どうも、諸君。今日の授業は私、ニーナ・サイサリスが担当するよ。エマ先生じゃなくて残念だったね? 彼女は絶賛休暇中だとも。
まぁ、修学旅行というか、バカンスというか、久方ぶりに学園の外に出れたんだ。君らも含めて羽を休めるのは大事な事だというのは、過労死を良しとする私でもちゃーんと分かっている。そして場所も青空教室で、模擬戦をしようにもついこの間やったばかり……あぁ、皆まで言わないでくれ。今日の授業も短縮だ。更に言うなら残るも出ていくも自由にしようと思ってる。
うん、そういう訳なので、予定のある者は今から離席してもよろしい。今日欠席している者も含めて、一連の戦いで誰も死んでないのは確認出来たのでね。怪我をした奴の看病に行くなり、見舞いに行くなり、学園へ帰還する準備をするなり、好きにするといい。
…………ユウ、その目は止めてくれたまえよ。退席した者にも、退席した者なりの正義があったのだ。仕方があるまい?
さて、残った諸君らには私の愚痴に付き合って貰う。繰り返す。これから始まるのは、私の愚痴だ。覚悟はいいね?
あぁ、退席は自由だ。情けない男の愚痴を聞きたくない者は直ぐに離席する様に。……ん? 男じゃなくて女? …………言葉のあやだよ。言い間違えさ。
さて、本日の愚痴は
虚無主義、というのは哲学における考え方の一つであり、語弊を覚悟で噛み砕くなら、生き方の一つの事だ。
虚無主義において今我々が生きているこの世界……特に過去と現在における人間の存在には、意義、目的、理解可能な真理、本質的な価値など存在せず、全くの虚無であるとされている。
要するに、自分を含めた世界全てに価値が無く『全てどうでもいい』という訳だね。
ここまで聞くと虚無主義って奴はとんでもなくネガティブで、後ろ向きで、破滅的な考えだと思うだろう。実際その通りだ。この段階の虚無主義とは、鬱病患者の見ている世界でしかない。この段階では、ね。
故に、諸君。少し考えてみて欲しいんだ。
生きる意味とは、何なのか? と。
難しい事を聞くな、という顔だね?
しかし、聞かなければならないんだ。虚無主義というのは生きる意味、そして死ぬ意味に対する絶望と、ある種の開き直りなのだから。虚無主義について話すのなら、まず、生きる意味を問わねばならない。
人はなぜ生きて、そして死ぬのか? と。
あぁ、サーシャは座っていなさい。君の生きる意味は聞かんでも分かる。ユウも……ハッキリしたのがあるのか? ふむ、ならば口を閉じていなさい。生きる意味が既に明確ならば、心の中に自分だけの
アリシアは……迷っているか。他の者もチラホラ迷っている者が居るな。
よかろう。三分間待ってやる。考えたまえ。自分の生きる意味とは、何なのか?
──ふむ。二、三はそれらしい理由が出てきたかな?
では聞こう。それの価値は如何ほどの物か?
あぁ、言わないでくれよ? そこまでして折りたい訳ではないからね。だから、勝手に喋らせて貰う。
家を継ぐ、あるいは後継者を産む。
貴族令嬢としてはご立派な事だし、女性として正しい事かも知れない。けど、それに何の意味があるんだい? その家柄が残って、何になる? 子供を産んで、だから? 次の千年の礎となる為に君の人生を使い果たして、それで世界がどう変わるというんだい?
誰かは喜ぶだろうね。だが敵対者からは憎まれるだろう。余計な事をってね。
……まだ分からないか。
良かろう。他の者の推測もしていこう。
誰かを守る。復讐を果たす。故郷を守る。今日を生きる。明日死にたくないから……あぁ、その全てにどれほどの意味があるのか。
愛する誰かを守って、共に生きて。
大切なものを奪った奴に復讐して。
故郷を守り、明日に生き、未来を紡ぎ…………そうだね。尊い事だと思うよ。
けれど、その全てに意味は無い。
例えば、私が命懸けで誰かの命を救ったとしよう。
それに何の意味がある? 何の価値がある?
