第21話 目指す先は?
秋。
抜けが多過ぎて穴開きチーズと化した前世の記憶を信頼するなら、それは何をするにしても最適な季節だ。
読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋……秋の夜長から派生したのだろうそれらの言葉が、世代を越えて延々と使われ続けているのを見れば、その信頼性に疑う余地が無いのは一目瞭然という物だろう。
実際、エアコンが無ければ比喩抜きに暑さに殺される夏や、暖房設備が無ければ気づかぬうちに凍死したり風邪をひいてしまう冬。そして花粉や黄砂が大気汚染と手を組んでジェットストリームアタックを仕掛けてくる春を思えば……秋の過ごしやすさは比較にならないのだ。
──そして、それはこの世界でも変わらない。
人災という名の環境問題が何一つとして発生していない事もあり、この大陸の秋は現代日本のそれよりも更に過ごしやすい。
高くすんだ秋空。少し冷たいが心地の良い風。豊富な食物。何一つ汚染されていないそれらをゆりかごに、愛する少女と共に読書にふけったり、あるいは二人でうたた寝をしたりする日々は……あぁ、まるでまどろみの中にいるかの様な日々は素晴らしいの一言で。私は、すっかりこの季節が気に入ってしまっていた。
こうも穏やかな日々が続いてくれれば、どれ程良いだろうと。
──けど、安寧としてられるのも……残念ながら、今日までだ。
夏の暑さ──現代日本と比べれば春の様なもの──が過去の物となり、秋の冷たい風が本格的に吹き出した今日この頃。私は穏やかな日々から身を起こし、再び走り出さんとしていた。
勿論、愛しい少女と、レナと共に過ごした、少しぎこちないながらも暖かさを感じられる日々が……嫌いな訳ではない。本音を言えば、あのままずっとゆりかごの中で揺られていたいのが正直なところだ。
しかし、いや、だからこそ。私はもう一度走り出さなければならなかった。あの日々を永遠とする為に。あの月夜に願われた夢を、少しだけでも叶える為に。
「……計画は順調そのもの。今のところ不安要素は、無い」
同僚であるエマ先生と我らが羽ペンの立てる筆記音だけが響く職員室。その一角にある自席で私は羽ペンを睨みながら、小さな声で現状を再確認する。獅子身中の虫を駆除して以降、イレギュラーは何一つとして発生していないと。
現に、ここ最近はレナを怒らせる様なドジもヘマも全くしていない……あぁ、いや、まぁ、それは今も放課後のグラウンドで本格的な、実に本格的な自主訓練を行っているユウ達主人公組の頑張りのおかげではあるのだけども。
ともかく、状況は極めて安定していると断言出来るだろう。今度生やす予定の私の足を賭けても良い。
──うん。彼らに夏後半のアレコレを全て任せたのは、正解だったらしいね?
決断は間違ってなかった。そう内心でホッと息を吐きつつ、また余計な事を書き出した羽ペンを軽くはたいた後、私は改めて主人公組の活躍を思いをはせる。極論他人事だと言うのに、よくもまぁ頑張ってくれた物だと。
「そりゃ、難敵という程の奴は居なかったけどさ……」
よくやるよ。そうエマ先生に気づかれない様、小さな声で呟きながら、私は呆れにも似た感情を抱かずには居られなかった。他人事なのに、よくもあそこまで頑張れる物だと。
そう、他人事、他人事だ。ユウ達主人公組の自主性に任せたアレコレ……例えば活発化した魔獣の討伐や、魔王軍残党──という名の魔王の端末とそれに率いられた者共──との戦闘等は、極論すれば全て他人事でしかない。不穏な動きを見せる邪教徒の調査や、不足している物資の調達等は多少は関わりがあるものの、それも生徒という立場からするとやはり縁遠い話で……レナが関わらない話には全くやる気が出ない私からすると、その働きぶりは感心を通り越して呆れを覚えてしまうのだ。まだ十代半ばなのに英雄の真似事とは、よくやると。
──幾ら憎むべき相手が居るとはいえ……ユウの奴、あれじゃワーカーホリックもいいとこだぞ?
