「え、ちょ、何処まで落ちて行ってるの!?」
ヒュゴウッ、と耳元で空気が吠えるのを聞きつつ、闇の中でイオは悲鳴を上げた。
「っ、くそっ!!」
何とか身を起こし、体勢を整えられたと感じたその瞬間。
――彼は、暗い何処かの森の中に立っていた。
「………は?」
立て続けの不思議現象に、どうにも思考停止に陥りかけたものの、慌てて首を振る事で追い払い、正気に戻る。
と、そこでようやく辺りを見回せるようには余裕が戻り、警戒を伴った表情で辺りを見回すと、
「……なんだこれ……」
奇妙な植物や、捩れ曲がった樹木。
さらには、妙に大きいキノコ類が点在している事に気づき、再び思考停止に陥った。
だが、世界はイオをそのままにはしておかない。
「――っ!?不味い、此処変な魔力が……!?」
妙な魔力を感知すると共に、体が動かなくなっていこうとする状態に、イオは危機感を覚え、中央に浄化を意味する古代文字を刻んだ、五芒星を中心に二重円の魔法陣を組上げると、
「祓え、『浄化(クリア)』!!」
体内の異物感と、周囲の異変をまとめて取り払った。
「はあ……はあ……」
(――危なかった……多分、あのキノコの胞子……あれに幻覚を伴う魔力が籠ってたんだろう。……すぐに、この森を出ないと命に関わる)
やっとの思いで息を整え、足早にその場を立ち去ろうとする。
しかしそこへ、
「……お前、食べられる人類?」
この危険な森に不釣り合いな、幼い少女の声が響き渡った。
(――!?)
思わず驚愕の表情になりながら、それでも腰に括りつけられた三振りの内の一本を抜き放ち、声がした方角へ体を向けた所で、
「……え、君……誰?」
困惑と混乱が、彼に襲い掛かる。
それもそうだろう。
なにせ、目の前にいたのは魔物でも何でもなく、金色のショートボブカットに紅いリボンでちょっぴりポニテにした、少女がいたのだから。
「んー?私?私はルーミア。……ねえねえ、食べられる人類かって訊いてるんだけどー?」
「――は?何を言って……――――!?」
変な事を訊く。
そう思えていられたのは一瞬だった。
突如として襲い掛かってきた黒く大きな球体。
とっさに大きく跳び下がらなければ、その餌食と化していた事は疑いなかった。
やや、むっとした様子で目の前にいた少女――ルーミア――が、
「むー、逃げるなー!」
「あはは……おかしなこと言うね君。……いったいなんなんだい君は」
もはや、イオは目の前の少女を人間として見る事は出来なかった。
魔物と相対している思いで、ただただ――――身構えるのみ。
「さっきも言ったでしょー?私は、『宵闇の妖怪』ルーミア。お前、美味しそうだから――食べてもいーい?」
そんなイオに、目の前の少女はただただ楽しそうに……ようやく、食事にありつけるとばかりに、嘲笑っていた。
――――――――
「可哀そうだけど、本気で行くよ――――!!
『蒼龍炎舞流』弐の型『緋炎』、奥義……『爆裂』!!」
裂帛の気合いと共に、脇構えから逆袈裟に大きく薙ぎ払う。
ッドン!という、空気が割れるような音と共に、イオの足もとから一直線に深い亀裂がルーミアまで届いた。
慌てた様子で間一髪でよけきったルーミアが、
「あ、あぶなかった~……もう、食べさせろー!!」
と、いらいらした様子で地団太を踏み声を荒げているが、そんなことイオには知った事ではなく、
「冗談言わないでくれよ。食べられたくないんだから」
「むー…………もう怒った。これでもくらえー!!」
――夜符「ナイトバード」――
直後。
大量の、恐らくは魔力と見られる力によって構成された、弾幕らしき物が襲いかかってきた。
交互に彼女の前後左右から、弧を描くようにして半月の弾幕がイオの方に向って飛んで来るのが分かる。
「ちょ……!?待った待った!?」
(なにあれ、魔法なのか!?)
