「……そう。そう言うことだったのね……」
「ああ。ま、俺達のやってたことがまるきり勘違いの暴走だったってわけだ」
ラルロスがそう言って永琳に向ってにやっと笑う。
一行は永遠亭の奥深く普段客を招いている部屋の中におり、思い思いにゆったりとラルロスと永琳の会話を聞いていた。
ちなみに、気絶していた妖夢は永琳に既に診てもらっており、体には問題ないことが判明している。
すやすやと眠る妖夢の表情をいとおしげに眺めている幽々子を見つつも、イオはおっとりとした表情で彼らの会話に参加した。
「それで、もう月は元に戻してもらえるんですか?」
「……そうね。私としては姫様の事が一番にあったものだから、護るためにこうしたわけだし。妖怪の賢者と言ったかしら……直ぐにこの術を止めるわ」
「ぜひともそうして頂戴。私はこの偽物の月が浮かんでいる事が我慢ならないのだから」
ツン、とそびやかしたような表情で、口元を扇子で覆いながら紫が瞑目してそう返す。
何やら妙に不機嫌そうではあるが、幻想郷を一番に愛する彼女の事だ、月が偽物と言うだけでも幻想郷を否定されたような気持になっているのであろう。
彼女の思いも何となく分からないではない為に苦笑を浮かべるイオだったが、すくっと立ち上がり、お茶などを飲みながらゆっくりとしている面々に、
「じゃ、僕先に帰って博麗神社で宴会料理作って待ってますね。色々と準備しなきゃいけませんし」
おっとりとして告げられたその一言に、ラルロスから声が掛けられた。
「お?久しぶりにお前の料理が味わえるわけだな!何か必要なのあるか?」
「……そうだねぇ……じゃ、近くの森とかに行って鹿とか狩ってきてよ。肉料理を中心に鍋でもやろうかと思ってるからさ」
月見酒ならぬ、月見鍋ってね。
ニコニコとしてラルロスに向ってそう告げると、イオは彼女たちに一礼してすぐ近くにあった庭に降り立つと、一気に空を駆けあがって行く。
その様子をのんびりと見送ってから、ラルロスはよっこいしょっと呟いて立ち上がり、
「それじゃ、俺もぼちぼち行かせてもらうとするか。永琳も輝夜も一緒に博麗神社に行ったらどうだ?後で俺もそっちの方行かせてもらうしよ。……東の方で合ってたか?」
最後の一言を霊夢に尋ねて答えを得てから、ラルロスも庭に降り立ち、フッと転移によって去って行った。
あとに残された紫達は、自由な青年たちに苦笑をしつつも、
「やれやれ……やぁっと終わったってわけね。あーあ、イオの料理が早く食べたいわ」
「私も料理を作るんだけれどね?」
「咲夜の料理もおいしいけれど、やっぱりイオの方が何かねぇ……」
霊夢と咲夜は、このところの宴会料理に対する考察を述べあい、
「そうねぇ……ほら、妖夢?起きなさい」
幽々子は妖夢をおこしにかかり、
「アリス……結局、そんなに大したこと無くて良かったよな」
「ま、そうね。にしても……今度こそ、イオのゴーレム技術が訊けるかしら」
「お前まだ諦めてなかったのかよ!?」
アリスと魔理沙は楽しそうに会話をしつつ、
「おい、スキマ。イオにこの世界にい続けてもらえてよかったな?」
「……ま、一概にいい話ばかりでもないけれどね」
紫とレミリアはなかなかにスリルたっぷりな会話を交わしている。
思い思いに動き始めたこの幻想郷の住民たちに、永琳と輝夜、そしてやっと追いついたてゐと同行していた鈴仙は苦笑を洩らしたものの、暖かい空気に包まれていたのであった。
――――――
「……えーと、肉の臭みを取るには香辛料と、あとは……」
――博麗神社の台所。
イオは、何時もの通りに料理を作る作業に入っていた。
毎回の通りに動かされているその腕は、この世界の台所に慣れたせいもあってかかなり速い。
それでいて、きっちりとしているのだから訳が分からなくもなって来る。
