トガヒミコが××を好きになるまでの物語   作:白虎しゃも

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No.10 渡我被身子:ライジング

(危機一髪、です……!)

 

 冷や汗が止まりません。あやうく、燈矢くんが、燈/矢くんになるところでした。流石にそれは笑えません。

 しかし、慌てふためいて動いた私の行動は杜撰の一言です。捕縛布は敵の胴体をグルグル巻きにしているだけで、拘束のコの字もありません。不意を打つことで、敵はたたらを踏み、少しだけ燈矢くんから離れましたが、そこからはどれだけこちらに引っ張ってもビクともしません。ここまでの行動すべて赤点ペケです、先生コメントは『もっと合理的に動きましょう』になります。

 

「その身のこなし……いや、ヒーローコスチュームを着ているとはいえ、子どもか」

 

 敵は胴体に巻き付いている捕縛布など意にも介していないような動きでこちらを見遣ります。

 

「消えろ。子どもの立ち入っていい領域じゃない」

 

 狂気に染め上げられた瞳は黒々としていて、いっそのこと綺麗な気もしてきました。でも、根底にある価値観が爛々と発露しています。彼は彼自身が許容できないものを傷つけることに一切の罪悪感を持ち合わせていません。己の為すことが正しいと心の底から信じているのでしょう。だから、平気で人を傷付ける。

 ……ヤだなぁ、キライだなぁ。遠い遠い昔の記憶に存在する両親を思い出します。隠れる前の記憶、普通じゃないと、強く強く否定された記憶。両親と敵が似ていることからヤではないのです、両親と敵がキライというわけでもないのです。

 例えば、もしもあーちゃんがいなかったら。そうしたら自分が(そちら)側にいるだろうということが容易に想像できてヤなのです。そんな自分が、キライなのです。

 ズブズブと落ち込んでいく思考を切り替えるように、ふっと息を吐いて、敵の言葉に答えます。

 

「そこに転がっているヒーローを回収していいなら消えますけど」

「駄目だ、その贋物は俺が処分する」

「大型ゴミみたいな扱いだなァ、俺」

 

 燈矢くん意外と元気ですね? いえ、傍目から見ても出血が多いので早く止血したほうがいいです。人間、血液を半分失くしたら死んじゃいますから。

 とはいっても、とにかく位置が悪いのです。敵の方が燈矢くんに近いのはもちろん、敵を挟んで燈矢くんがいるので、燈矢くんに近寄るイコール刃物を持った敵に近寄ることになります。

 どういった経緯であれ、プロヒーローのトーヤくんを地に這いつくばらせているヴィランです。不用意に近づいて切り抜けられるとは思えません。順当に考えるなら、カタログスペックは向こうのほうが上、真正面から戦うのは避けるべきです。

 思考を回しながら、捕縛布のもう片方の端っこを伸ばし、こちらを無視して敵が燈矢くんに刃物を突き刺そうとした右腕を巻き取りました。

 

「ハァ……邪魔をすると言うならば、子どもとはいえ見定めねばなるまい。そして、場合によっては粛清対象となりうる」

「むしろ、ここで邪魔をしないほうがどうかと思うのです」

「囀るものだ。そこまで言うのなら、望み通りにヒーロー足り得るのか見定めてやろう」

「望んではいません、よ!」

 

 一度捕縛布を緩め、真正面から突っ込みます。さっき考えていたこととやっていることが違う? いいえ、これでいいのです。

 

「愚策」

「っと」

 

 敵が水平に日本刀を振るいます。間合いに入る直前に敵からほどいた捕縛布を建物のパイプに巻きつけて跳んでいたので躱せましたが、やはりスピードは敵のほうが上ですね。

 

「……ホゥ」

 

 返す刀が敵を飛び越すように空中へいる私へと迫ります。飛んだり跳ねたりするものはよく目立ち、それを見上げる人の視野は自然と、狭くなるのです。

 

「させるか!!」

 

 そうして出来た死角から、隠し玉ならぬ隠しあーちゃんが飛び出して、日本刀の腹を蹴飛ばします。横からの衝撃に弱い日本刀はポキリと半分に折れました。

 

「もう一人いたか」

 

 けれどそこに動揺はなく、片手で折れた日本刀をあーちゃんに投げつけ、もう片方の手で懐から取り出したナイフを数本、私の着地点へ投擲しています。

 

「こんの……!」

 

 あーちゃんは上体を反らして日本刀を避けつつ、ガシャコンと変形した右腕のヒーローアイテムから白いボールを射出しました。白いボールは私の目の前でポンッと広がり、ふわふわとした綿のようなものがナイフを受け止めます。真綿ちゃん特製『ふわふわボール』です。

