――所変わり、アルティメシア世界へと目を向けてみよう。
あの秋祭りから少しして、ラルロスが故郷であるクラム国へと帰ってきたときはかなりの御騒ぎが起きていた。
それも無理はない。
きちんと事前に話をつけておいたとはいえ、もしかするとこれが今生での最後となる会話になるかもしれなかったのだ。只でさえ、次期当主になるという事もあるのに、だ。
故に、彼が自宅へと帰って来た時の事をダイジェストでお送りしよう。
『――只今―。帰ったぞー』
『………………わ、若が帰って来られたぞー!!?』
『うるさっ!!?』
――とまぁ、このような仕儀に至ったわけである。
当然のことながら父である現当主は喜びもしたし、あまり心配をかけさせるなとも怒っていたのは御愛嬌。
彼より三つばかり上の姉も、色々と複雑そうな笑顔ではあったが喜んでくれた。
最も、彼女の関心は弟よりもその親友にあったようで……。
『……イオは、いたのか?』
『おいおい……弟の心配よりもイオかよ。――ま、異世界に行ってしまってはいたが、元気でやってたぜ』
『――そう、か。――ラルロス?お前の事だから、当然行くようにはしてある筈だが?』
『誰が教えてやるかよ。アイツ、随分とのびのびとやってたからな。姉上も含めて、女難騒ぎを起こしたくねぇよ』
『あー……そのことなんだが』
『……?』
『――カルラが王侯家の現当主になった』
『――はぁあ!!?ちょ、まだ早くねぇか!?』
と、時折思いもよらないことを言われたりはしたものの、ラルロスはけしてイオの入る世界へ通じる魔法陣のことに関しては、黙秘を貫いていた。
そうして、過ごしていた時である。
「――あの、若様。カリスト家の者だと言う女性が……」
「――はぁ……来やがったか。――マリア」
のんびりと部屋でいつものように魔導書を読んでいたラルロスは、屋敷に勤めているメイドによって告げられたその言葉に、溜息をつきながらも覚悟を決めるのであった。
――――――
「……随分と、久しぶりねラルロス」
「まぁな。色々と楽しかったぜ」
「そう……まぁ、それは良かったとしか言いようがないし、そこまで興味はないけれど。――イオは、こっちに帰ってくるつもりがない。そう言う事でいいのね?」
「そう言ってたな、確かに」
ラルロスはそう言って、応接室の中で目の前に座る金髪碧眼の、大人らしくなった少女を見ながら静かに頷き、そっとティーカップを傾けた。
いたって何でもなさそうにふるまうラルロスに、相変わらずね、と静かに少女が呟いてから、同じようにティーカップを傾けると、
「……で、どんな様子だったの、アイツは」
「……そんな事でいいのか、聞きたい事は」
「っ。……全く、人が嫌がるような事を平然と聞いて来て……性格悪すぎよ?」
苦笑のようで、何だか泣き出してしまいそうな表情を浮かべる少女――マリア。
だが、ラルロスは冷然として振舞った。
「面倒な事はとっとと済ませてしまった方が楽だからな。ま、お前さんの聞きたいことが何なのかは分かってるつもりではあるし、答えを先に言っとくよ。――自業自得、だそうだ」
後、絶対許さないとも言ってたな。
「っ……そ、う……」
辛そうな表情になったマリアが、ぐっと涙を堪えながら顔を俯ける。
その様子に、ラルロスもやや決まり悪そうな表情になった後、ガシガシと頭を掻きむしってから、
「……なぁ。アイツがあんなに帰りたがらないのは結構珍しいと思うんだがよ。いったい何をアイツに言ったんだ?」
ちょっとやそっとじゃ、アイツは怒らないだろうに。
心底から不審の表情を浮かべ、ラルロスはマリアに詰問した。
すると、マリアが再び顔をゆがませ、
「……もう、自分の事を探さなくてもいいじゃない、そう言っちゃったのよ」
「…………あー……すまん。何とも言えねぇや」
イオの気持ちも、マリアの気持ちも均等に測っているつもりであるラルロスにとって、その言葉は分かり過ぎるほど心に響くものだ。
――家族としてならば、過去にとらわれることなく誰かと愛し合い、子を成せと言うであろう。
