――時は十月。
アルティメシアと呼ばれるこの世界の東の果て、ジルヴァリアの名を持つ大陸の中に、大陸唯一かつ世界でも最大規模の大樹海が広がっていた。
名をゴルドーザとするその大樹海は、普人種の街並みが多いこの大陸において、特に多くの動植物、そして体内に魔石と呼ばれる魔力の塊を有する魔物たちが生息しており、世界でもトップクラスの危険地域に認定されている。
その危険区域の入り口近くにおいて、秋の木漏れ日が照らす中をゆっくりと歩いている、この世界では珍しい蒼紺色の髪と金色の眼を持った、一見して十代後半に見える青年がいた。
彼が十代後半に見えるというのも、何処となく童顔めいたあどけなさがある顔つきに、それでも男らしさも持ち合わせているという、年齢不詳に感じられる端正な顔つきからであった。とはいえ、彼はこう見えても二十五であり、その事をよく友人たちにもからかわれたりしたものだが。
そんな青年が、辺りをよく顧みることなく、ただのんびりとした足取りで、背中に背負った旅道具と、腰に下げられた三振りの刀と共に歩いていた。
――――それが、どんなに異常であることなのか、気付くそぶりすら見せないままに。
「――――ぎゃぎゃっ」
唐突に、獣のような声と共に、通常では見えない速度で何かが青年に襲い掛かった。
「――おっと」
だが、襲撃者に驚くことなく、そして慌てる様子もなしに呟いた彼は、一歩足を踏み込むと。
――――同時に、銀閃が一瞬のうちに幾度も交差した。
「……ふう。やっぱり、ここは危ないね。さっきから、ひっきりなしに魔物が襲って掛かってくるし」
いつの間にやら抜き放たれていた刀を、ヒュンッと一振りし、チリンと軽やかに納刀する。
――直後、血飛沫があたりに飛び散った。
近くにある街の旅人たちの間で、ノーブルゴブリンと呼ばれている、通常種のゴブリンとは格の違うその魔物。
草叢に隠れ、隙を見せた彼に襲い掛かった十五体ものそれらは、一瞬の剣閃で首筋を切り裂かれた。
「――――グギャ?」
訳が分からないと云った風の表情は、首から未だ流れる赤い血と相まってシュールに見える。
ドシャ、グチャ、と、やや時間が経ち、血の池と化した地面の血だまりに倒れていく姿を眺めながら、最後の一体が倒れた所で、
「……これで、全部終わったかな……ふぅ。やれやれ、依頼内容と数が全然違ったじゃないかもう。討伐証明部位、切るの大変なのに」
全くもう、と中性的な声で愚痴を漏らしつつ、165㎝という男にしては少し低めの背を伸ばすと、すぐさま討伐証明部位であるノーブルゴブリンの右耳と、体内を探って魔石を収集していくのであった。
―――――――
「――――ええ、これで終了となりますね。本当に御苦労さまでございました。依頼内容と数が大幅に異なっていたようなので、報酬には色をつけさせて頂いています。ただ、今魔石の量が量ですから、鑑定が少し遅れておりますので、少々時間を頂くことになってしまいますが」
「うん、ありがとう。それじゃ、待っているから終わったら呼んでほしい」
ゴルドーザ大樹海から離れた、エレボスと呼ばれている街に戻った青年は、自身が所属する冒険者のギルドのカウンター席にいた。
冒険者とは、この世界における何でも屋としての意味合いが強い(だが犯罪行為を伴った依頼は受付けていない)職業者のことであり、青年も、故郷であるジルヴァリアの東にある、三大国が内の一国、クラム国にて旗を上げてから、こうして色々な旅をしていたのである。
依頼が示された紙を持って受付に行き、受領サインをしてから依頼が始まる仕組みになっており、終った時に終了のタグを受付で付けてもらう事によって、初めて以来達成となるのであった。
手持無沙汰なのか、あちらこちらを見ているイオに受付していた獣人の少女が、
「――――それにしても、本当に助かりました。かのSSランクである、『疾風剣神』イオ=カリスト殿に来て頂けるとは。此処のところ、魔物の数が増えており大変困っていたのです」
