東方剣神録   作:上田幻

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――秋祭り当日がやってきた。
はてさて、人妖レンジャーはもとより、彼らのラプソディはどうなるのであろうか……?


第三十六章「共に歩むは秋祭りの夜」

――あれから数時間後。

 イオとルーミア、そして人妖レンジャーの面々は祭りの夜が来るまで、イオの家でボードゲームをしていた。

……主に、ルーミアVSフランという形で。

「……(カタン)」

「…………(タン)」

チェスとこちらの世界で言う所の戦略ゲーム。

 単純な動きながら、その実ある種の戦争ゲームと言っていいそのボードゲームは、何故か、始まりの和気あいあいとした状態から一気に白熱状態へと移行していた。

(…………どうしてこうなったし)

永琳の薬の副作用による、大人の姿になった薬を飲んだ人妖達に、イオはやや遠い目で明後日の方向を見ている。

 そんなイオは放っておき、とりあえず薬を飲んだことによる変化を述べていこう。

――まずは、当初から薬を飲むことを希望していたフラン。

 癖っ毛のある金髪のショートボブはそれなりに伸びて肩ほどまでになり、幼くも可愛らしかったその容貌は、大人の姿になった今、とんでもなく妖艶なものへと変化していた。一度イオがそれを見たとき、思わず彼女に見とれた事を追記しておく。

 一時的に人間となっている所為か、普段背中にあった輝く宝石を吊下げた翼は消えているが、紅い瞳、そして鋭い八重歯は微妙に残っているようであった。

 ある種、半妖の吸血鬼とも見れるであろう。

――次に。氷妖精という、氷の力を具現化していることによって常時体が冷たく、他の者からは触れられない体になっていたチルノ。

 彼女はその望みの通りに一時的に体が人間のそれとなり、大妖精と触れ合える事が出来ると分かってかなり楽しそうにきゃっきゃと大妖精と戯れていた。

 そんな彼女であっても、大人と化している事は避けられておらず、普段着である薄い藍色のワンピース姿は大きくなった姿に順応しているが、その中身は二十代の女性とそうは変わらない(水色のような髪も変わらず、である)。

 傍から見て子供のような大人にしか見えない彼女に、正直戸惑いしか覚えなかった。

――次に、そんなチルノと戯れている大妖精。

 緑色のサイドポニーの髪はそのままに、彼女も大きく成長していた。

 チルノの様に能力は持っておらず、人間と化したおかげで妖力さえも無くなった彼女は傍からして普通の異人にしか見えず、イオは後が怖いと正直にそう思う。

 戯れている二人の妖精だったチルノと大妖精は、象徴たる羽はなくなった。

 なくなったが、チルノ・フラン・ルーミアの三人が持つ、元々の能力(あらゆる全てを破壊する程度の能力・闇を操る程度の能力・冷気を操る程度の能力)は残っているようで、人間と化した事で霊力をもとにして発動する事は可能なようだ。

 とはいえ、妖怪・妖精だったころと比べると、遥かに限定されたものになってくるようだが。

――例えば、『あらゆる全てを破壊する程度の能力』。

 人間という種族に変化して、妖怪だったころの名残なのか、それなりに霊力は多かったが、この能力を使用する際にかなりの制限となった。

 霊力をそれなりに込めて霊視しなければ、彼女が言う所の破壊点『目』が出て来ないようになったのである。その上、一度だけその目を握りしめることによって全破壊が可能だったそれは、数回に分けてからでなければ全てを破壊する事が出来なくなった。

 とはいえ、雑魚妖怪或いは中級の妖怪に遭遇しても、大丈夫にはなっているが。

――『冷気を操る程度の能力』。

 元々、妖精にしてはかなりの実力者(ただし、妖精の中においてとつくが)だった彼女は、人間となってもあまりその実力に変化はなかった。冷気を固め氷となし、敵にぶつける戦法はあまり変わっていなかった為に、イオが色々と不安になって指導し始めたのがきっかけになったのか、色々な形に変化させながら対象に向って撃ち放つという形に落ち着き、それなりには実力はついた。

 故に、妖怪と遭遇しても逃げ切れる程度には大丈夫であろう。

――最後に、ルーミアの容姿、そして『闇を操る程度の能力』の変化について述べよう。

 まず、最初に『闇を操る程度の能力』であるが、これは人間となったことにより、それなりに多い霊力として換算され、ある程度の形を持たせる事も可能ではあるが、その分霊力を消耗する使用法へと変わった。ある種、投影の魔法と似たようなつくりになっているのだろうか、イオの持つ武器をある程度は模造し、武器として振るえるようにはなっている。とはいえ、人間と化した事で筋力は少々衰え、霊力で以て身体強化するほかは、普通の女性のようになってしまった。

次に彼女の容姿について触れていくが、イオが永琳亭にて会っていた時と変わらず肩甲骨の間にまで金髪が伸びており、おっとりとしていた幼き可愛らしさが、大人へと変化するに当たり、慈愛に満ちた可愛らしい女性へと変貌していた。黒ワンピースに赤いリボンを胸元に着けているファッションは変わっておらず、全身が黒ずくめであるために妙にミステリアスな雰囲気を纏っている。

 体も、イオと同じ位にまで成長し、女性らしい体つきになっている事はさておき、イオにとってはかなりやりづらくなってもいた。

(……明らかに変わり過ぎだよ、ルーミア)

何処となく、大きくなった娘に複雑な思いを抱える養父を想起して、ちょっと遠い眼になるイオ。

 そんな彼に、ルーミアは相変わらず甘えており、料理の事もそうだが、食いしん坊な部分は変わっていないようだった。

 つまりは、イオに抱きついて来る事も変わっていないと言う事でもあって……

(…………ホント、どうしてこうなったし)

完全に遠い眼になったイオであるが、しかし現実は非情である。

 遊び戯れる人妖レンジャー+αは、その時が来るのを待っているのであった。

 

――――――

 

