――冬。
あの秋祭りから二カ月と少しして、彼にとって初めての季節が訪れようとしていた。
無論、元の世界でも冬を経験した事がないわけではないのだが、元々が温かい気候のせいもあってか、ジルヴァリア大陸最東端の国であるクラム国では、あまり雪を見かけたことがなかったため、幻想郷での冬景色と言うものにかなり興味を抱いている。
――そんな彼の思惑とは裏腹に、今朝の空は隅から隅まで晴れ渡っているのが皮肉であったが。
玄関近くにある郵便ポストの横で、空を仰ぐようにして見上げ、
「……ラルロス、大丈夫かなぁ……」
そう呟きながら、恐らく仕込んだであろう魔法陣があると思しき方向へ眼を向ける。
彼の親友は、あの秋祭りの後、永遠亭にて仕込んであった世界間転移魔法陣をこの幻想郷に遺し、元の世界へと帰還したのであった。
『また、こっち来るからよ、この魔法陣は残しといてくれ。あのスキマの妖怪もちゃんと知ってることだから安心しな』
(……全く。本当に抜け目ないんだから。紫さんかなりやきもきするかもなぁ)
幻想郷の外に広がる世界とは別の異世界からの転移魔法陣など……正直、かなり危険なのではないかと思ったが、ラルロスを見送ってからも紫が一向にあの魔法陣を消す様子がない為に、まぁ、大丈夫だろうとは考えている。
(紫さん、どうやら進み過ぎた技術が持ち込まれないようにしているだけで、魔法等の幻想そのものが入ってくることに対しては余り何も言わないつもりらしいし)
もしかすると、イオ達の世界を幻想の避難先としても見ているかも知れない。
聞いたところによれば、幻想郷の外に広がる世界と言うのは、アルティメシア世界とは異なって人であふれかえっており、魔法等の幻想は消えうせた代わりに技術が進み過ぎているのだそうだ。
そうなると、イオ達の世界と比べ、遥かに幻想が住めなくなっている世界なのであろうとイオは見ていた。
(……あの妖怪の賢者の事だし、もし、幻想郷の結界が消えてしまうかもしれない事態に陥ったならば、僕たちの世界へ飛ばすとか考えるかも知れないしね)
「まぁ、そうなったらそうなったで別に何も言うつもりはないけどさ……それなりに、歓迎はするだろうし」
「――何を呟いているのー?」
ぶつぶつと、イオがこれから先の事を呟いていると、声を掛けられる。
ん?と、イオが声のした方へと目を向けると、そこの玄関の上がり口に、もこもこの半纏に包まれた何かがいた。
――否、何かではなく、どうやら寒さからかなり着こんだルーミアの様である。
「……そんなに寒いんだったら部屋で温まればよかったのに。どうしてわざわざ外に出てきたんだい?」
「うー……だって、部屋で眼を覚ましたらイオの姿が何処にも見えなかったんだもん。寂しかったんだよぅ」
若干、うるうると眼を潤ませながら、ルーミアが半纏に包まれたままイオに近づきそう告げてきた。
その様子にイオがやや驚いたように眼を開いてから、疲れたように嘆息すると、
「いや、あのさ……ルーミア?その姿に戻ってから、何かやたらとくっついてくる度合いが増してない?大丈夫なの?」
と、子供の姿に戻ったルーミアへ、呆れたようにそう尋ねる。
すると、彼女が頬を赤らめて、
「べ、別にいいでしょー?寒いだけだし!」
と言うと、そのまま玄関から出てきてイオの腰にひっついてきた。
若干、その耳が赤くなっているようにも見えたイオは、やや心配そうにその顔を覗きこもうとするが、彼女がうまい具合に太腿に顔を埋めているために、その様子がうかがい知れない。
諦めたイオが溜息をつき、ふと、そこで何やら視線を感じて周りを見回した。
すると、イオの家の近くで聳え立っている大きな木の陰から、こっそりと誰かが覗きこんでいる気配がするのを感じ取る。
「……?どなたですか?依頼があるなら受け付けますよ?」
犯罪以外で、ですけど。
そう言いながら、イオがルーミアをくっつけたままの状態で木の陰に近づくと、慌てたようにそこから誰かが飛び出してきた。
「あ、といや、そのだな……」
わたわたと、慌てたように手を動かしているのは、いつも世話になっている半妖の慧音。
何やら、イオとルーミアを見比べては何を想像しているのか、少しばかり頬を赤らめているのがおかしく見えた。
「……何やってるんですか慧音先生。何かご用だったんでしたら、声をかけてくれればよろしいでしょう?」
呆れたように首を振りながらイオがそう慧音に尋ねると、彼女はびくっと何故か体をはね上げさせ、
「い、いやその私は邪魔だったんじゃないかと」
「何がですか、もう。少し落ち着かれてください。ルーミアもキョトンとしてますよ?」
挙動不審な慧音の姿に、イオはやれやれと思いながらもそう告げる。
ルーミアも、やっと先程の様子から戻る事が出来たのか、眼をぱちくりとさせながら、それでもイオにくっついた状態で慧音を見ていた。
「それで、今日はどんなご用事ですか?依頼でしたら、受け付けますけれど」
一応、年末年始を除いて年中無休のつもりでいますし。
ルーミアの頭を無意識に撫でながらイオが慧音に向ってそう尋ねると、慧音はやっと我に返ったようで、こほん、と咳払いをすると、
「……済まなかった。そうだな、今日はイオに依頼を持ってきたんだよ。知っての通り、今は冬だ。どうしても、懸念を抱かざるを得ない物があってね」
「う~ん……慧音先生が懸念しているとなると……もしかして、薪などの燃料ですか?」
食料であれば、今年は豊作でしたから大丈夫でしたでしょう?
