東方剣神録   作:上田幻

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第十五章「集い来るは人妖の宴」

 

――幻想郷上空より先に存在する冥界。

 其処は、命あるものにとって、けして訪れてはならない禁断の場所であった。

 

――怨嗟の声あげる亡者たち。

――死して後に、魂となりて訪れた亡者たち。

 

其処は、死後の裁判を受ける者たちにとってはある種の待合室と言っても過言ではない。

何しろ、この幻想郷では死後の転生が必ずと言っていいほどに存在しているのだから。

 

 そんな、亡者のみが存在する冥界に、白玉楼と呼ばれる屋敷があった。

 その家主である、見た目からはとても想像できないほどに大食いな亡霊少女と、半人半霊の庭師の少女二人が、その冥界における唯一の住人である。

 つい先だって、イオがこの幻想郷に来る前に発生した異変、『春雪異変』と巷では呼称されているのだが、これの張本人が彼女たちなのであった。

 なぜそんな事をしたのかといえば、彼女たちが住む白玉楼の庭に、春になれど咲かない桜――西行桜――が存在しており、その桜が咲くところをみたいがために起こされた異変なのである。

 とはいえ、今に至っては博麗神社の巫女によって退治され、のんびりと日常を過ごしているのみだったが。

 

「――ようむー?何処にいるのー?」

 

とてとて、とそんな擬音が聞こえてきそうな歩みをしているのは、冥界の主にして白玉楼の家主たる西行寺幽々子。

 何処か、のほほんとした美貌に、ピンク色の髪、そして、何処となく肌寒さを感じさせる薄い蒼色の服と渦模様が一つつけられた帽子を被っていた。

 そんな彼女の言葉に、

「はい、只今参ります―!」

慌てたような声で何処かから妖夢の声が聞こえてくると、どたどたと言う音と共に彼女が現れる。

 見れば、どうしてか沢山の荷物が入っていると思しき大きな風呂敷包みを背負い、腰のあたりに己が得物である楼観剣と白楼剣の二振りを括りつけた彼女が、大荷物で走ったせいか息を切らしていた。

 そんな彼女に幽々子は溜息をつくと、

「も~……遅いわよ妖夢。早くいかないとみんな待ってるじゃない」

「も、申し訳ありません。イオさんに渡したいものがあったものですから」

彼女にぼやかれ、妖夢が慌ててそう言ったのが不味かったのか。

 妖夢の一言に、きらーん☆と眼を光らせた妖夢の主は、

「――あらあら。もしかして、恋文かしら~?」

「な!?ち、違います!ただの依頼状です!!」

顔を赤らめて妖夢が叫ぶが、これは妖夢がわるいだろう。

 何せ、気付かずに誤解を招くような発言をしたのだから、からかわれるのは当然であった。――さらに言うならば、生真面目な彼女が慌てるのが楽しくて幽々子が遊んでいると言ってもいいだろう。

 結局のところ、彼女は愛され体質なのであった。

 

「そ、そんなことより、早く参りましょう!皆様、御待ちでいらっしゃるんでしょう!?」

「……むぅ~……仕方ないわねえ。じゃ、行きましょうか――博麗神社へ」

そう言うと、幽々子はいつの間にか持っていた墨染色のセンスを広げると、にこやかに笑っているその口元を覆うのであった。

 

――――――――

 

――博麗神社。

 紅魔館の面々が引き起こした『吸血鬼異変』並びに『紅霧異変』、そして白玉楼の面々が引き起こした『春雪異変』があってから、少なくとも異変の後に宴会を開くのが常になっていた。

 幻想郷内において中立の立場をとる博麗神社によって退治された彼女たちは、大抵此処で宴会を開くのが当たり前のようになっていて、神社の主たる博麗霊夢は頭を悩ませていたりしていると言う。

 ただ、今回之宴会は、そんな異変を起こした者たちにくわえ、ある新参者がここに来ていた。

 

「――ふぅ。こんなに大量の料理を作る事になるなんて初めてだよ」

 

言わずと知れた、人里の何でも屋にして『疾風剣神』の異名持ちのイオ=カリストである。

 ただ本来であれば、彼はここ厨房ではなく宴会にて肴を突いていたりしている筈であったが、紅魔館のメイド長、そして白玉楼の庭師の二人が余りにも忙しそうにしているのを見て、居てもたってもいられなくなり、こうして厨房にて腕をふるっていたのであった。

