元オッサンの美少女は嘆く。性癖に理解のある美少女が何故追放されなければならないのかと。
そんな美少女を狙う何者かの影があった。

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オタPTの姫を夢見た元男が追放されて仲直りするまで

「どうして……どうしてなの!」

 

 薄暗い小屋に、少女の悲痛な叫びが反響した。

 その濡れた瞳に映るのは、三人の男たち。

 少女の仲間、いや、つい先程まで仲間だった者たちだ。

 

「どうして私が追放されなきゃいけないの! 私たち、今までずっと仲良く冒険してたのに! 私、チート級に強くて、おまけにこんな美少女なのに!」

 

 震える嘆きの声を、耳障りな雑音だとでも言うかのように。男たちは、ただ冷ややかに見つめ続ける。

 そして、どこまでも残酷な言葉で、少女を斬り捨てた。

 

「だってあんた、数日前までゴツいオッサンだったじゃん」

 

 

 

 よくある話だ。

 財宝を夢見た冒険者パーティが、危険な古代遺跡へ足を踏み入れた事も。

 不用意に踏み抜いた床が、悪辣なトラップの起動装置だった事も。

 ベテラン冒険者が咄嗟に仲間を庇った事も。

 降り注いだ液体が美少女化薬だった事も。

 

 そして、一つの絆が砕け散った。

 

「いいじゃない、もう! 解呪魔法も効かなかったんだし、前の姿なんて忘れちゃえば! ほら、見た目は完璧な美少女よ!」

「そんな風に割り切るには、お互い知りすぎてるんだよ……」

「君に軽蔑した目で見られたい趣味がある事とか、でもえっちな事は許してくれる娘が理想な事とか?」

「ああ、そうだよ! そういうの全部把握されてるのが嫌なんだよ!」

「なんで嫌なのダーリン」

「やめろよその呼び方! なんで覚えてるんだよ!」

 

 冷徹さの仮面を瞬時に剥ぎ取られ、魔法使いらしき男は見苦しく叫び始める。

 しかし、それも無理もない話だ。

 相手は何年も寝食を共にしたパーティメンバー。毎夜のように酒を酌み交わしては、他愛のない馬鹿話に花を咲かせてきた。

 

 彼女が出来たらどんな呼び方をして欲しいか。

 彼女が出来たらどんなデートプランを立てるか。

 彼女が出来たらどんな夜を過ごしたいか。

 

 かつて交わした言葉の数々が、今や心を抉り取る無数の刃となって襲いかかってくる。

 しかも、それらを手にしているのは、見た目だけなら絶世の美少女。

 悲しいほどに──彼らの好みにどストライクの美少女なのだ。

 

 そんな、絶望的な状況を理解していながらも、また一人の男が挑んでいく。

 僧衣を纏ったその立ち姿に、殉教者の悲壮感を漂わせて。

 

「あの、いいですか」

「なあにお兄ちゃん? 甘えさせて欲しいの?」

「はい」

 

 元オッサンとは思えないほどに、いや、元オッサンだからこそ計算し尽くされた上目遣いからの一言で、援軍は即座に撃墜された。

 神の奇跡を前にしたかのような、満ち足りた笑みを浮かべながら。

 

 そして、残る最後の男。その薄汚れた革鎧姿を、きらめく瞳が捕捉する。

 薄い微笑みに宿るのは、どこまでも残酷な可憐さ。

 この少女に次の発言を許せば、全てが終わるだろう。その先に待つのは、本能に逆らえぬ悲しき囲いとなる末路。

 ならば、残された手段はただ一つ。

 

「うるせえ! とにかく追放だ追放!」

 

 すなわち、対話を拒否したゴリ押しであった。

 

 

 

 その夜、追放された少女は独り、住み慣れた街を後にして、夜露に濡れた草原の上を舞っていた。

 欠けた月の仄かな光が照らし出すのは、細く艶めかしい美少女の姿。それと、見渡す限りにばら撒かれた野良魔物の死体、死体、死体。

 全て、少女の憂さ晴らしに付き合わされた、哀れな犠牲者たちである。

 

「どうして、追い出されちゃったの。今の私は、最強で、チートで、美少女なのに」

 