考えるそぶりを見せながらイオがそう慧音に尋ねると、彼女は深く頷いて、
「ああ、私とした事が……この事を忘れていたんだ。幸い、人里の方は普段から備えるようにと注意している事もあって、蓄えはちゃんとあるんだがね。心配なのは、私の友人の方なんだよ」
「……あぁ。あの露出狂で、きれいな白い髪の蓬莱人の方ですか」
彼女の言葉を聞き、ぽん、と手を打ちながらイオがそう告げると、慧音は頬を引き攣らせ、
「…………その、なんだ。妹紅は露出狂ではないからな?」
「ええ、隠れ露出狂なんですよね?あんな普段から言動が荒い割に、かなり変態ちっくな趣味をお持ちだとは思いませんでしたから、初対面の時は本当に吃驚しましたよ」
ニコニコとしながら毒を吐いてくる、普段の温厚で穏やかな気性のイオから想像も出来ない姿に、慧音はますます頬を引き攣らせ、ルーミアも驚いたように彼を見つめている。
幾分、カオスな状況になっていることにそこで気付いたのか、慧音がこほん、と再び咳払いすると、
「……君の、妹紅に対する態度はさておいて、だ。幾ら蓬莱人という死なない体であったとしても寒さにはやはり堪えるようでね……申し訳ないんだが、あいつに薪を作ってあげてくれないだろうか?ある程度、束を作っておけばあいつも少しは温まれるだろうしな」
本当だったら、妹紅を私の家に引っ張り込みたいほどなんだがね。
はぁ……とため息をつく慧音に、イオはやや目を丸くすると、
「およ?慧音先生が諦めているなんて、余程頑固な方みたいですね?」
あの時の彼女とは少ししか会話を交わしていないが、それなりに義理人情はあるらしきような感じもしたのだが。
イオの問いに、慧音は再び溜息をつくと、
「そうなんだよ……全く、あいつの頑固さにはほとほと手を焼いているんだ。気にしなくてもいいような事を、あいつが気にしているから……」
そのまま、ぶつぶつと妹紅に対する愚痴なのか、呟き始めた彼女にイオは慌てて話題を元に戻そうとして、
「じゃ、じゃあ僕は家に戻りますよ。また、慧音先生の所に行きますから、その時薪の束持っていきますね」
「……むぅ。まだ、あいつに対する愚痴が終わっていないのだがな……仕方がない。イオ、薪の事は頼んだぞ?」
まだまだ言い足りなさそうだった彼女だったが、最終的にイオに依頼を託すことが最優先と思ったのか、やっと眉間を元に戻すと朗らかに笑いながら去って行った。
やれやれ、とイオは慧音の愚痴から逃れられたことに安堵の息を洩らし、ふと、ルーミアがこっそりとイオを覗き込んでいることに気づいて苦笑すると、
「……どうしたの?何か気になるような事でもあった?」
穏やかなその声に、ルーミアがはっと我に返ると慌てたように首を振り、
「う、ううん!何でもない!」
「……変なルーミア。っと、いけないいけない。今日の依頼を確認しておかなきゃ」
フッと穏やかに微笑んだイオが、すぐに慌てたようにポストの中身を確認しようとして動きだす。
置いて行かれる形になったルーミアであるが、何やらイオの姿ばかりを見ているようで、やや茫然としているようにも見えた。
そんな彼女の様子にイオは気づく様子もなく、慌ただしい様子でポストの中身を覗き込んでいるようである。
「……むぅ。やっぱり、年末が近づいてきてるせいか、結構依頼があるなぁ」
恐らくではあるが、年末だからこその行事とも言える大掃除の手伝いをしてほしいという様な依頼かも知れない。
流石に、こういうものは一人で賄いきれる量ではない為に、イオはいつも裏技を持ち出していた。
「……アリスに見つからないようにしないと。流石に、分解はしないだろうけどさ」
やはり、生涯(不老不死である点で生涯も何もないが)の目標たる『自律人形の制作』というものが関わっている所為か、アリスの付き纏いようはとんでもないものがある。
よし、とイオは一言洩らすと、ぱん、と何かに祈るようにして柏手を打ち――直後、イオを中心として其れなりの大きさの魔法陣が生み出された。
「わわっ!!?い、イオ何してるの!!?」
慌てたようなルーミアの声に、およ?と首をかしげたイオは、ルーミアのいる方へと目を向けてみると、あと少しと言う所で魔法陣の外円に触れかけている彼女を見つける。
「ありゃ、ごめんよルーミア。ちょいと言い忘れてたや」
あっはっはー♪と笑うイオに、ルーミアは憤激して、
「忘れてたやじゃないよ!いきなり魔法陣をつくってどうする心算だったの!?」
「ん?いや、創ってたゴーレム召喚するだけだよ。安心して、そんなに大したもんじゃないし」
「そう言う時点でとんでもないのが来そうだから怖いんだよ!?」
あっけらかんとして笑っているイオに、ルーミアは今までのイオが創り出したものを思い出しながら大声で突っ込みを入れた。
それもそうなのかもしれない。
というのも、イオが作るゴーレムたちは、皆狙ったように人間そのものを模しており、尚且つイオ自身が与えるコアが自我を持っているがために、無表情でありながら情感たっぷりな身振り手振りをするのだ。
