東方剣神録   作:上田幻

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 はてさて、この異変の行方はいったいどうなるんでしょうか……?

ーー正直に言おう、作者もわかってない(おい


第二十九章「荒れ狂うは弾幕の嵐」

「……イオ、勘違いとは一体?私は単純に、この偽月の夜を終わらせたいがために「いや、勘違いってのはそっちの方じゃないです。今夜の偽月の異変……どうやら、僕たちの事を何処かからの追手だと思いこんだ結果のようなんです」……詳しく、聴かせてもらえるかしら?」

途中の言葉を遮ってまで言われた彼の言葉に、紫は眼を眇めてイオ、そして兎耳の女性を見つめた。

 それにイオは頷きながら、

「……この異変の発端は、そもそも此処にいる鈴仙という人が、もともと持っている能力によってある念話、というか通信でしたっけ?それを受け取った所から始まったみたいなんです」

と、この異変に至るきっかけを話しだす。

 

―――――――

 

――鈴仙の故郷、月。

 其処は穢れなき土地であると、遥か古代の神々が移住を決めた星であった。

 むろん、その事が示されている歴史書など、当然存在しない。

 現人類が発生する前に、現人類における歴史と言う概念が生まれる遥か前に、神々が生まれたからだった。

 最も、神と言うよりはイオの世界で言う所の古代文明人に近いものがあるが。

 

 月の兎である彼女鈴仙はとある家で生まれた、初めは他の兎達と同じように普通だった。すぐに、軍人として生きるようにはなってしまったが、そこで彼女の才能が発掘される。ほかならぬ、綿月という月においては名家中の名家の軍人になる事によって。

 

――軍人としての身体能力、技能、そして……『狂気を操る程度の能力』へと。

 

その技能を、忌憚なく発揮したのであった。

……だが、過ぎた力は同時に扱い切れなければ暴走する。

 その故に、綿月の二人の娘のうち、剣を主体として神降ろしを武器とする少女、綿月依姫という人物によって日々鍛えられる毎日であったと彼女は述懐した。

 

『あの時ばかりは、本当に楽しい日々でした。依姫様はもとより、その姉上であられる豊姫様にも色々と御世話になりました。いつまでもこんな毎日だと思っていたんです』

 

――だけど、そうではなかった。

 

彼女が、何時もの通りに訓練として能力を使いこなそうと躍起になっていた所に、その通信は入って来る。

 

『――総員、第一種警戒態勢に入れぇええ!!!』

 

「なに、第一種警戒態勢?どこ、何処からやって来たのよ!!?」

傍らで叫ぶ同僚の兎に、やや茫然とした様子でそれを見ながら鈴仙は震えていた。

――武者震いによってか?……否。

――困惑によってか?……否。

 

彼女の脳裏に浮かんでいたのは、ただただ、恐怖だけだった。

(ころ、殺され、殺される……!!)

闘う覚悟も、あの優しき主人たちに報いようとも思っていた筈の彼女の心は、突然降ってわいたようなこの災難に対し、逃げの心を見せつける。

 

――そして。

鈴仙は、月から逃げだした――。

 

……其れからと言うもの。

彼女が幻想郷に存在する竹林に墜落し、そして過去に重罪人として追われた蓬莱山輝夜、八意永琳の両名の月人。神代の時代より生きる兎、因幡てゐの三人に発見され永遠亭という、現在における彼女たちの拠点に共に暮らすようになったのであった。

 

――さて、徒然と鈴仙の過去の話を回想してみたはいいが、今回のこの偽月の異変にこの事がどう関わってくるのか……その事を述べていく。

 

……始まりは、鈴仙がとある念話を受信したことからだった。

 

『上層部より、『月の賢者』八意永琳。そして蓬莱山家長子、蓬莱山輝夜の両名、及び脱走兵レイセンの捕獲命令始動』

『了解、降下し目標の捜索に当たる』

 

