東方剣神録   作:上田幻

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第十八章「巡り合うは旧き花の妖怪」

 

(…………なにこれこあい)

本心から、彼女の放つ強大な妖気に戦いていると、

「ほら、早くしなさい。それとも、鎖を付けて引っ張った方が早いかしら」

「滅相もございません、マム!!」

ビッシィ!と、恐怖のあまり敬礼をしながら叫んだイオ。

 傍から見ればもはやギャグにしか見えないが、彼にとっては冗談でも何でもなく本気にしてしまったのであった。

「そう……だったら早くしなさい。私も暇ではないのだから」

ギラリ、と笑っていない眼を光らせつつ、もはや凶悪としか言えない笑顔に、イオはおとなしく従うほかない。

「わ、分かりました。ついていきます」

慌てて彼女の後を追いかけ、イオは万が一の事を考えながらも歩き始めた。

 

『幽香、怒っちゃメッ』

『イオ、幽香の仲間!』

『仲間仲間!』

 

――そこへ、周りに咲き誇る花たちからイオを庇う発言が飛び出る。

ぴくり、と身を震わせた彼女は、前を向きながら不機嫌そうに、

「……何を言っているの貴方達は。このヘタレが仲間?冗談も程々にしなさいね?」

呆れたように首を振り、幽香がイオの聞こえる限界の小さな声でひまわり達にそう告げたが、

 

『イオ、幽香と同じ能力かも!』

『でも、木?風?雷?ちょっと、不思議~』

『世界そのものかもしれないよ~?』

 

(ちょ!?花たちちょっと黙ってくれるかな!?)

あっさりイオの能力についてばらされかけ、彼は大慌てになりながらも必死になって黙り、幽香の後を付いて行く。

 と、そこで突然幽香が立ち止まり、こちらに振り返りながら、

「…………貴方、本当に何者なの?あの鴉天狗の新聞はたまにしか読んでいないけれど……それでも、貴方がここ最近人里に住むようになったのは知っているわ。だけど、何の力を持っているかまでは、知らないのよねぇ……この子たちが言うには、貴方、私と同じような力を持っているという事なんだけど……本当かしら?」

「……あの、言わないとだめですか?」

この大妖怪が持っていると思われる能力と、同形質の能力であることは推測に難くなかった。

 なにせ、周りの花たちの声が聞こえるのと同時に、幽香と話している姿を間近で見ているのだから当然である。

 正直なところ、答えるのは出来るのだが……後が、かなり怖い。

 だが、そんなイオの葛藤など歯牙にもかけず幽香は、

「?あたり前でしょう。なぜ答えないという選択肢があるのかしら?」

「ですよねー……『木を操る程度の能力』なんです」

あっさりとイオは前言を覆し、内心眼幅涙を流しながらも答えた。

「……へえ?」

そして答えた事にかなりイオは後悔する。

 なにせ答えた途端、彼女の笑顔がますます凄みと凶悪さが増したからだった。

「いやーあはは……多分、幽香さんが考えているようなカッコいいものじゃないと思いますよ?」

「馬鹿なの貴方?何を言っているのかしら。古来より木は調和を司る属性でしょうに。私のように、『花を操る程度の能力』とは大違いじゃない」

「……えーと、とりあえず下位互換と言う事で。あ、ちなみに僕の方がですよ?」

「ますます馬鹿なの貴方?どう考えても、貴方の能力の方がよっぽど上じゃない?ねぇ……何でも屋さん?」

(もう、何言えばいいのさ!)

どんどん殺気めいた気配が増していく事に、イオは正直逃げ出したい気分だ。

 だが、イオは知らなかった。

 

――大魔王からは、逃げられない。

 

ガッシィ!と、音高くイオの方が両方掴まれた。

 ビックゥ!と恐怖で体が引き攣ったが、それでもイオは何とか彼女を見つめる。

 だが、腰が引けている事に気づいたのか、彼女の笑みが何処か、サディスティックなものに……!

