トガヒミコが××を好きになるまでの物語   作:白虎しゃも

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ほのぼの雄英生活です。



始業『Welcome To UA!!』

 緑谷出久は緊張していた。

 

 彼は雄英高校1-A教室の扉の前に立っている。倍率300倍という途方もない数字を乗り越えた人たちがこの扉の向こう側にいると思うと、縮こまっている心臓がますます縮み上がりそうだ。

 ええい、ままよ! と、勇気を振り絞って扉に伸ばした手は空を切る。あれ? と思って瞑っていた目を開けば、扉は既に開いていた。

 

「あれー?」

 

 扉を開けたであろう腕は自分の後ろの方から伸びていて、その腕の人物は自分と同じように不思議そうな声を上げている。

 

「知らない人がいっぱいだ」

 

 思ったことをそのまま口に出しているような、ほわほわしている女の子が後ろに立っていた。それを認識した緑谷は頭の中が真っ白になる。

 

「ね」

「ひゃい!?」

「あはは、そんなに怯えなくても、ボクは噛みついたりしないよ」

 

 怯えているわけではないんです、ただちょっと近い近い近い顔が近い!! うわわわわしゃ。 ……わしゃ?

 

「それにしてもキミ、実に緑だね。グリングリンしてるなー」

「へあっ!? あああの!?」

 

 おおお女の子に頭を撫でられたぁ!? 嬉しさよりも混乱がドッと押し寄せてくるナード根性が、真っ白になった頭の中をごちゃごちゃに掻き回す。何か言わなくちゃ! 早く何か言わなくちゃ! あっ自己紹介しないと!!

 

「緑谷です!!」

「なるほど、グリーンだ」

 

 彼の言葉は彼女、朱紅藍に届いただろうか。彼女は基本的に固有名詞を頭から二文字までしか覚えられないぞ! テストに出る単語はテストが終わったら忘れる。渡我被身子だけが例外なのだ。そもそも話を聞いてないまである。

 その証拠に、一通りわしゃわしゃと撫でて満足したのか、緑谷の横をすり抜けて教室に入ると、また何も考えずに口を動かし始めた。

 

「わっ、ピンクだー! キミすっごくピンクだね!」

「ん、私? そうだよ、すっごくピンクでしょー?」

「わーい!」

「いえーい!」

 

 全身ピンクな芦戸三奈とハイタッチを交わす朱紅、初対面でコレである。

 

「何してんだ、アイ姉」

「ぐえっ」

 

 きゃっきゃっとはしゃいでいる彼女を、教室の後ろの方から歩いてきた少年、轟焦凍が首根っこを掴んで止めた。冬姉はもちろん、アイ姉もヒミ姉も姉のように慕っているが、それはそれとして、アイ姉のことは若干犬か何かだと思っている。

 

「なにをするー」

「ヒミ姉はどうした。一人で行動するなって、燈矢兄にもヒミ姉にも言われてるだろ」

「ヒミちゃんは先に学校行ってるよ。ボク学生証忘れて取りに帰ったからさ。見て見て、これヒミちゃんに誕プレで貰った鞄!」

 

 鞄を変えたから前の鞄に学生証を入れたままにして忘れた、という文章を飛ばして朱紅は轟に説明した。説明とは?

 

「たくさん入りそうだな」

「でしょー?」

 

 しかし轟は気にしない。慣れたとかではなく、昔からずっとこんな感じで会話をしていた。燈矢兄もヒミ姉もよく宇宙猫になっている。

 それでも、会話とは、つまりまったくそれでよいのだ。

 

 

 

 時間は少し戻り、人影まばらな廊下を渡我被身子がとてとてと歩いていた。キョロキョロと辺りを見回し、小さく溜息をついている。

 

「んー……やっぱり私もついてくべきでしたね」

 

 一年間通い慣れた通学路なら滅多なこともないだろうと忘れ物を取りに帰る朱紅を見送ったはいいものの、下宿先から学校まで二往復は出来るくらいの時間が経っても朱紅はやってこない。事故か迷子か、はたまた。渡我はそわそわしながら校内を探し回っていた。

