架空原作TS闇深勘違い学園モノ   作:キヨ@ハーメルン

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第5話 入学式の裏側で

 四月。我が祖国では桜が咲いているこの季節。収束進化の結果とでもいうのか? この学園でも桜によく似たピンク色の花が咲き誇っていた。

 この春入学する若者達を祝福するように。あるいは……

 

「死出の花、か。入学が祝われたのは一昔前の話。今じゃ、あの花の意味合いは彼岸花や鬼灯……サイサリスの花とそうは変わらない。寒い話だ」

 

 死者の為の花。偽り、ごまかし。この調子では更に良くない意味がつくのも時間の問題だろう。

 学園の北側。開校当時は申し訳程度にしかなかった城壁は拡張され、立派な要塞と化したその上で。私は冷たい風に吹き付けられながら、スケルトン達にせっせと穴掘りをさせていた。自立稼働で夜通し掘らせたかいあって、既に立派な塹壕線が一つ出来上がっているが……

 

「駄目だね。こりゃ。同僚に説明するのも面倒だから昨日の夜から始めたけど……やっぱり縦深が狭過ぎるし、鉄条網も機関銃も無い。これじゃただの横溝。サバゲーフィールドにもならない欠陥品だ。戦争には使えないね」

 

 あれでも騎馬の侵入は防げるだろうし、歩兵の侵攻速度も多少は鈍ると思う。とはいえ、縦深が狭い以上あの横溝を遮蔽物として利用もされる訳で……考えたくはないが、私の塹壕戦作戦は無駄骨に終わりそうだった。

 

 ――素人考え休むに似たり、か。

 

 やってみなければ分からないと人は言うが、素人は大人しく黙ってた方が良い場合も多い。

 声援が力になる事もあるにはあるが……残念ながら、今回は後者だったようだ。まぁ、防衛大を出た訳でもなければ、フランス外人部隊に居た訳でもない。かといって軍オタという程、軍事を専攻してもいない。この結果はさもありなんといったところだろう。

 

「よーし。スケルトン共、ちょっと休憩、撤退撤退。魔物が来るまで掘った横溝で死体のフリ作戦だ。槍を忘れるなよー」

 

 かくなる上は当たって砕けさせるのみ。そう下級戦士達を塹壕に潜ませながら、私は入学式に思いをはせる。

 今頃は大講堂で入学式が始まっている頃だろうなと。

 

「前にならえも右向け右も出来ない……整列の一つもマトモに出来んだろう少年少女を国中からかき集めて、それでやる事が屠殺? 飯もマズいクセに、この国はとんでもなく豊からしいな。人材が掃いて捨てるほどあるとは。そりゃ、ロボット人間を量産するより開放的かも知れんが……」

 

 だからって天に開放してどうする。天に。

 若い世代はちゃんと保護して、教育して、それから焦らずに経済活動をさせろ。経済活動を。経済学のイロハも知らんのか。知らんのだろうな。何せ経済学の知識が古いままでもお偉いさんになれる経済大国があるぐらいだ。ファンタジー世界の末期国家なんて、こんなものだろう。

 そう機嫌の悪さのあまり尻尾をベシベシと振り回しながら、私は改めて地の果てを睨む。そろそろのはずだがと。

 

「泣きそうになってるレナの誘いを断って、聞きたかった生スピーチも我慢して、こんな寒いところで夜明けを迎えて数時間。……さっさと来い。魔物共。汚い花火にしてやる」

 

 お前達を血祭りに上げてやる……! そう気炎を吐く私の根拠は、表向き星占いという事になっているが……本当のところは言うまでもない。原作であるゲームでは、このタイミングで襲撃があったからだ。

 まぁ、ひよっこ共の殻が取れないうちに士官学校を破壊し、在籍している士官候補生を抹殺するという意味では、戦略的に見てそう悪くない選択だ。政治的な立場や正義を気にしないでいいのなら、余計に良い手だと言えるだろう。敵指揮官の判断は間違っていないのだ。

 とはいえ、あちらも前々から準備が出来ていた訳ではないのか、ゲームでは急ごしらえ感溢れる烏合の衆……要するに、チュートリアルバトルとして申し分ない程度の戦力しか出して来なかったのも事実。

 

「けどまぁ、それでもゲームでは奇襲を受けた事もあってそこそこの被害を出していたのも確か。勝手にナレ死する様なモブとはいえ、今後の事を考えると少しでも戦力は残しておきたい……それに、幾ら死霊術師でも、顔見知りが死ぬのは気分が良くないからねぇ」

