東方剣神録   作:上田幻

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――ぶつかり合うは、意地と意地。
さあ、剋目せよ。
これが、『疾風剣神』の本気だ。


第四十章「雪中舞うは蒼竜と人形遣い」

――弾幕ごっこは、熾烈を増していく。

 イオによる、新しく考えだされた気刃の弾幕と、アリスが張る七色の弾幕が宙を舞い、互いに喰らわんとして撃ち出されていた。

 一見して互角、そして勝負の趨勢さえ見えないほどの、圧倒的な戦い。幻想郷の実力者にふさわしい、弾幕ごっこである。

――まぁ、当人たちにとってはプライドの有無、そして命の有無にまでかかわるような出来事なのは御愛嬌と言う所だが。

「――ああもう!いい加減やめてくれよアリス!」

「馬鹿言わないで。今やらなくて何時するのよ?――少なくとも、私は今、貴方をとことん絶望的なまでに叩きのめすからそのつもりで」

「完全に死刑宣告じゃんか!!?」

喚いているイオに、アリスは冷静に、しかし怒りを以てスペルカードを宣言した。

 

――魔符「アーティフルサクリファイス」――

 

次から次へと人形が投げつけられ、段差的に爆発を起こしていく。

 まともに爆風をくらえば、幾ら龍人となったイオであっても気絶は免れ得ぬ為に、必死になって彼は空を逃げ惑った。

「ひやああ!?ちょ、アリス容赦なさすぎぃ!!?」

「何をいまさら。私は殺すつもりでやってるわよ?」

「ちょお!!?」

逃げ惑うイオに、アリスは淡々としかし怒りを込めながらも再びスペル宣言をした。

 

――戦符「リトルレギオン」――

 

爆風で逃げ惑っているイオに、人形が方陣を組んで囲い込んで行く。

 思わずぎょっとしたイオは、咄嗟に自身の技である第参の剣技を合成した。

 

――壱式漆式合成『絢爛舞踏』――

 

直後、イオの周囲に円を作るようにして気刃が生まれ、それぞれが天を向くと、一直線に人形に向って射出されていく。

 ドスドスッと鈍い音を響かせながら相殺していく彼の妙技に、アリスは内心感嘆を抱きながらも容赦する事はしなかった。

 

――咒符「上海人形」――

 

突如として、アリスの頭上にあった上海人形が、その両腕から魔理沙のようなそれでいて範囲が絞られた魔砲撃が繰り出される。

 しかし、イオは慌てることなく一つのスペルカードを宣言した。

 

――雷神之鎚「ミョルニルスパーク=レーザー」――

 

頭上から降り注ごうとしているレーザーに、ほぼ相殺する形で撃ち消えた魔砲撃を気にかけながらも、イオは油断なくアリスを見やる。

 既に、先程まで慌てていたようなコメディちっくな空気は取り払われており、変則的な弾幕ごっこではあるが、戦いの空気が漂っているのが見られた。

(……チッ。完全に今までが様子見だったと言わんばかりじゃない。上等よ、こっから地獄を見せてあげる……!)

怒りのままに、だがしかし、それでも戦いの趨勢を見極めんと、七色の人形遣いは空を舞い、駆け抜ける。

 対するイオの方も、襲い掛かってくる弾幕を風の、いや音の速さで避けながら、少しずつアリスへと近づきつつあった。

 それを冷静に眺めつつ、アリスは今出せる強力なスペルを詠唱する。

 

――魔操「リターンイナニメトネス」――

 

直後、イオの眼前で大きく爆発が発生した。

 思わぬ一瞬の出来事に、さしものイオも反応できずに爆風にあおられる。

――一瞬踏ん張り、そして足を止めた――そこは、すでに死地の範囲であった。

 故に、

「さて、これで終わり。――死になさい」

「ちょ、それは洒落にならな……!!?」

言葉と共に、アリスの放った強力極まりないスペルが宣言される。

 

――咒詛「蓬莱人形」――

 

前方に、アリスの創った人形の一つである蓬莱人形が、複数の体からレーザーが照射された。

 すぐさま、爆発と共に赤色を伴った煙が辺りを蔓延していく。

 しかし、アリスはそんなさなかにあっても冷静さを失うことなく、イオの生存を確認できるようにと、ただ待ち続けた。

 

――果たして、イオは地面に墜落していた。

 厚手の着物や髪からはやや黒煙らしき物が見え、更には自身の相棒でかつ得物である朱煉でさえも、その手から離れているのが見える。

 そこに至って、ようやくアリスは安堵の息を洩らす事が出来た。

「……ふぅ。手古摺らせてくれたわね、本当に」

静かに眺め、イオの魔力がどんどん弱まって言っている事を感知しながら、アリスは静かにそう愚痴る。

「ま、恨まないでほしいわね。――貴方が、最初に喧嘩を売ったのが悪いのよ?」

呆気ない、剣においては最強の何でも屋の最後に、七色の人形遣いはそう言って踵を返そうとして、あ、そうそうと言う言葉と共にまた振り返ると、

 

「――貴方の人形。私のものにするから宜しく。……さて、と……どう分解してやろうかしら」

 

最後の一言を、前に向き直りながら呟いたその時だった。

――ゾクリ。

その場に、濃密な殺気で溢れ返っていることに、ようやく肉体が感知したのである。

「……ふぅ、本当にてこずらせてくれるわね……流石ね、頑丈さでは鬼に近い程よ?」

呆れたように、だが同時に感嘆したようにそう言いながら、アリスがイオの倒れている方向へと体を向け直した。

 その視線の先には――顔を前に俯け、髪によって表情がうかがい知れない、立っているイオの姿が。

 見れば、いつの間に回収したのか、両手に朱煉を構えており、ただただ無防備であるかのようにふるまっていた。

 

「――ネェ、アリス?今、君ハ……何ヲ言ッタノ……?」

 

恐ろしく片言のように聞こえるイオの言葉に、アリスはしかし肩をすくめながら、

「あら、そんなに不思議かしら?――人の研究成果を結果として奪ったような貴方には、当然の報いだと思っているのだけど?」

と、あっさりと彼女は切り捨てる。

「フーン……ソレ、僕ガ許ストデモ?」

濃密な殺気と共に、俯いた状態のまま首をかたり、とイオは傾けた。

「さぁ?やれるものならやってみなさい。言っておくけれど、怒っているのはこちらの方なのよ?」

「――殺ス……!!」

 

――転変「チェンジ・ドラグーン」――

Mode:龍神剣士……stand by……換装(レトロフィット)。

 

ズゴゴゴゴゴ……!!