「――……お前……」

「ラルロス、何か言ったらその場でぶっ飛ばすよ?」

イオと共にやってきた人妖レンジャー達の姿を見て、人里の祭りに来ていたラルロスが明らかに何か言いたそうであったが、イオはそれを凄みのある笑顔で黙殺しようとする。

 だが、ラルロスは溜息をつくと、

「…………お前にそんな趣味があったとは思わなかった」

「マジでぶっ飛ばそうかラルロス?今なら僕、幾らでも喧嘩は買うよ?」

ごごご……!とどんどん殺気を強めていくイオに、ラルロスはあきれ顔になって、

「仕方がないだろうが。お前、学院でもカルラ達以外女子を近づけさせなかったしよ。ま、俺達が肉食過ぎんのが悪ぃんだろうが、幾らなんでも……『幼女を大人化させてハーレム』なんぞ俺でもしねぇ「よーし、表でろ。ひっさしぶりに殺意湧いたし」」

ぼきぼきと両手の骨を鳴らしながらイオがラルロスに詰め寄って行く。

 余りの殺気、そして闘気を高めていく笑顔のイオに、ラルロスは落ちつけと笑いながら至極冷静な態度で制し、

「冗談だ、冗談。いつもイオが真面目なのは分かってるしよ、どうせ永琳先生の薬なんだろ?」

「…………そうだよ。その効果が、想像以上だったけどね……!!」

がくり、とくず折れるようにして失意体前屈へと移行したイオが、振り絞るようにして告げると、ラルロスは、イオの後ろ側にいる秋祭りの為に着物を着た人妖レンジャーの面々を見て、

「そりゃもう……お前が吃驚したのはよく分かるぜ。あの子等、やたらときれいになってるしなぁ」

最早、あの一角だけが別世界になっているような気がして、ラルロスも遠い眼になった。

 そんな彼らに構わず、彼女たちは実に楽しそうに会話を交わしている。

「――ねね、あそこの屋台にあるの、凄く美味しそうだよ?」

「う~ん……流石に、イオの料理と比べちゃうとさぁ……」

着物の袖を引張りながら大妖精が告げるのを、ルーミアはイオのいる方をちらちらと見ながら(恐らく今夜の屋台を期待しているのだろうが)やや不満そうであった。

「今なんでも屋があそこにいるんだし、何処で屋台やってるのか聞いておいた方がいいんじゃないかい?元々、屋台を出すのは今夜しかできないとか言っていたと思うし」

「私の屋台もあるし、そんなに一緒に回れないしねぇ」

リグルとミスティアは薬を飲む事はしなかった為に元のままであるが、その故に大人たちの中に紛れ込んだ子供にしか見えていない。

 ある意味周りの注目を集めているようにしか見えないそれに、イオは頭を抱え込んでしまった。

「…………どうしよ。こうまで目立ってるとなると……」

余りにも変化している彼女たちに、イオは本当に心配で仕方がない。

 見目麗しい女性というのは、幾らでも興味を集めさせてしまうし、同時に危険なものまで連れ込んでくるのだ。彼女たちの保護者代わりを自任している以上、彼女たちが遠い場所にまでいかないようにしておかなくてはならなかった。

「ちょっといいかいみんな?言っておかないといけないことがあるんだけど……」

やや、彼女たちの会話を邪魔してしまうことに罪悪感を感じながら、イオがそう声をかけると、彼女たちは一様にキョトンとした様子でイオを見つめてくる。

「イオ、何かあったの?」

彼女たちの代表ということなのか、ルーミアが最初に口火を切ると、イオは真剣な眼差しになって、

「分かっているだろうけど……なるべく、遠いところにはいかないようにね?一応、ラルロスに頼んでおいた魔力による発信が可能な魔道具を渡してあるから大丈夫だと思うけど、それでもかなり気をつけないといけないし」

「大丈夫だよ、イオ。能力があるんだから」

何時になく過保護になっているイオに、フランドールが苦笑しながらそう言うが、イオは真剣な顔のまま、

「能力があるとは言っても、だよ。はぁ……これだったら、咲夜さんに来てもらった方が良かったかなぁ……」

 

「――呼んだかしら?」

 

ため息交じりにそう呟いたイオの一言に、フッといきなり十六夜咲夜が現れイオの肩に手を置きながらそう尋ねた。

 びっくぅ!と思いきり肩をはね上げさせたイオが、慌てたように飛び下がり、

「い、いきなり脅かさないで下さいよ!?咲夜さんのそれ、かなり怖いんですからね!?」

「あらあら、あれだけ普段から図書館で魔理沙と凄絶な闘いを繰り広げてるのに、脅かしは怖いの?」

やや、サディスティックな笑顔を浮かべながら咲夜がイオをからかうと、イオはジト眼になって、

「……なんか、いつの間にか僕に対する態度変わってません?」

「気のせいよ、気のせい。……それで、私に何か用なのかしら?お嬢様から、今日は休暇を上げるから秋祭りへ行ってきなさいと言われたばかりなのだけれど」

「…………大丈夫なんですか、それ」

数ばかりはあるとはいえ、妖精メイドたちはそんなに仕事が出来ると言う訳でもない為に、イオがやや冷や汗を流しながらそう尋ねると、彼女はにっこりと笑って、

「あら、今は違うわよ?イオのお陰で妖精メイドたちがかなり規律を整えてくれるようになってくれたから。――仕事を完全に細分化するなんて、方法でね」

かなり楽になったわ。

 楽しそうな笑顔でそう告げられたイオは、その言葉でやや引き攣った表情になると明後日の方を向いて、

「そ、それは良かったですねぇ」

とねぎらいの言葉を返す。

 

――彼がこんな態度になるのには理由が存在した。

 余りにも妖精メイドたちが咲夜の仕事を増やしてしまっている事を憂いて、彼女たちを特訓させようと思って動いた時なのであるが……

『――貴様らは何だ!?』

『『『『只の豚であります、サー!!』』』』

(……どうして軍隊ばりに特訓させたし。あれで皆の性格がすっかり変っちゃって……)