 

 せめて序章の終わりまで生き延びてくれなければ。そうボンヤリと考えていたのが、良くなかったのか。

 私は、一瞬だけ反応が遅れてしまう。地平線の彼方。空に点々と張り付いた黒い点に、直ぐに気づけなかったのだ。

 とはいえ、それは本当に一瞬の事。その黒い点々が何なのかを察した私は、即座に見張りの教員に……居眠りしていたボンクラの直ぐ横に紫電走らせて、音で叩き起こし。何が気に食わないのか怒鳴ってくるアホウに指を指してやる。あっちを見ろと。五秒。十秒。二十秒。急かす様にさらに威嚇の紫電を走らせて、更に三十秒。結局警報の鐘がゴンゴン鳴り出したのは、私が黒い点々……飛行型の魔物を見つけてからたっぷり二分は経ち、連中が警戒ラインに踏み入った後だった。

 

「…………あの野郎、レナに言って減給させてやる」

 

 アイツのせいで原作レナの心労が酷い事になったのだと思うと、庇う気も失せてしまう。警報装置任せとは、何の為の見張りなのかと。

 そうため息を吐きながら、さりとて見捨てる事も出来ず。私はソイツの背後に迫っていた小さな悪魔みたいな魔物に、三回目用にバチバチに溜めておいた紫電を直撃させる。これで義理は果たしたと。

 

「先行部隊が既に入り込んでいる? ……そうか、警報装置の穴を抜けて来たな? ん、参ったね。こっちはグリフォンの奴がまだ拗ねてるんだぞ。一番頼りになるのが欠けてるのに……っと、これは、思ったよりマズいね」

 

 警報用の鐘の下に居たマヌケが鳥型の魔物に取り囲まれているのを、チラリと確認して。しかし、私は鐘の方ではなく、自身の目前へと紫電を走らせる。

 既に私を取り囲んでいた悪魔型の魔物目掛けて、容赦なく。

 

「一匹だけかと思ったら、まさか団体様とは。ビザはお持ちですか? と聞いてやりたいところなんだが、君らその見た目で喋る脳ミソが無いんだよねぇ。哀れなカカシだよ。しかし、君らが出てくるのは、早くても中盤からだと記憶しているんだが……登場が早くないかい? 悪魔型諸君。……いや、インプモドキども」

 

 厄介な。実に厄介な事に、私を取り囲んでいるのは人間の子供程度の、しかし羽の生えた悪魔型……インプモドキだった。クケケと意味も無く笑う哀れな、姿形を模しただけのデク人形から目をそらさず。

 私は右手で紫電を放って時間を稼ぎながら、左手に愛用の魔法杖を呼び出す。近接戦闘もこなせる槍付きの杖を。その判断は間違っていなかった。

 

「ッ、お前らは本当に面倒だな!」

 

 上空から小ぶりな槍を打ち込んで来たインプから飛び退いて、背後からも突き込んでくる別のインプに杖の石突きをお見舞いしてやり。私は改めて杖を構える。油断なく、全方位を警戒しながら。

 

 ――こんな序盤でインプとはね。

 

 インプとは元々……いや、今は言うまい。とにかく、コイツらは悪魔の一種だ。下から数えた方が早い下級悪魔。ゲームだと中盤にしては高い攻撃能力と移動速度。そして一部の地形やスキルを無視する飛行能力を持ち、面倒なスキルを抱えているクソッタレだ。どこからともなく、いつの間にか後方に入り込んできたコイツにゲームオーバーへと追い込まれたり、ノーダメージクリアを阻害された事は一度や二度じゃない。見た目の醜悪さも相まって、私が嫌いな魔物の一匹と言えるだろう。

 そして、そのクソ野郎ぶりと面倒な能力は現実でもいかんなく発揮されている様で、インプ共はクケケと笑いながら、私を四方八方から取り囲む。逃しはしないと、いたぶってやると、そう言わんばかりに。

 

「確かに、君らインプをこんな序盤で相手するのは面倒極まりない。私もただではすまないだろうね……けど、勝てない道理もまた無いだろう!?」

 

