時既に遅し、とはまさにあの事。
日記を書いている途中に主人公の村が襲われる事を思い出し、慌てて主人公の元へと向かったのだが……既に彼のご両親は亡くなられた後だった。形見のレイピアがいい証拠だ。あれはキャラクリで一定の条件を満たすと初期装備になっている隠しアイテムなんだが……いや、今は脇に置こう。
──まさか、記憶があそこまで役に立たないとはね……
どうにも私の記憶は転生のショックで予想以上にズタボロの役立たずと化しているらしく、その有り様には愕然とする他にない。
不幸中の幸いは、それでも何とか主人公だけは救出する事が出来た事か。本来なら手助けは要らないのだが……恐らく、年齢が一定以下だったせいでああなったのだろう。そうでなければ一人で戦って生き残る事も出来たはずだ。
──まぁ、あの年齢。あの身体付きではな。
ナニカに呼ばれる様に、慌てて駆け付けて正解だった。あの幼さに加えて、まるで女の子の様な線の細さ。お世辞にも戦士とはいえない身体では、あれだけの魔物達をバッタバッタと斬り倒す事は出来なかったはず。
おかげで戦い方を教えてやる! しながら主人公君と共に戦う事になったのだが……やはりというべきか。奮戦虚しく、村は壊滅。主人公を残して村人は全滅した。ゲームのストーリー通りに、誰も助けられず。
私からすれば、好都合な事に。
外道だ。クズの考えだ。しかし、主人公という戦力を確保したいのなら、必要な犠牲でもあった。戦わなければいけない状況に追い詰め、復讐心を持たせる為に。
──その為に他人を無意識のうちに見殺しにした……とは、思いたくないが。
好都合とは思ったが、そこまで腐ってはない……と思いたい。
そんなゲスな考えに囚われているとは知らない主人公君は、あろうことか共に戦った私を信頼してしまった様で……雛鳥よろしく引っ付いて歩いてくる始末。天文台からかっぱらった隠しアイテムのローブの裾を引っ張る……のは一度だけ。だとしてもどこに行けば良いか分からないと言わんばかりの顔は迷子のそれで、そこまで人間をやめてない私としては見捨てるに見捨てれない顔だった。
──まぁ、あの年頃で親を亡くせばな……
もう少し歳を食えば葬式の話でも出来るんだが、あの幼さに冷酷さを持てというのは非情でしかない。
見てられなかった私はやむなく主人公君の親や友人、村人達……つまり今回の犠牲者の弔いを一人で主導──この場合、死霊術師だったのは不幸中の幸いだった──する事になり、その流れでただ一人生き残った主人公君の行き先も用意する事になってしまった。
このまま魔法学園へ、と思ったのは一瞬だけ。
どうせここまで原作通りになったのなら、と私は主人公君を道中の街に置いてきたのだ。原作で彼が身を寄せたという街に。一応、魔法学園の職員として彼の身分を保証する書類を一筆書いて渡しつつ、先立つ物として有り金を全て彼に渡して。
──だがまぁ、あれは……来るだろうな。
夜。
夕日の中で彼と別れた後、死霊術で呼び出した死霊馬──グリフォンは……言うまでもない──に乗って学園への道を爆走しながら思うのはそんな事。
村が燃やされてから丸一日は呆然としていた主人公だが……流石は運命に愛されるだけはあるというべきか? 葬儀を終えた後、夜が二度明ける頃にはある程度は持ち直した様で、私に戦い方を問うてきていたのだ。
とはいえ、私は仮にも職を持っている人間。レナから貰った休暇が尽きた以上、師匠面を出来ていたのはその日だけで、翌日にはああする他に無かったのだが……結果オーライというべきか? 主人公君の目には決意の様な物が視えていた。
あちらに行けば良いのだと、目的地を明確にした強い意志が。
「楽しみだねぇ」
人がたくさん死んだというのに、私は気楽にもそう口にしてしまう。
ようやく物語の幕が上がったのだと。そして、その場に私が居たのだと。
「ッ──」
ゾクリ、と。全能感にも似た暗い悦びが身体を駆け抜ける。
駄目だ。笑うな。人が死んだんだぞ? 助けれなかったんだぞ? 明日には……今度は私が死ぬかも知れないんだぞ?
