転生したら、女傭兵二人に迫られてる件について   作:門番A

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遅筆発動してました(土下座)


蒼月の記憶2

 

 

 その出会いは偶然だった。

 紋章無き子に価値は無い。それが貴族の習い。

 そんな風習に何もかも嫌気が差して、気分を晴らすべく領内の盗賊討伐へ向かった。単なる八つ当たりでしかないのは分かっている。そしてその帰りに偶然、木の陰で蹲っている所を見つけたのだ。

 

『――何で、こんなところにガキがいやがる……? 人攫いか?』

『……』

 

 背丈で童だと否応なしに気付く。顔を見ればまだ幼さが残っていた。

 空虚な瞳の子どもであったが、全身が血塗れで凄絶な場から命からがら生還したという事が嫌でも分かった。

 

『おい……――ああ、クソ怪我してんのかよお前』

 

 総身が傷だらけであるが、腹部の傷が酷い。このまま放っておけば遠く無い内に死ぬ。

 慣れぬ事をしたと、我ながら思う。

 自分の在り方すらままならない癖に、目の前の命を救おうとする。

 そんなお人よしをしたところで、今更自分の価値が生まれる訳でも無いのに。

 

『とりあえず掴まれ。あのクソ親父の所まで行くぞ』

 

 けれどどうしてか、悪くないと思ってしまった。

 

 

 

 

 

「……今のは」

 

 見覚えのない、けれど懐かしい夢を見た。森の中で誰かに拾われた夢。赤い髪の少年に手を差し伸べられた事。

 その少年はどこかシルヴァンに似た顔立ち――。

 

「……何を忘れてるんだ、俺」

 

 自室の窓から見る空は暗い。明けの光が差し込むまでまだまだ時間がかかる。

 けれど、眠気は全く残っていなかった。じっくり休めた、のではなくただ単純に目覚めが悪すぎた。

 今日の日付を見る。明後日には課題として、賊の討伐に向かう。――確か原作では……誰と戦ったのか。名前だけが思い出せない。

 戦いの最後に彼は英雄の遺産を使おうとして、紋章が無いが故に魔獣化し死亡する。

 それが■■■■■と言う男の運命。世界に、定めに抗おうとした彼に与えられた余りにも無惨な末路だった。

 

「……っ」

 

 軽い吐き気と眩暈がこみ上げて思い出そうとするのを中止する。

 マヌエラ先生から処方された吐き気止めを口の中に放り込んだ。

 少し時間が経てば、症状も落ち着いてくる。揺れていた世界が少しずつではあるが治まっていく。

 

「――……よし」

 

 記憶こそ無いが、俺がいる時点で既に俺の知るこの世界とはかなり異なっている。ディミトリは悪夢こそ見るようだが、まだ味覚は残っており幻覚までは見えていない。ダスカーの悲劇こそ起きたものの、ダスカー人の評価はそこまで落ちていない。どうやら先代―ディミトリの父―が彼らへの噂は誤解であるとしっかり説いていたのが効いているようだった。

 ならば、きっと。本来救えなかった誰かをこの世界では救えるのではないだろうか。

 フォドラに生きる一人として、出来る事をしたい。自分と言う命が生きている意味を為したい。自分の意志を、自分の為に使うのだ。

 青獅子の学級の一人として、相応しい人物であるように。

 

「走り込み、行くか」

 

 どうにも体が落ち着かない。幸い授業までまだまだ時間はある。

 士官学生服に着替えて、万が一のために訓練用の槍を背中に。これが思いのほか中々な重さである。

 ドアを出て、鍵をかける。そうでもしておかないと、稀に侵入者が来るのである。この前はベレス先生がいて、訳が分からなかった。何でも補習とか何とかだったらしい。別に教室で良くないですか……?

