架空原作TS闇深勘違い学園モノ   作:キヨ@ハーメルン

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第24話 忌まわしき場所

 邪教徒のロッジ。

 それはこの世界における私の生まれ故郷であり、同時に、私の記憶の中で最も忌まわしき場所だ。

 

 絶望から生まれた怨念がこびりついて拭いきれない……そんなどこまでもおぞましく、ドス黒い、破滅的な場所。

 地獄。いや、恐らくは地獄の方がまだ慈悲深いだろう。何せ邪教徒……より正しくいえば、大陸で最も普遍的な宗教の教えと考えに異を唱えたイカれた破滅主義者共に、人情なんて物は欠片も無かったのだ。私が居たのは奴らのロッジ、つまり本部、ないし研究所から遠く離れた、簡易的な宿泊施設と最低限の研究設備を備えただけの仮拠点でしかなかったというのに……それなのに、あそこは、あそこで行われていた事は。

 

 ──酷い、本当に酷い場所だった。

 

 あの頃の事は、思い出すまでもない。

 見えるのは黒く暗い底の見えない闇か、あるいは同胞の亡骸とそれを蹴り捨てる顔の見えない狂人共。聞こえるのは肉の壊れる鈍い音か、さもなくば何かを引っ掻く様な嫌な音。鼻につくのは錆びた鉄の匂いに、キツすぎる薬品臭さ。

 あそこの何が最悪だったのかを、元実験体の身から言わせて貰えれば……全てだ。全てが最悪だった。

 

 ──どれもこれも、思い出したくもない記憶ばかり……

 

 辛かった。痛かった。苦しかった。

 どんな言葉で表現すれば正しいのかすら、私には分からない。あそこは、あそこでは何をしているかすら分からない実験に使われたり、得体の知れない薬を飲まされたりするのはまだ常識的な方でしかなく。酷い時は身体を引き裂かれて、ナニカを入れられたり、骨や臓物にナニカを刻まれて……あぁ、いや、それだけなら、それだけなら、まだ良かった。私だけが苦しんでいるのなら、大した話じゃなかった。

 けれど、どこか自分と似た顔の姉達が無表情のまま殺され、消費され、失敗作と蔑まれ、ゴミとして捨てられて。あるいは数少ない妹達が私より先にグズグズの肉の塊になっていくのを、ただ見ている事しか出来なかった私は、私は……

 

「血塗られた記憶……消えんものだな。意外と」

 

 前世の記憶は簡単に消し飛んだし、この記憶だって一時期は蓋をしていられたのに……いや、あるいは、当たり前なのだろう。前世のどうでもいい記憶よりも、この血塗られた記憶の方が誰が見てもずっと重く。忘れようがなくて。

 そして、何より。私自らあの場所に近づいている以上、フラッシュバックする記憶は、苦痛と絶望がこびりついたロッジでの記憶以外に……あり得ないのだから。

 

「──ニーナ?」

「ん? あぁ……いや、大丈夫だよ。レナ。もう少しだから。後少しだから、そう、気にしないでくれ。私は大丈夫だよ。大丈夫だとも」

「でも、顔色が。それに……」

「レナ。大丈夫。大丈夫だよ。私は、大丈夫なんだ。問題なんて、何もない。そうだろう? レナ?」

「ニーナ……」

 

 ロッジへと向かう道中。その木漏れ日の中、案外日光に耐性があったらしいレナの、こちらを気遣う様な不安げな視線に、その控え目な声に、私は曖昧な笑みと無意識での返答を返しながら……追加の鎮静剤を懐から取り出して、噛み砕き、飲み干す。

 レナに指摘されたから、ではない。予想以上に症状が悪化していると、自覚したから。だって、だって今、私は。

 

 ──レナの声を“聞きたくない”なんて、どうかしてるぞ。私。

 

 それは一瞬だけ。けれど、一瞬だけといえども、私は、私はレナの控え目な声を……あのすきとおった愛しい声を、聞きたくない、と。煩わしい、と。そう思ってしまったのだ。

 亡霊共の声と重なった……なんて、言い訳にもならない。だって、レナの声だぞ? 他の声ならともかく、レナの、レナの声を、煩わしい? あぁ、言うまでもない。手遅れだ。さもなければいよいよ頭がおかしくなったに違いない。レナの声を聞きたくないなんて、糾弾の声に聞こえてしまうなんて……いや、あるいは、名前を呼ばれたから、なのだろうか? 