そう必死に自重しようとはしてみるものの。まるで効果は無く。ついに私はクスクスと含み笑いを漏らしてしまう。自分は間違いなく、あそこに居たのだと。
「くふっ、くふふ……主人公君が、ユウ君がまるで女の子だったのは予想外だったが、ああ、しかしようやく始まったんだ。スカーレット・ダイアリーが。緋色の世界が、記された物語が始まった! 認めよう。私はレナに会ってなおまだ夢うつつだった。いや、レナに会ったからこそ夢うつつのままだった。だが、だが……!」
もう間違いはない。ここはあの世界だ。プレイ時間がカンストするまで遊び込んだ『スカーレット・ダイアリー』の世界だ!
勿論、油断は禁物だ。どこぞのグルグル目玉に油断大敵! と叫ばれるまでもない。
だが、だが! ここは『スカーレット・ダイアリー』なのだ! 緋色の日記帳。誰が記したかも分からぬ、終末へと向かう世界。そこに私は居る! ここに居る! 今! あそこに!
「あぁ…………楽しみだなぁ」
月夜の空。亡者と化した馬を駆りながら、その上で私はケラケラと笑っていた。
何せ、私はここから先で何が起きるかだいたい知っているのだ。それがどれくらい面白い物語か、既に知っている。しかも幕が上がった舞台を、どう楽しもうと私の自由ときてる!
演者の一人として懸命に戦うか。
あるいは客席から傍観者を気取るか。
それこそ脚本に手を加えて、全く別の物語にしてしまうか。
自由だ。私は自由なのだ!
──さぁ、ここからどう楽しんでくれようか?
村人を助けられなかったのは残念だし、その結果に無力感や運命の強制力を感じなくはないが……無力感はともかく、強制力そのものはそこまで強い物には思えなかった。なら、私は本当に自由だという事になる。
推しキャラであるレナを生存させ、友人として共に居る事も出来る。
完全に男の娘なユウ君を魔改造し、最強の主人公にする事も出来る。
隠しアイテムや強化アイテムを総取りし、私自身が最強になる事も出来る。
人類陣営を勝たせる事も、逆に魔王軍を勝たせる事も出来る。
ストーリーを知っている事を利用し、第三勢力を立ち上げる事だって出来る。
自由だ。私はどこまでも自由だった。
──さて、どうした物かな?
個人的な最推しはレナを助ける事。そしてその後は優位を確保する為に第三勢力として参戦する事だが……その為には色々と上手く立ち回る必要があるだろう。難易度でいえば、一番難しい。
──だが、だからこそ面白いとも言える。
どうせやり尽くしたゲーム。なら、ハッピーエンドのその先を目指しても構わないだろう?
そう決意を新たにしているうちに、私はいつの間にか学園へと帰り着いていた。守衛の一人も居ない門を飛び越え、死霊馬の召喚状態を解除して返還してやり、私は足取り軽く夜の学園を歩いていく。ハッピーエンドのその先で暴れる為に、先ずはハッピーエンドを目指しておこうと。
向かう先は、生徒会長室。理事長が不在なままのせいで、この学園の事実上の中枢となった場所。
──レナは、丁度起きてる時間のはずだが……
吸血鬼である彼女は夜こそが昼間。彼女にとっての昼とは夜なのだから、彼女に会いたいのなら夜中に伺うのが礼儀と言う物だった。
以前はレナから迎えてくれたが、こちらから伺うのなら、尚更。そう内心で頷きながら生徒会長室へと向かい、その扉をノックして見れば……やはりというべきか。一拍して声が返ってくる。良いよ、と。言葉少なげに。
「失礼するよ」
本人に頼まれた様にあくまで軽い調子で部屋に入った私を出迎えたのは、丁度書類をやっつけ終わったらしいレナの赤い瞳だった。
黒いコウモリ羽をパサリと動かし、雪の様な白い髪をサラリと流しながら、レナはコテンと小首を傾げて私に問うて来る。どうしたの? と。執務机の向こうから。
「なに、大した用は無いんだがね? 暇そうなら暇潰しに付き合ってもらおうと思って、ここまで来たんだ。どうだい? 暇かい?」
「うん、暇だよ。なにをするの?」
お話し、する? そう無垢な、そしてキラキラとした目を向けてくるレナに、私は一瞬だけ目を見開いて固まってしまう。てっきり断られると思っていたせいで。
