東方剣神録   作:上田幻

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第二十六章「再び訪れるは平和(?)な日常」

――やや、時は過ぎて一ヶ月半を過ぎる頃。

 イオは、清々しい気持ちで空を見上げていた。

 無論、あの小さな百鬼夜行が起こした異変の後は、色々な人たちから怒られもしている。特に、かなりの怒りを見せていたのはやはりと言うべきなのか……あの、人里の守護者である上白沢慧音であり、彼女が一番に心配していた人物といえた。

 何せ、あの異変の前に妖力の事を話し合った直後に、イオの家から発光現象が飛び出たり、或いは異変が終わった後に変わり果てた姿のイオにあったのだから、その怒りはすさまじいものがあったと言う。

 連続の頭突きをくらった上に、長時間にわたる説教(もちろん正座で)を受けさせられ、正直イオにとってあの時ばかりは死ぬかと思えたひと時であったがそれはさておき。 その事もあってか、優吾を始めとする道場に通う人々からは変わらぬままのイオの性格に、ほっと安堵したり、また稽古を頼むと言ったりと各々の形で受け入れてくれたそうである。

 

 さて、今イオはなぜ空を見上げているのかというと……。

「――ほら、強くなったんだったら、ちょっとくらい私と戦ってくれてもいいんじゃないの?とっとと構えなさい」

……イオにとって恐怖の象徴たる、風見幽香が来ていた為であった。

 空を見上げていたのは、あまりにも現実離れしたこの情景に、半ば現実逃避をしていたからに他ならない。

「……幽香さんとはもう戦う事なんてないと思ってた僕が馬鹿だった」

るー、と目幅涙をこぼしつつ、イオはそう言って嘆いた。

 だが、現実は非情である。

「あら?貴方とはいい勝負ができそうだから、これからもずっと闘わせてもらうわよ?何せ、私が全力で当たっても早々に壊れないし」

「あの、僕の事おもちゃか何かに思ってません……?」

余りのいいように、流石のイオもジト眼になって幽香を見た。

 その様子に、珍しく彼女は動揺して、

「な、何よそんな眼をして。いいじゃない私の勝手でしょう?」

「その勝手に付き合わされる僕の身になってくれません……?」

尚もジト眼でそう言い切ったイオであったが、それでも逃げることはせず深いため息をついた後、

「……仕方ありませんから、相手をしますよ。ただ、此処だとどうしても人里の皆に迷惑をかけてしまいますからね。ちょっと高く飛んで、上空の方で今回はします」

「そうそう。それでいいのよ。ほら、先に行くわよ?」

そう言って幽香がふわりと花弁のごとく、イオの家宅前のポスト脇から飛び上がり、そのまま上空の方へと向かっていく。

 その様子を見送ってから、イオは再び深くため息をついた後、近くに寄ってきていたルーミアへ体を向き直り、

「……そう言う訳だから、ちょっとの間幽香さんと戦ってくるよ。帰ったらおやつ作ってあげるから、待っててね?」

「おやつ!?うん、分かった!待ってるね~!!」

きらり、と光輝く眼でイオにそう言うと、ルーミアは飛び上がるイオにブンブンと手を振り、見送るのであった。

 

――――――――

 

「――さて、ここらあたりで大丈夫でしょう」

もはや、人里が霞んで見えるほどの高さにまで飛びあがった所で、イオがそう言って幽香に声をかけた。

 くるり、くるりと日傘を回しながらふわふわと飛んでいた彼女は、その言葉にぴくりと、動きを止めると、

「ふふふ……あの時の戦いからもう壱ヶ月以上経っているのよね……どれだけ、貴方の力は増えたのかしらね?」

凶悪な笑顔と共に、イオに向って強烈な殺気をぶつける。

 だが、イオはその殺気をさらりと受け流すと、

「ま、一応お望みどおりにはなると思いますよ。あの『小さな百鬼夜行』と呼ばれた、伊吹萃香に僕の血の中に眠る力を覚醒させてもらいましたから」

と、先程までの嫌がりようから一転して、静かな面持ちで幽香と相対した。

 