 

「……GGYAAAAAA――!!」

 

理性の解放と共に、イオは『龍人としての』真の姿の一つを開放する。

――さながら、それは『龍を模したヒトガタのナニカ』であった。

「……やれやれ、笑えないわねこの状況……流石に、イオを煽り過ぎたかしら」

生きて帰れるかしらね……?

冷や汗を流しながら、アリスが眼の前の状況を見てそう呟く。

――そして、両者は激突した。

 

――――――

 

『『――マスター!!?』』

其の時、紅魔館ではイオの二人の従者が、驚愕の声と共に思わず立ち上がった。

「ちょ、ちょっとどうしたの二人とも?吃驚したよもう」

たまたま二人(勿論、フルナとアルラウネの事だが)の近くにいたフランが、ぎょっとしたように二人を見て、すぐに安堵の息を洩らしながら抗議する。

 だが、二人にとってはとんでもないことが起きていた為に、雇用主の妹という、何でも屋稼業を営む彼らの主にとっては重要な人物を放りだし、会話を始めてしまった。

『不味い、とんでもなく不味いですよフルナ。マスターが……!!まさか、いきなりこんなことになるなんて!!』

『っく、しかし、本気になられた時のマスターは、最早あの射命丸殿までも抜き去っているのだぞ!?どうする!!?』

「……ねぇ、御兄様が、いったいどうしたの……?」

叫ぶようにして念話を周りに飛び散らせているがために、フランはいやがおうにも彼らの会話を聞き、そして不安を抱く。

 そんなフランに、フルナ達はハッと我に返ると、

『……フラン様。先ほどの会話、覚えていらっしゃると思いますが……』

「え、まさ、か……御兄様、もしかして……?」

『恐らく。――感じた所では、まだそこまでに至っていないようですが』

フルナの言葉を聞きながら、フランは恐る恐るながらにある方向へと顔を向けた。

 その視線の先にいた、『七耀の魔女』は、静かに瞑目しながら何かを思索し続けている。

――そして眼を開き、呟いた。

「……ああもう。いきなり今日とんでもない話を聞かされたあとに、いきなりの実戦ですって?魔法使いをなめているのかしら本当に」

ジト眼そしてやや怒りによってか魔力を微妙に洩らしながら、パチュリーは勢いよく空を飛びあがり、一気にレミリアのいる館主室へと向かっていく。

「フラン、咲夜と共に人里の方へと向かいなさい。フルナとアルラウネはそのまま待機していて。恐らく、アリスがいるかもしれないから」

『賢人』と同程度以上の実力を持つ賢者が、ゴーレムたちにそう告げ、あまりな言葉に、その姿を呆気にとられたようにゴーレムたちは見送るほかなかった。

「……あー、うんコホン。そうときまったら早く準備して行こう!――咲夜?」

「――此処に。妹様、どうかされたのですか?」

呼ぶ声と共にはせ参じた吸血鬼へ忠実なる従者は、静かに一礼をしてから当主の妹へとそう尋ねる。

 そして、妹は動き出した。

「――決まってる。すごく怒ってる御兄様を止めに行かなきゃ!!」

「……御意。すぐに準備を致しましょう」

いつものように、ただただ従者は従うのみ。

――そして、『冬の龍の怒り』の異変は、突発的に発生したのであった。

 

――――――

 

「……あらあら?ちょ、ちょーっとこれは不味いかもしれないわねぇ……」

幻想郷上空。

 管理者たる隙間の大妖は、眼下に広がる戦争とも言えそうな戦いを眺め、一人冷や汗を流した。

 イオが次から次へと能力を用い、木でつくられた短槍のようなものをアリスに向って射出する。

 しかも、それが数本ではなく数十本に至っているのだ。

 完全に殺す気で掛かっているのがよくわかった。

「う~ん……本当に、不味いわ。一見して外からすると難易度がルナティックの弾幕ごっこしてるようにしか見えないし」

イオの怒りを、能力を用いて覗いているがために、それはあり得ないのだと分かってはいるが、やはり感情が激していても、イオはイオなのだと示している。

「というか、あんな状態でもルール遵守しているってどうなの……?」

やや呆れたような笑みを口端に寄せながら、紫はやれやれと言わんばかりにゆっくりと首を振った。

「困ったわねぇ……誰に止めてもらおうかしら。この程度の小さな異変だと、霊夢が動くかどうか、分からないしねぇ……」

はてさて、困ったものだわ。

ぽつり、と呟くようにして困惑の言葉を紡ぐ紫。

 そうしているうちに、イオが一つのスペルカードを宣言した。

 

――龍爪『ドラグナルクロー』――

 

ぐぐ、と両手に力を込めると同時に、イオは自身に爪を現出させる。

 さながらバグナクの様であるが、その爪の長さは常軌を逸していた。

 イオ自身の腕の長さの半分ほども、その爪は有していたのである。

「……え?」

流石にアリスも、一見して通常の手甲に見えるそれに、そんな機構が隠されているとは思いもよらなかったようで茫然としているが、戦況は出来た隙を逃さなかった。

「グルゥァア!!!」

最早獣になってしまったかの様な咆哮と共に、アリスに向って致命的な一撃が繰り出されようとした、その瞬間。

 

――恋符「ノンディレクショナルレーザー」――

 

「グルッ!!?」

複数のレーザー光線が直撃し、驚愕の声を上げるとともにやや大きく吹き飛ばされた。

 

「――やれやれ、アリス一体何をしでかしたんだよ?」

 

