※この物語の真綿さんはこんな感じです。
※博多弁はサッパリです。
渡我被身子は微睡んでいた。
ぬくい。
真綿ちゃんオススメのふわふわ枕に、大掃除でまとめてフカフカにしたお布団。そして、ぎゅーと抱きあっこしているあーちゃん。
ぽやぽや揺蕩う微睡みが、現実のぬくもりに醒まされる。渡我が身じろぎするとともに呻き声を出すと、既に目を覚ましていた朱紅が口を開いた。
「あ、起きた? おはよー」
「おはよ……ございます……」
「ありゃ、まだおねむだね」
日の出とともに目が醒める体質の朱紅は、日課である渡我の寝顔観察を堪能したため、今日も世界が輝いて見えている。
雄英高校の復籍を果たし、林間学校や文化祭といった学校行事や普段の授業と中間・期末テストを乗り越え、無事に新年を迎えることができた。クラスの殆どが経歴に除籍復籍が刻まれた事実からは目を逸らしておく。
さて、正月休みとはいえやることは多い。出来る限り外気が布団の中に入らないようゆっくり出ようとすると、寝間着の裾を掴まれていた。
「行っちゃ……ヤです……」
「服取ってこないと、寒いでしょ?」
「あーちゃんがいればいらないです……」
渡我は就寝時に一糸まとわぬ姿になる。これは『変身』は服に適用されないため、万が一おねしょ(寝ているときに“個性”が発動してしまうことの俗称)すると、自分より身体が大きい人物になったときに危険だからだ。猥褻は一切ない、いいね?
「ボクはお雑煮作らないとだからねー、ヒミちゃんはお餅何個にする?」
「いっこ……」
「りょーかい、出来たら呼ぶからお着替えしよーね」
朝食当番は朝に強い朱紅、昼食は平日食堂の休日交代制、夕食当番は渡我である。朱紅はそっと渡我の手を外すと、箪笥から着替えを取り出し布団の側に置き、パタパタとキッチンへ向かった。
一番ぬくかった
リビングではテーブルの上に雑煮が二つ、湯気を立てて並べられている。下宿初日に電子レンジで卵を温めようとしていた朱紅も、渡我との生活に直結する家事スキルはともすれば学生の本分である勉強よりも力を入れて身に着けていた。
「じゃあ改めまして、あけおめー!」
「あけましておめでとうございます、今年もよろしくです」
「うん、一生よろしく!」
「圧縮がすごいねぇ」
いつもお団子にしている髪を下ろしたまま服を着て、顔も洗ってすっきりと目が覚ました渡我は、文字数だけでなく時間軸も圧縮した朱紅の挨拶を軽く流す。
「んじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
二人揃って餅をみょーんと伸ばしながら食べつつ、なんとなくつけたテレビを眺めていた。
「今年は兎年でしたか」
「どのチャンネルもミルコだー」
「去年のプッシーキャッツよりも出てますね、本人は出ていませんけど」
「燈矢兄ちゃんが今年中に龍属性を身に着けたら新年引っ張りだこじゃない? ほら、蒼炎の龍とかカックイイよね」
「そうなったら過労で死ぬんじゃないです?」
テレビに映るミルコはどれも敵退治の瞬間を繋ぎ合わせたVTRである。本人へのオファーはすべて蹴られたのだろう。これがもし燈矢くんだったら、出来る限り出演しようとするはずだ、名誉名声のためというより、無駄に本人が真面目なので。
「燈矢くんもお正月くらいは実家でゆっくりしたらいいですよ」
「? 真綿さんも実家に帰るって言ってたけど、そんなにゆっくりできるのかなー?」
「……まぁ、トガたちは実家に帰らないほうがゆっくりできますね」
不思議そうな顔をした朱紅と難しい顔をした渡我が、また餅をみょーんと伸ばした。渡我は餅を咀嚼し嚥下すると、ボヤくように呟く。
「そういうところ、燈矢くんはすごいなぁというか、昔から羨ましかったりしたんですよねぇ……」
「やっぱりヒミちゃんは燈矢兄ちゃんのことが大好きだねー」
「あーちゃん、おすわり」
「わん!」
朱紅は既に座っていた。渡我の言葉は「おすわり」ではなく「お黙り」を意味していた。朱紅は喜んで黙った。
「でも、これでいいと思うのです。逃げても隠れてもいいんです。私達の適切な距離はコレなんだと、嘯くことくらい、許されるでしょう」
渡我は笑みを浮かべる。両親には見せることのない笑顔だった。その表情に、朱紅は暫し見惚れて、黙ることも忘れて立ち上がる。
「ヒミちゃん、ヒミちゃん」
「はい?」
「ボク、こうやって二人で過ごせて、すっごく幸せだよ」
「……私もですよ」
※※※
轟家の家は広い。とても広い。庭も広い。
その庭で、紅い炎と橙交じりの蒼い炎が火事と見間違えてしまうほど大きく燃え上がっていた。
