東方剣神録   作:上田幻

30 / 77
ハーメルンよ
わ た し は か え っ て き た

……すみません、色々と切羽詰ってたのでネタに走りました。
あ、それと新年あけましておめでとうございます。
……すっごい後になりましたけど。


第二十八章「偽月の夜に舞うは人妖の舞踏」

――イオ=カリスト一行。

 優雅に空を浮かぶのは、その一行の主たる博麗霊夢。

 『空を飛ぶ低度の能力』の使い手たる彼女は、その力を余すところなく行使し、平素であれば誰しも感嘆の吐息を洩らすであろう事は確かだった。

……とはいえ、当の本人はすでに寝る時間帯であるはずなのに、いきなり妖怪の賢者に引っ張り込まれたせいなのか、かなり不機嫌そうな面持ちである。

――否、実際に不機嫌だった。

「ったく、月が変だって言ってもそんなに大したことじゃないでしょう?すぐに寝る心算だったのに、如何してくれるのよ、紫」

ギン!と鋭く紫を睨みつけながら飛ぶその姿に、同行する事になったイオは苦笑しながら抑えようとする。

「落ちつきなよ、霊夢。この人だって、今回の事は寝耳に水だったと思うからね」

ねぇ、そうでしょう?

 そう言いながら、イオは何処となく目が笑っていない表情で紫を見つめた。

……どうやら、霊夢ほどではないものの、憩いの時間を邪魔された事にそれなりに苛立っているようである。

 そんな不機嫌真っ盛りな二人に、紫は何処となく慌てたような様子で、それでも優雅さを醸し出しながら笑うと、

「あらあら、そんな事を言われるとは思ってもいませんでしたわ。イオだって、一人酒はさびしいものでしょうに。他の皆とも飲めばよろしいでしょう?」

「……騒がしいのは嫌いじゃないけど、一人で飲む酒も好きなんだよ。いいだろ別に」

当初、紫に対して使っていた敬語をかなぐり捨て、イオは普段友人たちにするような言葉遣いでそう言い返した。

 その様子に、紫は少し眼を見張ってから、

「あら、もったいないわねぇ。貴方、黙っているだけでもかなりの美青年なのよ?人里で結構引っ張りだこなんじゃないの?」

「…………貴女までそう言うか。言っているだろ、僕は誰とも結婚する気はないと。その事は貴方だってよく分かっている筈だ」

何よりも幻想郷内でのパワーバランスを考えるのなら、ね。

 すっかり不機嫌そうな表情になったイオが、それ以上言われるのは避けたいのか、一瞬にして彼女たちの先へと跳んで行く。

「あ、こら待ちなさい!異変解決するのは私の役目よ!」

其の後を、慌てて霊夢が追って行くのを見送りながら、紫は静かに扇子を広げると口元を覆いながら考えていた。

(……やれやれ。頑なに、誰かを愛する事を、誰かから愛される事を拒む理由……恐らく、元の世界で何かがあったのだとは思うけれど)

幾らパワーバランスを変えてしまう存在になりつつあるとはいえ、紫はイオの事をそれなりには気に入っているのだ。彼の幸せも考える事は、幻想郷を愛するが故に住民たちも愛している彼女にとって重要な事だった。

(手っ取り早いのは霊夢と結ばせる事なんだけどねぇ)

一番中立の存在であり、かつこの幻想郷を維持するために存在する博麗の巫女ならば、紫ももろ手を挙げて歓迎するだろう。

 何せ、あの幽香との戦いの折、自らの体の特質を『調和』を司るものであると言いきっていたのだ。幻想郷内におけるパワーバランスを考えれば、彼の存在はまさしく重要とも言えた。

(だからこそ、なかなか難しいのだけど)

遅れないように後を追いつつ、紫は考え続ける。

 最近ではあの新聞記者の鴉天狗が最も接近しているであろう事は確かだったから。

(あの天狗の様子からして、自分でも分かっているけど気づいていないふりをしているわね)

関係が壊れるのが怖くて、なかなか言い出せないのだろう。

 千年も長く生きている鴉天狗でさえ、そうなのだ。

――ああ、かくも種族の違う者たちが想い合う事こそが、こんなにも難しいとは……。

「……どうにか、しないといけないわね……いつか」

パチンと扇子を閉じ、紫はスキマに扇子を放りこむと彼ら二人の後を追うのであった。

 

―――――――――

 

――一方、こちらはマーガトロイド一行。

 彼女たちはと言うと、イオたち一行と同様に竹林にたどり着いてはいたが、入ると同時に襲い掛かってきた妖精達に、いつになく手古摺らされていた。

「――ったく!どうしてこう妖精が多いんだよ!明らかに目的地此処なのに、ちっとも進まないじゃないか!」

文句を叫びながら次々に弾幕を張る魔理沙に、アリスはその援護をしながらも、

「仕方がないでしょう?異変の時はいつもそうだったじゃない」

と冷静な様子でそう返すのみ。

 彼女たちが此処にたどり着いたのは、ひとえに人里で遭遇した、満月時の白沢姿の慧音からこの場所が怪しいと聞き及んでいたためだった。

『――イオのあの魔力が今のところこの人里では感じ取れない。もしかすると、すでに誰かに言われてこの竹林に来ているかも知れないから、注意してくれ』

下手すると、命の危険があるかもしれないからな。

 真剣な眼差しで魔理沙達二人にそう言った彼女は、どうやら異変によって人里が襲撃される事を恐れてか、いつになく臨戦態勢だったのである。

 その事も加え、イオが人里からいなくなっている事も合わせて考えてみれば、魔理沙にとってもこの異変がどうやら危険であるらしい事はうすうす分かるようになった。

「くそっ、アリスちょっと下がっててくれ。一発でかいのを撃ちこむから」

魔理沙がそう言い放ち、「ちょ、ちょっと待ってよ魔理沙!」と叫ぶアリスには目もくれずにスペルカードを宣言する。

 

――恋符「マスタースパーク」――

 

