東方剣神録   作:上田幻

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戦いを終え、一日の終わりとともに休息の時を迎えるカリスト邸。
言葉のとおりに湯浴みの準備をしていたイオは、男女で別れている浴室へと向かったが……?



第四十一章「湯浴み浸りし後は雪月下酒」

「――ふぅ」

ちゃぽん、とお湯を鳴らしながらイオは一息をついていた。

 イオの家にある、浴室は実のところルーミアも一緒に住むことになってから男性と女性の浴室の二つに分かれており、まかり間違ってもうっかり誰かが入ってくることもない為に、イオは尚更落ち着いている。

 それどころか、湯船の淵に顎を乗せ、うとうとと眠る始末であった。

 これでは、そのまま寝落ちしかねない状況なのだが……。

『――イオ?そっちにいる?』

「わひゃい!?ね、寝てないよ!?」

『……何やってるのよ』

突然掛けられた声にはね起き、イオが叫ぶようにして告げる声に起こした主――射命丸は呆れたような声音でそう告げた。

 そこでようやくイオも寝ぼけ眼をしゃっきりとさせ、少々ばかり不機嫌そうになると、

「……なんだよ、文。今、いい感じでのんびり出来てたのに」

下半身をタオルで覆った状態で、イオは湯船の中から女浴室の方へと声を返す。

『そのまま眠っちゃったら流石に風邪ひくでしょう。ま、それはそれとして……イオ、結局龍になることに対するデメリット、教えてもらってなかったなと思ってね』

浴室にいるせいもあってか、何処か響くようにして聞こえてくる彼女の言葉に、イオはやや複雑そうな表情を浮かべると、

「……まだ、諦めてなかったの?というか、あの状態になるのは別に何も制約なんてないって」

『あり得ないわ。力と言うのは大体相応にして何かが返ってくる仕組みになってる。私の風だって、無茶苦茶に振るえば大体ふっ飛ばしちゃうのと同じようにね。……こんな時でもないと、貴方の事知ることができそうにないから、私は訊きたいの』

「む……」

(どうにも、やり辛いなぁ……)

イオの事を思ってくれているからこそのその言葉に、イオは突き放すつもりでいたのをやめ、迷いに迷った。

 そんなイオの様子を知る事もなく、射命丸は独白を続ける。

『さっき、夕食の前にも言ったけど、貴方が持っている魔眼。あれだって、一つ目の方は失明する事もある奴だし、二つ目のほうだって要求される魔力量がけた違いに多いって事も、あの『動かない大図書館』パチュリー=ノーレッジに教えてもらったわ。それに、貴方の振るう剣術も、何かしらの犠牲があった後で到達したなんて、あの半人半霊の剣士に教えてもらったしね』

(あー……不味い、かな流石に。此処まで分析されてるとは思わなかったや)

かなり冷静に、かつ多方面からの視点をも使用した分析ぶりに、イオはかなり複雑そうな表情になった。

『さて、此処まで挙げてみたけど、本人からは何かないのかしら?』

「……参ったなぁもう。そこまで分析されてるなんて思わなかったよ。これじゃ、うかつに喋れないじゃないか」

苦笑しながらそう告げた彼に、射命丸はフン、と鼻を鳴らすと、

『そう言うこと言うんだったら、『龍になること』にも制約がありそうね。とっとと吐いてくれると嬉しいんだけど?』

「…………参ったなぁ。……黙秘権は?」

『ある筈ないでしょ?というか、その様子だとだんまり決め込むつもりだったみたいね。……全く、油断も隙もないわホントに』

呆れたように射命丸がそう言うが、イオにも反論はある。

「そう言われてもねぇ……こっちに来てちょっとしてから君が来た時、君に言われたと思うんだけど?『能力を知ることがアドバンテージになる』ってさ。ま、それはもう知られているからともかくとして――もう、簡単に情報は渡すつもりはない、そう言うことだよ」