救った者からは感謝されるだろうし、友達になれるかも知れない。この先の未来を共に歩めるかも知れない。ひょっとしたらその果てに魔王軍を滅ぼして、世界を救えるかも知れない。
なるほど、偉業だ。しかし、無意味だ。
分かるかい? ……やはり分からないか。
いいかい? 全ての行いに絶対的な意味なんて無いんだよ。
私が誰かを救っても、魔王軍を滅ぼしても、それで何が変わる? 人が救われる。世界が救われる。……本当に?
その人は、本当に救われるのかい? その先で見たくない物を見せられて、地獄の苦しみを味わうかも知れないよ?
世界が救われる? 笑止千万。救われるのは人の世であり、この王国だけだ。世界じゃない。人が救われるだけで……仮に人の世が滅びても、そこから先は魔王の世が始まるだけだ。動物達だって死にやしない。……それに、今更人の世を救っても、帝国は、レナの故郷は滅びた後だ。何の意味もない。
人生には何の意味も無く、何の価値も無い。
人は何も変えられない。運命の前には、あまりにも無力。
分かるかい? 世の中に『普遍的な絶対』は無いんだ。誰に取っても正しい正義なんてものは最初から存在しない。
アリシアが頑張ってドーントレス家を残したとしても、王国を延命したとしても、それは世界に大きな影響を与えないんだ。
まして世の全員から喜ばれる訳でもない。親には喜ばれるかも知れないけど、敵対者からは憎まれるだろう?
それは私も、君らも同じだ。私達がどれだけ愛する者達を守り、憎むべき魔王軍を滅ぼしたところで……それは正義ではない。
私達にとっては意味ある勝利でも、相手側からすれば無意味な努力であり、憎むべき悪行なんだよ。
…………ん、駄目か。うーん、分かりにくいかな? 分かりにくいか。哲学だからね。これは。
ふぅむ、うむ。それなら、もっと分かりやすくしようか。
例えば、私が今から昔に、帝国が滅びる前の時間に移動して、一人で魔王を殺したとしよう。
魔王が死んだ以上、魔王軍は出来ないし、レナの故郷は滅びない。レナはお姫様のままで居られるし、君達もこんな場所に来ないで済む。ユウの村は焼かれず、親と共に過ごせただろうし……それは、他の者達も同じだ。エマ先生も過労を気にせず、ゆっくりと教師の道を歩めただろう。
偉業だ。価値ある勝利だ。誰もが救われたハッピーエンドだ。
……本当に?
私達からすれば最高の未来でも、魔王からすれば絶望の未来じゃないか? そもそもそれだけの事をしたとして、それで世界がどうなるというんだい? 何が変わる? 何の意味がある? 何の価値がある?
──答えられないだろう? ふわふわしたお気持ちは出てきても、遍く全ての知的生命体が納得できる完璧な答え……即ち、『神』を見出す事は出来ない。
もう一度言おう。神は死んだ。
恐らく、何となく分かって貰えたと思う。そして、分かるはずだ。底の見えない暗闇が。絶望が!
私の祖国には諸行無常という言葉があるが……虚無主義の抱える絶望は、それよりも更に透明で、真っ黒で、どうしようもない物だ。
他の宗教なら神様が救ってくれる。その日の為に布教せよ、仲間を増やせ、寄付金を集めろ。と、そうなるだろうが……虚無主義はどこまでも現実を見据えたリアリスト。普遍的な絶対が、信じていれば救われる神が死んだ以上、人は人の力だけで世界に立たねばならない。
だというのに、この世界に絶対は無い。
何が正しい事かすら分からず。
自分の生きる意味を、誰も教えてはくれない。
この絶望が、分かるだろうか?