「よしてくれ、僕はまだ未熟だよ。養父だった『覇王』とは比べるまでもなくね」
恐らく、過去五〇年において最強と目されていたであろう、故郷に住む養父の元異名を挙げ、蒼紺色の髪と金色の眼を持つ青年――イオが、困ったように苦笑しつつ、受付の係員の女性を押し留める。
聊か、その声が大きかったのか、ギルド内のカウンター近くにある酒場で、カウンターの方を見た者が、イオが隠していた正体に気づき始めた。
「――!?おい、あそこにいるのって……!?」
「やべえ、『疾風剣神』か!?」
「ウソでしょ……何で大物が此処にいるのよ!?」
彼がいる事に驚愕の声をあげる者。
「……すげえな、あの服。恐らく、ゴルドーザ大樹海内の蜘蛛型魔物、『ハドスキュラ』の糸で編まれた奴だぞ」
「マジかよ……!?世界でも有数の硬い糸じゃねえか!?」
「すごーい……金属みたいに輝いてる」
武具に感嘆を洩らす者。
反応に違いがあるとはいえ、世界でも有数のSSランクがいる事に驚いている事に違いはなかった。
「あ、あはは……はぁ」
(……父さんが作ってくれただけの奴なんだけどなあ)
彼の髪の色に合うかのような、ゆったりとした青色のコートやズボンを眺めつつ、ちょっぴり疲れたように彼は苦笑していると、
「――では、以上が魔石の鑑定額及び報酬が加算された額になります。お受け取りください」
「あ、ああ。ありがとうね」
ドサリ、とおそらく大金が入っていると思われる袋を差し出され、そこでようやく我に返ったイオが、
「――あ、その報酬、ギルド銀行にでも入れておいて。どうせ、そんなに使う予定も今のところないし」
「分かりました。ではギルドカードをお渡しください」
「はいはい」
がさごそと隠しを探り、ギルドに所属している証を示すカードを渡し待っていると、
「お待たせいたしました」
「有難う。――――所で、ひとつ訊きたいことがあるんだけど」
「??何でしょうか」
いぶかしげに首を傾げ、そうとい返してきたその受付嬢に、
「この辺り……遺跡みたいな建造物、ないかな?」
と訊く。
その言葉が聞こえたらしく、酒場の何人かがざわつき始めた。
「おい……今、『疾風剣神』が、遺跡について聞いてなかったか?」
「ああ……何を好き好んであんな危ない場所に行くのやら」
彼らがそう囁き合っているのも無理はない。
何しろ、一般に知られている遺跡と言うのは、『命の危険』の代名詞でもあるのだから。よほど、宝探しに邁進している者か、何らかの目的がなければ、魔物を狩っていくだけでもそれなりに生計が立てられたからだった。
事実、彼は後者のとある目的によって、遺跡を探っている。
――――それも、失われた自分の記憶を取り戻し、出生を探るという目的が。
彼が今の自我を持ち始めたのは、十三の歳の頃であった。……故に、彼の欠落した記憶と言うのは十三から以前の記憶なのである。
だが、その十三という歳でさえ、かつての外見から判断されただけであり、本当の歳はもちろん、本名さえも分かっていなかった。
その事をコンプレックスに持っていた彼は、五年間共に暮らした家族にも黙って、当時通っていたリュシエール学院という、クラム国最高峰の教育機関の敷地内にある学院図書館や、元冒険者であった養父の伝手を辿って遺跡などに行ってきたものの、何一つとして有力な手掛かりもなかったために、卒業と同時に、仕方なしに事情を家族、そして友人にも説明して理解してもらい、出国と共に冒険者となったのであった。
そうして、冒険者として活動も続けつつ、彼の出生を探っていたところ、ある遺跡で気になるものを発見。
古代文明で用いられた不思議な文字――現在の研究機関では梵字と呼称されている――で、かつ古めかしい文体で記されたその古文書には、今日判明している亜人種とは別格の幻とされている種族の特徴が記されていた。