この通信が、月の兎達によって交わされていたのである。

 さて、まず一つだけ言っておきたいのは、鈴仙の能力は〝狂気を操る〟それだけにとどまらないということだった。

 元々、彼女の能力は自然界に存在する波長を操ることが出来る能力であり、生物の五感を狂わすといった部分は、あくまでもその派生に過ぎないのである。

 さて、波長、と言う言葉が出てきたがこれは生物にとっては欠かせない大切なものだ

――光の波長がなければ、人は視界全てが暗闇の中にあり。

――音と言う空気の波長がなければ、人は聴覚全てを失い。

そう言ったように、波長が関わっているのである。

 また、ついでに言うならばイオの世界で言う所の念話、これは思念通話の略称であるのだが、これはある種脳から発生する脳波と言う波長を操る事によって出来るものであると、今日における月の技術では判明している事だそうだ(鈴仙談)。

 故に、イオが彼女と戦った際に思った、『イオと同等の技術を持っていた場合』なら、まず確実にイオを殺す事が出来る能力であるという事は間違いでも何でもなく、実際に出来る可能性があるということの証明だった。

――何故なら、高速を通り越した光速の戦いの中で、波長を一瞬でも操られてしまえばそこで戦いの趨勢を決める事になるのだから。

 

閑話休題。

 

以上告げた理由故に、彼女の波長を操る能力は、月の兎達の通信まで聞き取れてしまう仕様になっており、そこで交わされていた念話の内容がかなり重要なものだった。

 

――すなわち、八意永琳、蓬莱山輝夜、レイセン(つまりは鈴仙の事)の三人の捕獲。

 

 すぐさま彼女が永琳に相談した事によって、今回の異変が成ったということなのであった。

 

――――――――

 

「…………つまり、貴方達が壮絶な勘違いを起こした事で、私達が迷惑を被ったと……?」

ぱきり、と手の中にある扇子を余りの握力で壊してしまいながら、紫はこちらの身が震えるほどの笑顔のままで鈴仙に詰問する。

 余りに迫力が出ているその様子にヒィッと悲鳴を洩らしながらも、

「だ、だってしかたないでしょう!!?私達の平穏な時間を奪われてしまうと思ったんだし!」

「黙りなさい。……はぁ、この様子だと、イオ?貴方、この世界の結界の事を話したわけね?」

「まぁね。聞いてみればどうにも何か僕の聞いた話とだいぶ異なった部分があったからさ。この幻想郷に無理やり侵入してくるような、出来るような存在なんてそうそういないと考えてたし」

とどのつまり、そう言う事だった。

 

 彼女たちが想定していたのは、

『月の技術力によって彼女たちの居場所を特定する』

という、彼女達の常識によっての月の者たちの動きだったのである。

 しかしながら、此処は幻想が最後に来る秘境であり、八雲紫による統制が成された楽園であることが、彼女達の勘違いの元になっていた。

――なぜならば追手など入ってこれるような、そんな柔な結界などではないのだから。

 さて、その理由を挙げる前に、まず幻想郷を守る結界について述べよう。

 端的にいえば、この幻想の箱庭に存在する結界は二つあり、一つは、博麗の巫女が張る、物理的、霊的な意味での『博麗大結界』。

 もう一つは、妖怪の賢者、『境界を操る程度の能力』を持つ八雲紫によって張られた、

『常識と非常識の境界』である。

 追手がかからないというのは、実のところ後者の結界の効果によるところが大きかった。

 なぜなら、月の者たちが技術力を以てしてしまえば必ず見つかるという、彼らの『常識』を、八雲紫による結界が完全に邪魔をするのだから。

 

「……だから、早く師匠達を止めないと……とんでもない奴らがいるって!!」

「――待ってくれよ。流石に僕までトンデモ扱いはきついんだけど?」

 元々、紫に依頼されてきただけのイオが、そう言って鈴仙を押し留めた。

 だが彼女はきっとイオを睨みつけると、

「仕方ないでしょう!あなたのような、武術が極限まで振り切ったような存在がいるなんて初めて知ったのよ!?他にも何やらあり得ないほどのメンツがいるみたいだし!この分だと、師匠達まで吹っ飛ばされちゃうと思ったんだから!」

