トガヒミコが××を好きになるまでの物語   作:白虎しゃも

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IF『敵連合ルート【キミとボクの逃避行】』

 四歳になっても“個性”が分からなかったから、心配した両親に病院へ連れていかれた。そして、アレコレ調べる中で、母親の“個性”が『増血』だから血を増やせるんじゃないかと、手の甲に血を垂らされた。

 そのとき、ボクはアニメを好きになって、トマトが嫌いになって、内気で臆病だけれど献血に協力するくらいには善良な、誰かの考え方で脳味噌を上書きされた。

 この唐突に生えてきた人格を『献血男』と呼んでいる。吸収した血が少なかったからか、それとも身体は女だからか、朱紅藍(ボク)とは違う人格だ、という認識はあった。とはいえ、二重人格のようにはっきり分割されているでもなし。もともと自我の薄い朱紅藍(ボク)の意思はほとんどなく、日常を『献血男』の考え方で過ごしていた。

 例えば、『献血男』はとにかく平穏を好んでいる。喧嘩や争いに巻き込まれないように、ひたすら目立たないように、『献血男』としては女装をしたくなかったが、制服は身体に合わせてスカートにしたし、一人称は「わたし」を使って、ごく普通の女の子のように振る舞った。

 ときたま“無個性”だと思われ、からかわれたりしたけれど、概ね平和な日常生活を送り、義務教育の終了へと至る。つまりは中学校の卒業式。

 

 薄暗い学校の廊下でボクは、とある女子生徒の笑顔を見つけた。

 

 ぼーっと見惚れていたボクの脳内ではガンガンと警鐘がなっている。笑顔(といっても泣き笑いだが)を浮かべる彼女、三年間同じクラスだった渡我被身子さんが何をしていたかというと、男子生徒の血をストローで啜っていたからだ。近くに落ちている血に塗れたカッターから、彼女がその男子生徒を傷つけたのだと推察もできた。

 『献血男』の考えで動いたのなら、恐怖のあまり固まるか、はたまた泣き出すか、なんとか勇気を出して警察を呼ぶか、したのかもしれない。だけれどボクは逃げ出した彼女を躊躇いなく追いかけた。鏡を見なくとも分かる、満面の笑みを浮かべて。

 

「……え、待って。渡我さん足速すぎない?」

 

 追いつけそうにないので、“個性”を使うことにする。巨人の出てくるアニメの主人公みたいに、思い切り手を噛んだ。あんまり自傷すると背が縮むからやりたくないんだけどなぁ、なんて『献血男』のボヤキは脳内に欠片も残らなかった。

 

 走りながら考える。なんて声をかけよう? 渡我さんはクラスメイトだったのだ。会話をしたことだってある。教室の隅っこでコソコソ漫画を読んでいたボクに、渡我さんが人好きする笑顔で声をかけてきたときはオタクに優しいギャルって実在するんだ! と『献血男』が感動していた。他にも……あれ、他には……?

 

「ねぇ」

 

 いやいや、もっと他にもあるはずだって。

 

「どうして追いかけてくるの?」

 

 だって話しかけるならきっかけが必要じゃないか、そこから仲良くなれるようなサムシングが。なにかこう、思い出せ……ない! 存在しない記憶とか、そういうのでもいいからなにかあってよ!

 

「トガがワルモノだからですか? 捕まえればヒーローになれるからですか?」

 

 そうだ、話しかけてくれたときに読んでいた漫画はなんだったっけ? そこから話を膨らませいくのは中々いい考えではないだろうか。えーと、確か原作は小説だったような……?

 

「もしそうだというなら、トガはワルモノらしく抵抗します。このまま窮屈な牢屋に入るのは、ゴメンなので」

 

 あ、思い出した。

 

「カッターよりもホッチキスのほうが凶器としてエグく感じるのはなんでだろうね」

「はい?」

「針だからかなぁ」

 

 主人公が口の中ホチキスされていたやつだ。

 

「……普通じゃないからでしょう。カッターは普通に使っていてもうっかり刺さって血が出てしまうような道具です。でもホッチキスは普通に使えば怪我なんてしませんから、怪我をするような使い方は、あまりにもおかしいのです」

「ほえー」

 

 ボクたちはいつのまにか足を止めていて、渡我さんは怪訝な目をしながら、こちらにカッターの刃先を向けている。向けるだけで刃先を口の中に入れたりしないから、渡我さんはとっても良心的な子だと思う。

 それにしても思っていたより真面目な答えが返ってきた。そして、ここからどうやって話を膨らませればいいのか全く分からない。誰かベーキングパウダー持ってない? 重曹だけでもいいよ?