 幾度となく繰り返した疑問。答える者の無い問いかけ。

 ぼんやりと流れてゆく少女の視線が捉えたのは、握りしめていた一振りの剣。

 その輝きを見つめながら、少女の意識は現在を離れ、懐かしき思い出の過去に沈み込んで行った。

 

 その剣は、そう、去年の夏の事だ。

 人跡未踏の霊峰の頂上、大岩に突き立てられていた伝説のマジックソード。なおその効果は『使用者の美しさに応じて強くなる』。

 数日前までは、誰も握ろうとしない禁断の武器であった。

 

 身に纏う鎧は、三年前、古代の英雄の遺産を追っていて見つけたものだ。

 まあその英雄はアマゾネスだったらしく、遺産はビキニアーマーで、諦めきれない冒険者たちをあざ笑うかのような可愛らしいサイズだったのだが。

 

 他にも、男が触れると呪われる祝福のネックレス。男が付ければ通報不可避なアクセサリー。その他諸々、売るに売れず、倉庫の奥に転がされていた秘宝の数々。

 年の功以外に何も無かったロートル冒険者を最強チートへと変えてくれたのは、そんな些細な力。仲間と積み重ねてきた、年月と思い出の力であった。

 

「でも、もう私は必要無いのかな」

 

 ふらふらと、歩き始める少女。

 その目指す先は、別の冒険者パーティか。それとも、玉の輿か。

 今はまだ、分からないままに。

 

 だが、数歩を刻んだ後、少女は不意に立ち止まる。

 その目に映るのは、いくつもの黒い影。闇に紛れ、いつの間にか少女を取り囲んでいたそれらが放つのは、明確な敵意。

 

 ──狩り残しがいたか。

 

 一瞬、少女の脳裏をよぎった疑念は、しかし直後に否定される。

 マジックアイテムにより強化された少女の聴覚。その地獄耳が聞き取ったのは、かすかだが紛れもない人語の囁きだった。

 

「間違いない。この美少女だ」

 

 少女は悟る。彼女の知らぬ所で、何かが動き始めている事を。

 

 

 

 時を同じくして、馴染みの歓楽街へと裏路地を歩いていた三人の冒険者たち。

 彼らは、見知らぬ男に声をかけられていた。

 

 真面目さを絵に描いたような顔の、中年の男。シミ一つ無いまっさらな制服。

 その人物を知らなくとも、胸元に光る紋章を見れば、この街の誰もが身分を判別できるだろう。

 街の中央に鎮座する、領主邸を守護する警備兵。

 間違っても、冒険者などという泥臭い連中の縄張りに用など無いはずの人物であった。

 

 訝しがる男たち。それを気にする様子もなく、兵士は話を切り出していく。

 

「君たちの仲間の美少女。彼女について知っている事を教えて欲しい」

 

 その言葉に、男たちの困惑はますます大きくなる。

 

「あんたみたいな人が、どうして一介の女冒険者の事を?」

「領主様の命令だ」

 

 端的で、取り付く島もない、実質は何も答えていないような答え。

 だが、善良な一般冒険者である彼らにとって、それは首を縦に振るのに十分な答えであった。

 

「分かりました。知っている事なら何でもお答えしましょう」

「ああ。ではまず、彼女の年齢は?」

 

 思わず、顔を見合わせる男たち。かすかな逡巡。

 だが、敢えて隠す理由もない。

 軽く視線を交わし、一度頷き合う男たち。そして、声を揃えて回答を告げる。

 

「38歳」

 

 兵士は激昂した。

 

 

 

 その後も質問は続いていった。

 

 今どこに居るか。さっき追放したから知らない。

 追放された理由は。男の情けで勘弁してくれ。

 今どこで何をしていると思うか。男を誘惑して遊んでるか魔物狩りで憂さ晴らし。

 好きなものは。焼肉と蒸留酒。

 趣味は。猥談。

 幼い頃の夢は。美少女に生まれ変わって男を誑かしたい。

 

「さっきからなんなんだ! なんで美少女について質問しているのに、むさいオッサンみたいな答えばかり返ってくるんだ!」

 

 すみません、実はオッサンなんです。

 などとは口が裂けても言えない冒険者たちは、ただただ平身低頭するのみだった。

 

「まさか貴様ら、デタラメを言っているんじゃないだろうな!?」

「いえ、神に誓って本当です」

「信じられるわけないだろう!」

 