まさか、まさかあのレナが仕事でもないのに私の話に乗ってくるとは思わなかったのだ。我ながら面倒臭い奴だと自覚している、この私のお喋りに。
「ん……冗談、だった?」
「いや、少し、驚いただけさ。まさかこの私の話を何度も聞こうとする者が居るとは想わなくてね。普通は二度会って話せば避けられるから、いや、戸惑っただけだよ。本当に」
私としては珍しい事に、内心をそのまま口に出してしまったのは……私の目の動きを確りと見ていたレナがあんまりにもしょげてしまったからだ。オモチャを取り上げられた子供の様な、問題を解けなくて恥じ入る様な、そんなしょぼんと肩を落とされては大人しく白状するしかなった。原因は私にあるのだと。
そう降参のポーズを取っておどけてみれば、レナはふっと表情を元に戻してくれた。無表情に近い、しかしどこか呆けた様な表情に。
恐らく安心したのだろうが……そんなに私と話したかったのか? いや、違うな。
──確か、周りから恐れられてるのがストレスになってたんだったな?
ゲームにおけるレナの死。それとも繋がっているのが、孤独感や自己嫌悪を発端とする強いストレスだ。
彼女は元皇女殿下というのもそうだが、その種族は人ではなく先祖返りの吸血鬼。レナ自身には何の罪も無いし、既に死んでいるご両親も……まぁ、この件では無関係も良いところなのだが、しかし、吸血鬼というのは敵。魔王軍の中でも特に強力な敵なのだ。
そんな高貴で恐ろしい存在と、裏切り者と蔑まれる者と進んで話したいかと言われれば……さもありなん。本人自身があまり社交的で無い事も相まって、その孤独感は最後まで解消されないのだ。
──まぁ、魔王軍ってのはミスリードなんだが……
これは、今は脇に置こう。
それよりもレナだ。暇潰しだ。彼女の孤独感の解消だ。裏切り者がなんだ、彼女の可愛さと誠実さを知らない腰抜け野郎め。良いから原作知識と前世知識を持って来い! そう脳内でおやっさんがどんちゃん騒ぎを始めるものの、小道具の一つも持たずに来た私が出来る事なんてたかが知れてる訳で……止める暇も無く、お喋りな口が勝手に滑り出す。先ずは伝えて置かないといけない事から、と。
「実は休暇中に魔物共と一戦して来てね。要らないとは思うが一応、報告をと思ったんだ。……すまないね。のっけが仕事の話で」
「ん、別に良いよ。それで、怪我は? 大丈夫だった?」
「私は無傷だとも。スケルトンを呼び出せば盾に困らない死霊術師で良かったと思うばかりだ。何の由来があるかも分からない紫電の威力も相変わらず上々だったしね。ただ、残念な事に襲われた村は全滅。村人も一人を除いて皆殺しだ。死体や火事の片付けは終わらせて来たし、葬式も略式で済ませておいた。それと、生き残った一人は道中の町に預けて来たが……数日のうちに入学式の話を聞きつけて、ここに来るだろう。間違いなく、力を求めにね」
「……そっか」
さながらマシンガン。レナの目の前でペラペラと一通り喋り倒した後になってから、ようやく喋り過ぎたかと恐る恐るレナの様子を伺う私に、彼女は微笑みを返してくれた。頑張ったねと、そう言わんばかりに。
そんな彼女の笑みを直視出来ず、ふいと視線をそらしてしまう私に……ぽふ、と。たおやかな白い手がのせられる。頭の上、私のケモミミに触れる様に。
「……レナ?」
「…………駄目?」
ルビーの様な、すきとおった赤い瞳。怒られるだろうかと不安げに揺れるその目を見れば、私は、もう駄目とは言えなかった。
それどころか机から身を乗り出すレナを見かねて、つい触りやすい様にと膝を折ってしまう始末。
自然、レナはパタパタと上機嫌に羽をゆらしながら私の頭をゆるり、ゆるりと撫で始める。決して乱暴にならないように、けれど不自然にケモミミへと手を当てながら。
──私は何をやって……いや、レナが満足してるんだ。ステイ、ステイクール……
落ち着けと。そう必死に感情をコントロールしようと試みる私だが……ケモミミに触れられる度に感じるくすぐったさと、なぜか気恥ずかしくなってしまう衝動は我慢出来ず。
ついに私は頬に血を上らせたまま、グッとうつむく他に無くなってしまう。まるでレナの様に、女子供がする様に。
──いや、今の私はその女子供だが……!