ニヤニヤと笑いながら、『普通の魔法使い』――霧雨魔理沙が、此処に登場する。

 その言動にややむっとしながら、

「言っておくけれど、あっちが最初に喧嘩を売ってきたのよ?私の生涯の目標にしてた、自律人形の作成に成功してたんだから」

「あっちゃあ……そりゃ流石にアリスが怒るのも分かるぜ。だけどよ、それで何であんなことになってんだ?あれ、イオだろ?」

ぐるる……と、唸り声を発している目の前の全身鎧のような物を着ている人物を指差し、魔理沙が困惑したようにそう尋ねた。

 すると、アリスが今度は眼を泳がせ、

「……ち、ちょっとイオの創ったゴーレム強奪して、分解しようって言っちゃったのよ」

「……アリス、幾らなんでもそれは悪手だぜ。いくらゴーレムったってあれはイオの家族だぞ?だったらトラウマの事知ってたはずだろ?ラルロスに色々と聞いてたんだし」

「こ、此処までと思わなかったのよ!あの秋祭りに訊いた時は、ラルロスも軽い感じで話してたから!」

『――邪魔スル心算カ、魔理沙』

姦しい言い合いのさなかに響いた、一つの思念。

「……おいおい。もしかして本当は理性持ってんのか?」

思わず魔理沙が恐る恐るといったようにイオの方へと目を向け、冷や汗を流しながら彼にそう問うた。

 だが、現実は非情。

『フン、ダカラ何ダ。……ソレヨリ、トットトソコヲドケ。ソイツヲ殺セナイ』

ぐる、と唸りながら、空中で一歩アリスのいる方へと足を進めた。

 だがしかし、

「流石に、私の友達殺されちゃたまんないからな。邪魔させてもらうぜ♪」

向けられる殺気をものともせず、魔理沙がそう宣戦布告する。

『……本気デ言ッテイルンダナ?ソウカ……ナラバ、眠レ』

ドクン。

 更なる殺気が空を駆け巡ると同時に、イオは一つのスペルカードを宣言した。

 

――龍翼「ドラグナルウィング」――

 

直後、イオの背中の肩甲骨部分から魔力で形成された翼が生み出される。

 一見して、鴉天狗などが展開する翼とは大きさ・形が異なっているようであるが、見れば見るほどに、異形の翼であった。

 何しろ、羽根の一枚一枚が薄く蒼色の金属のようなもので重なって構成されているのである。普通であればその重量で倒れそうなものだが、イオは平然として立つばかりであった。

「……おいおい、何だその格好。ますます人間離れしてやがんな」

何処か面白がるような表情で、魔理沙がそう言って笑う。

 そんな彼女とは対照的に、アリスはますます表情を厳しくさせていた。

「……むぅ、不味いわね」

「ん?どうしたんだよアリス。とっととイオを止めようぜ?」

「簡単に言ってくれちゃって……いい?魔理沙。あの状態のイオは、簡単な攻撃くらいじゃひるむどころか突っ込んでくるわ。さっき、私がイオに向っていくつか爆弾を投げたんだけどね……あっという間に切り裂かれちゃったのよ。それも、いま出してる爪じゃなくて、刀の方で、ね」

「ああくそ……マジか。ってことはだ、私に匹敵する位の速さに、防御力が付いて、更に攻撃力も高い……おいおい、何だこれ。詰んでるじゃねーかよ」

『ダカラ言ッタンダ。――邪魔スルツモリカ、ッテ』

ソモソモ、魔理沙ハ何モシテナインダカラ。

 ぎゃりぎゃり、と爪を合わせるようにして鳴らしながら、イオはそう思念を飛ばす。

『サァ……覚悟ハイイカ?――ボクハ出来テル』

「っ!?ちぃ!!」

「くぅ!?」

ごぉ!!と風の唸りと共に襲い掛かってきたイオに、魔理沙とアリスは必死になって逃げ惑った。

――襲い来る飛ぶ斬撃。

――吹き荒れる、能力を用いた風の生成。

――そして、何よりもアリスたちにとって厄介だったのは、イオが魔法を使用してくることだった。

「ホント、躊躇も遠慮もなく撃ってくるよなぁ!!?」

何時も身に付けている八卦炉を用いながら、魔理沙がイオに向ってそう叫ぶ。

『ダイジョウブ、魔理沙ハ死ナナイ。――死ヌノハ、ソッチノ人形遣イダケ』

ギラリ、と無機質な兜に覆われた眼から、視線がアリスに向った。

「あのね!言っておくけれど私は捨虫・捨食の魔法を使っているから、死なないわよ!?」

『ダカラ?――ソノ分、タップリ恐怖ヲ染ミコマセテアゲル』

「藪蛇!?」

「ばっか、アリス!それじゃ逆にイオを煽るだけだろ!?アイツ、普段隠してるけどホントはドSなんだからな!?」

『――気ガ変ワッタ。魔理沙モ一緒ダヨ?』

「ぎゃー!?」

「魔理沙が余計な事を云う所為でしょ!?」

 

「……なにこれ」

大慌てで紅魔館を出て、人里でその戦いを見つけたフランドールは、その場の様子に茫然とした様子で呟く。

 その横では、紅魔館に待機を言われていた筈のアルラウネとフルナがおり、

『……あれぇ?マスターが激怒してるのかと思ったんですけど……』

『……私の眼には、マスターが遊んでいるようにしか見えないな。どう思う?アルラウネ』

『ちょ、ちょーっと待って下さい……うーん……マスターの精神状況をサーチするに、確かに、怒ってはいるようなんですけどねぇ……』

予想と違う目前の結果に、イオの従者たちは混乱した。

「……あれじゃない?体動かしてる間に怒りが冷めてきたのかも」

『……あー……そう言えば、マスター二十五歳ではあるけれど、精神年齢は十三歳位だったような』

『確か、十三歳から以前の記憶が全て抜け落ちている所為で、精神的にはまだ子供だ、という話だったか。……何となく、マスターが単純な性格をしているような気がしてきたのは気のせいか?』

「……かなり、好き勝手言ってるよね二人とも。兄様が聞いたら多分泣くよ?」

アルラウネとフルナの、イオの従者にしてはらしくない暴言が飛び出たことに、話題を振った側ではあるが、フランが苦笑して首を振っている。

「……茶番ね。全く……レミィが笑ってた理由がよくわかったわ。教えてくれればいいのに、もう」

出てくる前に大急ぎで館主室へ急行していたパチュリーが、呆れたように頭に手をやりながらそうボヤいた。

「ですが、そろそろ止めないといけないのでは?見る限り、白黒と人形遣いの両名がイオの魔手に囚われそうな気がしますし」

「魔手と言うな魔手と。……全く、いつもおっとりしてるくせに、変な所で律義なんだから」

ほら、さっさと止めるわよ皆。

 パチュリーの号令と共に、紅魔館組は眼下に広がる戦いへと参戦した。

 

――――――

 

――妖怪の山。

 標高が高いこの山はすでに秋の紅葉も落ち、人里より早く訪れた雪景色で彩られていた。

 白に染まった木々の間に、ふと、一陣の風が舞い降りて呟く。

「――風が、唸りを上げている?……いったい誰が……?」

気遣わしげな表情を浮かべているのは……『文々。新聞記者』である射命丸文だった。

 とはいえ、現状の妖怪の山を見た者がいたならば、彼女の言う事に疑問を抱くであろう。

――何故ならば、現在妖怪の山はしんしんと雪が降り注いでいる事はあれど、風など全く吹いていないのだから。

 だが、射命丸文はただただ不安そうに表情を顰めていた。

「……気になりますね。とりあえず、人里へと向かいましょうか」

ばさり、と普段は隠している鴉の両翼を広げ、彼女は飛び立つ。

――胸の内に湧いた、不安をあえて無視しながら。

 

