トガヒミコが××を好きになるまでの物語   作:空古

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あいつはトガヒミコ全肯定ワンちゃんであってそれ以上でもそれ以下でもないよ、というだけの話。



閑話『朱紅藍:オリジン』

 ボンヤリとした赤ん坊だったらしい。どんなおもちゃにも興味を持たず、ご飯も積極的に食べようとしない。痛みにだけは敏感で、直ぐ泣いたそうだ。

 好きの反対は無関心、という言葉がある。とすれば、ボクは何もかもが好きではなくて、痛みだけが特別だったのだろう。

 だがそれもヒミちゃん、渡我被身子と会うまでの話だ。ボク、朱紅藍(シュコウアイ)の原点は、紛れもなく彼女である。つまり、ボクはヒミちゃんから生まれたということで、ヒミちゃんはボクのお母さんだった……? そんなことを言ったらヒミちゃんに慈愛の目を向けられた、嬉しい。燈矢兄ちゃんが『可愛そうなものを見る目だろ』って言ってたけど、同じようなものだよね。

 

 それは、一目惚れだった。

 満面の笑みを浮かべる彼女を見つけたとき、全身を稲妻が駆け巡るような衝撃を受けた。恋をすると世界が変わるというのなら、ボクの世界はヒミちゃんを見つけたことで始まったのだ。

 彼女は手の中の何かに笑顔を向けていて、ボクはその何かになりたいと強く思った。自己紹介も何もせず、ボクはただ自分勝手にそう伝えたのを覚えている。反省点その一。

 

 彼女が手にしていた血みどろの小鳥になりたい。

 そう考えたボクはまず小鳥になろうとした、まだ発現していない“個性”でどうにかこうにか小鳥になれないかとウンウン唸ったり、カーテンをマントのように羽織ってベッドの上から飛び降りたり。前者はともかく、後者はお母さんにとても怒られた。

 お母さんは怒ると痛いことをする。叩いたり、打ったり。痛いことをされて凹んだボクは一度、血みどろの小鳥ではなく血みどろの人間になることにした。キッチンから包丁を持ってきて、左手で持って右手に向ける。たぶん、すっごく痛いだろう。浅くなる呼吸を自覚しながら、それでも、一目惚れした笑顔を思い浮かべれば、ボクは躊躇うことなく包丁で手のひらを切り裂くことが出来た。

 お父さんに変な目で見られながら『どうしてこんなことをしたんだ』と聞かれて、『血みどろになりたかったから』と答えたら手錠付きで病院へ行くことになった。右手は包帯でグルグル巻きなってるのになんでだろうなー、と考えていたら、ボクが一目惚れした少女、ヒミちゃんと一緒に行くらしい。ボクは歓喜した。しかも手錠がお揃いでこの上なく上機嫌だった。

 病院についたらヒミちゃんと引き離された。泣き喚いて暴れたが、ボクは無力である。力が……力が欲しい……! お医者さんと話しているときに、手の甲に少しだけ血液を垂らされた。少し力が湧いたのでヒミちゃんのところへ行こうとしたら取り押さえられた。力が欲しい……もっと……!!

 願いが届いたのか、突然窓ガラスが割れた。願っていたこととはいえ、痛いものは痛い。蹲っていたら、ヒミちゃんがボクの顔を覗き込んでいて。お父さんもお医者さんも近くにいない。今なら彼女と一緒にいられると、手を取って駆け出した。

 

 辿り着いた中庭で、ヒミちゃんはボクに笑顔を見せてくれた。感動のあまり、自分でも何を言っているのかわからない告白をしてしまった。反省点その二。

 

 それから、なんだっけ? “個性”カウンセリング? というのを受けることになったけれど、あまり覚えていない。いや、ヒミちゃんと一緒にいられてすっごく嬉しかったことやヒミちゃんとお話した内容は覚えているけれど、嬉しすぎて他のことは頭に入ってこなかった。

 でも、このときボクがヒミちゃんに抱いていたのは、独り善がりで自分のことしか考えていない、幼稚な独占欲でしかなかった、と思う。

 そのことを自覚したのは仁兄ちゃんと出会ったときで、マグ姉ちゃんが仁兄ちゃんのお隣さんになったくらいにこのままじゃダメだ! と奮起した。

 

 だって、ボクはヒミちゃんに貰ってばかりいて、何もお返しが出来ていないのだから。これは反省点ならぬ猛省点、許されざることだ。

 

 考えてみてほしい。ボクはヒミちゃんと一緒にいると楽しくて、幸せで、生きててよかった! と、思う。であれば、ヒミちゃんを楽しませて、幸せにして、生きててよかった! と思える人生にすることは義務と言っても過言ではない。

 だけど、ボクがしてきたことは? 気を引こうと血みどろになってはボクだけを見てほしいと我儘を言って、ヒミちゃんに迷惑をかけてばかりいる。このままでは『拾ってください』と書かれた段ボールに入れられて河川敷に捨てられても文句を言えるはずがない。ヒミちゃんは優しいからそんなことしないけど! それくらいボクはボクを許せないのだ!