 神官にとって、神への宣誓は絶対である。

 すなわち、これらの奇天烈な回答は全て真実であるという、これ以上ない証明である。

 それを理解していてなお、兵士は認められぬと言うように首を振っている。

 その様子に、冒険者たちも同情の視線を送るしかなかった。

 

 そして、言葉が途切れる。

 残ったのは、逃避を続ける兵士と、それを見守る三人の冒険者。

 どうしようもなく、硬直した状況。

 

 そこに、渦中の美少女が飛び込んできた。

 

 乱れた髪。湧き出る汗。荒い呼吸。かつての仲間たちを目にして、少し緩んだ頬。

 その場の誰もが、瞬きも、呼吸も、心臓の鼓動すらも忘れて目に焼き付ける、救いの天使のようにすら思えるその姿。

 

「みんな! 助けに来たよ! うおおりゃあああ!」

 

 そして、天使は兵士を殴り倒した。

 

 

 

「というわけで、あの兵士はきっと偽物だから私は犯罪者じゃないわ」

 

 倒れた兵士を残してアジトへと逃げ帰り、互いの現状報告を終えて、真っ先に出た発言がこれである。

 

「よくわかんない敵が私を狙ってるって時に、私の個人情報を調べてた奴なんて悪人確定。だから殴り倒しても無罪よ」

「都合よく考えすぎでは?」

 

 当然のツッコミ。

 昔は慎重派な人だったのになあ、などとボヤく声。

 しかし、それらが少女の都合のいい耳に届く事はない。

 

「だいたい、なんで領主様が私の趣味とか年齢とか調べるの? 縁談じゃあるまいし。絶対おかしくない?」

「普通に一目惚れされたんじゃねーの? 領主様、確か独身だろ?」

「独身は独身だけどあの人70超えよ? いくらなんでも無理があるわよ」

 

 何かを想像したらしく、震える少女。

 あんたの中身も無理があるよ、という言葉を辛うじて飲み込む音。

 

「でも、美少女姿に惹かれた男による誘拐婚目的、というのは可能性が高そうですね。襲撃者と兵士が通じていたとすれば」

「可哀想にな……」

「ダーリン、何が言いたいの?」

 

 襲撃者たちの目的は。兵士の目的は。

 侃々諤々の議論を交わしつつも、室内にはどこか弛緩した空気が漂っていた。

 

 なにせ、ほんの数日前までは仲良しパーティだったのだ。

 新たな怪事件。意識の集中。自然と棚上げされる、確執の要因。

 そこには昔と変わらぬ、懐かしい関係が戻ってくる。

 

 しかし、それを良しとしない者も居た。

 

「何故戻って来た」

 

 盗賊という職業柄か、ずっと隅で寡黙な態度を守り続けていたその男。

 あまり感情を表に出さない一方で、決して仲間に冷たい人間ではなかった。

 だが、少女の追放を最も強硬に主張していたのは、そして最後のダメ押しを決めたのは、この男だった。

 

「一人で街から逃げれば良かっただろう。何故戻って来た」

「みんなが心配だったから」

 

 一瞬の迷いも無く、言い切る少女。

 その視線を正面から受けて、盗賊は気圧されたように言葉を詰まらせる。

 

「まだ分からない事だらけだけど、敵は私を狙って、探してた。だから、みんなも巻き込まれてしまうかもって、不安だったから」

 

 そこで一度、言葉を区切る少女。

 何かを決心したような顔をして、そして再び口を開く。

 

「みんなは街から逃げて。この事件は、私が一人で解決するから」

「それは」

「ほら私、最強チート美少女だし。もう、追放されてるんだし。だから、私が敵の目を引いてるうちに、逃げて」

 

 そして、返事を待つ事もなく、少女は立ち上がる。

 何も言えない男たちの間をしゃなりとすり抜け、可憐な仕草で戸を開けて、夜明け前の街並みへと歩いて行く。

 それを、声をかける事すらできず、見送る三人の男。

 美少女な背中は、遠く路地の向こうへと消えていった。

 

「結局、あの人にお世話になってばかりですね、僕たち」

 

 ぽつりと、声がこぼれた。

 

「追放までしたのにな」

 

 ぼんやりとした呟きが、それに答えた。

 

「あの人の言う通りにするのが、一番良いんだろう。今の俺たちが一緒に行っても、きっとあの人を傷つけてしまう」

「ああ。お前、鞭打ちとか、緊縛とか、好きだもんな……」

「そういう意味じゃない」

 