「さて。――――いっぺん、死になさい?」

「いやちょ嘘早っ、まっ、あっぎゃあああああ……」

抜けるような青空の下、断末魔が響き渡ったのであった。

 

―――――――

 

「……うぅ……ひどいよぅ。僕が一体何したって言うのさ」

 

『……あー、うん。幽香はあれでプライド高いからー』

   『たぶん、同じような能力持ってるの、気に食わなかったんだと思うよー』

 

「――まじでどうしろと」

絶望した!と言いそうなくらいに落ち込んだイオは、そう言うしかない。

 だが、幽香にとってはどうでも良かったことのようで、

「――ほら、とっとと持って行きなさい。中にいくつか種分けて入れてあるから、あの半獣にそう言っておくように。あ、あとまたどこかで会えるといいわねともね。もし、伝えなかったら……分かっているわね?」

「その大妖力で僕を滅多打ちにするんですね、分かります」

ふざけたように言いつつも、イオはしっかりと種が入った袋を受け取ると、彼女に向って一礼し立ち去ろうとした。

「ああ、待ちなさい。ちょっと忘れていたわ……貴方、何でも屋なんでしょう?依頼……してもかまわないかしら?」

「……内容によりますが」

「そんなに大したことじゃないわ。――だって、貴方と戦うだけですもの」

その言葉を聞いた時、イオがとった行動は一つ。

 

「三十六計逃げるにしかずぅぅううう!!」

 

――すなわち、全速力で逃げる事であった。

 能力を用いて空中に足場を造り、力の限りに踏み込んで空を駆ける。

 だが、天丼としか言いようがないほどに、それはかなわなかった。

――なぜなら、大魔王が彼の腕をつかみ取っていたからだ。

「あらあら……何をそんなに急いでいるのかしら?私、ただ言っただけなのにねぇ……?」

「あ、あははいやだなあ幽香さんそんなわけないじゃないですかあははは」

見事なまでの棒読み口調で、イオは脂汗をだらだらと流しながら笑顔でそう言うが、幽香はそれを見逃す事はしなかった。

「簡単な話じゃない。単に、貴方と私が戦うだけよ?」

「……その簡単な話が、命に直結しているから困ってるんですが?」

流石にイオも観念したのか、逃げる事はなくなったもののジト眼で幽香を見やるが、彼女はそれに頓着せず、

「あら、いいじゃない。ここ最近、私の悪評ばかりが広まって全然骨のありそうな奴が来なくなっちゃったのよね。正直、体がなまって仕方ないから、こうして貴方にお願いしているのよ?」

「たぶん、その悪評はまちがっていないと「何か言ったかしら?」何でもありませんマム!!」

ぼそりと言いかけた言葉に凄い笑顔になった風見幽香に、イオは再びあのきれいな敬礼を決めて叫ぶ。 

「戦らせてもらいます、マム!!」

「よろしい。だったら私の方で文句はもう言わないわ。……っと、そう言えば報酬の話があったわね」

「あ、でしたらなるだけ食料になりそうな物を」

恐怖の表情から一転して商人のような雰囲気になったイオに、幽香は一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐに笑顔に変わると、

「ええ……そうね。とりあえず野菜の種はどうかしら?一応、私も食べないといけない体ではあるから、そう言うのはこの子たちに頼んでいたりするけどね」

「かまいませんよ。ここまで来たらどうせ覚悟決めないといけませんから」

すっかりおびえた表情を消し去り、いつの間にか話されていた手を腰の刀たちに向けながら、イオは静かな闘志を見せつけた。

「うふ、うふふ、ふふふふふ……!!」

楽しそうな笑い声と共に、幽香は、イオは、激突する……!!

 

―――――――

 

「――――さて、行くわよ?」

浮かべた嘲笑と共に、大気の中にありながら轟音が轟く。

 見れば、一瞬にして間隙を埋め、イオに肉薄している幽香の姿があった。

 その手にある、どうやら妖力でコーティングしたと思しき日傘が、イオの片方の刀と拮抗しているのが分かる。

 

『幽香、戦う?』

   『イオと戦う?』

『がんばれー!』

 

「……ふぅ。やっぱり、スペルカードルールじゃないんですね」

「あたりまえでしょう?あんな、温い以外の何物でもない戦いはごめんよ。そもそも、私は昔からこういう戦いでしかしなかったわよ?」

金色の花たちの応援を耳にしつつも、イオと幽香は戦いを繰り広げた。

「ったく、無茶苦茶過ぎますよ……!っくう、はぁああ!!」

裂帛の気合いと共に、瞬時に大きく飛び下がり、直後、スペル宣言。

 