 貴様らの弱点と攻略法は知り尽くしている! そう牽制とばかりに紫電を周囲に走らせた後、私は杖を構えて突撃する。

 確かに奴らは強く、面倒だ。しかし弱点が無い訳でもない。奴らはインプはインプでもインプを模したインプモドキ。偽物なのだ。その攻撃力や移動速度はオリジナルかそれ以上だが……防御能力や耐久力は、オリジナルのそれを下回る。つまり……

 

「死ねェェェ!」

 

 叩けば死ぬ! そう突き込んだ一撃をインプは避けようともせず真正面から受け、その頭を黒いチリと散らす。そのまま身体を捻って放つ二の太刀。大振りな薙ぎ払いに巻き込まれたインプ共も、クケケと笑いながら消え去っていく。手応えを残さず、何とも不気味に。

 

「えぇい! 落ちろ、カトンボ!」

 

 薄気味悪い連中が! そう早撃ちした紫電は狙い違わずインプに命中し、その個体を中継点としてまた別のインプへ、更に別のインプへと次々と感電していく。

 だが……残念な事に、早撃ちした紫電では威力が足りないらしく。インプ共はその数を減らす事なく嗤い続けており、私の攻撃はダメージを与えるに留まってしまった。流石に牽制にはなるらしいが……

 

「近接攻撃で引き裂くか、あるいは魔法を溜めてから放つ事で落とせるか……微妙な塩梅だね。自信を無くすよ。日々の訓練も怠ってないし、そもそも私は戦闘用に調整されてるんだけどねぇ?」

 

 一応程度ではあるが、戦闘用に調整されて実験された事もあるんだが。そう嘆息する……暇は流石になく。殺し方を決めたらしいインプ共が一斉に殺到してくる。

 四方八方からの突き刺し。

 対処しづらい攻撃だ。なら――!

 

「活路は、前!」

 

 正面突破! 必殺の包囲網を脱する為、私はあえて正面から敵に突っ込む。

 見る見る間に近づいてくる槍の尖端。そこから決して目を離さず……今!

 

「なめ、るなァァァ!」

 

 私の目を狙ったその一撃を、僅かに首をそらして頬で受けながら。私は槍先をインプに突き込んで……そのまま駆け抜ける!

 ピッと頬から血が吹き出るのにも構わず、チリと化して消えたインプを突破して。相変わらずの手応えの無さに引っ張られず、素早く反転して杖を構えた私の眼の前にあったのは、投擲された槍。

 咄嗟にそれを杖で弾けば、直ぐそこに次の槍が、いや、無数の槍が飛来してきていて。

 

「ぁグッ……ぅ、こ、このぉ……!」

 

 弾けたのは、ホンの数本。五本、いや六本の槍を身体で受け止める事になってしまった。

 咄嗟に投げ付けたせいか、威力不足のそれは刺さりが甘い様で……致命傷には程遠いものの。学園支給の司書服に穴と汚れが出来てしまった。

 

「最悪だね……血は落ちにくいんだぞ。あぁ、くそ、レナに新しいのを頼まないとな」

 

 今度はもっと丈夫な服を頼もう。一番良いやつを。ゲームとは違って、ローブを着てない部分の防御力が低くていけない。

 そう刺された槍を一本、二本と抜いて。ジクジクと痛みを訴える傷口から目をそらし、あるいは歯を食いしばって耐え。私はキッと前を向く。槍を無くして体当たりを仕掛けてきたインプを迎撃する為に。

 

「この馬鹿者共が、死霊術師が昼間に全力で戦える訳無いだろうに! 手加減しろ! 手加減を! この、死ね!」

 

 ガッ、と。杖をナギナタの様に振り下ろし、あるいは薙ぎ払いながら私は吠える。あっちにいけと。

 何せ私のジョブは死霊術師。後方支援型の魔法使いなのだ。しかもスケルトンは手頃なのを呼び出してしまった為に品切れ中で、ゴーストや死霊を昼間に呼び出しても効果が薄く、頼りのグリフィンはお昼寝中。となると、残る私の手札はあまり無く……

 

「来ォォい! リヴィングソード!」

 

 リヴィングデッド。生ける屍。その中でも珍しい部類に入る、生ける死霊剣。誰の手も借りず自力で浮遊し、生者を斬り殺して血を啜る恐るべき悪霊。

 お世辞にも縁起が良いとは言えないソイツを一度に二振り呼び出し……目前まで迫ったインプ目掛けてカッ飛ばす。飛んでけぇ! と。

 瞬間、死霊剣は射線上のインプを瞬く間に斬り殺し、ある程度飛行してからUターンを決め込んで群れの中へと再突撃。混乱しているインプ共相手に縦横無尽に暴れ出す。

 

――好機ッ!