「……相変わらず、料理はきっちりしてるのな」
イオの元に肉を届けた本人、ラルロスがそう言って苦笑を洩らした。
その言葉に顔を向けることなくイオが、
「仕方ないでしょ。マリアにさんざん叩き込まれたんだから。癖にもなるって」
と、ちょっぴり恨めしそうな本音が見え隠れしている声でそう返す。
その様子がどうにもすねた感じにしか見えない為に、ラルロスは再び苦笑めいた笑顔を浮かべると、
「どうした。相変わらずマリアとはそんなに仲が良くないのか?」
「知らない。だって、旅始めてからずっと帰ってないもの。ラルロスの所にはずっと顔出してるけどさ」
「おいおい……それじゃクリスさんも困るだろうに。ああ、だからクラム国出る前にお前の家行った時、やたらとマリアが不機嫌そうだったわけな」
眼をこんなにして吊り上げてたぞあいつ。
わざわざ見える位置に移動しつつ、そうして眼を指で以て吊り上げたラルロスに、ふん、とイオはそっぽを向き、
「どうでもいい。僕のこと全然分かってくれさえもしてないくせに、旅に出るの反対してたんだもの。もう知らない」
普段温厚なイオの、余りにもそっけないその様子にラルロスは引き攣った表情になると、
「……こりゃ重症だなぁ。多分だが、マリアはカルラ達から聞いていると思うぞ?でなきゃ、『何でこっちには帰ってこないのよ』なんて文句は言わない筈だしな」
「今度会った時自業自得って言っておいて。とにかく、僕は絶対帰るつもりないから」
一皿料理を仕上げながら、イオはラルロスに向ってそう告げた。
「おいおい、俺に死ねと?いくらなんでもその物言いじゃ結局仲直りできねぇだろうが」
「しなくてもいい。どうせこっちにはこれない筈だしね……でしょ、ラルロス」
「……まあ、な。基本的に俺しか通れないようにはなってるが」
言外にラルロスが創り出した世界間転移魔法陣の事を持ち出すイオに、ラルロスは頭を掻きながら、何やら言いづらそうにしている。
だが、そんな不審な親友の態度には気づかず、イオは宴会料理を作り続けていった。
(……はぁ。これじゃ言えねぇな……俺が認証すれば、誰でもこの世界に来れるってよ)
全く、七年前のあの旅立ちに一体何があったのやら。
流石にラルロスも家族間の事に関してはあまり立ち入るわけにもいかない為に、少々ばかり気をもんでいる。
「……イオ。料理の方はどうかしら」
とそこへ、咲夜が妖夢と鈴仙を伴って台所にやってきた。
どうやら、彼女たちはイオの手伝いをするつもりでやってきたようで、各々が割烹着であったりエプロンであったりと、食事を作る際の格好になっている。
「……あー、まぁ少しは進んでるよ。今イオは料理に集中してっから、他の事で手伝ってやってくれ」
「そうね……見る限りどんどん出来上がっているようだし。妖夢、鈴仙、運んでしまいましょ」
「……ラルロス。イオってかなり料理が出来るのね。あんな童顔めいた見た目から全然想像できないんだけど」
咲夜と妖夢がてきぱきと料理を運んで行く中、鈴仙は余りに美味しそうな料理の数々に、やや女性としてのプライドを傷つけられたのか、引きつった表情だった。
「あー……俺も結構世話になったしなぁ。学院に通ってた頃なんか、昼休みにわざわざ先生に許可貰ってお菓子作ってた事もあったし。……だよな、確か」
「うん。何か知らないけど後から聞いたところだとさ、僕の作ったお菓子廻って争奪戦が勃発したって聞いたよ?ラルロスは聞いてる?」
「……思い当たる節があり過ぎてちょっとなぁ……」
大抵甘い物好きな少女たちやら、イオに思い寄せる少女たちやらでかなりヒートアップをしていたと、当時を顧みてラルロスが遠い眼になる。
「……聞くからにとんでもないわね。これで剣術の方もかなりのものだし。後は勉学だけど……これまで揃ってたら何処の超人だって突っ込む所よ?」
