「……おや、暗くなってきましたねえ……」
「――あ。す、すみません!こんな時間になるまで拘束してしまって!」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ルーミアも一応作り置きの料理を食べるようには言っていますから。何せ、ここ最近やたらと宴会ばかりあって、ルーミアにそうすることが多かったんですよねえ」
はぁ……と、深いため息をついて明後日の方を見るイオ。
その背中がどうにもすすけているように見えて、阿求はちょっぴりひきつったように笑うしかなかった。
「あ、あはは……皆さん、酒が好きですからねえ、どうしたって美味しい料理を作ってくれる人がいれば、頼りきりになると思いますよ」
「面倒です。ちょっとたまにならともかく、三日置きにせがまれちゃ、面倒以外の何物でもないです。……全く、射命丸の奴め、よく考えろよもう」
若干、言葉使いが崩れてきているイオに、ますます阿求は表情がひきつってしまう。
「はいはい、ちょっとそこで止まりません?流石に、イオさんもお疲れだと思うのでそういう事を仰ってしまうんだと思われますよ」
「疲れてるだけならまだいいんですけどねえ……問題は、あいつらが次から次へと酒を飲ませようとするところですよ。ついこの間なんて、危うく酒におぼれかけましたからね?すんでの所で何とか能力使って酒気をなくさなければどうなっていた事やら」
ぷんぷん、という音が聞こえてきそうなくらいに憤慨しているイオに、阿求は疲れたように溜息をつくのみであった。
「……ところで、イオさんこれからどうされますか?もし、食事をとられるようだったら、こちらで準備いたしますが」
「ああいや、大丈夫ですよ。今日も宴会やってると思いますので、ちょっと博麗神社によっていきます。どうせ、飲むだけ飲んで騒いでいるだけですから、少しは料理もありそうですしね」
すくっと立ち上がり、程よく痺れを足のふくらはぎ部分に感じつつも、イオはそう告げて暇を告げようとする。
とそこへ、阿求が慌てて立ち上がり、
「あ、ではお見送りしますね」
「いえいえ、大丈夫ですよ。どうせ、すぐ飛んでいけば済む話ですから。じゃ、失礼しますね。また今度、僕のいた世界を教えますよ」
にっこりと笑ってイオはそう告げ、そのまま玄関へと向かうと下駄をはき、からころと音を鳴らした後に、一気に飛び立ったのであった。
―――――――
「……おやおや、やっぱり騒いでたか」
眼下に広がる、提灯が程良く境内を照らしている博麗神社を眺めながら、イオはそう呆れたように呟く。
見れば、飲み比べをしている妖夢や魔理沙、一塊になっている紅魔館の面々、ゆったりとして飲み合わせている幽々子と紫。
そして、主催者であろう霊夢はと言うと、飲み過ぎたのかすっかり出来上がった様子で眠りこけていた。
そのままだと確実に霊夢が風邪をひきそうなので、イオは仕方なく境内に降り立ち、霊夢に近づくと、ゆさゆさと揺らしながら、
「ほら、霊夢?そこに寝てたら風邪確実にひくよ?せめて、母屋の方でねなきゃ」
「う~……う?あ~イオじゃない。ど~したのよう~?」
へべれけな状態でそう尋ねてきた霊夢に、イオは深くため息をついて、
「ここ最近、霊夢が酔っ払い過ぎるとどうなるか身にしみてたからね。とにかく、ほら立って。寝るんだったら布団の上で寝なさい」
手のかかる妹に世話をする兄のようなイオの態度に、霊夢はすっかり真っ赤になっているその顔を不機嫌そうにしかめさせると、
「う~る~さ~い~っての。別にいいじゃない」
「良くないよもう。霊夢に倒れられると、護符が無くなっちゃうからね?」
色々と彼女の護符にはお世話になっているのだ。今はストックはあるものの、それでもいつまでもあるわけではない。
これでも、霊夢の神社の氏子?といったであろうか……それでいる気持ちは充分にあるのだ。
「ああもう、すぐに寝ようとしないの。ほら、酒瓶も離す」
よっこらせっと言いつつ、イオは霊夢を背中に背負った。
と、そこで遠目から眺めている紫と幽々子の二人が見え、とりあえずそちらのほうに会釈をしつつも彼は霊夢が住んでいる母屋へと向かう。
そんな彼らを見送った後、紫は深くため息をついた。
「あら?珍しいわね、紫がそんなに疲れたようにしているなんて」
おっとりと扇子を口元にやりながら、幽々子が面白がるようにそう言うが、
「仕方ないじゃない。あの子たち、気付いてないようだけど兄妹みたいになっているんだから。正直、私としては予想外よ?」
――博麗霊夢の『空を飛ぶ程度の能力』。
彼女の持つ能力は、単純に空を飛ぶだけにとどまらなかった。