げに恐ろしきはノリである。

 やや遠い眼になっているイオに、咲夜が穏やかな表情になって、

「それで、私に用があったみたいだけれど」

「あ、はい。後ろ……ご覧になれば分かると思います」

咲夜に言葉を掛けられて我に返ったイオが、恐る恐る、そして後ろめたそうな表情で彼女に告げると、やや訝しげに彼女が後ろを振り返り……そして凍りついた。

「あ、やっぱり咲夜だったんだ~。やっほ~♪」

なぜなら、そこには大きく美しく成長した、人妖レンジャー(リグルとミスティアは除く)の面々が揃っていたからである。

 着物姿で咲夜に手を振る笑顔のフランに、かなり呆けたような表情で、

「…………もしかして、妹様であられますか?」

かなりの間を空けた後にそう尋ねると、フランの笑みが尚更深くなって、

「あ、分かった?結構大きくなっちゃったから吃驚したでしょ?」

「…………イオ、ちょっとこちらに……って、いつの間に!?」

冷たい氷のオーラを吹き出しながら咲夜がイオへと振り返るが、姿が見えないことに驚いた。

「……あー……すまん。あいつ、アンタに妹さん方を押しつけてどっか行っちまったよ。あまりに速かったんで止められなかった」

近くで彼らの様子をまだ眺めていたラルロスが、申し訳なさそうに謝罪する。

 その姿に咲夜がやや訝しげな表情になると、

「貴方……竹林の所にいた魔法使いじゃない。イオの親友だったかしら?」

「おう。ラルロスってんだ。改めてだが、よろしくな」

にこやかに笑うラルロスに咲夜は深いため息をつくと、

「全く。イオの事だから、妹様達が大丈夫かどうか見ていてほしいということなんでしょうけど……」

「アイツ、屋台の事もあるから長く見ていられねぇんだと。一時的に人間化している所為で、ちっと能力が劣化した状態になってるからかなり不安なんだろうさ」

「――待ちなさい。今、貴方何といったの?」

とんでもない言葉が聞こえてきたのに、思わず咲夜がそう尋ねると、

「……ああ、何だ妹さんから教えてもらってないのか?今夜秋祭りがあるからその関係で人里に余り迷惑をかけないようにって、その方法を模索してたら一時的な人間化が出来る薬を永琳先生に作ってもらったんだとよ」

「…………妹様、本当なのですか?」

「うん!パチュリーとかだと、どうしても儀式を用いたものになってしまうからかなり大掛かりになっちゃうし、すぐに人間化できるという訳でもないから。永遠亭の先生、凄く快く受けてくれたよ?」

外見上は咲夜と同じ位になったフランが、ニコニコと妖艶さの中に幼さも感じ取れるような魅力的な笑顔を浮かべながら頷いた。

「これは、一度本気でイオに問い詰めないといけないわねぇ……?」

イオと同実力たるラルロスでさえ身震いするほどの殺気を放ちながら、咲夜が呟く。

「ま、まあ落ちつけって。イオも悪気があってやった訳じゃねぇんだからよ」

「だからよ。イオ、偶に神経逆なでするようなこと無自覚でやるんだから」

「……あー……すまん、イオ。擁護できねえ」

かつて故郷にてカルラやチェルシー等の女性陣に、無自覚で落としにかかるような発言ばかりをしていた頃を思い返し、ラルロスは明後日の方を見ながらじっとりと冷や汗を流した。

「……仕方がないわね。――妹様、少しよろしいですか?」

「ん?なぁに咲夜?」

キョトンとしたように首を傾げながら問うたフランに、咲夜は屋敷にいる時と同じように一礼をしてから、

「イオが、屋台の事で手が離せないということでしたので……ここから先は、一緒に行動させて頂けますか?丁度、お嬢様からも休暇は頂いておりますから」

「そうなの!?じゃ、じゃあ一緒に行こ♪あ……でも、御金どうしよう」

「大丈夫だよ~。私、イオから大量にお金貰ってきてるから♪

『どうせたくさん食べるつもりなんだろうし、多めに渡しておくよ』

って言われたしね~♪」

不安そうな表情になったフランに、ひょこっと脇から大人化したルーミアが現れ、ニコニコしながらイオに渡された大きめの財布を見せつける。

 そんな彼女に、咲夜がやや驚きで見開かれた眼で見ながら、

「……貴女、宵闇?……もう、なんでそんなに大きくなってるのかしら。後ろのほうも、何やらみたことあるような顔がいくつか見受けられるし」

それに……何だかやたらと胸も大きいし。

 通常の女性と同じ位の大きさである自身の胸と、大人化した影響か、着物を着ていても其れなりの大きさを誇るルーミアの胸を見比べながらややジト眼で咲夜がぼやいた。

 その様子に困惑したような表情になったルーミアが、

「そう言われても~……私、薬のんだらこうなっただけだよ?」

「……だからよ」

やはり、女性としてはかなり複雑な心境なのか、色々と思惑が混じったような溜息を吐くと、さて、と前置きして、

「それでは、今宵の祭り……楽しむと致しましょうか?」

やや悪戯っぽい笑顔と共に、人妖レンジャー、そして傍らに立っているラルロスへと声をかけるのであった。

 

――――――

 

「――いらっしゃい、いらっしゃい!美味しいお菓子にフランクフルト、揃えているよ~♪」

楽しそうに客引きをしているのは、この人里の何でも屋にして『龍人』であるイオ。

 次から次へとカルメ焼きを始めとして多くの菓子を作ったり、そして事前に用意していたフランクフルトにトマトケチャップを載せたりと大いに動きまわっていた。

(うん、丁度いい感じに咲夜さんに役目を渡せたし、これなら何とか出来るでしょ♪)