 極太の光線が暗中を貫き、その途中であっさりと妖精達を吹き飛ばし、或いは搔き消していった。

 どんなもんだ、と胸を張る彼女に呆れたようにアリスが頭に手をやると、

「……初めから飛ばしているじゃない。大丈夫なの?」

といかにも呆れていますと言わんばかりの表情でそう尋ねる。

「はっ、誰に向って言っているんだよアリス。ここ最近はパチェとかにも訊くようになったからな、結構これでも絞った方だぜ?しかも、イオが作ってくれた料理のお陰で、ある程度魔力が増えてるからな。いやー、流石人里の何でも屋様様だぜ♪」

嬉しそうにそう話す彼女に、アリスは心底から溜息をついて、

「全く、未だにイオの料理に副作用があるかもしれないのに、食べ続けていられる貴女には本当に参るわ。そりゃ、私もいつも食べたくなる味ではあるけど、分からない事をそのままにするのはかなり心に来るのよ?」

ぐちぐちといつものような小言を言う彼女に、魔理沙はややうっとうしげに手で払うと、

「私にとっちゃ、ありがたい以外の何物でもないからいいんだよ。少しずつでも、霊夢の奴に追いつかなきゃいけないんだから」

きっと真面目な目つきになり、また集い始めた妖精達をにらみつけながらそう言った。

 

――あの天才の少女は、全てを軽く凌駕する故に。

 

(……アイツには負けたくない)

一方的にではあれど、魔理沙は彼女をライバル視しているのだから。

……とはいえ、生半可なことではないのは確かだった。

 何せ、大した修行もせずにあれだけの弾幕、そして実力を兼ね備えているのである。

『あん?修行?……そう言えば、生まれてこの方やったことないわね』

あっさりと、通常の人間なら努力するであろう事を放棄していながら、あの実力なのだ。

 いつもあっけらかんとして笑う魔理沙であっても、この事実は堪えた。

――だからこそなのだろうか。

 イオに作ってもらった料理が、自身の魔力という実力を伸ばせる事に気づいた後、魔理沙は何としてでも霊夢に勝つために動いた。

『……まあ、別に料理を作るのは問題じゃないし、好きな方だけど……大丈夫?僕もおんなじような修行を積んできたから分かる部分だけど、実力が高くなる時というのは、壁を超えた先が凄いしなおかつ実感も出来るようにはなってる。――だけど、それまでに至る過程というのが一番きついもんだよ?僕の親友も、僕が元いた世界では最強の魔法使いだって騒がれているけど、それでも研鑽は怠らなかったからそうなったと言うだけなんだから。しかも、才能を無駄にすることなく、ね』

だからこそ、才能が足りない人は禁呪を使ってでも強くなりたいなんて思えてしまう訳だけど。

 分野こそ違えど、最高に至った青年がそう言っていた事を思い出しながら、魔理沙は妖精達を倒し続ける。

(……アイツの優しさは、ありがたいとは思ってる。――でも、私は勝ちたいんだ)

親友だから。親友であるからこそ。

 最も時を共に過ごした仲だからこそ、彼女は霊夢に勝ちたいのであった。

 

――そのことが分かる故に、アリスは心底から嘆息する。

(……全く、そんなに焦らずとも実力はちゃんとあるのに)

魔法使いは、冷静さを保ってこそ真価を発揮することが多かったために、今の魔理沙の様子を見ているに正直じれったさしか感じられなかった。

 それでも、彼女の辿る軌跡をあの動かない大図書館と共に見ていこうと思っていたからこそ、突き放そうとは思っていないわけなのであるが。

 人形たちを使い、方々に弾幕を張りながら彼女がそう考えていると、

 

「――おやおや。こんな月の晩に何を騒いでいるんだい?」

 

 何処となく蓮っ派な女性の声が響き渡った。

 いつの間にか近づいてきていた妖力の主に、アリスは驚くことなく冷静に彼女のいる方角を見る。

 そこには、何処となく赤みがかった桃色の翼をもった、少々かっぽう着にも見えなくはない出で立ちをした、妖の少女がいた。

 見るからに「旅館の女将」を想起させるようなその少女に、アリスは少々眼を見張ると、

「……こんな時に、妖怪が出現するとはね」

と何処となく苦々しげな表情でそう呟く。

「ふん、出てきて何が悪いんだい?こんな夜なんだ、私達妖怪が最も力を発揮できる時に、部屋に引きこもっていたって何も面白くないだろう?」

(まずいわね……偽月の所為で妙に力が安定していない。まあ、それは相手も同じことではあるけれど……)

人と同じく特に影響されやすいものが、妖怪には存在していた。

 

――それは、月。

 

 人狼、吸血鬼、或いは珍しいものでは日本における桂男であろうか。

『古事記』にも、月の神である月読の尊が保食神を殺害したという記述がみられることから、月は神秘の最たるもののと同時に、陰の気が最も出る衛星であると言っていい。

 さらに付け加えるならば、その陰気を祓うのは陽の気の最たる太陽であろう。

 影、陰、翳。形こそ違えるどれもが人の忌み嫌う属性を纏ったものであり、人の陰気より生まれいでる妖怪たちにとっても、重要なものなのであった。

――故に、月に異常あれば、狂うが道理。

「どうせだったら、家でのんびり過ごしていた方が良かったんじゃないか?とりあえず、とっととそこどいた方がいいぜ?」

八卦炉を構えつつ、魔理沙がにやりと笑いながらそう挑発する。

 だが、彼女はそんな魔理沙にあざ笑うかのように切れ味鋭い笑顔を見せ、

「――はん。たかだか人間共が、妖怪に敵うとでも思ってんのかい?だったら……聞かせてやろうじゃないか『夜雀』の歌をなぁ!!」

語気荒く、それでいながら妖怪――夜雀の少女は、声を張り上げて歌いだした……!!