 

「あの!」

 

 気もそぞろで隠れることも忘れていた渡我は、彼女自身が迷子のように見えた。そして、ここはヒーロー養成所、当然のように声がかけられる。

 

「もしかして新入生? 私もそうなんだ、もし迷ってるなら一緒に行かない?」

「あー、私は……」

「あ、そうだ。まずは自己紹介!」

 

 渡我に声をかけた少女は、麗らかな笑みを浮かべた。

 

「麗日お茶子です! 好きに呼んでね」

 

 物心ついてから隠れてばかりいて、人から声をかけられる経験の少ない渡我は、戸惑いながら返事をする。

 

「えっと、トガは……渡我です、渡我被身子。好きに呼んでください」

「じゃ、被身子ちゃんって呼んでもいい?」

 

 渡我は心の中で悲鳴を上げる。ワァ!

 眩しい。あまりにも眩しい。

 脊髄反射で生きているあーちゃんや清濁まとめてふわふわと受け入れる真綿ちゃんと違って、彼女は普通に物事を考えて、普通に善良で、普通にカァイイ。渡我は日陰に隠れたくなった。

 

「うえっ!? 被身子ちゃん!? どこ行ったん!?」

「あ、いますいます。すみません、つい癖で」

「わぁ! 今のなになに? 姿が消えたの、もしかして“個性”?」

「あぅ、その……歩きながら話しましょうか」

「そだ、急がないと遅刻しちゃうね」

 

 日光を恐れる吸血鬼のように隠れてしまったことを誤魔化して、すぐに歩き出す。遠くの方から朱紅がなんかピンクって言ってる声が聞こえたのもあるが、なによりこのまま留まってると疼いてしまった欲求(チウチウしたい)が吹き出してしまいそうだった。

 

「はい、行きましょう……えと、お茶子ちゃん」

「うん!」

 

 んんん、カァイイねぇ!!

 

 

 

 渡我が1-Aの教室を覗き込むと、轟が朱紅を肩車していた。渡我は宇宙に猫を見る。あと古い記憶が刺激された、三連肩車……うっ頭が!

 

「アイ姉、危ないぞ」

「すぐ降りるって。んー、やっぱり知ってる人が誰もいないなー」

「俺がいるぞ」

「確かに焦凍がいた! ……なんでいるの?」

「いちゃ駄目なのか……?」

 

 あーちゃんの言葉に流石のド天然焦凍くんもしょんぼりしている。

 

「あーちゃん」

「ヒミちゃん!」

 

 渡我が声をかけると朱紅は轟から器用に飛び降り、パタパタと渡我に駆け寄って抱きついた。

 

「ごめんねぇ、焦凍くん。騒がしくして」

「いや、別に」

 

 轟はしょぼんとしたまま返事をした。誤解してそうなので説明すべきかと思ったが、今はもう時間がない。後でフォローしようと決めて、渡我はポンポンと朱紅の背中を叩いた。

 

「ほら、教室行きますよ。遅刻しちゃいます」

「教室ここだよ?」

「ここは一年生の教室だねぇ、私達は今日から二年生です」

「……その発想はなかった!」

「なかったかぁ」

 

 なかったのぉ? と思うかもしれない。

 なかったのだ。

 

「渡我、朱紅、何をしている」

「先生おはようございます今年度もよろしくお願いします、さようなら!」

「サヨナラー!」

 

 そんな会話をしていた二人は寝袋に入っている相澤消太に見つかり、脱兎のごとく逃げ出した。新年度早々、除籍はヤだったので。

 

「お茶子ちゃんも、またねぇ」

 

 渡我はすれ違いざまに手を振る。またお話したいな、と後ろ髪を引かれつつ、新入生という誤解についてはドタバタしていて忘れていた。

 

「……ったく。お前らも、友達ごっこがしたいなら余所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 相澤は寝袋を脱ぎ捨てながら呆れたように溜息をつき、これから受け持つクラスの面々を見回した。そこにいたのは、こちらを観察する者や驚いている者、そして、ぷるぷると震えている者。