すっと雰囲気を変化させながら、イオは射命丸に向ってそう告げた。

 『戦いを知るもの』であるが故に、射命丸はその雰囲気を敏感に感じ取り、仕方なさそうに溜息をつくと、

『しょうがないわね……そこまで情報を秘匿するって言うんだったら、私の方から一個ずつ推測挙げるから、それ聞いた反応で判断することにするわ』

「ねぇ……幾ら本当の事訊けないからってそこまでする?」

『当り前よ。私の知らない所で無茶するの、止めてもらうつもりでいるんだから。――さあてと、じゃあ言うわよ。……一つ、あの状態になるには『何らかの力を一時的に代償に捧げている』、どうかしら』

「……さぁ、どうだろうね」

至ってどうとでもなさそうな様子で、イオはお湯を手で遊びながら空返事のようにかえす。

『……もう一個、言っておくわ。――『鎧を纏った場合、魔眼は使用できなくなる』、どう?』

「……なんでそう思ったの?」

一瞬、体を強張らせたイオが、静かに射命丸に向って問いを発した。

 一瞬間が空いたその言葉を聞き、射命丸はこれが当たっていると思ったのか、俄然言葉の勢いが増す。

『簡単な話よ……貴方が前に魔眼を開放した時は、大体にして魔力が空気中に溢れている状態だった。だけど、さっき戦っている時、貴方が龍に変化したことによる空気の胎動はあったけれど、魔眼解放時による魔力が動いた気配はなかったからね。だから、そうじゃないかと思った訳』

「ふーん……ま、本当かどうかなんて言うつもりはないよ。そもそも、どれが本当の情報なのかも、僕にはまだ、分かっていないしね」

ざぱり、と湯船から体を起こしながら、イオは浴室を出ようとする。

――だが、しかし。

『……まぁ、その反応であらかた分かったわ。――あと、今度、あの姿になる事があったらぶん殴ってでも止めるから』

その言葉を聞き、一瞬足を止めたものの、すぐにイオは立ち去っていったのであった。

 

――――――

 

「――はぁ……ちょっと、緊張したわもう」

湯船につかったまま、射命丸は自身の胸を押さえ溜息をつく。

――イオが立ち去る時に発した雰囲気に、一瞬飲まれかけた。

「全く、あんな怖い雰囲気を出してくるなんて、どういうつもりよ、イオ……」

千年も生きた自分が、思わず呑まれかけるほどの気迫。

「はーあ、幾ら言っても無茶するのを止める心算ないようだし。いっそのこと――」

――イオを、自分の家に引っ張りこんでしまおうか。

「…………いやいや、流石にそれはダメよ私。……というか、なんでこんな言葉が出てきたんだか」

ちゃぷり、と水音を響かせながら、射命丸が自身の胸中に浮かんできたものに苦笑した。

 

「――何がダメなのー?」

 

直後に、いきなり入ってきたルーミアに驚かされ、思わずざぱり、と動いてしまう。

「?どうしたの?」

「……お、驚かさないで下さいよ、ルーミアさん。ああもう、心臓に悪い……」

どきどきと高鳴る胸を押さえながら、射命丸はややジト眼になってルーミアを非難した。

 そんな彼女に、ルーミアはやや不満そうな表情を抱いて、

「そんなこと言われても、私ただ入ってきただけでしょ?文がぼーっとしているのが悪いと思うんだけど」

「う……」

全くもってその通りな為に、射命丸が思わず言葉を詰まらせていると、ルーミアがおっとりしながらいつも体を洗う場所である鏡のある所へと行き、椅子に座って体を洗い始める。

 見れば、イオが作ったものなのだろうか、そこには花の香りがする石鹸が置かれていた。

「……ねぇ、文」

薄ぼんやりとして、射命丸がその石鹸を眺めていると不意にルーミアが話しかけてくる。

 はっとして我に返り、射命丸が彼女のいる方へと目を向けると、鏡越しに目があった。

 何事かと彼女を見つめていると、ルーミアが口を開き。

 