 

 インプ共が対応出来ていない今がチャンスだ。

 そう確信した私はここぞとばかりに死霊術を乱打する。スケルトンではなく、生ける武器共を次々と。

 

「シールド! アックス! ハンマー! ソード! ソード! ……えぇい、面倒臭い! まとめて来い! 生ける武器共!」

 

 盾から始まり大きな斧にハンマー、それに増援の剣を更に数本。咄嗟に出せる限界量のリヴィングウェポンを呼び覚まし、私は即座にそれらをインプに向ける。

 死に晒せと。

 形勢逆転。数の有利を失ったインプ共は、弱点である耐久力の無さと生存本能の無さをつかれて次々と消滅していった。斧に、剣に、その身体を引き裂かれて。

 

「死霊術師に態勢を立て直す時間を与えた事、後悔するがいい……」

 

 奇襲さえ受けなければ何とでもなる! これで、私の勝ちだ。

 そう息を吐いた次の瞬間。鐘の方から野太い悲鳴が上がり、何かが落下していく音が……いや、潰れた音が聞こえる。

 見れば、あちらに居た鳥型の半数がこちらに向かって来ていた。もう半数は別の方に向かった様だが……

 

「チッ、死んだ奴に役立たずとは言いたくないが……!」

 

 せっかく押し切れそうだったのに、こうも敵ばかり増援が来ると文句の一つも言いたくなる。そうこれがゲームなら台パンするかコントローラをクッションに投げ付けていただろう状況の中で、それでも私は杖を振るい、紫電を放ち、死霊の手綱を握って暴れさせていた。皮肉も嫌味も我慢して、口より手を動かしながら。

 そう、私は戦えていた。全方向敵だらけで、気づけば掘った塹壕でスケルトン小隊と敵地上軍がぶつかり合う中。味方なんて全滅した戦場で、それでも、それでもまだ私は生きていたのだ。生きてさえいれば、希望は残っていると信じて。

 

 ――レナ……!

 

 ゲームでは、彼女の奮戦で新入生は守られた。実際にステージには現れなかったが、作中でレナは確かに戦っていたのだ。恐らく、今私が相手取っている者共を、たった一人で。

 しかし、今は二人だ。レナと私。二人が別々の場所で戦っている。なら、レナの負担はゲームよりは少ないはずで、そう時間を掛けずにあちらを殲滅して、私の援護に来てくれるはず。

 そう甘ったれた、レナに嫌われていない、見捨てられていない事が前提の、あやふやな希望に縋って杖を振るい…………だから、だろうか? その変化に、私は直ぐに気づけなかった。

 

「? 何だ……?」

 

 違和感。何がおかしいのかも分からないまま感じたそれに、私は一歩下がって様子を見てしまう。

 だが、それで分かった。インプ共が、その増援に来た鳥どもが、私に近づいて来ないのだ。遠巻きに取り囲みはするものの、私の間合いに踏み入って来ない。クケケと、ピーピーと、そう私を嗤うクセに……かといって私に恐れをなした風でもないのに、なぜか近づいて来ないのだ。

 嫌な予感。その寒気に負けた私は散らせていた生ける武器共――幾つかやられたのか、数が減っている――を近くに集めさせ、警戒態勢を取る。何をするつもりだと。

 

 ――いや、あちらが来ないなら好都合だ。このまま時間稼ぎが出来れば……レナが来てくれる。

 

 そうなれば私の勝ちだ。そう笑みを深めながら、更に一歩下がって……ドン、と。背が壁にぶつかってしまう。

 他よりも背が高いその場所に追い詰められた……いや、後退した私。そんな私のミミに、ふと、何かの飛翔音が入る。矢の様な、しかしそれより遥かに大きい音が。そして、一拍。眼の前の壁が砕かれる。

 

 ――何が……ッ!?

