家族にはよく懐き、知らない人には威嚇する、番犬の鏡のようなコタローだったが、何故か初対面であるはずのアグネスタキオンには吠えなかった。
我々は真相を探るべく袖の奥へと向かった。
ショートショートの習作です。
夏の太陽は燦々と照りつける。自動車を走らせること3時間以上、ようやく着いた目的地はモルモット兼助手こと、私の実家だ。数年振りの帰省とあってか見るもの全てが懐かしく、ステレオタイプの日本家屋に、田舎特有の広い庭。母お気に入りの渋柿の木は今年も青い実を沢山付けている。
庭は駐車場も兼ねていたはずだが、父の軽トラは見当たらず停める場所に困った。しかしまあ後で動かせばいいかと玄関の近くに車を停めることにした。
「タキオン、着いたよ」
助手席をめいいっぱい倒して眠りこけている愛バ──何故か帰省に着いて来たアグネスタキオン──に声をかけると、やがて気だるそうに起き上がった。
「……やっとかい?」
「うん。先に荷物を下ろしてくるから、少し車で待ってて」
トランクからタキオンの着替えやら謎の小型機器やらが入ったキャリーケースを下ろし、玄関へと向かい呼び鈴を鳴らす。しかし待てども反応はあらず、仕方ないので鉢植えの下にある鍵を使って家に上がり込む。防犯なんぞなんのその、これぞ過疎地クオリティ。
「ただいまー!」
一応大きな声で帰宅の挨拶をすると、座敷のほうから明るいブラウンの柴犬が顔を出した。彼こそが我が家最強の防犯セキュリティ、番犬コタローである。
「ただいまコタロー」
名前を呼べばこちらに駆け寄り、スンスンと臭いを嗅げば私であることが分かったのだろう。嬉しそうに私の周りを駆け回り、わしゃわしゃと撫で回せばしっぽの回転率が上がった。コタローは本当に可愛い。
「私を放置して逢い引きとはいい度胸だね、モルモット君」
久方ぶりのコタローに夢中になっていると、いつの間にかタキオンが後ろにいた。車に放置されたのが気に食わなかったのか、少しご機嫌ナナメなようだ。
しかし私が謝るよりも先にコタローが唸り始めた。そういえばコタローは番犬、知らない人であるタキオンに威嚇するのは道理だ。しっぽを下げて警戒体勢に入る……が、フンフンとタキオンの臭いを嗅いだかと思えば、アッサリとしっぽを上げて撫でられに行く。
「ふぅン? 随分と人懐っこいじゃないか」
コタローは賢く臆病な犬なので、初対面の人には滅多に懐かない。新聞配達の人が変われば向こう1週間は吠えられるというのに、珍しいこともあるものだ。
「こらこら、くすぐったいじゃないか」
どうやらコタローの可愛さで事なきを得たらしい。あとでご褒美の高級ササミをプレゼントだ。
「ああ、モルモット君は帰ってからお仕置だからね」
どうして。
二人でコタローを愛でていると、両親が帰ってきた。どうやらタキオンを連れてくると知って、母が張り切ってスーパーで買い込んできたようだ。無論、父は荷物持ち兼運転手だ。
みんなで食卓を挟みながら、数年ぶりの帰省もあってか話は弾み、同時にタキオンは母にいたく気に入られた。どうやらタキオンは猫を被るのも上手らしい。
そうして歓談していれば辺りも暗くなり、母とタキオンが先に寝床へ行くと言うので私も着いて行こうとすると、父に呼び止められ2人で酒を交わすことになった。思えば二人きりで酒を飲んだことがないなと快諾すれば、大学時代の話だとか、仕事と愛バの話だとか、今後の話だとか、二人で積もる話を掃いていった。
やがて語る話題が尽きかけた頃、ふと気なることを聞いてみた。
「そういえば、コタローが初対面のタキオンに吠えなかったけど、歳をとって落ち着いたの?」
「いんや、今でもバリバリ吠える」
「どうしてタキオンには吠えなかったんだろうか」
「そりゃお前、あの娘にお前の匂いがしっかり着いているからだろうに」
数秒、間を置いてその意味を理解した時、顔や耳が熱くなるのを感じた。思い当たる節ある。しかしそれを父に見抜かれ、指摘されるとは思わなかった。
珍しく揶揄うような口調で「今頃、あの娘も母さんの質問攻めにあっているだろうな」と、それだけ言い残して父は寝所へと姿を消して言った。
どうやら父は私の足止め役だったらしい。私は水を一杯飲むと、ふらつく足でタキオンの救助へ向かった。
ショートショート、習作です…
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