人はそれを、丸投げという。

 にこにこと営業スマイルを浮かべながら、内心でほっとしているイオは、ものすごい動きを見せながら、一気に全てをやり遂げて行った。

――まぁ、後がかなり怖い事になる事は確かなのだが、イオはその事を気づかないでいる。

 どうしようもない位に自業自得な為、はっきり言って同情の余地はなかったが。

「――あら。イオじゃない」

と、作りに作りまくっているイオに、一つ声がかかった。

「およ?……って、幽香さんじゃないですか。今晩は」

おっとりと笑いながら、それでも手を休めることなしにイオは幽香に挨拶をする。

 夜であるために、普段彼女が携行している日傘がない状態で、彼女はにやりと笑いながら、

「ええ、今晩は。今夜が秋祭りと聞いてね……あの半獣から、イオが店をやると聞いたものだから。どういうものか見に来たのよ」

と、興味深そうにイオの作る料理を見ながらそう告げた。

「へぇ……慧音先生にですか。どうですか、お一つ」

カルメ焼きなどを示しながらイオが勧めると、彼女は肩をすくめてから、

「ま、ひとつだけね。あの胡散臭い奴からはあまりイオの料理を食べないようになんて言われていてね。正直従うのには面倒だったけど、私はただ花が見れればそれで構わなかったし」

しょうがないから、従うことにしたわ。

「……かなり珍しいんじゃありません?普段、幽香さんってあるがままにそこにいらっしゃいますし」

いつもイオに戦いを吹っ掛けてくる姿を思い返しながらイオが彼女にそう告げると、

「いいじゃないの。正直、アイツと戦うのには骨が折れるしね。拳での戦いだったらともかく、アイツにはあの能力があるし」

「ああ……まあ、分かる気もしますけどねぇ」

実際イオとしても、紫と争う気にはもうなれなかった為に、納得の声を上げる。

 理由としては、彼女があまりにも汎用性そして凶悪極まりない能力を持っているからであった。

 何しろ、境界を操ると言う事は、イオの中に眠る龍人としての境界と人としての境界を弄れるという事でもあるわけで、その時点で彼にはとんでもなく不利なのである。

「僕も、大体物理で戦い合うんだったら勝てそうな気も……いや無理か」

彼女の持っているスペルカードの一部には、大質量のとんでもなく速い動きでぶつかって来る硬い物体まで存在する為に、面倒以外の何物でもなかった。

 それに、スキマで移動させられてしまえばイオの攻撃は当たらない訳で……。

「……考えれば考えるほど、面倒ですねぇ」

「そうよねぇ……困っちゃうわ。アイツ殴り足りないのに」

「……おぅふ」

いかにも困ったわとでも言いたげに腕を組みながら、それでいて暴力的な彼女の言葉にイオが思わず冷や汗を流す。

 慌てて話題を転換させようと頭をひねり、

「ま、まぁそれはともかく。祭りを楽しんで行って下さいね。今日は結構人里の皆も張り切っていますから」

「ええ……聞いたわ。何でも、貴方のお陰だそうじゃない?あちこちで『龍人様のおかげじゃー!』なんて、声をよく耳にするもの」

「…………まだそんな事を言っているんですか皆さん」

話題を転換しようとしたら地雷だったという事実に、イオががっくりと肩を落としながらそうボヤいた。

 むろん、その間も手を休めることなく、である。

 ほとんど神がかりな動きを見せているイオに、やや苦笑を洩らしながらも、

「元々、農業のことだって貴方が私に訊きに来ただけなのにねぇ」

「ええ、ほんとですよ。幽香さんに、土壌の事で聞いて教えただけなのに……はぁ」

納得が行かなさそうに溜息をついたイオ。

「幾らなんでも、植物を強くさせるためとはいえ、元々の土壌が良くなかったら意味がないから幽香さんに聞いたんですけど……皆さん、全然信じてくれないんです」

けっと言わんばかりにそうぼやき続けるイオに、幽香はフッと笑い、

「ま、私としては余計な者が来なくて良かったけれどね。じゃ、頑張りなさい。もう少し、私は人里を回ってみるわ」

イオと戦っていた時の獰猛な笑顔でなく、穏やかな笑顔でそう告げるとしゃなり、しゃなりと鈴鳴るがごとくにして去っていくのであった。

 思わずイオが見とれかけ、その後ろ姿を見送っていると、

「――あら、イオじゃない。屋台やってたのね」

紅白の衣装をひらめかせながら、霊夢がのんびりとイオの目の前に立ってそう声をかける。

 何故か片手に御払い棒と、もう片方に巻物らしきものを持ちながら、興味津々にイオの作る料理を眺めていた。

「あ、ああ霊夢か。今晩は」

「はい、今晩は。……にしても、どれも美味しそうねぇ……特に、そこのお肉」

ビシッと御払い棒で指しながら、勘であろうか、イオも美味しそうだと感じられたフランクフルトの一本をまじまじと見つめる。

 涎をたらさんばかりに、かつ眼が爛々と輝いているその様は、普段のおっとりとマイペースな彼女の姿とはかなりかけ離れていた。

「……いや、食べたいんだったら、御金払ってよ。そんなに高くないでしょ?」

一本十銭と書かれた紙を示しながら、イオが呆れたように苦笑しつつそう告げると、彼女はうっ……と言葉に詰まり、

「い、いいでしょ別に。今月カツカツなんだから」

「……また調子に乗って使い過ぎたの?もう……仕方ないなぁ。一本だけだよ?」

仕方がなさそうに笑み、イオがはい、と言いながら霊夢が示した一本を渡す。

「えへへ……戴きます」

嬉しそうに笑いながら霊夢が受取り、大きく口を開けてかぶりついた。

 飄々とした態度を貫いている彼女も、どうやら今夜の祭りの空気に当てられているようで、やや浮かれているような雰囲気が漂ってくる。

「どう、美味しい?」

「――うん、最高よ。味付け」

にっこにことしながら塩胡椒というアクセントがよくきいているフランクフルトに、もう一回かぶりついた。

 微笑ましそうにそれを眺めていたイオは、ふと、誰かがこちらに視線を向けていることに気づき、そちらの方へと目を向ける。

 すると、そこには驚きで大きく眼を見開いた二人の魔法使いの姿があった。

「……霊夢が楽しそうに笑ってるとこ、初めて見たぜ」

「ええ……これ、異変かしら」

「おいこら私をどういう目で見てんのよ」

ギン!と、彼女も気配に気づいていたのか、鋭い光を眼に宿しながらアリスと魔理沙をきつく睨みつける。

 その姿に、やや照れ隠しの様な物も感じ取れたイオは、苦笑しながら、

「はいはい。流石に屋台の傍で暴れるのだけは止してね。僕も……キレるよ?」

「お、おう……」

にこり、と眼だけが鋭い光を放っている笑顔のイオが、魔理沙達に向ってそう言い含めた。

 思わぬ迫力に魔理沙が息をのんでこくこくと首を縦に振る姿を見て、イオはあっさりと殺気を収めると、再びお菓子や何やらを作りだしていく。

(……相変わらず怖いぜ。料理の事になると)