――そして、激突の瞬間が訪れる。

 

「――さて、参りますよ」

 

――神眼『黄金律眼』――

 

初めに動いたのはイオ。

 彼は、あの三日置きに宴会が繰り広げられる異変の際に顕現させた、魔眼で以て戦端を開いたのであった。

 続けざまに空中に魔法陣を浮かべ、イオは一言、スペルを発する。

 

――氷雪吹雪『フリーズブリザード』――

 

突如として、上空に吹雪が誕生した。

 あまねく全てを凍りつかせんと暴れまわるその吹雪は、当然のことながら幽香へと殺到し、その身を凍らせようとうごめく。

 だが、幽香も大妖怪の一端を担うものらしく、かなりの強引な力技で吹雪を吹き飛ばした。

 

――元祖『マスタースパーク』――

 

妖力に任せて薙ぎ払われたそれは、あっさりとその熱量で以て吹雪をかき消す。

 笑いの衝動に身をまかせながら、

「ふふふふふ!!あは、あはははは!!!」

それでも幽香はなおもイオに向ってマスタースパークを放ち続けた。

 しかし、イオもさるもの。

 同じように魔法陣を構えると、大きくスペルを詠唱する。

 

――光刃一閃『オーバーレイ』――

 

光の速さで撃たれたそれは、あっさりと幽香のレーザーへと到着し、そのまま拮抗状態へともつれこんだ。

 しばらく、その拮抗が続いた後にそれらはあっさりと相殺され、イオと幽香は再び激突した。

「うふふ、やるじゃあないの……!!」

「死にたくありませんからね……!!」

思い思いの言葉をぶつけあい、日傘と朱煉の弐振りが衝突する。

 かなりの力が込められたそれらは、ギンギギィン!!と音高くぶつかり合いながらも、刃も日傘も損なうことなく続けられた。

 だが、次第にその均衡が崩れようとする。

 その始まりに気づいたのは、幽香の方だった。

(……っく!何よコイツ、いつの間にかどんどん速くなっていないかしら!!?)

そう、少しずつではあるがイオの剣速が次第に速くなっている事に。

 とはいえ、それだけならばまだ驚きは少なかった。というのも彼自身の異名が『疾風剣神』であったからであり、たかが速くなるだけならば特に何も言う事はない。

 だが、彼の速さは速いだけが問題なのではなかった。

(くぅっ……重い!)

一振り一振りに込められた力が、以前のものと遥かに比べ物にならないほどに重くなっていたのである。

 鱗がところどころ見えるようになったイオの顔を睨み、幽香はまくしたてるようにして告げた。

「……貴方、その姿になってからかなり力が増えていないかしら?おかげで、私の腕がしびれそうになるほどなのだけど」

「あー……多分それ、龍人の特徴ですねぇ。高魔力と高耐魔力に強靭な肉体なんて古文書に書かれてましたから。おそらく、僕が居た世界では最強の一族だったと思いますよ」

ぎりぎりと何度目かの拮抗状態にもつれこんだ現状には何も言わず、彼はそう言ってのんびりとして笑う。

 しかし、幽香にとっては笑いごとでも何でもなかった。

「全く、本当に笑えないわ……この私が負けそうになるなんて、ね!!」

全力の妖力を込めた、日傘の一撃を大いにイオに見舞う。

 ぎりぎりと拮抗していた状態に振るわれたそれはイオにとっても予想外だったらしく、

「おぉ?っとと……危ないなぁもう。僕の身にもなって下さいよ。流石にあの一撃は僕の頭がぱーん、ってはじける所でしたよ?」

「そのままはじけてしまえばよかったのよ。……全く、次で終わりにしましょう。正直今回は色々と油断が過ぎたわ」

言外に、お前を見くびっていたと言っているようなセリフを吐き、幽香はすっと目を閉じると、静かにスペルを詠唱した。

 