 『ふわふわボール』はともかく、あの右腕のヒーローアイテムを説明するにはヒーローコスチュームに関する話からする必要があります。以前、あーちゃんのヒーローコスチュームの見た目が忍者っぽいとお話した気がしますけど、これには小雨のあとの水たまりくらい深いわけがありまして。

 まず、仁くんはアニメやマンガが好きなあーちゃんに影響を受けた結果、趣味にゲームが増えてます。そしていつも主人公とかにトゥワイスって名前をつけているんですよね。

 で、あーちゃんはあまりゲームはしないんですけど、仁くんコレクションの中にあった、タイトルにトゥワイスって入っているゲームには興味が引かれたようで、仁くんと一緒に遊んでいました。そのゲームの主人公というのが片手が義手な忍でして、義手を変形させて戦う姿がいたく気に入ったらしく。

 

『変形は男のロマン! 古事記にもそう書いてある!』

『古事記に落書きしないでください』

 

 という感じで、ギミック満載ニンジャコスチュームになりました。先程の仕込みアイテムしかり、目立つものとしては色の変わるスーツです。血に塗れれば塗れるほど強くなる、ということで、血液パックをセットしたり付属の注射針を自分に刺したりすることで、血液がスーツに浸透して元の青色から紫に変わります。紫の度合いが高ければそれほど“個性”で身体能力が強化されているというわけですね。ちなみに現在は血液パックを使って完全紫になっています。

 いや、そういうギミックよりも防血加工優先では? と思いが無きにしもあらずですが、あーちゃんがすっごく喜んでいたので……男の子ってああいうのが好きなんです?

 そういえば、そのニンジャゲームを作っている会社がロボットゲームの新作を出すとかで仁くんが『身体が闘争を求めるぜ!』とかなんとか喜んでましたねぇ、と頭の片隅で思いつつ。

 両手を仁くんに『変身』し、捕縛布を『二倍』に増やして燈矢くんにグルグルと巻き、応急手当をしました。救急セットの包帯よりこっちのが早いです。

 

「あっぶないなー! ヒミちゃんもトーヤ兄ちゃんも、ボクと違って怪我をしたらすっごく痛いんだよ? なんでキミはこんなことするのさ?」

「ハァ……社会を正すために必要な痛みだ」

「いやいや、ボクでもわかるくらい過剰だし無用でしょ」

「血を流さねば、何も変わらない……流れた血だけが道を成し、歪んだ社会を正す標となる」

「う、うん? ……なんて?」

 

 その間に、交わされた会話を聞き流しながら、うんともすんとも言わない燈矢くんの頬をぺちぺちします。

 

「あ? ……意識飛んでたか」

「気合入れてください、このまま死んでたら最期の言葉が大型ゴミになってましたよ」

「それは嫌だな……」

「動けますか?」

「まだ無理だ。気をつけろ、あいつに――」

 

 ガキッ、という鈍い音に目を向けます。そこには腕から血を流しているあーちゃんが、敵が持っていた血の付いたナイフを弾き飛ばしていました。

 

「やめてよ。ボクをチウチウしていいのはヒミちゃんだけなんだ」

 

 えっなに……あのヴィランさんは一体何をしようとしてくれやがりましたのです?

 

「――血を舐められると動けなくなるし“個性”も使えなくなる。おい殺意やべェぞおまえ」

「私は冷静です」

 

 当然、あーちゃんをチウチウしていいのは私だけです。それは純然たる事実です。この世の真理です。そんなことわざわざ語るべくもありません。そうでしょう? そうだよねぇ? そうなんです。

 あーちゃんが弾いたナイフは敵の頬を掠めたようで、一筋の赤い線が引かれていました。敵はハァ、と息を吐き、新しく取り出した刃物で私たちを指して語り始めます。

 

「どちらも力はある。だが、金髪の子どもが迷いもあれど信念を持つのに対し、おまえには無い。駄目だな、信念なき力は、英雄を名乗るには余りに軽すぎる」

「あんまり難しい言葉を使うなよ! わけがわからないぞ!」

「そうか、死ね」

「会話する努力ぅ!?」

 

 あ、不味い。

 無意識下で両手をマグ姉に『変身』し、『磁力』をあーちゃんとトーヤくんに使用します。マグ姉の“個性”は身体の性別に合わせて女の子にはN極、男の子にはS極の磁力を付与します。なので、トーヤくんのもとへあーちゃんを引き寄せるように発動し、引き寄せられたあーちゃんがトーヤくんの血に触れないよう抱き留めました。そのまま庇うように抱え込みます。