(今のはアンタが悪いと思うわよ……霊夢だって女の子なんだから)

「何か言いたいことがあるなら受け付けるわよ?」

ババっと御払い棒を構えながら、霊夢が鋭い眼のままで魔理沙達に詰め寄ると、

 

「――レイム?イッタハズダヨネ……?」

 

おどろおどろしい声が、霊夢の背後から響き渡った。

「あ、あわわ……」

「ちょ、ちょっとイオ、怖いわよその顔!」

目の前の二人が恐怖で青ざめる中、霊夢はというと……。

(……やばい。やっちゃった)

ただ、冷や汗を流すのみ。

「ホコリ、カブッチャウダロ……?」

ネェ、レイム……?

 ガシッと肩を掴みながらそう告げるイオに、ますます霊夢がびくつく。

先程の笑顔の彼女と合わせて珍しいを通り越して稀少な彼女の姿に、アリスと魔理沙は驚愕しているが、今の霊夢にとってそれは知ったことではなかった。

――というより、そんな余裕がない。

「――正座」

「……はい」

普段穏やかな気性の人物を怒らせたらどうなるかの実体験を、霊夢は味わう羽目になるからであった。

――合掌。

 

―――――――

 

「……うぅ……ひどい目にあったわよもう」

やや涙目の霊夢が、長時間(とはいえ、ほんの一時間程度だが)の正座によってしびれた足をさすっている姿を見ながら、魔理沙が恐る恐るイオに声をかける。

「……な、なぁイオ……アイツ、あんなに感情が豊かだったか?」

「うん?どういう意味?」

良く分からないような彼女の言葉に、イオが首を傾げながらそう尋ねると、魔理沙は言い淀み、

「いや、まぁな……アイツとはちっちゃい頃から知ってんだけどよ……いっつも縁側で湯呑傾けながら昼寝してるような奴でさ。いっつもめんどくさがってばかりだったんだよ。イオが来てからだぜ?やたらと感情見せるようになったの」

やや興奮したようにまくしたてる彼女に、イオはやや苦笑しながら、

「あのね……魔理沙?流石に霊夢に失礼だよそれ。毎回、僕が日々の妖怪退治で稼いだ金を賽銭に入れると、いつもあんな感じで笑ってる事が多かったよ?」

「いや、でもなぁ……」

「……じゃ、いつも神社にやってくる僕に慣れたんでしょ。あれじゃない?ひな鳥が親に餌ねだってるのとおんなじだよ」

「……かなり言い方きつくないかそれ」

思わぬ毒舌を吐くイオに、魔理沙が冷や汗を流しながら突っ込みを入れるが、イオは飄々として料理を作りつつ、

「いいじゃない別に。霊夢、すぐにお金使い切っちゃうんだから」

「……なんだかんだで結構根に持ってたのなそれ」

「あやや!イオじゃない、こんばんはー!」

ビュオォ!

 風の唸る声と共に、魔理沙と話していたイオに一陣の風が舞い降りてきた。

「なんだ、ブンヤじゃない。またネタでも探しに来たの?」

やや呆れたような表情で、アリスが舞い降りてきた射命丸にそう尋ねると、彼女は胸を張って、

「ええ!ここ最近でもないほどに、大盛況ですからね!幾つかお祭りの写真でも取ろうと思って!」

「その実、本当は何かあるんじゃないの?」

ニヤニヤとアリスが射命丸とイオとを見比べながらそう尋ねると、射命丸はにっこりと笑って、

「何の話でしょうか?私は取材に来ただけですよ?」

「だろうねぇ。僕が幻想郷に来た頃の、あの時の取材の様子と同じ雰囲気出してるし」

息が合っている彼らの言葉に、思わずアリスが言葉に詰まる。

 いたって何でもなさそうな表情で、イオが料理を作り続けながら、

「文、今のところそんなにお客さんも来てないし、一本どう?美味しいよ?」

ババっと動きながらそう彼女に告げると、彼女は一旦何かを考えるようなそぶりを見せてから、

「じゃ、フランクフルト二本で。結構おいしそうだし、これからちょっと回るから。腹ごしらえをしておきたい所だったのよね」

ふっふっふ、と目を輝かせながら射命丸がそう告げると、イオはおっとりと笑い、

「はいはい。じゃ、御金」

「二十銭ね。じゃ、これでお願い」

ちゃりちゃり、と幻想郷での金を渡し、代わりに二本のフランクフルトを受け取った彼女は、

「それじゃ、失礼しますね霊夢さんがた」

その言葉と共にまた風を残して立ち去るのであった。

「……相変わらず、フットワークが軽いわねあのブンヤ」

「そうでもないと、とてもじゃないけど新聞なんて出来ないと思うよ?僕が元いた世界でも、大体出来事が起きれば直ぐに新聞記者とか来てたし」

ぐつぐつと煮えている鍋を覗き込みながらイオがアリスのぼやきにそう返すと、彼女は呆れたように頭に手をやり、

「そう言うことじゃないわよ……で、ちょっと聞きたいのだけど。貴方、射命丸と妙に距離を取っていないかしら?何だか、妙によそよそしく感じられるのだけど?」

「……ねぇ、それって今聞くこと?」

苦笑を浮かべたイオが、カルメ焼きを作りながらそう尋ねると、アリスはジト眼になって、

「あたり前でしょう。貴方、その作業をしながらちゃんと会話が出来ているじゃない。だったら、別に遠慮する必要もないわよね?」

「いや、割と切羽詰っているんだけどなぁ……」

流石に、調理をしながら釣銭まで渡せるわけがない為に、イオが困ったようにそう返すが、アリスは容赦せず、

「黙らっしゃい。だったらその状態で聞いていればいいわ」

そう前置きすると、怒涛の勢いでまくし立てる。

「まず、あの偽月騒動からよ。貴方、あれから射命丸と話したの?」

「…………あ、これですか?御代は書いてある通りですよ?」

長い間の後、イオに話しかけてきた人里の人間に、彼は営業スマイルを浮かべながら言葉を返した。

 その様子に頓着せず、アリスはなおも言葉をつづけていく。

「それともう一つ。人里だと、結構な割合で貴方と射命丸が一緒に歩く姿をよく見かけたけど、それがあの宴会騒ぎの異変からぱったりと見なくなったわ。私は、人形劇の時しか余りここには来ていないけれど、魔理沙も妖夢も……それに、鈴仙も見かけてないそうよ。でしょ、魔理沙?」