――幻想『花鳥風月、嘯風弄月』――

 

「あはは……そのまま油断されてくれれば僕も色々と頑張ったんですけどねぇ」

すっかり油断が消え、多くの弾幕で以て襲い掛かってきた彼女に苦笑しながら、イオもまた同じくスペルを詠唱する。

 

――虹輝『オーラバースト』――

 

かつて、親友と故郷のクラム国にて戦った際に、親友のラルロスが使用した全属性を使用する魔法を、イオは唱えたのであった。

 火が、水が、土が、金が、木が、辺りを覆い尽くす勢いで彼女に迫って行く。

 対する幽香のスペルも負けていなかった。

 圧倒的なイオの弾幕に、彼女は自身に対して致命的になるような物を的確に除き、食らいつかんとする勢いでイオに迫る。

 

――そして、全てが掻き消えた。

 

「……っと、相打ちですかぁ……今日は、これまでにします?」

「ええ、そうするつもりよ。全く、まさか今までしなかった修行が必要になるだなんて思いもしなかったわ」

何せ、今までは妖力の大きさで勝っていたようなものだったし。

 疲れたように、だが何処となく満足げな表情で幽香がそう告げるのに、イオは少々ひきつったような顔になって、

「そ、そうですか……頑張って下さいとしか言いようが無いんですけど」

言ったら言ったで彼女はその言葉の通りに、やる気を出して自身の実力を高める事であろう。

「あら?応援してくれるの?」

「……しないと何か怒りそうな気がしたもので」

明後日の方角へ顔を向けつつ、幽香にそう言うイオであったが、何分彼女が強くなること=イオの負担が増す、という事になるわけであり、正直かなり複雑な心境なのは間違いなかった。

 そんなイオに、彼女はしっとりと上品に笑うと、日傘を肩にかけ、

「フフフ、また、闘りましょうね♪今度は、私もいくらか成長した状態で戦えるでしょうから」

と、ある種イオが失礼な言動をしたのにもかかわらず、穏やかに立ち去って行くのであった。

 一方、あとに残されたイオはというと。

「……はぁ。また、決闘したいなんて依頼が来るのかなぁ……本格的に決闘御断りの紙張っとかないといけないかも」

若干嘆きの声を出しつつも、普段どおりに依頼を遂行していくのである。

 

――――――――

 

――アルティメシア世界。

 ゴルドーザ大樹海と呼ばれるその場所の近くに点在する町の一つに、とある人物が訪れていた。

 魔物が襲い掛かってくる故にかなり頑丈な作りをした門の下にあって、その格好は周りの冒険者たちが使用する旅装束と比べ、銅色に上品に輝いているローブ姿であり、見る者が見ればかなりの防御の補助魔法が施されていて、薄らと魔力の光が漏れ出ているし、端的にいえばかなり目立つ格好である。

 ざく、ざく、と地面を踏みしめるその靴も、やはり通常のものとは大違いであり、ひたすらに使用者の魔力を高めるためだけに作られた逸品であると、その時近くで偶然見た魔法使いはそう考えた。

