選ばれなかった、もしもの可能性。
曇天の中、星辰の輝きすら届かない陰鬱な夜。
新月が間近に迫っているせいか、あるいは別のナニカが原因なのか? どうにも気分が優れなかった彼女達……ニーナとレナは、提供された王都の宿で眠りにつこうとしていた。
「おやすみ、レナ」
「うん。おやすみ、ニーナ」
旅の疲れは勿論の事、予想以上に腐敗していた者共を目撃し、あまつさえ会話してしまった事による気疲れもあったのだろう。
二人はおやすみの言葉を交わして、まぶたを閉じるなり、直ぐに眠りにつく。……ついてしまった。
穏やかな寝息。落ち着いた呼吸音。
完全に寝入ってしまったのだろう。無警戒に眠る二人は、何の違和感を覚える事も出来ない。微かな足音も、衣擦れの音も、飛び起きるには小さ過ぎるから。
そう、故に、それは定まった運命だった。
微かな物音を立てながら、ヌルリと部屋に入り込む複数の人影。用意周到な事に、いや、あるいは予定通りに合鍵を使って侵入してきた彼らは、王国側が送り込んだ暗殺者の一団だ。
もしニーナが起きていたなら、これでもかと練度不足を指摘するだろうその一団は、しかし、当のニーナが日頃の疲れから……そして、最初から仕組まれていた睡眠薬によってグッスリと眠っているが為に、誰に指摘される事もなく二人の眠るベッドに忍び寄る事が出来た。
その目的は、言うまでもない。
無言のまま、彼らは二人の少女のうち……黒髪の少女に手を伸ばす。
上からの命令通り、事を済ませる為に。
──皇女の小間使い、その首を落として脇に置け。
ずいぶんと親しげではあったが、所詮は小間使い。薬で眠らせておけば楽に首を落とせるだろう。そして朝になって晒された首を見た皇女は怯えるに違いない。次は自分の首が落とされると。そうやって恐怖を植え付ければ、後はどうとでもなる……そんなゲスの策は、しかし、ニーナの目がゆらりと開く事で頓挫しかけた。
当たり前だ。ニーナは小間使いではなく、実戦経験豊富な死霊使いなのだから。
「ん……? なっ、誰──!」
しかし、全てが遅かった。レナではない何者かに触れられている事に気づいた身体が覚醒した時には、既に首元にナイフが突き付けられていたのだから。
だから、ニーナが叫ぶより早く、暗殺者がニーナの口を手で抑え込み、首にナイフを突き入れれたのは……当たり前の話でしかなく。
「ぐぶっ……!? ぁ、がっ……」
そのまま抵抗が激しくなる前に切り落としに掛かった事で、事がスムーズに進んだのはただの道理であり。
強いて予想以上の事を上げるとすれば……ニーナの意志の強さだろうか? 常人ならショック死しているだろう激痛の中で意識を保ち、更には手足を動かして抵抗し、何とか魔法を行使しようとするニーナの強靭な意志力は、この国の誰一人として想像すらしていなかった奇跡の偉業だったろう。
だが、それも、結果がともなわければ無駄な努力以外の何物でもない。両手足を抑えられ、魔力を霧散させる特殊な魔道具を使われているニーナに、出来る事は何も無かったのだ。最初から。ここに来たその時から、既に。
「ぇ、ぁ……」
首が切り落とされるその瞬間。最後に伸ばした手は……虚空を切り。誰かを呼ぼうとした言葉は、形にならず。
少女の身体から、力が抜ける。
くたりと投げ出された彼女の身体に、意志は無く。ピクリピクリと震えながら、びしゃびしゃと際限なく、命を、血を、流れ落とす。シーツを真っ赤に染めていく血しぶきは、自然、隣で寝ていた吸血鬼の少女の元にまで届いてしまい……その美しい白髪を、そしてやわからな頬を、血で赤く染めていく。
「ん、う……」
愛しい人の、大事な血。
こぼれ落ちて戻らない、あの人の命。
温かいそれを、むせ返る程のにおいは、けれど、大量の睡眠薬を盛られたレナには……後一歩、届かず。くすぐる程度の刺激に留まってしまう。
微笑ましい、やわからな笑みを浮かべてしまう程の、ささやかな物に。
「にー、な……」
遠い、遠い夢の中で、どんな甘い景色を見ているのだろう? 幼い吸血鬼は、既に亡き愛しい人の名前を呼びながら、その血溜まりの中でまどろみ、微笑む。
大好きだよ、と。今度は何をお話しようかな、と。
それが二度と叶わないと、知る事も無く。
だから、ぴしゃん、と。恨めしそうな、そして心からの無念を顔に浮かべたまま硬直したニーナの首が、血溜まりに投げ入れられて……それに触れたレナの手が、ニーナの生首を抱き寄せたのも。
そして、そのまま微笑みを浮かべたまま、深い眠りに落ちていったのも……仕方のない話だった。
眠っていたのだから。
眠らされていたのだから。
隣で大好きな人が、この人と一緒なら共に歩いて行けると思えた少女が、血溜まりの中で冷たくなっていても。無惨な屍を晒していた事に気づかなくても。仕方のない話なのだ。
………………本当に?