――だが、友としてならば、止めることなく彼の意志を尊重したいであろう。
「そっか……マリア。かなりブチ切れたんじゃないのかそれ」
「大当たりよ……まさか、善意のつもりで言った言葉が、あんなに傷つけちゃうなんて思いもしなかった」
「だろうなぁ……アイツ、家族にはちゃんと説明してたからよ。今更のように言われてかなり揺らいじまったんだろう」
自分を探さなくとも、幸せは見つけることができるなどと言われて動揺しない人間などそんなにはいないであろう。
少なくとも、ラルロス自身も自身の記憶がないと分かれば、死に物狂いで探し求める人間になっただろうから。
――それでなくともイオの記憶喪失は一般人が受けるものとは少しばかり異なっている。
通常、記憶喪失というのは頭蓋に何らかの強い衝撃が当たり(もしくは起こり)、そのショックによって過去の一部分、つまりはエピソードが思い出せない場合や家族や友人を忘れてしまった場合など、単純に一つの症状しか見いだせないことが多い。
だが、イオの場合はどうなのか。
彼の記憶喪失は――致死傷を受けたものによるのではないかとされているのである。
推定十三歳頃、つまりはカリスト家に引き取られる前の出来事になるが、カリスト家家主であるイオの養父――クリスが当初、裏路地の中で彼を見つけたときは……辺り一面が血であふれかえっていたという。
その時点で、元冒険者であったクリスはもう死んでいると確信したほどだったそうだ。
だが、その血だまりの中心にあるイオの体に触れたとき、幽かに、本当に僅かに息をしていた為に、クリスが冒険をしていく中で習得していた神聖魔法を全力でかけることによって何とか息をとりとめたのである。
その後、何とか安静状態にまで持ち、眼を覚ました時――既に、彼から全ての記憶が失われていた。
――己が名前は元より、自身の家族、友人、果ては日常生活に至るまで。
ある意味、一度死を経験し、赤ん坊として生まれ変わったのと同意義なのである。
故に、家主であるクリスは元より、マリアもイオが人として生きられるように励んできた。
その甲斐もあったのだろう。イオの精神は十二歳のまま……剣士として極まったのだ。
子供の精神でありながら大人へと成長していく過程の肉体だからこその、柔軟性を過分に生かし切るという形で、イオの才能が育まれたのである。
ラルロスは、イオがいない時にそうしてクリスに話を聞くことによって、イオがどんなに歪な状況にありながらまっすぐ育ってきたのかを、聴かせてもらった。
――故に、ラルロスはイオを認め、そして親友として支えていこうと決心したのである。
「……まぁ、アイツも分かってるだろうさ。本当だったら、飛ばされた時点で自分の本当の素性なんざもう調べられないと思っただろうしな」
「……?ねぇ、その言い分だと、イオがまだ調べているようにも聞こえるけど?」
「――それどころか、本当の自分の種族が分かったようだぜ?あいつ……向うの世界で見つけやがったんだよ」
「…………え?」
思わぬ一言に、マリアが凍りつく。
その状態に頓着することなくラルロスは語り続けた。
「信じられるか?アイツ、異世界の住民味方にして、元々人間だったのを、自分に流れてる血を濃くすることで亜人に変えやがったんだぞ?正直、アイツに再会した時は驚きもした。怒りも感じた。だが……アイツの、覚悟を決めたような表情見て、何も言えなくなっちまった」
寂しげでありながら、穏やかに笑うアイツの姿見たら……ホントに何も言えねぇよ。
やや、今更ながらのように後悔するような口調で、ラルロスは嘆く。
「ちょ、ちょっと待って……種族って、変えられるようなそんな代物じゃないわよね?」
「普通だったらな。……イオの辿り着いた異世界は、そう言う事が出来る力を持った奴ばかりが住んでる。俺も、其の世界にたどり着いたときは帰れねぇかもしれねぇと覚悟した事もあった。だが、ある人の助けがあったおかげで、この世界に戻れたんだよ」
「じゃ、じゃあ……イオは、もう今までのイオじゃ、ない……?」