 遥か遠く、山々の端から覗き出した光が、開け放たれた扉の向こうから差し込んで、立ちつくした男たちを照らしてゆく。

 床に落ちる影には、哀愁が漂っていた。

 

 

 

「え~こちら美少女~美少女でございま~す」

 

 陽光を浴びる街並みに、素っ頓狂な声が響き渡った。

 

「美少女をご所望の方は~是非お気軽にお声がけくださ~い」

 

 朝っぱらから美少女が往来を歩いている。しかも、意味不明な事を喚きながら。

 当然、道行く人々の注目の的になって然るべき行動である。

 

 だが、振り向く者は誰もいなかった。

 というより、そもそも通行人が一人もいなかった。

 だだっ広い道に、歩いているのは少女ただ一人。

 左右に立ち並ぶ雑多な建造物の群れからは、人の営みを感じさせるような匂いも、音も、全くと言っていいほどに伝わってこない。

 

 その一方で、少女は確かに感じ取っている。

 沈黙した住居の中から、薄暗い脇道の奥から、打ち捨てられた廃棄物の影から、酔狂な闖入者へと向けられた、無数の目と、耳の気配を。

 

 要するに、ここはそういう区画だった。

 

 そんな物騒な場所をわざわざ歩く、少女の意図は至ってシンプルである。

 敵を釣り出して、全員ぶちのめす。

 かつての仲間たちが聞けば嘆くに違いない、清々しいほどの脳筋プラン。

 だが、結果的にそれは、一番手っ取り早いプランだったようだ。

 

「お嬢ちゃん。こんな所を一人で歩いちゃ危ねえぜ」

 

 そんな言葉とともに姿を現したのは、ニヤニヤと笑みを浮かべた痩せぎすの男。

 それだけなら、ただのナンパか、あるいはただの誘拐犯という可能性もあった。

 

 しかし、彼はまるで猛獣を前にしているかのように、距離を取り警戒をあらわにして少女と向き合った。

 さらには四方からゾロゾロと沸いてきて、少女を取り囲もうとする男たち。その数、以前の襲撃の三倍以上。各々の手に握られているのは、剣呑な獲物の数々。

 明らかに、少女を狙っての襲撃。

 明らかに、標的が凄腕の美少女であると認識した上で、よく準備された襲撃。

 

 そして、そんな暴漢たちの動きを眺めながらも、少女は余裕の笑みを崩さない。

 当然だ。彼女はただの凄腕の美少女などではない。最強チート美少女なのだ。

 武器を持ったチンピラがどれだけ集まろうと、恐れる必要など無い。そう、確信していた。

 

 だが、その顔は直後に硬直した。

 ドロリと、粘着するような気配が渦巻いて、少女の鋭敏な感覚器官を撫で回す。

 その気配の源泉となっていたのは、いつの間にか男の右手に握られていた、黄金に輝く真円のペンダント。

 

「ほぉ、分かるか。こいつは秘蔵のマジックアイテムでなぁ。大人しく攫われてもらうぜ」

 

 強ばっていく少女の表情。

 ゆっくりと揺れ始める黄金の光。

 そして、勝利を確信した男は高らかに宣言する。

 

「さあ喰らいな! この『女の精神を操って好き放題命令できるペンダント』の力をよぉ!」

 

 

 

 数瞬の後、リーダー格の男は地面に這いつくばり、ついでに周囲のチンピラたちも仲良くダウンし、そして例のペンダントは少女の魔剣によって、原型を留めぬほどに粉砕されていた。

 もはやただのキラキラ輝く砂と化したペンダントを、まだ腹の虫の収まらない様子の少女がグリグリと踏みにじる。

 その不機嫌の理由が「危うく操られそうだった」からではなく「操られなかった」からだという事など、地面から眺める男には知る由もない。

 

「さて、じゃあそろそろ尋問の時間ね。まず、貴方たちのアジトはどこ? どうせ、貴方たちのボスか誰かが私に叶わぬ恋心を抱いてしまって、それでこんな事を企んだんでしょ? どこにいるの?」

 

 なおも蹂躙のステップを続けつつ問いかける少女に対して、男は相変わらずの笑い顔。

 おそらくは、理解しているのだろう。剣も抜かずに男たちをなぎ倒したこの美少女が、裏を返せば、剣を抜いて殺しに来る気は無いのだという事を。

 