 

「先輩やん!?」

「私語を慎め」

 

 注意はしたが、悪いのは渡我と朱紅なので大目に見た。

 

 

 

 元1-A現2-A皆の心が、あったんだ入学式……と一つになった国立雄英高等学校入学式。新入生の姿を後ろの方で在校生が見守っていた。一クラス分の空席は見ないこととする。グラウンドの方から爆発音が聞こえてきても、知らないったら知らないのだ。

 校長先生の長い長い話もとい入学式が終わると、あったんだガイダンス……と元1-A現2-A皆が心を一つにしながら一年間のカリキュラムを把握した。目下重要なのは前期の仮免許試験だろうか、体育祭もあるのでどちらも気が抜けない。こうして俯瞰的に計画を立てるのも新鮮だった。

 そうして、何事もなく下校時間を迎えた元1-A現2-A皆はどこか物足りなさを覚えながら帰途につく。

 

「これが普通……のはずなんですけど」

「あはは、私ら相澤先生スタイルが普通になっちょるけん」

「今日は身体を動かすと思ってたのになー」

 

 渡我、不和、朱紅の三人も例に漏れず、どこか不完全燃焼のまま帰り道を歩いていた。歩道の縁石を平均台に見立てて遊びながら先行していた朱紅が何やら思いついたようで、くるりと振り返って手のひらをポンと打つ。

 

「せっかくだし、女子高生っぽいことしよ?」

「女子高生っぽいこと」

「ハンバーガー屋さんでバズりそうなことを言うとか」

「風評被害やなか?」

「風評被害ですね」

 

 朱紅も例として挙げただけなので、じゃあやめよーと案を放棄する。それに今日は白米の気分だった。なお、この後の買い出しで渡我が「今日はおうどんの気分です」と言ったのでうどんの気分になることが確定している。晩ご飯はきつねうどんとなる。

 

「『女子高生 ぽいこと』検索っと。第一位、制服で遊園地に行く」

「除籍志願ですか?」

「うん、やめたほうがよかね」

「第二位、プリクラを撮る」

「PVで懲りたのでしばらく被写体になりたくないです」

「悲しか授業ばい……」

「第三位、恋バナをする」

「恋バナ……」

「よかとやなか?」

 

 渡我がこてんと首を傾げた。

 

「あーちゃん、恋バナって知ってます?」

「知ってるよー?」

「ではどうぞ」

「皆は好きな人いる? ボクはヒミちゃんだよ!」

 

 胸を張って宣言する朱紅を前に、不和は渡我に近寄って耳元に囁く。

 

「……ラブと?」

「たぶんライクです」

「?」

 

 ラブも混じっているかもしれないが、そこまで情緒が育っていないと渡我は思っている。少なくとも、職場体験時点(血を被ったとき)はそうだった。朱紅が渡我に好意を抱いていることは疑いようのない真実ではあるものの、中身を見れば感情の暴力である。

 愛だとか恋だとか、ロマンチックなシチュエーションに憧れがないでもないが、なんであれ朱紅がチウチウしても受け入れてくれるから、それ以上は求めていない渡我である。

 これが中学とか高校で出会っていたならまた違ったかもしれないけれど、三歳からずっと一緒で、数々の考えなしな珍行動をフォローし続けた過去があるため、ときたま弟か妹みたいに思うときもある。焦凍くんも弟枠なのであーちゃんが仲良くしてても微笑ましいばかりだ。

 燈矢くんは兄枠ではないのでもしそのような感情が検知されたら全力で潰します、ぷちってします、渡我はケツイがみなぎった。

 

 

 

 結局、彼女たちは恋バナをすることなく、代わりに不和が映えるふわふわパンケーキがあると紹介したお店でお茶をするという女子高生っぽいことをしたのである。

 

「ぽいもなにもボクたちは女子高生なんだからボクたちの為すことは全て女子高生っぽいのでは?」

 