暖かく守られていた……たとえそれが薄っぺらいベール一枚の、優しい嘘だとしても、守られていた世界から放り出されて、真実に気づいてしまった者の絶望が。
皆が信じていた正義は、神様は、死んでしまった。自分の生きる意味を、自分で探さなければならない。
なのに、この世界はどこまでも無価値で、無意味で、全てが無駄。
路頭に迷う、とは。正にこの事だ。
だから……虚無主義者は、諦める事にした。いや、認めた、と言ってもいい。
この世界が無価値で、無意味で、無駄ばかりである事を、認めたんだ。
虚無主義の始まりは、ここだ。この世界に意味なんてない事を認めて絶望する事。それが始まりなんだよ。神は死んだ。この世界に、自分の人生には、何の意味も無く、価値も無い。即ち、誰かを救えたとしても、それが正義なのかは永遠に分からない。
暗闇だ。絶望だ。どこまでも深く、鬱になってしまいそうな闇。虚無主義において消極的な虚無主義といわれるコレこそ、虚無主義の始まりだよ。
…………そこから先に進めない者は、あまりに多い。
絶望が鬱病を呼び込み、部屋から出れなくなってしまう者すら居る。かといって自殺する事も出来ない。生きる意味なんて無いけど、死ぬ意味もまた無いから。
故に、私は、あえて先に進もう。消極的な虚無主義からの脱却。あるいは転進。即ち、積極的な虚無主義だ。能動的な虚無主義とも言うね。
積極的な虚無主義。能動的な虚無主義。積極的で能動的な虚無。なんだそれは?
そう誰もが思うだろう。私も思う。だが、能動的で積極的な虚無なんだ。これは。なぜなら……開き直りだからね。
世界や、自分に意味なんて無い。生きる意味も、死ぬ意味も、価値も真理もありはしない。
だから、開き直る。
そういうものなのだと。そして、ならば、と。そう力を振り絞るんだ。何の意味も無いのなら、誰も教えてくれないなら『自分がやる』とね。
いわゆる超人思想だ。若者風に噛み砕けば、人生エンジョイ勢、となるかな? 私は超人思想の方が好みなので、こちらを語るとしよう……といきたかったんだが、時間が押してるな。
仕方ない。超人思想を詳しく語るのは別の機会にして、今日は一言でまとめよう。
超人思想における超人とは、自分の意思で行動する者の事だ。つまり……
自分の脳ミソで考えて、自分の意思で決断しなさい。
という事だね。
あぁ、私がいつも言っている事だ。これは虚無主義における超人思想に端を発している訳だが…………いや、語るのは止めよう。まとめだ。まとめ。
皆が崇めていた神は死んだ。普遍的な絶対は無くなり、何が正しい事なのかすら分からない。
故に、自分に要を置け。
皆が信じていた神が、正義が、絶対が、常識が、道徳が、死んだというなら。信用出来なくなったのなら。……その時は、自分を信じろ。
他の誰かの『神』なんぞ信じるな。無意味だ。愚かですらある。大衆の『神』に至っては滑稽だ。
重要なのは一人一人の心の中に居る『神』であり、個人の意思。つまり、君がどう思うか? 何もかもが無意味に終わると知っていて、それでもなお、やりたい! と。そう思う事があるか? それを見つけれるか?
それが、重要なんだ。
周りの声は参考程度に止めておいて。最後は確り自分で考え、自分の意思で決断する。
自分の、他ならぬ自分の足で立つんだ。誰かに甘える事なく、頼ることなく、自分の足で、自分の力だけで! ……まぁ、私は足、無いんだけどね。
……笑うところだよ? ここ。
……………………
…………
……
なお当のニーナは純粋な虚無主義者ではない模様(本当にただの愚痴&自身の正当化)
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・土地・出来事・名称等は全て架空であり、実在のものとは関係ありません。いかなる類似、あるいは一致も、全くの偶然であり意図しないものであり、実在のものとは全く関係ありません。
◇次回更新について◇
これから商業用作品の次巻の執筆を行い、その後に三章(プロット真っ白)の執筆に入りますので、気長にお待ち頂ければ幸いです。