「ずっと訊こうかなぁと思ってたんだけど……文って、イオの事好きでしょ?」

 

「っ!!?ちょ、ちょっといきなり何を言い出すの!?」

ざぱぱ、と動揺の余り湯船の中で翼が荒れ、どもりながら射命丸が叫んだ。

「普通に!普通に友達なだけよ!?」

「……そうかなぁ……?普段の行動とか見ていると、イオの事を想っているのがかなり伝わってくるんだけど」

突然の恋バナ発生で慌てまくっている彼女を苦笑しながら見つつ、ルーミアがざぱり、とお湯を頭にかけながらそう呟くが、

「ど、何処をどう見たらそういう結論に行くのよ!?あくまでも、あくまでも私は友達として心配しているだけだからね!?」

動揺の余りに、普段ルーミアとの会話では敬語の彼女が、言葉を崩していることに気づきながらもそれに対しては突っ込まず、

「ふぅん……じゃ、一個訊くけど。――もし、イオが文と結婚したらどういう生活を思い浮かべられる?」

「へ……」

唐突な問いに、うっかりその言葉の意味する所を考えてしまい――直後、ぼふん、と音たてて顔が赤くなり、顔が俯いた。

「……何想像したの?」

にやりと笑い、体を洗いながらルーミアが意地悪そうに射命丸に尋ねると、はっと我に返った彼女は、

「は、は、謀りましたね!!?」

と羞恥の所為か顔を更に赤くさせながら、ルーミアに向って詰め寄る。

「どう見ても自爆にしか見えないけどー?私、ただ訊いただけだし」

つーん、とわざとらしく明後日の方を見ながら、ルーミアが楽しげにそう言うが、射命丸にとっては面白くも何ともない話であるために、うぐぐ……と悔しそうであった。

「……なんか、文って天狗らしく見えないね。聞く限りだと、結構腹黒いなんて言われてるのに」

ニヤニヤと、見ていて腹立たしくなるような笑顔と共にルーミアに言われ、射命丸は拗ねたように湯船の淵に顎を載せると、

「さぁ?私だって分かりませんよそんなの。……まぁ、以前までだったらそう言う性格だったかもしれませんけどねぇ……」

はてさて、こんなに心穏やかにかつあるがままに在れたのは何時からだっただろうか?

 湯船の淵に顎を乗せたまま、射命丸は考え込む。

 そんな彼女に、体を洗い終え、もう一度湯船からお湯を洗面器に移し、自身にかけていたルーミアが、やや優しげな表情になると、

「――もしかすると、イオが文を変えたんじゃない?」

「え……」

考えたこともなかった可能性に、射命丸が眼を丸くしていると、そんな彼女を置き去りにして、ルーミアが何故か納得したように頷きながら、

「うん、きっとイオが変えたんだと思うよ。だって、文……イオの家に取材に来てた時と比べると、凄く顔が優しくなってるもの」

「……」

無意識に、自分の顔に触れながら射命丸は考え込んでいた。

(……イオと会ってから、私は変わったのかな?)

静かに思索にふける姿を見ながら、ルーミアはゆっくりと湯船に浸かってほふぅ……と、心地よさそうな声をあげている。

 しばらく静かな時が続き、ルーミアが湯船の淵まで移動して顎を載せていると、

「……ねぇ、ルーミアさん。イオが無茶する姿を止めるのは、どうしたらいいと思います?」

自身の心の行方については一区切りがついたのか、射命丸が別の話題を持ち出してきた。

 ルーミアが彼女のいる方向を流し眼でみやれば、そこには真剣な表情で見つめてくる彼女の姿が。

「むぅ……そうだね。そもそも、イオの無茶ってほとんどが誰かのためだったりするのが主なんだよね。フラワーマスターから言われて戦ってるのも、大体は彼女から頼まれたから、というのが中心に来ることが多いし。言ってみれば、『お人好し』の塊なの。だから、『大抵の無茶を無茶と思わない』んだと思う」