愕然としたように、マリアが呟いた。
だが、ラルロスは眉を顰めると、
「馬鹿野郎。確かにアイツは姿は変わったがな、いつまでも優しいアイツのままだ。いくらマリアでもその発言は見過ごせねぇぞ?」
「っ!ご、ごめん……怖く、なっちゃって」
「分からないでもないが……アイツを否定する事だけは、止めてやれ。アイツは、確かにイオ=カリストなんだからよ」
これは変えられねぇ、事実だ。
勢い込むようにして告げ、ラルロスはやっとそこで一息をつく。
……しばらく、互いにティーカップを置く音が響く中、静かに黙っていたマリアが恐る恐る、ラルロスに声をかけた。
「……ねぇ、ラルロス。イオがいる世界には、行けないの?」
「……」
だが、ラルロスはマリアの問いに黙して語らず。
それを見て、マリアが聞こえなかったかと思い、言い募った。
「ラルロスが、こっちに戻ってこれたのなら、行く事も出来るはず……そうでしょう?なんて言ったって、ラルロスがそれを考えない筈ないんだから」
「……」
しかし……それでもラルロスは眉を顰めたまま何も言わない。
「ラルロス、お願い……イオに、謝りたいの。もう止めないって、貴方らしく生きていてくれれば、もう私は何も言うつもりはないからって」
「……マリア。結論だけ言っとく。――俺は、あの世界に行く手段を、確かに持ってはいる」
言い募るマリアに、ラルロスは端的にそう告げた。
思わず言葉を詰まらせたマリアに、彼は葛藤しているような表情のまま彼女に語り続ける。
「だが、アイツがのびのびとやっていけてるのを見てな……正直、こっちの事は言わない方がいいと思ったんだよ。ただでさえ、女性にやたらと言い寄られてたのを見てればな。カルラも、チェルシーも本当だったらアイツへ依存するのをやめるべきだったんだ」
「っそれは……!」
リュシエール学院という、本当であれば通える筈のない場所で出会ったマリアの二人の親友の名前が出たことに、マリアは言葉を荒げかけた。
だが、それ以上にラルロスも真剣な口調になって、
「こっちに帰ってきてから、姉上に教えてもらったんだがよ……カルラ、アイツは王侯家の現当主になったんだそうだ。――まだ若い筈の、リュウさんが何故か退いた事でな」
「あ……」
家の前に投げ込まれていた号外の新聞を思い出し、マリアはやや茫然となる。
ラルロスはそれに構わず言葉をつづけ、
「そうなると、だ……当然ながらカルラが望むだけではイオと結ばれる可能性が無くなってきていることになる。だが、逆にいえばアイツの家と同格たりえると思える貴族であれば、結ばれるということになるだろう。……アイツは、本気でイオを名誉貴族として取り込もうとしてるぞ」
そもそもが、冒険者ランクでSSという、あの若さでイオは最強の一角なんだからな。
マリアにも分かりやすいように告げられたその言葉に、ハッと彼女が息をのんだ。
「じゃ、じゃあこっちにいたままだったら……」
「まず間違いなく、アイツは雁字搦めにされるな。だから、そっとしておいてやろうかと思ってたんだがよ……」
この分だと、俺が向こうに行ける手段を持ってることを嗅ぎつけそうで怖えな。
ラルロスが、あまりのカルラの用意周到さにそう苦笑していると、
「――失礼いたします、若様。カルラ=エルトラム・フォン・クラム様がお越しになりました」
「…………ったく、噂をすれば影ってかぁ?ちっ、不用意に言うもんじゃねぇなホント」
立った今まで話題に出していたとんでもない人物が訪れたことに、ラルロスは全力で頭を抱えながらそう呟くのであった。
――そして、歯車は動きだしていく。
さて、以上の話により、イオの記憶喪失が起こった経緯が判明しました。
ここで皆さんが疑問に思うことであろうこと。
何故、永遠亭の薬師である永琳に事情を説明し、治さなかったのか。
それはおいおい説明に回ろうと思っております。
ヒントとしてとある魔術のインデックスにある箇所に、答えは存在します。
……まんま答えやんという突っ込みはなしで。