イオの作ったものであるとちゃんと理解していなければ、結構ブラックユーモアなゴーレムになっているのである。
思い出しているのか、若干涙目な彼女にイオはしかし困ったように笑いながら、
「でもねぇ……人間の体のつくりって結構良く出来てる部分もあるしさ。あえて人間そっくりに作ってるのも理由がちゃんとあるんだよ?」
「分かってるよそんなの!でも、怖いのは怖いんだよ!?」
ぷんぷん、と涙目のまま怒る彼女に、イオは仕方なさそうに溜息をつくと、
「むぅ……もう少し、ゴーレムの表情が変わるようにしないといけないかなぁ……」
などと、改良する部分を模索するのであった。
―――――――
「――さて、と。……目覚めろ、『フルナ』、『アルラウネ』」
目前に片膝をつくようにして佇む、眼が閉じられた二体のゴーレムに、イオは厳かに声をかけた。
――直後、二体のゴーレムが佇む魔法陣から緑光が広がり、周りにいた人々がなんだなんだと覗き込んで行く。
直ぐに、イオがゴーレムを起動させようとしているのだと分かり去って行ったが。
「ん、まぁまぁかな。――どう、二人とも。何か異常はないかい?」
能力を持つが故に、コアにした木の異常を悟れるイオが真剣な眼差しで目の前をじっと見ながらそう尋ねる。
『――お呼びですか、マスターよ』
『――また依頼のようですねぇ?』
テレパシーのような言葉が、二体のゴーレムから飛び出た。
がしゃり、と木でできている筈のボディーから重厚な音を響かせつつ立ち上がったそれらは、なるほど、『疾風剣神』或いは『蒼き龍の血族』と呼称されるイオの従者らしい佇まいである。
片方、堅苦しい物言いのゴーレムは、男性型のようで男らしい体つきをしており、幾らかその装備はきっちりとした風にも感じ取れた。
もう片方は、のんびりとした物言いからしても分かる通り、女性型に相応しい体つきであり、こちらは優雅なドレスにも見えるようにして装甲が作られている。
そんな二体のゴーレムたちに、イオは満足げに笑って頷くと、
「うん、大丈夫みたいだね。今日君たちを起こしたのは、これから年末が近づいて来ている所為か、依頼がちょっと増えているんだ。その手伝いをしてもらうよ?」
『『御意』』
ざざっとフルナとアルラウネがそれぞれの型にはまった一礼をし、了承の意を告げた。
それぞれ異なる顔形をしている彼らに、イオは再び満足そうにうなずくと、
「さて、と……後二人とも?――アリスにはくれぐれも注意しておいでね?」
流石に我が子とも言えるようなゴーレム、分解されるのは嫌だからさ。
疲れたように表情を暗くさせながらそう告げた自分たちの主に、思わずゴーレムたちが固まる。
『……あの、マスター?そんなに危険な状態にまで陥っているのですか?』
フルナがやや怯えたような念話を飛ばしてくるのを聞きながら、イオは深いため息をついて、
「正直、僕も疑いたくなかったんだけどねぇ……アリスの執念深さを見誤ってたかな。まさか、実際に作ったコアを強奪されるとは思わなかったよ」
秋祭りの時に出会ったあの人形遣いは、あのちょっとした騒動の後イオの家にまで押し掛けてきて、イオの作ったゴーレムの核を要求してきたのであった。
製法そしてどういう仕組みであるかを一応提示して見せはしたが、流石のイオもそこまでしてあげる気もなかったために突っぱねたのである。
――だが、それは間違いだった。
「――本当、見縊ってたねぇあれは」
人形たちを勢ぞろいさせながら、にっこりと眼だけが笑っていない笑顔と共に家を壊されるか、命を奪われるのどちらかを選べと告げてきた彼女は、可憐な見た目とは裏腹にかなりの悪魔だったとイオは断言できる。
(……おかげで、本気でコアを作らないといけなくなったしさぁ……ちょっと、流石に恨むよアリス)
ルーミアもあの時は恐怖で涙目になりながらブルブルと震えていたのをよく覚えていたイオは、流石に同居人の命までも危険に晒せれるわけもなく、大人しくコアを作り上げた。
とはいえ、たかだかコアを組み込んだ程度では、今自分の目の前にいるゴーレムたちのように感情豊かな物を作り上げることなど、到底できはしない。
故にイオは彼らに警告を促したのであった。
「……とにかく、二人とも本当に気をつけるようにね。普通に接していれば、アリスに感づかれる事はない筈だからさ」
アリスの作りだすであろうゴーレムと、イオの創り上げたゴーレムとはほんの些細な、しかし重大な差が存在するが故に、そうそう気づかれる事はないとイオは踏んでいたので、楽観視をしていると言っていい。
そんな彼に、主人に忠実なゴーレムたちは再び姿勢を正すと、
『ええ、気をつけます』
『マスターも、御気を付けて』
「はいはい、じゃあこの依頼状をよく読んで、それぞれの場所に向って。失敗は……出来ればしてほしくないけれど、しょうがないときはしょうがないから。後は……相手方に失礼のないようにね」
『『御意』』
深い一礼と共に、イオの用いる体術の一つである『縮地』を使用し、一気に飛び去って行く彼らを見送った後、イオは幾つか残った依頼状を見てから、
