「――何故、貴様が此処にいる」
流れ着きて一カ月過ぎ、幻想郷の実力者にふさわしき圧倒的な殺気と威厳。
その様子は奇しくも彼自身を、王者の様に見せていた。
「先ほど、吸血鬼に言われなかったのかしら?探してごらんと。――まぁ、最も、探したところで容易に見つかるつもりもありませんでしたが」
くすくす……と笑いつつ、尚も扇子で口を覆いながらそう告げてくる紫に、イオは普段からかけ離れた気迫で以て応じる。
「……ふん、どうだか。大方、能力でも使って何処かからこっそりとのぞき見でもしていたんじゃないのか?あれこれ謀を巡らすのは、さぞ楽しかろう?」
レミリア達紅魔館の面々や慧音に向けている普段の言葉使いとは異なり、今のイオは目の前に存在する敵に対して、その扱いが相応しいとばかりに辛辣であった。
「おやおや、随分な物言いです事。それほど気に入りませんでしたか?」
若干、眼を細めながらそれでも胡散臭い笑みを止めずにニヤニヤとしてイオを見つめる。
そのまま、二人が硬直したようににらみ合っていたが、
「――気持ち悪っ」
唐突に、そんな霊夢の声が聞こえた事で、一気にその空気が弛緩してしまった。
静かに頭を抱えたイオは、
「…………ねぇ、霊夢ちゃん。今凄く緊迫した空気だったんだけど?」
「知るかそんなこと。私が言いたいのはね、何時になく紫が今回の外来人の騒ぎで妙に真面目な雰囲気出してるのは何でなのってこと。全く、気持ち悪いったらありゃしない」
「き、気持ち悪いって……!また、気持ち悪いって……!!」
(……流石にこれは同情する)
どうやら、普段大切にしているらしい霊夢からの暴言で、半ば泣きそうな表情になっている紫に、イオは顔を引き攣らせながらも同情の思いを抱く。
そんな彼らに構う事無く霊夢は、
「大体ねぇ、今イオが紫を睨んでるのだって、紫の自業自得じゃない。何をそんなにイオに執着してるの?ほら、とっとと答えなさいよ。コイツ、アンタの胡散臭さと違って、いっつもお賽銭入れてくれるし、何やら人里でも人気者みたいだし。ちっとは恩返ししたいとは思ってたとこなのよね」
(……まさか、お賽銭入れてくれるだけでそう言ってるわけじゃないよね?)
酔っ払っている霊夢が指を折りながら、イオの長所を挙げていく姿に、若干腑に落ちないながらもイオが黙って聞いていると、
「――っと、そうそう。これもあるわね……こんな目に遇っていてさえ、それでも幻想郷で暴れてたりしてないわよ?」
(――おぅふ)
思わぬ最後の言葉に、イオは凍りついた。
だが、現実は非情である。
そんなイオに構わず、紫と霊夢は各々談笑していた。
「……全くもう、霊夢には負けたわ。しょうがないから、そこの外来人には後で出来るだけの便宜を図る事を約束する」
「ええ、そうしなさいよ。でないと、また気持ち悪いを連呼する事になるわよ」
「絶対にさせていただきますわ」
無駄にキリッとしながら紫がそう告げるのに、霊夢ははいはいと手を振りながらそう告げるのみ。
しかしイオはそんな事よりも、
「…………あ、あの……ちょっと待って下さい。先日、レミリアさんと戦ったのは、暴れた内に入りません?」
かなり冷や汗をだらだらと流しながらそう尋ねたイオに、二人はそう言われて初めて思い出したかのような表情になると、
「いや、あれは違うでしょ?なんか戦ってたみたいだけど、あの後何日か経ってレミリアが来てさ、イオに依頼をして戦っただけだから気にするななんて言ってたけど?」
「それに、そもそもあの吸血鬼の親友である魔法使いが結界を強固に張っていただけあって、この幻想郷の結界には何一つ作用していませんわ。ただ、知らないようですから申し上げておきますが……ここでいう暴れるというのは『異変を起こす事』……ただ、それだけにつきます」
もしやってしまえば……霊夢が出動する事になりますので。
(――それはマジ勘弁!!)
