衝撃が突き刺さる。

 

「うぐっ……!?」

 

 蹴られた! そう知覚した時にはレナモドキの足が深々と突き刺さった後で。内蔵がグズグズに揺らされるおぞましい痛みに耐える暇も、空中へと蹴り上げられた身体に受け身を取らせる暇もなく。気づいたときには、私の身体はレナモドキから二メートルは離れた地面へ叩き付けられていた。

 蹴り飛ばされた痛みに苦悶の声を上げたのは……ホンの一度だけ。それが過ぎ去った後は、あろうことか笑い声が出てくる。自嘲する様な、軽々しい声が、私の口から。

 

「ははっ……なに、やってるんだ。私は」

 

 間違いなく殺せた場面で、殺し損ねた。

 誰がどう考えてもあり得ない、戦犯と言われても仕方のない失態。

 けど、けれど……! 

 

「殺せる訳、ないだろう? レナなんだよ? ニセモノでも、レナの顔をされたら……」

 

 殺せなかった。許せないのに、許してはいけないのに。

 レナの顔をされただけで……いや、だからこそ、手が勝手に動いてしまった。いつも一緒に居るあの子の事を。ずっと一緒に居ると約束した、あの夜の事を思えば、それは当たり前の事で。

 

「バカだなぁ……私」

 

 レナを傷つけたくない。その一心に殉ずる事になろうとは……嘆かわしいまでに、愚かだ。そう高々と振り上げられるサーベルを、呆然と見上げて。

 それでも、と。思考が流れる。愚かだとしても、負けたとしても、苦しむ事になっても、それでも。

 

 ──レナを守りたくて、私は、ここに居る! 

 

 キッと睨みつけた先。サーベルを振り上げるレナが、その瞳が、レナではない事を痛感した私は……自嘲の笑みを浮かべたまま、右手をかざす。

 盾にする為に、ではない。

 

「来い、リヴィングソード」

 

 魔力は既に無い。だが、レナからプレゼントされたチョーカー。そこに備蓄しておいた予備の魔力を使えば、一振りの死霊剣を呼び出す事はあまりに容易で。

 だから、それは必然だった。間合いの中。至近距離に呼び出された死霊剣に、レナモドキが反応する暇はなく。ズブリ、と。剣が、彼女の胸に突き刺さる。

 

「ッ……私、ホント、バカだねぇ……」

 

 レナの姿をしただけのニセモノ。そんな存在でも、レナの姿をしている事は間違いなく。私は分かっているのに、それでも、息が止まってしまった。一瞬だけ。一拍だけ。心臓すら凍える、息苦しい痛み。

 痛みなんて、今も全身から伝わっているのに。それでも、その痛みだけは飲み下せなかった私を置き去りに、レナモドキは恨みがましい顔を浮かべながら、瞬く間に塵と化していく。

 許さない。殺してやる。恨めしや。……そう言わんばかりに。レナの姿で。

 

「ぁ、ぇ? これ、涙……? なん、で」

 

 じわりと目尻を濡らし、瞬きと同時につーと頬を落ちていくそれが、涙だと。そう気づいた私は訳も分からず困惑してしまう。

 レナモドキは塵と消え。憎い敵は全て滅んだというのに……なぜ、今、涙が出てくるのだろう? と。

 

「涙、涙か。そりゃ、あちこち死ぬ程痛いしけど……というか、殆ど死体だけどね? 逆を言えば死んでないし、まだ痛いだけじゃないか。傷も塞がり始めてるし、それが、それなのに、全く。ずいぶん弱くなったものだね? 私」

 

 以前なら歯を食いしばってでも耐えただろうに。何故か、今は、あの子の顔を思い出すだけで涙が溢れてしまう。

 弱くなった。目的を果たせるか分からない程、弱く。

 そう溢れる涙を弱さと断じ、血に汚れた袖で拭っていると……ふと、羽音が響く。力強くもささやかなこの羽音。あぁ、私がこの羽音を聞き間違うはずがない。レナだ。レナが来てくれた! 

