トガヒミコが××を好きになるまでの物語   作:空古

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No.2 “個性”カウンセリング

 “個性”カウンセリングというのを受けることになりました。週三回、あーちゃんと一緒に大きな病院に行きます。

 小学生のときに皆さんも一斉“個性”カウンセリングを受けたと思います。ただあれは簡易的なものといいますか、個別の本格的にやるものとは性質を異にします。学校で受ける健康診断と病院で受ける精密検査のような? 少し違いますが、実際に個別の“個性”カウンセリングでどのようなことをしているのかを知っている人は多くないでしょう。よほど“個性”が社会生活に影響しなければ、つまりほとんどの、普通に暮らしている人たちには必要のないものだからです。

 言ってしまえば、"個性"カウンセリングは治療行為です。悪い“個性”を発動しないように、皆と同じ社会生活が送れるように、矯正します。なので、治るまでひたすらカウンセリングが続きます。反対に、お医者さんが治ったと言えばカウンセリングはすぐに終わるそうです。はい勿論、私達は長引きました。

 簡単に言うとこんな感じです。

 

「かくかくしかじか、なので自分を傷つけてはいけません。血を飲んではいけません。分かりましたね?」

「わかりました!(ザシュッ)」

「わかりましたぁ(チウチウ)」

 

 先生たちの『この子たち全く分かっていない』という顔を何度も見ました。いえね、私だって先生たちやお父さんお母さんに怒られるのは嫌ですし、先生の言うことを聞いて頑張ろうと思ってました。でも、あーちゃんが一度寝たら先生の言ってたことを忘れるし、聞いていても270°くらい捻じ曲げて理解して実行するのです。

 例としてはこんな感じです。

 

「痛いでしょう? やめましょう?」

「痛いのは最初だけだよ! やるしかない!」

「見てる先生が痛くて悲しいの」

「大丈夫! わたしは痛くなくて嬉しい!」

 

 実にお馬鹿さんです、カァイイ。え、せめて私くらいはチウチウやめなさいって? どうして私だけ我慢しないといけないのですか? それにあーちゃんはチウチウすると大人しくなるのです。血まみれになると興奮した犬みたいに駆け回るので、手当を優先する大人達によって私の行為は黙認されています。許されています。

 安心してください。あーちゃんはどうか知りませんが、私はこの行為が見つかったら良くないことだと、よく理解しています。つまり見つからなければいいのです。見つからないためには、取り繕うという方法の他に隠れるという方法があります。やらない、という選択肢? ないです。

 取り繕うのは疲れます。先生たちの言葉や態度から期待される反応を返したり、感情を抑えて作り笑いに終始したり。笑顔もそうですけど、期待されている返事がことごとく私の本音とズレていて、胸がムカムカします。

 隠れるのは楽です。周りの人に気づかれなければいいだけなので。上手く(・・・)使えるようになったのは三年後、つまり六歳くらいのときからですが、あーちゃんをチウチウしたり笑うくらいなら普通にできます。

 

 ですがもし、カウンセリングを受けるのが私一人であれば、取り繕うことを選んだでしょう。見つからないということは、認識されないということです。認識されないということは、いないものと同じです。ひとりぼっちは、さみしいです。

 

 そんなこんなで、カウンセリングの休憩時間。大人達の()(みみ)をくぐり抜けて、中庭のすみっこでのんびりと、血まみれで丸まっているあーちゃんの頭をナデナデしています。

 

「いい天気だねぇ」

「ねー」

「お散歩にでも行きたいです」

 

 大人達から移った敬語で、ぽつりと漏らした言葉は本音でしたが、本気ではありませんでした。あーちゃんがぴょんと起き上がります。

 

「お散歩! 行きたい!」

「駄目です。先生に怒られちゃいますよ」

「いつものことだよ?」

「確かに」

 

 手を打ちました。お散歩行きます。首輪とリードがないので、手を繋いでこっそりと病院を抜け出しました。血まみれの幼女は見つかったら大変なので、お散歩中もずっとこそこそします。あーちゃんは隠れるのが苦手なので私が手を引いて隠していました。

 

「あ」

 

 だから、あーちゃんが勝手に動くと困ります。血まみれなあーちゃんは私よりずっと力が強いので、捕まえておくことは出来ません。走り出した彼女は一台のバイクの前に躍り出ると、両手を前に出し、バイクを掴んで停止させました。あーちゃんの後ろスレスレを車が走っていきます。あーちゃんが止めなければバイクと車は衝突していたでしょう。

 

「え、は、あ?」

 

 私があーちゃんに追いついたとき、そんなマヌケな声がバイクに乗っている男の人から漏れてきました。

 

「血、血だよな……俺、轢いちゃった……?」

 

 血まみれのあーちゃんを見つめて声を震わせています。違います。ほとんど私がやりました。

 

「き、救急車? 何番だ? 999?」

「わー!? 待って待って! 病院には電話しないでよ!」

 

 携帯電話を取り上げ、あーちゃんは胸を張って言い放ちます。

 

「わたしの“個性”は『被血』! 血を被れば被るほど強くなるんだ!」

「お、おう。そうか……あー、つまり血を被ってるだけで怪我はしてないんだな?」

「してるよ? ほら、血がダラダラ」

「ぎゃー!!」

 

 悲鳴が響きました。うるさいです。

 

「駄目だろそれ! 早く治療しねぇと、失血で死んじまうぞ!」

「失血?」

「血を流しすぎると死ぬってこと!」

「そうなの!?」

「そうだぞ!?」

 

 そうなんですか? 今まで結構チウチウしましたが、けろっとしていましたよ?

 首を傾げますが、二人はパニック状態です。声をかけてもアワアワしたままです。アワアワしたまま、とにかく手当だと男の人の家にお邪魔することになりました。男の人はバタバタと部屋の中に駆け込むと、救急箱からガーゼと包帯を取り出して、あーちゃんをぐるぐる巻にしました。

 

「ありがとう!」

「いや……つーか、俺の方こそ、礼が遅れたな。あのままだったら事故ってた。助けてくれてありがとな」

 

 男の人は深々と頭を下げます。それから顔を上げて、しゃがみ込み、私達と視線を合わせました。

 

「俺は仁。分倍河原仁だ」

 

 これが、仁くんとの出会いでした。

 

 さて、病院への帰り道。行きと同じく手を繋いで歩いています。

 

「あーちゃん」

「なぁに、ヒミちゃん」

「どうして急に走り出したの?」

 

 思ったより低い声が出ました。繋いでいた手を振り払われたことがそれなりにショックだったみたいです。

 

「へ?」

 

 あーちゃんはポカンと口を開けて、それからバツが悪そうに眉を下げました。

 

「だって、だって……怒らない?」

「理由によります」

「そんなぁ」

 

 泣きそうなカァイイ顔をしながら、しどろもどろに話し始めます。

 

「もしあのまま事故が起きて、誰かの血が流れたら……ヒミちゃんのカックイイ顔が他の人に向けられるかもって……そうなったら、やだなって……」

 

 しょんぼり、そういう他ない顔をして、最後にか細く呟きました。

 

「勝手に走り出して、ごめんなさい……」

「……いいですよ、許してあげます」

「ほ、ほんと?」

「はい」

 

 あーちゃんの頭をよしよしと撫でてから、手を引きます。

 

「帰りましょうか」

「うん!」

 

 なお休憩時間はとっくのとうに過ぎていたので、たっくさん怒られました。


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