「誰がするか!ねぇ、ちょっと待って、僕の事何か勘違いしてない!!?」

自分に対する評価があまりにもひどく、ぷんすかと怒りながら反論するが、

「自業自得でしょ」

「自業自得ねぇ」

「自業自得だぜ」

「自業自得よ」

「味方がいない、だと……!!?」

がっくり、と膝をつき、失意体前屈になりながらこの世の無常を嘆くイオ。

 鈴仙との様子を見ていた四人の人妖達に揃って同じ言葉を返され、流石のイオもこれには心に来たようであった。

 先程までの戦いの気勢は何処へやら、彼らの雰囲気がすっかりコメディの空気になりかけた所で、

 

「――あら、スキマに霊夢に、コソ泥にアリス……後、イオもいるじゃないの。こんな晩だけど今晩は」

 

と、竹林の影からレミリアと咲夜が現れる。

「およ?レミリアさんたちも来ていたんですか。やっぱり、この月が原因で?」

「あたり前でしょう。妹に悪影響しかもたらさないから、私達がこうして出張ってきたんだけどねぇ……必要なかったかしら?」

明らかに一部が戦力過剰なこの面子に、レミリアが苦笑しながらそう呟くが、

「どうせ、終ったあとで皆さんで宴会すると思いますし、一緒に行きません?」

「あら、いいの?そちらのスキマが何かいいそうだけど」

「……別に、私は構わないわよ。ただ……ね」

此処まで来ると、他にも来ているのがいそうだと思っただけよ。

 扇子を閉じながら告げられたその言葉に、イオを含めた六人は思い思いに彼女を見たのであった。

 

――――――――

 

――場所は変わり、幽々子、てゐのいる竹林広場。

 今だ気絶したままの妖夢を静かに、枯れ落ちた竹の葉が多く在る場所に横たえながら、幽々子はてゐを睨みつけていた。

 余りの怒りに、辺りに眠る亡者まで触発されて目を覚まし、鬼火となって辺りを漂うようにして浮かんでいるのが、てゐがいる場所からよく見える。

 

「……はっ。何をそんなに切れてんだか。アンタの従者、大してアンタの役にも立っていないだろうに。むしろ、手間が省けてよかったんじゃないか?」

「――黙れ、畜生めが。私の従者に手を出した報いを……今、受けさせてやる」

ぞくん。

 怒りが込められた一言と共に、ますます冷気が辺りに噴き出した。

 冷酷さが極まった視線を向けながら、彼女は扇子をてゐに向け……スペルを発動する。

 

――死符「キャストリドリーム」――

 

 その瞬間、彼女を中心として幻想的な光景が、偽月の照らす光の下で展開された。

 蝶を模った弾幕が同心円状に広がり、波のごとくてゐを飲み込まんとして蠢く。その様子は流石に幻想郷の実力者としての貫録があり、かなりの攻撃、そして華やかさを備えていた。

 相変わらず背筋が凍えるような思いを感じながらも、てゐは引き攣った笑みを浮かべ、

「はっ、そんなちんけな弾幕が当たるかよ!食らいな!」

同じように、己が自信の元であるスペルを開放する。

 

――「エンシェントデューパー」――

 

放射状のまるで花のごとくに開く弾幕を中心として、後から幽々子を囲い込むようにして曲線型の橋のような弾幕を張ってきた。

 その上、てゐのいる方向から彼女を挟んで左右にレーザーが展開され、ますます幽々子の逃げ場がなくなって行く。

 だが、おりしも自身のスペルがブレイクされた状態であったために、じっくりと弾幕を見て避けるといった芸当を見せつけた。

「……この程度、か。――覚悟はできた?」

「……やれやれ、これは……死ぬかもしれないね――」

静かに覚悟を決めたてゐは、脂汗を流しながらそれでもきっと幽々子を睨みつける。

 対する白玉楼の主人はそんな彼女に、相変わらず冷たい視線を向けるだけであった。

 と、そこへ突如として、

 

「――はいはーい。流石に人死は勘弁ですよ?」

 

と、『人里の何でも屋』にして『疾風剣神』の異名たるイオ=カリストが参戦する……!