 ふと、そんなとんでもない服を着ている人物に、声がかかる。

「――あー……そこにいる人、何者だ?身分を証明するもの、渡してくれるとありがたいんだが」

一応の礼儀をもった人物であろうか、何処となく物々しい鎧姿に身を固めた兵士と思しき人物が、頭を掻きながらそこにあった。

 その声に、呼ばれた方は足をとどめると、文句も何も言わずサッとあるものをさしだす。

 一見して、そこらの冒険者が持っているカードと思しき物に、一瞬その兵士も眼を丸くしたがすぐにそれを改め。

 そこに書かれた名前、そして二つ名に思わず声をあげかけた、所で、

『――何もしゃべるな』

一気に近づいたローブ姿の人物に留められ、コクコクと脂汗を流しながらうなずいた。

 その様子に満足そうに彼の人物は頷いた後、

『……此処の、ギルドは何処にある?少しの間、此処で調べなければいけないことがあるんだが』

「は、はい!このまままっすぐ行って右方向にございます!!」

ビッシィ!と大げさなほどに敬礼をしながら叫んだその兵士に、一瞬ローブ姿の人物が何か言いたげな様子になったものの、すぐに頭をさげ、

『――感謝する』

と端的に告げ、そのまま立ち去って行く。

 直ぐに、ぷはぁ……と大きく息を吐いた兵士に、知り合いと思しき冒険者が話しかけた。

「おいおい、いったいどうしたんだよ。アンタがそんなに慌ててるなんざ珍しいじゃねぇか」

「……慌てたくもなるさ。――クラム国の、『賢人』だった」

「――はぁ!!?」

余りにもネームバリューのあるその二つ名に、その冒険者も驚きの声を上げ、周りの注目を集めさせてしまう。

 思わず身をちぢみこませながらも二人はなおも会話を続けた。

「いくらなんでもあり得ねぇだろ?『賢人』はクラム国の貴族だって前に通達あったじゃねぇか」

ギルドに行けば必ずと言っていいほどに、全世界にあるギルドへの通達というものが存在していた。

 最近の魔法事情というのも、どんどん便利なものに変わろうとしていて、ちょっとした小さなものであれば簡単に、移送魔法によって送られるのが常になろうとしていた為に、ほぼ全世界でギルドの通達を見ることが可能になったのである。

 冒険者が言っているのは、そのシステムが軌道に乗り始めたここ数年間に活躍していた『賢人』の本当の素性というものであった。

「……間違いない。カードに記載されていた顔も、名前も全て同じだった……いったい、何があったんだ?」

「いやおれに訊かれても分からねえよ……?」

ぽつりと呟くようにしてささやかれたその問いに、思わず冒険者が突っ込みを入れるがそれはさておき。

「とりあえず、手の空いてそうな冒険者たちに、何が起きているのか確かめてくれないか?それ見て動きを決めないと」

「あぁ……俺も気になったし、顔見知りの奴とかいるから確かめてみるよ」

こうして、『賢人』たるローブ姿の人物……ラルロスの預かり知らぬ所で、ひっそりと騒ぎが起きるのであった。

 

――――――――

 

――所時変わり、紅魔館。

 イオはよもやラルロスが、この世界に来る前までにいた街に来ているとはつゆも知らずに、パチュリ―に色々と彼女が使う所の魔法について習っていた。

「――つまり、この六芒星という形は、もともと宗教の中に存在していた物がいつの間にか魔女の使う魔法の紋章であると言う事にされたものだ……ですか?」

「ええ。ダビテと言う人物がいるのだけど、その人物の人物の子、ソロモンが居てね、その二人を象徴する三角形の形が組み合わされたものだから、信仰の対象になっていたの。あと、貴方の使用している魔法、五行属性といったかしら?それについてもこの幻想郷の外に広がる世界においては、陰陽道という形で出ているし、この六芒星もその陰陽道を行使していた術師の紋章としても知られているわ」

机に座り向かい合って話し合うイオとパチュリー。

 彼女の話す、幻想郷の外に広がる地球という世界で使われて居た幻想の術に、イオも興味を抱いたのでこうして、色々と習っていたのであった。

「……へぇ。すごいですねぇ……世界変われば使われるものも変わると思ってましたけど……そこまで似通ったような術があるなんて」

「……多分、貴方の使う術とは似ても似つかないものだと思うわよ?そもそも、五芒星と円を描く所は同じでも、中心に魔法文字を書く時点で違うと言い切れるわね」

ぱらり、と魔導書から眼を離すことなくパチュリ―がそう告げると、イオも笑って、

「ま、言ってみただけですよー♪そもそも、この世界と僕の世界は違うって分かってますから」

ぎしぎし、と古そうな木製の椅子を軋ませながら後ろに靠れかかるようにして座るイオに、パチュリーは何処か疲れたような表情で溜息をつくと、

「……今日は、妹様と弾幕ごっこはしないのね?」

「あはは……さすがに、風見さんと連戦はきついですからねぇ……どうしようもなかったので今度デザートを作る約束で断りました。いやもう、やっぱり僕の料理は人気なんですねぇ……すっごく眼がきらきらとしていたのが印象的でしたよ」