だとしても、元野郎として身を縮こませるのはどうなんだ? 男ならもう少し堂々とするべきなのではないか。
そう思い直した私は改めて立ち上が……るのはレナの手を振り払ってしまうので、せめて顔だけでも上げておこうと、そう視線を上に向けようとした……その瞬間。レナの一声が、普段より熱っぽいそれがミミに入ってしまう。
美味しそう、と。
「──ッ」
ビクリ、と。本能的な恐怖から身を震わせて、恐る恐る視線をレナへと向けて見れば……なんという事か。彼女の瞳は赤月の様に怪しくランランと輝いており、口元から蠱惑的な八重歯が覗いていた。
吸血鬼。
レナの恐るべき怪物としての一面。その餌食になりかけている。そう気づいた私は慌ててその場から飛び退き、立ち上がって、レナと対峙してしまう。……本能に負けて。彼女を信じられずに。
その結果は直ぐに出た。レナの、酷く後悔するような……くしゃくしゃな顔と共に。
「ぁ、ぅ……ニ、ニーナ? その、今のは」
「吸血皇女。デマだと思っていたが、実際は噂通りという訳か。驚いたよ。レナ。……私を、食おうとしたのかい?」
「ッ……ニーナ。ニーナ! ちが、違うの! 違うの……!」
「何が、違うんだい?」
本能的な恐怖から、ピンと立ち上がってしまったミミと尻尾を落ち着けと伏せさせながら。私はゆっくりと深呼吸する。レナが吸血鬼なのは知っていただろうと。帝国の生き残りから、裏切り者と、吸血皇女と蔑まれていた事も、知っているはずだ。私は。改めて本人に聞くまでもない。
それでも、それを聞いてしまった私は……やはり、動揺しているのだろうか? しているのかも知れない。食われると。その本能的な恐怖は、私の背を蹴り飛ばすには充分だったのだから。
けれど、それでも。好きな少女の悲しげな、今にも泣きそうな瞳を見れば……いや、もう遅い。ポロポロと溢れ始めた涙を見れば、嫌でも落ち着きが勝ってくる。私は何をしているんだと。頭を殴られる様なショックと共に。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 違うの、あれは違うの……! レナじゃ、レナじゃないのっ!」
「レナ……」
「血なんていらない。いらないの! いらないのに、欲しくて、欲しくなって、それで、それでニーナが美味しそうに見えて……でも、違う。違うの。違うの! あれはレナじゃない! レナが欲しいのは血じゃないのっ! ニーナ、ニーナ。やめて、行かないで。レナは、レナは……!」
「レナ。……レナ・グレース・シャーロット・フューリアス!」
「ッ……! ごめん、なさい。レナ、もうニーナとは──」
会わないから。そうポロポロと泣きながら、くちゃくちゃな顔で微笑まれれば……皮肉屋な私でも、例えゲームの知識が無くても、レナの本心には気づける。
だから、つい身体が動いてしまったのは……殆ど、脊椎反射だった。
私とレナを隔てる執務机を回り込み、彼女の涙をローブの袖で拭ったのも。月明かりに照らされる彼女をジッと真正面から見据えて、口を滑らせたのも、全て。
「吸血皇女の噂は嘘では無く、吸血鬼としての衝動に負けて、私の血が欲しくなってしまった……これに間違いはないね? レナ」
「あり、ません」
「よろしい。では、吸いたまえ」
「? ……??」
何を言っているか分からない。そう言わんばかりに赤い瞳を見開くレナに、私はグッと服を引いて首から左肩を露出させる。吸血鬼が噛むといえば首の根元辺りだろうと。
そんな私にレナは……より一層混乱してしまった様で。ふるふると首を振った後、困惑しかない声で私の名前を呼ぶ。ニーナ? と。
「何を、してるの……?」
「血を吸いたいのだろう? なら、私のを吸えばいい。ひょっとするとマズいかも知れんが……まぁ、美味しそうに見えたというなら、毒物は含まれていないだろう。どうなるにせよ、小腹を満たすには足りると思うが?」