 

「……どういうことかしら、イオ。今私はそこの兎を鍋にするだけじゃなく、この世の恐怖の全てを味わってもらってから戴こうなんて考えていたのだけど」

「…………あー……そこの兎妖怪さん、いったい何したんです?幽々子さんがここまで怒っているの初めて見たんですけど。いつもは穏やかにニコニコ笑っている素敵な女性なのに」

半ばあきれたような面持でイオがてゐに向ってそう尋ねるが、彼女は彼女で突如として知覚に入ってきた異物に警戒感を見せるばかりで、態度が改まる様子がなかった。

「……アンタ、なにもんだい?気配も何も見せずに、しかもそんな鱗だらけの体しているようだし……人間かい?」

「正確に言うと、亜人種に入りますけどね~。申し遅れました、イオ=カリストと申します。此処へは知人からの頼みによって偽月の夜を終わらせようとしに来たんですけど……イレギュラーが発生したので、取り敢えず誰か戦っていないかと言うのと、けが人がいないかとか探してました」

いやー、見つかってよかった。

 ニコニコと笑いながらそう言われ、てゐは思わず動く事を躊躇してしまう。

「何なんだい、その、いれぎゅらーってのは?あたしゃ、師匠からここ護るようにと言われてんだがね」

「そもそも、ここ護る必要なんてなかったんだってことです。――先程、鈴仙さんと会いましたよ?」

「――!!?あの子に、いったい何をしたんだい!?」

自分と同じように持ち場につき、永琳や輝夜を守っていた筈のもう一人の兎の名前が出てきたことに、てゐは思いきり飛び下がって身構えた。

 余りの警戒されようにイオが思わず手を振りながら、

「いやいや、彼女には一切手を出していませんよ?戦いこそしましたけど、鈴仙さんが恐怖で自滅して倒れこんだだけです。その時、色々と御話も伺いましてね……今、その事を説明しに、この世界に住む人たちと一緒に永遠亭と言う所に向っていますよ?」

「――なん、だって?」

もし彼の言うことが本当ならば……自分たちは、とんでもない勘違いをしていたことになってしまう。

(……どうする?師匠達の所へ行けばいいのか?それとも、此処にとどまった方がいいのか?)

正直なところ、てゐは前線で戦う様な妖怪ではないのに此処にいるため、もし彼が本当の事を言っているのであれば、わざわざあの亡霊と戦う必要がないという事になるのだから。

「……確認、する為に……永遠亭に戻っていいかい?そこの亡霊さんよ」

「…………ねぇ、なぜわざわざ私に訊くのかしら?」

「仕方がないだろう。アンタの従者を傷つけたのはこっちなんだから。さっきまで戦ってたアンタに話を通す筋があると思ってね」

「……ふん、そもそもが勘違いだったんじゃないの。迷惑千万だわ本当に」

何時の間にか先程までの殺気が嘘のように消え失せ、ややむすっとした表情の幽々子に、イオは苦笑しながら、

「申し訳ないですね、幽々子さん。後はもう霊夢達がいますから、すぐに終わると思いますよ。宴会で存分腕をふるいますから、それで勘弁してもらえますか?」

となだめにかかった。

 だが、彼女は相変わらずむすっとした表情のままで、イオの方を見ると、

「……どうせだったら、貴方と戦ってみたいわね。――むろん、本気で……よ?」

「――あれ?藪蛇?」

苦笑いの表情のまま、イオの額から一筋冷や汗が流れおちる。

 瞬く間にいつものような穏やかでおっとりとした笑顔の幽々子に戻って行くが……なぜか、彼女の笑顔が思いきり黒く見えた。

 その様子に背筋に氷が突っ込まれるような感覚と共に、イオは倒れている妖夢へと向かって走り出す。

 

――だが、その進路を白玉楼の亡霊がさえぎった。

 

「あら?あらあら?何でイオは私の妖夢に近づいているの?」

ふわふわと宙を漂いながらイオに近づき、扇子で以て彼の顎をつつ……と一撫でしながら幽々子は訊ねる。

 穏やかに見えて何故か真黒な笑顔に見えるその表情に、イオはやや表情を引き攣らせながら明後日の方角を見やり、

「あ、あのぉ……幽々子さん?僕、紫さんや霊夢にすぐに戻るように言われているんですけど?」

恐る恐るながら、質問を返した。

――しかし、それに対する彼女の返答はと言うと、

「うふ、うふふ、ふふふふ……イケナイ子ねぇ、イオ。妖夢との勝負は受けたくせに、私との勝負は受けてくれないのねぇ?」

(ヤバい。地雷踏んだ……!!)