概念の上からも、物理的にも、何物にも捕らわれないというその反則的な力。それは、異変における彼女とは別に、日常においてもそれは現れていた。
『――捕らわれないが故に、誰に対しても執着せず、ただあるがままに』
彼女を知る、或いは知り合った人物は彼女をそう評する。
だからこそ、魔理沙は彼女と幼い頃より共に在りながら、天才である彼女に置いて行かれる思いを痛感しているし、紫も、そんな彼女の性質と言うものを理解しているが故に、博麗の巫女にした思いもあった。
だが、翻って現在イオと共に在るその姿はどうであろうか。
「……まあ、予想外ではあったけれど……でも、霊夢が人間としての感情を持てるなら、私としては特に問題はないわね」
――其れがたとえ、あの子が苦しむことになったとしても。
人は、悩み、苦しみ、如何しても届かない物があれば、諦めるか執着するかのどちらかでしかない。
心を持つが故に、苦楽も同時に併せ持つのが人間であると、紫は常々思っているからだった。
「……ふぅん。まあ、私としては、多く料理も作れてしかもそれがおいしいとあれば、妖夢の婿にでもと思ってたけどねえ」
「駄目よ幽々子。イオはいるだけでもかなりパワーバランスを崩してしまうのだから。正直、彼が中立であり続けてくれたことには感謝してるわ。そうでなかったら、あの好青年を殺さないといけなかったから」
イオが人里にい続けることが重要なのではなく、『何でも屋として』犯罪行為以外の依頼を一身に受けてくれること……このことが重要だったのである。
「何せ、世界の根幹に関わる『木を操る程度の能力』だから、どの陣営にあっても、等しく幻想郷の妖怪たちに警戒を抱かせる原因になりうる。妖怪の山の天狗達然り、紅魔館の吸血鬼然り、ね」
特に、紅魔館はここ最近イオを取り込もうとしているのではないかとさえ見えた。
博麗神社が存在する理由足り得るのが、この幻想郷の全勢力内で唯一の中立であるからだ。そうでなければ、博麗大結界の事を抜きにして、全ての妖怪に対して最強である霊夢の存在は、無視できないものになってしまう。
故に、イオの事もまた然り。
『何でも屋』という、博麗神社とは別の形ではあるが、それでも中立であるという意味としては最上の形でイオがあり続ける事は、紫にとっても大変意義のあるものだった。
さらに、中立の存在である博麗霊夢とそれなりに仲が良いとなれば、それはある種一つの勢力として換算出来てしまう。――博麗神社と何でも屋の共同勢力として。
今のところ、彼は人里の長老衆から見合い話などを設けられ、その全てを断っていることから、推測ではあるが、彼も自身の事にはそれなりに注意を払っているようなのは感じられた。……もちろん、例によってスキマで覗き見ていたのだが。
ぱさり、と扇子を広げながら紫がつらつらと考えていると、
「でもねえ、紫?色々と考えているようだけど、つまるところ霊夢とイオをくっつけようだなんて考えてるんじゃ、ないでしょう?」
「…………まさか。幽々子の勘違いじゃない?流石にそこまで考えているわけではないわ。せいぜい、霊夢が人間らしく笑ってくれるのを期待しているだけよ」
くすくす、と口元を扇子で覆いながら笑う紫に、幽々子は同じように笑みをこぼしながら、ぽつりと呟く。
「そう……だったらいいのだけどね」
冥界を司る亡霊と境界を操る大妖怪の二人は、その後も談笑しつつ盃を酌み交わすのであった。
――――――――
「――ふぅ。さて、と……料理はまだ残ってるかな?」
霊夢を母屋に寝かしつけてから、イオは再び宴会場に舞い戻ってきていた。
きょろきょろと大皿がある所を見回し、ひとつ小皿を手に取ってからいくつか酒の肴になりそうな物を見つくろい、小皿に移していく。
おそらく大吟醸と思しき日本酒と呼ばれる酒の瓶を手に取ると、イオはすっと屋根に飛び上がった。
どっかと屋根に胡坐をかいて座り、イオは天に輝く金色の月を眺めて、ほぅ……と感嘆の吐息を洩らす。
と、そこへ声がかかった。
「――お。イオじゃないか。射命丸から今日はこれないって聞いてたんだが?」
ふよふよと、箒に乗りながら魔理沙がそう尋ねてくるのに苦笑して、
「たまたま、用事が早く終わってね。食事をそこで頂くのもなんだし、料理をつつきに宴会に来たんだよ」
「ふぅん、そっか……なあ、私もいいか?」
伺うようにして聞いてくる彼女に、イオはまた苦笑すると、
「いいも何も、好きにすればいいんじゃない?ここ僕の家じゃないんだからさ」
「……それもそうだ。私らしくなかったぜ♪」
ちょっと待ってろ、そう言いながら彼女はすーっと眼下に広がる宴会場に降り立ち、きょろきょろとあたりを見回して酒を見つくろうと、こっちに向って飛んでくる。
邪魔にならないように注意を払い、彼女がうまく屋根に座る様子を見てから、イオはゆっくりと酒を徳利から飲み始めた。