 

――――――――

 

――一方、イオ=カリスト一行はというと。

 誰かが仕掛けたと思しき、竹林の罠に苦しめられていた。

……いや、苦しめられていたというのは語弊だろう。

 どちらかと言えば、面倒くさいことになったとは思っていた。

「……元の世界の遺跡の家屋を思い出すなぁ」

襲い来る竹を加工した致死性の罠に、イオは懐かしさを覚えながらも切り払う。

 その言葉に、霊夢が微妙にいやそうな表情になりながら、

「なに、アンタの居た世界って、こういうのが常套手段だったの?」

と、同じく罠を霊力が籠った御札で吹き飛ばしながら、そう尋ねてきた。

 おもわず、その表情に笑ってしまいながら、

「僕たちの家にはこんな物騒な罠なんてないよ。せいぜい、警戒音とかつけて泥棒よけにしているくらいかな。こういうのが付いていたのは、大体古代人が作った遺跡にばかりあってね……いやーもう、ほんとにてこずったよあのときは」

なにせ暗号があるかと思えば、失敗しても成功しても罠が発動することだってあったし。

 明らかに殺す気でやっているとしか思えないほど、罠が発動することが多く在った。

「どうやら、本当の住人でないと解けない仕組みになってたみたいでさ、いやー、死ぬかと思ったね」

「……少なくとも、笑いながら言うものでもないでしょうに」

呆れたようにそう言うのは、八雲紫。

 彼女の場合、襲い掛かってくる罠達を隙間の中に誘導するようにして避けていた。

 相変わらずの無茶苦茶ぶりだな~と思いつつも、

「まぁ、そこまでの物が隠されている事が多く在りましたからね。何せ、古代文明を築き上げた古代人というのは凄い技術力を持った人ばかりでしてね、なおかつ、どうも自分たちの作りだしたものがいかに危険なものなのか分かっていたみたいで、大抵それを守るためのものが多かったんですよ。ま、おかげで稼がせてもらった時もありましたから、一概には悪く言えませんけど」

あっさりと盗掘まがいの事をしていたと言わんばかりの台詞を吐かれ、思わず紫の表情が引き攣る。

「……色々と、経験しているのね……その歳で」

「そうじゃないと生き残れませんよあの世界は。僕の養父で今の僕の剣術の元になった人でさえ、歳月によって体の衰えを感じたら、すぐに引退をするようにと先輩の人から言われていたと言っていた位ですから。いくらでも命の危険は転がっていました」

其れに比べて今のこういう罠を見ると、何処となく温くは感じますねぇ。

あっはっは、と笑うイオに、ぽつりと紫が一言つぶやいた。

「…………いったい、どういう教育方針だったのやら」

「少なくとも、通常の一般家庭じゃ習わないほどの、危険に満ち満ちた特訓だったと思いますよ?何せ、魔獣がはびこる迷宮に、七日七晩放り込まれた時もありましたから。剣術の特訓を始めたばかりの頃でしたから、脱出するのはかなり骨が折れましたよ。一度ならずとも死を覚悟した事もありましたしねぇ」

紫のつぶやきに、イオは苦笑しながらかつての養父の所業を思い出す。

 

『――おい。少しはましなもんになったし、今からお前を近場の迷宮に放りこむ』

『……はぁ?い、いや父さん?何をいきなり――ぐっ!?』(――ドサリ)

『ちょっ!?お父さん何をしているの!!?』

『……命がけの特訓だよ。そうでもしねぇとこいつは育たないからな』

 

そう言う会話をしていたと、ぷんぷんと怒るもう一人の家族である彼女にあとから教えてもらったのだ。

「…………ああうん。ホントに今どうして生き延びているんだろ」

遠い目になりながらつぶやいているが、その間でもイオの手は休むことなく襲い掛かってくる竹達を全て切り裂いていた。

 その様子に思わず紫が扇子を閉じ、なでなでと隙間を通して頭を撫でながら、

「……苦労してきたのね、本当に御苦労さま」

と声をかけるのであった。

 

「――イオの苦労話もいいけど……何か、いるわよ?」

 

そこへ、我関せずとばかりにいた霊夢が、声をかけてくる。

 いったん、全ての罠を焼き払ってから危険はないと判断したようで、それでも油断なく辺りを見回していた。

 そんな彼女の様子に、イオは少し不審を覚え同じように周辺を見回す。

――だが、

「……特に、何もいなさそうだけど」

「私の勘だと何かがいるのは確実よ。まぁ、幻覚を使われてるのかも知れないけど」

「……ふぅん?」

眼を閉じ、静かに集中してからイオは眼を開いた。

 

――そして、周辺の様子が激変する。

 

 今までいた、竹ばかりが密集していると思われた場所が、いつの間にかかなり開けた場所に彼らは出ていたのであった。

「はぁ……僕が気づかないほどの幻術か。ま、肉体の特性で何とか避けられたみたいだけど……」

心底面倒くさそうな様子のイオに、霊夢が相変わらず辺りを見回しながら、

「私の眼には、竹が密集しているだけにしか見えないわよ?」

「たぶん、肉体に直接作用するタイプの幻術だよ。こういう術の使い手は自分のテリトリーに気づかれないように誘導してから倒すことが多い。でしょ?そこに隠れてる、兎耳のお姉さん?」

開けた竹林の広場を、ぐるりと見渡してからの視線の先に感じるその気配に、イオは朱煉を自然体に構えながらそう尋ねる。

 

「――なんで、私がいる事に気づけるのよ……?」

 

少しして、どうにもならないと観念したのか、渋渋といったように現れたその女性に、イオは元より、紫や霊夢も自然と身構えた。

 何処か作り物めいている兎の耳に、丈夫そうな生地で出来た紺色の上着と、短めのスカート。

 そんな出で立ちで現れたその女性は、どうやら一見してイオと同年齢のように見えた。

その手には何と表現すればいいのであろうか、外見からして無骨な作りをした弩のような形をした武器があり、どうやら彼女の専門が飛び道具であると思われる。

(うん、まあどんなのが飛び出して来ても斬ればいいや)

何せ、死ぬような思いまでして手に入れた斬鉄の技量だ、たとえどんなに速く弾が来ようとも斬れる自信はあった。

 静かに闘争の意志を見せだしたイオに、相手のウサ耳女性はぎょっとしたように身をこわばらせる。

(……なによあれ。あんなのがこんな穢れた星にいるの……!!?)

