「ねぇねぇ知ってる? うちの学校から雄英の合格者が出たんだってさ。しかも二人も!」
「うっそ、マジ!? えー、でもそれ本当だったら先生たちもっと自慢してきそうじゃん?」
「そりゃ、噂だと受かったのが渡我と朱紅らしいし。だからでしょ」
「あー……めっちゃ影が薄い子と頭おかしいけど関わらなけりゃ無害な奴ね。そりゃ誰も何も言えんわー」
自分の名前が聞こえた気がして、廊下の方を見やると、胸に花をつけて卒業証書の入った筒を持った同級生が歩いていました。呼ばれたわけではなさそうなので視線を教室内に戻すと、クラスメイトが集まってワイワイと話しています。
「中学校生活最後の最後だァ! 野郎共ォ! カラオケ行こうぜェ!!」
「行く行くー、斉藤も行くべ?」
「おー」
卒業式もホームルームも終わって、みんなどこか遊びに行こうと話し合ったり別れを惜しんだりしているようです。切り替えの早い子は早々に帰途へついているみたいなので、私もそろそろ帰ろうと前の席に座っているあーちゃんに声をかけました。
「落ち着きました?」
「ぐすっ……うん」
あーちゃんは泣き疲れた様子で頷きます。卒業式が始まってからずっと泣いていましたから、余程悲しかったのでしょう。
「伸びなかった……身長……入学してから1ミリも……」
三年間で草臥れたあーちゃんの制服に目をやります。ズボンは裾上げしているのでまだ目立ちませんが、ジャケットは完全に袖が余っていました。中学生だった燈矢くんがタケノコのように背が伸びたので、真似をして大きな制服にした結果がこちらです。ちなみに、昔は同じくらいの背丈でしたが、今では15cmくらい私の方が大きいです。
「でもほら、小さい方がカァイイですよ」
「小さいは正義!!」
宥めるように頭を撫でると、あーちゃんは晴れやかな笑顔でバンザイしました。余っている袖がズルズルとずり落ちます。
「むー、雄英の制服はSサイズにしとこ」
「あは、ブカブカだねぇ」
なんとなしにあーちゃんの右の袖へ手を差し込みます。そのまま擽るように指先を滑らせ、手のひらの傷跡をなぞりました。パチパチと目を瞬かせたあーちゃんはポポポと頬を赤くして。
「煩悩退散!」
「あーちゃん!?」
机に勢い良く頭を打ち付けました。突然のことに驚いたのは私だけでなく、教室に残っていたクラスメイトの視線を集めます。
「うおっ、びっくりした」
「気にするな、朱紅だ」
「なんだ、ただの朱紅か」
しかし、集まった視線はすぐに霧散し、元のガヤガヤとした雰囲気に戻りました。あまりクラスメイトと関わりませんでしたが、このクラスのこういうところはずっと有難かったなぁ。なんて、しみじみと思いました。
家に帰るまでが遠足というのならば卒業式だってそうなのでしょう。家に帰って、制服を着替えてホッと息をついたら、ようやく終わったなぁ、と感じるのでした。
卒業式と入学式の間は心がふわふわします。中学生でも高校生でもない、自分の定義が少しだけ曖昧になる期間。小学校から中学校のときと違って、引っ越しの準備とかやらなきゃいけないことは多いですが、今日くらいはそういうのを頭からポイと捨てるのです。
荷造り途中のダンボールを部屋のすみっこに寄せて、カチカチとカッターの刃を出して、戻して、いい感じの長さになったら逆手に持って。
「えいっ」
「とても痛い!」
あーちゃんにサクッと刺します。刺したまま血が流れないようにすると本気で泣いちゃうので、手早く抜いては刺すを繰り返し、あっという間に血まみれ素敵なあーちゃんになりました。さらに今日はとあるものを用意してあります。
「それは?」
「ジュースを飲むとき、ストローで飲んだ方が美味しく感じるときありません?」
「カップ麺プラスチックフォーク理論だ!」
「というわけで、試しにストローでチウチウするのです」
じゃじゃーん、とカッターを持っていない方の手でストローを掲げました。あーちゃんがパチパチと拍手をしています。
「カッターとストロー見ると工作したくなるね」
シャボン玉とかやりたいなー、としげしげ見つめているので、ティッシュ箱を手に取り、ストローをアンテナに見立てて、ポチッと押すフリをしました。
「あーちゃんスイッチ、『あ』」
「へっ? えーと、あ……あ……愛してる!」
あーちゃんが手を差し出しながら、そんなことを言うので、差し出された手を取り、ぐいと引き寄せて耳元で囁きます。
「私も愛してますよ」
「ぴ」
よし、勝ちました。ところで、一体トガは何と戦っているのです? 頬をポリポリと掻いてから、まぁいいやとストローに口をつけました。
「うん」
チウチウしにくいです。ぺいっとストローを机の上に置いて、直接切り口に口をつけます。舌を這わして、流れ出た血を舐めとってからチウ、チウ、と血液を吸い出していきます。
しばらく経ってもあーちゃんがピクリとも動かないので、脈も息もあるので身体は大丈夫でしょうけど、少し身体を離して尋ねました。
「生きてます?」
「ボクもう死んでもいい」
安らかな顔をしていたので頬をつねります。
「ダメです」
「ひゃい」
それから、夕方頃までお話したりゲームしたりして、帰る時間となったら慣れたもので、手早く止血を行いました。
「じゃあね、ヒミちゃん。また明日!」
「はい、また明日」
卒業式が終わって、ふわふわとした時期がやってきても、変わらないものがあるのです。手を振りながら、明日は何をしようかとゆっくりのんびり考えていました。