見た事もないほどの大量の黒い弾幕に、イオは慌てて武術で言う所の瞬動を何度も行いつつよけ続けた。
――一発でも当たれば終わる。
そんな予感をひしひしと感じていたからだ。
永遠に続くと思われたその弾幕は、しばらくイオを狙って襲ってきたものの、ふとした拍子に消え去った。
「!終った。――仕方ないけど、もう、見た目がどうこう言える問題じゃない……!!」
――『蒼龍炎舞流』最終、
「ちょっとの間、眠っててもらうよ――!!」
――『終焉』――
イオの姿が消え、一拍置いてルーミアの背後に現れた直後。
彼女の体から、無数の打撃音が響き渡った。
「――!!か、は……」
声無き悲鳴の後にどさりと倒れた彼女を尻目に、イオはチン、と軽やかに刀を納めると、ようやく安心したように大きく息をつく。
「――ふぅ……あ、危なかった~……ラルロスと闘技大会で戦った時のこと思い出したよもう」
バクバクと心臓が鳴るのを抑えつつ、かつてクラム国で行われた闘技大会で、親友の魔法使いの青年との決戦の時を顧み、
(よく生きていたなあ、あの時)
などと、黄昏れた。
あの時ばかりは、本気になったラルロス――親友の事だが――が、トラウマになるくらい怖かったことがしきりに思い出される。
「……ほぼノータイムで放たれる古代級魔法はやばすぎだって」
ずーん、と音たてて落ち込みながらも、疲れからその場に倒れたいのを堪え、辛うじて現在地がかなり危険そうな場所であったことを思い出した。
同時に、そこで倒れ伏している彼女の事も思い出し、少し悩んだ素振りを見せた後、彼女を背負う事にしたのか、よいしょ、の掛け声とともに抱き上げると、その場を立ち去ったのであった。
―――――――
「……お、やっと抜け出せたかな?」
背後に広がる、今までいた不気味な森を尻目に、イオは大きく息を吐いた。
あれからというもの、体感にして二時間ほど歩き続けた彼は、不気味な森から一転して穏やかな、それでいて暑さを感じさせる木漏れ日照らす森に来ていたのである。
どうやら、ジルヴァリア大陸のゴルドーザ大樹海周辺と季節が異なっているようで、初夏に近い気温と、そこはかとなく涼しさも感じられる気候だった。
「ん~……何処なんだろ此処。あっちからどっかに転移したのだけは分かるんだけど」
ぶつぶつと、誰も聞いていないのを幸いに呟きながら、ルーミアを背負い直す。
彼の世界でも、転移するという事はさほど珍しくはない。
ただ、その技術はまだ発見されたばかりであり、更にそんなに遠くまでは行けない仕組みであることだけは確かであった。
なのに、こうして季節の違いを感じさせるほどまで、遠くに来てしまっている。
「……いやいや、あり得ないでしょうに」
一瞬、脳裏に浮かんだある言葉に、イオは思わず苦笑して首を振った。
(まっさか、此処が異世界だなんて)
誰が聞いても非常識だと言うであろうその言葉に、笑ってしまう。
そのまま、道ともいえないような森の中を、体力を温存しながら歩き続けたイオは、ふと、出口らしき光が前方にある事に気づいた。
「やれやれ、ようやく人里につけるかなあ」
木の根が犇めく地面を歩きつつ、森から出たと感じたその時である。
「……なんだこれ、なになに……『香霖堂』……?」
森のすぐ近くに建てられたその妙な建物の名前らしきを読み上げ、イオは首をかしげた。
その建物の入り口近くで、人間大の人形のような物や、よく分からない道具に壺、そして傘のようなものさえある。
「……いや、ほんとなんだろ此の、店……?」
想像もつかないその建物に、イオはルーミアを背負いながら不思議に思うのであった。
相変わらずの、物書きの難しさ。
どうもこんにちは上田幻です。
楽しんでいただけたら幸いです。
ではまた。