「――そう。それはよかったわね」

若干、含みがあるような視線を向けながら、パチュリーは再び魔導書に目を向ける。

 その様子に、ちょっぴりイオは不思議に思い、

「??どうしたんです?」

「……まぁ、ね。貴女に訊きたいことがあったの、今思い出しただけよ」

「へぇ……珍しい、とはいえないか。僕の魔法について聞きたいことですか?」

先日、爛々とした眼でかつ無表情に詰め寄られた過去を思い出し、イオはそう言って尋ねると、

「――違うわ。貴方の料理について……よ」

「…………はぁ?」

余りに唐突なその話題に、イオは眼を丸くして困惑の声をあげた。

 だが、彼女はそんな彼に構わず、

「前々から聞きたいと思っていたのよね……あの鬼が引き起こした異変の時、魔理沙が言ってたことがどうにも気になって仕方がなかったのよ」

自分の身でも同じようなことがあったからね。

 魔導書から眼を離さず、一心にぺらりぺらりとめくりながら告げられたその言葉に、イオは眼をぱちくりとさせながらも、

「はぁ、僕には美味しいからまた作ってねとかよく言われているんですけど」

「単に気のせいだと思っているのが大半だからよ。あのね、貴方の料理……私達の力を、いや、違うわね……どちらかと言えば、存在する力と言えばいいのかしら?まぁ、人妖によっては違うでしょうけど、ほぼ私達に必要な力を授けてくれているのよ」

「……いやいや、パチュリーさんの言うとおりに、単に気の所為じゃないんですかそれ」

突拍子もないその言葉に、身構えていたイオは肩透かしを食らったような気分で、呆れたように首を振る。

 それもそうだろう。どんな話題かと思えばあまりにも荒唐無稽な話題だったのだから、彼の言う事にも間違いがあるわけではなかった。

 だが、現実はそうではないのだ。

 パチュリーは彼の言葉にそう思い、少し顔を彼のほうにむけてから、

「……あの三日置きの宴会の時、よく貴方が料理を作ってくれていたわね?」

「?え、ええ……ほとんど文に引っ張りだこで困ってたくらいですけど」

「そう……あのね、貴女の料理を食べた……およそ、数時間後ぐらいかしら?レミィ達と一緒に帰ろうとした時に、妙に体が高揚して仕方がなかったの。こう見えても、結構長生きしている方だから、どうしたって感情というのは擦り切れざるを得ないのだけど、それが嘘のようにわくわくする気持ちが止まらなくてね。レミィ達にも驚かれた覚えがあるわ」

「……え、いやちょっと待って下さい。本気で仰ってます?」

 

感情が擦り切れていたのが、嘘のように戻りつつある。

 

 もし、その事が本当ならば、彼の料理には――

「――まさか、一種の魔法薬のようなものになってるんですか?」

「ええ……色々と実験もしたし、体の様子を探るための魔法も使ってみたけれど……結果は『単純に魔力が増幅した』、それだけしか返さなかったのよね。他にも、普段からきつくなっていた喘息が、どうにも軽減されてる感じがするのに、結果としてはそれだけなのよ……おかしいと思わないかしら?」

「……もしかしなくても、僕の料理の所為だと?」

「あれから、咲夜が作る他の物も食べたけれど、一向にそんな気配がないからね……どうしてもそう思わざるを得ないわ。何か、思い当たることでもある?」

ぱたぱたと、小悪魔が図書の整理をしているのを横目で見ながら、パチュリ―にそう尋ねられ、イオは今一度よく考えてみる事にした。

 だが、一向にそれらしい覚えなど、イオにはない訳で。

(……うーん……料理に使った材料は、人里でとれた野菜とか、猪の肉とか、屠殺された鶏とか牛の肉とかだけど……ん?人里で、とれた野菜?)