おりしも、時はすでに宵を回る頃であり、金色の月が辺りをやわらかく照らしだす中、宴会場もそろそろ騒がしさから離れて、静かさを伴うようになってきている。
そんな中にあってイオは、その空気と月を楽しむかのように穏やかに酒をあおっていた。
「……なぁ、イオ?お前が居たとこの世界さ、どんな夜空だったんだ?」
同じように小さな杯を傾けながら、魔理沙がそう問いかけると、イオは郷愁漂う笑みを浮かべてから、
「そう、だねぇ……。向こうだと、月は二つもあったし、此処まできれいな金色の月じゃあなかったよ」
言いながらその金色の瞳を、同じ色である月に向って投げかける。
そんなイオに魔理沙はちょっと驚いたような顔になると、
「やっぱり、世界が違うと星まで変わるみたいだな。結構珍しいよなあ月が二つだなんて。どんな色してたんだ?」
「うん、一個が銅色で、もう一個が銀色だったかな。たまに、流星群とかあったけどね、それはもうすごかったよ。何せ、月がないときは本当に辺り一面を照らしだすくらい輝いているからさ。圧倒的だったねあの光景は」
くすくすと笑い、イオはいつか眼にしたあの光の矢が次々に消えていく様子を顧みつつ、尚も酒をあおり続けた。
ふぅん……と、魔理沙はその言葉に納得したように声を漏らし、ちょびちょびと盃の中の酒を飲み続ける。
しばらく、穏やかな空気がその場に流れているのを感じつつも、再び魔理沙が口を開いた。
「――イオ、こっちにとどまって、後悔してないか?」
「まさか」
恐る恐る尋ねられ、イオは笑みを覚えながら、
「僕は突然此処に連れて来られたけど、でもね、それでもこの世界が嫌いにはなれない。何よりも心が落ち着くし、むしろ、終の棲家を探す手間が省けたからね。だから、後悔はしていないよ。――ただ、ね」
そこで言葉を区切り、イオはさびしそうな眼を天上の月に向けて、
「……義父さん、マリア。あとはラルロス達かな……別れくらいは、言っておきたかったな」
遠く、今となっては遥か彼方のアルティメシア世界を思う。
「なぁイオ。浸ってるとこ悪いんだけどさ、お前、元の世界じゃ結構モテた口じゃないか?」
だが、隣にいる魔理沙が、その空気をぶち壊してくれた。
余りのいいように、流石のイオも表情がひきつって、
「……唐突に何だよ魔理沙。その質問、今する必要あるの?」
「いいじゃないか別にさ。結構気になってるんだぜ?いろんなとこから話を聞いてみれば、お前、元の世界でも結構珍しい容姿だったみたいじゃないか。騒がれただろうにそんなに普通でいられるなんて、モテてたんじゃないかと思ってな」
「いくらなんでも下世話すぎるよ魔理沙……はぁ、そう言われても、僕はモテた記憶ないよ?やたらひっつかれた覚えはあるけどね」
「お?言ってみろよそれ。私はそれが聞きたいんだから」
呆れたようなイオの視線に、魔理沙はむしろ眼を輝かせてそう告げる。
やはり、少しばかり崩れた言葉遣いであっても、女の子と言う事なのだろう。流石に、こういう恋話に対しては嗅覚が鋭いのも納得であった。
「……そう言われてもねえ……ほぼ、毎日のように突貫してきては決闘を挑んでくる人とか、やたらいたずらしてくる人とか、僕と親友のラルロスに対して変な事を考えていたりだとか、後は……そうだね、やたら僕に抱きついて来ては頬ずりしてきたりする人とか、そんなんばっかりだったよ」
「んでもって、全員女だろ?」
にやにやと、いつも紅魔館で撃墜されている仕返しなのか、悪そうな笑顔を浮かべながら魔理沙がそう訊くと、思わぬ一言にうっかり自分の過去を思い出し、
「……そういやそうだ。僕、ラルロス以外に男の友達いなかったような……結構へこむなあこれ」
「まま、こっちに来ちまったんだし、もうどうしようもないんじゃないか?」
「簡単に言ってくれるねえ君……いくらなんでも、暴言として許されてもいいレベルだよその一言は」
じっとりとした眼で魔理沙を見つめイオがそう文句を言うが、彼女は我関せずとばかりに盃を傾けるのみ。
仕方なしに再び徳利を手に取り、ぐいと呷りながら、
(……ラルロスがこっちに来ることがないように祈って置こうかな)
普段、ぶっきらぼうでありながらその実かなり熱い性格をしている彼が、イオの失踪を耳にしたとすれば。
自身が貴族であり、しかも次期公爵であることさえかなぐり捨てて、イオを探しに来ることだけは確かだったから。
(頼むから、絶対来ないでくれよラルロス)
でなければ、貴族から排除されてしまうのは彼だ。
かなり不安を抱えながらも、それでもイオは天上の月に祈るしかなく。
いまなお金色に輝く月下、龍の因子を持つ青年と、普通の魔法使いは穏やかに盃を交わすのであった。