「――じゃ、ルーミア。お留守番頼んだよー?」
「あ、うん……って、結局ゴーレム呼び出してる!!?」
っとん、と空に飛び上がったイオに、ルーミアの叫び声が届いたのであった。
―――――――
「……ほい、阿求さん。こんなのはいかがかな?」
「…………頂きまぁす(ぱくり)。……やっぱり、美味しいですねぇイオさんの料理は」
えへへ、と嬉しそうに笑い、そう言いながら転生を繰り返している少女はまた一つ、イオの差し出した料理――否、お菓子を頬張る。
「甘く、口の中でとろけるようなこの食感……!うふふふふ♪」
「……いや、まぁその……楽しんでいるようでなによりです」
年相応とも言えるような彼女の態度に、イオは苦笑するしかなかった。
――さて、イオが何故阿求の所へと訪れているのかと問われれば、あの祭りの事が原因である事は言うまでもないことである。
年末も近づいていることとあってか、イオはアルティメシア世界での年越しの料理、そして、年明けの料理を稗田邸の料理頭の者へと伝授していたのであった。
まぁ、年越し年明けの料理とは言っても、年越しの方は温かい物を、年明けでは豪勢な料理を食べるのはどうやら世界を越えても変わらぬ共通点であるようで、しかも、割と手軽に作れるとあってかかなり好評の様である。
にこにこと笑っている阿求を見れば、イオの料理が如何に美味しいものであったのかがうかがえようというものだった。
「……にしても、こっちの年明けの料理は見た目華やかですねぇ」
「イオさんの所のは、そんなに色鮮やかではないですね」
川などでとれた海老や岩のりを使用した物や、妖怪の賢者が特定の業者に仕入れているという魚介類。
そして、幻想郷で獲れる鹿や猪等の肉類を薫製した物等。
とにかく、幻想郷の年明けのお節料理と言うのは豪勢を尽くしたようなものであった。
それと比べてアルティメシア世界、それもクラム国首都リュゼンハイムにおける料理と言うのは少々ばかり彩りが足りないように阿求は思う。
彼女の言葉に、イオがやや苦笑するようにして、
「最近は魔法が発達してきた事もあって物資が届きやすくはなっているんですけどね。そもそも、転送魔法を使用するにあたって其れなりに魔力を使う事もあって、大体が王城等の緊急時にしか用いられないんですよ。しかも、個人で扱えるものでも少ない荷物しか転送できませんしね。だから、行商人の方は大体荷馬車で荷物を運んでますし、街の商人の方は、専任農家の人たちと契約する事で仕入れているんですよ」
城壁から農家の畑や田はそれなりに遠いこともありますしね。
付け加えるようにして告げられた一言に、
「……大変ですねぇ、それは。農家がすぐ近くにある幻想郷とは大違いです」
はふぅ……と、悩ましげな息をつく阿求が、世界を超えた先でも苦労している農民たちにそう感想を漏らした。
「まぁ、それでもこの幻想郷のように海が無いなんてことはないから、栄養の面ではかなり助かっていますけどねぇ」
当初この世界に来てから、魚介類を取り扱っている所を探したものの、イオが今行ってきたところしか扱っていないという事実を知り、驚いた事を思い返しながらイオが苦笑する。
そんな彼に、興味津々と言った様子で阿求が、
「どういう魚介類がいるんですか?私、幻想郷の外に広がる世界にいる魚たちは知っているんですけど、そんなに多くは知らないんですよね」
「そうですねぇ……イカやタコ、海老などはこちらの外の世界と同じようなものです。ただ、海の中にも魔物はいますから。漁船の護衛と言う形で冒険者の人が同乗して、報酬にその討伐した魔物や、釣り上げた魚とかをもらっている人なんてのもいます。普通の魚もいますけど、討伐した魔物も大体は泳ぐことに特化してますから、普通の魚に似た体のつくりをしているんですよねぇ」
まぁ、かなり命がけになりますけど。
苦さが濃い、それでも穏やかな笑みを浮かべながら告げたイオに、阿求はやや戸惑ったものの、すぐに話題を転換させようと声をあげかけた、その時――
「――もう……こんなに食べちゃって。太っても知らないわよ?」
「失礼な!!……って、あれ?紫さん?」
突如として聞こえてきた妖怪の賢者の声に、阿求が反射的に反応し、すぐに不思議そうな表情で首をかしげた。
一見する限り、阿求の目の前の空間にはイオが右隣に座っているだけで紫の姿が見当たらなかったからである。
そんな彼女にイオが苦笑して、
「阿求さん、後ろ後ろ」
「後ろ……?――わひゃぁあ!?」
不思議そうに阿求が後ろを振り返り、そこで紫がスキマから上半身だけを乗り出して現われていることに気づき、思わずイオのいる方へと正座から一気に飛びあがった。
「……相変わらずですねぇ紫さん。人を脅かすのがそんなに楽しいですか?」
苦笑を浮かべたままイオが紫に向ってそう苦言を呈すると、
「あら、仕方ないじゃない。妖怪の本質は人間に恐怖を抱かせることなのだから」
「分かりますけどねぇ……幾らなんでも悪趣味過ぎますよ、それは」
