口々に礼を告げながら立ち去って行く妖夢と射命丸を、眠そうなルーミアと二人で見送った後、イオは取材が始まって丁度一時間半経った、今の道場の様子を見に行く事にした。
ルーミアに、一応ポストの中の様子を確かめてほしい事を頼みつつ、道場の玄関に入り、そこから仲の様子をうかがってみる。
すると、丁度休憩を取り始めていたばかりのようで、皆が各々壁に靠れかかったり、床に寝そべっていたりと弛緩した空気が流れていた。
「――ん、みんなお疲れ様。調子はどうかな?」
ふっと、傍から見ればいきなり道場の中心に現れたように見えるイオが、静かに微笑みながらたまたま近くにいた友人――優吾に、そう尋ねると、
「お、おう……いきなり現れるなよな、ったく。――ま、丁度休憩に入ったとこだ。とりあえず、お前に言われた目標はこなしているぞ」
と、ちょっぴり文句を言いながらも、何てことなさそうにそう告げる。
見れば、彼はもとより他の皆(少年やそれなりに成長した青年たちまで)の来ている道着が、かなり汗でぐっしょりと濡れていた。
その様子からして、余程かなりの運動量をこなしたのであろう彼らの姿に、イオは一瞬何かを考えるような素振りを見せると、
「――よし、皆一回水を浴びてきなよ。この暑さだし、母屋の近くにある井戸で充分に涼んできておいで。はい、じゃ一旦解散!」
パンパンと両手を叩きながら弟子である彼らを促すと、何処となく疲れた様子ではあったものの、充実したような表情で各々道場を出て行く。
思い思いに退去していく彼らを眺めていると、優吾の姿が残っている事に気づき、イオは不思議そうな面持ちになって、
「?どうしたのさ優吾」
と、訊ねてみた。
すると、
「おう、さっきまであの冥界の庭師と鴉天狗の記者が来てただろ?なにしゃべってたんだ?」
すぐ近くのラックにかかっていた手拭いを手に取り、顔中に流れている汗をやや乱暴にふき取りながら優吾が訊き返してくる。
「んー……そうだね。おもに、僕の能力の事についてと、こっちに来る前にいた友人とか、どういう職種についてたのかとかね。どうも、慧音先生に此処に来るまでの経緯は聞いたけど、それ以外の事については個人情報だからって訊いてなかったみたいでさ」
「あー……なるほどなあ。確かに、慧音先生はそこら辺きっちりしてるだろうしよ。……にしても、お前の能力の話だが……あれ、完全に遊び道具になってねぇか?」
使い手の興味や遊び心を満たすのみになってしまった、彼の能力の事を思い浮かべ、優吾は呆れたように首をすくめて苦笑した。
何しろ、この世界で能力を持っている事は、射命丸が述べていたように一種のアドバンテージにとなっているわけであり、それがスペルカードルールにも適用されているわけなのであるが、イオの場合それが日常にまで生かす事が出来るタイプの能力であることが、ある種の異変を起こしていたのである。
その使用例を挙げるとするならば、寺子屋で授業をする依頼を終えた後、時として子供達と遊ぶことがあるのだが、その際に人間そっくりの体で出来たウッドゴーレムを創りだしたり、農家の人々に依頼された時は、容易に枯れる事がないように植物の苗の正常な状態を強化したりと、もはや便利を通り越して神が起こす奇跡にまで昇華されているのであった。――とはいえ、実際に彼を神の様に崇めている人々がいる事を、当の本人は知らされていない現実であったりするが。
それはさておき。
さて、話は戻るが、先ほど言ったゴーレムを創り上げる際に、
『いやー、すっごい楽しかった☆』
などと供述し、とてもイイ笑顔で言い放った彼の姿に、かなりいらっとした慧音によって頭突きで以て成敗されている姿も、ここ最近の人里の日常風景ともなっていた。
どうにも、好奇心がふんだんにある猫のような性格を彼はしているようで、興味を抱いたもの、面白そうなものに対するセンサーがかなり凄く、一度その視線がロックオンされるととことんまで突き詰めていくタイプの様なのである。
優吾にとっては、自身、そして家族とも言える人里の者たちの生活向上の原因になっているため、喜びこそすれ文句を言うつもりは絶対にないが、立派に殺傷能力を持つ能力が、使いどころによって見事に別の側面を見せてくれるのだと、つきつけられたような思いだった。
そう言う事もあり、イオの奇行というか、善行ともいうか、とにかく彼が動くことによる人里への影響というのは、かなり馬鹿に出来ない物がある。
「びっくりしたぞあれには。のっぺらぼうでまんま人形のような奴だったのが、いつの間にか人間みたいな顔になって表情まで動くんだからよ。……あれ、ほんとに大丈夫なんだな?人形なんだよな?」
正直、彼のゴーレムの造りが本気で怖いくらいに人間に酷似していた為に、自身がなくなりかけていた優吾がそうぼやいていると、