「……すまん。コイツ、学院に通ってた頃は『毎年学年一位をとれば学費が免除される』と言われてたもんで、かなり勉強家だぞ?俺に匹敵するくらい、魔法にも其れなりには造詣が深かったしな。後は……古代遺跡から出土した古文書の解読作業が得意だったような……」
「うん、カルラさんのお父様からはそう言う風に聞かされてたからね。結構頑張ったよー。おかげで知りたい事も、今まで知らなかった事も結構教えてもらえたし。僕としては上々の結果だね」
其の時ばかりは笑顔になったイオが、料理をしつつラルロスに向ってそう返した。
「……いる所にいるのねぇ……天才って」
「鈴仙、そいつは違うぜ」
鈴仙が溜息と共に呟いたその一言を聞き逃さず、ラルロスが真剣な眼差しになってそう告げる。
「こいつの場合、何が何でも自分の素性を知りたいがために努力した結果が、さっき言ったことなんだよ。コイツは天才じゃ決してない。死ぬほどの努力を得たから、こうして剣術も何もかも、ほぼ一流の結果に収まっただけだ。コイツの特訓聞かされるとよく分かるぜ?何せ、危険な魔獣が多くはびこる洞窟や迷宮やらに落とされてはそのたびに生き残ってきた奴だからな」
「……ラルロス、思い出させないでよ……あの時ばかりは本当に死ぬかと」
がくがくぶるぶると震えながら、イオが青ざめた表情でラルロスに苦言を呈した。
その様子にどうやら本当の事らしいと感じたのか、
「成程ねぇ……っと、いけない。料理を運ばなくちゃ」
納得した鈴仙が、慌てた様子で台所から料理を運びだしていく。
「……ねぇ、ラルロス。君はいつ帰る心算だい?」
彼女の気配が台所から消えていったのを確認してから、イオが親友に向って尋ねた。
すると、ラルロスが考えるようにして、
「そうだなぁ……とりあえず、二週間ぐらいで後は帰る心算だ。家の奴等にも、そう伝えてあるし、どうせ、この世界にい続けたとしても、あの胡散臭い奴に警戒されるだけだろうしな。俺としては、この世界と俺達の世界をつなげられた事で上々の結果になったしよ」
「ふぅん……そっか。カルラさんとかに宜しくね」
「……お前、結局どうするんだ?あいつ等がお前に向けてる気持ち」
ラルロスが、異変の途中で明かした、元の世界において友人だとイオが思っていた彼女たちの事を、イオに尋ねる。
すると、イオはしばらくの間黙りこんだ後、
「――ごめん。この世界にいる以上、応えることすら出来なくなっちゃったし。向うに帰ったら、その事も伝えておいてね」
寂しそうな笑顔と共に、ラルロスに向ってそう告げたのであった。
―――――
――博麗神社、宴会場。
そこでは既に騒がしい空間となっており、誰かが誰かと飲み比べをしたり、或いは元の月に戻った満月を眺めながら月見酒をしたりと、思い思いの空間を広げていた。
そんな中にあってラルロスは、境内にある其れなりに大きな木の根元にて、取ってきた小さな徳利と盃を手に、一人酒である。
「……ふぅ。美味いな、この酒。あっちじゃワインばっかだったが……こういう酒も、悪くない」
貴族である以上、普段から酒を嗜んでいる事もあり、すいすいと飲んで行くその様子は、かなり酒に慣れている事がよく分かった。
そんな、一人酒を楽しんでいる所に声がかかる。
「――ラルロスさん、と言ったでしょうか……ちょいと、訊かせてもらいたいことがあるんですけれど、いいでしょうかね?」
ばっさ、ばっさ、と何時になく背中の黒翼をはためかせながら、射命丸がラルロスに近づいて来たのであった。
「……その手の中にあるメモ。ふむ……どうやらお前さんは何かの記者の様だが……名前、聴かせてもらえるか?」
「あやや、これは失礼をば。――鴉天狗の射命丸文と申します。『文々。新聞』というこの幻想郷における新聞を書いております。これ、名刺です」