はぁ……と、ほとほと疲れたように溜息を洩らしたイオに、紫はくすくすと扇子で口元を覆いながら笑う。
そんな彼女に、阿求はやや頬を膨らませると、
「……紫さんのいじめっ子。今日は何の用なんです?」
「ええ……まぁ、イオの料理の監視よ?名目上は」
「それ、単につまみ食いをしに来たとしか聞こえないんですけど……?」
ニヤニヤと笑いながら告げた紫の言葉に、イオは呆れたように首を振りながら突っ込んだ。
だが、紫はそれに頓着することなく、その場にあった取り箸用にしていた箸を手に取ると、イオの料理を一口一口、偶に美味しそうに舌鼓を打ちながら食べ始めた。
「あー!?ゆ、紫さんなにどんどんたべているんですかぁー!?わ、私の為に作ってくれたんですよぉ!?」
「こう言うのは早い者勝ち。ほらほら、悔しがってた所でわたしは待つつもりは毛頭ないわよ?……にしても、本当においしいわねぇ」
ひょひょい、とそれぞれの料理を一口ずつつまみながらぱっちりと片目ウィンクをしてのけた紫が、美味しそうにまた箸を運んで行く。
負けじと阿求もそれに乗っかり、紫の食べる速度に迫る勢いでイオの料理を食べ始めて行った。
(……なんて言う低レベルな争い)
思わずこっそり内心でそう思ったイオは、やれやれと首を振るばかり。
まぁ、それはそれとして、だ。
(――あの子たち、大丈夫なのかなぁ……?)
フルナと、アルラウネの二体のゴーレムたちが今、どうなっているのだろうか。
マスターとして、或いは、我が子がお使いに出かけたかのような思いで、イオは障子の窓からのぞいている青空を見上げるのであった。
―――――――
――所は変わり、こちらは寺子屋。
イオの作ったゴーレムの一体、『フルナ』は寺子屋の教師である上白沢慧音の前に立っていた。
『――本日の依頼を代行するフルナであります。以後よしなに』
「お、おお……イオのゴーレムか。以前にも会ったかな?」
いきなり木でできた人形が現れ、少々ばかり驚きで凍りついていた慧音が、フルナからの言葉でやっと我に返り、彼――と呼んでいいのか分からないが――にそう尋ねると、彼は首を振り、
『恐らく、それはもう一体のゴーレムの方かと。因みに、名をアルラウネと言います』
「そ、そうなのか……そういえば、確かに君のように男らしい体つきではなかったな。済まない、勘違いをしていたようだ」
『お気になさらず。ゴーレムを見るというのはそうそうないだろうとマスターも仰せになられていましたから』
一見して、無表情に見える彼の顔――無論、木で模られたものであり、それに色がついているものだ――に、イオでしか見抜けないような小さな笑みを浮かべ、フルナは首を振って否定する。
主人と同じように礼儀正しい彼に、慧音はやや微笑みを浮かべて頷くと、
「うむ、よろしく頼むよフルナ。今日の依頼についてなんだが……年末の事もあるから、子供達と共に寺子屋と広場の掃除を手伝ってもらいたいんだ。何分、一人だと皆をみてやれないからね。だから、二人で監督することになるだろう」
『畏まりました。では、何時頃に始める予定でしょうか?』
「ふむ、そうだな……授業の事もあるし、大体午後一時頃を目安にしようか。幸いというべきか、子供達の家はもう既に大掃除を済ませているようでね。午後いっぱいは子供達全員でかかれそうなんだよ」
お掃除手伝う―なんて、嬉しいことを言ってくれてね。
嬉しそうな笑顔を見せながら、慧音がそう述懐した。
『そうですか……それなら、早く来すぎたようですね』
寺子屋の慧音の部屋の壁にかかっている柱時計を見ながら、そうフルナが呟き、
「いや、それならそれで一緒に授業を受けてみないか?聞く所だと、イオに作られてからまだ数ヶ月くらいしか経っていないんだろう?」
『……私が、授業を?』
困惑したように眼をぱちくりとさせるフルナに、慧音は楽しそうにうなずくと、
「ああ。どうだい?」
『…………あの、知識の方は大体マスターから植え付けられているので、大丈夫なのですが……?』
恐る恐るといったように、フルナが慧音に提言すると。
「――受ける、よな?」
『――謹んで受けさせて頂きます』
にこりと笑んだその顔にとてつもない殺気を感じ、フルナはあっという間に意を翻した。
その様子はまるで、慧音に頭突きをくらわされる直前にあるイオのようであったという。
――――――
――場所は変わって、こちらはアルラウネ……のいる紅魔館。
彼女は、イオに代わりフランの家庭教師として紅魔館にやってきていた。
『――はぁい、ではこちらの魔導書でございますねぇ』
おっとりとした声(に聞こえる念話だが)で、アルラウネはヴワル大図書館のとあるテーブルの上でフランに魔導書を開いて見せる。
ちなみに、その魔導書は元の世界においてラルロスが書き上げた代物であり、イオが彼から譲り受けたものだった。
内容としては、アルティメシア世界における魔法とは何かを中心に据え置き、主に普人種(ヒューマンともいう、)が使用している五行属性の魔法、そして派生の十二属性、更に、最近見つかった複合属性という二種類以上の異なる属性を合成した魔法についても触れられている。