ちゃぽん、と水音を響かせつつ、ルーミアがそう見解を述べると、

「やっぱり、か……そうなると、イオが幻想郷で何でも屋についたのは、イオにとってはまさしく天職だった訳ね。はぁ……不味いわね。下手すれば、ずっと戦いに身を置くことになるわ」

憂鬱そうな表情でぼやく射命丸は、どうすればイオを戦場から遠ざける事が出来るのかを考えているようで、とんとん、と湯船の淵を人差し指で叩いている姿は、何処か苛立っているようにも見えた。

「……まぁでも、結局のところその場その時に動かないと分からないんじゃないかな?いつだって無茶している現場を止めるのは、当人が無茶しているって自覚している所を突かないと、なかなか分かってくれないと思うし」

とはいえ、結論としてはそうならざるを得ないこともあり、ルーミアはイオにそこまできつく言うつもりもないからこそ、そう言うのだ。

 だが、射命丸はイオの愚直なまでのお人好し振りを、何処かで歯止めをかけておかなくてはならないと感じていた。

「ですが、ルーミアさん……イオがそうそう隙を見せてくれるでしょうか?何だか、最近私を避けているような気もしますし……」

「あー……うん、大丈夫だよ、文。ちょっと距離を掴みかねているだけだと思う。その証拠に、さっきまで同じようにお風呂に入ってて話せれたんでしょ?だったら、そこまで心配するようなことじゃないよ。――ただ、ね……流石に『恋愛事情』はどうかな?」

「そうですね――って、勿体付けていきなり何を言い出すんですか!!?」

突然の話題転換に射命丸が頷きかけ、そして驚愕の表情を浮かべて突っ込む。

 だがルーミアは止まらなかった。

「えーだってさー……いつまで真面目な話を続けなきゃいけないの?お風呂に来たんだから少しはのんびりしようとしてるのにー」

「うぐっ……」

考えてみれば確かにその通りなため、言葉を詰まらせる射命丸。

 いつの間にやら緊迫していた空気は霧散し、後にはぐだぐだな空気が残るのみとなった浴室の中で、

「……で、結局イオの事はどう思ってるの?」

しつこくイオへの恋愛感情を追求するルーミアと、

「だ、だから私は普通に友達だと思ってますって!!」

わたわたと慌てている射命丸の二人が、姦しく騒いでいるのであった。

 

――――――

 

「――うん、雪見酒ってのもなかなかいいね」

「というか、寒い筈なのになんで此処だけ温かいのよ?」

「魔法なんでしょ。いちいち気にしてたらやってられないよー?」

屋根裏にある小さな一室。

 そこは、イオが趣味である天体観測をしたいがために要求したようなものであり、その事もあってか、観測用の道具がそれなりに置かれていた。

――大体、イオの御手製のものだったりするが。

 小さな天体望遠鏡や、星座表、果ては三角儀等、最早地図を作製するのではないかと思えるような道具まで揃えられており、そんな中のとある畳の上で三人は硝子製の窓から覗く雪を眺めながら、雪見酒を楽しんでいた。

 とはいえ通常、屋根裏と言うのは大体木造の家ならば隙間風と無縁ではないものなのだが、射命丸が言ったように、何故かほんのりと暖かい。

「パチュリ―さんの依頼の報酬の一つかな。いやあ、部屋を暖かくしてくれる魔道具なんてちょっと初めて見たよ。なんか、どうもパチュリ―さんが僕の魔法見て思いついたものらしいけどねぇ……」

ニコニコと笑いながら猪口に注がれた一杯をイオは飲み干した。

 それに付き合うように射命丸もちびちびと酒を飲みながら、

「何だかイオの家を調査するだけでもそれなりに新聞のネタになりそうなのは気のせい?」

「流石にそれは勘弁してよ。プライベート全て開放なんて、誰にとって得になるの?凄く損する以外に何も思いつかないんだけど」

新聞のネタになるのは他の奴でも大丈夫でしょ?