 ちなみにその前はイングリットだった。部屋の掃除とかで来てた。すっごく綺麗にしてくれた。その後は食堂で一緒に夕食食べました。美味しかったです。

 ……薬を見つからない場所に隠すのは中々に骨が折れた。

 

「よし、夜明けまで走るかぁ」

 

 体をほぐしながら、外へ。

 こんな時間でも、商品や食材の仕入れで人は動いていた。彼らのおかげで俺達士官学生は確かな日々を送れている。

 彼らに頭を下げながら、門の外へ。

 大修道院の周辺は、結構入り組んだ地形になっていて外周を走ろうとすると中々にキツい。ちょっとしたアスレチックだ。

 入念に準備運動を行ってから、軽くジョギングのようなペースで。

 自然の中を走るのは嫌いじゃないし、フォドラの風は心地よい。夜明けなら猶更だった。

 

「……ウィルじゃないか」

「ディミトリ?」

 

 何故か、既にディミトリが走り込んでいた。そこそこ汗も見られるし、前々から走っていたようだ。

 

「奇遇だな、早めに目が醒めたのか」

「全くの偶然ですね」

 

 彼と一緒に走り込みを行う。どうやら昔から鍛えられているようで、相当な疲労はある筈なのに、全くそれを顔に出さない。

 

「……入ってからの数日はすまなかったな。お前の境遇を無視するような事ばかりで」

「? ……ああ、似ているとか言う件ですか」

「ドゥドゥーから咎められてな。独り善がりになってしまっていた。……お前からすれば、馴れ馴れしいと思われても仕方がない」

「気にしてないですよ、寧ろ受け入れて貰えてる事が分かったので有難かったです」

「……そうか、そう言って貰えて有難い」

 

 時々言葉を交え、少ししては無言となり、またどこかで言葉を交わす。

 ふと気になって、けれど僅かに迷う。それは聞いてもいいのだろうかと。

 

「どうした、何か聞きたげな様子だが」

「え、何で分かるんですか」

「いや、意外と分かるぞ。ジェラルト殿も、そう仰っていた。かなり顔に出ると」

「……えぇ」

「他人から見た自分は意外と分からないモノさ」

 

 ジェラルト、やっぱり結構見てくれてたんだなぁ。ベレス先生との会話も、言葉数こそ少ないけどちゃんと意志は伝わってるし。あの人はぶっきらぼうではあるが、しっかり内面を見てくれる人だと思う。

 ……色々躊躇するよりも、いっそ踏み込んで聞いてみるか。

 

「先代は、どんな方でしたか」

 

 ディミトリの父。彼がどんな人物だったのか少しだけ興味がある。

 それを知らないままにしておくのは自分の何処かが許せなかったから。

 

「……父上、か。俺にとって、永遠に追いつけない理想そのものだ。確かに政治としては敵を多く作っていたかもしれないが、それでも大地を愛し、民の幸福を考え、心の底から平穏を願っていた。

 ――そして、もし。もしもあの時父上と言葉を交わす機会が無ければ、俺は自分の妄執に囚われていただろうな」

「……」

「彼がいなければ、俺は目の前で父の首が跳ぶ瞬間を見ただろう。……だからこそ、彼には深く感謝している。

 でも、同時にこうも思った。俺がもっと強ければ、共に帰れたのではないかと」

 

 ディミトリは、僅かな憎しみが籠ったような息を吐いた。その目線は、遠いどこかを見ているようで。

 ならば彼が許せないのは、刺客ではなくあの場にいながら何も為せなかった――

 

「だからこそあの槍に、そして自分自身に誓った。何も奪わせない、国も民も、そして友も。全てを守り抜くと。

 きっとここなら、この大修道院なら僅かだろうが近づける。

 父上は俺にとって理想であり、未来であり、誓いでもある」

 

 そう語るディミトリの目は濁っておらず。瞳には確かな光を宿していた。

 彼は自分の意志で己の道を決めたのだ。

 

「……そうだったんですね」

「ああ、すまないな。少しばかり長くなってしまった。残りで一周して終わるとするか」

「はい」

 

