一応、体育祭の話をしておくと、あーちゃんはドクターストップにより第二種目を辞退。私はなんとか決勝に進んで一回戦敗退です。戦闘スタイル的に、乱戦ならともかく一対一は分が悪いといいますか、初手範囲攻撃をぶっ放されたらどうしようもないのです。
とまぁ、体育祭のことはいいでしょう。問題はあーちゃんの身体、そして“個性”についてです。検査入院が終わって、帰ってきたあーちゃんを出迎えました。
「頭、大丈夫ですか?」
「元からおかしいよ?」
「いえそうではなく。言い方が悪かったですね、ごめんなさい。そしてあーちゃんはおかしくないです」
「そうかなぁ」
「そうです。えぇと……ほら、人の血を浴びたでしょう? だから、なにか、変わりありませんか?」
「あー! そうだったね! うーん、すぐ気絶したからかな? 前と変わんないよ!」
少し安心して、切り替えるようにコホンと咳払いをします。
「それで、お医者さんはなんて?」
「おうちの人とコレ読んでね、って」
というわけでA4再生紙の束を受け取り、スチャッとメガネをかけて目を通します。あ、このメガネは伊達です。気分です。
書いてあることをサクッと噛み砕くと、ようは心筋と骨格筋の違いみたいなものです。あーちゃんの個性因子は心臓のように自発的に働いています。なので、本人の意思に関わらず皮膚に血液が触れれば吸収して増殖させます。このとき、他人の血液を取り込むと、他人の血液(“個性”因子)を基にあーちゃんの血液(“個性”因子)が増えます。単なる複製ではなく、増えているのは他人の“個性を発動できるあーちゃんの“個性”因子なのです。結果として、他人の“個性”が自動で発動する、というわけです。加えて、“個性”因子の増殖率から推測するに、発動する“個性”は最大出力、ともすれば元の持ち主の限界を超えたものだろう、と。
深々と溜息を吐きます。なんとも頭が痛い。こんなの、赤ん坊に手榴弾を持たせるようなものですよ。暴発して自爆する未来が容易に想像できます。
不幸中の幸いは、元々あーちゃんが他人の血液に触れないように避けていたことでしょうか。ですがこの先、ヒーローとして活動していくのなら流血沙汰と遭遇しない、というのは土台無理な話です。そのためにヒーローコスチュームがあるわけですが、こっちはこっちで問題がありまして。コスチュームに使用している素材が手に入りにくい上に加工しにくいとかで、防水加工もとい防血加工どころか全身を覆ってすらいない状態です。夏休みまでには完成品が届く予定ではあるのですが。
「へー、職場体験あるんだね」
そう、授業とはまた違った、職場体験という実習が夏休み前にあります。あーちゃんは休みの間に貰ったプリントをパラパラと眺めていました。
「ちゃんと燈矢くんから指名来てました?」
「うん、来てたよ。というより、燈矢兄ちゃんからだけだったねー。ヒミちゃんは?」
「あぁ、知らないヒーローからもいくつか来てましたね」
あと何故か燈矢くんのお父さんもといエンデヴァーからも。なんでだろうねぇ、怖いねぇ……これ絶対、焦凍くんとのテーマパークが理由ですよ。それでいいんですか、No.2ヒーロー?
とにもかくにも、前々から話をしていたので、私たちの職場体験先はトーヤ事務所です。持つべきものはコネというものです。世知辛い世の中ですね。
あーちゃんの“個性”について不安は残りますが、気心がしれた相手との職場体験ならそうそうおかしなことは起こらないでしょう。そんな楽観を胸に、あっという間にやってきた職場体験へ向かいました。
「ようこそ、トーヤ事務所へ」
都心から付かず離れずな土地の、年季の入った建物の一部屋が燈矢くんのお城です。青々としたヒーローコスチュームを身に纏い、ニヤリとした顔で出迎えてくれたのも束の間。
「なんて言ってる場合じゃねェんだ。さっさと仕事すんぞ、おまえらも仕事しろ」
「これはひどい。学生を労働力としか見ていない悪徳ヒーローです」
「書類が山積みで高層ビルみたいになってる!」
いつも通り、荒んで捻くれているくせに素直で真面目な燈矢くんになりました。
「ワンマン事務所が学生受け入れる余裕なんざあるわけないだろ。即戦力と見なしてるからな、インターンでも働け、卒業しても働け」
「わーい、働く!」
「その前に人を雇いましょうよ」
デスクも棚も、応接用の机ですら書類で埋まっています。インタビューとか仕事の依頼とかで人が来るときはダンボールに詰めて押入れに隠すのです。お手伝い一回につき蕎麦一回でやっています、大抵、焦凍くんも一緒なので。うどんと蕎麦ならうどんのほうが好きですけど、蕎麦も嫌いじゃありません。麺類の中ならパスタが一番好きです。燈矢くんは柔麺が好きらしいですけど、仁くんは焼きそば、マグ姉は春雨でしたっけ……春雨って麺なんでしょうか? 閑話休題、燈矢くんは微妙な顔で少し黙った後、ハッと鼻で笑います。
「金が無い」
「えぇ……」
「しょうがねぇだろ、どっかでサイドキックでもやりながら独立資金貯める計画がクソ親父のせいでダメになったんだから」