どう転んでも自分が死ぬヴィジョンしか見えない事に、正直逃げ出したい心境ではあったが、彼女は目的の事を思い出し、きっとなって彼らを見据えた。

 その様子に、おや?とイオは少し感心めいた思いも載せて見返す。

 それだけでなく、

「……普通の人は僕の闘気にはなかなか耐えられない筈だけど……ふぅん、そっか」

と、何かに気づいたような発言をした後、

「――二人とも、先行ってくれる?この人は僕が相手しておくからさ」

そう言って紫達に目を向けた。

 その言葉に、紫は閉じていた扇子を広げながら口元を覆うと、

「……大丈夫なのね?」

「あはは……誰に言っているんだい?此処にいるのは――ただの『疾風剣神』……それしかいないよ?」

ぞくり。

 舐めた口をきくなとばかりに、イオから尋常ではない迫力が迸る。

ぎらぎらとばかりに発されるその剣気に、紫はむしろ面白がるような色を眼に浮かべると、

「――行きましょう霊夢。私達は一刻も速くこの夜を終わらせなければ」

「はいはい。じゃ、イオ……後でね」

「うん、すぐに行くよ……この人を、倒してから、ね」

くすくすとイオは笑いながら、霊夢は面倒くさそうな何時もの表情で、彼らは別れようとした。――しかし。

 

「――させると思っているの!?」

 

何かが弾けるような音と共に、イオの知覚に何かがものすごいスピードで飛んでくるのを感じ取ると同時だった。

 

「――邪魔はさせないよ」

 

金属音と共に、彼の朱煉が唸りを上げる。

 動きのないまま、それでいて全てを切り裂かんとした音が聞こえた事に、相対する女性はその紅い眼を見開き……すぐさま、次の行動に移った。

「っく!食らいなさい!!」

「……だから、邪魔させないって言ってるだろ?聞こえなかった?」

パパパッと彼女の持つ何かから火が飛び出ると同時に、イオの感覚にまた飛んでくるような気配がした為、すぐさまそれらを切り裂いていく。

 撃ち続ける彼女の脳裏にはただ、

(なんで……なんで、撃ち落とせるのよ……!?)

その驚愕の思考のみが存在していた。

彼女が教えられてきた常識の中において、人間は「銃」と呼ばれる概念の存在を知らない筈であり、その故にその弾丸をも切り捨てる者などもってのほかである。

 だからこそ彼女はその恐怖におびえるのだが……口に出した、言葉が不味かった。

「ば……化け、物め……!?」

「……あのさ。訳も分からず、襲い掛かってきておいて何それ?ねぇ……馬鹿にしてるの?」

「――っ!!?」

指向性を伴った剣気。

 あるいは、怒気を伴った殺気であろうか。

 とんでもない勢いでぶつけられたその感情の気迫に、女性は思わず息がつまり、がくがくと膝をふるわせた。

 既に、紫達二人の姿は竹林の奥へと消えており、場はイオと兎耳の女性しか残されていない。

 小説などの創作物ならば、あとに残された闘う人物が死ぬといういわば死亡フラグのようなものが建っていると言うが、生憎ここには剣を極めた剣神のみしかいなかった。

――ゆえに。

「……はぁ……幻術を使うみたいだから警戒してたのに、あっけなかったや。ま、いいか……じゃ、さようなら」

ちゃきり、と刀たちを鞘におさめ、イオは恐怖のあまりに動かなくなった彼女を放ると、霊夢達を追う為に動き出した。

……だが、すぐにその足が止まる。

「……まち、なさいよ……!」

「…………驚いた。あの状態から持ちこたえるなんて」

心底から驚いたような表情で、がくがくと震えながら立ち上がった彼女に、イオはそう呟いた。

 その言葉に、彼女ははっと笑い声を上げると、

「――あいにくと、譲れない物があるのよ……アンタを倒して姫様を守らなきゃ、いけないんだから……!!」

「……ふぅん、そっか。守りたい人、いるんだ……そっかぁ……」

だったら、僕もその意志に敬意を示す事にするよ。

 ちゃき、とイオは再び朱煉を構えると、静かに彼女と相対する。

「……うん、そうだね。名前を言うつもりもなかったけど……気が変った。――二刀流、『龍皇炎舞流』が開祖にして当主、イオ=カリスト。異名は『疾風剣神』……貴女の、名前は?」

「ふん……鈴仙・優曇華院・因幡(れいせん・うどんげいん・いなば)。月の兎にして、至高の賢者八意永琳(やごころえいりん)の弟子よ!異名はないけど……私の能力は、『狂気を操る程度の能力』!アンタの狂気を、操ってみせる……!!」

「――やれるものなら、やってみなよ。初撃は君に譲ってあげる……!!」

遠き異世界より来たりし青年と、遠き星より来たりし少女が今、ぶつかりあう……!!

 

――――――――

 

『――妖夢よ……お前には、全てを教えた。あとは、己が力のみで昇華せよ』

……竹林を主と共に飛びながら、妖夢は考え事をしていた。

 むろん、その間にも異変の影響か襲ってくる妖精達をどんどん切り捨てながら、である。……傍から見ていると、正直恐怖が湧いてくるような図であったが。

「……あらあら、妖夢?気が散っているわよ?もっと前を向いて飛びなさい」

くすくすと、考え込んでいる妖夢に笑いながら、妖夢の主――西行寺幽々子がそう声をかける。

 その声ではっと我に返り、妖夢は慌てて、

「も、申し訳ありません……少々、考え事をしていたので」

すぐに、任務に戻ります!

 言葉と共に、一瞬にして彼女が主よりやや離れた場所に飛んでいくと、どんどん邪魔になりそうな妖精達を切って行った。

 その様子を見送りながら、幽々子は幽玄漂う扇子を広げ静かに自身を扇ぐ。

(……ふぅ。イオちゃんとの戦いが後を引いているのかしらねぇ?もしくは、あの子が種族を変えた事を気にしているのか……何にも言ってくれないから、本当に困るわぁ)

思いつめたような、張りつめたような、そんな表情を浮かべた可愛い従者に、彼女はこっそりとため息をついた。

 正直、彼女には普通に笑っていた方がいいし、慌てたり怒っていたりしている姿の方がよっぽど似合っていると思う。

 そっちの方がよほど生き生きとした表情だし、なにより女の子らしくあっていいと思うのだが。

(……当の妖夢本人は、その気配さえない、と)

やはり、無理やりにでもイオとの縁談をまとめるべきだろうか。

 あの穏やかで優しい心根の青年ならば、生真面目な性格の妖夢でももらってくれそうではあるのだが。

(紫に駄目だしもらったしねぇ……はぁ、本当にままならないわ)