 ニーナ。この名の始まりである217番の意味は……216人の姉が居る証拠であり、それ以降の無数の妹達の可能性を示すものであり、何より、私の無力さの証明に他ならず。故に、あるいは、だから。

 

 ──だから聞きたくない、か。ワガママな奴だな。お前は。

 

 百人以上もの姉妹達の死から目をそらし、純然たる現実から逃げ、未来を知りながら何も出来ず、何も成せず、事あるごとにレナに迷惑を掛け続け……終いには感情をコントロール出来ずに、子供みたいに不貞腐れる? 

 あぁ、全く。我が事ながらヘドが出る。何様のつもりなのだ? ニーナ・サイサリス。姉妹達を見殺しにしたのも、少し楽をしたいがばかりに墓荒らしをしようとしているのも、全てお前自身の意思だろうに。

 情けない。

 いったいどれだけ生き恥を晒すのか。

 お前は、自分自身の罪とすら向き合えないのか? 

 無能が。いっそ、死んでしまえば──

 

「──っ、分かってるさ。そんな事は……!」

 

 亡霊の声。頭痛にも似た後悔。それに呻く事なんて、出来るはずもなく。ギリッと歯ぎしりの音を立てながら食いしばる私の視界に……ふと、一人のメイドが木陰からぬるりと音もなく現れる。どうやら斥候として先を偵察していたサーシャが帰って来たらしい。

 

「お嬢様、ニーナ先生。間もなく森を抜けますが……やはり、道中に罠や伏兵は確認出来ません。それと、話の通り森を抜けた直ぐ先に洞窟がありました。恐らく、目的の場所かと」

「ありがとう。サーシャ。……ニーナ先生、目的地というのは、その洞窟で間違いないのですか?」

「あぁ、うん。間違いないよ。それが連中のロッジだ。……その様子だと、偽装も見張りも無かったんだね?」

「はい。魔法的、物理的問わず偽装は施されておらず、見張りの一人も居ませんでした。それと、恐らく罠の類いも」

「……そうか。ありがとう」

 

 では、このまま前進だ。そう言葉少なげに決定を通達し、私は率先して更に前へと足を──教える気にもならない邪法で取り戻したそれを──進めていく。サーシャの報告があったとはいえ、罠の一つも警戒せず、滑りやすく足場も悪い山道を蹴りつけて。

 別に、死にたい訳でも油断している訳でもない。ただ単に、警戒態勢を取る必要性が無いだけだ。何せ偽装も無ければ見張りも居ないという事は、それは連中のロッジがロッジとして機能していない証拠……つまり、あそこはどういう形であれ、既にもぬけの殻になっていると見て間違いないのだから。あの暗闇に残っているのは残骸と死体だけ……あぁ、私が本当は何なのかを推測するに充分な残骸と死体が、あるだけだ。ホムンクルスの製造設備と、私と同じ顔をした姉妹達の死体が。私がバケモノである証拠が、バラバラのパズルみたいに転がっているだろうさ。

 

 ──レナとの関係も……いや、学園の皆との関係も、これでオシマイか。

 

 地頭の良いレナとエマ先生なら、そのパズルを意識する事もなく自然と解いてしまうだろう。そして私が人でないと知れば…………いや、考えるまでもない事だ。天文台を出発してからずっと、私の側を片時も離れないレナも。私を気遣う様な、不安視する様な目を向ける同僚や生徒達も。あれを見て、真実を知れば、嫌でも私を拒絶する。私から離れていく。それは、間違いないだろう。

 ……それが寂しくないと言えば、嘘になる。

 だが、だからといってここの調査を取り止めて真実を隠す気にはなれなかった。だって、当たり前だろう? レナの未来を思えばこのロッジは調べるだけの価値があるし、同僚であるエマ先生や、ユウやアリシアら生徒達の役に立つアイテムにも心辺りがあるのだ。更には戦術的に見た際の後顧の憂い……後方に敵基地が再建されているのでないか? という、そんな一抹の不安を消し去る事が出来るこの調査を、私の個人的な事情で取り止めるなんて出来るはずがない。それに、それに──

