しかし下手な考えはろくな結果にならない。
とは言え、どうにかなるものです。
勢いって大事。
あの家を出たかった、考えてたのはそれだけ。
私は元新体操日本代表である蝶野弘彦の娘、そして
所詮私は消耗品、数多くいる「蝶野弘彦の後継者」の一人でしかない。言いたいことを言わず見たいものを見ず、歯を食い縛って耐え続けた所で、限界を迎えればそこでお仕舞い。残るのは何処にでもいる、平々凡々とした「元選手」だけ。使い物にならないと分かれば見限られ、人脈作成の為古い言葉で言えば政略結婚の道具に格下げされてしまう。もっと早くそれに気付けていれば、私はこうならなかったかもしれない。
大喜にもっと強く好きだと言っていた、私だけを好きになって欲しいと言えていた。大好きな人だけを見詰めていられた。それが出来なくて後手後手に回っていた身としては、もう笑うしかないけど。
だからそう、私を縛り続ける家族から離れたくて。
なりふり構わなくなった私は、自分でも信じられないの奇想天外な手を打つことにしてしまった。
「私、この人が好きなの。これからは一緒に暮らすから」
顔をひきつらせる両親の前で私は――、
私たちは、言わばライバル。恋敵以外の関係性はなかった。少なくとも、千夏先輩が卒業して猪股家を出るまでは。
彼女と大喜の間に物理的な距離が生まれ、そして分かったのだ。二人は、付き合ってなどいないのだと。
仲は良い、お互いを尊重しあえている。でもそれは、恋愛じゃない。姉弟のような、真っ直ぐな関係にしか見えなくなっていった。考えてみれば、だ。もしあの二人の間に、恋愛的な意味での好意があったなら。……どう考えても、二人はすぐに「そういうカンケイ」になってしまっていただろう。二人の部屋は隣同士で、すぐにでも行き来出来たのだから。
大喜は相変わらず千夏先輩に憧れていたし、私を好きだとは言ってくれなかった。それは私たちの卒業が近づいても、変わらなかった。いや、卒業しても変わらなかったのだ。結局私たちは友達のまま、何も進むことなく道を別れていった。
大喜はスポーツ推薦で大学へ行き、私は一応新体操で実業団に身をおいたのだけれど。世の中は、甘くなかった。
いつしか私は伸び悩み、過去の栄光さえ遠くへと消え去っていて。このままいけば引退して家のために結婚させられ、蝶野の血を残す機械になる。
焦って焦って、焦り倒した挙げ句。たまたま出先で再会した千夏先輩の手を握りしめ、バカなことをブチまけてしまっていた。
「千夏先輩、形だけでいいんで結婚してください!」
まさか同性の後輩にそんなことを言われるとは思わなかったのだろう、千夏先輩はたっぷり五分ほどフリーズしたあと「用件を聞きましょうか」とどこぞのスナイパーみたいに呟いた。
あの家から逃れる為に以前から考えていた事、それは偽装結婚。書類上でもなんでも、結婚してしまえば法的には逃げ出せる。他にも手はある気はするけど、それが思い付かないんだから仕方ない。いつだってそうだ、妙案は手遅れになってから湧いてくるものだ。
まあ、それはそれとして。偽装結婚を決めてから気付いたけれど、私にはそんな相手がいない。匡は彼女いるし、まさか大喜になんか言えないし。それにあの親の事だ、何を言ってくるやら。誰を連れていこうが家柄やら何やら注文を付けるだろうし、そうならない為には余程捻った手で黙らせてやるしかない。具体的には全く世間に自慢できない相手を突き付けて、向こうから縁を切るように仕向けてやりたい。
そんなこんなで考えている最中、久しぶりに会った千夏先輩が眩しく輝いて見えて。その勢いで――。
「……勢いでプロポーズしないでほしかったけど……うん」