 ちなみにその後、朝の教室でドゥドゥーやシルヴァン、イングリット、フェリクスから『走るならもう少し温かくなってからにしろ、風邪を引いたらどうする』とディミトリ共々説教を受けた。

 そしてベレス先生やジェラルトには俺だけが説教だった解せぬ。

 

 

 

 

 それから二日後、課題を果たすべく青獅子は遠征をおこなっていた。

 馬を走らせ、森を歩き凡そ半日ほどで目的地である塔に到着する。

 

「ここが……」

「ええ、倒すべき賊が根城にしていると言う……。少々、手を焼きそうですな」

 

 ギルベルトさんの言葉と共に塔を見上げた。

 その瞬間僅かに眩暈を感じて、眉間を抑える。

 近頃、ディミトリ達とよく話すように訓練を重ねる事も多くなった。

 ――そしてそれと比例するように、覚えのない記憶が過ぎったり夢を見る事も増えてきた。

 誰かと共に刃を交え研鑽を行う夢。誰かから大切な事を教えて貰う夢。誰かと未来を語り合う夢。

 覚えてない事が気持ち悪くて、申し訳なくて。酷く泣きたくなってしまう。

 

「ウィル……?」

「ああ、いや大丈夫だベレス先生。確か、ここを根城にしてる賊の討伐、だったっけ」

「うん、その通り。……大丈夫、ウィル?」

「戦場でヘマはしない。ジェラルトに小言貰ってしまうし」

 

 背中に携えた槍と、腰に差した剣を見る。

 槍は元々使っていたけれど、フェリクスから剣も強く勧められたのだ。槍だけに絞るのは勿体ないと。

 槍と剣を同時に使う、なんて本当に物珍しいとは思うがそれでも不思議と体は慣れていくのである。

 ジェラルトと模擬戦をして、決定打こそ決めきれなかったが負けはしなかったのでいい方だろう。『曲芸でもやるつもりか』と笑われたのは、さすがに納得できなかったが。

 

「……王国出身と言うのは初めて聞いた」

「出身かは分からないけど、過ごしてた時期があるのは間違いないと思う。時々さ、見覚えのない光景が過ぎって、懐かしくなる時があるし」

「……そう。――ならあの時のここは、もしかするとキミにとって……」

「……?」

 

 俯いた彼女の表情は伺えない。

 何か思い当たる事があるのだろうか。

 

「先生、ウィル。まもなく目的地だ。もう一度作戦や陣形を確認しておきたい」

「分かりました。ほら、行こうベレス」

「……分かった」

 

 

 

 

 塔の中には、盗賊達が陣形を組んで待ち構えていた。

 兵士達の練度こそ普通ではあるものの、陣形は兵法のお手本とも言える程に整っている。

 

「……さすが兄上。抜かりはない、か。楽させては貰え無さそうだな」

「兄上……?」

 

 シルヴァンの響きにどこか感じるモノがあって、思わずそう呟いてしまった。

 俺の言葉にシルヴァンは僅かに迷ったような素振りの顔。そして小さく息を吐いた。

 

「ああ、マイクラン。俺の兄上であり、紋章が無かった故に選ばれなかった男。そしてウィル、お前を拾ってきたその人だよ。アイツがいなけりゃ、俺達はお前と出会っていなかったんだ」

「――」

 

 脳裏に過ぎったのは、誰かに背負われてる光景。それから多くの人達に出会った事。

 いつも感じる筈の頭痛が、猶更酷い。

 後一つ、後一つ何かを掴めれば思い出せそうな感覚が酷くもどかしい。

 持っていた槍を頭上で回し、上から狙撃を狙った矢を弾く。

 

「流石。……まだ、思い出せないか?」

「……後、少しなんだ。何か掴みかけてるのは、ある」

 

 ――彼らの言葉が無かったら心の迷いだと言って切り捨てていたかもしれない。

 今はとにかく前へ。その先にきっとあの人はいるだろうから。

 

「まずは会う。会ってから、その時に考える」

「そうか、なら安心だ。行こうぜウィル」

 