その古文書の中で、通常の普人種と異なる、ある自分の特徴と似通った物が記されており、その亜人種に興味を抱いたイオは、他にもその種族の資料がないか、今日まで探って来たのである。
「遺跡……ですか?」
「ああ、今は魔物を狩っているけど、もともとトレジャーハンターなもので」
周囲のざわつきに目もくれず、ただニコニコとしながらありきたりな目的を告げるイオに、目の前の猫の亜人種の女性は顔を引き攣らせると、
「うーん……どうでしょう……。――――あ、いや、でもあそこは……」
「あるのかい?」
心当たりがありそうなその様子に、ずずいっと顔を近づけたイオがそう尋ねると、若干引きながら、
「え、ええ。……ただ、御期待に添えられるようなものじゃ決してないんです。以前調査隊がやってきた折に、大した所ではないと報告が挙がっているんですよ」
「――構わないよ。寿命のあるうちは出来るだけ回っておきたいし」
決意が込められたその言葉に、受付嬢は意志が曲げられないことを悟ったのか、深いため息をつくと、
「――――分かりました。では、その場所を申しあげましょう――」
翌日。イオは準備を済ませるとその場所へと旅立ったのであった。
―――――――
「此処……がそうなのかな」
街の北の門から出た彼が、その足を北西方向へ向け、そのまま森の中に入ってから数日。
いつの間にか勾配が急になった事に気づき、山を登っているのだと感じさせた。
チチチ……となく小鳥の声を、何所か遠くに感じながら、イオはとある建造物と出会う。
彼が今立っている所は、多くの植物が繁茂していて、樹木にしろ草木にしろ、その伸びようから永い年月が経っている事をうかがわせた。
その中にあって、妙な代物が草叢の中よりいびつな存在感を醸し出している。
荒削りに切り出されたと思しき石造りの階段。
その階段の根元、横列二本、縦列二本で構成されている、何かしらの鉱物で出来ていると思われる建造物。中央を大きく空いていることから、何処かの門であると何となく感じた。
おそらく、嘗ては別の色であったのだろう、黒一色に彩られた中に、見えにくいが何かの色を、その建造物は晒していた。
(んー……門、なのかなあ。何か、不思議な気配みたいなのも感じるし)
取り敢えず、階段を上ってみないことには分からない為、面倒ではあったが歩き始める。
カツ、カツ、と石と靴の裏の部分がぶつかり合う音を聞きつつ、長い長い階段を上って行くうちに、どうやら終点が近づいて来たらしく、森の中に空隙が生まれていた。
(やれやれ……意外に運動になるなこれ)
階段の終りの段に立ち、一息をつきながら顔を上げる。
と、そこでイオの目が大きく見開かれた。
(おやおや……こりゃまた、風情のある建物だなあ。結構大きいみたいだしさ)
何処となく面白がるような表情で、イオはゆっくりと大きく辺りを見回す。
先程の階段と同じような荒削りの石畳。
銅色に、鈍く輝く屋根。
所々風化しているものの、いまだにしっかりと立っている柱や壁。
(――――だめだこれ。今までのと明らかに違うタイプだ)
一般に遺跡、或いはダンジョンとされている神殿型のものや、洞窟、墓所型の物を思い出しながら、眼を細めてさらに目の前の建築物を観察した。
少しばかり不安が首を擡げて来る物の、あのギルドの受付嬢が大したものは何もないという事を言っていたのを思い出し、ゆっくりと深呼吸しながら入口と見られる扉に手を伸ばした瞬間。
――――伸ばした手の先に、突然黒く大きな穴が開いた。
「――は?」
思わぬ事態に、思考が停止しかけたのが仇になったのか。
ッドン!
と、大きく誰かに前に突き飛ばされ、
「ちょ――――うわあああああ!!??」
普段油断なく身構えている彼にしては、あまりにも呆気なく穴に転がり込んで行った。
そのまま、全身がのみこまれたと同時に穴は閉じられ、静寂が舞い戻る。
――――人一人いなくなれど、世界はそれでも回り続けるのみであった。
改訂完了です