――その瞬間、竹林のどこかでくしゃみをする音が聞こえた気がした。

(……あら?気のせいかしら……そういえば、この月なのに紫の姿を全然見かけないわねぇ……もう先に来ているのかしら)

おっとりとした笑顔を浮かべつつ、生物を否応なく死へと誘う蝶を自分の周辺に舞わせる。

 冷たい色をしたそれらが、偽りの月光でぼんやりと幻想的な光景を生み出すのを見ながら、幽々子はふよふよと漂うようにして、妖夢のあとを追って行くのであった。

 

―――――――

 

「――まったく、面倒以外の何物でもないわね、この迷宮は」

かなり苛々とした様子で、レミリアがそう言葉を吐き捨てる。

 その様子に何時にないほど緊張した様子の咲夜が、

「おそらく……今宵の偽月がこの竹林の迷宮化に影響を及ぼしているものかと。あとは、術者自身がこの竹林を迷宮化したとも考えられますわ」

レミリアの羽が空気を打つ音と共に、竹林内の高いところを飛ぶ二人は、妖精達を撃ち落としたり、或いはよけたりすることで、この、自然にありながら不自然に生み出された迷宮を進んでいた。

 ごく偶に、妖怪化したものであろうか、大きめの蟲が襲いかかってきたりもしたが、所詮は雑魚妖怪であり、彼女達の進路を阻むものはいないに等しい。

 だからといって、この迷宮を抜け出せている訳でも何でもないのだが。

「……はぁ。とっととこの無粋な物を取っ払いたい気分なのだけど。あの娘にも、悪影響になってしまうし」

家族を案じるような表情で、レミリアがそう呟いた。

 

――彼女の妹、フランドール=スカーレットは、本来であれば地下に長く閉じられていた筈の存在である。

……なぜならば、彼女は霊夢達、そしてイオに会うまでは狂気に彩られた生涯だったのだから。

 彼女の持つ『あらゆるものを破壊する程度の能力』、そして、狂気という精神の問題……それらが絡み合えば、どうなるのかは自明のことであった。

『ウフフ……みんな、みんなコワレチャエ――――!!』

泣き笑いのような表情で叫びながら、全てを壊すかのように暴れる様は、この幻想郷に来る前にも、否、彼女が生まれた時から共に在ったものなのである。

 今思い返しても、あの時のフランドールほど痛々しく、そして恐ろしいものはなかったとレミリアは考えていた。

(……だからこそ、この幻想の里に来る事を決意したのだけどね)

レミリアが持つ、『運命を操る程度の能力』。

 その力は、見ることだけに留まらず……操る事さえ、可能な代物なのだ。

――さてここで一つ問いを挙げてみるが、一概に運命と言うとどういうものが言えるであろうか?

 辞書によれば、『人間の意志を越え、人間に幸福または不幸を与える力を指す。また、そのような力によって並び起こる巡りあわせのこと』とある。

 巡り合わせというなら、一つ、たとえを出すとすると、

『起こり得なかったもう一つの世界』

と言えるのかも知れない。

 並行世界、異次元。言い方はそれぞれであるが、『今この時、この場所ではない何処か』、『自分という個体の名を持ちながら、それでいて差異を見いだせる』そんな世界。

 レミリアの能力は、その世界を引き寄せることが出来る能力であると言えた。

――全ては、可愛い妹の為に。

 その思いで何とかこの世界に来るまでの、運命線とも呼べる代物を引きずり出し、彼女の狂気に彩られた運命を変えようと動いたのであった。

(……おかげで、何とかフランが普通の状態になってくれたわ……霊夢達は勿論、イオにも感謝しないといけないわね)

元々、レミリアが依頼をしてからというもの、イオが図書館の警護に来るたびに弾幕ごっこをやっていたのだが、彼があの三日置きの宴会騒ぎで龍人という種族に変化したことにより、ますますフランと長時間にわたって戦えるようにまでなってくれたのだ。

 正直、イオが此処に来る事を止めてしまうのではないかと危惧した事もあったが、彼はそんな自分たちの思惑をよそに、警護に来るたびにフランの相手をしてくれた。

 御蔭さまで、フランの調子はどんどん通常の吸血鬼のそれと変わらぬものになりつつある。

 とはいえ、今回の偽月騒ぎのように、吸血鬼にとって重要な存在に異変があると、フランの様子がおかしくなってしまうため、今夜だけは血の涙を流す勢いでフランを地下に幽閉せざるを得なかった。

 恨み事を言われてもおかしくないことではあったが、フランはあの無邪気な笑顔で、

『帰り、待っているからねお姉さま♪』

と言ってくれたため、その笑顔で完全に奮起して出てきたのである。

「――咲夜?とっとと終わらせてあの子の元に帰るわよ」

「――仰せのままに。マイマスター」

 

『――行かせると思う?』

 

ぞわり。

 唐突な妖力の発生と共に、あたりにざわざわと気配が満ち始めた。

「……邪魔が現れた、か。とっとと出て来なさい……場所が丸わかりよ」

ヴヴン、と幾つか槍の形をした紅き魔力弾を形成しつつ、レミリアがとある一点を見つめながらそう告げる。

 すると、見つめていた先に存在していた茂みから、月夜に紛れて黒い影が飛び出してきた。

「……僕の仲間に手を出しておいて……なんで、そんなに平然としていられるのさ?」

その言葉にこもるは、激烈な怒気。

 くるりとまかれた、緑色の頭上にある二本の触角を震わせながら怒りが籠った視線を向ける、一見して男のように見えるその存在に、レミリアはふんと鼻を鳴らしてから、

「あいにくと、貴方の仲間にあった覚えがないわ。それより、そこをどいてくれるかしら……やらないといけないことがあるのよね」

ずずず……とレミリアの中に存在する妖力をどんどん引き上げながら、彼女は高位の妖怪らしく傲慢にふるまった。

 だが、その気配を感じながらも目の前にいる存在はけしてひるむことなく、逆に目つきをどんどん鋭くさせていく。

「……戯言を。僕の仲間の蟲達を、吹き飛ばしているのは分かっているんだよ!!」

「あら、なんだ……貴方、蟲の妖怪なのね?道理で、妙に覚えがあるような妖力の気配をしていると思ったわ……ま、確かに道中で襲ってきた蟲達は全部返り討ちにしたけど」

 

――で?それがいったいなんだというの?