 大盾と斧を持った賊――俺の槍が届く間合い三つ分の所で、槍を頭部目がけて投擲。それを防ごうと盾を持ち上げるようにして構えた。

 その下、がら空きになった部分を滑り込むようにして抜けて足首、腰、両肩背面を瞬時に打ち付ける。刃を落としているため殺す事は無いが、それでも十分な威力だろう。

 体が崩れ落ちる音。それを聞き届けると同時に前へ走る。

 賊を次々と倒して奥へ、奥へ。胸が掻き立てられる。会うべき人がいるのだと、本能が理解する。

 階段を駆け上がると、英雄の遺産である破裂の槍を抱えた男が一人。

 

「……士官学校にいるって話は本当だったか」

「マイ、クラン……さん」

 

 シルヴァンと同じ赤髪。そして酷く懐かしさを覚える顔。

 ――脳裏に過ぎる、光景の数々。誰かと語り、剣を交え、未来を語る。そんな日々の繰り返し。

 それは朧気などではなく、明確だった。

 

「森の中で、俺を拾って……屋敷まで」

「そうだ。覚えてるじゃねぇか、忘れてるようならそのまま何も言わなくて済んだんだけどよ」

 

 彼は立ちあがり、俺の方へ歩いてくる。

 半ばで足は止まり、手が差し出された。鎧は錆びて剥がれ、あちこちが傷ついていた。

 

「俺の所に来い、ウィル。お前にはその資格がある。この世界を、世の在り方を憎んで何もかも壊してやる資格がよ」

 

 彼は紋章を持たなかった。しかしそれで継承権を失っても尚、俺の面倒を見てくれた事は覚えている。

 そして俺が先代の警護に選ばれたと言う時に、ゴーディエ伯と口論になってそのまま家を飛び出していき、廃嫡になった。

 どうして、忘れてなどいられたのだろうか。

 俺にとって、この人は文字通り引き上げてくれた存在だった。

 ――だからこそ、答えはもう決まっている。

 

「この世界を壊すと言うのなら、俺はその手を取れません」

「……何故だ、お前は捨てられた側だろう。恨んだ事は、憎んだ事はねぇのか」

 

 確かに捨てられたのかもしれない。思い出せたのは、彼に拾われた以降の事まで。血塗れだったから、もしかすると惨い目にあったのかもしれない。残酷な光景を見たのかもしれない。それこそ、地獄と呼ぶに相応しい出来事があったのかもしれない。

 不幸な過去があったのは違いない。

 でも、全てがそうだったのではない。楽しかったのだ。屋敷で過ごした日々も、傭兵団で明日すら分からない日々で生きるのも。

 一人ではなかったから。

 

「それよりも大事なモノが出来ました。二度と失いたくないと思う程に、大切なモノが」

「……」

「だから止めます。そして貴方も救います。

 それが今の俺が果たすべき事です」

 

 剣と槍が交差する。

 彼の瞳はどこまでも本気だった。

 

「そうか、なら後悔させてやるぜウィル」

「こちらこそ、意地でも貴方を連れていきます」

 

 背後へ跳ぶ。立っていた場所に矢が刺さる。

 我ながら深入りしすぎており、孤立していたと思い出す。

 後で、ベレス先生からの説教とディミトリ達からの小言は待ったなしだろう。

 

「ウィル! 気持ちは分かるが前に出過ぎだ!」

「すいません、色々と焦りがあって。

 ……殿下、ようやく思い出しました。貴方達との日々を。かつて王国で過ごした毎日を」

 

 俺の言葉に、ディミトリは目を丸くした。

 もう、忘れない。俺は王国の人間だ。王国に拾われ、王国で育ち、王国で生きたのだ。

 

「そうか、そうか……! マイクランとは、戦えるか?」

「ええ、戦わせてください。ぶつかり合わないと分からない事だってあるでしょう」

「……分かった、周囲は任せておけ。無理はするなよ」

 