――気符『龍皇覚醒』――

 

ッドン!という、空気を叩くような音とともに、イオの体が金色に包まれた。

 とはいえ、レミリアと対峙した時とは異なり、垂れ流しの状態であった金色のオーラが、薄らと立ち上るまでに抑えられており、それだけでもかなり修練をしたことがうかがえる。

「もう、のっけから本気で行かせてもらいます!――開け!」

 

――魔眼『金眼律法(ソロモン=アイ)』――

 

ドクン。

 あの夜に出現した、蒼く禍々しき魔力の波動が大気を席巻した。

 前回魔眼を開放した時とその様子ははるかに変化しており、吹き出るままになっていた気と魔力が、イオの体に収束されているがごとくに、薄らとしか見えないようにまでなっている。

 これも、鍛錬をしてくれた美鈴と、魔眼の制御を成し遂げたパチュリ―によるものだった。

 今まで存在していた弱点さえも、この鍛錬と修学によってなくなり、ほぼ彼には死角が存在しなくなったのである。

 

「魔眼と、気、ねぇ……どうも、この間の夜の時に感じた魔力、貴方のだった様ね?」

「……レミリアさんとの事だったら、そうですよ。こうでもしないと、貴女のような大妖怪と呼ばれている人たちには到底追いつけませんからね。――そう云う訳で、こちらから参ります……!!」

 

――二刀流参式『断空地裂』――

 

八双に構えたイオが、大気に巨大な真空刃を創り出した。

 気刃と呼ばれているそれは、あたかも世界を真っ二つに割る勢いで幽香におそいかかっていく。

「く……なかなか、やるじゃないの」

思わず、幽香がそれなりに妖力を込めてコーティングした日傘で迎撃しながらそう呟くが、その声に応えが返った。

「感心されているのもいいですが、遅いですよ?」

「――!?」

一瞬にしてイオが肉薄し、風見幽香に向って二撃目の参式を撃ち放とうとしていたためである。

 瞬時にして幽香はその場を飛びのき、追撃してきたイオと対面した。

「……驚いた。こんなに速いとは思っていなかったわよ?」

「あはは……レミリアさんにもそれは言われましたねぇ。でも、これが全力なんですよ。高速とび越えて音速くらいには入れましたけど、流石にまだ光速には至っていないので、修行が必要だと思っているくらいですから」

速ければどうという事はないなんて言いますしね。

 ぎりぎり……と、拮抗する刃と傘を見つめながらも、イオは笑ってそう告げる。

「言うわねぇ……」

さしもの大妖怪もこの台詞には笑うしかないのか、引きつったような笑みであるが、それでも未だ余裕のようなものが感じられた。

 その様子に気づいたのか、イオはなおも笑顔のまま、

「――とりあえず、まだ本気出されていないみたいなので、もうちょっとギア上げますね?」

ッドン!!

 再び空気が叩かれるような音とともに、イオが音速の速さで以て飛び離れる。

 そして、スペルカードを顕現させると、

 

――世界神樹『イグドラシエル』――

 

全力全開の、魔法を解き放った。

「――な……!!?」

驚愕の表情を見せ、幽香の眼が大きく見開かれる。

 

――それもそうであろう。何故なら、彼女の目の向く先に、巨大というには生ぬるいほどの、小惑星級の巨木が出現したのだから。

 

「っ!何を考えているの!!」

「……別に、いいでしょう?言っておきますが、僕はこれでもかなり手段は選ばない方なんです。脅しではないですが……全力で、貴女にぶつけますよ」

こうでもしないと、貴女は納得しないでしょう?

「っ、あり得ないわよ!あんなに大質量の巨木を生み出せるほど、普通の魔法は便利なものじゃないわ!」

「――でしょうね。……実はこれ、元々僕の親友が探し出してきたものなんですが、遥か古代の文明において、戦争で実際に使用されたものらしいですよ。その上、どうも文献をあさっていくと、この魔法を使うに当たり、およそ百人級の魔力が必要になるとも書かれていましたしね。とはいえ、僕の場合どうも潜在魔力が豊富だったみたいで、この魔法をなんとか扱えていますけど」

次第に彼らに向って落ちてくる巨大な質量を眺めつつそう告げるイオは、それでも慌てる様子が見当たらなかった。

 流石の幽香もこのイオの泰然とした様子を見て考えを変えたらしく、一気に勝負を決めようとしてか、大きく日傘を振りかぶった後、スペル宣言。

 