どっと脂汗を流しながらイオは自身の選択を誤った事を、身を以て実感する羽目に陥る。

「や、やだなぁ幽々子さんたら怖いですよぅ。妖夢さんが汚れちゃうから、ひとまず安全な場所で過ごしてもらおうなんて考えただけですってあはは」

「あら、そうなの優しいわねーイオ。ありがとうねぇ」

「いえいえ、そんなお気になさらず。人助けですから、ええ」

引き攣った笑顔と、真黒な笑顔。

 しばらく乾いたような笑い声が竹林に響いた後で。

 

「――じゃあ、先にこっちやっちゃいましょ♪」

 

「ああもう、逃げれると思った僕が馬鹿だった――!!」

一段とにっこりした彼女の笑顔に、イオは頭を抱えながらも絶叫したのであった。

 

――――――

 

「妖夢ごめんねぇ。刀、借りていくわよ~♪」

「――なん、ですと……!!?」

開幕一番に幽々子が成したその行動に、イオは全力で驚きながら飛び下がる。

 空中で気体を固めて足場としながらも、彼は次に幽々子が何をなそうとしているのかを見極めようとしていた。

「あら?なぜそんなに驚いているの?」

「……驚きもしますよ。いきなり従者の刀を借りて、しかも構えた時の隙が全く見当たらないんですから」

「うふふ……これでも妖夢のおじいちゃんからは免許皆伝はもらっているのよ~?」

にっこり笑いながら構えるその様子は、以前戦った際に見た妖夢の『魂魄流』のかまえと同じでありながら、その実凄みがまったくもって異なっており、イオは知らず朱煉を握りしめてしまう。

「……あの、幽々子さんと戦いたくないんですけど」

「駄目よ?逃げちゃ。さっきあの駄兎とやっていて、ちょっと体が火照って仕方ないんだから。貴方にまで逃げられちゃ、私この疼きをどうすればいいのか分からないわ」

「その実、僕をフルボッコにする気ですね分かりたくないです」

明らかに戦意が十分な彼女に、イオは今なお偽月のままの夜空を見上げつつ眼から一筋涙をこぼす。

 明らかに見え見えなイオの態度に、幽々子は黒さで一杯の笑みを浮かべ、

「さ、時間稼ぎはもういいでしょう?ほら、さっさと準備をしなさい」

「でもって結局ばれてるし。……はぁ、紫さんに連れて来られた時が運のつきだったのかなぁ……」

ぐちぐちとぼやきながら、それでもイオは眼を閉じると、

 

――気符『龍皇覚醒』――

 

 

普段、後になってから開く筈のそのスペル達を展開した。

 技が封じられたカードがヒラヒラと彼の目の前に落ちてくるのを、眼を閉じたままぐしゃり、と握りしめた後に、かっと眼を見開く。

 

――同時に、イオの全身から気のオーラが噴き出された。

 レミリア戦、風見幽香戦、そしてあの三日置きの宴会騒動から、イオのスペルと言えるこのスペルは断トツに効果が跳ね上がっており、流石の幽々子も普段の笑みがすっかり鳴りをひそめ、いつにないほど真面目な表情になっている。

「……全く、今の貴方の雰囲気は僕の故郷にいる義父さんを思い出してしまいますよ。あんなにも、勝てないと思わせるような人はもういないかと思っていたのに」

この世界に来てから、何もかもが想定外です。

 暗く紺色の夜空に映えるその金色の瞳に、静かなる闘志を見せながらもイオは、相変わらずのんびりとした普段の彼のままだった。

 その事が、何よりも彼自身の実力が跳ね上がっている事の証左であると知りつつも、幽々子は真面目な表情を崩さない。

 奇しくもその表情は、彼女の従者である妖夢を思い起こさせるような様であった。

 

「――二刀流、『龍皇炎舞流』が開祖にして当主。イオ=カリスト……参る!!」

 

「――楼観剣、白楼剣二刀流、『魂魄流』が免許皆伝。西行寺幽々子……来ませい!!」

 

二刀流の開祖と、免許皆伝たる亡者が――音高く、金属音を響かせる――!!