「ああ、楽しそうに話してる姿、見かけなくなっちまったぜ」

割と楽しかったんだがな、見るの。

 イオから買ったフランクフルトを頬張り噛んで飲み込んだ後に告げた彼女に、イオは相変わらず苦笑を浮かべながらも客の相手をしていった。

 その様子に、動揺のかけらさえ見あたらないことに、アリスは眼を細めながら観察する。――どう見ても、内心の心情を隠しているようにしか見えないからだった。

「……ふぅん、そう。あくまでも貴方は自分を偽るつもりなのね?」

其の呟きに、しかしイオはなおも動じない。

「全くもう。アリスは色々と考えすぎだよ?僕は、単に文の事は親友だと思っているだけだし」

「――ま、そう言うことにしておくわ。どうせ、決めるのは貴方なのだし。……それより、如何しても教えてくれないのかしら?――ゴーレム技術の事」

「……いい加減しつこくないか、アリス。流石に何度も何度も聞いてる姿見るのは飽きるんだがな」

性懲りもなくアリスがイオに詰め寄る姿に、魔理沙が呆れて首を振りながらそう言葉をかけるが、アリスは飄々とした態度で、

「だって、どうしようもない位に知りたいんだもの。イオを監禁して拷問して吐かせたいくらいよ?」

「…………流石に暴力的なのは勘弁してほしいんだけど」

霊夢が落ち着いた状態に戻り、イオに手を振る姿に振り返しながら彼が抗議する。

「あら、貴方がひた隠しにするのがいけないんじゃない。言っておくけれど、貴方の技術は私の魔法にとっては重要極まりないのよ?何せ、木という物質でありながら、魂を持たせているのだから」

「……正確には、意志だけどね」

はぁ、と深いため息をつき、イオがとうとうそう言葉を紡いだ。

 その言葉を聞き、ギン!と、眼に鋭い光を浮かべたアリスが、ややイオに詰め寄りながら、

「そうそれよ。貴方の技術……あれに、能力をふんだんに使っているのは分かっているわ。ただ、予想と違っていたのは……あのコア部分に、何も文様が描かれていなかったことなのよ」

――通常、魔道具の類は、どこかしらに必ずその魔法陣などの紋様が描かれている筈なのに。

 腕を組み、考える仕草を見せながらアリスが自身の考察を述べていると、イオは面倒くさそうにして、手を振り、

「はいはい。面倒そうなのは後で答えるよ。今はこっちに集中させて。でないと……」

「――やっほーイオ。来たよー?」

「……恐ろしく大食いな子達もやってくるんだからさ」

イオを見つけ不機嫌そうな表情になった咲夜に連れられてきた、大人化したルーミア達を見つけて苦笑しつつアリスにそう告げた。

「……待って。貴方、ルーミアなの?」

余りにも雰囲気そして元の少女の姿からは想像もつかないほどに成長した彼女に、アリスが茫然となって訊ねると、ルーミアはにっこり笑って、

「えへへ、永琳先生に薬を作ってもらって、一時的に人間になってるんだ~。妖怪の姿だと皆が怖がっちゃうからね」

「……………………ねぇ、イオ。貴方……ロリコンの気でもあるのかしら?」

「はい待とうか。どうしてその台詞が飛び出て来たわけ?」

余りの言われように、イオがジト眼になってアリスに尋ねると、彼女は同じようにジト眼になってイオを見返しながら、

「どう見てもそうとしか言いようがないわよ。何よこれ、イオと同年代くらいにまで成長しているじゃない。貴方、もしかして幼い女の子たちを育てて悦に入る趣味があるわけじゃないわよね?」

「……そんなに喧嘩を売りたいの?そう、だったら僕はもう何も教えない」

フン、と完全に不機嫌な表情になったイオが、そっぽを向きながらルーミアに声をかけようとすると、アリスが慌てた表情になって、

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。違うんだったらそうと言えばいいじゃない。そこまで怒らなくともいいでしょう?」

「あのね……同居人に対して劣情持ってるなんて疑われたら誰だって怒ると思うよ?そもそもさ、僕は慧音先生によくよくルーミアの事を頼むよって言われたから、こうしてルーミアと一緒に暮らしてる訳だし。それにさぁ……幾らなんでも子供に対してそんな感情持っちゃったら終わりでしょ」

ぐつぐつと煮えたぎっている鍋の中のフランクフルトを覗き込みながら、イオが尚も不機嫌な表情でそう言い返すと、アリスは流石に悪いと思ったのか、ばつの悪そうな顔になって、