 

 ──どの道、先も長くない……

 

 元々怪しかった身体の耐用年数が限界に近づきつつあるのは、天文台での一件を思えば最早一目瞭然。あの調子では薬で誤魔化していられるのも、そう長くはないだろう。死霊術に飲み込まれ、死霊の一つに堕ちるのは時間の問題なのだ。

 たとえ、生きていて欲しいと、一緒に居たいと。そう他ならぬレナに願われても……こればかりは、どうにもならない現実で。だから、いや、ならばこそ、私の感情とか、事情とか、未来とか。そんなどうでもいい事より、レナの助けになる事をしたくなるのは……当然の事だろう? 

 その果てに姉妹達の墓荒らしをする事になったとしても。それは私の罪で、私が持って逝く罪なのだから。あぁ、だから、だから私は。

 

「──帰って来たよ。皆」

「……? ニーナ……?」

 

 愚かにも、私は帰って来た。

 底の知れない、暗闇だけが広がる洞窟。魔法の光で照らしても、ロッジのロの字すら見えない深い闇に。

 

「あぁ、何も変わらないな。あの日のままだ……いや、サーシャの報告通り、防衛設備は完全に沈黙しているか。だが、この薄ら寒い空気はあの頃から何も……うん? どうしたんだい? ほら、行くよ?」

 

 本来なら偽装と即死トラップが仕掛けられているはずのロッジの入り口は、今や完全にただの洞窟の入り口と化しており。私は様子のおかしいレナや生徒達に声を掛けるだけ掛けた後、迷う事なく足を前に踏み出していく。

 誘われる様に、あるいは、覚悟を持って。

 魔法の明かりだけが頼りの、真っ黒な洞窟。それはどこまでも続く様に見えて……けれど、私の記憶通り、直ぐに様相が変化していく。ありきたりな岩肌には段々と紫色の魔力結晶が目立つ様になり、幾度かの分かれ道と隠し通路を過ぎて、結晶が壁一面を覆い尽くす様になった頃には……ほら、見えた。洞窟とロッジとの境。のっぺりとした金属製の大きな扉が。

 

「あれは……洞窟の中に、人工物?」

「壁、でしょうか……? いえ、それにしては何だかおかしい様な。それに、これは──」

「──見たことの無い金属だ、かい? エマ先生。流石の審美眼だね。ん? あぁ、その通りだよ。ここの扉は、というか。ここから先の全ては、遥か古代の、超古代魔法文明の遺産だからね」

 

 連中はそれを間借りしてたに過ぎないのさ、と。そう何の気なしに言い放った私は、疑問を口にするエマ先生や生徒達を放置して自動扉の端……ロック機構がある場所に近づいてあの手この手で探りを入れる。あの日と同じ様に、ロックが解除されたままだと楽で良いのだが、と。

 

「……駄目か。機能が停止してる。壊れている、というより、魔力が通ってないだけらしいが。さて」

 

 どうしたものか。そう無意識のまま思考を垂れ流しながら、私はああでもないこうでもないと取り得るべき選択肢を増やしては減らしていく。取捨選択。最適解はいったいどれだろうかと。

 

 ──とはいえ、この感じだと……ロッジ最奥のエネルギー生成プラントが停止、あるいはジェネレーターごと破壊されてるのは間違いないだろうからねぇ。

 

 取れる選択肢は無いも同然だ。そうため息を吐きながら、私は尻尾をたらりと垂れ下げてしまう。これは正攻法で開けるのは難しそうだぞ、と。

 何せ動力が来ていないどころか、そもそも動いてすらいないのだ。それでは幾ら高度なセキュリティと魔力障壁に守られた自動扉といえど、完全に機能を停止せざるを得ず、ただのデカい鉄の塊と化して……いやまぁ、その場合でもこの扉は異様に硬い素材で出来ているから、最低限の役割は果たせているのだが…………待てよ? いや、そうだな。所詮は、その程度でしかないか。

 