――――――

 

「――やれやれ。これでやっとこの小さな異変は終わりそうかしら」

幻想郷上空にて、八雲紫は自身が創り出した隙間に座りながら、そう呟く。

 いきなり突発的に異変が起こったために、正直にいえば慌ててはいた。とはいえ、眼下の戦い方を見るに、イオは怒ってこそいるが、理性を完全には消していなかった為にああいう律義な戦い方をしていたのだろうと考え、すぐに冷静を取り戻せたのである。

「全く、イオの身内には手を出さないように、通達をしておかないといけないかも知れないわね」

今はああして魔理沙とアリスで遊んでいるが、そもそも、彼の身内たるゴーレムに手を出そうとしたからイオは怒ったのだ。

 そう言う事をしなければ、イオもああして切れる事はなかったはずだろう。

――結局のところ、誰が悪いと決めつけられるようなものでもないが。

「――ふわぁ……そろそろ、力の温存の為にも眠りにつかなければならない頃ねぇ……ホント、面倒だわ」

アクビをしながらそう呟いた妖怪の賢者は、ずるり、と自身の隙間にもぐり込むと、静かに閉じた。

――後には、地上の戦いだけが残るのみ。

 

――そして、フランたちが参戦してから数時間が経過した頃だった。

「……兄様。いつになったら止まるつもりなの?」

呆れたように首を振りながら、フランがそうイオに諌言すると、未だに鎧姿のイオはフン、と鼻を鳴らしてから、

『決マッテル。ソコノ人形遣イガ諦メルマデ、ダヨ』

「……く、徹底的に私達を狙ってたくせに、よく言うわよ。――それにね、言っておくけれど私はまだ諦めるつもりはないわ」

イオの使用した木属性の槍型の弾幕を幾つか貰い、ボロボロの服になっているアリスがイオをにらみながらそうボヤく。

 魔理沙も、その横でボロボロになりながら、箒に乗ったまま睨みつけていた。

『……ダッタラ、僕ハ何時マデモコノ姿ニナルシカナイネ』

空中に浮いたまま、イオは背中の翼を広げてそう告げる。

――あくまでも視線を、アリスにとどめたままで。

 そして、イオは唱えた。

 

『巡レ大気ヨ。廻リ廻リテ渦ヲナセ。全テヲ巻キコミ吹キ飛バセ。其ハ空ヲ駆ケ巡ル、大空ノ子供ナリ』

『砕ケロ刃。滅セヨイノチ。其ハ全テヲ破壊スル雷神ノ象徴ナリ』

 

一瞬の内にとなえられた二つの言霊に、傍観していたパチュリーの中で警鐘が鳴らされる。

「――っ!いけない、イオを止めて!!」

『――遅イ。モウ終ワッタ』

 

『荒レロ、荒レロ。空ノ怒リ顕ス災イヨ。渦巻キテ全テヲ破壊セヨ』

 

――蒼嵐龍巻『グレートトルネード』――

 

――そして、蹂躙が再誕した。

 

――――――

 

……初めにみたそれは、強大な竜巻だった。

 だが、急速に集束していくうちに、一つの形を取っていく。

――二つに分たれた、槍の形へと。

 

――天槍『蒼雷神槍』――

 

「……幾らなんでも、出鱈目すぎないかしら?」

呆れを通り越し、最早感心しているような声音のパチュリ―。

『制御ガカナリ難シイデスケドネ。デモ、創ッテオイテ本当ニ良カッタ』

『……マスター、やっぱりもう元に』

『――アルラウネ、フルナ。二人トモ退ガッテテ。今一度……皆ニ僕ノ力ヲ示シテオカナキャイケナインダカラ』

何かに感づいたようなアルラウネの言葉を遮り、イオはただただ身構えた。

――そして、動きだす。

 

――『龍皇覚醒』――

 

黄金に輝く気のオーラが、薄らとイオの体から漏れ出てきた。

「……全員、死ぬ気で身を守りなさい。――死ぬわよ」

パチュリーが、収束されているエネルギーとイオの現状を観察し、今この場にいる全ての者に警告を発する。

『……ソウダネ。最後ニ一ツダケ、訊イテオコウカ。――アリス、君ハ諦メル心算ハ、ナインダネ?』

「……そうね、私は諦める心算はないわ。だって、私のアイデンティティですもの。貴方だって分かっている事でしょう?」

殊に、人形のことに関しては、ね。

『……フゥン。ジャ、覚悟ハ一応出来テルミタイダシ。……一度デ終ワラセテアゲル』

ボロボロな状態であっても、真剣な眼差しと覚悟を決めたその表情に、イオは少し考えてからゆっくりと静かに溜め始めた。

――スペル宣言。

 

――陸式『蒼天裂槍』――

 

龍王炎舞流が伍式「裂空蒼槍」が進化した技であり、基本的な動きは変化していないものの、速度が亜光速にまで達した上、力を溜めて撃ち出す事も可能になったこの技。

――それは、全てを貫かんがために作りだした槍技。

 そして、イオが投げる動作をした時であった。

 

「あややや!これはこれは、皆さんお揃いのようですねぇ!」

 

この場にいる筈のない、一人の人妖が現れる。

 ぴくり、と本当に微かに動揺したイオは、しかし、すぐに我に返ると、

『……文。一体ドウシテソンナトコニイルノ?コノ時期寒イカラッテ、山ニ引ッ込ンデイルンジャナカッタッケ?』

「っ。その心算だったけど。いやあ、妙に風が騒いでいるから気になっちゃったのよ」

一瞬言葉を詰まらせ、直ぐに射命丸がそう言って笑い、目の前で槍を構えているイオの背中をパンパンとたたいた。

『…………ムゥ。ソンナニ暴レテタ気ハシテナインダケド……マ、イッカ。ソレヨリ文ハ退ガッテテクレル?』

 

「――なーに言ってるのよもう!ほらほら、こっちに来なさいって!」

『チョ、文!!?』

 

あっという間にイオは空中でありながら、問答無用に射命丸に引きずられていく。

 思わず呆気にとられた様子でその場にいた二人以外の者が見送っていると、ふと、彼女がこちらを真剣な眼差しで見て、静かに口を動かした。

 