「わ、悪かったわよ……ごめんなさい」

「あはは、イオにかかっちゃアリスも形無しだな。だけどさ、イオ?こんなに成長したルーミアを客観的に見てお前はどう思ってるんだよ?」

からからと笑いながら、魔理沙が興味津々といった風でイオにそう尋ねると、そこでイオはようやくにしてまっすぐにルーミアを見やり、

「……ま、浴衣がよく似合っているとは思うよ。元々顔だちもきれいだしね。でもねぇ……幾らきれいになった所で妹分は妹分のままだし」

そしてばっさり、と切り捨てた。

 その言葉で、がくり、とルーミアが膝から崩れ落ちる。

「イオ……流石にその言葉はないだろ?女の子って結構着飾るのが好きなんだからさ」

今の自分の姿(つまりは普段の白黒姿と言う事だが)を棚に上げ、魔理沙がちょっと顔を顰めて文句を言うが、

「そうかなあ……どっちかって言うと、僕は咲夜さんの方がまだいいと思ってるし」

しれっとしてイオが、流し眼で現在の咲夜の格好を見ながらそう告げた。

「えっ!?」

思わぬ一言に、秋祭りの為に購入した浴衣に着替えていた彼女が、驚きの声を発する。

 だが、イオの言う事も最もであろう。

 それと言うのも、彼女の銀髪に合った色合いを持ち得ているからだった。

 淡い色合いの薄い藍色の布地に、所々にして十六夜の月が描かれたその浴衣は、銀髪と相まってかなり神秘的なものとなっており、近くにいる人里の男達もちらちらと彼女の格好を盗み見ているのをイオは知っているために、尚更そう思えるのである。

 とはいえ、イオの好みとしてはそうであったとしても、見とれる事はなかったであろう。

 それはなぜなのかと言うと……

(ま、カルラさんには負けるとは思うけどね)

何せ、イオの友人とも言える彼女は、鴉の濡れ羽色とも言えるような艶やかな黒のロングヘアーを持っており、その上、近隣諸国でも騒がれるほどの美貌の持ち主なのだ。

 どういう訳か、彼女と十三歳の時に縁を結んでからよく彼女の邸宅に呼ばれる事が多かったが、その時その時で彼女は色鮮やかなドレスを着こなし、当時の若きイオがよく見とれた事もあった。

 そうした事情もあり、彼はここ最近では女性の着飾った姿に見とれることがなくなりつつあったのである。

 つまるところ、彼の基準がカルラと言う知人にある以上、原因はそこに集約されていると言ってもいいであろう。

「あ、あの……イオ?私、そんなにいいと思う?」

普段は淑やかにレミリアの傍にたたずむメイド長は、あわあわと動揺しているような姿を見せつつイオにそう尋ねた。

「うん、よく似合っていますよ?銀髪って結構色合いとしては主張が激しい色だし、難しいだろうなとは思ってましたけど……うまい具合に服装が合ってます」

所々に、咲夜さんのモチーフとも言える物もありますしね。

 どこぞの審査員のようなイオの言葉に、それでも咲夜は嬉しそうに笑って、

「そう……嬉しいわ。普段、こういうのを着た事があまりなかったものだから。実の所、お嬢様から休暇を言い渡されて結構驚いたのよ?」

先程のイオに押しつけられたフランたちの警護の事での恨みも忘れたか、ニコニコとした表情でそう告げる咲夜。

 そんな二人の会話に、

「……ねぇ、フラン。あの何でも屋ってさ、結構女たらしだったりする?」

「う~ん……否定は出来ないかも」

ミスティアがこそこそとフランに耳打ちしてきたその言葉に、フランは成長した姿で苦笑を浮かべ。

「おい、もしかしてお前チルノか?やたらでっかくなったなぁ」

「えっへへ、アタイったら大人になったよ魔理沙!触られても大丈夫な体にもなった!」

「はぁ?って、そういや確かにいっつも冷たい空気があったのに……お前、もしかして人間になったのか?」

「あはは……フランちゃんとルーミアちゃんと同じなんですよ。あの永遠亭の先生に薬をもらったんです」

そっちのけにして魔理沙がアリスと共にチルノと大妖精に話しかけたり。

「うぅ……イオの馬鹿ぁ……」

「……まぁ、いい事があると思うよ?」

しょんぼりと体育座りをしているルーミアに、リグルが慰めの言葉をかけていたりと。

 やや、カオスな空間が出来上がっていた。

――そうしているうちに、イオがあることに気づく。

(およ……もう無くなってきてる?)

其れなりに多く用意していた菓子類やフランクフルトの在庫が、そろそろ底を尽きかけていたのだった。

「ふぅむ……どうしよっか」

「?どうかしたの、イオ」

ルーミアが覗きこむようにしながらイオにそう尋ねると、イオはやや困った風にして、

「いやあ、在庫が無くなって来てさ……ま、無くなったら無くなったで屋台を閉めるつもりでいたから別に良かったけど」

「そうなのかー……あ!だったら、この後一緒に秋祭り行かない?欲しいのがあるんだー」

先程落ち込んでいた様子から一転して、ニコニコと笑顔でルーミアがそう言うと、イオは相変わらずも其れなりに忙しそうにしながら、

「そう、だね……じゃ、一緒に行こっか。そろそろ、僕もちょっとお腹が空いてきた所だったし」

「えへへ……じゃ、フランたちにも言ってくるね~」

嬉しそうな笑顔でルーミアがそう告げると、イオの屋台からちょっと離れた所にいた人妖レンジャー六人+αωβに告げるべく、とことこと駆け出して行く。

 その後ろ姿を見送りながら、イオがふぅ……と息をついていると、

「――今晩は、イオ」

「!!?って、なんだ紫さんか……全く、驚かさないで下さいよ。思わず身構えてしまったじゃないですか」

何時の間に来ていたのか、イオが振り返った先には、八雲家の首長たる紫と、藍、そしてもう一人二股の尾を持つ、猫耳が頭頂部につけた少女が立っていたのであった。

 人里の祭りで見かけるにしては余りにも珍しい姿に、

「どうしたんです、紫さん?何か、僕迷惑かけちゃいました?」

ちょっと不安そうな表情になったイオが、恐る恐るそう尋ねると、紫は穏やかに笑って、

「あらあら、そんなに警戒しなくとも貴方はよくやってくれているわよ?貴方が何でも屋として中立で続けているから、私としてもそんなに気を揉まなくともよくなっているからね。今夜はただ貴方のフランクフルトを食べに来たのと、ある子を紹介しに来ただけよ」