「よし、カチ割ろう」

「え? 何ですって?」

「叩き壊すんだよ。アリシア。君がね。……あぁ、心配しないでくれ。私はともかく、ユウ辺りは手伝ってくれるだろうからさ」

「えっと、ニーナ先生? この壁は扉……なんですよね? なら叩き壊すより、こう、開いたりとかは……」

「ふむ。いや、残念だが、エマ先生。その場合でもロック機構を破壊する事に変わりはないんだ。それに変に扉が残っていると、閉じ込められる危険性があるからね。なら、盾に再利用出来る程度には、砕いてしまった方が良いと思うんだ」

 

 同じ壊すなら、ね。と、そう肩をすくめた私を見て……数秒。結論を覆す気がないのを悟ったらしい生徒達は、迷いながらも各々武器を抜いて金属製の扉を解体し始める。

 ガン、ゴン、ドゴ、と。工事現場もかくやという破壊音を立てながら着々と進められる、下手をすると徒労に終わりかねない努力は、しかし、流石のファンタジーパワーというべきか? 最後には凄まじい破砕音と共に成果を上げて見せた。大盾にはなりそうな残骸をその証拠として。

 

「うん、この手に限る。……あぁ、お見事だったね。諸君。特にアリシア、流石だよ。頼りになる」

「ありがとうございます。先生。ただ、この手以外があった気がするのですけど……」

 

 不本意な力の使い方を強要されたせいだろう。アリシアはどこか呆れた視線を寄越しながら、その細腕に下げた無骨なメイスをゆっくりと腰元に戻していた。こんな事は二度とやらないと、そう言わんばかりに。

 とはいえ、それに同意してしまう訳にもいかない私は彼女の期待には答えられず。なぜか重力球をグニグニとイジりながら、ムスッと不貞腐れているレナの頭を撫でつつ、状況そのものを茶化すしかなかった。おやおや、と。いつも通りに、意識して。

 

「この手以外知りません、とでも言った方が良かったかい?」

「いえ、そういう話ではなく……もう良いです」

 

 はぁ、と。処置なしと言いたげなアリシアの呆れのため息に、曖昧な笑みを返した後。私は彼女達に背を向けて、改めてロッジの深みへと足を進めていく。

 破壊された扉、その向こうに続く金属製の、それでいてリノリウムの、病院の床にも似た通路をスタスタと足早に歩いて。思う事は、そう多くはない。懐かしさと、それ以上の後悔と苦痛と。ナニカの、呼び声。

 私を呼ぶ、手招きする様なナニカの声に、それを聞きたくない……いや、聞いてはいけないと分かっている私は、今日何度目かの錠剤の投与を行い。同時に、ミミを生徒達の方へと向ける。困惑する彼ら彼女達の声の方が、ずっとマシなはずだから。

 

「エマ先生。ここはいったい……なんなのでしょう? 置いてある物も、いえ、床も壁も見た事がない物ばかりです。それに天井の明かりと、時々床を走っていく光は、何かの魔法、なのでしょうか? ニーナ先生は邪教徒のロッジで、古代文明の遺産、と言っていましたが。それにしては……」

「そう、ですね……いえ、ごめんなさい。私も初めて見る物ばかりで、古代文明の話も初耳ですから……何も。強いて言えば、高度な、けれど壊れ掛けの魔法があちこちに掛けられているのは分かりますが……生徒会長。ニーナ先生は、何か言っていましたか?」

「ううん。何も。ニーナは、ニーナは……レナに何も言ってくれない。また一人で苦しんでるのは、それだけは分かるけど……それ以上は」

「そう、ですか」

 

 何かニーナ先生に関わる場所、なのでしょうか? そう自信なさげに、けれど真実を捉えてみせたエマ先生の呟きを背にしながら、私は振り返る事なく歩を進め続ける。一度でも振り返れば、立ち止まってしまえば、その場にうずくまってしまいそうだから。

 だから、そう、だから。私の口が思ってもない事を喋り出したのは、必然だったのだろう。何も変わらんな、と。誰に聞かせるでもない、独り言を。

 

「まぁ、多少は荒れているが……施設が破壊されている訳でもなければ、物品が根こそぎ持ち出されてる訳でもない。どうやら、探索の価値は残されてるらしいね?」

 

 まさに不幸中の幸いだ。これなら日程分の価値は確保出来る……などと。考えるよりも先に言葉が口から滑り落ちていく。いつも通りの声音で、恐らく、普段と同じ調子で。

 そんな私のお喋りは、案の定皆の注目を集めてしまうが……逆に言えば、それ以上の事は何も無く。私の視線は殆んど何も変わってないロッジの姿を、静かに追う事が出来ていた。