「言うわけねえだろ」

 

 その答えを予期していた顔で、少女は次の言葉を放つ。

 

「でしょうね。じゃあ、貴方には女の子になってもらうわ」

 

 悪魔のように、無邪気な笑顔で。

 

「はあ!?」

「安心して。私の磨き上げた技術にかかれば、貴方も『不確定名:美少女?』くらいにはなれるわ。遠目でなら私と見間違うくらいにしてあげる。それで、私を欲しがるゲス男に叩きつけてあげるの」

「なんでだよ! それに何の意味があんだよ!」

「ただの嫌がらせよ。私の仲間に手を出した奴らへのね」

 

 きっぱりと言い切る美少女のその笑顔は、いつの間にか能面のように固まっている。

 それを前にして、男の顔から初めて余裕が消えた。

 

「待て待て待て待て。アンタの目的がゲス男への報復なら、俺たちを潰すのはお門違いってもんだぜ。依頼人がいるんだよ、アンタを攫えって頼んできた奴がな」

「へえ」

 

 平坦な相槌。その奥に見え隠れする薄ら寒さに、男はさらに舌の回転を上げていく。

 

「俺たちは二度とアンタに手を出さねえ。依頼人の事も全部バラしてやる。標的がこんなに強えなんて聞いてねえし、あんな胡散臭え奴を守る義理もねえからな。だから……勘弁してくれ! 頼む!」

 

 ふむ、と美少女はしばし黙考する。

 実行犯のチンピラ共とは別の、依頼人の存在。その事実をゆっくりと噛み砕いてから、自分の中の苛立ちを秤に乗せて、その傾きに目を向ける。

 そして、そっと口を開いた。

 

「貴方たち、変装して私の個人情報を調べたりした? 年齢とか」

「……いや、知らねえよ。調べる意味もねえ」

 

 その言葉に嘘が無い事を、確かに感じ取る少女。

 

「じゃあ、いいか」

 

 少女が呟くと同時に、その場にのしかかっていた緊張感はふわりと消えていく。

 そこでようやく男も安堵のため息をつき、ニヤけ面を作り直した。

 

「ありがてえ」

「それで、依頼人はどんな奴なの?」

「ああ。全身を覆面とマントで隠した男だ。声も魔法で変えてた。前金とアンタの似顔絵を寄越す時も魔法で浮かべてたぜ。手すら見せたくなかったんだろうな」

「なにそれ。魔法使いって事以外、情報ゼロじゃないの」

 

 瞬時に怒りを再燃させそうになる少女。その様子に、慌てて男は言葉を続ける。

 

「待てって。胡散臭え奴だったが、こういう事には慣れてなかったらしくてな。奴の身元に繋がる、大きなヒントを残していきやがった。何だか分かるか?」

「クイズに付き合ってる暇は無いんだけど」

「はいはい。正解は……紙だよ」

 

 紙。予想外の単語に、思わず少女は繰り返して呟いた。

 

「奴が渡してきたアンタの似顔絵の紙、やたらと上等でな。その辺の似顔絵描きが、間違ってもあんな紙使ってるわけがねえ。つまり、アレは依頼人が持ってた紙って事だ」

「それで、どうなるの?」

「ウチの偽造屋に見せたら、すぐに教えてくれたよ。製紙職人の名前も、その特徴的な最高級紙の、唯一の納品先もな」

 

 得意げに語る男の話を半分に聞きながら、少女はふと思い出していた。

 この悪党たちが、少女の個人的な情報に興味を持っていなかったのなら、それを調べていた男、その、別に隠されてもいなかった正体は。

 

「領主の屋敷だよ」

 

 そして、全ての元凶に、少女はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 この広い街の中心には、大きな広場がある。

 中央の噴水を囲むように、いくつものベンチが並べられ、いつも憩いの時を過ごす人々で溢れている。

 その広場を、南から北へと真っ直ぐ突っ切った先。林に三方を囲まれた、意外なほどに閑散とした一角。そこに、領主邸はひっそりと存在していた。

 そして、その正門を訪ねる美少女の姿があった。

 

「主は病に臥せっておられます。会わせる訳には参りません」

「それは……恋の病ですね!?」

「御冗談を」

 