「……本当に、ごめんなさいね。本当だったら、貴方の歓迎の宴だったのに」

そう告げたのは、困ったように眉を下げた、紅魔館のメイド長である十六夜咲夜である。

 かなり申し訳なさそうな彼女の様子に、今もなお目の前の中華鍋と呼ばれる代物をふるいながら、

「大丈夫、構わないよ。紅魔館の人たちにも、霊夢ちゃんにも、いろんな人にお世話になってるからね。今回はむしろ、いい恩返しになると思ったからさ」

と返し、よいしょっと声を出しながら一層中華鍋を大いに振るった。

 中に入っているのは、米を原材料とした炒め物であり、美鈴の故郷では炒飯と呼ばれる代物であるそうだが、こんがりと狐色に炒められたそれは、香ばしいにおいを辺りに放っている。

その様子を見て、

「……なんか、滅茶苦茶料理がうますぎませんか……!!?」

戦慄したような表情で、冥界の庭師、魂魄妖夢がガン見でイオの料理姿を眺めてそう言うと、

「んー、旅先だとどうしてもねー……干し肉とか、干した果物とかになっちゃうからさ。それが嫌になっちゃってね、料理は結構研究したよ。学院に通ってた頃は、一緒に旅した親友とかは、すごくおいしそうに食べてくれた覚えがあるなあ」

若干、遠くなってしまった故郷に思いをはせながらも、それでも振るう腕は止まらず、あっという間に大盛りの炒飯の一皿が出来上がった。

 鍋にあるそれを、大皿に移し終えたイオは一息ついてから、

「さて、と。次は何を作ればいいかな?咲夜さん」

「……イオ。私、その呼び方でなく普通に呼び捨てで構わないと言ったはずだけど?」

「いやいや、何を仰るメイド長。基本的に僕は紳士ですから、普通に呼び捨てなんて出来る筈がないじゃないですか」

ジト眼で見つめてくる彼女に、イオは笑ってそう告げる。

――ただ、そういう割には、若干、冷や汗のようなものが流れているような……?

妖夢がこっそりと、イオの顔を見ながらそう思っていると、咲夜が何かに気づいたような素振りを見せた後、

「――もしかして、年増に見えるとか言いたいわけ?」

ジャキッ、とナイフを瞬時に取り出し、イオの首筋に突きつけながらイイ笑顔でそうのたまった。

「!?い、いやそんなわけないじゃないですか!――ただ、凄く、完全で瀟洒に見えるというだけで」

「それ結局ほめてないし誤魔化せていないわよね……?」

「ヒィィイイイ――――――!!?」

「さ、咲夜!?ちょ、血!血が出てるってば!!」

暗雲漂う紅魔館のメイド長の笑顔と共に、薄らイオの首筋に血がにじみ始めた所で、大慌てで妖夢が抑えるのであった。

 

――――――――

 

場所は変わり、博麗神社の境内。

 既に宴会場と化しているその場所で、命からがら逃げ切ったイオは、首をさすりながら自分の作った料理を味わっていた。

「……ふぅ、もう咲夜さんてば……容赦なさすぎですよう」

疲れたようなその言葉に、応えが返る。

「――どう見ても、貴方の自業自得でしょう?女性に対する礼儀がなっていないと言わざるを得ないわ」

「いや、僕はそんなこと一言も言ってないですよレミリアさん!?ただ、凄く完全で瀟洒に見えると言っただけなのに……どう思いますパチュリ―さん?」

 

「――有罪ね。あの子は結構自分の見た目を気にしているんだから、言っちゃあ駄目よ」

 

