「えーと……どちらさまで?」
唐突に現われたとしか見えない彼女に、イオは眼をぱちくりとさせながらも訊ねた。
すると、彼女はぺチンと己が額を叩くと、
「おおうっと、これは失礼いたしました!清く正しい射命丸文と申します!あ、これ名刺です」
「……ご丁寧に、どうも」
まくしたてられるようにして告げられたその言葉に、イオは何とかそう言って名刺を受け取る。
『文々。新聞 記者 射命丸 文』
墨痕あでやかに中央に輝く文字が書かれたそのカードは、アルティメシア世界では見たことがない、薄らと光を反射する厚紙で作られていた。
興味深そうに紙を覗いているイオに、妖夢が恐る恐ると言った様子で、
「あの……イオ殿?先程、新聞のあてがあると申し上げたと思うんですが、それが彼女の事なんです。もし、イオ殿が良かったら……」
「へえ……新聞記者の方なんですか。この幻想郷だと、紙の供給って少ないように見えるんですけど、そこはどうしているんですか?」
妖夢の言葉を遮り、イオはとても楽しそうな声で射命丸に尋ねる。
その様子に、言葉を遮られた妖夢が不安になってイオの顔を覗き込んでみると、初めて会った時から見て、いつにないくらいきらきらとした光を放つ眼になっていた。
彼の問いに、よもや自分が問い詰められようとは思っていなかったのか、笑顔のままだった射命丸の表情がかなり引き攣る。
だが、訊かれた以上は答えなければならない為に、少々渋々ではあるが、
「あやや……ま、まあそうですねえ。ここ最近、私が住んでいる妖怪の山に、外の世界から大量に神が幻想入りしてきたので、それを使わせて頂いていますよ」
「ふぅむ……それだと、結構古紙もありそうですねえ。――っと、いけないいけない。何か僕が記者みたいになってましたね、済みません。お詫びと言ってはなんですが、訊きたいことがあれば答えられる範囲でお答えしますよ」
と、ようやく名刺から顔をあげたイオが、申し訳なさそうに頭を掻きながらそう告げると、
「おおっと、宜しいんですか!?いやー、私の書く新聞、どうも他の方々には不評みたいなんですけどねえ」
「そりゃ、殆どごしっぷに近い位誇張されているからでしょ?」
「それは言いっこなしですよ妖夢さん。嘘は付いていないんですから大丈夫です!」
妖夢の呆れ声に、かえってそれなりに豊かな胸を張って射命丸は開き直った。
そんな彼女に、イオは穏やかに笑い、
「クスクス……構いませんよ。マスコミの方が記事を面白おかしく書き立てるのは世の常ですしね。――――それに、嘘は書かないんでしょう……?」
そのまま、何処か見透かすような光を放つ金色の眼を向けられ、訳もなく背筋が伸びた射命丸の喉がごくり、と鳴る。
「え、ええ!それは勿論です。私が見た限りの客観的な社説を、余すところなく書かせて頂きますよ!」
少し言葉をどもりつつも、射命丸は安心させるように笑うのであった。
―――――――――
「――さ、どうぞおあがり下さい。今、お茶を用意しますから」
母屋の、真新しいイグサの香り立つ居間に二人を案内したイオは、そのまま台所へと向かっていった。
少しして、ガチャガチャと音が聞こえてくるのを聞きながら、ちゃぶ台の周りに座った射命丸は、そばに座っていた妖夢の肩をツンツンと突くと、
「ねね、妖夢さん。イオさんの腕前……率直に言ってどう感じました?貴女が剣士として対峙したイオさんの印象を教えてもらいたいんですよ」
きらきらとした眼で、早速イオが来る前の前哨戦にでもするのか、ちゃぶ台の上に乗り出しかけながらそう尋ねてきた射命丸に、妖夢はあの戦いの事を思い出しているのか、何処か明後日の方を向きながらも、
「――そう、ですね。一言で言って……私の祖父と同じくらいか、それ以上の実力者であるように感じられました。あの人と祖父が戦っている姿を見たいくらいになる程です。剣に生きる人というのは、祖父の他にもいたのだなと思えましたし」
「あややや!これはこれは、妖夢さんも結構な腕の持ち主だと言うのに、そう感じられた訳ですか!いやはや、面白いことが聞けましたねえ!」
射命丸はそう言って面白がっているが、妖夢の方はさほどそう感じられなかったようだ。
「……面白くは、ないと思いますよ。なんて言えばいいのでしょうか……あの若さで、あそこまでの錬度に至っている事自体が、すでにあり得ないことなんです。あそこまでの腕になるには、余程死線を潜り抜けていなければ、到底辿りつかない境地ですよ」
真剣な眼差しで、彼の姿が消えた台所の暖簾を見やりつつ、妖夢は生真面目にもそう述べた。