アルティメシア世界においては、リュシエール学院及びクラム国内では最高峰の魔法に関する教養を持っていたラルロスは、その知識量から『賢人』とも称されていたほどであり、故に、アルティメシア世界の魔法を教えるのは、彼の著述した本が最も最適であるとも言えた。
『さて、本日は複合属性について述べていきますねぇ』
「はい、よろしくお願いします」
にっこりと笑い、机に座ったままフランが深々と一礼すると、一時的な教師であるアルラウネへとそう言葉をかける。
『ええ、よろしくお願いしますねぇ。――さて、私達の世界では、魔法陣の構成によっては単一で強力な魔法を生み出す事も、はたまた、複数の属性を組み合わせる事で、別の新しい属性を生み出す事が出来る事は、マスターから伺ったと思いますが……』
「はい、イオからは凄く丁寧に教えてもらいました。実際にどういうのが魔法になるのかも実践も含めて見せていただきましたし」
『じゃあ、基礎としては大丈夫みたいですねぇ……それじゃ、今日の所は実際に魔法陣を組上げてみましょうか。フラン様の適正だと、主に炎のようですからそれをベースに色々と組み合わせてみましょう』
「はい!お願いします!」
たのしそうにきゃっきゃっと談笑する声が図書館に響く中、それを流し眼で見つめていたパチュリーが深いため息をつく。
「……?どうかされましたか、パチュリ―様」
「いえ、大丈夫よこぁ。単に、フランが凄くイイ子になったことに戸惑っているだけだから」
本当に、あの頃とは大違い。
複雑そうな光をその眼に浮かべさせながら、パチュリ―はぺらり、と自身が読んでいる魔導書を紐解いて行った。
「当初、あの祭りから帰ってきたフランを見たときは本当に驚いたわよ、もう。いきなり大きくなっているわ、妙に大人びているわであのレミリアが卒倒したしね。初めてだったわあんなに驚いたのは」
ぶつぶつと文句を呟く主に、小悪魔は苦笑するしかない。
「でも、すぐに効果は切れましたよねー?だったら、そんなにピリピリする必要もないんじゃないんですか?」
「甘いわよ、こぁ。ああして簡単に種族を変えられるのなら、私達魔法使いだって苦労はしない。全く、あの永遠亭の薬師は……もうちょっと、考えて薬を作りなさいよ」
小悪魔の言葉に、今度は不機嫌そうな光を眼に浮かべると、そのまま自身の作業へと没頭して行った。
何気にイオが創り出していたゴーレムがほぼ、いつもこの大図書館で資料を探しているアリスの最終到達点に近いことなど、気にも留めずに。
(……なんだかんだで、イオさんも結構反則気味ですよねぇ……)
ぽりぽりと頬を掻きつつも、小悪魔は黙って自分の仕事へと戻って行った。
『――さぁ、どうですか?』
「……く、意外に魔法陣を創るときが難しいですね」
単一属性だったら、簡単に出来上がるのですけれど。
イオが来るまでは子供のような言葉遣いだったフランが、いつの間にやら淑女めいた姿へと変わっている事は姉であるレミリアを始めとして、それなりに多くの知人達を驚かせたものだったりする。
――最も当人は、尊敬している人物がいつも礼儀正しくある事を真似しているだけなのだが。
(……兄様に、恥ずかしい姿は見せられないものね)
いつも穏やかに笑っている、この幻想郷において最強の剣士であるあの何でも屋を思い、フランは出会ったころの事を正直恥じていた。
何故なら、あの時ばかりは自身の感情への拙さが原因で、いつも彼が現れるたびに突進していた事が、彼を苦痛へと苛んでいた事を覚えていたからである。
(考えてみれば、吸血鬼の膂力で全力突進って相手がパーンって、はじけちゃうよ普通)
イオはその点、何でもないように回転させながら受け流していたが、それでも衝撃や痛みはかなりのものだった筈だった。
――吸血鬼の膂力は、彼の『鬼』と同等であるとされているからだ。
(……お姉様が、いつも淑女としてあるようにと言っていた理由が分かってきた気がする)
レミリアは、いつも優雅にただ吸血鬼としての誇りを見せつけていた。
イオに、決闘の依頼をしたあの晩、レミリアは確かに全力を出し、彼と戦っていたが。
――いわゆる、種族としての膂力を前面に押し出すことなく、弾幕と格闘が混ざった戦い方をしていたのであった。
その事をフランは……こっそりと地下室を抜け出した時に見ていたのである。
故に、フランはたびたび狂気に染まりながらもイオと戦っていった後に、どんどん理性を取り戻していったと同時に、今までの事を省みることが出来たのであった。
そういうことで、彼女は今まで以上に淑女として振舞っていく。
――奇しくも、レミリアが普段言っていたように、理知的な吸血鬼として。
(そういえば、お姉様……何だか最近、私を見るとちょっと溜息をつくのは何でだろ)
ふと、魔法陣を維持しながらフランがそう思った。
(お姉様の言うとおりにしているだけなのになー?)