「えっと、そうじゃなくて……その、良いの?」
「良いとも。そもそも、夜にノコノコと吸血鬼の前に出てきた私の方が悪いのだからね。おおっと、みなまで言わなくても良い。確かに私はレナにそういう吸血衝動があるとは知らなかった。頭の中を総ざらいしても出てこない知識だ。仕方ないと言えるだろう。……けれどね? レナが我慢出来ない様な状況を作っておきながら、それでウジウジ言い出す程私はセコくないのさ。自分で仕出かしたミスの責任は自分で取る。それが大人という物だろう? あぁ、自分からベッドに誘っておきながら、いざヤるとなった瞬間に常識だの法律だの警察だの裁判だのと言い出したりはしないとも。私はね」
空腹のライオンの前でタップダンスを踊る様な、そんな平和ボケした危機感に欠ける行動を取っておいて、それで食われそうになったからライオンを逮捕して裁判にかけろというのは、それはお門違いという物だろう? 笑止千万。ちゃんちゃらおかしいという奴だ。
もしそんな奴が居るならそのままライオンのエサになってやるのが世のためライオンのためであり……私に当て嵌めるのなら、このままレナに美味しく頂かれるのが筋なのだ。例え吸い殺されるとしても。
レナに言ったように、責任は自分で取るのが大人であり。そして……
「詰め腹を斬るのは、男の生き様なのでね」
「……? 二ーナは、女の子……だよね?」
「…………まぁ、そうだが。気分的にね?」
せめて気分的には男で居たい。ましてや、好きな少女の前では。そうレナを泣かせた罪悪感のまま、小指を斬る覚悟は出来てるぞとレナに迫る私に、なぜか、レナの方が後ろに下がってしまう。
迷いとためらいを、顔に出しながら。
「えっとね、ニーナ。吸血鬼に噛まれたら、どうなるか分からないんだよ? 死んじゃうかも知れないし、人間じゃなくなっちゃうかも知れなくて、えっと……」
「知っているよ。レナ。その上で責任を取ると、そう言っているんだ。潔くハラキリするのが、我が祖国の伝統文化でね。……まぁ、そうだね。確かにいきなり吸えと言うのは奇行が過ぎたかも知れない。だが、私の本心は変わらないよ? 私が愚かなせいでレナを追い詰めて、泣かせて、それでなじりまでする様なクズに、私はなりたくない。それに君に私が責任も取れないセコい奴だとも思われたくないんだ。レナ。私に、レナを泣かせた責任を取らせてくれ」
前世から好きだった少女を泣かせた罪を、ここで贖わせて欲しい。出来ないなら勝手に死ぬ。推しを泣かせた奴は市中引き回しの上、打ち首獄門。極刑然るべきなのだ。そう口にはせず、けれど衝動のまま潔く頭をグッと下げる私に……レナは何を感じたのか。
一拍、彼女はポツリポツリと声を漏らしてくれた。まだ困惑が強く残る声で。
「ニーナ。ニーナは、悪くないよ、悪くない。血が欲しいのが、我慢出来ない私が悪いの。だから、ニーナに責任は……無い、よ?」
「だが、レナを泣かせた責任はある」
「? 無いよ。そんなの無い」
「ある」
「無い」
「いいや、あるね。……良いだろう。ここまで来たら誠意を見せる他に無い。刃物はないかい? 私の杖に引っ付いてる槍は切れ味が良すぎてね。ペーパーナイフか、さもなくば錆びきったナマクラが良い。それで腹を十文字に切ってみせようじゃないか。我が祖国の伝統文化をご披露しよう」
「そんなおかしな伝統文化、ある訳ない……っ! ニーナ、からかってるの? ニーナに責任は無いったら無いの!」
ぷくー、と。普段の無表情はどこへやら。頬を膨らませてふぐの様にふくれてしまったレナに、私は思わず吹き出して失笑してしまう。
ゲームではずっと大人しく、言葉少なく、死に魅入られて陰鬱に耐え凌ぐばかりだったレナが、まさかそんな顔をするとは! こんな事は全くの予想外だったのだ。
──あぁ、全く。ここはゲームの世界じゃないというのに!
