一人の少年と眠り屋を中心としたお話。

~アナタはどんな夢を見るのですか?~




※本小説は"三日小説_眠り"というお題を基に書いています。感想の方はTwitterの#三日小説_第五回の方にお願いいたします。

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眠り屋 ~What are you dreaming about?~

僕の町には眠り屋さんがある。

 

いつも閉まっているからどんなお店かはあまり知らないけど、結構多くのおとなたちが使ってるんだって。

 

僕も行ってみたいけど親からはまだ早いって言われるんだ。どんなお店か気になるのにね。

 

とある友達は言う。

 

「眠り屋さんは深夜しか空いてないらしい。俺のとーちゃんが眠り屋さんに隠れて行ってることがバレて怒られてたから。」

 

また別の友達は言う。

 

「偶然中から人が出るタイミングで通りかかったけど、なんか中にはカーテンがあってその奥に怪しいおばあちゃんがいたんだ!」

 

とまあ、まだ幼い時の僕では怪しいおばあちゃんが何かをくれるという認識でしかなかった。だが、そんな怪しい店に行こうとはならず、度胸試しで行った人も、「つまらなかった。」だの、「何もなかった。」とかしか言わないため、また別の物が流行ると、徐々にみんなの記憶からは消えていった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

大人になって眠り屋さんという単語を思い出したのは、会社に入ってから一年くらいたった時の事だった。僕の会社はいわゆるブラック会社という奴で例にもれず遅くまで残業。残業代もあまり出ない。休みもそんなにないし、たまに休日出勤に駆り出されることもある。そんな会社だった。

 

ある日の会社帰り、珍しく終電ではない時間に退社することができたので、久しぶりに寄り道して帰宅する。とはいえ、この辺のお店はもう閉まっていることが多いため、それらを横目に足早で帰宅する。

 

コンビニによってなんか買い物するかと思ったとき、まだ明かりの灯っているお店を見つける。看板には"眠り屋"と書かれている。

 

「そういえばここだったな。折角だし入ってみるか。」

 

扉を開けて、黒のカーテンをくぐり入店する。店内にはカウンターがあり、そこにはまだ20代前半だろうか、とても若い女性がいた。

 

「いらっしゃいませ。...見ない顔ですね。初めてですか?」

 

「えぇ...。」

 

「...心配はいりませんよ。誰だって最初は初めてですから。」

 

どこか儚げで不思議な感じのする黒髪の女性に戸惑いつつ、どうにか本題に入る。

 

「あの...。ここってどんなお店ですか?」

 

「この店は眠れぬ人にひと時のやすらぎと夢を与えるところです。アナタも誘われてやってきたのでしょう?」

 

「えぇ...。まぁ...。そうですね。」

 

実際そんな感じのため否定はできない。

 

「心配ありません。とりあえずこれをどうぞ。」

 

そう言われて差し出されたのはカフェオレ。眠り屋なのに眠気覚ましとはこれ如何に...?

 

「...眠り屋と謳う割には眠気覚ましにコーヒーなんですね。」

 

「...確かにブラックコーヒーは眠気覚ましに最適ですが、カフェオレはリラックス効果の方が強いんですよ。さぁ、香りを楽しみつつゆっくりと味わってください。」

 

とりあえずコーヒーの香りを楽しむ。...すごい香りのいいコーヒーだなこれ。

 

「因みにどんな豆を使ってるんですか?」

 

「詳しくは言えないですが特製ブレンドです。私の自信作なんですよ?」

 

確かに横を見ると特製ブレンドコーヒー豆(\4000)という値札が見える。見た感じ500~600g程度だが値段に見合う価値はありそうな気もする。

 

「...しかし私しかいないんですね。眠り屋の話は子供の時に聞いたことがありますがもっと人が多いと思ってました。」

 

女性は少し考えた様子でこう答える。

 

「貴方が子供の時だと、まだ先代のマスターがいたころの話ですね。当時は今よりも働くことが美徳とされていた時代だったのでそれなりに人がいて賑わっていたのですが、今では働き方改革も進みそういう人々が減ったというのもありますね。」

 

そういえばおばあちゃんがいるって言ってた人がいたっけな。そう考えたら今のこの状況と辻褄が合うな。

 

「その先代ってどんな方だったんですか?」

 