「死に晒せクソ親父ィィィ!!」
「燈矢ァァァ!! プロヒーローだというのになんだその口の利き方はァァァ!!」
「自分を省みろよバァァァカ!!」
ぎゃあぎゃあと、いい歳をした大人が二人、怒鳴りつけあっている。派手に“個性”をぶつけ合っているが、本気ではないのだろう、お互い離れて一歩も動かずキャッチボールでもするように“個性”を投げつけあっていた。
その様子を遠目で眺めていた白髪の青年、夏雄が、のんきに声をあげる。
「おーやってるやってる、アレを見ると新年だって気分になるな」
「うん」
白髪赤髪半々の少年、焦凍も、ほけーっとしながら頷いた。
「いやいや、和んでる場合じゃないって! 燈矢兄もお父さんも毎年毎年なにやってるの……」
「そうねぇ、あんまり長引くとお餅が固くなっちゃうし」
「俺が食うよ」
「俺も」
「こら! 夏も焦凍も自分の分あるでしょ!」
頭を抱える眼鏡をかけた女性、冬美と、机に並んだお雑煮やお汁粉に磯辺焼きと黄粉餅を前に困った顔をしている女性、冷も庭の様子を伺っている。
「てか俺が来たときにはもうボウボウ燃えてたんだけど今年はなんで喧嘩してんだ? 姉ちゃん知ってる?」
「あー……ほら、焦凍が今年雄英受験するでしょ? 受かったら職場体験とかインターンとかを面倒見てやるって燈矢兄が言ったところに、お父さんが食ってかかってねぇ……」
「ふーん、焦凍はどっち? やっぱ燈矢兄んとこ?」
焦凍は少しだけ考えて、首を振った。
「いや、まず雄英に受かるかどうか、かな」
「はは、そりゃそうだ。頑張れよ受験生」
「ん、頑張る」
頷いて、また暫く親子喧嘩を眺めて、全く終わる気配が無かったので二人のことは置いといて、先に餅を食べることにした。それにしても。
(やっぱりアイ姉の言ってた『喧嘩するほど仲が良い』って本当なんだな)
餅をみょーんと伸ばしながら焦凍はそんなことを思った。
※※※
不和真綿はふわふわしたものが好きだ。
スポンジケーキはふわふわしていればしているほうが良いというのが持論である。ソファもクッションも、ふわふわと柔らかければ柔らかいほどいい。
ふわふわヒーロー『フラッフィー』は世界にふわふわを普及させることを使命としている。そうすれば、世界はもっと柔らかくて優しいものになるはずだ。
例え、どれだけ現実が血生臭くて、息がしづらくて、生きにくくても。そんな夢を見たいと、見せたいという想いが胸にあった。そうしたら、きっと現実だって変えられる。だからこそ、生きにくそうにしながらも夢を見ている被身子ちゃんが好ましい。そして、そんな彼女をまるっと肯定している藍くん、今は藍ちゃん、も好きなのだ。
「ホークスさん」
ゆえに、流石にこれは、見逃せなかった。
「ヒーローが女子高生ばストーカーって……なんしようと?」
「人聞きわっる」
へらへらと笑いながらコーヒーを啜るホークスをジト目で見るも、どこ吹く風といった様子で受け流される。
「てか接触は最小限にね、
「先輩が変なことせんかったら、私だってこんなことせんくてよかばい」
学校や下宿先で渡我・朱紅両名が身辺調査されている形跡を発見し、すわヴィランが嗅ぎ回っているのかと上司に報告すれば、少し時間が経ってから「おそらくホークス」と返ってきたときの気持ちを考えてほしい。
上司に直談判した結果、正月早々先輩と情報のすり合わせすることになった。お互いまとまった時間が取れたのがこの時期しかなかったので致し方ないが。
「調査するなら私に言うてくれればよかとに」
「後輩候補の仕事は後輩候補から後輩になることだし」
「そうやけど……」
「それに、友達のことを疑いとうないやろ?」
「トモダチ」
もちろん被身子ちゃんも藍ちゃんも大切な友達だけれど、ホークスさんはそういった情も飲み込める人だと思っていた。
「そ、友達。俺とトーヤみたいなね、俺とトーヤみたいな友達」
大事なことなので二回言った。全然飲み込めなさそうな人だ。それでもやるときはやりそう。
というかこん人、トーヤさんが体育祭指名で二人を選んだから調査したんやなか? フラッフィーは訝しんだ。
いや、候補とはいえ公安直属で働くために色々と仕込まれているため、それだけでないのはわかっているが……本当にそれだけじゃなかとね? と、ちょっと心配はしている。
「なら、二人の友達として言わせてもらうばってん」
だから、念のため釘を刺すことにした。
「あんまり私の友達にチョッカイかけんとね。度が過ぎるなら、真綿で首を絞めちゃるけん」
「……ごめんて、えずかことゆわんて」
次回、ほのぼの雄英生活に入ります。