「……ああ、見かけない人がいるなと思ったらそうだったんですか。お名前を伺っても?」

「ええ……ほら、橙(ちぇん)。挨拶しなさい?」

「はい!え、えと今晩は!八雲藍しゃまの式をしております、橙(ちぇん)と申します!」

「今晩は。イオ=カリストと申します。以後よしなに。で、フランクフルトでしたら、此処に書かれている通りですよ?そろそろ、在庫が切れ始めてますけど」

「あらあら、かなり人気だったのねぇ。見るからに美味しそうだし、何だか分かる気もするわ」

くすくすと口元を扇子で覆いながら楽しそうに笑う紫に、イオは苦笑しつつも三本のフランクフルトを彼女に手渡した。

「ま、結構自信作ですからね。どうぞ、お召し上がりになって下さい」

ちょうど、彼女たちに渡した分でフランクフルトの在庫が無くなったイオが、ニコニコと笑いながらそう告げると、橙が目を輝かせ、大きく口を開けて頬張る。

 と、すぐに目を見開き、

「お、美味しい!」

「そりゃよかった」

料理人にとって何よりもうれしいその言葉を聞き、イオは一層ニコニコしていた。

「フフ……本当に美味しいわ。藍にはかなりの御馳走なんじゃないかしら?」

「ええ、久方ぶりに肉の類を、それもかなりの上物を頂きましたよ。パリパリと腸の皮が弾ける感覚が、とてもたまりません」

元が肉食動物と言う事もあってか、かなり嬉しそうな笑顔で藍がそう告げる。

 その時だった。

 

「――あー!?フランクフルトが、も、もう無くなってるー!?」

 

悲痛な声が、提灯で照らされた夜道に響き渡る。

 ぎょっとしてイオが屋台から顔を出してそちらの方を見やれば、そこには絶望に彩られた表情で立ち尽くしている阿求の姿があった。

 そこで、イオはあー……と呟き、

「そういえば、阿求さんの分用意するの忘れてたや。どうしよ……御菓子類はまだ残ってるから、それで許してくれないかなぁ?」

ぶつぶつとイオが呟く言葉に、紫が後ろで苦笑すると、

「幾らなんでももうちょっと考えてあげなさい。阿求、今日の祭りを随分楽しみにしていたんだから」

「ですよねぇ……」

顔を出した状態で後ろに振り向きながらイオが苦笑していると、

「――イオさぁん……酷いですよぅ」

うるうると眼を潤ませながら、いつの間にか近づいてきていた阿求がイオに向って詰め寄る。

 そのまま、屋台から顔を出していたイオの胸倉を思いきりつかみ取ると、ぐらぐらと揺らし始めた。

「わ、私凄く楽しみにしてたのに―――!!」

「わ、ちょ、あきゅ、うさん、揺らさないで!?」

思いのほか強い力でぐらぐらと揺らされ、イオが驚いて制止を呼び掛けるが、彼女は相も変わらず涙目のまま、

「酷いです酷いです酷いですよぉおお……!た、楽しみにしてたのにぃぃ……ひぐ、うわああんっ!」

とうとう泣き出しながらイオを弾劾する。

 しかも、ぽかぽかと彼の胸を叩き始める始末であった。

「ちょ、ちょっといた、痛いですって!あーもう、分かりましたから!今度阿求さんの御宅に伺って料理を作らせて戴きますから、それで勘弁して下さい!」

必死になって彼女の攻撃を止めながらイオが叫ぶと、ぴたり、と阿求の動きが止まる。

 恐る恐るながら、イオが彼女の顔を覗きこもうとすると、がば、といきなり阿求が顔を上げた。

 ぎょっとなりながらもイオが、

「あ、阿求さん?」

と声をかけるが、無表情になった彼女は何も告げない。

 そのまま、膠着状態に陥るかと思えたころ、無表情な彼女から声が上がった。

「……ほ、本当に作ってくれるんですか?」

否、無表情と思えたのは錯覚であり、彼女は眼だけが爛々と光り輝いた状態で、イオにもう一度詰め寄る。

 期待がかなり込められている彼女の眼に、イオがたじろぎながらも、

「え、ええ。お詫びの証しとしてですけど」

「構いません!ええ、構いませんとも!!材料はたっぷり用意いたしますから、遠慮なく作って下さい!」

「あ……阿求さん、キャラが変わり過ぎじゃないですか……!!?」

初めの頃淑やかな女性だと思っていた彼女が、今現在かなりはしゃいでいることにイオが心底から驚愕した。

 そこへ、呆れたように首を振りながら紫が、

「……もう、阿求?幾らなんでもはしたなさすぎるわよ?もう少し落ちつきなさいな」

「へ?……わひゃ!!?ゆ、紫さん!?」

阿求がイオの後ろにいる紫にやっと気づき、驚きの声をあげながらイオから離れる。

 その様子に紫は尚も呆れた表情のまま、

「紫さん!?じゃないわよもう。全く、一応イオの料理はあまり食べないように通達はしてあるんだから。その事を分かっているでしょう?」

「う、うぅ……でもぉ……」

どうしようもなく諦められないという態度が見え見えな阿求は、もじもじと両手の人差し指をつんつんとさせながら、口からうめき声の如き思いを発した。

 その様子に、ふぅ……と、疲れたように溜息をついた紫は、彼女に対し静かに言葉をかける。

「イオが料理をあまり人里の人間たちに作らないのは、人間が余計な力を得て妖怪たちに警戒されないようにと言う理由があるのよ?それに、無駄に人里の長老衆に警戒されたくないがためにそうしてるのも、ね」

「……そう、ですよね」

しょぼん、と顔を俯けながら阿求がそう呟く。

 その様子を見ていられなくなったのか、イオがちょっと困ったような表情で、

「いや、流石にそこまで食べたがっている人がいたら、料理を作るようにしていますよ?」

「ちょっとイオは黙っていなさい」

「イ、イエッサー!?」

殺気と共に紫に睨まれ思わずイオが敬礼をした。

 そんな彼に頓着せず紫は扇子で口元を覆ったまま、阿求に向き直ると、

「まぁ、食べたければ別に止める心算もないけれど……くれぐれも気をつけなさいね?」

遠まわしにイオの料理を食べてもいいという許可を、示すのであった。

 その言葉を聞いた彼女がどうしたのかは……言うのも野暮と言うものであろう。

 

 

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