どうしても、ゲームの頃の常識や印象に引っ張られてしまう。そう内心で愚かな自分にアームストロングパンチを食らわせながら、私は何とか笑いの声を収めていく。
落ち着けと言い聞かせ、何度も深呼吸して……不思議そうな顔をしたレナに、また吹き出してしまって。今度はレナまで釣られてしまったそれが、何とか収まりがつく頃には……責任とか、そういう空気では無くなってしまっていた。
「ふぅ……あぁ、笑わせて貰ったよ。レナ。あそこまで笑ったのはさっきぶりだ。あんな顔も出来るとはね。もう少し、真面目な子だと思ってたんだが……あぁ、そんな顔をしないでくれ。そういう無邪気なところが嫌いな訳ではないから。ただ、そう、第一印象と違い過ぎてね? 分かるだろう? 月の様に白く美しい、吸血皇女さん?」
「むっ……分かる、けど。レナはレナだよ。それに、第一印象の事を言うならニーナだって全然違う。イジワルなところは一緒だけど、もっと静かな人だと思ってた。夜みたいに黒くて、静かで、色んな事を教えてくれる人だって」
「それは、それは。そんな風に思われていたとは、意外だな。けど、残念だったね? 私はこんなだよ。黒いのはそうだが、夜の様に綺麗な黒じゃない。静かに至っては全く真逆だ。教えるのも下手だしね。……レナが嫌なら、私の口を溶接して、あぁ、溶けた鉄でくっつけて永久に閉じてみせるが?」
「ニーナ、そんな事したら死んじゃうよ? 大丈夫。レナはニーナと話してるの、好きだよ? ニーナが死んじゃうのは、やだ……」
「──っ、ん、ぅん。そうか。なら、このままでいるとしよう」
私と話しているのが好き。
例え命を百回救っても、天地がひっくり返っても、例え洗脳したって絶対に言われないだろうと、そう思っていた言葉をこんな早々に投げつけられるとは思わなくて、私は思わず口を閉じてしまう。頬に血を上らせて、レナからそっと視線をそらして。
にも関わらず、尻尾が勝手にブンブンと反復横跳びしているのに気づいたときには……既に遅く。レナの興味は私の尻尾へと移ってしまっていた。ロックオン、と。
「……触るかい?」
「良いの? その、獣人は、特に狼系の獣人はあんまり触らせないって。レナはそう聞いたよ?」
「そのレナが触りたいんだろう? なら構わないさ。触られて減るものでもない。なんなら、そのまま血を吸ってくれても構わないが?」
「血は、いい。我慢する。……尻尾、いい? ニーナ」
そわそわ、わくわく。そう顔に書いてあるレナを、彼女が前世から好きな私に止めれるはずがなく。
私はやむなく尻尾をレナへと差し出す事になった。一拍、レナが尻尾を触ろうとスッとしゃがんだ事で、彼女の長く美しい白髪が……月明かりを受けて輝く白が目に入って。私は思わず月を見上げてしまう。夜空に輝く、美しきあの星を。
──良い夜だ。
吸血皇女様との夜。これが悪い物であるはずがない。
そう微笑んでいた私が尻尾をギュッと掴まれ、悲鳴と共に飛び上がってしまうまで……あとホンの数秒の事だった。
バケモノである自分を怖がらないで接してくれた友達を、嫌いな自分のせいで失くしそうになって泣いちゃう皇女殿下 VS 女を泣かす奴はなんであれ取り敢えずハラキリすべし。価値観昭和TS娘。ファイ!
なお結果。