「それ焦凍くんから聞きましたよ。お父さんの事務所に誘われて断ったときの売り言葉に買い言葉で後に引けなくなっただけでしょう?」
「チッ。知ってても聞き流すモンだろうよ」
「わぁ。お金があっても人望なさそうです」
「うるせ」
軽口を叩きながら、書類の山を少しずつ崩していきます。ダンボールに詰めこむ以外のお手伝いもちょくちょくしていたので、勝手知ったるなんとやら、です。この惨状は事務所に燈矢くん一人しかいないというのもありますが、デビューして数年とは思えないほどの仕事量が原因でもあります。人気がある、と一言で言うにはエンデヴァーのネームバリューが大きすぎるでしょう。なにかにつけてお父さんに呪詛を吐く燈矢くんですが、そのあたり、使えるものは何でも使うスタンスを取っています。
「燈矢兄ちゃん、今いーい?」
「ん、少し待ってろ。あと、ほとんど変わんねェけどトーヤな、一応」
「トウモロコシ粉を焼いたやつ!」
「それはトルティーヤだ」
あーちゃんは単語に脊髄反射で反応しているので、燈矢くんも軽く流します。何やら書きつけて付箋を貼ると紙束を整え、顔を上げました。
「で、どうした?」
「そろそろ、いつもトーヤ兄ちゃんがパトロールしてる時間だよ!」
「そうなんです?」
「そうだが、なんでシュコウが把握してんだ」
「SNSで『きょうのトーヤ』ってタグがあってね」
「ワンちゃんみたいな扱いですね」
「おいこらトガ」
あれ、ワリと褒め言葉のつもりだったのですが。カァイイじゃないですか、ワンちゃん。
「……まぁいい。シュコウ、何故この時間にパトロールをするか、わかるか?」
「わかんない!」
「少しは考える努力をしろ」
「ほらアレですよ。ヒーロー基礎学の『パトロールに適した時間帯を三つ述べよ』ってやつ」
「通勤通学などの人通りの多い時間帯! 夜間など視界の悪い時間帯! 行事などで普段とは異なる人が増える時間帯!」
「じゃあ今回は?」
「わかんない!」
「学校教育の敗北を感じるぜ……」
答えは人通りの多い時間帯です。ちょうど小学校の下校時間になります、中学校や高校の下校時間には早いかな、というくらい。
「んじゃ行くぞ。五秒で支度しろ」
「せめて四十秒はくださいよ」
「敵が四十秒も待つか?」
「大佐は三分間待ってくれるよ!」
事務所について着替えてから、ずっとヒーローコスチュームを着たままなので特に支度もないんですけどね。
小学生と秒で仲良くなっているあーちゃんや小学生にじゃれつかれるトーヤくんを隠れながら横目で見つつ、不審物や不審者がいないか見渡します。パトロールの犯罪抑制効果についてはあの二人に任せましょう。
治安悪めな超人社会とはいえ早々事件が起こるでもなく、小学生の群れとの対応がメインなパトロールは、ある程度時間が経つと人通りが疎らになりました。中高生の群れが来るまで、暫しの静寂です。
「おし、一旦休憩だ。ヒーローコスチューム着ている間は休憩するなコンビニ行くなとかいう言論には全力で異議を申し立てるぞ俺は。世の中クソだよな」
「トーヤくんって呪詛を吐いているときが一番生き生きしていません?」
「よーしトガ、上司命令だ。コンビニで飲みもン買ってこい」
「権力には屈しませんよ」
「ボク買ってくるー!」
「あ、待ってください」
権力には屈しませんが、目を離せない幼馴染が駆け出したら追いかけねばなりません。公園のベンチに腰掛けて軽く手を振っているトーヤくんにイラッとしますが、一先ずあーちゃん優先です。
「ヒミちゃん見て見て」
パン売り場で足を止めていたあーちゃんが手招きをしていました。指差した先には紅白二色なドーナツが陳列されています。
「このドーナツ、焦凍みたい」
「だねぇ」
半々具合が実に焦凍くんです。あーちゃんは私に伝えたことで満足したのか、パッと興味をドリンクコーナーに移します。
「あ、新発売ラテだって。バニラと黒ごまあるけどヒミちゃんはどっち好き?」
「どっちもどっちじゃないです?」
「ザクロジュースあるよ!」
「おー、私それにします」
新発売や季節限定に囚われず、好きなものを選ぶのが一番です。あーちゃんはカルシウムや鉄分の文字が大きく書かれている乳製品を選んでいました。トーヤくんには、春と夏が混じり合うこの季節に何故か売っていた白湯にしましょう、特に希望も言っていませんでしたし。
会計を済ませ、軽快な音楽とともに自動ドアをくぐります。そして、おや、と首を傾げました。私の数少ない自慢できることに、視力の良さがあるのですが、先程まで公園のベンチにいたはずのトーヤくんが見当たりません。
どこへ行ったのやら、考えを巡らせようとした瞬間。ドォンと、鈍い轟音が辺りを揺らします。
「ヒミちゃん、あっち!」
あーちゃんの示した方向に視線を向けると、目が良くなくとも分かるくらい、蒼々とした炎が轟々と上がっていました。
本誌派の友人からそろそろヒミちゃん回が来そうという情報を得たので完結まで頑張ります(単行本派並感)
設定ガバに気づく前はあと一話で完結予定なので大丈夫でしょう。
問題はまだ設定ガバの解決策を思いついていないというだけです。