まさかとは思うが……イオは、とりあえずパチュリ―に訊いてみることにした。

「……あの、皆さんが持ち寄ってくれる料理の材料って、大抵人里でしか買ってきてませんよね?」

「…………さぁ、どうかしら。――咲夜?」

 

「――――此処に」

 

パチュリーの呼び声に、瞬時にして咲夜がパチュリーのすぐ傍に、紅茶の用意が成されたカーゴと共に現われる。

 しずしずと紅茶を注ぎながら、

「お呼びでしょうかパチュリ―様。ご用件をお伺いしても?」

「ええ……ちょっとだけ、訊きたいことがあってね。貴方、いつも料理を作る時材料は人里で買って来ているのよね?」

「?ええ、そうですが……」

首を傾げながら答えた咲夜の言葉に、イオは少し確信めいたものを抱きながら、

「その時、八百屋さんとかでなにか言っていませんでした?」

と尋ねると、彼女は何処か遠くの方を見ながら思い出すようにして、

「そう、ね……」

 

――『あの龍人様が、お力を込めてくださった野菜だよ』

 

「確か、そう言っていたと思うわ」

「…………申し訳ありません、パチュリーさん。どうも、僕の所為みたいです」

「そのようね」

咲夜の言葉にがっくりとテーブルに突っ伏すイオに、パチュリーは淡々とそう告げる。

「ただ、それならばなぜ咲夜が料理しても変わらなかったのか、疑問に思うわね」

「……恐らく、引き金めいた条件があるんだと思います」

 

例えば――『木を操る程度の能力を持つ者』が、『その力で育った野菜を料理する』とか。

 

「……考えられる条件としては、多分これ以外にないと思いますよ。はぁ……まさか、此処までの事になってるなんて思っていなかったや」

疲れたように苦笑しているイオに、パチュリーは彼の言葉にうなずくようにして、

「ええ、そうみたいね。やっと喉のつかえが取れた気分だわ」

無表情でありながら、どこか満足げに見える顔でそう告げた。

 そこへ、咲夜が納得したような表情で、

「……そうなると、貴方の料理を食べ続けるだけで、力が増幅される結果になると言う事になりそうね」

「また、パワーバランスが崩れていくわけですね、分かりたくないです」

ぐてー、と机に突っ伏したまま、イオはぐったりした様子でそう呟く。

 また料理ばかり作り続ける羽目になるのかー、などとぼやいているイオに、咲夜は慰めるようにイオの頭を撫でながら、

「ほら、また貴方の事がこの世界で重要になったという事だって、考えればいいじゃない?」

「……どうしてこうなったし。僕の安穏な日々は何処に行ったのさ……」

ぐちぐちと机に突っ伏したまま愚痴を漏らしているイオに、咲夜は苦笑するしかなかった。

「――それにしても、イオの人里での人気はどうなっているのかしらね?」

しばらく愚痴愚痴と何かを呟いているイオを放り、パチュリ―が再び口を開く。

「……多分、もう神として崇められ始めている頃ではないでしょうか?普段、イオが相手している農家の人々からは、しか聞いておりませんが、恐らくそうなっているはずです」

そう、二人の紅茶を注ぎ直しながら咲夜がパチュリ―に言葉を返すと、パチュリーはその言葉に目を細めた後に、

「……ふぅん、そうなの」

と呟くのみ。

 その様子に、突っ伏していたイオが顔だけをあげて、

「どうしたんです?また何かに気づかれたんですか?」

と、若干暗い顔つきでそう尋ねた。

 すると彼女は肩をすくめて、

「何でもないわ。もう、イオがこの世界に完全に馴染んだ事に驚いているだけだから」

「……いや、全然表情動かしていないじゃないですか」

無表情のまま驚いたと言われても冗談を言われている気分にしかならないイオ。

 まぁ、そのまま此処でぐだぐだとしているのもしょうがないため、そろそろお暇しようと声をあげかけた瞬間だった。

 バターン!と音高く観音開きのドアが開かれる音と共に、

 