 剣に迷いはない。

 まずは英雄の遺産を弾かせて、手を放させる。そこから殴り合い。

 あの人を、犠牲にしたくはない。

 

「っ!」

 

 放たれる刺突を剣の腹で逸らす。

 そのまま穂先を受け流し、一気に肉薄し――すぐさま距離を取った。

 

「……やるじゃねぇか。見抜かれてたか」

「貴方なら、懐刀ぐらいは用意するでしょう。この布陣を敷ける人なんですから」

 

 頬を掠めたのは、彼が懐にしまい込んでいたナイフ。

 この人が慣れない武器に命全てを預ける筈が無い。

 だからこそ、そこに勝機はある。

 

「!」

 

 怒涛の連撃で一気に押し切る。体に息を吐く暇すら与えない。

 槍へ、とにかく槍へ強い一撃を与え続け手を放させる。

 武器が欠けた感触――だが、まだ持つ。

 

「ナメんじゃっ、ねぇぞぉッ!」

 

 その斬撃を逸らし或いは受けながら、それでも彼は執念を手放さなかった。

 範囲から逃れる体に追いすがる。

 いつ、どこで英雄の遺産が暴走を開始するか分からない。故に食らいつくかのような勢いのまま、攻め続ける。

 見えたのは再度の刺突。けれど、腕の筋肉が引き絞られた所を見るとそれは全力の一撃であった。

 

「!」

 

 繰り出された槍の先端を、足で踏みつけ穂先を地面へ。一気に距離を詰めようとして、迫る短刀。それを欠けた剣で弾く。

そのまま彼の胸倉を掴んで――思いっきり頭突きを叩き込んだ。思わず俺まで意識が明転する程の衝撃で。

 一撃を受け、マイクランさんは両膝を着いた。意識を失わなかったのは、彼の精神力の賜物か。

 

「……今のは、効いたぜ」

「そりゃ、全部込めましたから」

 

 俺からマイクランさんへの感情は言葉だけで表現しきれない。拾われた恩、救われた記憶――今の俺があるのは、この人のおかげと言っても過言では無いから。

 

「なぁ、何でだ」

「何がです」

「どうして俺を救おうとした。殺そうと思えば殺せただろ……? 紋章を持たねぇヤツなんて、何の価値もねぇって言うのによ」

「……それでも」

「あん?」

「それでも、貴方に生きてて欲しいからです。例え紋章が無くても、貴方は貴方の生きた証を残せる。それだけの人だって、信じてます」

「……そうかよ」

 

 マイクランさんは、何か憑き物が取れたかのように小さく笑って――俺を突き飛ばした。

 

「――え」

 

 直後、彼の体がどこからか現れた泥に飲み込まれていく。

 脳裏に過ぎったのは英雄の遺産。だが、あれは既に手元にない筈だった。

 思考が疑問を埋め尽くそうとして、横から再度飛来した炎が泥を焼き尽くす。

 

「ウィル!」

「無事か、まずは下がるぞ!」

 

 駆け付けてくれたディミトリの手を取り、立ち上がる。

 幸い追撃こそ無かったが、聞こえたのは獣のような雄叫び。

 

「……なんだ、アレは」

 

 ディミトリの口から零れた疑問は、その場のほぼ全員が同じ物である。

 マイクランさんを呑み込んだ泥は、肥大化し巨大な獣へと姿を変えた。

 ――ズキンと、頭が痛む。同じ光景をどこかで見たような覚えがあったが、それに思考を割く余裕はない。

 

「ウィル、無事? 怪我は?」

「ありがとう、今のところは」

 

 ベレス先生の回復に、軽く頭を下げる。

 傷こそないけれど、気分が少しだけ和らいだのは有難い。

 

「……どうする、先生。あれはさすがに骨が折れそうだぞ」

「大丈夫、魔獣との戦闘経験もある。安心して」

「それは頼もしいな」

 

 ? 傭兵団で魔獣と戦った事あったっけ……。ジェラルトから聞いたのだろうか。

 