『――早く、散って』

 

静かに告げられたその言葉は、イオを、そしてその場にいた者を案じたもの。

 幸いと言うべきか、イオはその全身鎧に覆われているために見る事は叶わず、ただ肩の辺りを引っ張られ続けるだけだった。

 殊に、鬼までとはいかなくとも、天狗も大概膂力は高い為に、必然的にそうなっていると見える。

 とはいえ、イオ自身が人型の龍になっている所為か、普段の彼女の速さからは少々劣ってはいたが。

『チョット!!文、僕ヲ何処ニ連レテク心算ナンダヨ!?』

「あら、決まってるじゃない。イオの家よ、い・え」

『ハァ!!?放シテクレヨ!!僕ニハヤル事ガ……!!』

「それは私の用事が優先だから却下」

『理不尽ダ!!』

なにやら喚きながら去っていく風を操る二人に、ふと、そこで安堵の息が誰からともなく漏れた。

「…………助かった……と言う事でいいのかしら。はぁ……本当、生きた心地がしなかったわ」

やっと一息をつける、とばかりにアリスが大きくため息をつく。

「ま、そもそもどっちともが悪かったってことじゃないか?だって、イオの奴、アリスが人形の自律化を目指してたって知ってたんだろ?で、それなのにゴーレムを作り上げちまった。アリスもアリスで、イオが練りに練り込んだ創りのゴーレムを大切にしてること知ってて奪うって言っちまったんだし」

「……ひとつ、訂正ね。イオと出会う前に、もうあの二体のゴーレムに近づけてたみたい」

「じゃ、結局巡り巡ってアリスが悪いってことになるぜ?」

ニヤリ、とボロボロな癖に悪戯っぽく笑える魔理沙に、内心感心もしつつもアリスは冷たく告げた。

「少なくとも、いつも図書館に突貫してはイオにお仕置きされてる子の言うことじゃないわねそれ」

「ぐ……い、いいだろ別に!」

あっかんべーと舌を出しながら魔理沙がやや不機嫌そうになるのに時間はそうかからず。

 顔をしかめ始めた彼女を、ちょっぴり呆れながらも、

「……とりあえず、イオに関してはもう手出しはしない。――そこのゴーレムたちにも、ね」

『……先程まで戦ってた方の台詞ですか?それを聞かされても、私としては警戒せざるを得ないのですが?』

『よせ、アルラウネ。……私は、その言葉を信じよう。マスターにもそう伝えておく』

「ええ、ぜひともそうして頂戴。……全く、結局イオにはしてやられたということなのかもね」

「ん?そりゃどういう意味だぜ、アリス」

心底疲れたような表情をしているアリスに、魔理沙が不機嫌そうな顔から不思議そうな顔へとシフトチェンジした。

 その様子にやや呆れながらも、

「まぁ、ね……アイツの身内に、手を出した馬鹿は当然の報いを受けるってことよ。それも、普段の性格がああだから、究極的に手を出した相手が全面的に悪いことになるしね。はぁ……本当、割に合わなかったわ今回の事は」

後で、イオに何か菓子折りでも持っていかなきゃ。

ぐたり、とやや肩を落としながら、アリスがそうボヤく。

「……アリス、流石に兄様がそれで許してくれると思えないんだけど」

「覚悟のうえよ、フラン。まぁ……怒りが収まってくれてることを祈るしかないけれどね」

「……大丈夫かなぁ……?」

やや苦笑するようにして不安を示すフランに、咲夜が一礼して声をかけた。

「妹様。そろそろ、屋敷へ戻られませんか?寒さが厳しくなってきているようですし」

「ん……そう、だね。じゃ、魔理沙!アリス!また会おうね!」

にっこりと素敵な笑顔と共に、フランはパチュリ―達と共に紅魔館へと帰って行くのであった。

――こうして、雪が静かに降る最中に起きた小さな異変は、これまた突発的に乱入した鴉天狗によって幕を閉じたのである。

 

――――――

 

「……さ、着いたわよイオ。いつまでそんな恰好でいるのよ」

『……問答無用デ引ッ張ッテ来タ癖ニー』

やや拗ねたように、射命丸に引きずられたままのイオがぶつぶつと文句を言う。

 その様子に、射命丸はむっとなって、

「いいから、さっさとその鎧を脱ぎなさいよ。出来ない訳じゃないでしょ、もう」

「――イオ?おかえりなさいって、どうしたのその格好!?」

『アアモウ、ダンダンカオスニナッテキタシ』

玄関につき入った二人の様子をみたルーミアに、イオは仕方なさそうに静かに構えると、

 

『――換装解除』

 

一言、言霊を呟くと同時に、イオの体からゆっくりと鎧が空中に溶けていった。

 まるで、大気の中の何かに吸い込まれたかのようなその様子に、射命丸は勿論のこと、ルーミアも驚いたように彼を見つめている。

「……で、解除したけどこれで満足?」

やや不機嫌そうな面持ちで、元の着物姿に戻ったイオはその金眼で以て射命丸を見やった。

 そんな彼に、射命丸はやっと我に返ると、

「一つ、訊いていいかしら?――あの姿は、一体なんだったの?」

「……答えたくない、って言ったらどうする心算?」

言い辛そうな、答えたくなさそうな表情で、イオは射命丸の問いにそう問い返す。

 だが、彼女は怯むことなく言い返した。

「絶対に教えてもらうわ。言っておくけどね、友達に隠し事なんて流行らないわよ?」

「…………はぁ……。――僕の、もう一つの能力、そう言っても構わない。龍人と言う種族に、もともと付随されている『固有能力』としか言いようがないかな」

鱗が垣間見えるイオの肌を見せながら、イオは何かを諦めたかのような表情を浮かべつつそう答えた。

 射命丸はその様子に、考えるようなそぶりを見せると、

「……と言う事は、それが最初の取材の時に、イオが霊夢さんに聞いていたもう一つの能力なのね?言うなれば、『龍になれる程度の能力』と言うことになるけれど」

「そうだね……は~あ、余り人に見られたくなかったんだけどな」

やや、その場の怒りだけで成ってしまった事を後悔しているイオ。

 それに、射命丸はなおも考えるそぶりを見せながら、

「ねぇ、イオ。もう一個訊いていいかしら?――『制約』は何なの?」

ぴくり。

 射命丸の思わぬ一言に、現在絶賛後悔中のイオが体を強張らせた。

 射命丸はその様子に気づかず、

「貴方が以前の異変の時……そう、萃香様が起こしていた異変だけど、あの時使った魔眼には当然、副作用があったわけよね?」

「…………まぁ、そうだね。因みにあの魔眼の時は、龍人になったばかりだったし、僕の体にある全魔力を注ぎこむことでああいう風になれたんだよ」

(その代り、龍になった時は使えないけれどね)