 

「それで結局、何を言いたいのかなぁ、食紅さん?」

「人を食用色素みたいに呼ばないでね。ボクの名前は朱紅だよ」

「ごめんねぇ、噛みました」

「いいや、わざとだよね?」

「はにかみました、てへっ」

「渡我さんカァイイやったー!!」

 

 そして、あのときお話したマンガにあるやりとりと同じようなやりとり!

 

「もしかしなくても、ボクとお話したこと覚えていてくれたんだ、嬉しいなぁ」

「マンガについて話すとき妙に早口だったので記憶に残ったのです」

「ぐわーっ!」

 

 『献血男』が膝から崩れ落ちた。悲しい気持ちがどっと押し寄せてくる。嬉しさと悲しみが混ざり合って、もにょもにょと力なく笑みを浮かべた。

 

「でも、あのときの朱紅さんは、普通の女の子でした。少なくとも、普通であろうとしていました」

 

 カチカチと、カッターの刃が長くなる。

 

「もう一度、聞くね。どうしてトガを追いかけてきたの?」

 

 どうして、と聞かれたならば答えてあげるが世の情け。世間にそんな情けが本当にあるかどうかは置いといて。渡我さんとお話したくて、朱紅藍(ボク)自身がすっごく頭を使ってみて、分かったことが一つある。

 

「どうにも気の利いたことが言えそうにないから、言いたいことだけ言うね」

 

 どうやらボクは考えるのに向いてないみたい。

 

「好きです。キミの笑顔に惚れました。お友だちからはじめませんか?」

 

◆◆◆

 

 諸君、私はセーラー服が好きだ。

 諸君、私はセーラー服が大好きだ。

 以下略、ならばコレクションだ!

 

「というわけで、彼はセーラー服を集めることに多大な執念を抱いていたみたい」

「わぁ」

 

 クローゼットの中には多種多様なセーラー服が所狭しと並んでいる。ブラボー! 素晴らしい! まったく、セーラー服は最高だぜ!!

 

「全国のセーラー服が揃っているから、どこに行っても違和感なく溶け込めるね」

「でも、一着ずつしかないですよね。朱紅さんとトガで違う制服着てたら逆に目立っちゃいます」

「大丈夫だよ。これらは観賞用だからきっとこのへんに……あったあった、保存用みっけ」

「当然のように出てきたねぇ」

 

 ビニールに包まれたセーラー服を眺める。駄目だ! これは後生大切にとっておくんだ! でも、とっておくより渡我さんに着てもらった方がよくない? ……一理ある。むしろ三千里くらいある。

 さて、脳内でウキウキしている彼は『セーラー服コレクター』、だと長いので『コレクター』と呼んでいる。逃亡生活が始まってそこそこに出会った青年がベースとなっており、その青年は自室でぐっすりと眠っていて、二度と起きることはない。安らかに眠ってほしい、キミの残したセーラー服はボクが全て渡我さんに着せてみせるから……!

 うん、『コレクター』の血を被ってそれほど時間が経っていないから随分と考え方が『コレクター』に引き摺られている。整理しよう、そもそもの目的は渡我さんに彼の内面を伝えることだ。

 渡我さんは好きになった人の血を吸ってその人になりたい、という考えを持っている。見た目は渡我さんの“個性”でその人になれるけど、中身はそうもいかない。渡我さんはきゅんとするとわりと気軽に相手をサクサク切り刻むし、そもそも他人に自分の中身を全て曝け出す人なんてそうそういないだろう。

 そこで、ボクの“個性”の出番だ。これまでは警察やヒーローの考え方をトレースして逃げ道や物資を用意するくらいだったけれど、ボクが相手の血を被って人となりを把握して渡我さんに伝えれば、彼女はより好きな人に近づけるって寸法さ!

 ところで、卒業式以来一度もボクに刃物が向けられたことがないのだけれど、どうしたら渡我さんはボクにきゅんとしてくれるかな?

 

「朱紅さんを見てると好き嫌いよりも前に、昔のことを思い出しちゃうのです」

「中学校のこと?」

「小学校も幼稚園も、全部。ずっと一緒だったもん」

「嘘でしょ……」

 

 ボクの人生って一体……いや、過去を振り返ってもしょうがない。未来のことを考えよう。うーん、考えるの苦手だから考えずに行動しちゃダメ? 何も考えずにセーラー服を集めたらどうなると思う? 嬉しくなる! 死ぬんだよ、社会的に!