 

――――――

 

「――あら?この剣気……イオと幽々子かしら。(ぐぐっ)……おかしいわね……二人で戦っているみたい」

「…………はぁ?何やってんのよあいつ。『怪我してる人とかいないか、探してくるねー』とか言ってたのに……なんでそんな事態になってんのよ」

やれやれ、と首を振りながら霊夢が呆れているが、紫はなおも開いたスキマを除きつつ首をかしげたまま、

「う~ん……どうも、仕合というか、幽々子が先に手を出したみたいね。珍しいわ……普段からおっとりしている子なのに」

とやはり幽々子の反応に納得がいかない様子で、しきりに首をひねっていた。

 その言葉に魔理沙が食いつく。

「はぁ!?あののんびり大食い幽霊が?あり得ねぇだろ、イオあんなに剣を極めてんだぜ?あっという間に負ける予想しかしないんだが」

「いえ……元々、あの子は妖夢の剣術指南役の先代である妖忌から、既に免許皆伝をもらっているのよ。普段、剣を使わないだけで、十分剣聖の領域に入っているわ」

「……想像すらできないわねぇ……いつもぽや~としてるのに」

不思議そうな紫に、レミリアが何処か引き攣った表情でつぶやいた。咲夜はその後をしずしずと辺りを警戒しつつも飛んでいる。

 現在、彼女たちは鈴仙の案内によって永遠亭と呼ばれる邸宅にやってきていた。

 窓の障子から漏れ聞こえてくる鈴虫の音を耳にしながら、邸宅の外見からは想像できないほどに広くなっている、木張りの床の上を飛んでいるのである。

「……それで、その仕合の趨勢はどうなっているの?」

人形たちを傍に侍らせつつ警戒しているアリスが、その青の眼を紫に向けながらそう尋ねた。

 すると、紫が予想外な一言を発する。

 

「……かなり、予想外な事だけど……イオが、押されているように見えるわね」

 

「「「「ええええ!!?」」」」

余りの事に、咲夜、アリス、魔理沙、そして鈴仙が驚きの声を上げた。

 驚愕の表情を浮かべたアリスがぽつりと呟くようにして、

「あそこまでの剣速について行くどころか、押しているだなんて……紫、スキマで見ているのでしょう?間違いはないのね?」

「ええ……だから、おかしいのよねぇ……あんなに本気になった幽々子なんて初めて見たわ。見てみなさい、この剣速。あの子が今まで見せた動きの中では最速よ?」

ずががっ、ずがががっと奏でられる、もはや金属音通り越して破壊の音になっている彼らの現況をスキマで紫に見せられ、一斉にげんなりとした表情になる(通常の感覚を持つ)四人。レミリアはそこまでいかずとは言えその表情は呆れに染まっていて、霊夢は通常通りの態度(つまりは面倒くさそうな表情)のままであった。

 もはや、その場所は竹林にあって竹林に非ずといった塩梅であり、地表に散っていた竹の葉っぱはすでに吹き飛ばされ、地面でさえも所々どころか、ほぼ全面にわたって土がめくれ上がっている様で、どれだけの激しい戦いなのかを感じさせる。

「……私、いまだに三日置きの宴会騒動の戦いがトラウマなんだが」

思わずといったように魔理沙がつぶやくと、その言葉に他の三人がうんうんと深くうなずいた。

 だが、そんな彼女たちの様子を気にも留めることなく、紫はスキマからじっと彼らの戦いを見据えている。

 その胸中にあるのは……疑問、であった。

(――おかしいわ……いくらなんでも、あり得ないでしょう?)