 研究員の個室、鎮圧用の武器が収まった倉庫、ごく普通の薬品がところ狭しと並べられている小部屋、食堂に共有スペース。ともすれば、現代日本にもありそうなそれらを右から左へと素通りして……私が思う事は、何もない。あるはずがない。

 あぁ、だが、しかし。

 

「使えそうな武器は数点。魔法薬はダースで確保可能。研究資料の類いは粗方焼却処分済み……いや、爆破したのか? あれは。奴らにしては随分と雑な処置だが……まぁ、気にする事でもないか。別段必須という訳でもなかったしな」

 

 そういう事もある。そう私の口が考えてすらいない事をペラペラと喋り倒してしまうのは、どうにも止められそうになかった。

 悪癖、というやつなのだろう。あるいは……いや、ただの悪癖だ。これは。それ以上でもそれ以下でもない、ただの癖。実際、私の口が勝手に喋った事はただの事実確認でしかなく、そこに疑問の余地などあるはずもない。そう、あるはずもないのだ。疑心など、この状況では鎌首をもたげる事すら出来ない……だから、私の心に引っ掛かる重く冷たい違和感は、別の何かに違いなく。

 故に。焦点がブレ、揺れる視界にそれが引っ掛かるのは、必然だった。

 

「──あぁ、なるほど。荒れ方か? 確かに、これは少し常識的過ぎるな。戦闘の痕跡が見当たらないのはまだしも、持ち出せる貴重品が粗方無い上に、爆破の痕跡がどう見ても自主的な破壊工作のソレとは……これでは夜逃げしましたと言わんばかりじゃないか」

 

 偽装工作をする気は無かったらしいね? と、そう自主退去した痕跡が丸わかりなロッジの有り様を鼻で笑いながら、同時に、私の脳は一つの可能性を正確に捉えていた。

 即ち、邪教徒共は撤退こそすれ、壊滅した訳ではないのだと。

 

 ──これは、領邦兵は返り討ちにあったか。……少しは期待したんだがな。

 

 私がここを脱走し、森に逃げ込むその瞬間。ホンの数秒だけ見えた強襲部隊、その装備や旗印を元に後日調べた情報が確かなら、ドーントレス家、並びに比較的マトモな……言ってしまえばドーントレス派の貴族達が一致団結し、それなりのドーントレス領邦兵を送り込んだはずなのだが。どうやら邪教徒共は彼らを返り討ちした後、的確な処置を行った上で、ロッジを引き払ったらしい。

 彼我の戦力差を考えれば残念でもなく当然という感想が出てくる私は、冷たい人間なのか、壊れているのか……いや、何にせよ、一つ確かなのは奴らがここに居ないという事だろう。その理由が王国最精鋭で知られるドーントレス領邦兵に手痛い一撃を貰ったからか、はたまた単に居場所がバレた事を嫌って夜逃げしたのかは分からないが──アリシアには悪いが、どうせ後者だ──どちらにせよ、連中が撤退を選択したというなら墓荒らしをするだけの時間はあるはずだ。

 そう警戒レベルを更に一段引き下げながら歩を進めていると、ふと、ユウから声が掛かる。あの、と。聞きたいことがあると言わんばかりのそれが。

 

「少し、良いですか? ニーナ先生」

「なんだい? ユウ。あぁ、防衛設備の殆んどが沈黙しているとはいえ、まだ生きているのもあるだろうから警戒は怠らないでくれよ? 些細なトラップで全滅しましたーなんて、冗談でも笑えないからね」

「それは、勿論です。ですが、その、ここは、いったい……?」

「……邪教徒のロッジだよ」

「えっと、いえ、それは分かってます。僕が言いたいのは、その……」

 

 普段の明晰さはどこへやら。あるいは、事が事だけに聞きにくいのだろうか? あの、その、と。なんとも優柔不断な様子で、けれどしどろもどろになりながらも探りを入れてくるユウに曖昧な笑みを返しつつ。私はどう説明したものかと内心で頭をひねる。ミミを伏せ、尻尾の力を抜き、口元に手を当てて、真剣に。