 

「…………本気で、そう言っているの?」

愕然とした様子で、何処となくイオを思わせる中性的な声でレミリアの前にいる妖怪はそう尋ねたが、レミリアは黙したまま語らず。

 その様子に、本気で何も感じてはいないのだと彼――あるいは彼女であろうか――は感じ取り……今度こそ、激怒した。

「……ふざけるな。ふざけるなふざけるなぁあああ――!!!!」

爆発的な妖力の高まりとともに、妖蟲は名乗り上げる。

「――『闇に蠢く光の蟲』、リグル=ナイトバグ!アンタを……殺してやるっ!!」

「……はぁ。咲夜、下がっていなさい。コイツは私が相手をするわ……『永遠に紅き幼い月』、レミリア=スカーレットよ」

存分にいたぶってから、吹き飛ばしてあげる。

 

――蟲の大群と、紅魔の吸血鬼が、激突する――――!!

 

――――――――

 

「――!幽々子様……どうやら、敵が現れたようです」

「ええ、そうみたいね……あら?」

「やれやれ……のっけからこんなヤバい奴等と戦う羽目になるなんてね」

妖夢が身構える先に、どことなく皮肉気な笑みを浮かべた、イオと対戦している鈴仙とは別の兎の女妖怪が、月下の元で竹に寄りかかりながら立っていた。

 全体的に桃色で統一されたその服装は、何処かで泥遊びでもしたのであろうか、薄らと汚れている部分が散見できる。

 最も、彼女は現在の自分の服装がどうなっているのか気づいていないのか……泥に汚れていながら、かなりあっけらかんとした態度で、

「全く、お師匠様に言われて防衛にやってきたのにさぁ……で?あんたたち、何者だい?見るからに寒そうでこっちまで凍えそうなんだけど」

冷たい色を放っている妖夢たちに、そう言って兎は寒そうに身を擦った。

「……普通、名を訊くならば自分から名乗るべきでは?」

静かな面持ちでそう妖夢が指摘すると、彼女ははっと嘲笑うような声を上げ、

「それもそうだ。――『幸運の素兎』、因幡てゐ。一応、この竹林にいる兎達のボスをやっているよ。これでいいかい?」

「……『半人半霊の庭師』、魂魄妖夢です。そこを……どいていただけますか?」

「あらあら、妖夢……私の事、忘れているわよ?」

おっとりと笑いながら妖夢の主たる彼女がそう告げると、妖夢ははっと我に返り、

「も、申し訳ありません、幽々子様。すぐに対処するものとばかり……」

「落ちつきなさい。いまなお、この偽月の夜は続いているわ。そろそろ、かなりの時間に及ぶ筈なのにね……まぁ、多分紫がやってくれたことだと思うから、そんなに気にしていないけれど」

そちらの方は、どうなのかしらねぇ?

 扇子を広げて口元を覆いながら、幽々子は流し眼で兎の妖怪てゐを見ながら、

「『幽冥楼閣の亡霊少女』、西行寺幽々子よ。少し訊きたいことがあるのだけど……いいかしら?」

と、普段の穏やかな声音のまま彼女に問いを発する。

 その言葉に、

「……?ま、この偽月の夜を引き起こしたのが誰なのかって質問なら、私は答えるつもりは毛頭ないよ?」

「いやねぇ……そんなの、分かり切っている事じゃない。私が聞きたいのはそう言うことじゃないのよ」

 

――貴女……おいしそうだとか、言われないかしら?

 

「……はぁあ?」

「……あの、幽々子様?もしかして……」

素っ頓狂な声を上げるてゐをよそに、完全にいやな予感がした妖夢が恐る恐る主にそう尋ねると、彼女はおっとりと笑ってから、

「ええ、この異変が終わった後の宴で、月を見ながら兎鍋と言うのもいいかと思ってね」

と、扇子を持ったままいかにも楽しそうにそう言った。

 ずざざっと後じさりする音と共に、てゐが恐怖の表情を浮かべながら、

「あ、あんたいいいいったい私をどうするつもりだい!!?」

と、完全におびえきった声で二人に詰問する。

「あら?文字通りの事よ?だって、貴女本当に美味しそうなんですもの……(ジュルリ)」

完全に捕食する肉食動物の眼になった幽々子が、ぎらぎらとてゐを見つめながらつぶやいた。

 よだれまで垂らしている辺り、どうやら本気でそう言っているのが丸わかりである。

「……幽々子様、流石に人格ある人妖まで調理したくないのですが……」

流石の妖夢も、てゐの事が哀れに思えたのか、苦笑しながら彼女を押し留めようとするが、

「えぇ~嫌よ。あ、そうだわ。だったらイオに頼もうかしら♪」

「ヤバい、この人本気で言ってるよ……!!」

ぽん、と両手を鳴らしつつ言うその姿に、本格的に逃げの姿勢に入ったてゐが戦いたようにそう呟いた。

主人の意志が全くもって変わらぬことに、慌てて妖夢が、

「イオも、流石にそれはしないと思いますよ?」

どちらかと言えば、竹林にいる兎より野原にいるような兎を狩って作る方が、余程現実的です。

 完全に戦る気を失っているのか、妖夢が引き攣った表情でかちゃりと納刀しながらそう提言したが、主の様子は依然として変わらず、女性としてははしたないくらいよだれを垂らしながらてゐを見つめている。

(――うん、逃げよう)

永く生きている妖怪であるてゐだったが、他の妖怪と比べてはるかにてゐは弱かった。

 通常、妖怪・妖獣と言う存在は、永く生きれば生きるだけの力を得ることが出来る存在なのだが、てゐに関してはその法則が当てはまらなかったのである。

 妖力だけにとどまらず、膂力においても。

 故に、弱いがために身につけた本能的な部分で、

『三十六計、逃げるにしかず』

の名言の通りに遂げようと動き出したのであった。

 幸い、この辺りは完全に自分のテリトリーであり、仕掛けた罠も致死級のものから、いらっとくるような罠まで盛りだくさんに仕掛けてある。

(そちらのほうに誘導しながら、私は逃げるとするかね)