「先代は私の祖母です。私が幼いころから眠りについて凄く考えていた人でした。元々凄腕の薬剤師だったらしいのでそのセカンドライフとしてこのお店を始めたみたいです。先ほども言ったように昔は人もいたので特製の眠り薬を淡々と売っていたらしいですが今では人も少ないですし一時期お店を畳んでいたのもあって、深夜限定のカフェみたいな感じで経営しています。」

 

「へぇ...。」

 

なんかめっちゃ聞いてはいけない感じがしたけど小さい頃の記憶と現在の状況に違いが見えるのも納得である。

 

「それにさっき人が少ないと言っていましたが私は人気が少ない方が好きなので...。深夜にやっているのもありますが、それ以上に宣伝もしていないので。」

 

「なるほど。」

 

すごい変わり者の人だなぁと思いつつ、よく見るとめっちゃ美人さんだとも気づく。やべぇ。めっちゃタイプだ。

 

「っと、もうコーヒーが空になったか。」

 

「...。分かりました。それでは先にお勘定の方を済ませておきますね。」

 

と、レジスターに金額が表示される。

 

「5000円?」

 

「...えぇ。まさかとは思いますが足りないんですか...?」

 

「いや、そう言う訳じゃない。ちょっと意外な金額だったからな。とりあえずはい。」

 

店員さんに5000円札を手渡す。

 

「確かに受け取りました。さて、まだ少し時間がある事ですし少しお話でもしましょうか。」

 

その瞬間、扉の開く音がする。

 

シャララン

 

「やぁやぁカレン。今日も元気かい?」

 

白衣を着た女性がまた入店してくる。それを見た瞬間カレンと呼ばれた店員さんが露骨に嫌な顔をする。

 

「...ラプラスさん。今私はこの方をもてなし中です。茶化すならまた後でお願いできますか?」

 

そして白衣の人と目が合う。

 

「おっと~、珍しくお客さんがいるじゃないか。君もここに誘われてやってきたのかい?」

 

「ええ...。まぁ...。えっと、この方は...?」

 

「...私の友人のラプラスさんです。彼女はほぼ毎日ここに来るんですよ。」

 

「も~、自己紹介位自分でさせておくれよ~。私はラプラス・フォトン。研究者でありこの眠り屋の常連でもある。」

 

「...アナタここを寝床として利用してませんか?」

 

「いいじゃないかカレン~。しっかりお金も払ってるからさ~。」

 

そう言ってラプラスは3000円を渡す。

 

「...安くない?」

 

「いい質問だねぇ。私は彼女に特製の眠り薬を渡している代わりにお代を少しまけてもらっているのさ。」

 

「...先代のマスターは自分で薬を調合していたらしいのですが、私はそうもいかなかったので...。」

 

なんか少し闇が深そうだったがまぁ気にしない事とする。

 

「しかし現在の時間はまだ22:45か~。あと一時間くらいかねぇ。」

 

「そうですね...。」

 

一時間...?一体何をするんだろう。

 

「君は初めてだろうから私がカレンの代わりに説明をしよう。時間になると部屋に移って私特製の眠り薬を飲んで寝る。実に分かりやすいだろう?...勿論安全性に問題はない。私も服用してるからねぇ。」

 

「勿論部屋は防音性でねぇ。間違っても私やカレンに夜這いは仕掛けないでねぇ?」

 

「...ラプラスさん。」

 

「かーっ!なんだいカレン、もしかして期待してたのかい?」

 

「...放り出しますよ?」

 

「...ごめんなさい。」

 

なんかこの二人を見てるとコントを見てるような気になる。ってかラプラスさんめっちゃ距離近いんですけど。

 

「とりあえずカレン、いつものを頼むよ。」

 

「はいはい。」

 

ラプラスの前に紅茶が置かれる。温かい緑茶を飲むといいとは聞くけど紅茶でも一緒なのか...?ってか紅茶あるなら紅茶の方が良かったな...。まぁいいけど。

 

「しかしお客さんが来るとは珍しいねぇ。これも何かの縁というものかな。」

 

「私はしがないサラリーマンです。早く会社から出られたので少し寄り道したらここにたどり着いたってわけです。」

 

「...どこですか?」

 

「○○製作所です。ほら、△△周辺の。」

 

「...それブラック企業という奴じゃないのかい?あそこは黒い噂が絶えないからねぇ。」

 

「ハハハ...。多分そうです。」

 

僕は自身の境遇について話す。一通り話した後、

 

「...それは早めにやめた方が良いんじゃないか?今のご時世転職は楽だろう?」

 