 途中、朱紅がおかしな気づきを得るも、渡我に頭を撫でられ宥められていた。朱紅は嬉しそうにし、不和は二人を微笑ましそうに眺めていた。

 そして、現在。きつねうどんを食べ終えた渡我と朱紅はリビングでのんびりと過ごしている。テレビには夕方頃にやっているアニメが映り、朱紅がそれをボンヤリと眺めていた。ペティナイフを手入れしていた渡我がふと顔を上げると、血塗れなアニメの主人公がテレビに映っている。

 

「わ、真っ赤でカァイイね、この子」

「でもこれ、他の人の血だよ?」

「むむ、確かにそれはトガ好みではないですねぇ」

 

 返り血よりも本人がボロボロで血にまみれている方が渡我の好みだった。なので今夜はあーちゃんにたくさんボロボロになってもらおう、昼間の件(お茶子ちゃんカァイイ)もあって、どうにも我慢できそうにない。

 ……いやしかし、普段はあーちゃんが好きでチウチウしてるから考えたこともなかったけれども、お茶子ちゃんで疼いた欲求をあーちゃんにぶつけるって、なんかこれ、身体が目当てな感じがしてヤですね!? 渡我は遠くを見つめた。

 テレビを消した朱紅が、そんな渡我の横顔に気づき、身を乗り出して声をかける。

 

「どうしたの?」

「いえ、ちょっと……」

「あ、チウチウする?」

 

 朱紅の視線が渡我の手元で遊んでいるペティナイフを捉え、襟元をくいと伸ばして首元を覗かせた。そこにある白い肌も切創も、体内を流れる血液を想起させ、渡我の喉がコクリと鳴る。ただ、彼女が抱えた葛藤(クズ男みたいでヤです!)を飲み込むには少し、時間が足りなかった。

 

「ううん、今は、いいかなぁ」

「……そう?」

 

 渡我は朱紅の襟元に手を伸ばし、手慣れた様子で整える。それを素直に受け入れながら、苦い顔をしている渡我を見て朱紅は考えた。考え始めて、しまった。

 

(ヒミちゃん、悩み事でもあるのかな?)

 

 思考の起点は、妥当なところである。

 

(何か力になれないかな。真正面から聞いても隠しちゃうだろうし……悩み事、悩み事……そういえば、あのとき)

『お茶子ちゃん、またねぇ』

(ヒミちゃん、笑顔だったよね、ちょっとだけだったけど)

 

 まだ大丈夫。

 

(きっとヒミちゃんはあの子のことをチウチウしたいんだ)

 

 合ってる。

 

(……どうしてボクはあの子じゃないんだろう)

 

 おっと?

 

(ボクがあの子じゃないせいで、ヒミちゃんが悩まなくちゃならないなんて……ああ、ボクはなんてダメな奴なんだ!)

 

 少し落ち着こう。

 

(でも! ヒミちゃんはこんなダメなボクを大事にしてくれる……だからこそ! 想いに報いたいんだ! やるぞやるぞ頑張るぞー!!)

 

 はやく誰かが止めなければならない。

 しかし、内なる葛藤と戦ってる渡我は、その不穏な気配に気づけなかった。

 

「ヒミちゃん!!」

「わぁ!?」

 

 ガバっと抱きついてきた朱紅に、渡我は勢いそのままソファの上に押し倒される。

 

「頑張る! ボク頑張るから!」

「が、頑張ってください……?」

「ボクはお茶子さんになれないけど、その分頑張る!! キミの気が済むならいくらでもボクの身体を好きにしていいし、ボクがやれることはなんでもやるから!!」

「まってまってまってクズ男に尽くす女性ムーブはやめてくださいトガの心に負担がかかります」

 

 そのままソファの上でわちゃわちゃともつれ合う二人、大型犬にのしかかられる飼い主の図である。

 そして、隣の部屋から聞こえてくる声に不和は苦笑した。

 

「やっぱりラブばいね」

 

 下宿先の壁は薄いぞ! 気をつけよう!

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