それこそ、十代の若者らしさなんて、絆イベントぐらいしかなかったんじゃないだろうか? そうため息交じりに憐れみを吐き出した私は、ユウの負担を幾らか肩代わりしてやるべきかと思案し……すぐに、それが不可能である事に思い至ってしまう。
いや、正しくは、あれでもまだマシなのだ。メモに書かれた原作と比較すれば、ユウの過労死を恐れぬ働きぶりも『まだマシ』の一言で収まってしまう。
たとえユウが休む暇もなく……それこそアリシアやサーシャの、あるいは王都からの──エマ先生が再三要求していた──追加人員とした合流したお姫様シスターや女剣士の絆イベントをこなしている時ぐらいしか、休む暇が無かったとしても。それ以外は忙しなく働いていたとしても、それで状況が全く改善されなくても、それでもまだマシと言えるのだから……この世界は本当に救いようが無い。
とはいえ、そのかいあってと言うべきか? ユウとアリシアの距離はかなり縮まった様子であり……きっと、それがせめてもの救いというやつなのだろう。
──うーん。私の後ろをヒヨコみたいに付いて来てたのが懐かしく感じるとは……成長したねぇ。彼も。
男子三日会わざれば刮目して見よ、とは正にこの事。
まぁ、私との距離が若干遠くなった事に寂しさを覚えないと言えば嘘になるが、それも師匠離れと思えば喜ばしい事であるし……何より、将来の就職先も確定した様なのだから、ここは喜んでやるのが師としての務めという物だろう。
さて、そうして弟子が公私問わず死ぬほど忙しくしていた傍ら、斯く言う私の方はあくびが出るほど暇をしていた……はずもなく。ユウ達が頑張っているのを良いことに、コレ幸いと空いた時間を利用して政治的な勢力の拡大や足の治療の準備、そしてレナの闇魔法……に見えるが、厳密には闇魔法ではないナニカの解析を積極的に敢行していた。
結果、王国内部で発生した空白を幾らかアリシアに保有させる事に成功し、足の治療に関しても後は日取りを決めるだけとなり、レナの闇魔法……もとい、重力魔法についても、ある程度まとめる事に成功。ゲームの頃から闇魔法ではないのではないのかと、闇と星がごっちゃになっている──星辰や重力まで闇に一括りにされてる──のでないかと、そう考察班から常々言われていたレナの闇魔法や闇精霊が……あぁ、まさかグラビトン粒子に直接干渉してるとは、思わなかったが。
──危うく惑星崩壊の危機だった……というのが、大げさでも何でもない辺り、実に頭が痛い。
それこそ、前世の私が知識を溜め込みに溜め込んでいなければ、レナは惑星諸共自滅していたかも知れないのだ。何せ直径一ミリのマイクロブラックホールですら、条件次第では惑星を粉砕してしまう恐れがあるのだから……あぁ、あの場で失禁も卒倒もしなかった私を誰か褒めて欲しい。
それと、レナが闇精霊と共に感覚的に行っていた危険極まりないアレコレ──蝶形マイクロブラックホール爆弾とか、低出力重力波放射とかだ──を小難しい魔法式に落とし込み、安全性を確実に確保した私の努力も、今回ばかりは評価されても良いだろう。何せヒッグス粒子や重力子だけならまだしも、ホーキング放射やシュワルツシルト半径の存在を魔法式に盛り込む必要があったんだぞ? 幾ら絶望的な難易度の計算や数値を闇精霊に全て押し付けれたとはいえ……あれは、余人ではどうにもならなかっただろうと確信している。
少なくとも、ピサの斜塔実験すら行っていないこの世界の学者共には、何が危険なのかすら分からなかっただろうさ。一般相対性理論を触りだけで良いから学んで来いという話だ。あぁ、誰が何と言おうと今回ばかりは自画自賛するぞ。私は。
「全く、レナの厄ネタを潰すのは使命だから良いにしても、だ。下手をするとあの日がXデーになっていたのは……笑えんな」
「えっくす……? 何の話ですか? ニーナ先生?」
「ん? いや、なに、ちょっと予言者も苦笑いしてしまう様な妄想をね? あぁ、気にしなくていいとも。いつもの妄言さ」
たった一人の少女の手によって惑星が崩壊する……そんなノストラダムスも笑うだろうバカバカしい妄想を切り上げて、私は不思議そうに小首を傾げるエマ先生に曖昧な笑みを返しておく。大した話ではないんだと。
伝わるはずもない危惧を語っても仕方ない……そんな思考を読み取れずとも、私が深入りして欲しくない事は分かったのだろう。エマ先生は小さく頷きを返して、書類へと視線を戻してくれた。今後の計画……授業は勿論、侵攻作戦までもが網羅されているだろうソレに。
「しかし、流石はエマ先生……と言うべきなのだろうね? 自分の分だけでなく、まさか私の分まで授業計画を立ててくれるとは。おっと、嫌味とかじゃないよ? エマ先生のおかげで授業内容に悩まなくて済むし、寝落ちやブッキング率も大幅減少。神様、仏様、エマ先生様……なんて、崇め奉った方が良いか悩んでるぐらいだ」