むしろこっちに振るなとばかりに、パチュリーはここでも本を読みながら、そうイオに突っ込んだ。

「……はぁ。僕、女性に対してそんなこと言わないのになぁ……」

「ま、仕方ないんじゃないの?貴方だって、その見た目で二十歳半ばでしょう?かなり子供に見られていたんじゃない?」

若干、意地悪そうな笑顔のレミリアがそうイオに尋ねると、その言葉に触発されたのか、フランドールが酒を飲んだせいで頬が若干赤らんだ状態で、不思議そうに首をかしげて、

「イオ兄様が、年相応に見られたことってあるのー?」

「……五百年も生きられていてその姿な貴女方に言われたくないんですが……ああでも、向こうの世界でもガキ扱いされたなあそう言えば」

餓鬼が此処にくんじゃねえよとか、なんで此処に餓鬼がいやがるんだとか……。

黒歴史とも言える記憶が呼び覚まされたのか、酒も飲んでいないのに次第にハイライトの眼になってぶつぶつと文句を呟き始めた。

「あははイオ兄様、変なのー♪」

既に酔っ払い始めているのか、フランドールがきゃはは、と楽しげに笑っていると、レミリアが頭に手をやりながら、

「ああもう、フランも苛めない。――それで、イオ?そう言えば以前まだ館にいた時に、此処に来た時の事……教えてもらったわよね?」

「?ええ、慧音先生から、もしかすると八雲紫と言う人が僕を連れてきたんじゃないかとか言われました」

突然の言葉に、イオはキョトンと首をかしげてそう告げると、レミリアは少し考えるようなそぶりを見せながら、

「――もしかすると、あのスキマの大妖が此処に来ているかも知れないわね」

「……此処に、ですか?」

彼女の言葉にびくりとイオの体が反応した事に気づいているのかいないのか、レミリアは考える素振のまま、

「ええ。大体、こういう時の宴会って、ほぼ皆が集まって来ているからね。多分、いると思うわ」

「――そう、ですか……有難うございます」

唐突に立ち上がり、すたすたと立ち去って行くその姿を見送りながら、パチュリ―が深いため息をつくと、今まで呼んでいた魔導書をぱたんと閉じて、

「……レミィ?気づいているでしょう、イオの事」

と、やや呆れたようにそう尋ねる。

 すると、今まで普通にイオに接していた筈のレミリアが、ニヤリ、と悪魔のような笑顔を浮かべて、

「――気づいていない訳、ないじゃないかパチェ。たまには、あのスキマも痛い目に会った方がいいんだよ。……ま、最もどういう態度で接するのかまでは、イオの自由だけどね?」

そう言って、紅魔館の主としての威厳を解き放つのであった。

 

――――――――

 

「……あら、イオじゃない。こっち来なさいよ」

何処となく、ぼんやりとしたような雰囲気で歩いているイオに、ふと、そんな声がかかった。

 聞き覚えのあるその声に、イオはその方角へ眼をやると、

「あぁ、霊夢ちゃんか。……ねえ、何かお酒臭いんだけど……もしかして、もう酔っ払ってない?」

と、呆れたように、目の前の酒臭く頬を赤らめた霊夢にそう告げると、

「あによー、別にいいじゃない。いつも世話になってる仲でしょー?」

ひっく、としゃくりあげる彼女に、イオははぁ……とため息をつくと、

「そりゃねえ、商売繁盛と安全祈念のためによくここにきて賽銭納めてるけどさ」

尚も呆れたまま、それでも彼女のそばに行き差し出された盃を手に取ると、グイッと勢いよく呷る。

 その様子に、霊夢が悪戯っぽく笑うと、

「あら、いい飲み方するじゃない。いつになく男らしいわよ?」

「ねえ……その言い方だと、僕普段女々しい奴みたいじゃないか。全く……単に、やけ酒をしたくなっただけだよ」

霊夢のからかいに、イオはいつになく静かな眼でそう呟いた。

 そんな彼に、霊夢が同じように静かな目つきになると、

「……今でも、帰りたいと思ってる?」

「――あたりまえだよ。おそらく、此処にいる誰よりも、幻想郷に住む誰よりも、ね。殊更、訳も分からず連れて来られた時は、特に」

何かに対して怒りを零しているかのように、淡々としたイオの様子に、霊夢はふーんと言いながら明後日の方角を見やる。

――そして、

「まぁ……そうよね。――ねぇ、アンタが帰れない理由、教えてあげるわ」

「……は?」

何物にも捕らわれない。

 その特性を持つ彼女が、何の理由か、盃を抱えつつ彼が此処にいる理由を告げようと言うのである。不審に思っても仕方無き事ではあった。

 訝しげにイオが見つめてくるのに頓着せず、霊夢は相変わらず明後日の方を見ながら、

「――もう、気付いているかも、知っているのかも知れないけど。イオ、アンタは紫にこの幻想郷に連れて来られた。アンタの意志も何も確認せず、ね。……しかも、更にあり得ないのが、元々この幻想郷の外に広がる世界とは別の異なる世界から、というのが、よ」

言いながらクイッと己が盃を飲み干す。

 そのまま、トクトクと盃に新たな酒を注ぎながら、

「アンタが紫に対して思う所があるかもしれないけれど、これだけは言っておくわ」

 