「お、おぉ……こういう字か。なるほど……で、聞きたいこととは何だ?答えられる範囲であれば、答えるがな」
やはり、マスメディアが相手となると警戒もするのか、ラルロスは渡された名刺を見つつも、ややきつめの表情で彼女に向ってそう告げる。
すると、彼女はにっこりと普段イオに向けているものとは異なった、いわば営業スマイルと言える表情を浮かべると、
「ええ、イオさんの御親友と言う事で、色々と。貴方からしてイオさんはどういう人物なのかということとか、みっちり聞かせてもらいたいんですよ」
今回の異変の事についても、貴方の視点からの見解も載せたいですし。
ニコニコとした表情のまま射命丸がそう言ったが、ラルロスは何やら考え込むような表情になった後、
「…………ふむ。お前さん……もしかしなくとも、イオに惚れた口だな?」
「ぶっふぅ!?」
突如として言われたとんでもない爆弾に、思わず射命丸が驚きで噴き出した。
「いいいいったい、何を根拠に!?」
「ああそりゃあな……どちらかと言えば俺のことよりもイオの事を知りたがっている風に感じたし。大方……そうだな、向こうにいた時のイオの人気ぶりやら、どういう子が好みとか、そんなのが聞きたいんだろう?本人には全然聞けない事だろうしな」
ニヤニヤと笑いつつ、ラルロスがイオのいる台所の方へと目を向けながらそう告げると、射命丸は驚きで口をパクパクとさせるのみであり、何も言い返せないようである。
「……ちなみに、お前さんからしてイオはどういうやつだ?」
「え?そ、そりゃ……って、何ナチュラルに訊こうとしているんですか!?」
「っち、ひっかかんなかったか。チェルシーの奴はこれであっけなく墓穴掘ったのによ」
あからさまにけっと言わんばかりのラルロスに、ぴくぴくと射命丸が怒りに震えた。
「……貴方、いい性格してますね……!?」
「おう、そうでもしねぇと貴族の世界じゃ生き残れねぇからな。アイツだけだよ……本当に心から親友と言えるような奴は」
悪気ない様子で笑いながらラルロスがそう告げると、射命丸ははっと表情を変え、
「……確か、学院に通われてたと伺いましたけれど……もしかして?」
「おう、元々俺達が通っていた学院は、本来であれば貴族か、それとも平民であっても多額の寄付金をくれた奴にしか入ることが許されない場所だったんだ。確か、アイツから始まったんだったかな……あの制度は。『中所得者及び低所得者の学生奨励』って長ったらしい制度なんだが、この制度があったおかげで今のおれたちがあると言っても過言じゃないだろうな」
穏やかな表情でそう語るラルロスに、思わず射命丸が息をのんだ。
そんな彼女の様子には構わず、ラルロスはイオとの出会いを語り続けた。
「……大体、俺達が十三歳くらいだったか。イオの中等部の入学が決まって、教室で初めて顔合わせをした時は。その頃からアイツの、言っちゃあ何だか神々しさと言えば分かるか?まさしく紅顔の美少年としか言いようのない顔形で、やたらと同級生になった女生徒達が騒いでんのがよく聞こえたよ。丁度その時は俺も貴族と言う事で、かなりすり寄って来るような奴等が多くてな……めんどくさくなって逃げてた時に、あいつと鉢合わせしたんだ。思い切りぶつかってよ、いやーあんときゃ、やたらと痛かったのだけは覚えてんだよな」
くすくすと笑うラルロスに、射命丸はゆっくりと息を吸うと、
「……いったい、イオさんが学院に入れるようになったきっかけと言うのは何なのです?貴方の身分やら何やらを聞いたら、公爵だとイオさんは仰ってましたけれど……後からレミリアさんとかに聞けば、余程の身分だというじゃないですか。それなのに、平民だったイオさんがなぜ?」
真剣な眼差しでそう問う彼女に、ラルロスは思い出すようにして、