 

「わぷ!」

「“個性”の使い方も……やはり良い」

 

 そして、ようやく思考が追いつき、楽観が過ぎていたことに歯噛みします。先程までの動きは本人の言う見定めであり、本気ではなかったのです。燈矢くんさえ確保できれば撤退できる、という見通しは仁くんのあーちゃんに対する態度よりも甘々でした。

 視ることには自信があったのですが、今の敵の動きは速すぎて目で追えていません。であれば、撤退しようと背中を見せれば斬りつけられて終わりです。

 増援も期待できません。この地域にはトーヤくんくらいしかヒーローがいないのです。そのトーヤくんは動けません。あーちゃんは動けるとはいえ負傷しています。たまたまスーツが血液を吸収する素材であるため、あまり血が飛び散らず、敵の“個性”を躱せていますが、それもいつまで保つか。“個性”だけでなく、あーちゃんは出血が問題にならないとはいえ、筋肉や神経を断たれれば動けなくなります。

 だから、私がなんとかしないと、しっかりしないと。大丈夫、不意を打って、捕縛布で拘束するのです、敵は一人ですからそれさえできれば……それさえ……私に、私なんかに出来るでしょうか?

 

「トガ!!」

「迷いは思考を、そして身体を鈍らせる」

「しまっ――」

「確固たる信念を持て。英雄は揺るがぬものだ」

「あぐっ!」

「ヒミちゃん!?」

 

 思考の空白に、敵は刃を突き立てます。致命的ではないけれど、確実に機動力を奪うように、私の脚に突き立てたサバイバルナイフを引き抜くと、刃についた血を舐め取りました。

 身体から力が抜け、両手の『変身』も勝手に解除されます。失敗です失態です失策です、これじゃあどうしたら――

 

「ごめんね、大丈夫だよ、ボクに任せて」

 

 泣きそうな顔をしたあーちゃんが、私と燈矢くんを抱え、後ろに大きく跳びます。同時に敵へ投げつけた敵捕縛用の網は一刀両断されていましたが、警戒が先に立っているのか、追撃はありませんでした。

 あーちゃんは表情を引き締めると、そっと離れるように立ち上がります。

 

「ここを、こうして、キャストオフ!」

 

 ガチャガチャとコスチュームを弄ると、左腕につけていたヒーローアイテムが勢いよく外れます……うん、なんでそんなギミックつけたの……?

 

「そんでえええええ」

 

 声を出しながら一気に敵の懐に潜り込みました。差し出すように伸ばした右腕、そこにサバイバルナイフが喰い込みました。

 

「肉を斬らせてー……?」

「骨ごと断つ」

「怖いこと言わないで!」

 

 深々と刃が刺さった右腕をそのままに、素手になっている左腕で敵の顔面を殴ります。勢いのない、触れる程度の攻撃、ですが、敵の右頬には血が流れたままで、まさか。

 

「ッしゃあ! 時間切れだぜ『ヒーロー殺し』ィ!」

 

 元気いっぱいに飛び起きて、ボボボと炎を出しているトーヤくんに巻いてある捕縛布のはしっこを引っ張ります。つんのめったトーヤくんは血が足りてないようで、フラフラとこちらを向きます。

 

「おい、なにを……おまえ動けるようになるの早くねェ?」

「時間切れではなく、敵の“個性”が解除されたのです」

 

 脚をあーちゃんに『変身』します。止血は後回しです。敵とあーちゃんを慎重に観察します。敵は動きを止められて膝を付き、そこにあーちゃんが敵の口元へ布を当てていました。

 

「ミッドナイト先生監修眠り薬ですね、もう大丈夫でしょう……敵の方は、ですが」

 

 深呼吸をします。大丈夫、あーちゃんです。あーちゃんはいつだってトガの味方です。

 

「…………、……ハァ」

 

 狂気に染まった目が、虚空を見つめていました。それから、こちらを一瞥して、サバイバルナイフを拾い上げます。

 

「贋物は、粛清しないといけないね」

 

 そんな、嘘です、よね?