境界を操るその能力で今と過去の境界を操る事により、現代の外の世界で言う所の『コマ再生』のようにして彼らの戦いを見ていたのだが……双方、怪我をしている様子が全くないのである。

 あそこまでの剣速に至ると、もはや衝撃波や鎌鼬などの真空刃が生まれていてもおかしくないのであるが。

――現に、この音で判断できるほどに、だ。

(イオはまあ、ね……あれはもうどうしようもないほどの領域だとしても、相手をしている幽々子さえも怪我していないのはどういうことなのかしら?)

しかも、である。

――髪にさえ、仕合の影響が全く及んでいないのだ。

 幾ら妖怪の賢者であるとはいえ、流石に剣の世界にまで首を突っ込んだ覚えはないため、如何してもその事実示すものに行き当たらない。

 

――だが、その均衡は唐突に崩れた。

 

 ばっと風を切るような音と共に、二人が突如として飛び離れる。

「お、おい!終ったのか!!?」

思わず声を荒げてしまう魔理沙に、こちらも動揺してかアリスが人形で突っ込みを入れながら、

「黙っていなさい!イオたちの声が全く聞こえないでしょう!」

と、スキマから漏れ聞こえてくる彼らの会話に耳をすませたのであった。

 

『――ふぅ……まさか、ここまでの剣の腕をお持ちだったとは……久しぶりに養父と戦った気持になりましたよ。どうあがいても絶望のように感じられた、あの頃の思い出が、ね』

 

苦笑の気配をにじませながら、イオは対峙する彼女に向ってそう声をかける。

 対する幽々子はひどく汗を流しながらも、

「良く言うわよ、もう……結局、そこから一歩も動かずに私の剣の威力に耐えきったんだから。……あーあ、妖忌に叱られちゃうわね……」

と、先程までの剣気が漲っていた様子から覚めたように、いつもどおりの穏やかでおっとりとした笑顔を浮かべる彼女に戻っていた。

 

思わぬ親友の言葉を聞きパチンと扇子を閉じながら、紫が思慮を浮かべ……

(その場から動かず?――まさかっ!?)

同時に気づいたある事実の確認をするために、慌てて紫がスキマを動かしながらイオの足もとを覗き見ると(当然魔理沙達に抗議を受けたがスルー)、そこにはとある異常が存在したのである。

 

――いわゆる、イオが動いた形跡のない、竹の葉で覆われた地表と言う異常が。

 

「……ちょ、ちょっと待ってくれ。いくらなんでもぶっ飛びすぎじゃないか!!?」

流石に魔理沙も周囲の竹林の様子から判断したのか、頭に手をやるようにしてそう叫ぶが、霊夢がそれを否定した。

「……はぁ、だろうと思ったわ。アイツがあんなんでそう簡単にやられるなんて想像もつかなかったし」

さ、さっさと行きましょ皆。

 見る物は全部見たとばかりに先を急ごうとしている彼女の肩を、思わず押し留めるようにして魔理沙が、

「いやいや、流石にそれだけじゃ全然分からないぜ!!?」

と抑え込む。

 その様子に面倒くさそうな表情になった霊夢が、そのまま箒に飛び乗った魔理沙と共に空を飛びながら、

「いいでしょ別に。あの三日置きの宴会騒ぎの最中に言ったと思うけど……アイツは、この私が認めるほどに、アイツが居た世界において最強の剣士なのよ?あの亡霊もやるようだったみたいだけど、多分今まで剣を置いて弾幕ばかりしていたんでしょうね……ま、当然の結果よ。これで、剣ではイオに絶対敵わないってみんなも思い知ったんじゃない?」

面倒くさそうな表情のまま霊夢がそう解説すると、思い思いの表情を彼女たちは浮かべた。

 

――レミリアは、成長したイオの剣技に思いはせ。

――魔理沙は、ぶっとんだイオの実力に頭を悩ませ。

――アリスは、はぁ……と深いため息をつき。

――鈴仙は、思わずよく生きていられたと思い。

――紫は……ひどく、厳しい表情をしていた。

 

(……これは、一刻も早く彼の将来の伴侶を決めないといけないわね……)

その胸中に、彼の子孫に渡る力の継承を定めんと欲して。

 

 

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