「人、いるのかなあ」
若干、警戒している様子ながらも、それでも一応入ってみる事にしたイオ。
――そこは、一言でまとめるならば『混沌』であった。
あらゆるものが雑多に置かれ、どう見てもゴミのようにしか見えない代物まで置いてある。
(……ガラクタ?)
取り敢えず置きましたとしか見えない物体に、ジロジロと観察しながら思った。
そこへ、
「――おや、お客さんかな」
静かな男性の声が掛けられる。
見れば、カウンターの奥の居間らしきところから、カーテンのような布を持ち上げている、大体二十代半ばのように見える男性がこちらを不思議そうに見ていた。
銀髪に赤みがかった黒眼、165㎝のイオとかなり離れたその高い背丈。
涼やかなその顔だちは、さぞ若い女性が見つけたならば離さないだろうと思わせた。
「あー……と、すみません。此処って……お店だったりします?やたら、色々と置いてますけど」
自己紹介よりも先に、イオはその事が気になってしょうがなかったため訊くと、
「まあね……一応、僕としては店を経営しているつもりなんだけども。どうも、近辺の人たちには不評でね。ま、幻想郷中で一番珍しい物を取りそろえていると自負しているよ」
言外にゴミのように見えるといわれている事に気づいたのか、やや苦笑しながらカウンターに近づいた青年。
だが、イオはそんなことよりもある言葉が気になった。
「――幻想郷?」
今まで聞いた事すらない地名に、キョトンとするイオに、
「ふむ?その様子だと、君はここの住民じゃなさそうだが……?」
「あー、まあ、旅人と言った方がいいんでしょうか。どうも、迷い込んでしまったみたいで、此処が何処なのかすら分からないんですよ」
正直、この店に入ったのも、人里までの道を訊くためですしね。
頭を掻きつつ、それでもルーミアが起きないように配慮しながらそう告げた彼に、
「……とりあえず、君が余所者だという事だけは分かった。僕の名は森近霖之助というのだが……良ければ、君の名前も教えてもらえるだろうか?」
「あ、そういや言ってませんでしたね。僕の名前はイオ=カリスト。旅をしてます」
霖之助に近づき、握手を交わしながら自己紹介をしたイオ。
と、そこで霖之助が、
「さて……所でなんだが、君の背中にいるのはルーミアかい?どうやら眠っているようだけど」
「ええ……歩いている途中で倒れているのを見つけましてね。この辺りどうも物騒にみえたもので、助けたんですよ」
「ふぅむ……?」
嘘ではないが全部を言っていないイオに、些か訝しそうな霖之助だったものの、直ぐに別の事に思考が切り替わったのか、ちょっと真面目な顔つきになると、
「まあ、いいだろう。……ところで、道を尋ねたいという事だったが……流石に詳しくは知らないのでね。君の助けにはなれないだろう。とはいえ、人里に行けば全部分かるだろうから、そこまでの道は教えておくよ」
「本当ですか?いや~助かりましたよ。結構困っていたもので」
「ふふふ……だろうね。長らく、商売に携わっているとそれなりに人を見る目も養われるから、何となくではあるが君が困っている事は分ったよ」
さらさらと、薄い紙のようなものに、地図と見られる絵図を描きつつ、霖之助は答えた。
「へー……凄いですねえ。因みに、お店何年やられているんです?」
「――――数え切れないほど、昔からかな」
ぴっと筆を上げ、やや悪戯っ子のような笑みを浮かべながらも、イオに地図を渡してきた彼は、一見して若い男性のようにしか見えない。
(??なんか、見た目若いのになー……?)
何となく、かなりの年月を経たようなその姿に、イオは少し不思議に思いながらも受け取ると、
「――それじゃ、ありがとうございました。また、縁があればここに来ます」
礼を告げ、イオは香霖堂を後にした。
少しして、ばたんという音が響き、
「おい、香霖。今いたやつ、誰だったんだ?」
溌剌とした、明るくかわいらしい女の子の声に、香霖と呼ばれた霖之助は苦笑しつつも、
「そうだね。――たぶん、『外来人』だと思うよ」
背中にルーミアを背負っていた、蒼紺色の髪に金色の眼を持つ青年を思いながら、そう答えるのであった。
――――――――
香霖堂を出てからしばらくして。
地図を見ながら歩いて行くうちに、次第に空が赤く染まろうとしている事に気づいた。「ありゃ、不味いなあ……夕方になってきてるよ」
ちょっぴり疲れたように苦笑しつつ、イオはルーミアを背負い直しながら歩き続ける。
と、そこでようやく気絶から覚めたのか、背中の気配がもぞもぞと動いた後、
「……あれぇ、此処、どこぉ……?」
と、若干寝ぼけたような声が聞こえてきた。
「おはようさん。よく寝られたかい?」
「ふぇ?……って、あー!?さっきの人間!?」
驚きの声を上げる彼女に、イオは苦笑しつつも、
「あはは……ごめんね?命の危機感じたもんだからさ、本気でやっちゃったんだよ」
と、本心から申し訳なさそうに謝る。
内心、
(これでまた襲い掛かってきたら御仕舞いだな)