「――いやっほー!!パチェ、遊びに来ったぜー!」

 

「……魔理沙、か。なんか、嫌な予感しかしないんだけど」

少しばかり表情が引き攣った状態で、イオがそう呟く。

「ここ最近は貴方がいるから、少なくとも本を借りに来たわけじゃなさそうだけどね」パチュリーがそう言って、ドアがある方向へと顔を向けた。

 ずかずかと静かな図書館の中にあって響いた足音が近づくとともに、

「やー、アリスとかがうるさくてさー。イオの料理を調べるべきだって言い張ってばかりなんだよ。しょうがないからパチェに訊きにきたんだ!」

「――タイムリーだねぇ魔理沙。今その話が丁度終わったとこだよ」

再び自分の力のとんでもなさを思い出したか、再び机に突っ伏した状態でイオが魔理沙にそう告げると、彼女はぎょっとしたようにイオを見つめ、

「な、なんだイオもいたのか。……って、今丁度終わったとこ?あ、じゃあ結局何だったんだ?」

とイオの言葉に首をかしげた後にそう尋ねる。

 その言葉に、イオが答えを返そうと言葉を紡ぎかけたのを遮り、

「――イオのせいよ。少なくとも自覚して行われたわけではないそうだけど」

と、パチュリーが新たな魔導書を取り出しながら、魔理沙に向ってそう答えた。

「??どういうことだぜ?」

「あー……パチュリーさん。その言葉だけじゃ分からないですよ。あのね魔理沙、僕の作る料理、もともと材料の中に人里でとれた野菜とかが入ってるんだけどさ、それ、僕が枯れないようにって力を込めた物みたいでね、僕がそれを調理する事によって、食べた人にとって必要な力を供給してくれるものになるみたいなんだ。今それ知って、料理を作るのに躊躇してるとこだよ……はぁ」

ぐだーん、と机の上で伸びながら、イオが魔理沙に向ってそう告げる。

 すると、魔理沙が眼を輝かせて、

「おお、じゃあお前の料理は、私達にとってドーピング剤みたいなものになるわけだな?凄いじゃないか」

「全然凄くなんかないやい。はぁ、料理するの結構楽しいのになぁ……封印しないといけないかなぁこれ」

野菜の方止めようったって、絶対無理だろうし。

 ゴロゴロとしながらイオがそう呟くと、魔理沙と咲夜が思わずぎょっとしたように彼を見やった。

「お、おいおい、早まるなよ?いくらなんでもそれはないぜ?」

「そうよ?貴方が手伝ってくれるおかげで結構楽が出来ているんだから」

慌てたように魔理沙と咲夜がそう言うが、

「……だったら、どうしろって言うんですか?多分、あの妖怪の賢者も気づいている事だと思いますよ?」

ましてや、冥界の主であるあの人もです。

 じとーっとした眼で三人を見やり、イオはなおも言葉をつづける。

「幽々子さん、かなりの量食べてましたからね……おそらく、あの人自身の力まで強化されている事になるんですよ?」

「……やばいな、確かに」

 

――『死を操る程度の能力』。

 

 彼女の能力の一つであり、生きとし生ける者たちにとってまさしく天敵であるこの能力。実のところ、生前持っていたとされる能力が一つあるようだが、此処幻想郷において有名なものはこれだろう。