――元祖『マスタースパーク』――

 

直後、イオや魔理沙と同じような極太のレーザー光線が、今なお落ち続けている巨木に向って照射された。

 瞬時にして辺りに木が燃えるような匂いが充満していくのを感じながら、それでもイオはあわてる事はない。

「……無駄だと思いますよ。それ、いくら極太のレーザーとは言え全部焼き払われるわけじゃないでしょう?」

そう。イオの言う通りであった。

 そもそも、小惑星なんて代物は、ともすると、その全長が数十キロにも及ぶことがあるのだ。

 たかが数百メートルにしか及ばないそのレーザーでは、まさしく焼け石に水になってしまうだろうことは、想像に難くなかった。

「くぅ……!!とっとと、落ちなさい……!」

眼下に広がる広大な金色の花たちが傷つくことを恐れているのか、先程までの余裕が完全に消え去り、ただただ焦りの表情でレーザーを撃ち続ける。

 

――しかし、現実は非情であった。

 

「――二刀流、龍王炎舞流が最終奥義」

 

――ラストスペル『紅蓮龍王炎舞』――

 

「が、は……!!?」

全てを切り裂く刃と共に、幽香の口から紅い血があふれ出る。

 ぶん、と刀から血振りをして血を払ったイオは、そのまま冷徹な瞳で彼女を見やった。

 

 なぜなら、彼女がまだ生きているからである。

 

「……ぐ、貴方……!」

「悪く思わないで下さいよ。――ああそうそう、言っておきましょう。実のところ、幽香さんが正しかったんですよ。――これ、『幻』なんです」

「――は?」

きょとん、としたような声を幽香が挙げると同時に、今まで落ちてきていた巨木が消え去った。

 あるのはただ、普通のスピードで落ちて来ている普通の樹木があるだけ。しかも、すぐにイオに切り裂かれて、木端微塵になってチリへと化していた。

 

 その事を知覚した時。

「……フフフフフフ……!!」

彼女から漏れ出たのは、笑い声であった。

 思わずぎょっとしたようにイオが幽香の方を見やるが、彼女は未だに、そして顔をうつむけながら笑い続けている。

 はっきり言って、恐ろしい以外の何物でもなかった。

 じりじり、とイオは後ずさりを始めると、そのままこっそりと太陽の畑から立ち去ろうとする。

「――待ちなさい」

「ヒィッ!!?」

背後からガッシィ!と肩を思いきりつかまれ、イオは恐怖で縮みあがった。

「な、何でしょうか……?」

恐る恐る、前を向いたままでイオは訊ねる。

 そうでもしないと、彼女の眼の温度がどうなっているのか、強制的に知らされる羽目になるからだった。

 戦々恐々として戦いているイオに、幽香は頓着せず冷たい笑顔になりながら、

「……貴方、私をこけにした訳ね?おかしいと思ったのよ、何かやたらとあたりに貴方の魔力が感じられる割に、あの巨木からはほんの少ししか魔力を感じなかったんですもの。あれ……私の周りに、幻覚の結界を張ったのね?」

「…………あー、こんなにあっさりばれると思わなかった。ただ幻だって言っただけなのに」

観念したようにがっくりしながらイオがそうボヤくと、

「あたり前でしょう?これでも、以前魔法使いと戦ってから、あまり攻撃がよく分からなかったから修学して取り込んだ口よ?あまりの大きさで幻惑されたけど、幻と言われてから何となくその仕組みくらいはわかったわ」