 例えば僕の魔法教室とかさ、などと言っているイオに、射命丸が呆れたように首を振って、

「それやったらあの図書館の魔女に半殺しの目に合うわよ、イオ」

「冗談だよ。流石にパチュリーさんを敵に回すつもりはないって。色々と御世話になってるしね」

既に酔い始めてでもいるのか、やや頬を赤らめながらけらけらと笑うイオ。

 その様子に、ルーミアが射命丸と同じようにあきれ顔になって、

「イオ、酒を飲むのは慣れてないんじゃない?さっき幾らか御猪口何度か飲み干しただけで赤くなるなんて相当だよ?」

「いや、単に肌が白いから目立ってるだけだよこれは。大丈夫大丈夫」

明らかに信用できない言葉を告げながら、イオは美味しそうに日本酒を嗜んでいた。

 普段、おっとりと笑っている彼からは想像も出来ない醜態に、射命丸は驚きも感じたが同時にちょっと嬉しくも思う。

(ま、これもイオが私をちゃんと形だけの友達だと思ってない証拠だしね)

恐らく、こうして穏やかに過ごしているのは少々ばかり珍しい方なのだろう。

 彼の選んだ職業が職業である故に、幾らか血生臭い物が多い日常ではあるが、こうして射命丸の目の前で寛いでいる姿は、精神年齢としては年相応にも見えた。

 心持ち、射命丸がイオの事を優しい目で見つめていることにルーミアは気づきつつも、とりあえずイオが摘みとして持ってきた、幻想郷では珍しい海産の魚介類を調理した物を突いている。

――そうして、イオは酔っ払った。

「……ヒック。あ、駄目だちょっと酔っ払った」

しゃくりが出てきた事で、ようやくイオは自身が飲み過ぎていることに気づき、やや慌てる。

 とはいえ、自分が酔っ払っている事をしっかり自覚出来ているのは少しおかしいが、そこは自身の能力である『木を操る程度の能力』を用いることで察したのだろう。

 相変わらずの規格外な能力に呆れながらも、射命丸は仕方なさそうに溜息をつくと、

「じゃ、これでお開きにする?正直私は飲み足りてないけど」

鬼と同格である、とさえいわれている天狗の酒好きを垣間見せながらも、イオにそう尋ねた。

「んー……文にも悪いし、もうちょっとだけ付き合ってもらうよ。うん……にしても、ホント人里のというか、この世界の酒ってちょっと変わってるね」

御猪口に再び酒――日本酒を注ぎながら、イオはまじまじと盃を見つめる。

「まぁ、お米から出来てるわけだし。……イオの世界はどうなの?」

「そうだねぇ……旅している間はうかつに酒飲むと後が怖かったから、あんまり飲んでないけどさ。大体安い麦酒が多かったかなぁ。紅ワインとか白ワインなんて、それこそ貴族の人が飲んでいる以外はあんまりいなかったし」

過去に、成人してから訪れた貴族の邸宅(例:ルーベンス邸、エルトラム邸等)では、祝成人と言うことで振舞われたワインを思い出すようにして首をかしげながらそう告げた。

「結構物騒ねぇ……まぁ、昔の日本もそうだったけど」

「まぁ、魔物がいるとはいえ、それでも選ぼうと思えば幾らでも隠れ場所は探せるし。だから、結構面倒だったんだよね盗賊の捕獲依頼って」

考えもしないような所で隠れている事が多かったからさ。

 懐かしそうな表情と共に、かなり冒険者らしいセリフを吐いたイオ。

 同時に、冒険者になったばかりの頃を思い出した。

(人殺しをしたことも、自分の実力が足りないせいで見殺しにしてしまった事もある。苦しかったし、遣り切れなかった……)