「そうだなぁ……アイツに聞いた話だが、元々アイツの義理の親父さん、元貴族だったらしくてな。その頃の親友がカルラっていう、王侯貴族の娘さんの親でよ。ずっと行方をくらませていたもんだから、やきもきしてたらしい。んで、クリスさん――イオの親父の事だが――がな、将来が楽しみになるほどの子供を拾ったって報告に行ったんだと。それで、どうもイオがその王侯貴族に気に入られたようでな……元々、市井の王都の民の中にあっても、かなりの能力を持っている者がいるって知る人ぞ知る事実もあって、本格的にイオを中心として、能力持った奴を学院で育てようなんて話になったんだよ。卒業すれば、自身の望む場所へ行き、国の為に働けるようにってよ」
恐らく……俺達が始まりなんじゃねぇかな、あんなにすげえ奴等が出て来たのって。
楽しげに笑うラルロスからは、イオと出会えたことに感謝する事はあれど、貴族の特権だった勉学に、平民が入りこんだことに対して忌避感はなかったようであった。
しきりにメモに色々な事を書き連ねながらも、射命丸がラルロスに向って、
「それじゃ、かなり目立ったんでしょうね……イオの容姿は」
「そりゃあな。出会った時のことを今でも思い出せるが、正直単純にきれいだとしか言いようがないんだよなあの金眼は。その所為で見つめられた奴が思わず気絶してしまうくらいにはかなりの魅力があったと思うぜ?」
「ふ、ふーん……」
かなり複雑そうな表情になりながら、射命丸がメモを取り続ける。
そんな彼女に再びラルロスがにやりと笑い、
「――さて、お待ちかねのアイツの好みやら何やらだが……」
その言葉で射命丸がぴくりと反応するのを楽しみながらも、
「そもそも、あいつは然程容姿に関しては意外なほどに何も言わない。俺だって、結構磨いている自信はあるんだがな、それでも何も言わねえんだ。ありゃ、気付いていないタイプだなあ。ま、そう言う訳だから近くにどんな美女がいようが、少しは反応するがそいつが自分を狙ってそうしてるって事に気づけば、あっさりとどうでもいいと言ってのける奴なんだよ。大抵、容姿よりも内面を結構重要視するな」
「……そうなると、どういう子が?」
今までよりも格段に迫力が跳ね上がった射命丸に、ラルロスはにやりと笑うと、
「そうだな……まず、一番に大切なのはあいつをあいつとして認めている奴だ。知っての通りあいつはかなり自分のことがコンプレックスになっていてな。記憶がない、やたらときらきらと輝くような容姿、極めつけに色々と出来る奴でもある。だが、そういう能力の事ばかりに目が向いて、アイツ自身を見てくれてない奴がほとんどだ。人里とか言ったか……そこでも、かなり迷惑被っていたんじゃないか?」
「確かに……私の知り合いの人に訊いても、大抵イオさんがまるで神様のように崇められている事がほとんどですね。ここ最近来たばかりだというのに、イオさん自身が農業に直結するような能力を持っていたせいで、『龍人』様などと言われ始めてます」
自身の取材メモを捲りながら射命丸がそう告げると、ラルロスは一瞬目を瞬かせ、
「おいちょっと待ってくれ。アイツが能力持ち?そんなの初めて聞いたぞ?」
「あれ、イオさんから聞いていないんですか……?」
「知らん。はぁ……こりゃ、カルラ達とかが聞いたらブチ切れるだろうな」
帰った後に絶対待ち構えているであろう彼女たちの事を思い返し、溜息をつくラルロスに射命丸は、
「う~ん、でしたら申し上げておきましょうか。『木を操る程度の能力』とイオさんは霊夢さんから教えてもらったそうです。ただ、気になるのはもう一つ彼の種族にちなんだ能力があると聞いているのですが……それについては何とも」
「……なーるほどな。ま、ありがとよ教えてくれて」
「いえいえ。イオさんの事が分かれば私としても結構嬉しいですしね」
うふふ、とかなり素敵な笑顔で笑う彼女にラルロスは少々どん引きだったが、
