進路に関する話題とかでよく、親の言うことなんて関係ない、自分のなりたいものになればいい、という無責任な発言があるじゃないですか。親が親である限り関係ないなんてことはないというのに。それこそ日本の親権ってすごいですよね。親が子供に“個性”を使っても躾で済まされることがあるらしいですから、驚きです。
そんなわけで、燈矢くんが進路を決めたときのお話をしましょう。私たちの進路は「燈矢兄ちゃんと同じとこ!」「そだねぇ」で決まったので。その結果、受験勉強は地獄を見ましたが。皆さん、進路はしっかり考えましょうね。
瀬古杜岳、訓練場と呼べばいいのか遊び場と呼べばいいのか悩ましいその場所に、私たちはレジャーシートとお菓子を広げていました。
「もしもし、仁兄ちゃん? 燈矢兄ちゃんの身元保証人になってくれない? うん、雄英の入学願書の……わかった、ありがとう! ね、仁兄ちゃんハンコ押してくれるって!」
「もしもし、マグ姉? 仁くんのお説教をお願いします。はい、かなり強めに」
「おまえらコントやってないで真面目に考えてくれよ……」
燈矢くんがジト目でこちらを見ています。あーちゃんをめっ、ってしてから答えました。
「考えていますよ、仁くんの将来大丈夫かなぁ、って」
「俺の将来は?」
「小学生を頼ってる時点でダメじゃないです?」
「正論やめろ」
燈矢くんは苦々しい顔でガシガシと頭を掻きます。彼としても苦肉の策なのでしょう。相談できるお友だちとかいなさそうですし。
「おまえ失礼なこと考えているだろ」
「いえ別に」
あーちゃんがいてくれてよかったなぁ、って考えていました。0と1には大きな隔たりがありますから。どんぐりの背比べという言葉については耳を塞ぎつつ。そのあーちゃんはしょんぼりとしながら唸っていました。
「うー、どうしたら燈矢兄ちゃんのお父さんがハンコ押してくれるかな?」
「親の問題を私たちに振る時点で間違っていると思いますけどね」
「そういえばフライパンから炎がぶわってなるの、フランベっていうんだって!」
「急にどうしたのかなぁ、あーちゃん?」
「なぜだか急に思い出したんだー」
そっかぁ、急に思い出したのなら仕方ないねぇ。燈矢くんの目が若干死んでいますけど。
「……悪気はないのですよ?」
「知ってる……」
「へぇ、燈矢くんがあーちゃんの何を知っているって言うんです? ねぇ?」
「おまえはおまえで面倒くせぇなぁ!」
おっと、燈矢くんの問題とはいえ親について考えるとカリカリしてしまいますね。感情の揺らぎは目立ちますから、平常心平常心。
チョコレートを一粒、口に放り込みます。溶けていない、いいことです。燈矢くんの“個性”訓練がコントロール中心となり、さらに言えば“個性”よりも身体を鍛えるようになったから、熱い思いをせずに済みます。今は冬ですが、マフラーとコートを着込んでいるので焚き火は必要ありません。
「まァ、いい。本題はこれからだ」
燈矢くんは栄養管理をしっかりしているようで、お菓子に手を伸ばしません。ペットボトルの水を一口飲んで、ピッと私を指さします。人を指さしちゃいけません。
「トガ、おまえ人の心が読めるだろ」
「はい?」
一体、何を言っているのでしょう、少し考えて、あぁ、と手を打ちます。
「ついに頭の中まで茹で上がりましたか」
「ぶっ飛ばすぞ」
「わぁ、相変わらず二人は仲良しだね!」
よしよし、あーちゃん大人しくしてようねぇ。
「確信したのは、トガが病院の先生を煽り倒したときだよ。俺には人の良い学者先生としか思えなかったが、おまえはあいつのイカれた研究欲を見抜いていた」
「燈矢くんは人を見る目がないのです」
「はっ倒すぞ」
いやだって、表情を見れば分かるでしょう? そう思った私の心を表情から読み取ったのか、額に青筋を浮かべた燈矢くんが続けます。
「とにかく! 今日、俺がお父さんを説得するから、トガはお父さんのことを見てくれ」
「え、ヤです」
「はぁ?」
「なんで私が燈矢くんのお手伝いしなきゃいけないの?」
心底疑問です。確かに私は燈矢くんに勝手な親近感を抱いていますが、基本的に好きではないので。私がここにいる理由の十割は、あーちゃんがここにいるからです。
「……理由が欲しけりゃくれてやる」
悪い笑みを浮かべた燈矢くんは、私の膝の上でうとうとしているあーちゃんの肩を叩きます。
「なぁシュコウ、俺の家へ遊びに来ないか?」
「えっ、行く!」
あっこの、そういうところですよ!