 だが、返ってきたのは、そんなすげない言葉であった。

 

 スーツをかっちり着込んだ老執事が、慇懃に頭を下げる。

 その姿を呆然と眺める美少女。

 美少女営業スマイルを維持しながらも、頭の中では、さて、どうしたものかと思考を巡らせていく。

 

 事前に少女が想定していたのは、二つのパターンだ。

 

 一つは、この領主邸の全員が誘拐計画に加担しており、ノコノコ現れた美少女の姿を見た途端に襲いかかってくるパターン。

 だがこれは、門衛に立つ兵士たちの無関心な反応によってすぐ否定された。

 

 よって、残ったのはもう一つのパターン。

 計画を知るのは領主と腹心の部下だけで、邸内にこっそり用意された秘密の拷問部屋か何かに招き入れられて、秘密裏に襲われるパターンである。

 

 どちらにせよ、襲われたら正当防衛でぶちのめして事件解決。それが少女のプラン。

 故に、敷地内に入る前に追い返されるのは、完全に彼女の想定外であった。

 不可解な反応。プランの崩壊。

 そこで、少女は初めて全く新しい可能性に思い至る。

 

 すなわち、領主の病とは恋の病ではなく、本当に病に倒れているのではないか、という事に。

 

 そして、もしそうなら、主無き邸内で領主の命令を騙り、部下を動かせる人物がいるであろう、という事に。

 

 はっと顔を上げる少女。

 反射的に飛び退こうとする。身構えようとする。愛剣の柄に、手をかけようとする。

 その全ては、失敗に終わる。音も立てずに絡みつき、少女の四肢を締め上げる、光の縛鎖によって。

 

 視線の先、そこには先程までの素っ気なさが嘘のように、険しい顔の老執事。その手には、魔力光を放ち続ける真紅のワンド。

 そして、少女は思い出す。

 自分の誘拐を依頼した人物は、魔法使いだったという事を。

 

「貴方が、黒幕だったの」

「まあ、そういう事になりますな。まったく、あのゴロツキ共は役に立たなかったようで」

 

 拍子抜けするほどに、あっさりと認める老執事。

 追い求めてきた黒幕を前にして、しかし少女の身体は動かない。少女の歯がギリリと鳴る。

 マジックアイテムによって得た怪力も、魔法抵抗力も、全てをねじ伏せて、老人の束縛魔法は美少女を拘束し続けていた。

 

 少女が視線を横に走らせると、そこにはあくびを噛み殺しながら通常業務を続ける門衛の姿があった。

 おそらくは、結界。この場でいくら叫ぼうと、暴れようと、外の人間に感知される事はない。

 つまり、助けは期待できない。

 

「何が目的なの! 私を縛って、いやらしい事でもするつもり!?」

「まさか」

 

 強がるような少女の叫びを、老魔法使いは一笑に付す。

 そして、なんでもない事のように付け加える。

 

「私はただ、この手で貴方という存在を消し去りたいだけですよ」

 

 枯れ木が擦れるような、乾いた声。そこにあるのは明確な敵意。底知れぬ、暗い感情。

 その左手に、さらなる魔力の光が収束していく。

 

「さあ、おやすみなさい」

 

 宣言とともに、光は放たれる。全てを塗り潰し、浄化していく眩い輝き。

 

 最後の瞬間、少女は、目を閉じなかった。

 

 

 

 光は、しかし美少女のその肌に触れる寸前で、霞のように千切れ去った。

 

「なっ!?」

 

 驚愕する老執事。その目の前で、少女の全身に纏わり付く縛めが、一本、また一本と霧散していく。

 そのような現象を引き起こせるのは、神官が使う解呪魔法でしかあり得ない。

 

「なにやらピンチそうじゃないですか。最強チート美少女さん」

「……どうして」

「あなたは人目につきますからね。行き先はすぐに分かりましたよ。そして、あなたが居れば絶対に荒事になっていると思いました」

 

 不敵な顔で、笑いかける男。

 少女のかつての仲間であった神官は、それが当然だと言うように、そこに立っていた。

 

「まあ、話は後です。それよりも」

 

 神官が首を横へと向ける。つられてそちらへ向き直る少女。そこには、再び魔力を集中させようとする老執事の姿。

 その姿が、一瞬のうちに渦巻く炎に飲み込まれる。

 