首をかしげ、それでも同時に魔法陣に意識を割けるのは、流石魔力の扱いに長けた吸血鬼と言ったところだろうか。
とはいえ、イオの従者である――否、彼にとっては子供に等しいのだが――アルラウネにとっては充分不満の要素であったようで……。
『……フラン様?物思いにふけるのは構いませんが……お手元がお留守ですよ?』
不意に、今までのようなおっとりとしたものから変化した、しっかりとした口調で告げられ思わずフランがその場から飛び下がった。
――同時に、振るわれるは一見して木剣のようにも見えるそれ。
だが、実際の所フランはそれが見た目通りではないと知っていた。
「あ、あはは……ごめんなさい。ちょっと、お姉様の事で考えていました」
若干冷や汗を流しながら、フランは手元の魔法陣を崩すことなく維持し続ける。
何故ならば、その木剣はイオが創り出した、木製のように見えて木製のような脆弱性を持ち合わせていないという非常識な物体だったからである。
――ダマスカス鋼という、木目調が特徴的な物質をご存じだろうか?
現実世界においても、アルティメシア世界においても硬度が高い金属として知られている物質である。
そう、金属として、だ。
さて、御存知の通りイオは『木を操る程度の能力』の持ち主である。
当然、生み出せるものはゴーレムを始めとする、木製のものだけだ。
――故に、金属など生み出せるわけがない――筈であった。
(……幾らなんでも、金属と同等に硬度が高い木ってあり得ないでしょ……?)
その上、フランのスペルカードにも存在する武器、破壊と火の象徴であるレヴァンティンさえも防いでしまうあの木剣に、フランはじっとりと汗を流す。
正直、イオの剣技を受け継いでいると言っていい彼女――アルラウネとは、戦いたくないというのが本音だった。
『そうですか。まぁ、魔法陣の方も維持は崩しておりませんし、大丈夫のようですね』
もし、維持さえも崩していた場合は斬り飛ばしていたでしょうが。
楽しげな空気を念話に載せながら物騒な言葉を告げる彼女に、思わずフランはそっと眼を逸らす。
(……兄様、一体だれの性格を基にしたんだろ……)
普段おっとり加減で、キレたら怖いというアルラウネの性格。
イオが、元々の性格として穏やかなタイプであるが、怒ったとしても大体相手の事を思って言ってくれている事がほとんどだった。
訳も分からない位の理不尽さがあるようなキレ方は、少なくともフランの前ではしていないのである。
「……全く、あまり図書館内で暴れないでほしいのだけど?」
と、そこへやや不機嫌そうな光を眼に浮かべたパチュリーが、とてとてと彼女たちの方へ近づき、抗議をしてきた。
その台詞に、キョトンとしたようにアルラウネが首をかしげると、
『あら、そこまで物騒でしたか?』
「…………いや、あのね?普通は図書室で暴れようなんて思わないわよ?」
眼を瞑り、額に手をやりながら呆れたようにパチュリーがそう突っ込んだが、
『おかしいですねぇ……マスターに植えられた記憶には、大体マスターの事をめぐって暴れているような女性の方ばかりだったような気が』
「兄様向こうでどんな人に囲まれてたの!?」
フランが驚愕の表情を浮かべながら、アルラウネにそう突っ込んだ。
――だが、その一言はかなり余計なものだった。
その瞬間、アルラウネから醸し出している雰囲気が、良くないものへと変化したからである。
『――そんなにお聞きになりたいと?あの、マスターの周囲にいた少々キチガ……ごほん、あまり頭の宜しくない人たちの事をですが?』
「ヒッ!?」
一気にダウナー系の空気を出し始めた彼女に、思わず近くにいたフランが悲鳴を上げた。
どんよりとした空気を纏っていながら、その実表情としては無を通り越して虚無なのだから悲鳴を上げたくなるというものであろう。
だが、
「止めなさい」
『あうっ』
すぺん、と間抜けな音と共にアルラウネの頭がパチュリ―に叩かれた。
それによって彼女から放たれていた雰囲気が通常のものへと変わり、ようやくにしてフランは一息をつく。
同時に、今まで維持していた魔法陣を消すと、
「……ああ、怖かった。もう、アルラウネさん?いきなりあんな雰囲気にならないでほしいよ、もう」
やや、先程までの敬語を捨てながら、フランがアルラウネに向ってそう抗議をすると、彼女はなぜか指を振り、