――だけど、それがあるから今のイオがある。

(やりきれないけど、こう言うのはどれだけ割り切れるかって事だしね)

手に持っている御猪口を見ながら、イオは静かにそう思っていた。

「……イオ?」

何処か、沈んだような空気を出していることにルーミアが気づき、気遣わしげな様子でイオをそっと覗きこんでくる。

 はっとそこで我に返った彼は、

「あ、ああ……大丈夫だよルーミア。ん……酒、無くなっちゃったか。ちょっと取りに行ってくるよ」

陶製の小さな瓶を揺らし、中の酒が無くなっていることに気づいたイオが下へと向かっていった。

「うーん……イオ、やっぱり向こうで結構修羅場を駆け抜けているみたいです。一瞬血の匂いを感じた気がしたくらいですもの……かなり、精神的に来る物もあったんでしょうね」

「……本当に、大丈夫なのかなぁ」

心配そうな眼でイオが下りていった階段を見下ろしているルーミア。

 その様子に、射命丸が心配性ね、と苦笑すると、

「大丈夫ですよ……ああして空気が沈んでいても、この世の終わりを味わったかのような顔にはなっていませんから。そこまで堕ちていたら、何が何でもイオを慰めないといけなくなりますけどね」

やれやれ、なんとも手のかかる友人だこと。

 なんとも面倒そうな言い草ではあるが、表情はそれとは違い何処までも慈しんでいるように暖かいのであった。

 

――――――

 

 

――深夜。

三人して酒を飲み、それなりに酔いが体に回ってきた所で小さな宴会は幕を閉じた。

 酒の匂いを落とすために再び風呂に入った三人は、イオとルーミアは自室、射命丸は念のために作られていた客室で布団を敷き、就寝することになる。

 そう言う訳で、イオは少なくとも心穏やかに寝顔をさらけ出していた。

 完全に無防備なその寝顔は、普段のおっとりした表情からも見受けられそうなほどに、妙に子供らしく見え、同時にひどく犯しがたい何かを発しているように見える。

 そんな彼の自室は、妙に簡素なもので仕上がっており、何処となく殺風景にも見受けられた。

 窓際の近くにある小さな木造の机。

 小さくまとまった床の間に、違い棚を高い所に一つつけ、その真下にはこれまた小さな押入れがあり、その中にはイオが偶に取り出している書道道具がしまわれてあった。

 その向かい側、いつもイオが使用している寝具が仕舞われている普通の押入れがあり、その中は大体が着替えの入った棚や、ちょっとした本等が寝具が仕舞われている所の下の空間にある。