 何せ、ここが何なのか? その問いの答えに真実を洗いざらい全てぶちまける……にしても、順序や表現の仕方という物がある故に。

 けれど、死霊の声にリソースを割かれた私の脳は上手く動いてはくれず。問いに対する答えは、投げ掛けられた問いと同じ様に、曖昧でぼやけた物になってしまう。一言では言えないんだが、と。逃げの前置きまでして。

 

「うーん、そうだね。結論から言えば、私の生まれ故郷……になるのかな? ここは」

「……ぇ?」

「ん? あぁいや、生まれ故郷は別にあるんだがね? うーむ。難しいな」

 

 話す事が多すぎて、何から話したものか……などと。そう口が勝手に繋ぎの言葉を吐き出して、一拍。私の脳が深く考えるより先に、再び口が勝手に言葉を繋げていく。順を追って話そうか、と。恐らくいつも通りだろう声音で。

 

「厳密に言えば、私の生まれ故郷はここではない。私はもっと遠い場所で生まれ、育ち……しかし、気づけばここに居たんだ。邪教徒の実験体としてね」

「それは、誘拐されたと……?」

「んー? 誘拐? 私が? ははっ、誘拐、誘拐か……あぁ、そうだね。そう、ふむ。ふふ、どうなのだろうね? 実際。私は私を私だと思っているが、それは私が私だと思っているからという……ただそれだけの話に過ぎないのは確かだ。つまり、事の真相が雷を受けた泥人形でも、作り変えられた船でもおかしくはない。勿論、どこかの村から連れて来られた哀れな小娘である可能性もゼロではないね。とはいえ、だ。生憎、それらを証明する方法を私は何一つとして持っていないんだよ。悪いね。何せここに来て三日と経たないうちに、私は頭の中を魔法でぐちゃぐちゃに弄くり回されたから……何が幻覚で、何が正しいのか? 自分は人間なのか、泥人形なのか? 私は果たして私なのか? その正誤を確定する事すら出来ないんだ。それが出来るのは、ここを留守にしてる邪教徒共だけ……ん? あぁ、そうだよ? 頼れるはずの私の記憶は、だいぶ前から役に立たなくなっているのさ」

 

 残念な事にね。そう自嘲の笑みを浮かべた私の目に映るのは……あぁ、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔、とは、まさに今のユウの事を、いや、学園一同の事を言うのだろう。初めて聞いたと言わんばかりに目を見開いて、驚きに染まる彼ら彼女らの、何よりレナの顔に、思わず笑みを返して。

 けれど、思考の波はスッと遠くに引いていく。目の前の現実から逃げる様に、あるいは、ミミに入った微かな音に追いやられて。

 

 ──あぁ、聞こえる。

 

 ズルリ、グチュリ。地を這いずる湿ったナニカの異音が。ズルリ、グチュリ。闇の奥底から来たる異形の悲鳴が。ズルリ、ズルリ、グチュリ、べチャリ。それは、どこか呼び声にも似ていて……

 

「……あぁ、本当に。ロクでもない場所だな。ここは」

「ニーナ先生?」

「ニーナ? どうし……っ!?」

「そう、そうだね。連中が埋葬なんてするはずがない。……そろそろ、来る頃だと思っていたとも」

 

 久しいね。そう闇の向こうへと投げ掛けた言葉に、返って来る声は当然無く。ただ、ナニカが這いずる音だけが響いてくる。ズルリ、ズルリと、湿ったナニカが地を這いずりながら、こちらへと向かってくる音だけが。

 眠る事も許されなかった、落とし子の声が、私に。私の。……私が? 

 

 ──あぁ、そう、そうだね。これも、私の罪だ。

 

 弱さが悪だというのなら、彼女達が埋葬もされず、ああして防衛装置として再利用されているのも……他ならぬ、私の罪なのだろう。

 彼女達を眠らせる事も、狂人共を止める事も出来なかったのは、私が弱かったからで。だから、あるいは、故に。私は闇の向こうから現れたその子と、真っ直ぐに向き合う事が出来た。微かな死臭を伴う、醜い泥の様なナニカから、目をそらさずに。

 とはいえ……それが出来たのは、私だけの様で。武器を構える音と共に、背後から困惑と動揺の声が上がってしまう。あれはいったい? と。

 