複雑そうな顔はしているけれど、席を立つところまではいかない千夏先輩。
この人は案外押しに弱いし、どうにかなるだろうか。それに泥縄的な行き当たりバッタリではあるけれど、これはなかなかに良い手かもしれない。
あの両親の度肝を抜いて、そのまま蹴り出されれば御の字だ。二度と戻ってやるものか、あんな修羅の家。
千夏先輩にはちょっとだけ悪いけど、力を貸してもらおう。
そこから泣いて縋って歯茎を剥いて小一時間、私は力の限り先輩を説得し続けた。
で。当然親には猛反対されたけど、役場で貰ってきた同性婚の証明書と千夏先輩が栄明時代に打ち立てた全国制覇の栄光、そして眼前でのキスは確かな効力を果たしてくれた。娘さんを私にください、という千夏先輩のアドリブも。
でもって千夏先輩が住むお高めのマンションにお邪魔して、祝杯を上げて。結構な時間がたってそこで――、そこでようやく私は思った。
何やってんの、ワタシ。
いくらなんでも先輩に迷惑かけすぎでしょうよ、実際。
とりあえず目的は果たしたんだし、この辺でお開きにしないといけない。
そう考えた矢先、さっきからスマホとにらめっこしていた千夏先輩が顔をあげた。
「蝶野さん蝶野さん、荷物は一週間くらいでこっちに送るってさ。あと「娘を宜しく」だって」
にこやかにそう言う千夏先輩、その言葉を理解するまでかっきり10秒が必要だった。
どうやら千夏先輩は、うちの両親どちらかとメールなりlineなりでやりとりをした。その結果私の荷物はここへ来る、と。ああそうか、そうなのか――。
いや、いやいや。いやいやいやいや。
「これからは夫婦……いや婦婦かな? なんか不思議だね、私たちがこうなるなんて」
不思議なのは貴女の頭です、と言いかけて私はギリギリで踏みとどまる。ここで爆発しちゃダメだ、落ち着け私。
千夏先輩の認識からは多分、何処かで「偽装」の二文字が抜けてしまった。私が本気で結婚したがっていたと思っている。証明書なんて所詮法的な拘束力なんかないし、家を出るための口実でしかないのに。
――と言うか、千夏先輩はどうして受け入れてるんだろう。まさかこの人、最初からそういう趣味だったんだろうか。だから大喜と付き合ったりしなかった、とか。……まあそりゃ人それぞれだけど、さ。
くぴりとビールを一口、そして考える。
千夏先輩が、私の恋人にか。それはそれで、悪くはないかもしれない。尊敬できる立派な人だし、綺麗だし。途中で中断したとはいえ、累計ではそこそこ長い付き合いだ。気心も知れている、腐れ縁と言うかたちでは。
ただ、だ。私は今まで同性を好きになったことがない。異性だって大喜一人だけど。そんな私が、うまくやっていけるんだろうか。とは言え千夏先輩に彼女がいるとかそういうのは聞いたことないし、あっちもあっちで経験があるかは分からない。この人は難しいから。
まあ、良いか。これからゆっくり知っていこう、どうせ時間はあるから。
「じゃあ蝶野さ……雛ちゃん、一緒にお風呂入ろうよ。せっかく新婚なんだし、イチャイチャしないとね」
……あーいや、早まったかな。
笑顔だけど妖しいオーラを纏い始めた千夏……先輩は、服を緩めながら迫ってくる。これは今夜のうちに、色々と知らなくて良い面を知らされてしまうかもしれない。
どうしよう、かな。どうなるの、かな。
全く私と来たら、考えなしなんだから。
さぁ、どうやって回避したものか。いやここは回避でなく、迎撃かな。
しかしここからどう出たものか、予測もつかない。ああ――、面白くなってきたじゃないか。
扇町さんは明るく平和な家族が書けません、だって縁が無いけえのう。
あんくすたーけ、ろくなもんじゃ無い。