「どういう経緯があったら領主様のお膝元でドンパチやる事になるんだよ」

「……ダーリン」

「だからそれ忘れろって」

 

 ボヤきながらも、攻撃の手を緩めない魔法使い。嵐のように放たれ続ける魔法の猛攻。

 だが、それら全ては杖の一閃で吹き散らされる。そして現れるスーツ姿。

 乱入者たちの奇襲を受けてなお、老執事は健在であった。

 

 そして、ようやく少女は思い出した。自らの役目を。為すべき事を。

 弾かれるように駆け出す。剣を手に、忘れかけていた絆を心に抱いて。

 

「だあああああありゃああああああああ!」

 

 美少女らしくない雄叫びを上げながら、美少女は突撃していく。

 防御も回避も捨て去り、ただひたすら前へと。

 

 狭まっていく視界の中、老執事が僅かに、しかし確かに怯えを見せた。

 敵意の込もった一撃ではなく、ただ少女を遠ざけるために、魔力を込めた杖を突き出そうとする。

 

 その杖が、ぱかんと軽い音とともに、地面に転がった。

 一瞬の思考の空白。その隙に、蛇のように鞭が走り、老体を絡め取る。

 美少女の派手な動きに老執事の意識が向けられた、その一瞬。盗賊は、影のように、老人の背後に忍び寄っていた。

 

「やっぱり私、タンク役が似合ってるのかな」

「そうだな」

「緊縛攻撃も受け止めてあげようか?」

「要らない」

 

 そうして、戦いは終わった。

 

 

 

 黒幕を名乗る老執事は倒れた。

 だが、謎は未だに解決していない。

 結局のところ、何故美少女は狙われたのか。この老人は何が目的だったのか。

 その答えは、意外な所から判明する事となる。

 

 いつの間にか、一行の姿を見つけ、駆け寄って来ていたもう一人の老人の口によって。

 

「似ている……生き写しとしか、言いようがない」

 

 ぽつりと呟いた、その老紳士の姿を見て、その場の誰もが驚きに顔を硬直させる。

 まるで、幻でも見ているような顔をした、この街の最高権力者──領主が、そこに居た。

 

 

 

「彼女との出会いは、もう50年以上前になるだろうか」

 

 邸内の応接室へと場所を変え、領主は語り始めた。

 未だにその声は夢見心地で、その視線はどこか遠い所を見つめている。

 

「君に、とてもよく似ていた。彼女も冒険者だった。初恋だったんだ」

 

 この老人があらぬ方向を見続けているのは、他の全員にとって幸福な事だった。

 ダラダラと冷や汗を流し続ける美少女。

 気まずい表情で顔を見合わせる男たち。

 そして──古傷を抉られているような顔で、震える老執事。

 

「しかし、彼女は冒険から帰って来なかった。残ったのは、彼女の仲間が届けてくれた、僅かな遺品だけ。ああ、その時の縁で、彼はずっと私の執事をやってくれているんだ」

 

 少女は思う。その辺の男が相手なら、適当にからかい目的で正体を明かす事など、特に何も感じないだろう。

 だが、この老人の、長年持ち続けた想いは──少々重すぎる。

 

 それに、横からこちらを見据えている老執事の目が必死に訴えかけてきているのだ。

 分かってんだろうな? と。

 

「君さえ良ければ、なんだが。これからも、たまにでいいから、その顔を見せに来てはくれないか?」

 

 老人の提案に、その顔の裏に隠しきれていないドロドロとした感情に、少女は美少女申し訳ないスマイルを総動員して返答する。

 

「実は、明日にでも命がけの冒険に出かける予定がありまして……」

 

 

 

 数日後、美少女は帰らぬ人となった。

 彼女のパーティが向かった古代遺跡は、特に危険度も高くなく初心者向けと評判だが、どういうわけか数十年前にも死者が出ているという曰く付きの迷宮であった。

 他に特筆すべき事といえば、強力な解呪の泉が存在しているくらいである。

 

 生き残ったパーティリーダーは、後にこう語った。

 

「我々は惜しい美少女を亡くした。だが、あれが最後の美少女とは限らない。いつの日か、また新たな美少女が現れるだろう」

 

 数百年後、再来した『予言の美少女』が伝承の武具を纏い、この街を救う英雄となる事を、この時はまだ誰も知らない。


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