「敵……スライム、でしょうか? いえ、けれど、この寒気とおぞましさは……?」

「お嬢様、危険です。私の後ろへ。エマ先生」

「待って下さい。一先ず、距離を取りましょう。スライムに見えますが……あの黒い泥の様な身体、この寒気とおぞましさ。何か、嫌な感じがします」

 

 迂闊な事は出来ません。そう周囲の意思をまとめ上げたエマ先生は、漂う死臭とドス黒い魔力に押されるがまま、緩やかな後退を指示。ユウを始めとした前衛役を殿に置いたそれが、正しい手かどうかは……まぁ、直ぐに分かる事だろう。

 そう場の流れをどこか他人事の様に傍観しつつも、流れを遮らない様、私も皆に続いて数歩後退ろうと足を一歩後ろへと下げて……気づく。レナが、一歩も下がらず、その場に立ち止まっている事に。その視線があの子から、いや、あの子と私を行き来している事に。

 ……いや、あぁ、そう、そうか。気づいて、しまったんだね? レナ。

 

「…………違う。そんなはず、でも、この感じは」

 

 ふふ、全く。流石、と言うべきかな。それとも当然、というべきかな? レナは、私の血をずっと吸ってきた賢い吸血鬼のお姫様は、一目で、ホンの十数秒の思考で、真実の扉に手を掛けてしまったらしい。

 あのスライムになるのがやっとの、おぞましい魔法生物が……私の、同類だと。

 

 ──不幸中の幸いは、まだ確証を得ていない事……かな? 

 

 疑惑は、もう掴み取ってしまったのだろう。けれど、チラリ、と。そうレナから寄越される控え目な視線を見れば……まだ、確証を得れていない様子で。

 だから、だからこそ、その不安に揺れる視線に私が答えられる事は、何もなかった。レナの疑惑を肯定する決意は無く、嘘を積み重ねて否定を演出する気力も無いが為に。私はただ、沈黙を重ねるしかない……はずだったのだが。何故か、口が開く。

 

「170……いや、160番代の子か。哀れな物だな。まだ稼働状態にあるとは」

 

 思考よりも早く転げ落ちたのは、最早隠す事も出来ない現実。ホムンクルスの製造ナンバーと、ナンバー事の特徴の示唆。意欲的な機構を組み込もうとしたがばかりに失敗作と化した、160番代から170番代への同情。

 内部事情を知らない限り出て来ないはずの言葉と情報に、レナが、いや、生徒達やエマ先生が疑う様な……けれど、どこか気遣う様な視線を投げて来て。

 それでも、私は、私に、言葉を繋げる気力は湧いてこず。私は無意識のまま、愛用の槍杖を召喚し、戦闘態勢を取ってしまう。拒絶する為に。あるいは、残された信用を使い果たす為に。

 

「──諸君、怯む事はない。あれらの気配は虚仮威し、本体はただの魔法生物に過ぎん。火を放ちたまえ。弱点は腐敗巨人と同じだよ」

 

 身体だけではない。もっと奥底の部分が腐敗して腐り落ちているのさ……と、そう言葉を閉じた私は、率先して下級の火炎魔法を叩き込みに掛かる。

 学園の書庫で覚えた、手慰み程度の、優秀なエマ先生とは比べ物にならない程、貧弱な火炎魔法は、しかし、呼び水としては十分だったのだろう。私に一拍遅れて放たれた多くの火は、炎は、次々と160番代の成れの果てへと着弾し……反撃も、悲鳴すらも許さず、その身を燃やし尽くしていく。

 その有り様は最早攻撃というより、火葬にも似ていて……だから、だろうか? 十秒程の斉射が終わった後、残されていたのが灰だけだったのは。

 

「あら? ……本当に、弱点でしたのね? 寒気の割りには、大した事ないというか」

「はい、その様です。再生も確認出来ません」

「うーん、炎以外には強いけど、炎には物凄く弱い……そんな能力だったのかもしれません。こんな場所では、火災なんて滅多にないでしょうし……ニーナ先生?」

「ん? あぁ、あの子かい? あの子は見た通り腐敗してるんだが、あれは肉体の強度不足と呼び込んだ魂の容量不足……あるいは、その不均衡が原因にあってね? そのせいであの子はよく燃える上に、本来出せるはずの魔力障壁すら出せず、備わっているはずの人並み程度の知性や高い再生能力まで欠如しているんだ。あるのは異様な近接戦闘能力だけ……なんだけど、あの遅さだからね。こちらから近づかない限り、それさえも問題にはならないよ。潜んで待ち構えようにもその待ち構える為の知性も習性もないし、そもそもあのおぞましさと寒気だ。油断しない限り、気にする必要もないだろうさ」