 つまりは、これからのお話。ボクが渡我さんとどうなりたいか、という話である。勢いそのまま追いかけて、将来のことを何一つ考えていないままでいるのはよくない。本当に渡我さんのことを思うなら真っ当な道へ行くべきだろう? 大丈夫、人間はいつだって人生をやり直……これ、ヒーローの考え方だな。渡我さん、警察やヒーローは好きじゃないからこういう考え方はどっかにしまっちゃおう。ボクは渡我さんの好きな人にはなりたいけど、嫌いな人にはなりたくないからね!

 

◆◆◆

 

 逃亡生活も長く続けば慣れるもので、すっかりアングラな人たちと仲良くなったし、渡我さんのことも下の名前で呼ぶようになった。

 そうすると、三人暮らしだったり二人暮らしだったりする中で、油断というか気の緩みみたいなものもあったりして、『変身』した後の全裸な被身子ちゃんとバッタリ、なんてこともある。

 

「うわぁ!? 被身子ちゃん服着て服!!」

「んえ?」

 

 同性なのに何をそんなに慌てているのかといえば、確かに『献血男』は恋愛クソ雑魚ナメクジなヘタレだから無害だけど、『コレクター』とか被身子ちゃんがチウチウした相手には女子高生を性的な目で見ている駄目な大人が多い。その人たちの血を被ってきたボクも当然、被身子ちゃんをそういう目で見てしまうわけで。

 

「もう! 直近で浴びた血の人が人体よりも四つ足の獣に興奮する性癖持ちだったからよかったけどさ! 被身子ちゃんに邪な考えを持っている人も多いんだから気をつけてね!」

「んー……藍ちゃん自身はどうなのです? トガとそういうことしたいの?」

「被身子ちゃんわざとやってる……?」

 

 ええい、そういうことを考えるのは止めるんだ駄目な大人たち! 感情の濁流を抑え込みながら、首を捻る。うーん、朱紅藍(ボク)の考えがちゃんとサルベージ出来てるかわからないけど、被身子ちゃんが幸せになってくれたら、ボクも嬉しくて満足。欲を言うなら、ペット枠あたりでそれなりに構ってもらえたらすっごく嬉しいかもしれない。

 

「あと、前々から思っていたのですが、藍ちゃんが被った血の人になるのって、血の量で時間は変わりますけど、一時的なものですよね? なのに色んな人の考え方を持ったままな気がするのです」

「えっと、感情の伴う記憶は忘れにくい、という説があってね」

「うん」

「血を被るじゃん? 考え方と一緒に感情も生えてくるでしょ? そりゃ後に引くよね! って感じかなぁ」

 

 なので、思い入れの強い部分はこびりついた油汚れのように残るけど、そうでない部分は結構忘れている。そして、性癖がどっちに入るかと言われたら前者である。

 

「あれ、ということは藍ちゃんの性癖は今までの色んな人の性癖が混ざり合って“Plus Chaos”みたいなことになってません?」

「お気づきになられましたか……」

 

 大概やべーことになっているというか、全体的に思考回路がわちゃわちゃしすぎて、深く物事を考えようとすると吐き気がしてくる。じゃあ何事も浅く考えれば問題ないね! わーい浅はか!

 

「どんなに性癖闇鍋が煮詰まってもボクが被身子ちゃんのことが好きということに変わりないから、安心して!」

「安心できる要素がないよ?」

「……悪いのは闇鍋になるような性癖持ちが多い世の中だから……」

「そうかなぁ」

 

 たぶん、おそらく、きっと。もしもそうじゃなかったとしても、そういうことにしておいたらいいんじゃないかな。

 

「逆に、世の中って結構、普通じゃない人が頑張って普通のフリをして生きているんだなぁ、とも思うけどね」

「……それだけ、窮屈な世の中なのです」

「うん。窮屈で狭苦しくて息がしにくい、そんな世の中だ」

 

 ぐじゅり、と頭の奥で不快感を凝縮した感情が蠢く。ボクはそれを、知らん顔して押し込めた。それがどんな激情であれ、ボクにとっては他人の感情よりも自分の『好き』のほうがよほど大切なのだ。

 

「でも、被身子ちゃんの傍はすっごく居心地がいいからさ。これからもどうか、キミの傍に居てもいい?」

 

 被身子ちゃんは、少しだけ目を細めて、なんでもないように言った。

 

「お好きにどうぞ。トガも好きに生きるので」

 

◆◆◆

 