と考えている事など、微塵も見せずに、
「ちょっといいかい?ここらで休戦といかない?」
「……なんでよ」
イオの提案に、少し間が空くと不満そうな声でルーミアが訊ねてきた。
「いやだってさ?そろそろ暗くなってくし、君みたいにやばいやつも当然いるんだろ?」「……まあね。夜は妖怪の世界だし」
「(ようかい……?)まあ、やりすぎちゃったし、安全な場所まで案内してくれると嬉しいかなって思ってさ」
とてとてと歩きつつ、イオは彼女に話し続ける。
すると、
「――なら、いいよ別に。美味しいものが食べられれば。丁度、このままだと人里に着けるし」
「およ?そうだったんだ。地図、一応貰ってたけど、迷うかもしれなかったし助かったよ」
笑顔になったイオがそう告げると、背中からため息をついたような気配の後、
「――――どうして、あの時倒れたままにしなかったの?私、貴方を食べようとしたんだよ?」
かなり不思議そうに、今更な問いをかけてきた。
「うん、まあね。――罪悪感からかな?どうにも、君みたいな姿の人外って初めて見たからさー。これでも、女性に対しては紳士的に対応する方だし」
苦笑しながら、それでもイオはのんびりとした様子でそう告げる。
その答えに、しばらく背中の気配は戸惑っていたものの、本気で言っているらしいと分かり、おずおずと背中に身を預け始めた。
「……そー、なのかー。なら、このまま、寝てもいい?」
「ん。どーぞどーぞ。着いたら起こしてあげるから」
「…………ありがと」
その言葉を告げるとともに、すうー、すうー、と寝息が聞こえてくる。
何やら、自分に妹が出来たように感じながらも、イオは足早に人里に向かうのであった。
――――――
――夕焼けが、夜に変わろうとする頃。
ようやく二人は、人里と呼ばれている集落にまでやってきていた。
「やれやれ……やっと、人里についたよ」
近くまで迫った木造の門にイオがそう呟くと、声に反応したのか、
「…………んぅ?ついたぁ……?」
と、背中でルーミアが寝ぼけたような声で訊ねる。
「うん、着いたよ。それで……何処に行けばいいんだい?」
「けーね先生が、いるはずだから、門番の人間に訊いてー……Zzz」
「って、おいおい……もう、また寝ちゃったの?」
仕方ないなあ、と呟きながらもルーミアをまた背負い直し、里の入り口に近づいて行った。
すると、近くに門番だろうか、何処となく純朴さが感じられるイオと大体同い年に見える青年が、槍と見える長い柄の武器を構えながら立っている事に気づく。
「や、どうもこんばんは」
取り敢えず、イオがその青年に近づき声をかけてみると、
「ああ……どうも。――あんた、妖怪かい?」
「(ようかいって何さ?)少なくとも、僕は人間ですよ。そりゃあ、見た目は変わってますけどね」
どうにも、人間扱いされていないように感じたイオが、やや不満そうな面持ちで返した。
思った以上の反応に、若干驚いたのか、
「そ、そうか……それはすまなかった」
と、思わずと言ったように謝った青年だったが、直後、近づいてきたイオの背中にルーミアがいる事に気付くと、
「なあ……そこにいるの、もしかして『宵闇の妖怪』ルーミアか?」
「……ああ、そう言えばそんな事も言ってたかな?多分、そうだと思いますよ」
一瞬、聞こえてきた異名らしき物に戸惑ったものの、すぐにルーミアのことと思い到り、のんびりとしてそう答える。
すると、青年が槍を構えて警戒し始めた。
「――どうして、そいつがそこにいるんだ?」
「ああ、それはこの子が倒れてたからですよ」
いえしゃあしゃあと、事実であるがすべてではない答えを返すと、
「この子に、けーね、先生でしたっけ?どうやらここにその人がいるという事だったので。野宿するわけにもいきませんでしたから」
「――慧音先生?……ああ、そう言えばそこの妖怪も授業を受けていたな。――まあ、いいだろう。中に入っていいが、寺子屋までは街の人に訊いてくれ。俺は門番の事があるからここを離れるわけにはいかないんだ」
「構いません。ありがとうございました。――と、所で御名前をお伺いしても?けーねさんに説明しないといけないので」
穏やかに微笑み訊ねてくる彼に、その青年は一瞬間を置いてから、
「……優吾だ。遠藤屋の次男坊の優吾だといえば通じる」
「分かりました。――感謝します」
少しばかりツリ目なその青年に一言礼を告げ、イオは彼の傍を通り中に入って行くのであった。
「……なんとも、不思議な奴だったな」
今晩門番の役についていた彼は、今しがたの少年のように見えた彼の事を思い、ふっとほおを緩ませる。
腰辺りに括りつけられた、彼には少し不似合いとも似合っているとも感じたあの刀たち。
何となくではあるが……かなり、腕が立つ人間(?)だと感じられた。
「――やれやれ、これから慌ただしくなるかね」
ついこの間に、雪止まぬ『春雪異変』があったというのに。
ちょっぴり溜息を洩らしながらも、優吾は門番を続けたのであった。