「い、いえ、そんな……私には、このぐらいしか出来ませんから。それにニーナ先生には、防衛計画の立案をしてもらいましたし」
「だからお互い様、と? その精神は美しいと思うがね。現状では、エマ先生の負担が重すぎるだろう? そもそも、トーチカも無ければ弾薬消費も無い、死霊任せのあれを防衛計画と言って良いかは甚だ疑問な訳だし……私なんて、ここ一ヶ月は無駄飯食らいもいいとこだよ。エマ先生に謙遜されては立つ瀬が無くなってしまう程度にはね? いや、まぁ……こんな物を送り付けてくる連中よりは、マシだろうけども」
やれやれだ。そうアメリカ人もかくやというオーバーアクションを返した後、私は目の前の書類にコツコツと爪を立てながら悪態を吐く。ミミをピンと立てて、けれど何の気なしに、全くもって信じがたい、と。
「現実って奴は実に救いがたいねぇ? よりにもよって攻勢に出ろ、なんて。連中頭に花でも生えてるんじゃないのか? 増員したかと思えば教会の若手シスターに孤児が数人。それと個人の練武場から成人前の剣士や戦士が十数人だけ……全く、アイツらに戦争やってる自覚があるのか疑わしくなってくるね? 仮に我々へのイジメにしたってもっとこう、やりようという物があるだろうに」
「あー、えっと、その、王都の方も、余裕が無い……のかも知れませんよ?」
「自分でも信じてない事は口にするものじゃないよ? エマ先生。君の知り合いから王都は平和そのもので、貴族共に至っては連日パーティーをやる余力がある……だから帰って来いと、そう手紙が来ていたじゃないか。君の為のドレスも用意されているんだろう? 名門男爵家嫡男とのお見合いもセットでね」
「うっ、ニーナ先生、その話は……」
「……あぁ、すまない。口が滑った」
勝手に用意された見合い話なんて思い出したくもないのだろう。なんとも答えづらそうにしながら眉をひそめるエマ先生に、私は悪いねと肩をすくめながら謝意を示しつつ……同時に、王都の能天気さに呆れ返っていた。絶滅戦争の真っ最中だというのに、よもや平和ボケする余裕があるとは、と。
──まぁ、私が言える話じゃないけど。
現場から離れると楽観主義がはびこる……そんな甘えの地獄を証明したのは、他ならぬ前世の祖国だ。無関心、無理解、無責任。戦前から本質的には何も変わっていないあの地獄に居て、にも関わらずそれを仕方ないと流していた私が王国を嗤うのは……まぁ、イマイチ筋が通らない話ではある。
とはいえ、いや、だからこそ、奴らの醜態は探すまでもなく目についてしまう。自分には関係ないと責任から逃げ、問題が起きれば全て自分以外に押し付ける。……そんな見慣れた行動は、記憶が欠落してなお目に付くのだ。
あぁ、そうだとも。私は、私は別にチーズバーガーを食いに行くなとは言わない。飯も食わずに働けとも言わんさ。私だって飯を抜くのは一日半が限界だし、毎日抜いている訳でもないからな。それは言わないとも。だが……せめて、せめて夜間の灯火管制ぐらいは、あるいは情報統制やプロパガンダぐらいはするべきではないだろうか? それが国家を預かる者の責務ではないのか? それすらせずに、ただ偽りの安寧を続けているのは……それは、逃げているのと何が違うんだ?
「あぁ……全く、連中、いや、そうだね。エマ先生を見習って欲しいものだよ。爪の垢を煎じて飲ませたいとはこの事だ」
「つ、爪の垢ですか……?」
「ん? あぁ、例え話だよ? 故郷の古い言葉でね……見習わせたい、という意味さ。だってそうだろう? エマ先生の働きは素晴らしいの一言だ。本人も望んでいなければ、状況にも合っていないお見合いを勧めてくる様な……なんならその見合い相手も家柄だけのゴミ・オブ・ザ・イヤーを押し出してくる様な輩と比べるまでもない。エマ先生は良くやっているとも」
本当に、よくやってくれている。そう繰り返し言葉を紡ぎながら、私はつい、口を閉じるのを忘れて言葉を繋げてしまう。先日も良くやってくれた、と。皮肉の無い、称賛の言葉を。
「あれは私では不可能な仕事だったからね。助かったよ。……あぁ、手紙一枚で商人を思い留まらせて、行商を続けさせてくれた件だ。おかげで生徒達も、この私も、皆揃って今日もうまい飯が食えるというもの……ん? うむ。今日の料理当番は私だよ? なに、任せてくれたまえ。なべ料理は失敗しようがないのでね」
「あはは……楽しみにしてますね? ですが、あの商人さん達とは昔から家同士の付き合いがありましたから、そんなに褒められる様な事では……それに、あれが正しかったとは、私には……」