 

 心臓が冷たくなった感覚を押し込めて、ぐっと堪えて、目を逸らさず、攻撃に備えて準備します。注意すべきは、“個性”です。まだ『ヒーロー殺し』の“個性”は発動していると見るべきでしょう。あーちゃんは敵の血を舐める素振りを見せませんでした。つまり、血があーちゃんに触れた時点で――

 すべての思考が止まって、身体が動きます。手を掴んで、押し倒し、動けないよう抑え込み、衝動のまま叫びます。

 

「なにを……ッ! なにをしようとしているの!? あーちゃん!!」

「ヒミちゃん? どうしてそんなに怒ってるの?」

 

 きょとんと、心の底からを不思議そうな顔で、あーちゃんは言いました。その目は、依然、狂ったままで。

 

「ボクみたいな贋物は、いなくなったほうがいいでしょ?」

「ふざけないでください!!」

 

 あーちゃんが自傷することはあります。私だって、あーちゃんをたくさん傷つけています。でもそれは、血を出すためで、筋肉や神経を傷つけないように、気をつけてやっていることです。だって、それこそナイフを心臓に突き立てたら、あーちゃんは死んじゃいます。それなのに、あーちゃんは躊躇いなくナイフの刃先を自分の胸元に向けていました。

 

「あーちゃんは、私の、トガの大切な幼馴染です! 友だちです、親友です! いなくなったほうがいいなんて、そんなこと言わないで……!」

「……ヒミちゃんは優しいね」

 

 あーちゃんは柔らかく微笑みます。いつもならカァイイなぁ、いいなぁ、って思うのに、今だけは、ヤだなぁ、って思いました。

 

「でもね、もう十年以上一緒にいるのにさ。ヒミちゃんの笑顔は減るばかりだよ? キミのなりたい『普通』の人は、いいや『普通』じゃなくても、嬉しい時はニッコリ笑うんでしょ? なんでかな、ってずっと考えていたんだ」

 

 それは、だって、私の笑顔は『普通』じゃないから、人前で隠すことが癖になっていて、大きくなるにつれて、あーちゃんと二人だけの時間が短くなったから、それならずっと隠し続けた方がいいと思って。

 

「どんなに考えてもわかんなくてさ。けど、一つだけわかるよ。ボクは、好きな人の笑顔が減っても何も出来ない愚鈍な奴なんだって」

 

 そんなことない、と言おうとした私の言葉を遮って、あーちゃんは笑顔で続けます。

 

「安心して! ボクみたいな奴がいなくなっても、素敵な人たちがキミの傍にいる。仁兄ちゃんもマグ姉ちゃんもいるし、燈矢兄ちゃんに焦凍に真綿さんだっている。キミは一人じゃないよ」

「……黙って」

「ボクがいないほうが、キミは幸せになれる」

「うるさいなあ! 黙ってください!!」

 

 お腹の底から声を出して、怒鳴りつけます。あーちゃんにここまで怒ったこと、今までありませんでした。

 

「わかってないッ! 全然、違います!」

 

 よく考えずに突き進むあーちゃんが傍にいたから、その分、私は考えて動くようになったと思います。ですが、このときばかりは考えるよりも先に、言葉が出てきて、そして行動をしていました。

 

「トガはあーちゃんにたくさん救われました、あなたはトガのヒーローなんです」

 

 サバイバルナイフを握ったままのあーちゃんの手をとり、持ち上げます。

 

「ヒミちゃん……?」

 

 手を重ねて、ナイフを私の首元に添えて。

 

「自分のことがキライでキライで仕方なかったけれど、あーちゃんが『好き』だって言ってくれたから、言い続けてくれたから、もしかしたらトガはトガのままでいいのかなって思えて、まだ自分をキライなままだけど、それでも、少しだけ」

「なにを」

 

 どうか、私の想いが伝わってほしいと、押し込んだ。

 

「トガは自分を、好きになれたんだよ」

 

 血が吹き出してあーちゃんにかかると、強制的に“個性”が発動し、あーちゃんはトガに『変身』しました。目を見開いて、顔をグシャグシャにして泣き始める自分(あーちゃん)を見て、確かにこれなら、あんな笑顔でも笑っている方がいいかもしれないねぇ、なんて、思いながら、意識が遠ざかります。

 おかしいですね、脚だけとはいえあーちゃんに『変身』しているので血は足りるはずなのですが。

 そう思って、脚を見ると『変身』が解除されていました。あ、『ヒーロー殺し』の“個性”……。

 

「シュコウ! ボケッとしてないで止血しろ!!」

「ヒ゛ミ゛ち゛ゃ゛ん゛死゛な゛な゛い゛でぇ!!」

 

 えーと、はい、これにて、『トガヒミコが自分を好きになるまでの物語』はおしまいです。めでたしめでたし?




これにて本編完結です。
ヨシ! これからは頭空っぽにしてイチャイチャが書けますね!
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