 

 敵地上軍が居る方向の壁が木っ端微塵に粉砕されるのを、なぜか遅くなった視界で捉え……私は、ようやくソレに気づく。

 壁を粉砕したモノ。槍。いや、バリスタの矢。

 私の薄い胸目掛けて、真っ直ぐ向かってくる大きなバリスタの矢。それを回避する暇は……私には、無かった。

 

「ぐぁ……っ!?」

 

 ドガッ、と。私の胸を貫き、破壊し。そのまま背中の壁の半分を爆砕したバリスタの矢は……そこで止まる。私を壁に縫い付ける様に、突き刺さって。

 だが、まだ私は生きている。

 生きているなら、戦わねば。そう大人程もある大きな槍を、いや、矢を。その柄を持って引き抜こうとした私は……気づく。力が入らない。

 

「ぁ、ぁ……?」

 

 見れば、私の胸は無くなっていた。

 たたでさえ薄かったそこは、今や赤々とした臓器を見せていたのだ。あれは、胃だろうか? それとも腸だろうか? 思っていたより綺麗なピンク色をしたそれを見た私は、胸が木っ端微塵に弾け飛んだ事を悟った。

 

「ごふっ……げほっ」

 

 口から血が吹き出し、手に持っていたはずの杖がカランと音を立てて床に転がる。側に居た死霊の武器達が、魔力供給を断たれて消えていってしまう。

 幸いにも、肺と心臓は無事だったのか? あるいはプロトタイプとはいえ不死者としての頑丈さが役に立ったのか。まだ生きているが……これは、どう見ても致命傷だった。

 何せ、もう足に力を入れてられない。

 ガクリ、と。糸が切れた様に足が崩れ、私はバリスタの矢に引っ掛かるようにして吊らされる。ドボドボと、あるいはポタリポタリと落ちていく血を止める事も……出来ない。

 

「ぅ、ぁあ……ま、まだ、まだ私は……!」

 

 バリスタに射抜かれて、身体を壊された。

 でも、まだ、私は生きている。生きているんだ! そう吠えようとして、吠えきれず、それでも私は何とか自分を刺し貫いているバリスタの矢を引き抜こうと腕を、腕を……!

 

「動け、動けよ、この……」

 

 ポンコツが。そう吐き捨てる事も出来ず。

 次第に、呼吸が苦しくなってくる。やはり血を失い過ぎたせいか? それともプロトタイプの限界か? 意識がかすみだしたのだ。

 まもなく、死ぬ。

 そんな死にかけの私を、嗤うのは……インプと鳥ども。これが見たくて戦線を下げていたゲスが、魔王の手下共が、私に近寄ってくる。トドメを刺す為に、その死肉を食らう為に。

 

 ――こんな、事なら……

 

 こんな奴らに死肉を食われるぐらいなら、レナに血を捧げれば良かった。そんな後悔が、死に際になって私の頭を支配する。

 こんな序盤も序盤で、それもほんのちょっとしかレナの負担を減らせなくて、その程度の活躍しか出来ないのなら……あの夜の日に、レナに殺された方がずっと良かった。レナに食べられた方が、ずっと役に立てたのに。

 そうあの夜の日を思い出す、私の髪の毛を、醜悪な悪魔が掴んでグイッと引っ張る。私の死に顔を、嗤いたいらしい。

 

「ぁぅ……っ」

 

 もう、痛いとも言えなかった。

 せっかちな鳥が私の肩を、背中を、足を、端からついばみ出し。インプが、インプモドキ共が欠けた私の肉片を食らい、落ちた骨や臓器を投げて遊び。それを、皆が嗤う。全身の酷い痛みと、熱さを伴うのたうち回る様な苦痛に、ついに耐えきれず、涙が溢れ落ちてしまう私を見ながら。

 地獄みたいな現実。そんなものから、目をそらしたくて。私はあの白い少女を思い出す。私とは違って真っ白な、大好きなあの子を。月みたいな髪と、真っ赤な目と、それと、それと……

 

「れ、な……」

 

 あぁ、レナ。悪いね。

 私は、役立たずだ。

 こんな事なら、レナ。君に私を食べて欲しかったよ。こんな奴らじゃなく、君に、君だけに。私を。

 

「ぇ、ぁ…………」

 

 意識が、闇に落ちていく。何も成せないまま、好きな少女の役にも立てずに。ズルズルと。落ちる様に。

 止める事もできずに、暗闇の中へ。黒い蝶が羽ばたく中を、眠る様に。

 

 ――あぁ……けど、怖くはないんだ。レナ。

 

 だって、だって……

 

「ニーナ! ニーナ! しっかりして! 死なないで、死んじゃやだ。やだよ、待って、置いてかないで……行かないで! ニーナ! ニーナァ!」

 

 死なないでって。

 そう願ってくれる。君の声が、聞こえたから。




重症、ヨシ!

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