「ま、まぁそれは置いとくとするとして……アイツは、基本的にはだが性根が穏やかな奴が好みなんじゃないかな。以前アイツに話題持ちかけたら、『傍にいてホッとできる、そんな子がいいね』ってかなり暗い表情で言ってたからよ」
「…………それ、単に周りの女性に振り回されるのが嫌になってたからそう言っただけでは?」
明らかにうんざりとしているようにしか聞こえないイオの言葉に、射命丸が冷や汗を流しながらそう突っ込む。
ともすれば自身にも当てはまりそうなその女性達の行動を、内心是正していこうと考えていたからだった。
そんなやや挙動不審な射命丸に、ラルロスは一瞬不思議そうな視線を彼女に向けたが、すぐに考えるようにして、
「…………あー、もしかするとそうかもしんねえ。カルラから始まって、マリアにチェルシーに、エオリアに……俺の姉貴も、やたら構ってたからなぁ……あれで、ちょっと女性に対して苦手意識が出てしまったか?」
「ちょ、如何してくれるんです!?」
「…………いや、マジで済まん。俺も流石にカルラ達の行動まで止められねぇ。止めた時点で、攻撃魔法がこっちに向って飛んでくる可能性がかなり高いからよ」
「……ちょっと待って下さい。イオさんを好きになった子って、そんなに暴力的なんですか?」
そっと明後日の方を見るラルロスに射命丸が慌ててそう訊くが、彼はじっとりと冷や汗を流すと、
「基本的に『ライバルは蹴落とす』が、うちの貴族に共通している意識でな……恋の事なら、なおさらそれが顕著になっちまう。多分だが……イオには分からない場所で、かなりしのぎを削り合ってたと思うぜ」
「……そりゃ、イオさんも女性にうんざりするでしょうに。じゃ、こっちの世界に来た時点でかなり安心していたとみるべきですかね?」
「あー、イオはそう言う状態で合っても友人は大切にしようって考えてるやつだし。穏やかな気候のこの世界を直ぐに気に入った要因にはなったと思うが、流石に嫌いになったわけではないな。――ま、ちょいと例外があるけどよ」
イオの旅立ちの際に、マリアが猛反対していた事を思い返し、やや暗い表情になってそう呟く。
その様子が気になった射命丸が首をかしげて、
「??どういう意味ですかそれ」
「――いや。何でもないさ。忘れてくれ……っと、これで大体イオの事は言ったと思うんだが。このぐらいでいいか?」
すぐさま元に戻ったラルロスに、射命丸も仕方なしに取材メモを広げ、
「……そう、ですねぇ。イオさんの事も大体聞き終わりましたし。異変の事はそもそも起こした御当人の口から聞かせてもらいましたし、いいです。じゃ、これで取材を終わらせてもらいますね!」
「おう、出来上がり期待してるぞ」
空を飛びあがろうとした射命丸に向ってラルロスが手を振りながらそう告げると、彼女はこちらを一瞬見てにっこりと笑ってから、空を駆け去っていくのであった。
―――――――
「……っと、徳利の酒がなくなったか。補充しに行こうかね」
幻想のブンヤを見送った後、ラルロスは徳利を持ってこようと立ち上がり、今までいた暗い木の陰から出ると、月明かりで幻想的に照らされた宴会場にやってきた。
既に、何名かは酔って出来上がっており、真っ赤になった顔からしても、楽しそうにしているのだけは確かであろう。
「……随分と無防備だなぁおい。男が少ない事もあるんだろうがよ」
ぽつり、と惨状にしか見えないその空間にラルロスが呟くと、その声に応えが返ってきた。
「――まぁ、私達の流儀だし……基本的に襲われても何とか出来る奴がほとんどだしね」
よっと、声をあげながら近づいて来たのは、二本のまっすぐ伸びた角を持つ幼女。
まあ、言わずと知れた伊吹萃香であるわけだが、ラルロスはその事は知らずに、
「……あー、アンタは妖怪?ってことでいいのか」