と、うんうんと納得しているような射命丸の後ろから、
「……んー?あ、文と妖夢だー」
二階の自室から降りて来たのか、少し眠たげな様子のルーミアが居間の方にやって来たのである。
「ルーミア!?え、貴女、なんで此処にいるの……!?」
思わず驚きで言葉を崩しながらそう問うた妖夢に、ルーミアは少し眼をこすってから、
「イオの家に住んでるのー。イオの料理、すっごく美味しいからねー」
とてとてと畳を裸足で歩く彼女は、何時もの黒ワンピース姿のまま、ぽやぽやとした雰囲気を出しながら、妖夢たち二人の座る卓袱台の周りに足を崩しながら座った。
そうだったんだ、と妖夢がいまだ驚き冷めやらぬ様ではあったものの、
「人食いの妖怪だった貴女がねー……ねね、イオ殿の料理、どういうのが好きなの?」
白玉楼にて食事などの家事も行っているせいか、ちょっと他人の料理も気になるようで……眼を輝かせながら妖夢がそう尋ねると、
「そーだねー……今朝は、すくらんぶるえっぐ?とかいう、卵をかき混ぜながら焼いたやつと、イオがいつの間にか獲ってきた猪の肉を組み合わせたのかな?お昼はイオが何処で習ったのか知らないけど、小麦から直に作った手打ちの麺で、ざるうどんとか作ってくれるんだー。あ、あと昨日の夜は……確か、それなりに多くおかずがあったけど、鶏肉と卵で作った親子丼が一番だったなあー」
ジュルリ、とイオの作ってくれた料理を思い出しているのか、よだれを垂らしかけながらルーミアがそう答える。
「おおっと!聞き捨てならない言葉が聞こえてきましたねえ……!妖怪の貴女でさえ美味しい料理なら、宴会の時が待ち遠しくなりますよ!いやー、これは依頼を出さなければ……!!」
ルーミアの言葉を聞き自分も食べたくなって来たのか、射命丸がとてもわくわくとした表情であさっての方向を見やっていた。
そこへ、御茶の準備が終わったのか、木製の御盆(イオ謹製)の上に、同じく木製の湯呑のようなコップ(同謹製)を三つ載せて、イオが彼女たちのいる居間に戻って来る。
暖簾をくぐりぬけ、いざ座ろうとした所で、きらきらとこちらを見つめてくる射命丸とルーミアに気付き、およ?と不思議そうな表情を浮かべると、
「どうしたんですか射命丸さん?それに……ルーミアも。なんだか、すごく眼がきらきらとしているけど、何かあったの?」
心底から不思議そうな彼に、射命丸が二人を代表してか、
「あ、あのですね……ルーミアさんに、今貴方の料理がとても素晴らしい事をお伺いしまして。もし、宜しかったら宴会の際に作っていただけないかなー……と」
「へ?いやまあ、別に構いませんよ?――ただ、依頼として出されるんでしたら、報酬については気を付けてくださいね?一応、こうして知己の関係になれた事ですし、そんなに吹っ掛けるつもりもありませんから。それに、料理の材料も揃えて下さらないといけませんしね」
「ええ、ええ!それでしたらちゃんとお出ししますよ!いやー!これで、宴会の時が待ち遠しくなってきましたよー!!」
ばっさばっさと翼を喜びで羽ばたかせつつ、射命丸が嬉しそうな声を上げていると、
「はいはい。……ところで、取材の方はどうされます?ちょいと、人里の方で買ってきた大福とか菓子類があるんですけど」
「食べる!!」
「食べます!!」
コツ、コツ、とコップを三人分置いて行き、自分のは後で取りに戻ろうなどと考えつつも、最後に大福などが乗ったそれなりに大きめの皿を置くと、一斉にルーミアと射命丸の手が伸びて来る。
思い思いに大福を味わっている二人に和みながらも、ふと、妖夢が手を伸ばさなかったことに気づき、キョトンと首を傾げて、
「ありゃ、妖夢さんはお召し上がりにならないので?これ、人里の一番いい和菓子屋で見つけてきたものなんですけど」
「え……よ、宜しいのですか?」
「ええ、遠慮なくどうぞお召し上がりを。取材はこの後でも構いませんしね」
にっこりと笑っているイオに背中を押されたのか、妖夢は恐る恐るではあったものの、大福に手を伸ばし、一口ずつ食べていった。
しばらく、そんな穏やかな空気が流れ、時たま大福の争奪戦がルーミアと射命丸で勃発するのをなだめながらも、ほっこりとお茶を飲みながら一休み。
――そして、ようやくにして取材の時間となった。
「――さて……イオさん。いよいよ取材という事ですが、最初に一つ、如何しても訊きたいことがあったので、お訊きしますね?」
先程までルーミアと大福を取り合っていたとは思えない真剣な表情で、射命丸が訊ねる。
「……ずばり、単刀直入に訊きます」
――貴方の能力は、いったい何なのですか?