昔話に出てくる大きな日本屋敷、それがそのまま現実にありました。勝手知ったる様子で燈矢くんが中に入っていきます。うわぁ、本当にココが燈矢くんのお家ですか。
「ただいま」
「あ、おかえ……燈矢兄がちっちゃい子たち攫ってきたー!?」
「おい」
白髪の女の子がパタパタと廊下を走っていきました。続いてドタドタと白髪の男の子がやってきます。
「何言ってんだよ! 燈矢兄がそんなことするわけないだろ!」
「夏くん……!」
「うわっ本当だー!!」
「夏くん……?」
また燈矢くんの目が死んでいます。燈矢兄、ということは妹さんと弟くんでしょう、カァイイ子たちです。見た感じ二人とも年上ですけど。
そして、静かにやってきた女性、おそらく燈矢くんのお母さん、が驚きを隠すように微笑みました。
「おかえり、燈矢」
「……ただいま」
「そちらの子たちは、お友だち?」
燈矢くんと顔を見合わせます。
「……(お友だちではありませんが、そう紹介しても黙認してあげますよ、の顔)」
「……(友だちじゃねぇけど、おまえがそう名乗る分には黙っててやるよ、の顔)」
そんなだからお友だちがいないのです。
「燈矢兄ちゃんの弟子です!」
「お弟子さん?」
「うん! 燈矢兄ちゃんすごいんだよ、えっとね、この前なんかマシュマロ炙ってもらって、すっごく美味しかった!」
「まぁ、そうなの」
それ訓練中の燈矢くんの炎で私たちが勝手に炙っただけですよ、と思いつつ口に出しません。燈矢くんも物言いたげな顔をしながら黙っています。
「今日は遊びに来ました! たくさん遊びます!」
「……えぇ、燈矢のことお願いね」
「はい!」
とてとて、あーちゃんが戻ってきました。
「お願いされた!」
「おまえの面倒見てるの俺の方だけどな」
「いつもありがとう師匠!」
「はいはい」
むぅ。
「お母さん、冬美ちゃんと夏くんと買い物行くんだろ? 俺たちのことは構わなくていいから」
「でも……大丈夫?」
「大丈夫だよ。俺だってもうちょっとしたら高校生なんだからさ」
そう言ってずんずん進んでいく燈矢くんの後をついていきます。あーちゃんがマフラーを外そうとするのを止めつつ、燈矢くんのお母さんが『高校生』という単語を聞いたときの表情を見るに、どこもかしこも親との関係はうまくいかないものなのだとこっそり嘆息しました。
「じゃあ俺はお父さんのところ行くから、おまえらはあのへんの窓から見てろ」
「雑ぅ……」
「つまり、かくれんぼ?」
「うん、そうだな」
嘘だぁ。何も隠れてないですよ。全てが晒されています。そう思っていたのですが、いざ燈矢くんの指さした窓のあるところまでやってきて、立ち止まり、見上げます。
「窓に! 窓に! 届かない!」
「何も見えないねぇ」
身長が届かず視界が隠れてしまったので、かくれんぼで合っていたかもしれません。しかし、このまま壁とお話してても仕方ないのでなんとかしましょう。まぁ、この建物全体が何かを隠そうとしている気配があるのでそっちを探す方がかくれんぼっぽい気もしますけど。燈矢くんは真面目なので貸しはちゃんと返してくれます。未来への貯金ということで。
「あーちゃん」
「はーい」
屈んだあーちゃんの肩に脚をかけて、肩車してもらいます。
「おぉ?」
「どんなかんじー?」
「燈矢くんがお父さんに殴りかかってます」
「へぇー、仲良しさんだ!」
「……前々から思っていたけど『喧嘩するほど仲が良い』という言葉をあんまり信用しちゃダメだよ?」
「え! 喧嘩をすればするほど仲良くなるんじゃないの?」
「そういう人もいますけどねぇ」
あーちゃんの頭を撫でながら、予想以上の面白そうな光景に目を凝らします。燈矢くんが少なからず身体を鍛えているとはいえプロヒーローには分が悪く、軽くあしらわれていました。立ち位置からお父さんの表情はちゃんと見えます。
(驚き二割心配二割ごちゃまぜ六割、うぅん、遠目なのもあってわかりにくいです)
遠くて声は聞こえませんが、口元が見えれば言ってることも分かりますね。えーと、『諦めろ、お前はヒーローにはなれない』……あー……。
「ヒミちゃん?」
「……ん、燈矢くんが蒼色の炎を出しましたよ。キレイですね」
「なにそれカックイイ!」
より正確に言えば橙から蒼のグラデーションです。燈矢くんの周りは橙色で遠くなるほど蒼になっています。そして、炎に注意を反らしたお父さんの視界から外れて、顔面にパンチを叩き込みました。
立ち位置が変わって、燈矢くんの顔が見えます。ヒーローみたいな笑みを浮かべながら、その目は濁っていました、どっぷりと。いつも複雑で読みにくい彼の感情がさらに複雑骨折を起こしています。
『安心しろよ、ヒーローはヒーローでも、おまえみたいなヒーローにはならないからさ。クソ親父』
そして燈矢くんはクールに去る、はずもなく。再び殴りかかって、体勢を整えたお父さんに反撃されて、それでも拳を振り上げて。
「なにしてるんだ?」
そんなときに、半々の髪色をしている男の子がひょっこり現れました。
自己紹介、というよりあーちゃんの質問に男の子が答えたところによると、彼は轟家末っ子で、焦凍くんという名前だそうです。
さて、見知らぬ同年代の子供が(焦凍くんは一つ下の学年なのであーちゃんが何かとお兄ちゃんぶっていましたが)自分の家で窓を覗き込んでいれば、何をしているのかと気になるのも当然です。君のお兄ちゃんとお父さんが喧嘩してますよ、と口で言うのは簡単ですが、焦凍くんとお話していたのは私ではなくあーちゃんだったので。
「ねぇねぇ! ボクすっごいことに気づいたんだけど、肩車って三人でやるものじゃないのかも!」
「そうだねぇ、気づけて偉いねぇ、やる前に気づいてほしかったかなぁ!」
「肩車ってむずかしいんだな……」
こうなりました。なんで?
「トガ! シュコウ! 見ろよ、親父のやつ勝手にしろって、アイツから――おまえらなにやってんだ?」
焦凍くんが私を肩車して、私を肩車した焦凍くんをあーちゃんが肩車しています。なお、奇跡的なバランスで保っていますが今にも崩れ落ちそうな模様。私たちの心は一つになりました。
「「「助けて、燈矢兄(兄ちゃん)(くん)!」」」