「うん? そうかい? 少なくとも、私では上手くいかなかったとは思うがね。耳を塞がれて逃げられるのがオチだろう。それに、そう気にする事はあるまい。どの道ここが抜かれれば遅かれ早かれ自分達も全滅する事は、行商人なら流石に分かっているだろうしね。彼らも男なら、命の使いどころを間違えはせんだろうさ。……踏ん切りが悪いとは思うが」
「そう、でしょうか」
「そうだとも」
それが普通という物だろう? そう鷹揚に頷きを返しながら、これでこの話題は終わりだと話を打ち切った私は、それ以上は何も言わなかった。
だって、当たり前だろう? あの一件に際してエマ先生に不足は無かったのだ。不足があったのは、まだ年若い女に説得されてようやく戦場に留まった商人達の方。正直、彼らには失望したのが本音だ。それでも男か! この軟弱者ッ! と罵倒しなかったのは、隣にレナが居たからに他ならないのだし。
──全く、王国の男は皆ああなのか? SATUMA魂を持てとは言わんが……
もう少し根性を見せて欲しい。元同性として情けなくてしょうがない。そう不満をため息に乗せて吐き出していると……丁度、羽ペンが皮肉交じりの書類を完成させてくれた。
まぁ、私が不満を垂れ流していたせいか、実にブリカス風味のスパイスが効いた書類になってしまっていたが……連中には皮肉なんて理解出来ないだろうから、これでも別に良いだろう。羽ペンもヨシ! と言っているしな。
そう雑でも問題無い書類──どうせ今の王国は後半年と持たん──に致命的な不備が無いかだけを確認していると、エマ先生が唐突に席を立つ。どうやらあちらも仕事が片付いたらしい。
「ん、上がりかね? エマ先生」
「はい、今日の分は終わりましたから。私はこれで上がるつもりですが……ニーナ先生は?」
「いや、私はもう少しやってから休むとするよ。少し考えたい事もあるしね。……あぁ、勿論、一人でだ。エマ先生、気持ちは嬉しいが、君は昨日殆んど徹夜だったろう? ゆっくり休みたまえ。私に合わせられると、当の私が落ち着かんのでな」
「…………分かりました。けど、ニーナ先生も早めに休んで下さいね?」
約束ですよ? そう心配そうな視線を送って来るエマ先生にひらひらと手を振って見送り……その小柄な背が扉の向こうに消えた後、私は思わず小さな苦笑を漏らしてしまう。無理を言ってくれる、と。
だってそうだろう? 私が純粋な少女ならまだしも、仮にも元男。それがこの戦時に軽々と休んで良い? 否。断じて否。雨にも負けず風にも負けず、過労死するまで働いて、その果てに無縁墓地に放り込まれる。それが男の死に様というものだろう。休む暇など、求めてはならないのだ。
──いやまぁ、無縁墓地は無いか? 流石に死体の始末はしてくれるだろうし……
天涯孤独の身とはいえ、仮にも教職。それを思えば死体が野ざらしだとか、無縁墓地とか、というのはないかも知れない。
とはいえ、墓参りに来る奴が居ないのは間違いな……いや、それもどうだろうな? レナなら数年は来そうな気がする。だが、それでも生涯ずっとというのは、流石にないだろうから……それは、安心かな?
「レナの生涯を縛りたい訳ではないしね……まぁ、何にせよ、過労死した後の心配をしなくて良いというのは有り難いな。やるべき事が山程……しかも、私が一人でやるべき事がこうもあると、不安が無いではないし」
あぁ、書かんでも分かるから余計な事を書くのはやめなさい。羽ペン。
過労死チキンレースをやっている自覚はあるよ。けど、仕方ないだろう? 普段の業務も勿論だが、いい加減足を生やさなければならないし、お前に約束した褒美も用意しなければならない……それに加えて、あの“仮説”の真実も、確かめておきたいのだ。やる事は山積み。休む暇なんてどこにもないんだから。
「帝国は滅亡した超古代魔法文明の後継国である……か。荒唐無稽。前世の知識があってなお、眉唾ものではあるが、しかし、火のない所に煙は立たぬとも言うしな」
それは古い、古い仮説だ。前世の考察勢によって語られた、古い仮説。レナの故郷が超古代魔法文明の後継国であるという可能性。……天文台に居た頃の私は、その可能性が極めて大だと思っていたのだろう。メモを見る限り、レナの安全が確保された後は、この可能性に全てのリソースを注ぎ込むつもりでいた様なのだ。
実際、あの仮説が本当なら幾つかのアイテムは使い方が間違っていた事になり、その真の力は恐るべき高みにある事になる。例えば、勇者の剣や幾つかの換金アイテム。それと私の持っている杖……それらの真の力は、まるで発揮されておらず。もしその力をものに出来れば、どれ程現状が改善されるか。
それを思えば、調べないという選択肢は無く。そして、これの調査に最適なのは学園ではなく、数日拠点にしていた天文台。そして……
「気乗りしないが、やはり行くしかないか……?」
私が産まれ落ちた場所。邪教徒のロッジだ。
追記。
目次にぴょー先生より頂いた挿し絵を追加しております。是非。