 だから、前のめりになってヒミちゃんに尋ねたことがある。

 

「わたしに何かしてほしいことはないかな?」

「んー、大人しくしてほし……いえ、そうですね。あーちゃんは何もせず、ただ側にいてくれるだけでトガはとっても嬉しいなぁ」

 

 優しい。ヒミちゃんが優しすぎてボクはダメになってしまう。既にダメダメじゃないかって? それはそう。とても悲しい。

 

「それに、いつもチウチウさせてもらってるから、むしろ私があーちゃんに何かしてあげたいです」

「ダメだよ! いつもわたしが貰ってばっかりなんだから!」

「えー、何もあげてないですよ?」

 

 貰っている。生きる意味とか、生きる喜びとか、生きる活力とか。ヒミちゃんは顎に指を当てて、こちらを見る。

 

「それじゃあ、あーちゃんが私にしたいことならどうです?」

「したいこと?」

「はい、なんでもいいですよ。あーちゃんがしたいこと。ふふっ、あーちゃん。君は私をどうしたい? なぁんて……」

「幸せ!」

 

 ヒミちゃんの問いに、思考する時間は必要なかった。脊髄反射で答えたとも言う。

 

「わたしは、キミを、幸せにしたい!」

 

 答えを聞いた彼女は少し目を丸くして、それから、いつもとは違う笑みを浮かべた。

 

「なんだか、プロポーズみたいだねぇ」

 

 クスクスと笑う彼女に見惚れて、つられて、ボクも笑う。ヒミちゃんの新しい表情が見れて嬉しい、その表情の理由が楽しいとか幸せとかだったらもっと嬉しいな。ところで、プロポーズってなんだろう?

 

 プロポーズとは、結婚を申し込むこと。結婚とは、好きな人同士が家族になること。好きは好きでも友達じゃなくて、恋人同士が結婚するらしい。へー!

 どうやら好きというものには種類があるらしい。ヒミちゃん以外に好きなものがないからいまいちピンとこない。ヒミちゃんは好きを何個も持っている。血が好き、カァイイものが好き、そして普通も好き、なのかな? 血やカァイイものを前にしたヒミちゃんはニコニコしてて好きなんだなぁ、って分かる。普通は、よく分からない。仲良しな家族とか楽しそう友達とかを見るときに、ちょっとだけ目を細めて、「普通になりたいねぇ」と呟くのだ。

 

「……あーちゃんは、私が普通になったらどう思う?」

 

 ヒミちゃんがなりたいというなら、なりたいものになれるようボクも手伝いたい。だから、もっとヒミちゃんのなりたいものについて知りたくて尋ねる。

 

「普通になるって、どんなふうになるの?」

「どんなふうに、なるかなぁ。わかんないねぇ」

「わかんないかぁ」

「だけど、たぶん、今のトガとは全く違う何かですよ」

 

 彼女は悲しそうに呟いた。ボクはおろおろとしながら、笑ってほしいと手を取った。

 

「わたし、今のヒミちゃんが好きだよ」

「……うん」

「でも、普通になったヒミちゃんも好きになるよ、絶対!」

 

 ボクの言葉を聞いたヒミちゃんは苦笑しながら言う。

 

「あーちゃんは、私ならなんでもいいんです?」

「つまりヒミちゃんじゃなきゃダメなんだよ!」

 

 うんうん。過去のボクはこの世の真理をしっかりと理解しているね。そして、この会話から、ボクは普通というものを意識することにした。ヒミちゃんのなりたいものだから、ボクもなりたい。

 なので男の子になろうと思った。ボクはどこからどう見ても普通の男の子である。ランドセルだって黒だった。完璧である。

 

 そんなボクに、血みどろの小鳥よりも憧れる人が出来た。

 

 出会ったのは病院の図書室で、出会った瞬間、とても驚いた。

 彼はボロボロで、一生懸命で、血の匂いは自分の血の匂いに紛れて分からないけれど、こんなに火傷まみれなのだ、血の匂いもするに違いない。

 つまり、あの人は、いつかマグ姉との恋バナでヒミちゃんが言っていた、ヒミちゃん好みの人。

 ヒミちゃんが好きになるであろう人。

 ヒミちゃんの好きな人。

 

 ……いいなぁ! ボクもそうなりたい!

 

 居ても立っても居られず、ボクはその人に話しかけた。彼、燈矢兄ちゃんは初め鬱陶しそうな顔をしていたけど、ボクの首元あたりを見てから、ポツリポツリとお話してくれた。燈矢兄ちゃんのことがしれて嬉しかったし、なにより彼は。

 

「……俺は、オールマイトを超えるヒーローになるんだよ」

 

 ヒーロー! たくさんの人が目指している、つまりはごくごく普通の夢! すごいや燈矢兄ちゃん! ヒミちゃんの好きなもの詰め合わせセットかな! あぁ、だから!

 

「なれる! 絶対なれるよ! 燈矢兄ちゃんは、オールマイトを超えるヒーローになれる!」

 

 オールマイトが何か知らないけど絶対超えられる! だって君は、ヒミちゃんの好きな人(ヒーロー)なんだから!




副題『何もしていないのに百合に挟まれた燈矢くん』

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