「あー、あれはねー……いやーあっはっは、やり過ぎちゃった☆」
てへぺろ、と言わんばかりにこつんと片手を握りしめて頭に当て、パチッと片目をつむって舌を出して見せるイオに、優吾は冷たい視線を向けながら、
「男がそんな仕草をしても可愛くねっての。……と、おいイオ。どうやら『宵闇の妖怪』が何か探してるみたいだぞ?」
何かに気づいたように玄関に目を向け、そう告げると、彼の言葉どおりに、
「イオー?中にいるー?」
ときょろきょろとしながら、イオを探しているルーミアが中に入ってきた。
「??依頼あったのかな?んー……おかしいね今日は二件だけだと思ってたけど。――ま、依頼だったら優吾達は休憩してからもうちょっとやってて。もし、時間が出来そうなら僕直々にみっちり鍛え上げるつもりだから」
彼女の様子にちょっぴり首を傾げながらも、イオは優吾にそう告げると、ルーミアのいる玄関へと近づいて行くのであった。
――――――――
――午後十時ごろ。
既に、宵闇が幻想郷を覆い尽くし、何処となく陰りが見える満月があたりを照らす中、イオは普段帯刀している蒼刀『白夜』ではなく、双刀『朱煉』を腰に佩いており、それなりに防御力がある、この世界に来た時に着用していた、魔蚕が吐き出した糸を使用した頑丈な服装で、人里の門の所に来ていた。
あの時ルーミアから手渡されたのは、一通の赤い紙で作られた封筒であったのである。
『午後の十時以降に、我が紅魔館にご招待――そして、依頼を』
館主 レミリア=スカーレット
簡潔にまとめられたその一文は、血文字めいた紅き書体で綴られており、その文字が並ぶ便箋さえも、真っ赤な色に染まっていた。
(……悪趣味以外の何物でもないなあこれ)
身も蓋もない感想を抱きつつも、とりあえず何があるかはわからない為に、いつにない本気の装束で固め、今こうして人里の入り口に立っているのである。
ちなみに、ルーミアは自身が闇に生きる妖怪であるからか、夜になると活性化しているために、今回の事に対し同行を願い出たのであるが、何があるか分からない以上、彼女に何らかの危険が迫るようなことがあってはならないと、イオによって留守番を言いつけられた為に、現在自宅にてすねているそうである。
「――じゃ、行ってくるよ。里の防衛、頑張ってね」
「おう、行ってこい。気を付けてなー」
たまたま、今夜の防衛にあたっていた優吾にそう告げ、イオは音もなく空に舞い上がった。
風の音が耳元で吠えているのを聞きながら、能力によって空気を次々に蹴って推進力に変えると、グン、と一気に速度を上げていくイオ。
すぐさま、空中でバランスを取り、同封されていた地図を満月に照らし合わせながら、一直線に紅魔館へと向かった。
――満月が煌く中で月の光に照らされた彼の姿は、さながら蒼き龍が身をくねらせて飛んでいるようであったという。
―――――――――
……飛び始めて優に四十五分が経過しただろうか。
イオはようやくにして、霧の湖と地図に書かれている場所の上空にまでやってきていた。
年中、薄く霧が張る事もあれば、厚く覆われる事もあるというこの湖は、決して霧が晴れると言う事はないそうであり、イオが湖の様子を見ていても、その事は事実であると感じられる。
何しろ、今彼の目の前で月に照らされている霧が、風などが吹いても一向に晴れる様子がなかったからであった。
「……地図によると、ここら辺にあるという事だけど……むう、霧が邪魔で全然見えないなあ」
月の光にも、はたまた霧自身にも邪魔され、その奥にまで全然視界が利いていないのだ。
いくら見回せど、反射している光でそれらしい館の姿さえ見えなかった。
「――はあ。仕方ないけど……風、起こそうかな」
ぽつりと呟き、この世界でスペルカードルールを知ってから初めて作った、一つ目のカードを目の前に出現させると、静かな声で詠唱する。
――風遁『颱風の通り道』――
スペル詠唱と同時に圧縮された空気が次々と生まれ、タイミングをずらしながら一斉に湖へと向かっていった。
傍から見てでたらめのように見えるその弾幕は、実のところかなり規則性を持って動いており、湖面に近づくその寸前で――一斉に爆裂四散する。
狙って打ち出されたそれらが、近くにある霧をどんどん払っていくその様子を、イオは眺めながら一つ頷き、
「――うん、うまくいった。出来たばかりだから、ちょっと不安だったけど……案外、お手軽感覚で使えたな。」
良かった、良かった、と声に出しながら再び頷き、紅魔館が建っているという湖の小島を探していると、すぐにその館を見つけた。
霧が消え、満月の光に照らされたその全体の姿は、イオの世界の貴族の館と遜色ない造りになっており、唯一全体色が紅色であることを除けば、格調高い造りになっているのが分かる。