 

「レナ……?」

 

 思わずパタパタと揺れてしまう尻尾を抑えながら、私はピンッと立ったミミを霧の向こうに向ける。

 羽を下ろした小さな人影。最早見慣れたそのシルエットを見つけた私は、思わず手を伸ばし、声を掛けようとして……はたと、理性が歯止めを掛けてくる。あれは、本当にレナなのか? と。

 

 ──レナ……の、はずだ。

 

 鎌首をもたげた疑問。一度思い至ってしまえば、それを封殺するのは……困難で。

 かといって何をどうするべきなのか? その判断もまた難しかった。それが血を失い過ぎた故の、脳ミソの鈍足化のせいだと気づいた時には──既に遅く。霧の向こうのレナが、突如として距離を詰めてくる。霧を斬り裂くかの様な、翼すら活かした高速の縮地。これは、マズい……! 

 

「ガッ……!?」

 

 潰れた声。吐き出される血が混じったよだれ。ミシリと音を立てる首。レナに首を掴まれたと、そう意識が追い付いた時には息苦しさが脳を支配していて。

 思考が、更に鈍足化する。

 

 ──れ、な……! 

 

 グッ、と。更に指先に力を入れるレナに声を掛ける事は……出来そうにもなく。かといってその顔を見る事も叶わない。レナが、彼女が、私を見ようとしてくれないから。

 けれど、それでも、こちらを見もしない彼女の……そのか細い声を、私のミミが捉える。何度も聞いた、レナの、やさしい声を。

 

「何度も、何度も……馬鹿に、しないで。ニーナはニーナしか居ないの! それを、それを! もう、もう騙されないから……ッ!」

 

 その憤る様な声は、どう聞いても怒っている様にしか聞こえず。

 けれど、今の私に……それ以上を考える力は無くて。私はただ、私の首を絞めるレナの手に、命運を委ねるしかなかった。レナがそうしたいなら、そうすればいいと。

 諦めた、とは違う。だって、だって彼女は、このレナは……

 

 ──あぁ、レナだ。本物のレナだ。

 

 傷を負い、血を失い、今や首を掴まれて呼吸すら出来なくなった私。だが、それでも、分かる事はある。私の首を絞める少女が、本物のレナなのだと。

 今思えば、ニセモノはなんとお粗末な事だったろう。鈴の音の様な心地良い声。可憐で慎ましやかな顔。ルビーの様に赤く輝く瞳。風に揺れる白銀にも似た白髪。大きく艷やかなコウモリ羽。そして、そして……この肌を通じて伝わる、温かさ。分かる。分かるよ。レナだって。私には分かる。

 

「れ、な……」

 

 最後の一撃を入れる前の、ホンの一息。僅かに力が緩んだその瞬間。私は掠れた声で、レナの名前を呼ぶ。

 意味は無い。ただ、呼びたかったのだ。彼女の名を。自分の全てを亡くしてでも、共に居たいと思える少女の名を。

 だから、思わず、笑みが浮かぶ。レナなら、良いか、と。

 

「…………ぇ、ぁ? にー、な?」

 

 ニセモノに殺されるより、ずっといい。そう安心感にも似た感情を抱いた私は、ドサリ、と。地面に落とされて。

 何故か息苦しさから解放された私は、安心感と、失血の冷たさから、つい、まぶたを閉じてしまう。眠気にも似たそれを、妨げる力は……既に、無く。

 

「ぁ、ぁ、ぁぁぁああ!? に、にーな……ニーナ! ニーナ!! ち、違っ、違うのッ! レナ、レナは! レナ、レナ? レナ、が? 殺し……? ぁ、ぁぁ……ごめんなさい。ごめんなさい……! ニーナ、ごめんなさい……!」

 

 ごめんなさい、と。慟哭の声が響く。死なないで、と。そう願ってくれるレナが居る。ニセモノじゃない。本物のレナが。

 私はそれだけの事に、たったそれだけの事に深く満足して、眠りへと落ちていく。

 レナが居る。それだけで、充分だと。

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