本当に、そうだと言えるのだろうか?
彼女の死を、より正確には、彼女の“血”を望んでいなかったと、そう言えるのか?
本当は、欲しかったのではないのか?
浴びる程の、ニーナの血を、命を、一番欲していたのは。他ならぬ、レナではないのか?
愛した人をむさぼり食らうのは、怪物の本性なのだから。
どんなに“それ”を忌避していても、捨てきれなかったのは、他ならぬレナで。
それが、この結末を招いたのではないのか?
知らず、聞かず、見ないふりをして。それがニーナを殺して、結果“血”を手に入れようとしたのだと。そうではないと、なぜ言える?
そうじゃない! レナはレナだ! バケモノなんかじゃない! ……そう言ってくれた、ただ一人の親友が居ない今、レナが自己嫌悪に落ちるのは、自身の怪物性とたった一人で相対する事になるのは、当然の結末……運命でしかなく。
「ん、ぅ……?」
だから、血溜まりの中で、たった一人。孤独の中で迎えた夜明けは。いや、その先の未来ですら。
「ぇ、ぁ? なに、これ、ち、血が……ぁ、ぇ? な、なんで、あたま。ぁ、ぁ、に、にーな。にーな。し、死ん…………ぃ、いや。いやぁぁぁっ!!」
運命だった。
……………………
…………
……
もし、手を下したのがレナ自身ならば、彼女は即座に自害しただろう。ニーナ愛用の品を用いて、何のためらいも無く。
だが、しかし、どれだけ自己嫌悪に沈もうとも……手を下した者が別に居るなら、自害や逃避よりも復讐を選ぶ程度には、レナはニーナの事を思っていて。
だから、王国が七日の後に一夜にして“押し潰された”のは、定まった未来でしかなかった。
「生徒会長……なぜ、なぜですか! なぜ貴女が、こんな事を!」
「……なぜ? ……言わないと、いけない?」
王城から貧民街の掘っ立て小屋に至るまで。いや、そこに住んでいた人々すらも、全てが押し潰され、ガレキと血溜まりだけになった王都跡地で、かつて味方同士だった者達が対峙する。
愛する人を殺され、失い、自身の怪物性に呑み込まれた幼い吸血鬼。レナ・グレース・シャーロット・フューリアス。
そんな彼女に学園の生徒として……いや、ニーナの教え子として、ユウは仲間達と共に問わざるを得なかった。なぜ? と。答えなんて、分かりきっているのに。
「……ニーナが居ない。それ以上に、理由が必要?」
「っ! それは、でも、こんな事!」
「そうだね。皆潰れちゃった。……けど、ニーナの死に顔は、もっと酷かったよ」
今にも消えてしまいそうな、儚い微笑みを浮かべて。けれどその淀んだ瞳に、深い、深い絶望と憎悪をにじませながら、レナは言う。あの人が受けた苦痛は、絶望は、こんなものではなかったと。
首を落とされ、無念と絶望を顔に貼り付けたまま冷たくなった……親友、師匠、先生、同僚の生首。
誰もがそれを思いだし、だからこそ、彼ら彼女達は言葉を失うしかなかった。口を開けば、レナの絶望に、同意してしまいそうで。
「だからって、だからって……!」
確かに、ニーナ・サイサリスは殺された。苦痛と無念の中で首を落とされ、無惨な屍を晒す結末に至った。
けれど、その報復に王都を、そしてそこに住んでいただけの人々……およそ五万人を、ロクな死体すら残さず、一夜にして虐殺するなんて。そんな事が許されるのだろうか?