 じっとりと、背中に冷たい汗が伝うのを無視しながら、イオは尚も説明を続けた。

「……ふぅん。と言う事は、やっぱり龍になる時にも何かしらの制限はあるようね?」

じっくりと、射命丸が普通を装っているイオを見ながらそう尋ねる。

「さぁ?今回使ったのが初めてだったからさ、いまいちそう言うのは考えてないんだよね。さて、と……文、夕食食べてく?そろそろそんな時間になりそうだし」

 

「――待ちなさい」

 

顔を俯け、射命丸が台所へと向かおうとしていたイオを呼びとめた。

「……?どうしたの?ルーミアもいるから、早く作らないといけないんだけど」

表面上は不思議そうに、だが内心は訊かれたくない事ばかりな為にドキドキしながらそう告げる。

「……ねぇ、イオ。私も訊いてみたいな……その『制約』っていうの」

だが、そんなイオの逃げ道を塞ぐかのように、にっこりと笑い、しかし何処かうすら寒い雰囲気を醸し出しているルーミアがそう告げる。

 ぎくり、と何故かその様子に動揺しているイオに、射命丸が続けて、

「思い返してみれば、大体イオの使っている能力や剣技は何かしらの制限が少しの物から大きめの物まで沢山あったわ。――という事は、龍になる事も当然、何かがありそうな気がするのよね……果たして、これは気のせいかしら?」

「あはは、気のせいだと思うよそれは。話がそれだけなら、夕食作るね」

「あ、こら待ちなさい!」

笑って駆けだし中に入っていくイオに、慌てたように射命丸が声をかけるが、彼は止まることなく台所へと入って行った。

「……くっ。逃げられた」

明らかに何かを隠しているようにしか見えない彼の様子に、射命丸がやや悔しがるが、そんな彼女にルーミアはおっとりと笑い、

「まぁ、食事の後でも尋問出来るから良いじゃない」

と、やっぱり何処か黒いものを感じられる雰囲気と共にそう告げる。

……どうやら、ルーミアも射命丸と同じようにけしてイオを逃すつもりはないようだった。

 射命丸は、ルーミアが意外なほどにイオの隠し事に執着している姿に、ある種最高の味方を見つけたような思いで、ギュッと彼女と握手を交わす。

 此処に、イオに対する尋問同盟が結成されたのであった。

 

――――――

 

「――はい、用意出来たよ~。早く、二人とも座って座って」

鍋つかみを使いながら、イオが居間の炬燵机の上に土鍋を置いて行く。

 置いてすぐに蓋を開け放てば、そこから漂うはほかほかのスープの香りだった。

 見れば、中には鰯をつみれにした物が、独特の美味しそうな臭気を放っており、舞茸や白菜、そして豆腐屋で値切ってきた絹豆腐がぐつぐつと煮えながら湯気を放っている。

「……」(ジュルリ)

思わず無言で涎を垂らしているルーミアに、イオは苦笑しながら、

「ルーミア。凄く食べたくなっているのはよく分かるから、とりあえずお皿を用意するのを手伝って。まだ運ぶものだってあるんだからさ」

「うぅ~……早く、食べたい」(ジュルリ)

後ろ髪を引かれるような思いなのか、ルーミアが盛んにイオを見ながらも台所へと行った。

 その様子を仕方なさそうに笑ってみていたイオは、ふと、射命丸のいる方から全く声が聞こえて来ないことに気づく。

「ありゃ?文、なにしてる、の……」

「……」(ジュル)

「…………君もか」

きらきらと目を輝かせながら、口元から涎を垂らしかけながら、射命丸がじっと鍋を覗き込んでいる姿に、イオはがっくりと肩を落とした。

「ねぇ……流石にげんなりするんだけど」

「え……はっ!?い、いやイオ!?これは違うのよ!た、ただ美味しそうだなぁって」

「安心して。まごうことなく君はルーミアと同類だよ。もう、文ってばもうちょっと女の子らしく出来ないの?」

ぐさぁ!!

 腰に手を当て、あきれ顔でそうイオが告げると、胸を押さえて畳に倒れこむ射命丸。

……どうやら、自身の心の内に思い当たる節が多すぎて突き刺さったらしい。

「はいはい、馬鹿なことしてる暇あったら手伝って。もうちょっとで終わるんだからさ」

「すぐ行くわ!」

すぐさま起き上がって動き出した射命丸に、イオはやれやれと思いながらも後を追った。

 

―――――

 

「……ふぅ、食べた食べた~♪」

お腹がいっぱいなのか、さすさすと射命丸が自身の腹を撫でている。

 その対面席では、ルーミアが畳の上に寝転がりながらえへへ、と笑っている様子が見えた。

 そんな彼女たちを穏やかに笑いながら見ているイオは、何となく、彼女たちの母親のようにも見えてしまう。

……当人にとっては、『誰が母親か!』と突っ込むことだろうが。

 ニコニコと笑いながら、イオはどんどん洗い場へと皿を片づけていった。

「……毎回思うけど、やっぱりイオって女子力高いよねぇ……」

「同感。あれじゃ、誰にとっても嫁になりかねませんね」

性別上は男であるイオに、何やら好き勝手な事を二人は話しているようである。

 とはいえ、会話の内容的に、片方は少女、片方は幼女がしているとなるとかなりの違和感しかもたらさないが。

 ぐてー、と炬燵のぬくぬくとした温かさに包まれながら、二人はなおも会話を交わし続けた。

「大体、ほぼ何でも出来ちゃうような男って、女の立つ瀬がありませんよほんと」

「そうだねぇ……私、自分でも料理が出来るようにした方がいいかなぁ……」

「少なくとも、自活できる程度には習っておいた方がいいと思います。とはいえ、イオの料理を知っちゃうとどうにもなりませんけどねぇ……」

彼女の言葉に、ルーミアは眼を閉じておっとりと笑ってから、

「イオがおかしいんだってことにしようよ」

「さんせ~」

「……君たちは一体何を話し合ってるんだい」

呆れたようにそう言いながら、イオが台所から居間に戻ってくる。

 見れば、彼の手に何やら新しい皿が載せられていた。

「なに、それ?」

「……もしかしてお菓子!?」

「ん、当たり。今日のはね、『センベイ』とか言ってたかな、あのお菓子屋さんは。御餅をうすーく伸ばしてね、ぱりぱりに焼き上げたものなんだってさ。向うの世界じゃ、僕はお目にかかった事はなかったなぁ」