どちらかと言えば、てゐは前に出る方ではなく後ろで采配を振るうか、後方支援しかできないタイプなのだ。こういう手合いでやっていけば、奥の方には行かせてしまうとしても、かなり時間がかかるであろう。

 そう考え、てゐは静かに足を動かし――逃げた。

「――あ」

「こら妖夢、あの子を捕まえなさい!」

余りの事に硬直する妖夢に、主から叱責をかけられる。

 慌てて刀を再び取り出した妖夢が、イオも使用する瞬動にててゐを捕まえようとしたその時であった。

「――っが!!?」

横からの突然の衝撃に、対応できずに彼女は吹き飛ばされる。

「!?妖夢!!」

どさりと倒れた彼女に、慌てて幽々子が駆け寄り容態を確かめた。

――所で、傍らにある巨大なあるものに目を奪われる。

「……竹?」

 

「いやはや、うまい具合に罠に引っ掛かってくれて助かったよ。さて、これでアンタの要望を聞いてくれる従者はいなくなったわけだ」

 

「…………貴女がこんな真似を?」

ちゃっかり元の場所に戻ってきていたてゐに、幽々子がぎろり、と亡霊本来の恨みつらみ籠る視線を向けた。

 余りの迫力に、妖怪となれどあくまでも生者の範疇でしかないてゐは内心震えあがる。

 殺気、そして生気を失わせるかのようなその迫力は、確かにこの幻想郷における実力者としての貫録があった。

――だが、やはりそれでもてゐは退くことを良しとはしない。

(……はっ。鰐のときだって、だまくらかして何とかやっていけたじゃないか。何をビビる必要がある。こんなの、いつも悪戯しているのとかわりゃしない……!!)

覚悟を決めた弱者と、ただ己が可愛い従者を傷つけられた亡者と。

 今、此処において戦いは始まった。

 

―――――――

 

「――食らいなさい!!」

鈴仙が、突如として幾つにも分たれ、全方向から弾幕が張られる。

 おそらく、能力を用いて自分の姿を分身させているかのように見せたのであろう。

 

 こうして、イオと鈴仙が戦うまでにあたり、まずイオが考えていたのは、

 

『この幻術めいた能力が、何処までの事が出来るのか』

 

であった。

 こうしてみる限り簡単な分身めいたものを出現させて、対象を幻惑させるが為の事は出来るようだが、それはイオにとっては少しも脅威ではない。

(全部、切ってしまえば済むことだしねぇ)

だが、もしも彼の考えている事が当たっているならば……。

 

 と、そこへ突如として何もない方角から弾幕が襲いかかってきた。

「おっと……やっぱりか。鈴仙さんだっけ?君の能力……どうやら自分を見えなくさせる事も出来るみたいだね?」

(っく!?もうばれたの!!?)

そう。狂気を操るという事は、対象の五感でさえも狂わせることが出来ると言う事である。

 おそらく、彼女の実力がイオと同等のものだったならば、確実に殺ることができる代物であることは疑いなかった。

「やれやれ……相手が悪すぎたんだね……安心しなよ。多分、僕と霊夢ってさっきの巫女の子なんだけどさ、それ以外の人間は絶対かなわない能力だと思うよ。僕の場合、もともと肉体に備わっている特性が特性だからさ」

それに、眼が基準になっているみたいだからね。

 自身も同じように魔眼と言う強力な物を扱うだけに、その弱点も特徴も分かるイオと言う存在は、恐らく彼女にとっては最悪の相性であろう。

「あえて言うけど……僕にとって、相手が見えないなんてことはさほど重要じゃないんだ。どちらかと言えば素人が突拍子もない行動で動くのに驚かされるのが苦手なだけで、君みたいに何処かで訓練されたような動きと言うのは、武を極めた人たちにとっては読みやすかったりするよ?」

 

そう、君が今襲いかかろうとしている事まで、ね。

 

今まさに、竹林の広場中央にいるイオに襲いかからんとしていた鈴仙が、その言葉に思わず足を止めた。

(だ……大丈夫。見つかるわけない。五感だって、全部狂わせて私がいないと思わせている筈……!)

念には念を入れて、周りの竹林の中にいくつかダミーの気配がするようにしておいた以上、絶対に分かる筈がないのだ。

「……今、君はこう思っている筈だ」

 

――絶対に分かるはずないって、さ。

 

「残念だけど……周りにある気配、全部偽物だってことは分かってる。生憎と、人の気配についてはさんざん養父さんに叩き込まれたからね……感じられる気配は、全部作り物めいたものばかりしかないよ。そんなのに関わる気は毛頭ないし、どうせ罠が仕掛けられてるだろうからね」

そこ……いるんでしょ?

 正確に鈴仙が居る方向へと金色の眼を向けたイオに、心底から鈴仙は恐怖した。

「ぁぁぁあああ……!!!」

連続して破裂するような音と共に、鈴仙がイオに向って発砲する。

 続けざまに指で鉄砲の形を作り、恐らく霊力と思しき力で弾幕を張って行く念の入れようだった。

 

――しかし。

 

「……やれやれ、全然かすりもしていないよ。初撃譲るって言ったのになぁもう」

はぁ……と深いため息をつきながら、イオはようやく現れた鈴仙に向ってそう告げた。

 その身には何一つとして傷はなく、それどころか服に汚れさえ付いていない。

「……なんで、なんでアンタのような存在がいるのよ。アンタなんか、月にいたときには全然見かけなかったのに……!!」

「……?ねぇ、何か勘違いしてない?元々、僕は此処の住人なんだけど」

正確に言うと、この世界の、だけどね。

 支離滅裂な事を言い出した彼女に、イオは訝しげな様子だったものの、そう言って、言葉を聞き茫然としている彼女の傍を離れようとした。

 だが、すぐに肩をつかまれ、思わず前にのめりかける。

「……なに?とっとと霊夢達の後を追いかけたいんだから離してくれると助かるんだけど?」

「――この世界、って何の話をしているの?私、貴方が月からの追手だと……!」

焦ったようにそう問いを発する彼女に言われ、イオはまたか、と面倒そうな顔になりながら、

「あいにくと、僕は何処にも所属した覚えはないよ。兵士になった覚えも、ね」

ていうか、そもそも襲い掛かってきたのはそっちじゃないか。

 やや苛々としてそうイオが詰問すると、彼女は突如、膝から崩れ落ちた。

 すんでの所で捕まえ、ゆっくりと彼女に怪我がないように落ち着かせると、イオは静かに鈴仙に質問する。

「……さっきから、何を言いたいのかさっぱりだけどさ……追手がどうとか言ったよね?なに?誰かかくまってでもいるの?そういやさっき姫様とか言っていたね」

正直、これ以上かかわりたくはなかったが、気になる単語がどんどん飛び出してきたからどうしようもなかった。

(……まさか、ね……)