いや、許されない。許されない……はずなのに。ユウは、学園の者達は、レナのやった事を強く非難する事が出来なかった。それは彼ら彼女達もレナと同じ思いを少なからず持っていたからであり、亡きニーナの教えが今も生きて……いや、呪縛として、残ってしまったからなのだろう。
先に手を出したのは王国貴族の一派で、そんな奴らを粛清しなかったのは、調査すらしなかったのは、国王であり、他の王国貴族であり、そして今も彼らを君主として野放しにしていたのは王国市民で──ならば、今回の責任は、その所在は、受けるべき報復は? ……あのお喋りが大好きな、それでいて皮肉屋な彼女なら、きっとこう言うのだろう。
──
聖書は神の裁きを歌う。だが、世界は歌の様に優しくはない。ならば、代行しよう。殺していいのは殺される覚悟のある奴だけ……復讐の刃を受ける覚悟無き者が、誰かを害して良いはずが無いのだから。
さぁ、振るえ。報復の刃を。神が仕事をしないのなら、我らが代わりに果たさなければならない。他者を踏みにじり続けた者共に、正当な怒りを、待ちに待った一撃を、奴らの首に!
「先生……ッ! でも、それだけが……!」
それだけが、ニーナの教えだったのか?
殺したから殺して、殺されたから殺して。奪い、憎み、その身を食い合う。……そんな虚しいだけが、先生の教えだったのか?
違う。違うはずだった。
けれど、同時に、思ってしまうのだ。この結末は、むしろ当たり前の、正当な物なのではないのか? と。王都市民が、銃後で安穏としていた奴らが死んだくらい……そう思ってしまうのは、ここ数日の間、いや、ずっと前から彼ら彼女達学園側が受けてきた仕打ちもあるのだろう。自分達は命懸けで戦っているのに、それなのに、と。
あぁ、結局。だから、なのだろう。ニーナの側に居た頃と比べると、どこか影のある笑みを浮かべるレナを、誰も止められない。止められやしない。愛した人の遺品を手に、新たな魔王として新生し、空から全てを睥睨する彼女を止められるたった一人の少女は……既に居ないのだから。
「──重力魔法。全てを引き寄せ、捻じ曲げ、押し潰す、星の魔法。原初の星空に浮かんでいて、いつの日か地上に落ちてきたソラの真理。ニーナの理論は、難し過ぎて……よく、分からなかったけど」
頑張ったから。そうパッと花が咲く様に微笑むレナは、どこか壊れて……いや、狂気じみていた。
頑張れば出来る……というより、ニーナが用意した物なら間違いないという信頼。あるいは、頑張ればいつかニーナが褒めてくれるという確信。
当のニーナが死んでいるというのに、何も変わらない……いや、変わらないこそ感じてしまう、背筋の凍る狂気に、再び言葉を失ってしまう一同をどう見たのか? レナはコテン、と小首を傾げた後、一拍して言葉を紡ぐ。そろそろ行かなきゃ、と。
「呆気なかったけど、やりたい事は終わっちゃったから……後は、約束を守らないと。あぁ、貴方達は殺さないでおくね? ニーナの教え子と、同僚だから。殺したら、怒られちゃうもんね?」
ホンの少しだけ悲しそうに、本当に怒られるのが嫌だからと、心底そう思っている様な声音で、やわらかく、残酷な言葉を紡いだレナは、でも、と。言葉を繋げる。
急転直下、絶対零度まで感情を殺して。
「次は、無いから」
遠回しに、追って来るなと。そう冷たい……どこまでも冷たい、永久凍土にも似た声を上げて、学園の者達を突き放したレナ。
普段の穏やかさがまるでない彼女に、思わず一同が後退ると同時、レナはバサリと大きなコウモリ羽を羽ばたかせ、悠然と王都上空から飛び去って行く。ニーナが愛用していた様々な品……ローブにチョーカー、槍杖や日記帳を、その身にまとい、あるいは大事そうに抱え込みながら。
その力強く、それでいて哀愁漂う羽ばたきに、背後から矢や魔法をぶつける気にもなれなかった学園の者達は、血溜まりが目立つガレキの中で立ち尽くす。なぜこんな事に、どうすれば良いのか? そんな迷いすら、振り払う事が出来ないまま。
「ニーナ、先生。僕らは、僕らは……!」
どうすれば良いんですか。
再び孤独へと戻っていく幼い吸血鬼。それを見送るしかない若者の切なる悩み。それを解決すべく意気揚々と、長ったらしいお喋りを始めるだろう少女の声は……当たり前な事に、どこからも聞こえてはこなかった。
エイプリルフールなので(何をしてもいいと聞いた)
以下wiki風まとめ。
魔王フューリアス(憤怒の魔王)