 お出掛けから帰ってきた被身子ちゃんが機嫌良さげに笑っていたので、ボクも心をウキウキさせて「なにかいいことでもあったの?」と尋ねてみた。

 

「カァイイ女の子とお友だちになりました」

 

 胸を張って答える被身子ちゃんカァイイやったー! 被身子ちゃんは興奮した面持ちで、さらに身を乗り出す。

 

「しかも、遊びに来てくれるそうなのです! なので女子会しましょう、女子会!」

 

 おー! と気合を入れ、紅茶やお茶請けの準備をして待っていれば、やってきたのは小柄な女の子だった。

 

「逢いたかったわ、お姉様!」

「愛美ちゃんです。一応彼女の方が年上です」

「相場愛美よ、ラブラバと呼んで」

 

 ラブラバさんは被身子ちゃんをお姉様と呼んでいる。ラブラバさんは被身子ちゃんより年上である。ボクはガタッと立ち上がった。

 

「年上の妹って実在したんだ!」

「妹ではないです、お友だちです」

 

 ボクは静かに座り直した。

 

「お姉様はね、私とジェントルが警察とヒーローに追われていたところを颯爽と助けてくれたの! とっても格好良かったわ! ジェントルの次くらいに!!」

「いやぁ、私も『あれ、あいつトガじゃね?』って感じで追いかけられたので一緒に逃げただけですけどね」

「ほわー」

 

 そっかー、警察とヒーローに追いかけられたのかー。

 

「この地域に移動したのはつい最近だから警戒はあまりされていないと思っていたけど、隠密に優れている被身子ちゃんが追いかけられたということは追跡されている? それとも全国で警戒度があげられた? なんにせよ警察の情報網とヒーローネットワークを洗い直す必要があるな」

「何も考えていないような顔をしていたのに急に早口で話し始めたわ、お姉様!」

「いつものことです」

「あ、おうどんたべたい」

「何も考えていないようなことを言い始めたわ、お姉様!」

「いつものことです」

 

 情報集めが得意そうな考え方に任せて義爛おじさんから買った携帯端末を弄っていると、特定の動画がアップされては警察に消され、ヒーローたちはその動画に対して警戒心を高めていた。

 

「んー? なんか動画が出回っているっぽい? なんだろこれ」

 

 警察に消される前に動画をダウンロードして再生する。被身子ちゃんとラブラバさんもボクの手元を覗き込んだ。動画の内容は、血まみれのおじさんが世直しを訴えている感じのものだった。

 

「あっそれ、ステインとかいうやつの人生動画ね! まったく、ジェントルの動画を見ずにこんな転載動画ばかり……」

「素敵です!!」

 

 弾んだ声を上げた被身子ちゃんが、ひょい、とボクの手から携帯端末を拾い上げて、動画を観ながら嬉しそうにくるくると廻る。どうやらきゅんとする相手を見つけたみたい。

 

「そうです! そうなのです! 息が詰まるというのなら、生きにくいというのなら、変えましょう! 息がしやすくて生きやすい、そんな世界に!! 素敵なヒトです、好きです、好きになりました! 会いに行きましょう、今すぐに!」

 

 会いに?

 

「もう捕まっちゃってるよ?」

「そんなぁ!?」

 

 ガーン、とショックを受けて取り落とした端末をキャッチする。タルタロスへの行き方って調べたら出てくるかな。

 

「お姉様! ジェントル! ジェントルはどうかしら! ジェントルのほうがもっと素敵な世界に変えてみせるわ!!」

「方向性が違います! 愛美ちゃんのことは応援していますが、それはそれ、トガはこっちのほうが好きです!」

 

 ガガーン、とショックを受けたラブラバさんが、慌てた様子でこちらに声をかける。

 

「貴女は? ステインはあの敵連合と繋がりがあるという噂があるのよ! 危険ではないかしら?」

「被身子ちゃんが幸せそうでボクも嬉しい」

「何も考えていないのねこの子!!」

 

 やだなぁ、考えすぎない程度には考えているよ。被身子ちゃんが望むことを叶えるために、こうして義爛おじさんにメールを打ったりしてるもの。

 

◆◆◆

 

「はじめまして弔くん! 君ってステ様のお仲間なんだよねぇ? ねぇ?」

 

 バーのカウンターには白い手の人、黒いモヤモヤの人。ボクたちの隣には肌が大変なことになっているお兄さん。そんな面々にものともせず、被身子ちゃんは元気に伝えた。

 

「私たちも入れてよ! 敵連合!」

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