恐らくは醤油によって味付けされたものなのだろう、焦げ茶色に輝くそれはこの世界においてはそれほど珍しくもない菓子。

 とはいえ、イオにとってはそれなりに好奇心を満たされたようで、ニコニコと楽しげに笑っていた。

「……その煎餅、作るにしても結構修行がいるって聞いたんだけど、間違いだったかしら」

「間違いじゃないよそれは。僕のは所詮素人が作ったようなもんだしね。……でも、なんでかあの煎餅屋さんには、凄く驚かれたし、ぜひとも『家を継いでくれ!』なんて世迷い事まで言われたんだけど」

「あー……」

イオの困惑に、むしろ射命丸は何でわからないのかと内心突っ込みながらも、納得の声を上げる。

 そんな彼らをさておき、ルーミアは置かれた傍から一直線に煎餅に向っていた。

「(ぱり、ばりばり、むしゃむしゃ、ごくり)……うん、美味しいよ!イオ」

嬉しそうな声に、ようやく二人も我に返ると煎餅を食べ始める。

「……うん、我ながらよく出来たかも。美味しいな」

「……ま、美味しいわね。毎回思うことだけど」

くすり、と射命丸がイオに向ってほほ笑みながらそう告げた。

「その言葉は嬉しいけどさぁ……」

はぁ……と、やや憂鬱そうな表情を何故かイオはして、ぱりぱり、と眼の前の煎餅を食べる。

「どうしたのよ、そんなに辛気臭い顔して」

「……正直、料理を作り続けるのはダメかなぁと思ってたんだよね。だってさ、食べるだけで『自分の力を増幅する事が出来る』んだよ?いくら美味しいからってさぁ……流石に幻想郷内のパワーバランスを崩すわけにもいかないのに」

当の管理者である紫さんは、別に構わないとまでいってきたし。

 自分の警戒がまるでなかったことにされた気分のイオは、そう言ってややいじけた。

「今更すぎないかしらそれ。考えなくてもいいってことなんじゃない?少なくとも、私はイオの料理が食べられるのは純粋に嬉しいしね」

にやにや、とやや意地悪そうな笑顔を浮かべながら、射命丸はイオに向ってそう告げる。

「……それで本当にいいのかなぁ……文が住んでる妖怪の山の天狗達だって、一枚岩だって言う訳じゃないでしょ?」

「ああ、うちの大天狗様達?だめだめ、頭とんでもない位に固いから、それでいて謀略やら何やら腹黒いのばっかりだから八雲紫にはほとんど賛成しないわ。天魔様が八雲紫に賛同しているから、一応それに従っているだけよ。元々の気質からして、強い妖怪にはとりあえず阿るものだからね。昔、萃香様達鬼の妖怪が住んでいた頃は、へりくだってたそうよ」

「……何か、ますます不安になるような言葉なんだけどそれ」

じっとりと冷や汗を流しながら、イオはジト眼で射命丸を見やった。

「大丈夫、大丈夫だって。いざとなれば私だっているんだし……というか、せっかく美味しい食事にありつける場所見つけたのに、それ邪魔されたら私が怒るわよ?」

具体的には龍巻起こすけど。

最後の一言だけをやたらと怖い雰囲気を醸し出しながらそう言う射命丸。

「……それやって追い出されたら、僕の所に来るつもりじゃないだろうね?」

なんだか、それを狙っているような雰囲気を察し、イオは再びジト眼で彼女を見やった。

 だが、彼女は悪びれもせず、

「…………ダメ?」

と上目遣いでイオに顔を近づけてくる。

「近い近い」

すかさずイオはぐっと額を掌で押しのけた。

「何よー……嬉しくないの、こんな美少女が一緒に住んでくれるって言うのよ?男としてはどうなのよ?」

「別に。向うじゃハニートラップまがいのスキンシップ受けてたし。そりゃ、文はきれいだけどさ……友達だし」

いまいちどうとも思わないかな。

 至極あっさりと言ってのけた彼に、がっくりと射命丸が肩を落とす。

「……少なくとも、私は結構自信ある方だったんだけど。……はぁ、ラルロスさんの言ってた事は本当だったみたいね」

「ちょっと待った。……ラルロスから何聞いたの?」

ぼそっと呟かれた射命丸の言葉に反応し、やや不機嫌そうな面持ちになったイオが炬燵に入ったまま射命丸に詰め寄った。

 思わず、これまた同じように炬燵に入った状態のまま引いた射命丸が、

「な、何よいきなり。……って、あ」

「あって何さあって。……ねぇ、何を、聞いたんだい?」

うっかり、自分がイオに抱いている仄かな思いの事で相談していた事を思い出し、頬を薄らと赤らめた彼女に、ますますイオが不審そうな表情になる。

「正直に答えないと、もし文が山追い出された時此処に住まわせないよ?」

「こ、答えないといけないわけ!?」

割と必死になった射命丸が、身構え叫ぶようにして言うと、

「あたり前でしょ。……もしかして、僕の好きな女性のタイプでも訊こうとした?」

彼女にとってはどんぴしゃりなその言葉に、思わず射命丸は動揺し、

「(ぎっくぅ!)な、何の話……」

「はい、その反応で分かったよ。……全く、ラルロスの奴、親しき仲にも礼儀ありの言葉を叩き込まないといけないなぁもう」

完全に不機嫌な表情になったイオが看破し、ぐちぐちと今この場にいないラルロスに向って文句を呟いた。

 思ったより動揺も何もしていない彼に、射命丸は逆に驚くと、

「き、聞かれたらダメな話?もしかして」

「まさか。もう聞いちゃっただろうし、そんなにきつくは言わないよ。前に、ラルロスに訊かれた時に答えたのを聞かされたんだろ?」

至極どうでもよさそうにイオがそう聞くと、射命丸はややどもりつつも頷き、

「え、ええ……確か、『大人しめで傍にいて安心できるような人がいい』……そう言ってたって教えてもらったわよ?」

「う~ん……大人しめ、はいらないね。少なくとも、それを抜かしたのが今の僕の好きなタイプかな?」

「…………随分とあっさり答えてくれるのね。てっきり他の人には黙ってると思ったわ」

「別に隠してるわけじゃないしねぇ。それに、人生どんな子を好きになるかなんて、その時じゃないと分からないしさ」

拍子抜けしたように訊いてくる彼女に、イオはこれまたあっさりとそう答える。

 ぐてー……と炬燵の机上に頭を預けて和んでいるそんな彼は、どうやら射命丸の問いになんら思う事もないようだった。

(何よ、もう……緊張して損した。というか……やっぱり、イオにとって私は友達でしかない訳ね……はぁ)