愛する人を失った悲しみと絶望の中、新たな魔王として新生したレナ・グレース・シャーロット・フューリアス元第一皇女の姿。あり得た未来の一つ。
初登場はニーナ生存王都ルート最終話。
主人公達以外を重力魔法で都市ごと押し潰しての登場は、プレイヤー達に混乱と納得の反復横跳びを強要させた。
赤月にも似た瞳が完全に曇ってしまっている反面、その微笑みは以前とあまり変わらない為、大変コワイ。
なお好感度上昇イベントがあるせいか? 多くのプレイヤーがまだ正気を保っている=救済ルートがあると勘違いしてしまうが……その実、彼女の精神は自身の怪物性に呑み込まれ、狂気に染まっており、ヒトをヒトとして見る事すら出来なくなっている。
実際、彼女と会話が成立するのはニーナと関わりがあった主人公一行だけであり、それ以外の者は等しく路端の石ころ……よくて家畜程度にしか認識出来ていない。その為、プレイヤーは行く先々で破壊と死を振り撒く厄災と化した彼女を見る事になる。
上記の様な変化を受けてか、ステータスも『器用貧乏な後衛キャラ』から『ハイレベルな超万能キャラ』へと大きく変質しており、その戦闘能力は驚異的なまでに上昇。
またニーナ・サイサリスが残した遺品のおおよそ全てを回収し、日記帳からレナ専用重力魔法を取得している為にステータス以上に強く、ハッキリ言って手が付けられない。
その強さは公式チートこと覚醒ニナレナを除けば作中一位であり、そのぶっ壊れ具合がうかがえる。
特にレナ専用重力魔法は王都を一撃で石器時代に戻した事から分かる様に、どう見ても登場ジャンルを間違えた火力がある(インフレバトルマンガか、さもなくばSF映画の戦艦かナニカだろう)
更に恐ろしいのは、彼女にとって重力押し潰しはただのアイサツに過ぎないという点か(どこの魔王だ? 魔王だったわ)
主人公相手には大技をブッパしてこないので詳細は不明ながら、魔王フューリアスが去って数日経ったにも関わらず重力異常が──数時間の場合は次元の歪みも──発生し続けている描写がある等、明らかにヤバい(ニーナ先生、何を教えたんです……?)
※以下お喋りの為折りたたみ。
ところで、ニーナ先生の授業で屋上から鉄の塊と木の塊を同時に落とすと、両方同時に地面に落ちる……いわゆるピサの斜塔実験をお喋りされた生徒は多いだろう。
これだけならば、これだけならばニーナ先生は中世期にしては優秀な学者で済んでいた。だが、有志による綿密な調査によると……どうにもニーナ先生はこういった実験を経てなのか? 重力加速度のみならず、質量と重力の関係性、語弊を恐れず現代語訳すれば、ヒッグス粒子と重力子の存在に気づいていたらしい。現にストーリー終盤には仮想的なタキオン粒子と魔法的な空間歪曲を組み合わせた空間跳躍理論を構築。それを元に古代文明の遺跡を修復し、主人公一行を長距離転移させる事に成功しているので……こういった事実をかんがみるに、一般相対性理論やホーキング放射効果を感覚的に理解している節があったり、重力子や重力波のメカニズムに詳しいのも勘違いではないと思われる(どういう事なの……)
以上の事からレナ殿下の重力魔法は重力子に直接干渉し、増幅させたり操作したりするタイプのブッ壊れ魔法であり、大技に至っては重力子や重力波を収束、放射するタイプの架空重力兵器とほぼ同原理で行使されていると見て間違いないらしい(すげぇよ、ニナレナは……)今のところマイクロブラックホール爆弾、グラビティブラスト、超重力砲等の可能性が示唆されている(また地図を描き直さなきゃならんな……)(惑星上で使うな)(大陸消しとんじゃーう)
※ここまでお喋り。
また吸血鬼としての弱点も魔王として新生した際におおよそ解決済み、かつ、ニーナの魔法槍杖によるバフがあるので弱みになる様な要素は全く無く、精神面も覚悟完了済みな為に隙が無い。
強いていえば過去のトラウマがより強くなっている為に吸血鬼の固有魔法である血魔法が全く使えない事。そしてニーナの教え子や同僚に対してはつい手加減してしまう事が弱点か(それは弱点なのですか……?)
ニーナの遺言に従ってか、暴食の魔王を撃破するまでは共闘してくれる事もあるのだが──(中略)──結局は同じ少女を愛した者同士で世界の命運を賭けて決着を付ける事になり、その勝敗に関わらず死亡する。
愛する人を失った彼女は、既に愛も救いも求めてはいない。彼女と関わりのあった誰かに殺されるか、それとも愛した人の愛用品で自害するか。
自身の怪物性に呑まれた幼い吸血鬼の悲しき運命は、既に定まってしまったのだ。