「えぇ...。アナタ自身が壊れる前に早いとこ転職することをお勧めします。」

 

...まさか見ず知らずの二人から転職を進められるとは思わなかったよ。

 

「転職...転職かぁ...。他に行く当てがないんだよなぁ...。」

 

「心配なら私が助手として引き取ってあげようかい?こう見えても人を雇う余裕はあるんだよ?君の給料は減るかもしれないけどこんな美少女と四六時中一緒に働けるなんて夢のようじゃないかい?何なら同棲してもらってもいい。家だけは広いんでね。」

 

何をやっているのか分からない人ではあるがこの状況から打開するには十分いい案だと思った。

 

「...検討しておきます。」

 

「それがいい。前向きな返事を待ってるよ。」

 

「私もよくお邪魔しているのでぜひどうぞ...。普段は科学的な実験や工作をyoutubeにあげていたり、それをグッズ化したりして生計を立てています。」

 

そう言われてとあるyoutubeの画面を見せられる。

 

「...いや登録者そこそこ多いですね。」

 

「そうだろう?...おっとそろそろ時間じゃないかカレン?」

 

「そうですね...。それでは上に案内します。ついてきてください。」

 

僕はラプラスさんとついていく。二階には部屋がいくつかあるようだ。

 

「ラプラスさんはこの部屋、アナタはこの部屋にどうぞ...。」

 

「それじゃあお邪魔させていただくよ。おやすみ。カレン。」

 

「...それではアナタも。初めてなので少しだけ説明をさせて頂きます。」

 

いきなり説明が始まる。そろそろ眠いんだけどな。

 

「部屋に錠剤4つと水が置いてあります。寝る前にその錠剤を4つ全てと水をお飲みください。」

 

「分かりました。」

 

「それと目覚ましは7:00に設定しています。6:00~8:00までなら好きな時間に弄っても大丈夫ですが絶対にそれ以上は早めないでください。それと、8:10を過ぎたらたたき起こしに行くので覚悟してください。」

 

「は、はい。」

 

「それでは失礼します。あなたの夢に幸多からんことを...。」

 

意味深な事を言い残し、カレンさんは出ていく。部屋には高そうなベッドと机があり、ベッドの上には寝巻きが置いてある。この扉は...ユニットバスか。ってかめっちゃベッドふわふわじゃん。やったぁ。

 

とりあえずお風呂に入ってから薬を飲む。

 

「...この薬ラプラスさんが作ってるって言ったけど大丈夫だよな。」

 

僕は薬を飲む。するとたちまち眠気が襲ってくる。

 

「おぅ...。これはすごいききめだなぁ。これはねよう。おやすみ。ぐう。」

 

今日の記憶はもうこれ以上覚えてなかった。

 

 

 

~~~翌日~~~

 

 

 

ジリジリジリ ジリジリジリ ジリジリジリ カチッ

 

朝6:20。僕の何の生産性もないつまらない一日が始まる。

 

「...すごいなんか目覚めいいな。これも薬の効果なのか...?」

 

とりあえず元の服に着替えて下に降りる。

 

 

「...おはようございます。早いんですね。」

 

「おはようございますカレンさん。カレンさんこそ早いんですね?」

 

「私は朝食を作らないといけませんから...。それよりもいい夢は見れましたか?」

 

「えぇ...。久しぶりに夢を見れましたよ。こんな目覚めが良いことも初めてだし。今なら何だってできそうです。」

 

「えぇ...。とりあえず朝食をどうぞ。」

 

朝ごはんはトーストとサラダとスープ。物凄い健康的で豪華な朝食である。

 

「...どうですか?」

 

「とてもおいしいです。ありがとうございます。」

 

「...それは良かった。」

 

とりあえず朝食を食べる。食べ終わった後、僕はずっと考えていたことを打ち明ける。

 

「...そういえば昨日、ラプラスさんが助手として雇ってくれるという話をしていましたよね?」

 

「...えぇ。」

 

「あの話に僕は乗ることにします。紙と封筒ってありますか?」

 

「...ありますよ。どうぞ。」

 

「ありがとうございます。」

 

僕は封筒に大きな文字で【退職届】と書く。そして紙にもテンプレートではあるが退職届を書く。

 

「...これで良し。あのクソ真っ黒な会社に仕える生活に終止符を打ってやる!もうこんな生活とおさらばだ!」

 

「...それがアナタの決断なのですね...。無事にやめられることを祈っています。」

 

「こちらこそ会社を辞める決断に至らせてくれてありがとうございます。...そういえばラプラスさんは?」

 

「あの人はいつも私がたたき起こすので大丈夫です。」

 

「そうか...。分かりました。それでは私はそろそろ行こうと思います。ありがとうございました!」

 

僕は胸を張って堂々と眠り屋を出ていく。その足取りはなんとも清々しい物であった。やはり快適で健康な生活と助言をくれる人というものは素晴らしいと思うのであった。

 

そして、僕は今月付で退職することを通告。上司は「いきなり何なんだ!」とキレたが、今が月の始めだったことと、スマホに録音した先ほどの音声を労基に提出するぞと脅したら、せめて今やっているプロジェクトを終わらせてから引継ぎをすることで互いに同意、一か月後、僕は見事会社を辞めることに成功したのだった...。

 

 

 