やや口先を尖らせながら内心で愚痴っていると、ルーミアが何故か射命丸を労わるような笑顔で見つめていることに気づく。

「な、何ですかルーミアさん」

ややたじろいだ彼女がそう尋ねると、

「んーん……別に」

何処か、見ていてなんとも腹立たしくなる笑顔を浮かべたまま、ゆっくりとルーミアは首を振った。

 思わず射命丸がイラッとして彼女を問い質そうとすると、

「――お、ドサッて音がした」

外の様子をうかがっていたのか、イオが障子の窓を見つめながらそんな事を言った為に、射命丸が毒気が抜かれたような表情になって言葉を噤む。

 そうして、沈黙が訪れた。

(……な、なんでこんな黙ってるのかしら)

(んー……やっぱり、文ってイオの事、好きなのかなぁ?)

(ふわぁ……ねむ。なんか眠くなってきた……Zzz)

三者三様に、思惑は絡み合いそれでいてすれ違いながら、時は過ぎていく。

 

――と、そこで玄関口が開かれる音が響いた。

「およ?こんな晩に誰だろ?」

転寝しかけていたイオがぱっと目を覚まし、不思議そうにしながらもやや寝ぼけ眼で玄関へと向かう。

 するとそこには、彼の代わりに幾つか依頼に向わせていた二人の従者が居た。

『――ただいま帰りました、マスターよ』

『はぁ……いやあ、妹様の頭の良さはちょっと異常だと思いましたよ、ホント』

きっちりとした礼を見せるフルナと、のんびりとした念話を向けてくるアルラウネ。

 どうやら、少々ばかり雪に降られていたようで、やや頭の辺りに雪が積もっているのが分かった。

「お疲れ様―。どう、フランの様子は」

あれだけの現場に居合わせたというのに、至って普通に接してくる二人に、イオもまた同じようにのんびりとしてそう尋ねる。

 そんな彼に、フルナは一瞬黙ってから、

『マスター。あの人形遣いから伝言です。――もう二度と、ゴーレムも貴方の技術も狙わない……とだけ』

「!……やっと、わかってくれたのかな?」

告げられたその言葉に、イオは一瞬目を開いてから眼を細めてそう呟いた。

 その言葉に反応してか、アルラウネが手を挙げ、

『少なくとも、私達を狙う事はもうしないと、他の方がいる前でもはっきりそう明言していらっしゃいましたし……大丈夫かと』

「ま、それだけ言うならもう大丈夫かな。正直、もう二度と戦いたくない相手だとも言えるしさ」

友達としても、或いは敵としても、ね。

 やや、苦々しげに顔を歪ませながら、イオは呟く。

――どうやら彼にとって、戦っている間はかなり苦痛だったようだった。

『(……無理もない)……では、あの人形遣いに関しては、今後どうされるお心算ですか?』

「そうだね……まぁ、向こうからまたやってくると思うし、大丈夫だと思うよ。――二人とも、本当にお疲れ様。また、何かあれば呼ぶから」

『『ははっ』』

ザザッと二人して気をつけの体勢になったのを確認すると、イオは静かに目を閉じ、彼らを普段常駐させているある空間へと転移させる。

「……」

「……ん?どうしたんだい、ルーミア」

彼らを送り終わった後、ふと、背後でルーミアがひょこっと頭を覗かせながら立っていることに気づき、イオは微笑みながら穏やかに訊ねた。

 すると、彼女は微妙に何かを言いたそうにしていたものの、

「ううん……何でもないよ、イオ。――そうだ、お風呂の準備をしてくるね!」

「あ、ルーミア……って、行っちゃったか。どうしたんだろ?」

やや、彼女の様子に不審を覚えつつも、イオはゆっくりと居間の方へ戻っていく。

「イオ?誰だったの?玄関にいたの」

「ん、僕のゴーレムたちだよ。こんな時間になるまで紅魔館の方に行っててくれたみたいだからね」

「ふぅーん……」

納得したような声をあげながらも、射命丸はのんびりと残っている煎餅をむしゃむしゃと食べていた。

 その様子を横目で見ながら、ふと、イオがポンと両手を打ち合わせ、

「あ、そうだ文。お風呂今準備してるけど入る?」

「ぶふっ!?」

さらり、といきなり告げられた言葉に、思わずむせた射命丸。

――何故なら、一瞬イオと一緒に入るのかと想像してしまったがために。

 不自然な様子を見せる彼女に、イオが当然のことながら不思議そうに首をかしげると、

「どうしたんだよいきなり噎せて。何か不都合なことあった?」

「べ、別に何もないわ。入れるんだったら別に構わないわよ。でも、こんな雪だし、薪がうまく燃えないんじゃないの?」

「あ、それは大丈夫だよ。僕の魔法の事、そう言えば教えたっけ?」

イオがやや楽しそうに笑い、射命丸はキョトンとしてから首を振って、

「聞かされてないけど……大丈夫なわけ?」

「うん、僕とラルロスが使ってる魔法は、五行思想を基にしているんだけどね。魔法を発動する時は魔法陣を使用するんだ」

「へぇ……魔法陣、ね。って事は?」

何かに気づいたそぶりを見せながら、射命丸が促すと、

「そうだね。地面に専用の魔法陣を描く事で、魔法を発動させられるようになってるんだ。だから、火の心配はそんなに無いよ。……ま、ちょっと外に行って魔法陣を作動させるという面倒はあるけどね」

「……貴方、普通の魔法も使えたのね」

「どういう意味だよそれ……後、何か勘違いしているようだけど、僕たちの世界じゃ、適正で使える魔法は限られてる場合もあるけど、ある程度は使用出来るんだからね?僕だって、木属性一辺倒ではあるけど、少しぐらいは火属性も使えるんだからさ」

ぼぼっと言葉通りに火属性の魔法を使用して見せながら、イオは苦笑しつつ浴室へと向かう。

「ふぅん、成程ねぇ……ちょいとメモメモ」

そして射命丸は抜け目なく何時もの取材メモに記入するのであった。

 

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