「ウィル、焦るなよ。俺とて助けたい気持ちは同じだ。一人で突っ走ろうとするな」

 

 ディミトリから差し出された剣を受け取る。マイクランさんとの戦いで使ったモノは既に半ばから折れており、使い物にならない。

 今度の剣は刃が潰されていない真剣そのもの。これでなければ、今の俺は魔獣に対抗すら出来ない。

 

「……分かってます」

 

 剣を構える。

 ――魔獣は普通に倒してしまえば本人も死に至る。

 ならば魔獣の核となっているモノを破壊するのではなく、抜き取るしかない。

 多分、こんな無謀をやろうとしているのは俺だけだ。

 あの魔獣の猛攻を掻い潜り、偶然にも生まれた隙を見出し、叶うかすらも怪しい奇跡に賭ける。

 

「……行きます」

 

 ベレス先生の号令と共に剣を払い、魔獣目がけて駆けだした。

 

 

 

 

 

 戦いは熾烈を極めた。

 魔獣の腕が一歩振るわれる度に、地面ごと砕け散る。足場が無ければ、思うように動くのは困難であり、状況は守勢に傾きつつあった。

 けれど、誰一人として諦めるような心積もりは微塵もない。

 

「っ!」

 

 先ほどまで頭があった所を、巨躯が掠めていく。その背面へ斬撃を一つ。

 これでいくつかの核は破壊した筈。

 

「……?」

 

 魔獣が一際強く吠えた。――与えた一刀は致命傷には程遠い。

 ならば何故、と考える前に本能が離脱する事を叫んだ。

 瞬間、魔獣の体が溶けだす。巨躯が罅割れて、煮詰めたような泥が割れ目から溶け出していく。

 

「離れろ!」

 

 各々が距離を取る。一番、間合いが近いのは俺だけだ。

 それを知ってか、行く手を真横から飛来した泥が遮る。

 動きを止めた瞬間、右手と右足へ触手らしきモノが巻き付いた。持っていた剣は、それらに奪われて手元から去ってしまっている。

 

「なっ……!」

 

 そのまま一気に中心部へと引きずり込まれた。

 まるで彫刻像のように蠢く泥の塊に、巻き付いた箇所が飲み込まれていく。呑まれた箇所は、焼けた鉄のように熱い。全身に取り込まれると死ぬ、と否応なしに分かった。

 抵抗するべく、手を動かすと何かが触れた。――何かの柄のよう。無我夢中で、それを強く掴む。

 

「――!」

 

 脳裏に流れ込んでくる知らない記憶。誰か達と共に過ごした事、そこが襲撃を受けたのか血と死体で溢れた事。

 無念、憎悪、報復。そんな感情が一度にあふれ出してきて――。

 

「知った事かよ!」

 

 今はそんなの後回しだ。

 ここで止まってはいられない。まだ何も成し得てない。この世界に生まれて、生きた意味を一つとて残せていない。

 ならば俺は何のためにここにいるのか。

 

「救うため、助ける為だ……!」

 

 全身を襲う激痛。まるで拒絶するかのようなソレは電撃のよう。何を意味するのかなんて、分かっている。紋章を持たぬ者には英雄の遺産は使えない。使えば、どうあれ死に至る。

 でも迷う理由にはならない。なる訳が無い。

 力を。誰かを助けるための力を。

 自分の意志を、貫き通す力を。

 

「力を貸せェェッ!!!」

 

 灼ける様な痛みと共に、破裂の槍を引き抜いた。

 そのまま槍を回し、手足を拘束していた触手を即座に斬り捨てる。

 間髪入れずに、恐らくは核であろう場所へ。俺を取り込もうとしていた中心部へ、残った力を振り絞って斬撃を叩き込む。

 

「ちぃっ……!」

 

 触手が手足へと巻き付く。それと共にさらに強くなる焼けるような痛み。

 けれど止めてしまえば、そこで終わり。

 だから纏わりつくそれらを全て無視した。

 両手での斬り上げ――その一撃で微かに奥から人の体のようなモノが見えた。

 槍を、さらに強く握りしめる。

 