小島へと続く橋も見つけ、終着点へと降り立ち、改めてイオがその全容をまじまじと見つめた後、
「……人の趣味を悪く言うつもりはないけど……眼に痛いなこれ」
そんな呟きを洩らすと、その声に応えが返ってきた。
「――まあ、そう仰らないで頂けますか?お嬢様にとって、この色が一番に御好きな色ですからね」
何処となく、若々しさを感じさせるような女性の声に、イオは一瞬鋭い目になったものの、すぐに聞こえてきた方へ体を向けて、
「おっと、そこにいらしたんですか。夜分遅くに失礼します。人里にて道場となんでも屋を営んでいます、イオ=カリストと申します。今晩はこちらの館主の方にお招きを頂きまして、こうして参りました」
いつの間にかすぐ近くにいた、星型の模様に龍と書かれた帽子を被っている、緑色の上着にスリットが深い所にまで入った長いスカートを穿いている赤髪の女性に、深々と一礼してのんびりとした穏やかな声でそう返した。
「これは、どうもご丁寧に有難うございます。『華人小娘』の異名で呼ばれています、紅美鈴と申します。此処、紅魔館の門番を務めさせて頂いている身です。美鈴、とお呼び下さいね。――それで、お嬢様の招待状をお持ちでしょうか?一応、こちらでは分かっているのですが念のためという事で」
穏やかながら、それでいて隙もない自然体をしている彼女に告げられ、イオはその体現に驚きを感じつつも柔らかく微笑んで、
「ええ。本日午後三時ごろに同居しているものが郵便受けで見つけてくれましてね。これがそれになります。――本当であれば、この時間帯はすでに寝ようと考えていたのですがね」
懐からあの悪趣味の権現とも言えるような手紙を取り出しつつ、美鈴に手渡しながら愚痴を漏らすと、彼女は苦笑して、
「申し訳ありません。お嬢様方は吸血鬼ですから、如何しても人間と異なる時間帯になってしまうのですよ。ま、招待を受けられている以上、そんなに大したお時間は頂かないと思いますよ?」
「――そうだと、いいんですけどねえ」
――――吸血鬼。
イオの世界においても、吸血鬼という種族、或いはモンスターに値する不死人は存在していた。
伝説、または学院の物語の書物に記されている彼らは、吸血をする事により自身を強化し、体の飢えを満たし、そして自身の仲間をも生み出すとされているのである。
そんな彼らには弱点が存在するものの、そのデメリットを容易く破壊できるだけの力を彼らはその身に内包していた。
――曰く、普人種と比べ物にならないほどの身体能力。そして不死性。
――曰く、アルティメシア世界においては、土行からの派生属性『闇』との親和率が最も高く、かつ魔力を豊富に有している事。
――曰く、真祖にいたりし吸血鬼は、それまでの弱点たる流水、日光などをも克服し、最強の存在足り得る事。
身体の特徴としては鋭い八重歯と紅い瞳が最も知られているものであろうか。
少なくとも、こうして彼らの事を挙げてみれば、人間という種族から最もかけ離れている、闇の種族の頂点に存在している種族であることは疑いなかった。
「……ま、依頼の事もありますし、このままお邪魔しますね」
「ええ、では今案内の人を呼びますから。――咲夜さん。お客様です」
「――ええ、私は此処に」
美鈴が小さく呟くようにして誰かの名を呼ぶとともに、すぐさま反応が返ってくる。
「――ふぅん?」
唐突に現れたとしか感じられなかった女性の気配に、イオは何処かしら面白がるような表情になって呟いた。
そんな彼に頓着せず、門の前に突然現れたメイド服を着たその女性は、深々と一礼すると、
「――ようこそいらっしゃいました。お嬢様より先にではございますが、一言自己紹介をさせていただきます。当館、紅魔館にてメイド長を務めております、十六夜咲夜ともうします」
以後、よしなに。
そう告げ、目の前にいるメイド長が、月夜の満月に照らされた銀髪を、はらり、と風にはためかせる。
その容貌は、人間とは思えないほどに端正であり、美鈴と比べてみるとまさしく銀月を思わせるような、完全で瀟洒な美しさを誇っていた。
そんな彼女の、切れ長で紅き瞳と透き通るような肌の白さに、イオはなぜか故郷にいる女友達である、王侯貴族の黒髪の女性を思い出し、僅かばかり困惑する。
だが、すぐに気を取り直して、
「御招きにあずかり、こちらに参りました。どうぞよろしくお願いしますね……十六夜咲夜さん」
と、イオはふっと微笑んで礼を返した。
そして、キリッとまじめな顔つきになると、
「――さて、中に入らせて頂いても?」
と、丁寧な対応を崩さずそう尋ねると、
「ええ、ご案内いたします。我が主、『永遠に紅い幼い月』レミリアお嬢様の元へ」
そう答え、ちらりとメイド長は初めて薄らと笑みを浮かべると、吸血鬼の館の中へ、『疾風剣神』をいざなうのであった。
さてさて、イオを待ち受ける依頼とは……?