 灯りとしては、イオが自身で作り上げた天井の提灯に、『灯火』の魔法陣が刻みつけられることによって光源が作られていた。

 最も、イオが寝ている現在は使用されることなく、闇の中に漂うばかりであったが。

――ススス。

 ふと、襖が開く音と共に、誰かがこっそりとイオの自室に入り込んできた。

 抜き足、差し脚、忍び足、と完全に音を殺す方向で忍んでいたそれは、部屋の主であるイオによって止められる。

「――誰だい?凄く静かに歩いて入ってきたけど……もしかして、暗殺者かな?」

「ち、違うよイオ!?」

何処か、悪戯っぽく告げられ、慌てて侵入者――ルーミアは言葉を荒げて否定した。

 だが、その姿は常の子供の状態ではない。

――あの、秋祭りにおいて永琳によって成長させられた姿に変わっていた。

「……どうしたんだよ、そんな姿になって。なにかあったの?」

どうもただ事ではないように感じたのか、イオの口調がやや心配そうなそれへと変わる。

 だが、ルーミアは、

「ううん……違うの。元々、夜が本領だから……どうしても力が湧き出て来ちゃって。仕方がないからこうして力を分散させてるんだ」

「ふぅん……そっか」

静かに横になっているイオがそう頷いていると、彼の寝具の傍に座り、ルーミアは黙りこんだ。

 いつにない同居人のその姿に、イオはやや眠たげではあったものの話しかける。

「じゃ、それとは別にだけどさ。今日はどうしたの?いつもだったら自分の部屋で直ぐに寝てるじゃないか」

「うん、そうなんだけど……一緒に、寝てほしいかなぁ……って」

雪が止んだのか、辛うじて入ってきている星光と月光から、イオはルーミアが頬をかりかりと書きながらそう告げてきたのが分かった。

「……なんか、そっちの姿で言うとかなり印象が変わっちゃうね。ま、いいよ別に。布団は別になるけど「あ、一緒がいい」……そりゃまた、どうしてさ?」

言葉の途中を遮って告げられたその言葉に、イオは呆れながらそう尋ねる。

 すると、ルーミアはえへへ、と笑ってから、

「いいでしょ偶には。ちょっと、甘えてもいーい?」

「……子供の姿でやるのと、成長した姿でやるのとじゃ大違いなんだけど?」

腕を枕にしながらルーミアの方を向きつつ、イオは呆れたようにそう告げた。

 だが、どうあってもルーミアの意志は変わらぬようで……

「ほらほらいいから!」

「あちょ……はぁ、もう」

「えへへ……あったかぁい」

無理やりに入り込んできて、着物を着ているもののひと肌の温かさを感じているルーミアを、しかしイオは仕方なさそうに溜息をついて追い出す事はせず、静かに彼女の頭を撫で始めた。

「あ……」

「……何があったのか教えてくれないからよくわかんないけどさ、ルーミアの味方は僕だけじゃないし、文もいるんだから。頼ってくれていいんだよ?」

穏やかに、優しく告げられたその言葉に、ルーミアはちょっと頬を赤らめると、

「えへへ……うん♪」

と嬉しそうに頷いたのであった。

 

――と、そこへ再び襖が開かれる音が響く。

「……今度は文なの?」

「今度って何よ!?……って、もしかしてルーミアもいるの?」

呆れたようなイオの声に反射的に反応し、すぐに、射命丸はイオの言わんとしていることに気づいてやや茫然としながらそう尋ねた。

「うん、イオの体温で温まってま―す♪」

「楽しそうに言うんじゃないの。……で、文はどうしたのさ?」

「い、いやーちょっっとね……」

(言えない!私も一緒になって眠りたいなんて言えない!)

流石に自分の願望を口に出すには憚られるために、口ごもる射命丸。

 だが、イオは部屋の入口でもじもじとしている様子が薄らながらも視認できた為に、何やらイオに用事があってきたのだとは何となく分かった。

 そうなると、ルーミアがいる事を知って尻ごみしている事も鑑みれば……

「――もしかして、文も一緒に寝たかったの?」

「ふぁ!?い、いや違うのよイオ!?ちょ、ちょっと一人で寝るには少し広かったから!?」

「あー……まあ、うん。文が意外に子供っぽい部分があったのは良いとして「良くないわよ!?」……とりあえず、布団は持ってきたら?一応、まだ余裕はあるしね」

射命丸がこんな夜なのに騒いでいるのをさくっとスルーし、イオはルーミアが無理やり入り込んだおかげで空いた空間を指す。

 そんなイオに射命丸は何故か黙り込んでから、はぁ……とため息をすると、

「いいのね?じゃ、下から持ってくるわ」

「はいよー……んじゃ、寝るとしますか」

階下へと気配が遠ざかっていくのを感じながら、イオはさっさと寝始めた。

「……もうちょっと、文が来るまで待てないかなぁ……?」

余りの速さに、呆れたようにルーミアが呟いたのは御愛嬌。

――そうして、イオの家での年末は過ぎていくのであった。

 

 

 

 




むむ、ちょいと今回は短かったかな。
まあ、繋ぎの回なわけですので当然と言えるかもしれませんが。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
次話も繋ぎの回となります。
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