 龍人となり実力者の範疇に入ったイオでさえ、もしかすると死にかねない、そう言う能力なのだ。

「……まあ、初対面で言った言葉が良かったのか、結構お世話になっている事もありますけどね」

正直にいって、どの意味であっても戦いたくない人物の一人である事は確かだった。

 だが、そんなイオに対して、二人はと言うと。

「「…………だけどなぁ(ねぇ)」」

揃って名残惜しそうな様子で、イオの事を見つめるのみだった。

 一拍置いた後に、咲夜が口を開く。

「――やっぱり、封印はしない方がいいと思うわよ?ただでさえ妖夢が忙しくなってしまうし、そもそも、あの亡霊が満足するほどの量を作りきれると思えないから。私は時間を止めながらする事は出来るけど、ね」

「そうそう。咲夜だってこういってるんだし、そんなに気にするほどでもないと思うぜ?」

うんうんとメイド長の言葉にうなずきながら、魔理沙にまでそんな事を云われ、イオはどうしようかと頭を悩ませた。  

(……何より、文の反応が怖いなぁ……)

いつもイオが料理してくれるのを、手ぐすねひいて待っていると言っても過言ではない彼女が、イオが料理を封印するなんて噂だけでも耳にすればどうなるか。

 まずもって面倒な事態に陥ることだけは確かだった。

「……とりあえず、保留にしておくよ。色々と妖怪たちのパワーバランスの事も考えなきゃいけないし、もし均衡を崩しただけでもダメだったらどうしようもないしね」

色々と考えた末に、イオはそう言って、彼女に笑いかける。

 

――だが、イオは気づいていなかった。

 

 身近な存在の中に、この世界に来てから一番彼の料理を食べているであろう存在の事を。

 彼は、気付くべきだった。

――真に、警戒すべき存在がいると言う事を――

 

――――――――――

 

――それは、闇の中において蠢いていた。

 魔法の森において、瘴気というのは実のところ妖怪たちにとっては一種のえさになる。淀んだ気というのは人の感情が生み出すものと酷似しているためだった。其れがなぜ妖怪たちにも危険なのかと言えば、端的に言って『お腹がいっぱいになって気持ち悪くなる』のと同じようなものなのである。 

 魔法使いにとっても、この瘴気は同じような理由で魔力をふんだんに感じられる場所であり、自身の魔法実験にも応用しているのであった。

 

閑話休題。

 

 さて、そんな魔法の森の中において、黒く、光さえ通していない闇の塊が存在した。球体のように見えたり、或いは煙のように立ち上っていたりと、その姿は千変万化しているが、何れにせよそこに何かがいる事は確実である。

 

『――うーん……これ、取るのがめんどくさいなぁ』

 

ふと、日中にありながら闇に包まれている魔法の森の中、場違いな子供の声が響いた。

 どうやら、闇の塊の中から聞こえてきているようで、それ以外からはそれらしきものさえ見えない。

 

『……うんっしょっと……やっと、とれたのかー』

 

一体、何が取れたというのであろうか。

 小さな少女の声と思しきそれの気配が、一瞬にして強大なものへと変貌した。

 普段、共に暮らすとある青年に見せているその妖力とは桁違いのそれに、魔法の森、そして周辺に存在する普通の森から、動物たちがどんどん逃げだそうとする。

――だが。

 

『――お腹、減ったなぁ――』

 

ザクン!

 切り裂かれるような音と共に、一瞬にして魔法の森近辺の森にいた鹿が、ぐちゃり、と生々しい音と共に倒れこんだ。

 見れば、首筋の部分があり得ないほどに深々と切り裂かれており、そこから流れ落ちる血が、どうにも非現実めいたものを感じさせた。

 

『――うん。鹿ゲットできた♪イオに、料理作ってもーらおっと』

 

先程まで聞こえてきた幼い少女の声はせず、何故かとある青年と同年代に聞こえる少女の声が響き、すぐにその気配が集束されていくと、元どおりの幼女の気配のそれに変わって行く。

 そして、魔法の森、そして近辺の森に平穏が訪れたのであった。

 

 

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