「おう。力比べだったら誰にも負ける事無き、『鬼』という種族さね。伊吹萃香ってんだ。お前さんの名前、教えてもらっても構わないかい?」
「おっとすまん。――ラルロス=クロム・フォン・ルーベンスだ。一応、ある貴族の家の生まれで、近々当主を任されることになってる」
近づいてきた萃香に手を差し出し、がっしりと握手を交わしたラルロスは、そう言って自己紹介を済ませた。
「で、俺に声をかけてきた理由は何だ?」
そのまま歩き始めながら、ラルロスが流し眼で萃香を見つつそう尋ねると、彼女は豪放磊落に笑い、
「なぁに。あの若き何でも屋が親友と認めるような奴なんだ、気になってもおかしくないだろう?」
「……まぁ、別に構わんがな」
少しの間が空いた後にラルロスがそう呟くと、萃香は楽しそうに笑って、
「そうそう。そんなに気にしなくとも、私は危害を加えるつもりはないぜ?ま、多少なりとも挑発くらいはするかもしれんが」
「堂々と目の前で言うことかよ……ったく、勝手にしろ。――おーい、永琳。酒、もらいに来たぜ!」
騒がしい中にあって妙に静かな一角を見つけ、ラルロスはそこにいる彼女たちの中心的なリーダーとも言える薬師の名を叫ぶ。
「あらあら……イオって子とは話さないの?そろそろ帰るつもりなんでしょうに」
「いや、さっき充分に話したからな。こうして無事が確認出来りゃ、俺もそんなに慌てる事はない。それより……酒、まだあるか?徳利の中が無くなって、ちょいと口がさびしくなってたんだよ」
「十分あるから安心しなさい。……それで、聞きたい事があるのだけれど……」
妙に真剣な眼差しをした永琳が、ラルロスに向って問いを発した。
「――あのイオって子。本当に人間?」
「……当人は、亜人種だとか言っていたがな。ま、あの姿にはちょいと心当たりもある。『龍人』と呼ばれる、俺達の世界において幻であり、最強の身体能力を持つ種族だとされてる種族なんだとよ」
ラルロスはそう言いながら、彼が今までイオに見せてもらっていた数々の古文書を挙げつつ、彼の肉体について述べていく。
「……そう、なのね。道理で、妙に鱗だらけの割には目も余り蛇のような形になっていなかったし。亜人種と言うなら、もっと彼の体に動物的な特徴があるかと思ったんだけど」
「そもそもが、通常の亜人種とは別格の存在だしな。見つかった古文書によりゃ、神代よりアルティメシアと言う女神に任命されて、世界を見守る役目を持った種族だったって、眉つばのような話もあるしよ」
聞いたところだと、不老不死に強大な潜在魔力。色々と持ってるらしいぜ?
皮肉気にゆがめられた口の端を見つつ、それでも永琳は言葉を返した。
「なかなか、超人的な能力を持っているのね……でも確かに、私としては気になる部分ではあるわ。――特に、不老不死の部分は」
「そうだな……姫さんの事もあるしよ」
『――私は逃げた。永琳が作った「蓬莱の薬」を用いることによって、この世界を味わい尽くしたいがために、月から逃げたのよ』
かつてラルロスがなぜ彼女たちがこうして隠遁生活を送っているのかを聞いた時の、蓬莱山輝夜の言葉が、これである。
萃香が傍らで大いに飲みまくっている姿に苦笑しつつも、ラルロスは徳利から酒を一献注ぎ、ぐいと御猪口を傾けた。
そのまま、
「……正直、永琳には助かった。世界間転移魔法陣を組上げた時は、特にな」
「あら、別にお礼はいらないわ。私としても、魔法を用いた技術と言うのは結構興味があったから。結構面白い物も見れたし、私としてはかなりいい結果よ」
瞑目と共に微笑みながら永琳が言葉を告げ、ラルロスは思わず笑い声をあげながら、
「はっは、そりゃよかった。…………おっと、もう月があんなに上がってやがんな……しゃあねぇ。俺はもう帰るよ。イオによろしく伝えといてくれ」