「……これでも、紅魔館の『動かない大図書館』に教えてもらった奇策なんですけどねえ」

「はん、私の年月をあまりなめないでほしいわね」

ようやく振り返って疲れたように告げるイオに、心から楽しそうに笑って幽香は言い返す。

 その様子に、イオは深いため息をついてから、今なお肩をつかまれたままで、

「――で?どうされます?これで依頼は終わったと思いますけど」

「えぇ、楽しかったわぁ……また、戦りたいと思えるくらい、ね?」

「……今度から、『決闘御断り』の文句書こうかな……」

浮き浮きとしている彼女の様子にもはや逃れられない定めと悟ったか、それでも現実逃避のような言葉を呟きながら、イオはそっと幽香の手をほどいた。

「じゃ、報酬を。一応、種と言う事でしたけど」

「ええ。私の厳選した野菜の種でも進呈するわ。たまに、貴方の所に行って確認するから、ちゃんと育てるのよ?」

「……そうしますよ。能力使って、野菜たちが病気で枯れないように強くしたりしますから、それで構いませんか?」

しゅうう……と、魔力と気が抜けていくのを感じながらイオがそう尋ねると、幽香は少し考えるそぶりを見せてから、

「……あまり、そういう不自然な事はしてもらいたくないけれど……仕方ない、か。まあ、ちゃんと育てるなら文句は言わないわよ。ただ、急激な生長は絶対にしないように」

「心得てますよ。あまりにも自然の法則とかけ離れているのは、僕だっていやですから」

何時の間にやら浮かんでいた蒼の魔法陣が消えた両眼を細めながら、イオは微笑む。

「それじゃ、ちょっと待ってなさい。すぐに用意するから」

「ええ……お待ちしてます」

そう返すと、幽香は出会ってから初めて、まさに『花開く』という表現が似合う笑顔になると、浮き浮きとした様子で日傘をさしながら、家に戻って行った。

 

 彼女が、そうして帰って行く姿を見送ったその時である。

 

「――ぷはっ。つ、つっかれたー……」

 

ぐてー……と、地上に降りてから大の字になって寝転がった。

 その様子に、脳裏に聞こえてくる花たちの気配が慌てたような気がした後、

 

『大丈夫?イオ、大丈夫?』

      『怪我、してない?』 

『すごかったよー』

 

「んー、ありがとね。……そういや、君たちってどういう花なんだい?ずっと聞きそびれて忘れてたけど」

 

『向日葵ー。私達は向日葵って呼ばれてるー』

『でもって、ここが太陽の畑なんて呼ばれてる理由ー』

 

ふわふわとしたような答えが、脳裏に浮かんできて、イオは穏やかに微笑むと、

「なるほどなー。慧音先生が危ないけど一度行ってみるにはいい場所だなんて言ってたしねぇ。言われてるだけはあるや」

(にしても、あーもう……疲れた。ちょっと、ねよ……)

すぴー♪

 心底から疲れ切ってしまったか、イオはぐたり、と体から力を抜くとそのまま眠り始めてしまった。

 

 その様子に、花たちは今まで騒いでいたのを少し収めると、

 

『幽香ー、イオ寝てるよー』

『すごく疲れちゃったみたいー』

『完全に無防備で寝てるよー?』

 

と、花から花へと、声ならぬ声を届かせていく。

 何よりも、この世界に飽いたような気配を漂わせていた幽香を、再びの好敵手として、生きる意志を持たせてくれたイオの為に。

「――あらあら、もう……持ってきたのにねぇ?」

 

『仕方ないよー幽香』

『イオ、凄く頑張ってたもん』 

 『こうなってもおかしくないよー?』

 

「……まあ、そうよねえ。でも、本当に驚いたわ、あの魔法には。まさか、威圧感だけで幻を実体めいたものに見せるとはね」

さく、さく、と大の字になって寝ているイオの傍に、しゃなり、と幽香は膝を崩しながら座ると、ゆっくりと彼の頭を持ち上げ、膝の上に乗せた。

 

『あー!幽香が膝枕してるー♪』

『わあぁ……!いっつも、人間には辛辣なのにねー♪』

 

「ああもう、貴方達……イオが寝ているんだから、もう少し静かになさい?全く、私だって気にいった人間がいない訳じゃないわ」

ちょっと照れたように頬を赤らめながらもひまわり達をギンッと睨み、それでいてイオの頭を静かに撫でているその様子は、あたかも無茶ばかりしている弟を休ませている姉のように見える。

 と、そこでイオが頭上の異変を感じ取ったのか、

「ん……ふぇ?あー……って、幽香さん!?」

がばり、と飛び起き、イオが驚愕の表情を浮かべながら立ち上がった。

「あら?もういいのかしら?見たところ、魔力と気が回復しきれていないように見えるけど?」

「……あー、膝枕に関して感謝を申し上げます。で、その二つですが……どういう訳か、少し寝るだけでそれなりに回復するんですよねえ」

これ、もしかすると属性の特性かも知れません。

 