「詳しい、ですね。ニーナ先生」

「んー、まぁ、私はここの実験体だったからね。連中の愚痴が聞こえてくる事もあったし、あの子達と殺し合う事もあったのさ。……結局、あの子の欠点は最後まで解消されなかったらしいけど」

 

 あるいは興味も無かったのかな、と。そう努めていつも通りに、無意識のまま聞かれたはずの疑問に答えた私の中に……考えなんて、何もなかった。

 だって、もう気づかれたのだ。レナに、私の秘密は、もう。だから、だから、もう、何か考える必要なんて、無くて。

 

「……安らかに眠れ」

 

 もう二度と君の死は冒涜されない……と、そう小さく呟いた声さえも、無意識のものだった。

 何も考えたくない。何も感じたくない。意識している事なんて、レナをなるべく見ない様にする事だけ。それ以外は空虚な習性と無意識が対応するのみ……なのに、レナは、ずっと、ずっと。

 紅い瞳を、悲しそうに揺らしている。

 なんで? と。そう問い掛ける様に。

 

「ニーナ、今のスライム……ううん、その子は──」

 

 普段なら答えていた視線に、何も返さない私に……しびれを切らしたのだろうか? レナはついに、口ごもりながらも私に声を掛けてくる。問いを、疑念を、確信に変える為に。

 あぁ、だけど。

 

 ──ごめん、レナ。

 

 今は何も、答えたくないんだ。

 お願いだから、何も言わせないでくれ。

 いや、いっそ見ないで欲しい。聞かないで欲しい。もう私の側に……なんて、口に出来る決意も思い切りも、私には無く。

 ただ、ギロチンの刃が落ちる時を待つかの様に、レナに背を向けて続けて、十秒。いや、二十秒は経っただろうか? ふと、唐突に私のミミと尻尾に寒気が走る。敵が来る、と。……あぁ、全く。こうも不幸中の幸いが続くとは。本当に、今日はついてる。

 

「ッ、まだ来る……!?」

「ふむ。半分は処分されているはずなんだが……いや、逆に言えば、半分は稼働可能だった訳か? そうなるとまだまだ居るのは道理……おや? んー、再利用体だけではない? 170、180番代の生き残りも居るか」

 

 困った事だ、と。考えてもいない台詞がポロポロこぼれ落ちていくのを他人事の様に聞きながら、私は改めて槍杖を構えて前へ出る。

 動揺が広がる生徒達を庇う為に。あるいは……いっそ、ここで死ぬ為に。

 

「諸君、何を怖気付いている? ここは邪教徒のロッジだぞ。正気の人間は生き残れん場所だ。怯むな。焼き払え。全て焼き払え! 一人残らず、断固として、根こそぎに、容赦なく!」

 

 嫌なら逃げ出せ。今回ばかりは、誰も笑わん。そう、ここまで付いて来てくれた生徒達に掛ける言葉すら、空虚な物。

 けれど、その虚しさに気づく者は……居なかった様で。生徒達は勇敢にも前へと足を踏み出してくれた。武器を手に持ち、目に闘志を燃やしながら。

 

「──ユウ、前線指揮を頼めるかい? 170番代はともかく、180番代の戦闘能力はかなり高くてね。こんな場所での乱戦は避けたいんだ」

「ぇ? あ、はい! 了解です! さっきみたいに、遠距離からの火属性魔法で対応します。……それで、良いんですよね? ニーナ先生」

「あぁ、その通りだよ。……私達は、そうしてやるしかないんだ。彼女達を救う方法なんて、もうどこにもないからね」

 

 じゃあ、後は任せるよ。そう疑問符を浮かべるユウに言うべき事を言い切った私は、誰よりも先に前へと駆け出す。

 全ては眠れぬ姉妹達を葬る為……いや、あるいは。悲しそうなレナの瞳から、逃げる為に。

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