そして同時に、今夜の異変が彼女の言う追手に関係しているのではないかという、その疑問。

 色々と問いただしたい内容が多かったが、それでもイオは彼女が落ち着くのを待ち続けた。

――だが、

「お、お師匠様に言わなければ……!!」

慌てたようにそう呟くのみの彼女に、イオは仕方なさそうに溜息をつくと、

 

「――何を呆けている!鈴仙!」

 

「ひゃっ!!?」

あまりの声量に思わず彼女が縮こまると、イオは真剣な眼差しになって、

「何を慌てているのか知らないけど、言ってくれなきゃ何も分からないよ?なにか僕に、相談したいことがあるんじゃないのかい?」

と穏やかに優しい声でそう尋ねる。

 その言葉に、鈴仙が思わず眼を点にさせると、すぐにイオにしがみつくようにして抱きつきつつ、

「ひ、姫様を……姫様を助けて!!」

と、彼に助けを求めたのであった。

 

―――――――

 

「……ふぅ。なっがいわね……何時になったら着くのよ」

「落ちつきなさい、霊夢。あと少しだから、ね?」

「そう言われてもねぇ……かなり、時間が経っていないかしら」

不機嫌そうな表情で、霊夢が周りの竹林を見回す。

 その様子に、紫は苦笑めいた表情になると、

「仕方がないでしょう?私もこの式を何とか解こうとしている所なのだから」

まさか、こんなにも堅固な作りの幻惑結界になっているだなんて、思いもしなかったわ。

 そう、明後日の方角を見やりつつぼやいた。

……どうやら、紫にとっても今夜の異変はどうしようもなかったものらしい。

 いつになく困っている様子の紫に、若干溜飲も下げながら霊夢は飛び続けた。

その時。

 

「――撃つと動くぜ!」

 

言葉と共に、突如として霊夢達をレーザーなどが襲いかかった。

 慌てることなく霊夢が対処し、すぐさま結界が張られてことごとくを防ぎきってしまう。

 だが、その様子を眺めながらも――妙にすすけた格好で――魔理沙は慌てることなく告げた。

「いや、間違えた……動くと撃つぜ、だ。動くと撃つ」

八卦炉を構えながらそう訂正している彼女に、霊夢が嫌そうな表情に変わって、

「ねぇ、魔理沙。いったい何なの?私、とっととこの偽物の月を作った張本人倒さないといけないんだけど」

「はっ、何言ってんだよ。そもそも夜が終わらない理由が霊夢のすぐ後ろにいるだろ?私はそいつをぶっ倒してこの夜を終わらせたいがために来ただけだぜ」

「……魔理沙?いくらなんでもそれは通じないと思うわよ?」

と、言い合いをしているその場に、魔理沙と共に来ていたアリスがあきれたような表情で彼女にそう突っ込みを入れる。

 だが、いつになく頑なな魔理沙にその言葉は届いておらぬようで、

「何だよ、私は間違ってないだろ……って、そうだ。霊夢、イオ見てねえか?アイツに手伝ってもらいたかったんだが」

「……手伝うも何も、あいつ今戦ってるわよ?なんか、みすぼらしい感じの兎のかっこした女と」

「…………おいおい、じゃあ何だ?イオはとっくにそこのスキマに依頼受けてたってことなのか?」

思った以上にとんでもないメンバー構成に、いまなお八卦炉を構えながら魔理沙が冷や汗を流した。

 そんな彼女に、霊夢は不機嫌そうに息をはくと、

「さぁね。私はすぐ眠るつもりだったのに、紫に隙間まで使われて強引に引きずり出されたのよ。アイツとは、竹林の入り口で合流して、そこからずっとこのメンバーの中にいたわ……結構、罠対策で助かったけどね」

なんせ、次から次へととがった竹とかが襲いかかって来るから、面倒だったし。

 はぁ……と深いため息をついている彼女に、魔理沙はキョトンと首をかしげて、

「なぁ、アリス……あのぶっ倒した鳥妖怪が出てくるとこ、そんな罠なんてあったか?」

「……少なくとも、貴方と同じように見てはいないわね」

「はぁ?何それずるすぎるじゃない。私達、かなり無駄な事したってわけ?」

ぎろり、と後ろにいる紫を睨みつけながら、霊夢がそう文句を告げた。

 だが、紫はそんな事はどうでもいいとばかりに扇子を広げて扇ぎながら、

「逆に考えるのよ霊夢。この道が、この異変を終わらせる最短距離なんだって」

「出来るわけないでしょばかばかしい」

 

「――ところがどっこい。その道が正しいんだよね」

 

突如としてイオの声が響き渡り、四人は思い思いにそちらの方を見やる。

 霊夢は面倒くさそうに。

 紫は胡散臭そうな笑みを浮かべつつ。

 魔理沙は変わらず警戒をしていて。

 アリスは静かに人形たちを侍らせている、といったように。

……果たしてそこには、先程まで戦っていたと思われる兎耳の女性とイオの姿があり、何やら彼の表情が真剣な色を見せている事に、この場にいた四人が気づいた。

「……よお、イオ。どうにもすれ違ってたみたいだが……何があった?」

警戒したままの魔理沙がイオに向ってそう問いを発すると、彼は一瞬目を閉じてからすぐに開き、

「――八雲紫さん。どうやら今宵の異変は……とんでもない勘違いによって起きたようですよ」

と、疲れたような表情でそう言い放ったのであった。

 




驚異の、一万五千越え。
……いつになったら、文字数が安定するのだろうか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。