――特性。

 イオの世界、アルティメシア世界において、研究が進められていくうちに判明した代物である。五行属性に加え、派生十二属性においても、魔法の起こす影響と言うものが調べられていた。

……たとえば火。燃え上がり、対象を破壊するという特性。

……たとえば水。全ての生物に宿り、流転を司る特性。

 調べが進むに従い、これが人体においてどのような効果を発揮するのか調べたところ、驚きの事実が判明した。

 

『――魔法属性の適性により、彼の身の特性が定まる』

 

研究者たちが発表したこの事実は、人の身にありながら、世界を顕現する肉体を持つことが出来ると言う事なのである。

 故に、またたとえになるが、もし火の特性もつものであれば、その肉体が破壊に特化したものとなり、土の特性を持つものは頑健な肉体を持つことが出来るようになる事を示したのであった。

 

――そして、イオの適性は……『木』。そして、派生の『風』、『吸』、『雷』。

 

 彼が持つ能力、『木を操る程度の能力』は、その特性――『自然治癒能力』をも秘めていたという事になる。

 

「……ねぇ、貴方の世界の魔法、かなりぶっ飛んでいないかしら?あの紅魔館の魔女が聞いたら、発狂しそうなくらいじゃない」

「……実際、根掘り葉掘り聞かれた記憶がありますねぇ。パチュリ―さん達の使っている魔法と言うのは、今までの先達たちが遺したものをさらに発展し、我がものにするようなものですから。正直、完全に新しい趣向になると思いますよ、僕の世界の魔法は」

イオはそう言って、幽香が持って来てくれたバスケットの中にあるサンドイッチに向ってぱくついた。

 おりしも、すでに太陽が高く上っており、このままでは昼食がと思っていた所に、いつの間にか幽香が持参していたバスケットによって、足をとどめられたのである。

 正直、この間の事もあってルーミアが心配なイオは、当初こそ辞退したものの幽香に押し切られ、現在こうしてつかまっていた。

 だが、持ち帰りにサンドイッチを示されてしまえば、どうしようもない……などと、イオは内心言い訳をする。

(ちょっと遅れるだけだし、大丈夫だよね!)

ただ、その代りに慧音に思いきり頭突きをくらわされそうだが。

 授業の手伝いの依頼を受ける度、色々な事でかなりの強烈な頭突きをくらってきた覚えがあるだけに、もうあの威力の頭突きは喰らいたくなかった。

 そう思いながらもイオは四切れ程のそれなりに大きいパンで作られたサンドイッチをもらいうけると、

「……では、またどこかで。これ、本当にありがとうございます。洗って返しますね」

「いいわよ別に。久しぶりにいい戦いが出来たから。そのままもらってくれてもかまわないわ」

「ですか。じゃ、ありがたく頂きますよ」

よっこいしょと体を持ち上げ、イオは振り返り一礼すると、空を駆け抜けていく。

 

 その後ろ姿を見送りながら幽香は、ふと、太陽が強くなってきた蒼天の空を見上げながら厳しい目つきになると、

「……ふん、どこの誰だか知らないけど……これでイオの実力は測れたかしら?私以上に気をつけなさいよ、そこの誰とも知れない妖気の主さん?」

そう言って、彼女は再び日傘をさしながら帰ったのであった。

 

『――やれやれ。あの花妖怪に助けてもらった形になるのかねぇ。ま、あの何でも屋の実力の範囲が分かったから、いいことではあるんだろうけど。……にしても、いやーまさか、あんな巨大なのを幻にして戦うなんてねえ。真正面からかかって行ったりしてるわりには、奇策を使ったりしてる。あの戦い方は、なかなか見られないよ』

 

そして、上空でそう呟く一つの気配。

 薄く、広く、それでいて誰にも悟られないであり続けるその存在は、イオ=カリストという人物の力を知りたいがために、ある種幽香をけしかけたようなものであった。

 とはいえ、当の幽香はその妖気に気づいてはいたが、特に何も害意を感じなかったために放っておいたのであるが。

 

『……何にせよ、これで舞台は整ったかな?後は、イオの事をあの宴会に引きずり出してやるまでだよ』

 

そう言って笑う気配がした後、すぅ……と、空に溶け込みその気配は消え去った。

 

 

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