「……へ?あれ、慧音先生に伺ったんじゃないんですか?」
妖夢から聞いた話と違うその質問に、イオは呆気にとられた表情でそう尋ねた。
すると、射命丸はゆっくりと首を振って、
「イオさん……貴方がいた世界はどうだったのかは知りませんが、この幻想郷では相手の能力を知る事で一種のアドバンテージになるんですよ。能力の内容を知られるという事だけで、もし仮に戦う事になったとしても、どういうように動くのか考える事も出来ますし。そう言う訳で、慧音さんには教えて戴けていないんです。――ま、当人に許可をちゃんと取ったのであれば構わないとは仰ってましたが」
真剣な眼差しのままそう返してきた彼女に、イオは納得がいったような表情になって頷きながらも、
「でしたら、知らないのも無理はないですねえ。ま、隠す事でもないですし、お答えしますよ」
その言葉に、射命丸と妖夢は揃って緊張に包まれた面持になり、彼の口からその名が告げられるのを待つ。
――若干、シリアスな空気のなか、ルーミアがふやふやと寝言を呟きながらイオの膝に頭を載せているのがおかしかったが。
「――――『木を操る程度の能力』。それが、博麗神社の霊夢さんに教えてもらった僕の能力ですね」
「ほうほう……木を――――って、えええええ!?」
取材メモに、すらすらと今しがた聞いた言葉をつづろうとした射命丸が、驚愕の声をあげた。
余りの声量に、キーン、と耳鳴りがするのを押さえつつ、
「おぅふ。……いきなり大声を出さないで下さいよ。吃驚したじゃないですか」
若干、恨めしげな目つきでイオは射命丸をジトッと見るが、彼女はそれに頓着することなくバンバンと卓袱台を叩きながら、
「びっくりしたのはこっちの台詞ですよ!なんですかそれ!何でそんな強力な能力を持っているんですか!?」
呆気にとられている妖夢や、射命丸の声に煩げにしているルーミアとは対照的な彼女の様子に、イオは少し迷惑そうな面持ちになって、
「知りませんよそんな事。大体、こっちに来るまでそんな能力を持っていた事すら知らなかったんですから。発言したのはこっちに来てからなんですよ。……ああもう、耳が潰れるかと思った」
愚痴愚痴と文句を呟くイオに、妖夢が何かを思い出したようにはっとなると、
「で、ではあの仕合の時に仰っていた『疾風剣神』の二つ名って……」
「ああそれですか。単に僕の剣速とかが元の世界の中で断トツの速さを誇っていたからそう呼ばれていただけで、能力は全く関係ないですよ。……少なくとも、僕の速さについてこれる人は一人除いていなかったはずです」
頭を掻きながら、ちょっぴり疲れたような表情でそう告げると、射命丸は引き攣った表情になって、
「そ、そうだったんですか……(どうしよ、勘違いしてた)」
と、妖夢とイオの戦いを眺めてから今までの間で抱いていた勘違いを修正していたが、
「???何か、仰いました?」
「ああいえいえ、何でもありませんよハイ!」
訝しげなイオの言葉に、びっくーん、と背中が伸びるのを感じながら慌ててそう返した射命丸。
そのまま、勢いを持たせるようにして、
「い、イオさんの、元の世界でのご友人などの人間関係について伺ってもよろしいでしょうか!?慧音さんからは幻想郷に来るまでのことしか伺っていないもので!」
「……いいですけど。そんなにいた訳じゃありませんよ?」
「ええ、構いません!とりあえず、新聞のネタになりそうなものは何でも取り上げたいので!」
「…………なんか、競争でもしてるんですか?」
若干せかすような彼女の言葉に、イオはかなり訝しげに彼女を見ていたが、射命丸はにっこりと笑うだけであり、何も告げる様子はなかった。
――その額に、汗が流れているのを見なければ、普通にテンションが上がっているだけだと思っただろう。
そんな彼女に、イオは疲れたように深々と溜息をつくと、
「……そうですねえ……でしたら、まずは僕の親友の事からいく事にしますか」
銅色の髪と眼を持つ、ぶっきらぼうであるがその実熱い性格を持っている、故郷の次期公爵である青年の事を思い出しつつ、述懐していくのであった。
五千文字達成。
されど、前の話の七千よりは少なし、と。
……もっと、文字数が安定して届けられたらいいなと思う今日この頃。
とりあえず、此処まで読んでいただいたことに感謝を。