~~~一方、眠り屋では。~~~

 

 

 

「おはようカレン。」

 

「...珍しいですね。私がたたき起こす前に起きてくるなんて。」

 

「酷いな~。あれ結構体に来るんだよ?そんな毎回やってたら死んじゃうじゃないか~。」

 

「だったら今日みたいに起きればいいのに。」

 

「そういえば彼は?」

 

「彼ならもう会社に行きましたよ。貴方の提案に乗るって言ってたので近々会社をやめるんじゃないでしょうか。」

 

「お、嬉しいねぇ。やっぱりこの私に見惚れちゃったか。」

 

「...多分違うと思いますよ。」

 

「...ところで、一体どんな細工をしたんだい?そんな重要な事、一晩で決めきれるはずがないだろう?」

 

「...ラプラスさんにはかないませんね。」

 

「ハッハッハ!そりゃ私を誰だと思ってるんだい?あの薬を作ったのも私さ。あの薬は通常2粒で通常の睡眠薬と同等の効果を得られるんだけど、3粒にすると過剰なまでの自信がつき、4粒で効果の即時性と予知夢が見られるようになるんだ。だからその夢を信じてひたすら行動するようになる。カレンは彼に四粒飲ませただろう?」

 

「...えぇそうです。迷える子羊を導くのも私たちの仕事ですから...。」

 

「違いないねぇ。しかし、この効果は危険って事を聞いていなかったのかい?今回は会社を辞めるって方向に突っ走ったけどこれが犯罪とかだったら目も当てられないぞ~?」

 

「...私は彼を信じていましたから。」

 

「お~?もしかして惚れちゃった奴ですか~?」ペチーン

 

「痛ったいな~!も~カレン~。」

 

「...でも睡眠って凄いんですね。薬の影響とはいえ夢を見ただけであそこまで行動できるんですから。」

 

「まぁねぇ。やっぱり常日頃から健康的な生活を送る事って大事なんだろうねぇ。その点では睡眠って一番大事だと思うよ。追い込まれるとそもそも寝る時間すらないし、そうなってくるとまともな判断もできなくなってしまう。そういう人から壊れていくんだよ。」

 

「...珍しくまともな事を言いますね...。」

 

「さて、今夜は彼の退職祝いパーティーをしようじゃないか。」

 

「気が早すぎじゃないですか...?」

 

「こういうのは早くていいんだよ。彼の大いなる前進を祝ってね。」

 

「ふふ。たしかにそうですね。」

 

 

 

そして一か月後、ラプラスさんの助手に住み込みで彼が働くこととなったのだった...。それに伴い、眠り屋もまた賑やかになるのだった。

 

めでたしめでたし。




眠りがテーマの小説なのに半分夢がテーマになってる気がするけど、"眠り"と"夢"というものは切っても切れない関係にあると思うのでセーフだと思います。

そして間に合ってよかった。



そしてラプラス氏から一言、

「眠りというものは人間の休息。つまり体のさまざまな部分を休めるために必要なのさ。普段寝てない人は体が休みを取れていない状態。そんな状態ではいつか体が壊れてしまうのさ。注意力の散漫。予期せぬ居眠り。集中力の低下。そんな状態では日常生活に支障が出てしまうねぇ。そうならないためにも睡眠という行動は必要なのさ。最も、私も研究で忙しい時は全く寝ないからねぇ。こんなことを言う資格もあんまりないんだけど。とにかく、睡眠にはもう少し気を使ってほしいなぁ。さもなくばこの世からおさらばするからね。冗談抜きで。」


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