と、既に傾きつつある満月を見ながらそう告げると、フッと音も立てずに永遠亭へと帰って行ったのであった。
「――ありゃ、ラルロスもう帰っちゃった?」
見送ってから数瞬。
突然の声に永琳はもの思いから元に戻り、声をかけてきた人物――イオに目を向けた。
「ええ……ほんのちょっと前にね。……今回は悪かったわね。迷惑をかけてしまって」
「いやいや、別に構いませんよ。依頼でしたし、一応報酬も戴いていますからね」
慌てたように手を振りながらそう告げるイオに、永琳はフッと微笑むと、
「……そう。ならいいのだけど……。そう言えば、ラルロスから聞いたけれど……貴方、『龍人』と呼ばれている種なんですってね?その鱗の色からするに、何かの属性を司っているのかしら?」
イオの髪の色と同じ蒼紺色の鱗が目立つ彼の腕や顔などを見ながら、永琳がそう尋ねると、イオはおっとりと笑って、
「ええ、そうなりますね。僕は五行魔法の属性の一つである、『木』属性及び派生三属性の『風・吸・雷』の四つの属性の適性が、かなり高いと診断されました。この姿になってからは特に、その傾向が強いですねぇ」
「……ちょっと訊きたいのだけれど……『吸』属性とは何なのかしら?何となく、元の属性に関したものである事は分かるのだけど」
考えるような素振りを見せながら、永琳が再び尋ねると、イオはやや苦笑めいた表情になり、
「あー……元の世界でも、結構考えさせられた部分ですね。そうですねー……元の属性が木属性と言う事はさっき言いましたけれど、そもそも木は何を以て栄養となしていますか?」
謎かけのような、ある種答えにしかなっていないようなその問いに、永琳が一瞬考えてからすぐに目を見開くと、
「……土の中から、栄養素を『吸って』成長する……という事は、その吸属性というのは」
「そうです。――『対象の中にある体力を吸い尽くす』、それが主になる攻撃を行う魔法なんですよ。吸われた対象の体力は、そのまま自身の者へと換算されていくわけですね。ま、かなりえげつない魔法ではあると思いますよ。専用の魔法陣を組上げて罠として設置する事で、殆ど気づかれずに対象を死へと追いやることができますから。実際、僕がかつて潜っていた古代遺跡などは、そういう侵入者を徹底的に排除するような罠がたくさんあって、吸属性専用の魔法陣の罠もありましたねぇ……気づいていなければ、僕はこうしてここにはいられなかったこと請け合いですよ」
ニコニコとした表情のまま言い放つ彼に、思わず月の賢者でさえも表情を引き攣らせ、
「そ、そう……よく生きていられたのね」
と言うしか選択肢には存在しなかった。
そんな彼女にイオは構うことなくその場に座って言葉をつづける。
「ラルロスの助けもありましたし、そんなには苦労もしませんでしたから。むしろ、楽しかった思い出しか、ありませんでしたねぇ……」
金色に輝く満月を見上げながら、イオは何処か寂しげな光を瞳にたたえつつ呟いた。
その様子に、しばらく近くで黙っていた萃香が声をかける。
「……何でも屋、お前さん……やっぱり帰りたいんじゃないかい?」
「否定はしませんよ……でも、こっちにいると決めましたし。幾ら帰る手段が出来てしまったとはいえ、流石にほっぽり出していくわけにもいきませんしね」
萃香の問いにイオは瞑目してそう呟くが、彼女はぐいっと瓢箪にある酒を呷ると、
「自分にばかり嘘をついて、本当に会いたいやつに会えなくなっても私は知らないぜぇ?」
「……それ言われると、どうにも言い返せませんけどね……」
フッと苦笑めいた笑みを浮かべながらも、イオはただ手に持っていた徳利から直に酒を飲んで行くのみ。
少しばかり沈んだ空気にはなってしまったが……それでも、真月の夜は過ぎていくのであった。
これにて、東方永夜抄は終結。
しばらくは日常が続くかも?