――紫は、何の理由もなく人を誘ったりしない。

 

確信が込められた彼女の言葉に、イオは少し眼を丸くするが黙ったままだった。

 そんな彼に構わず彼女は言葉をつづける。

「……アンタが能力持ちだと言うのもあるかもしれない。だけど、根本的な理由が一つ、あるのよ。――アンタが、幻想の存在かも知れない、という理由が」

「…………ねぇ、僕の耳がおかしくなったのかな?今、あり得ないような言葉が聞こえてきたんだけど」

到底、荒唐無稽にしか聞こえない彼女の言葉に、イオは何処となくこわばった表情でそう尋ねると、

「……現実逃避しても、事実は事実よ。アンタは、幻想の存在。恐らく、アンタの中に見え隠れしているそのもう一つの能力が、アンタの本質」

と、そっけなくもイオに言い聞かせるようにして霊夢がそう告げた。

 くしゃり、と顔をしかめさせたイオが叫ぶようにして、

「っ馬鹿じゃないの?あり得ないだろそんなこと。もし、僕が幻想の存在だったら、なんで今更そんな事を言われなきゃ「アンタがいたのが異世界だったからよ」――は?」

まくしたてるイオの言葉を遮り、端的に告げた霊夢の言葉に、ぽかんと口をあける。

そして、次に放たれた言葉が決定的だった。

 

「……もしかすると、イオの中ではもう気づいている事かも知れないわ。アンタの世界で、もし幻想郷に来るとしたらどんなものが流れ着くのか……なんてね」

 

「へ?…………まさ、か……!……そんな、筈は――!!?」

「…………どうやら、思い当たる節、あるみたいね。何、それは?」

愕然とし宙を見つめるイオに、そう霊夢が促すと、

 

「――『龍人』。向うの世界では、もう伝説としか言いようのない幻の存在……とは、僕の見つけた古文書にはそうあった。色々と、存在自体が反則だって書かれているくらいに、他の亜人種と比べて別格の存在であること。……不老不死に加えて、身体能力が一番高く、かつ強靭な肉体を有しているとか、後は……『龍』に、変化出来るって。……本当かどうかは、分からないんだけどね」

 

「――ふうん、だから、か。……イオ、アンタの中……多分、『龍』が住み着いてる。なーんか、影みたいでよく見えないけどさ、どーも寝てるみたいね」

「…………は?」

自身が幻想の存在である、などと衝撃的な言葉を告げられ、更に自分の心の中に龍が住み着いていると言う彼女。

「いやいやいや……ちょっと待って。君、おかしいこと言ってるって気づいてる?」

冗談通り越してもはや笑い話にしかならないその言葉に、イオは頭を振りながらそう言うが、彼女はそれにふん、と鼻を鳴らすと、全てを見通すような瞳でイオを見ながら、

「信じるも信じないもアンタの自由よ。もしかすると、アンタが龍人の中でも上位に食い込む龍の因子を持っているかも知れないじゃない。そうだとしたら、この幻想郷の中においてはかなり重要な位置を占めてくるわね」

「いや、だからさ……そんなの分かるわけないだろ?そりゃあね、こんな見てくれだし、十三歳までの記憶がないからさ、生まれを気にした事はあったよ?でも……そんなの関係ないじゃないか。養父さんに育ててもらった、それだけで生きてきたんだから」

頭を乱暴に掻きながら、いらいらとしてイオがそう告げると、霊夢が深々と溜息をついて、

「――はぁ。そりゃ、アンタが言うならそうなんでしょう。でもね、聞いておきなさい。この幻想郷で『龍』という存在は、かなり重要な位置を占めてる。アンタは知らないだろうけどね――――支配者として存在してるなんて、ね」

 

「――あらあら。霊夢ったらなかなかに口が悪いわね」

 

音もなく。

 するりと目の前に現れた女性――不思議な意匠が編まれた紫色の服装――は、そう言って、不思議な雰囲気を持っている扇子で口元を覆いながら、顔の上半分でも分かるほどに胡散臭い笑みを浮かべていた。

 余りに自然にかついつの間にか現れた彼女に、イオは呆けて固まっていたが、彼女の正体に勘付くとともに、一瞬にして飛び下がり、チャキリと腰に透け付けたままの二振りの刀、双刀『朱煉』に手をかける。

「――八雲、紫――――!!」

ただ、その眼に堪え切れない憎悪と悲痛を載せて。

 

 




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