『甘い、甘いですよフラン様。この程度の雰囲気に呑まれていたら、到底マスターの本気で怒った時の迫力には耐えられませんよ?』
「……むしろ、本気で怒った時の兄様の様子が思いつかないのだけど」
フランが困ったように眉根を下げながら、そう呟いた。
いつも、彼がこの図書館に来るときは決まってニコニコと笑顔を浮かべているからだ。
だがしかし、アルラウネはゆっくりと首を振ると、
『普通は、そうなんですがねぇ……マスターが怒るときは、決まってある事が絡んでいる事が多いのです。――例えば、身内の者が傷つけられた時、と言う状況だと特に』
「ふん。ある意味、イオらしいとも言えるわね。……で?その状況になった時どう対応すればよいのかしら?」
やっと騒動が収まったと判断したのか、近くにある長机にある席につき、パチュリーが再び魔導書を捲りながらアルラウネにそう尋ねた。
『――逃げてください。手に持っているもの全て捨てて』
「――っ!?」
思いもよらない彼女の言葉に、フランは再び驚愕の表情を浮かべる。
そんな彼女とは対照的にパチュリーはいたって冷静な態度で、
「……なぜ、そんな言葉が出てくるのかしら?」
『――簡単な事です。その時のマスターは……理性を、完全に失っている状態ですから』
「……はぁ、全く……たかだか理性を失った状態で何故そこまで警戒しなくてはならないのかしら?どう見ても、人間の体である以上は動きも制限されると思うのだけど?」
真剣な様子を醸し出しているアルラウネに、パチュリーは流し眼で彼女を見ながらぺらり、と再びページをめくりながらそう尋ねると、
『警戒せざるを得ないと思われますよ?――マスターがある二つの姿へと変化するからです』
「……」
アルラウネが告げた言葉に、パチュリーがページをめくる手を止めた。
「……どういう、こと?兄様が、二つの姿に変われるって」
そんな事、兄様には教えてもらわなかったよ?
きょとん、と首を傾げながら、フランがそう尋ねるとアルラウネはそっと顔を俯け、
『ええ……通常であれば、知る事は叶いませんでしょう。私が知っているのは……偶然の産物に近いものがあります。というのも、マスターから最近の知識を植え付けられた時、マスターの力のことに関しても流れ込んできたのですから』
恐らく、マスターもあずかり知らぬことだと思われます。
真剣な雰囲気のまま、アルラウネがそう答える。
「……はぁ。で?貴方はそんな事を私達に告げて、どうしようと思っているの?何だか、嫌な予感ばかりがするのだけど」
溜息をついたパチュリ―が、魔導書を置いてアルラウネに向き直ると、やや鋭い気配を眼に浮かべながら詰問した。
聞いたもう一人であるフランも、先程のキョトンとした様子から元に戻り、真剣な眼差しでアルラウネを見ている。
『ええ……申し訳ないのですが、殴ってでもマスターを御止めして下さい』
「……無茶な事を言っているという自覚は?」
『十分に』
頭を抱えながらパチュリーが告げた言葉に、しれっとアルラウネはそう返した。
ぴきっと青筋を立てたパチュリーが、ごごご……と魔力を高めていくのと共に、
「馬鹿にしていると取っていいわね?そう、ならちょっとお仕置きが必要かしら」
「ま、待ってパチェ!アルラウネさん、もう少し言葉を選んでください!!」
慌ててフランがパチュリ―を押し留め、アルラウネに向って諌言する。
だが、アルラウネは仕方がなさそうに肩をすくめ、
『どうしようもないのですよ。マスターがその二つの姿に変化した時……少なくとも、フラン様のレヴァンティン並の強力なスペルでないとほとんど効果がないのですから』
と、とんでもない一言を放ってきた。
「待ちなさい。その言葉から考えるに……イオは、何らかの鎧を身にまとっているととらえていいのかしら?」
すっと目を細め、パチュリ―がほぼ詰め寄るようにしてアルラウネに問いただすと、
『ええ。概ね、そのように思って戴いて構いません。――鎧という定義が成すかどうかは……少しばかり疑問ですが、ねぇ』
知識の中に存在する、イオが変化した二つの姿を思い浮かべながらアルラウネがそう返す。
「どういう意味?」
「……もしかして」
やや、不審そうなパチュリーと、何かに感づいたような表情を浮かべたフランの二人に、アルラウネは静かにうなずくと、
『――ええ。おそらくはマスターの種族に関連するものではないかと』
と、自身の考察を述べ始めたのであった。