「――――!!!!!」

 

 言葉にならぬ雄叫びと共に、力強く振り下ろした一閃。

 ありったけの力を全て込めたその一刀で、触手も泥も全てが動きを止めた。

 まるで灰のように朽ちていき、砕け散っていく。

 

「……あ」

 

 見えたのは赤い髪――マイクランさんが地面に倒れ込もうとして、それを受け止める。

 生憎、肩を貸して歩く程の力はもう残っていない。

 意識が遠のく。誰かに体を支えられた事だけが、その刹那に残っていた。

 

「ウィルっ! おい、死ぬな!」

「すぐ治療を……!」

 

 

 

 

 

「……!」

 

 目が醒める。見えたのは天井、覚えのある香り。

 士官学校の医務室だった。

 

「よう、目が醒めたか。思ってたより回復が早いな。ここに運び込まれてからまだ二日だぞ。予想なら後一日は寝ていると思ってたんだがよ」

「ジェラルト……」

 

 寝かされていたベッドの傍にはジェラルトが立っていた。

 

「どこまで覚えてる?」

「……マイクランさんを、助けた所まで」

「そうか……。手短に言うぞ。マイクランは命こそ取り留めた。既に大修道院の牢屋に押し込まれてる。動けて喋れてメシも自分で食えるぐらいには元気だそうだ」

「……もしかして、処刑されるのか」

「可能性はあったがな、ただベレスとギルベルト。加えてお前らの生徒から嘆願があってよ。処刑だけは免れそうだ。全くレア様もアイツには甘ぇ」

「……」

 

 良かった、助けた意味が無くなるところだった。

 

「ウィル、お前体に違和感は無いか。何か今までと変わった所は」

 

 体を動かしてみる。特に感じる所は無い。

 今まで通り、いつも通りだ。

 

「生徒達から聞いたぞ。……英雄の遺産を使ったらしいな」

「……」

「あんまり大っぴらに言えねぇがよ、アレには絶対手を出すな。ロクな事にならないのは目に見えてる」

「分かってる」

 

 使った時間が少なかったからか、或いは何か特別な事情があるのか。

 アレは本来、ゴーディエ家の正当な後継が使うべき代物だ。俺なんぞが使っていい理由なんてある筈が無い。

 

「それとよ、もう一つ聞いた。お前、いくつか記憶が戻ったらしいな。何でも王国で過ごしてた頃だとか」

「……うん」

「良かったじゃねぇか、もう一つ進路が出来てよ」

 

 もう一つ?

 

「王国に仕えるって事だ。ベレスが嫉妬するぐらい、連中とは仲が良いらしいじゃねぇか。中でも槍使ってる嬢ちゃんは特にな」

 

 え、ベレス先生嫉妬してたの? マジ……?

 だから道理で最近謎の圧を感じてたのか。

 

「真っ当に生きられる機会があるならそれに越したことはねぇ。傭兵団なんて、まあ俺が言える事じゃないが、いつどうなるか分からねぇ仕事だ。

 ……出来る事ならベレス共々、穏やかに生きて欲しかったが」

 

 確かに傭兵団にいた時も、昨日話していた人が次の日戦死したなんて当たり前の事だ。

 でも、それを寂しいと感じた事はあれど卑下するつもりはない。

 

「なら探すよ、その選択に見合う理由を、生きる訳を。

 俺が俺として為すべき事を」

「そうか……。お前が自分で決めたなら、それでいいさ。しっかり迷って、悩んで決めな。人生何があるか分からないが、その生が一度きりなのは変わらねぇからよ」

 

 じゃあ俺はレア様に報告してくるから今日は戻って休め、と言い残してジェラルトは部屋を出ていった。

 時刻は夕方だろうか。既に日が落ちようとしている空が窓から見える。

 向かうべき場所なんて、とっくに決まっている。

 帰ろう、皆の所へ。

 

 

 

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