異変というのは何だか知らないが、『霊夢が出動する』というその言葉だけで、どんなに厄介事なのかをイオは悟った。
なにせ、今はこうして酔っ払っているものの、一度自分が気に入らない事をされた場合は、すぐに陰陽玉が飛んでくるのである。
とはいえ、肝心の異変の事が分からなければ、その対処もしようもなかった。
故に、
「……あのぅ。そもそも、異変って何なんですか?」
此処に来た当初から、慧音やレミリアなど色々な人物に会ってきたが、それっぽいようなことを言っているのはパチュリ―だけだったのである。
とはいえ、そんな彼女さえも異変が何なのかさえ言ってくれなかったが。
そんなイオの困惑の言葉に、霊夢が少し面倒そうな表情になって、
「あー……平たく言えば、妖怪とか人外の悪戯とか、我儘で起こした現象の事を云うんだけどね。最近何かだと……亡霊が起こした『春雪異変』かしら」
「呼んだ~?」
噂をすれば影と言うのだろうか。
霊夢が言い終わってから直後、突然一人の女性が宙からにじみ出るようにして出現し、ぎょっとイオを驚かせた。
そんな彼に構わず、霊夢が彼女を見て一言。
「あら、亡霊じゃないの。丁度、アンタの事話してたのよ」
「もう、霊夢~?確かに、私は亡霊だけど……西行寺幽々子という名前があるのよ~?」
そう、のんびりとではあるがしっかりと訂正するように告げたその女性は、不可思議な意匠、そして周りを漂う冷気のような靄を漂わせているほかは、普通の女性のように見えた。
と、そこで今まで驚きで硬直していたイオが、
「って、は?亡霊?え、本当に……?」
どう見ても、ピンク色の髪であること以外はただの女性にしか見えない彼女に、驚愕の表情を浮かべたままイオがそう尋ねると、紫は自慢げに笑って、
「ええ、私の大切な親友で、冥界を管理しているのよ」
「…………あっはっは、まっさかー。だって、どう見ても可愛らしい女性にしか見えな」
「あらあら、嬉しい事を言ってくれるわね~。妖夢が言ってた通りに、凄く、礼儀正しい子なのね~?」
ホンワカとさせるような声でイオの言葉を遮り、彼女――幽々子は、頬を赤らめながらいやんいやんと、手や首を振っている。
そんな彼女の言葉の中に、知り合いの名前を聞き、この人が妖夢の上司にあたる人物であると、ようやくにしてイオは実感した。
「――はぁ。まさか、ね……最早、何でもありじゃないですか幻想郷」
同時に、この世界がいかに幻想で満ち溢れているのかを再確認した彼は、動揺と共に頭を抱えてしまう。
そんな彼の様子に心底楽しそうにして、
「えぇ、そうでしょう。幻想郷は、何もかもを等しく受け入れるのですから」
クスクス笑い声をあげながら、紫はそう告げたのであった。
――――――――
妖怪や人外が騒ぐ宴会場の外。
はるか上空において……ある存在が、広く、薄く、方々に散って偏在していた。
其れが見つめる先で、博麗霊夢と八雲紫……そして、何でも屋であるイオ=カリストが談笑している。
ふと、そんな彼らを見つめながらその存在が口を開いた。
「――へぇ。戦いになるかと思ったけど、巫女が止めちゃったか。……あの吸血鬼との戦いは、波動こそ感じられたけど全然中が見えなかったからねえ」
若干、残念そうにつぶやくその存在は、瞬時にしてその意識を切り替えると、
「ま、仕方ない。――当初の計画通りに、みんなを引きずり出そうじゃないか」
――楽しんで、くれるといいねぇ。
何処か、幼くも感じられるその声が消えたと同時。
薄く広く偏在していたその存在は、すぅっと、煙の様に掻き消えたのであった。